No.209422

真・恋姫†無双~恋と共に~ 外伝:今日はなんの日? その2

一郎太さん

外伝

2011-04-01 23:27:43 投稿 / 全8ページ    総閲覧数:12450   閲覧ユーザー数:7561

今日はなんの日? その2

 

 

「来ないの」

「は?」

「だから…アレが、来ないの………」

 

待て。いや、待て。来ない?何が?誰が?いや、誰、という問いはおかしい。アレと言っているのだから、少なくとも人間ではない。ではいったい何だろうか?いや、俺はこんなシチュエーションを知っている。本やドラマの3流シナリオでよくあるパターンだ。目の前で俯いて口籠る彼女は、普段の活発さからは想像も出来ないほどに意気消沈している。

 

「来ないって………アレ、か?」

「うん…アレ………」

 

この場には6人いるが、言葉を発しているのは俺達2人だけである。一人は洗い物の手を止めてこちらを見つめ、一人はずり落ちかけている眼鏡を直そうと肘を滑らせてガクンと顎を落とし、一人は飲みかけの日本酒を口の端から零し、一人はよくわからないという風にもぐもぐと口を動かしている。

 

「………ま、待て。それは…まさか………」

「うん、冥琳…想像の通りよ………」

 

今度はしっかりと眼鏡を正しい位置に戻した冥琳が問いかけ、彼女も目を逸らしながら答える。

 

「うそ、やろ……」

「うぅん、霞…本当の事、なの………」

 

口元をおしぼりで拭った霞が力なく詰め寄るも、その手をそっと両手で包み込んで俯く。

 

「なんじゃ…本当に、おめでたなのか?」

「うん、祭さん。だから今日を最後にしばらくお酒は控えるわ」

 

蛇口を締めて、手を拭きながら問う祭さんに、しっかりと頷く。

 

「………何か、おめでたい?」

「恋にとっては、おめでたくない、かも………」

 

祭の言葉に反応して口の中の食べ物を飲み込んだ恋の言葉に、申し訳なさそうに俯く。声がかすかに震えていた。

 

「じゃぁ、ホントに?」

「うん、貴方の子よ…一刀」

 

俺の問いかけに、彼女―――雪蓮は母親のように慈愛に満ちた微笑みで頷いた。

 

 

 

 

 

 

さて、3月も今日で終わりを迎える。つまり31日だ。明日からは新学期も始まり………とは言っても春休みはもう少し続くのだが。しかし、実際にキリがいい事も確かである。午前中は河原で霞の薙刀の稽古に付き合い、昼は冥琳に本を借りるついでに彼女の部屋でコーヒーを御馳走になり、夕方からは恋と一緒にゴロゴロしていた。そんな普通の日の筈が、震える携帯がその日常を終わらせた。

 

「あれ、雪蓮からだ」

「………ん、恋にも届いた」

 

うつ伏せで寝ながらノートPCをカタカタいじる恋の柔らかい背中を枕代わりに冥琳から借りた本に早速眼を通していると、ふいに床のカーペットに置いてある2つの携帯電話が鳴る。俺と恋はそれぞれ自分の携帯を開いて確認すると、雪蓮からのメールだった。

 

『今日で3月も終わり。年度の締めとして、今日は祭さんトコで一杯やりましょ!』

 

単純な文面だが、それが送られている人間は全部で4人。俺と恋、そして冥琳に霞だ。少し前であれば送信相手は3人で十分であったが、冥琳と飲んでいるところに霞が出くわしてからは、彼女も加えてよく5人で遊んでいる。要するにいつものメンバーだ。

時計をみれば、時刻は21時を回っている。食事は既に済ませたが………恋なら問題ないか。

 

「恋、どうする?」

「………行ってもいい?」

「恋が行きたいならいいよ」

「…ん、だったら一緒に行く」

「りょーかい」

 

俺と恋は参加する旨を俺から返信する。恋も一応携帯は持っているが、滅多に使わない。基本的には俺と一緒にいるし、雪蓮たちからの連絡であれば俺に届くからだ。

 

「さて、それじゃぁ適当に準備して出かけるか。雪蓮の事だ。きっと返事も見ずに冥琳を引っ張って祭さんのトコに行ってるだろうな」

「ん…あと、霞ももういると思う」

「ははっ、間違いないな」

 

俺達が着く頃には既に出来上がっている雪蓮と霞に、頭を抱える冥琳の姿が思い浮かぶ。俺は軽く笑いながら、恋と一緒に部屋着から着替えて、家を出た。

 

 

 

 

 

 

「おう、よく来たな!」

「………邪魔するぜ」

「誰の真似だ?」

 

ガラガラと音を立てて引き戸を開ければ、元気のいい祭さんが迎えてくれた。中を覗きこめば予想通り、既に雪蓮と霞は顔を赤く染め、その隣で冥琳もゆっくりと日本酒のグラスを傾けている。

 

「もう始めてるのかよ。少しは俺達を待とうっていう話にはならなかったのか?」

「なったわよ」

「あ、なったんだ」

「冥琳だけね」

「………すまんな、一刀」

 

俺の問いかけに、悪びれもせずに答える雪蓮に、言葉だけは謝罪をする冥琳。俺も別に咎めている訳ではない。ただの社交辞令というか、慣れみたいなものだ。

 

「細かい事はえぇやん、一刀。ほれ、恋もこっち来ぃ。ウチのレバ刺やるで」

「………ん」

 

そして霞は軽く流して恋を呼ぶ。どうも、霞はこの中で1番恋を気に入っているらしく、飲む時には、よく恋に自分の皿から食べ物を与えている。まるで餌付けのようだ。

 

「さて、お主らは何にする?いつものでよいか?」

「あぁ、俺はビールで」

「ん…恋もいつものやつ」

「おぅ、待っておれ」

 

豪快に笑いながらグラスとジョッキを棚から取り出す祭さん。いつもの光景である。俺と恋に飲み物が回ったところで雪蓮が右手のグラスを掲げた。

 

「それじゃぁ、2人も来たことだし、乾杯するわよ!」

「はいはい」

 

雪蓮の合図にぶっきらぼうに冥琳は返事をする。おそらく、最初に2人で来たときに1度、そして霞が合流した時にもう1度乾杯をしているのだろう。だが本気で嫌がっている訳ではない事くらいはわかるさ。そんな顔は何度も見ているんだからな。

 

「それじゃ、かん―――」

「ほんじゃ、乾杯やな」

「乾杯」 「はい、乾杯」 「………んぱい」

 

雪蓮が乾杯の音頭を取ろうとしたところで霞が彼女を押しのけジョッキを掲げる。雪蓮がギャーギャーと喚くのを聞き流しながら、俺たちはジョッキやグラスをぶつけ合う。これもまた、いつもの光景。

 

 

 

 

 

 

雪蓮と霞が飲み比べををし、冥琳の愚痴を恋が料理を頬張りながら慰め、厨房の中では祭さんがグラスを傾けながら笑っている。そんないつもの光景。

 

「………?」

 

気付けば、ポケットの中で携帯が震えている。メールが届いていた。俺はフォルダを開いてその文面を読み、しばし考えた後、やや長めの文章を打って返信しておく。これもいい勉強になるさ。

 

「なんじゃ、一刀。儂らを放っておいて、自分は携帯で別の女と連絡か?」

「はいはい。そういうのはいいから………あ、あとで1人増えると思うけど、大丈夫?」

 

めざとく俺の動作を見ていた祭さんが声をかけてきた。別の女とか嫌な言い方だよ、まったく。俺の問いかけに珍しいなと少し悩むが、酔っているのだろう、すぐに返事をすると、雪蓮の酒を注ぎ足してやる。

 

 

 

そうして日付も変わろうかという頃だった、雪蓮の爆弾発言が飛び出したのは。

 

 

 

 

 

 

店内に沈黙が満ちる。1時間ほど前には暖簾も片づけられ、俺達しかいない状況だ。どれほど騒いでも迷惑になりはしないが、逆にこれほど静かなのは珍しい。

 

「………」

「………………」

 

俺は返事を出来ないでいた。いや、待て、俺の子?そんな馬鹿な。だって俺の彼女は恋で、雪蓮が俺の事好きだったというのは知っていたけど、でも、あれ?何が起きた?

 

「ちょっと、何か言いなさいよ………」

「ままま、待て、待ってくれ!」

「珍しいのぅ、一刀が慌てるとは」

 

祭さんが冷静に返すなか、霞が立ち上がって俺の胸倉を掴む。

 

「一刀ぉ、歯ぁ食いしばれや!」

「待て待て待て!俺にもさっぱりなんだが」

 

殴りかかろうとする霞の腕を抑えていると、今度は後ろから柔らかい感触が伝わってきた。

 

「酷いぞ、一刀…何故、私ではないんだ………」

 

冥琳が抱き着いていた。その声は涙に濡れている。

 

「冥琳………ん?」

 

俺が霞を抑えながら後ろを振り返ると、抱き着いてくる彼女の向こう側に、壁にかかった時計が見える。時刻は――――――。

 

「………霞、俺を殴ってもいいが、まずは話を聞いてくれないか?」

「なんや!アンタ、惨めたらしく言い訳するんか?二股かける男なんぞの言い訳なんか聞くか、ボケ」

「いや、まずは時計を見てくれ」

「は?時計?」

 

俺の言葉に、霞は壁を見上げる。

 

「今は何時だ?」

「………12時20分やな」

「じゃぁ、今日は何月何日だ?」

「んなもん3月31日やろ?せやから雪蓮が皆集めたんやん」

「それは20分前までの話な。いまは夜の12時、つまり日付は変わったわけだ」

「はぁ?それがどないし、た…ん………」

 

 

 

ようやく分かってくれたか。

 

 

 

 

 

 

「ずびばぜんでじだ………」

 

あの後、嘘を理解した霞と冥琳にボロボロにされた雪蓮は、椅子に座って2人に見下ろされ、小さくなっていた。

 

「あれ、祭さんは普通だね」

「かっかっかっ!儂は気づいておったからのぅ。それに一刀が恋を裏切る訳がなかろう」

「聞いた、霞、冥琳?あれこそ友達のあるべき姿だよね?」

「うぅ…すまなかった………」

「せやから、さっきあれだけ謝ったやん。許してぇな」

「まぁ、いいさ。雪蓮の無茶振りにも慣れているしな。だけど、今回ばかりはその内容もいただけないな」

「うぐっ」

 

俺の言葉に、ビクッと雪蓮は震える。

 

「………お仕置きだ」

「いや…いや………いやぁああああっ!!」

 

繁華街から僅かに外れたその店から、断末魔とも思えるような叫びが響き渡った。

 

 

 

 

 

 

ボロボロになった雪蓮を放置して飲み直していると、音を立てて店の戸が開いた。

 

「すみませーん」

「おや、閉店の札を忘れておったか?」

「さっき言ったじゃないか、祭さん。一人追加する、って」

「という事は、この娘がそうか」

「あぁ」

 

俺は祭さんに説明して扉の方を振り返る。そこに立っていたのは、大きなキャリーケースを引いた一人の少女。きれいな黒髪は後頭部で一纏めにされている。そのパッチリとした眼は真っ直ぐ俺に向かうと、その可愛らしい口を開いた。

 

「もう、一刀さんは酷いです!迎えに来てくれるという話だったのに、急にこんなお店に来いだなんて」

「ごめんな。でもそんなに駅から遠くはなかっただろ?」

「まぁ………」

 

と、ここまで話して、少女は自分を見つめる他の視線に気がついた。

 

「あ、えぇと…お友達、一刀さん?」

「そうだよ。挨拶しな」

「はい。あの、うちの一刀さんがいつもお世話になってます。私は―――」

「「「「うちの!?」」」」

 

その語頭に恋以外の4人が一斉に反応する。

 

「………何か変な事言いましたか、私?」

「いや、何も変な事は言ってないよ、愛紗。という訳で、皆、この娘が俺の彼女第二号の愛紗だ」

「「「「「は?」」」」」

 

今度は5人の反応。なんかおもしろいな。横を見れば愛紗は真っ赤になっている。

 

「という訳で皆も仲良くしてやってくれな」

「ちょっと待って!一刀には恋がいるんじゃなかったの?」

「だから二号って言っただろ?恋が一号」

「一号………って恋も何か言いなさいよ!」

 

雪蓮の声に、恋が立ちあがると俺と愛紗に駆け寄り、愛紗の頭を撫でる。

 

「久しぶり、愛紗」

「え…恋………?」

「ほぇっ?あの…お久しぶりです………」

 

その光景に、祭さんまでも口をぽかんと開けていた。

 

 

 

 

 

 

「―――という訳で、恋も納得済みだ。皆も理解してくれな」

 

俺の言葉に誰も反応しない。恋は相変わらず愛紗を撫でている。と、ついに霞が立ち上がって、再び俺の胸倉に掴みかかった。

 

「一刀!アンタがそんなクズとは思わんかったわ!ホンマ胸糞悪い奴やな!一発だけ殴らせればそれ以上は責めんから、覚悟し―――」

「まぁ、嘘だけどな」

「―――ぃや………は?」

 

霞は俺に殴りかかろうとした体勢のまま固まる。馬鹿め、これは孔明の罠だ。

 

「さっきは散々酷い事を言われたからな、その仕返しだ。ゆるぐはぁっ!?」

 

皆に説明している途中で、突然背中に衝撃が走り、俺は受け身をとる事も出来ずに奥のテーブル席へと吹き飛ばされた。

 

「ななななに言ってるの、お兄ちゃん!?」

 

やばい、胃袋の中身が逆流しそうだ。愛紗め…強くなりやがって………。皆が呆気にとられるなか、冥琳がいち早く回復して口を開く。

 

「あー…愛紗、さんと言ったか?私の耳がおかしくなっていなければ、いま、『お兄ちゃん』と言ったように聞こえたのだが………?」

「あの…はい………」

「………一刀?」

「いてて………その通りだよ。正確には兄妹じゃなくて、従妹だけどな………」

「じゃぁ、さっきの『うちの』言うんは………」

「その、兄がいつもお世話になっているようなので………」

「「「「………」」」」

 

店内に沈黙が木霊する。

 

「では、恋が『久しぶり』と言っておったのは?」

「…ん、愛紗も4月から同じ大学。この間一緒に部屋探しして、その時に仲良くなった………」

「「「「………」」」」

 

あー…なんだか頭もくらくらしてきた。

 

「………さて、飲み直すか」

「祭さん、あたしカシオレ」

「ウチは焼酎水割りや、姐さん」

「私も新しいボトルを開けてもらおうか」

「応。愛紗と言ったな。お主も座るがいい。酒は出せんが、ジュースくらいなら出してやろう」

「あの、いいのですか?」

「構わん。今日は一刀の奢りじゃからな」

「………どうにでもしてくれ」

 

俺は一言だけ呟くと、崩れ落ちる。みんなの愛紗を迎える楽しげな会話を聞きながら、俺は思った。エイプリル・フールでもやっぱり嘘はよくない、と。

 

 

 

 


 
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