No.201556

真説・恋姫演義 ~北朝伝~ 第四章・第一幕

狭乃 狼さん

さてさて。

四章の一幕目をお送りいたします。

今回は蒔と由、それと瑠里がメインでございます。

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2011-02-14 15:32:18 投稿 / 全6ページ    総閲覧数:21780   閲覧ユーザー数:16082

 青州-。

 

 河北四州に含まれる州のうち、最も面積が狭いといわれる土地。海に面した北海郡と、かの泰山を頂く斉南郡の二つの郡に分かれ、他の河北に属する州とは違い、温暖な気候に、恵まれた土地である。

 

 州を治める牧の名は孔融。かの孔子の子孫を自称し、いささか人を見下す傲岸不遜なところのある男”だった”。

 

 だった、と、過去形であるのは、彼がすでにこの世にいないためである。先の黄巾の乱の際、蜂起した張挙らの手で殺害された。そうすることで、張挙はこの青州の地を乗っ取ったのである。

 

 そして乱が終結し、張挙らが死んだ後、一応は、この地に新しい官吏が中央から派遣されては来た。だが、乱の後も絶えず出没し続ける賊の対応に苦慮した官吏は、この地を放棄して逃げ出してしまった。……北海郡、斉南郡、双方ともに、である。

 

 それ以降、この地は完全な無法地帯となっていた。他の地の官軍も、この地の平定に乗り出すことがなかったことが、それに更なる拍車をかけた。

 

 兗州の曹操は、自己の領地を平定するだけで手一杯であったし、それがすんだ後は、都から送られてきた”勅命”を受けたことにより、豫州の賊徒征伐にかかりきりとなった。

 

 徐州を治める陶兼については、自己の領地を保つだけで一杯一杯。とても、よその地に兵を裂く余裕はなかった。

 

 現在の青州は、黄巾の残党たちが好き勝手に暴れ、暴行と略奪が横行する、まさにこの世の地獄のようなところとなっていた。

 

 そんな状況の青州に、ある日一つの軍勢が姿を見せた。先頭に掲げたその旗は『十』。一刀が送り込んだ、徐晃、姜維、そして司馬懿が率いる冀州軍、三万であった。

 

 青州に入った彼女たちは、まず一番近くにあった賊たちの拠点を叩き、そこを自分たちの本陣として、州内各地へと細策を放った。その細策たちが情報収集を行っている間に、降伏した賊兵たちを自分たちの戦力に組み込むため、徹底的にしごきなおした。軍律を破るものには厳しく、きちんと成果を出す者には、それに見合った褒賞を与えて。

 

 いわゆる”飴と鞭”という手段で以って、降兵五千をその戦力に組み込んだ。それが約半月ほどの期間である。……その厳しさが、如何ほどのものだったか、想像に易いであろう。

 

 

 

「さて、と。連中もこれで、ようやくいっぱしに使えるようになったし、次はどう動くのだ?瑠里?」

 

 冀州軍が本陣としている、その山中の建物の一室にて、青州討伐部隊の三人が一堂に会していた。現状、収集が済んでいる情報の整理と、それに基づいての今後の予定を話し合うためである。

 

 徐晃からそう問いかけられた司馬懿は、机の上に広げた青州の地図に目を落としながら、ゆっくりとそれに答え始めた。

 

 「……まず、州内の現状ですが、賊の総数は二十万ほど。すべてが元・黄巾賊の残党たちだそうです。で、その活動なんですが、どうやらいくつかの集団に分かれて、それぞれが勝手に各地で暴れているそうです」

 

 ぺたぺた、と。そう話しながら、司馬懿が地図の上に赤い丸印をつけていく。

 

 「……その印は?」

 

 「各集団が、根城にしていると思しき、砦や邑の場所です。……大体、一万から二万ほどの集団で活動しているようです。……少ないものであれば、千に満たないのもいますけど」

 

 「そういう連中は後回しでええやろ。大きいところが潰れれば、自然と逆らう気ぃも失せるっちゅうもんや」

 

 同じくその地図を見ていた姜維が、所詮は大志も何もない、目先の欲に駆られたアホどもやし、と。そんな風に、賊たちを痛烈に非難する。

 

 「由の言うとおりだな。……となると、近場の連中から各個に、一つづつ潰していくのが、一番妥当なところか」

 

 「……いえ。それじゃあ、時間が掛かりすぎます。そんなことをしていたら、またたくさんの犠牲者が増えるだけです」

 

 相も変らぬ無表情。しかし、その確固たる意思のこもった瞳で、徐晃に言葉を返す司馬懿。

 

 「るりるりの言うことも判るけど、連中を一網打尽に出来るような、何かええ策でもあるんか?」

 

 「そうだぞ、瑠里。それが無ければ所詮、絵に描いた餅に過ぎな「ありますよ?」いぞ……って、ホントか?!」

 

 ニコリ、と。かすかに、とはいえ、珍しく笑顔をその顔に浮かべ、徐晃と姜維に、司馬懿が自身の策を語りだす。それを聞いている内、徐晃と姜維は改めて感心をした。彼女の、軍師としてのその才能に。

 

 

 

 ここで一度、その場面を幽州へと移す。

 

 「……で?どうだった、美音?丘力居どのから返事は?」

 

 「……芳しくおへん。……というより、使者に発った者が、”死体”で送り返されて来はりました」

 

 「!?……そう、か」

 

 執務室の椅子に座ったまま、力無くうなだれる公孫賛。そのこぶしを、強く握り締めたまま。

 

 「どうする、姉貴?いっそのこと、こっちから仕掛けてみるか?」

 

 と、そんな公孫賛に問いかける、彼女を姉と呼ぶその女性。公孫賛と同じ赤い髪。彼女とは違い、少々つりあがった感じのその目。……パッと見目立ったところが無いのは、彼女とよく似てはいる、白を基調とした鎧を身に着けた、その人物は、公孫賛の妹で公孫越という。

 

 「馬鹿を言うな、水蓮。……こっちの戦力はどうひねり出しても、五万がいいところだ。それに、今、并州に侵入してきている匈奴の連中への警戒も、決しておろそかには出来はしないんだ。……実際に出せるとしたら、三万程度がいい所だ。そんな戦力で、烏丸の本拠地に攻め込めるわけが無いだろうが」

 

 妹の軽率な発言に対し、幽州の戦力と、隣接している并州の状況を冷静に語り、公孫賛はその顔をしかめて、そう諭した。

 

 「じゃあ、どうするって言うんだよ!?こっちからは向こうに攻め込まない、けど向こうは、そんなことお構いなしに、ちょくちょく戦力を送り込んでくる!このまんまじゃ、ジリ貧だろうが!!」

 

 ダンッ!と、姉の机を思い切り叩きつけ、公孫越は思い切りそう叫ぶ。彼女のいらいらは、完全に頂点に達しかけていた。それも無理の無いことである。

 

 ほぼ一月置きといっていいほどに、烏丸の兵は幽州の端にある遼東半島へと、その戦力を送り込んできては、いいように暴れて、かの地を荒らしていく。彼女たちもその都度、それを追い払うべく出撃してこそ来たものの、いつかはそれも出来なくなる可能性がある。

 

 好きなときに、好きなように攻撃の出来る方と、それらを防ぐ方。……どちらが有利なのかは、誰の目にも明らかである。かといって、公孫賛たちには自分たちのほうから、烏丸の地に攻め込むのも不可能。

 

 後手後手の、その場その場での、対処療法。

 

 それしか、彼女たちに出来ることは、現時点では無かったのである。

 

 

 

 「……こうなったら、最後の手段を採るより無い、か……」

 

 「最後の手段って……おい、姉貴!まさか逃げ出すとか言わないだろうな!?」

 

 「馬鹿なことを言うな!!「う?!」……この公孫伯珪、民を捨てて逃げ出すような、そんな愚にもつかない選択をする人間じゃない!」

 

 幽州から逃げるのか、と。そんな事を聞いてきた妹に、公孫賛は彼女としては珍しく、憤怒の形相を向けて一喝した。……普段から、やれ地味だの、やれ目立たないだのと、そんな風評を立てられている彼女。だが、彼女とて、この戦乱の世を生きている武将であり、牧として多くの民の命を背負っているのである。

 

 今の台詞は、その彼女の矜持を、著しく傷つけるものだった。だから、思わず大声を張り上げてしまっていた。

 

 (……時折見せるこういうところ。そこが、うちが白蓮はんの好きなところどすえ)

 

 声には出さず、単経はそう思考する。周囲の評価はいまいちである、彼女の主。だがその心根には、彼女には彼女なりのしっかりとした芯が、キッチリととおっていることを、単経はちゃんと知っている。

 

 だからこそ、他勢力からの、何度もあった引き抜きの声には、一切耳を貸さずに、こうして公孫賛の配下として働いているのである。

 

 ……いつかは、自らの主が王となる、その日を信じて。

 

 「……すまん、姉貴。ちっと、言い過ぎた。……で、最後の手段ってのは、いったい何なんだ?」

 

 「……それはうちもお聞きしとうおます。……どっかに降る、いうお話と違いますやろな?例えば……冀州の北郷どの、とか」

 

 「……そうだ、と言ったら?」

 

 『ッ?!』

 

 「まあ、実際にそうなるかは解らん。お前たちが否、というのなら、私も”それ”を選ぶつもりは毛頭無い。……こんな私を支えてくれている、お前たちの意見を無視することなど、私にはできっこないからな」

 

 公孫賛の台詞に驚愕の表情を見せた、公孫越と単経に対し、そう笑ってみせる彼女。そして、

 

 「……まずは、北郷に援軍を頼んでみようとおもっている。あいつは今、朝廷から逆賊の名を着せられて、周囲にはまともな味方がいない状況のはずだ。こっちが手を差し伸べれば、無下に振り払ったりはしないと思う」

 

 「……そう、うまくいきますやろか?」

 

 「さあ、な。それで、だ……美音。お前に、南皮に行って欲しいんだ。烏丸対策の為の援軍交渉、そして、その後の”同盟”について、直接会って話がしたい。……私がそう望んでいると、北郷に伝えて欲しい。頼めるか?」

 

 「……解りました。なら、早速明日にでも発ちます。……吉報を、お待ちくださいまし」

 

 公孫賛に、拱手して了承の意を返す単経。だがその心のうちで、こんなことを彼女は考えていた。

 

 (……北郷一刀。……もしもしょうもない男やったら、白蓮はんの為にも死んでもらいますよってに。……それで、白蓮はんにうちが嫌われてもどす。……白蓮はんが王になる。そのためやったら、うちは何でもしますえ)

 

 

 

 再び場面は青州に戻る。

 

 

 ところは、斉南郡のとある場所。その地に、十万近い数の集団が結集していた。彼らは全員、その体のどこかしらに、黄色い布を身に着けていた。そう、黄巾賊の残党たちである。青州に跋扈する賊たちのおよそ半分が、その一箇所に集まっていた。それは何故か。

 

 その答えは、至極単純である。

 

 彼らは、自分たちの帰るべき場所を失ってしまったからである。それが起きたのは、ほんの数日前のこと。彼らの根城となっていた砦や邑に、何人かの”仲間”たちが駆け込んできた。自分たちの拠点を、突然現れた十字の旗を掲げた軍勢が急襲し、彼らはその地を追われてしまったと。そう伝えたのである。

 

 そして、その軍勢を撃退するために、力を貸してほしいといってきた。もちろん、それ相応の報酬を支払うと言って、手付けに幾ばくかの純金を持参して、である。そして拠点を取り返した暁には、この何倍もの量を渡すといった。

 

 それを聞いた賊たちは、一も二もなく飛びついた。そして、すべての集団が、それぞれの拠点をほぼ全軍で以って出立した。……それからわずか半日後、郡内に居た十万近い賊達が、すべて合流し終えたときだった。自分たちの拠点が、”仲間”の話にあった、その十字旗を掲げた数千の軍勢によって、あっという間に、ほぼ同時に制圧されてしまったと。

 

 伝令からそれを聞いたときは、もはや時すでに遅く、彼らは戻るべき場所を失った。所詮、まともな取りまとめ役も居ない、賊軍である。これからどうするかを話し合うことすら出来ず、ただ右往左往するばかり。そんなところに、である。彼女達がその姿を見せたのは。

 

 「聞けえっ!!この地に集いし賊軍ども!!我こそは、徐公明!天の御遣い、北郷一刀様にお仕えする者なり!お前達の逃げ道は完全に塞いだ!無駄な抵抗をせず、おとなしく我らが軍門に下れ!さすれば命ぐらいは取らずにおいてやる!その意思あらば武器を捨て、その地に伏せて見せよ!」

 

 ポニーテールにした、その真紅の髪を揺らし、斧を掲げて馬上から叫ぶ徐晃。みれば、賊軍を大きく取り囲むようにして、蒼い鎧を着た冀州軍三万が展開していた。さらにその後方には、何十本もの「十字旗」がはためいていた。旗の数だけを見れば、さらに五万近い軍勢が、彼女らの背後に居るであろうと、賊たちに予測させるのに十分であった。

 

 だが。

 

 (……まさか気づかれへんよな?うちらの後ろに居るんが、全部人形やちゅうことに)

 

 (……それに気づくような人たちなら、最初から賊なんてしてませんよ)

 

 そう。

 

 彼女達の後ろに”ある”のは、すべて、”旗だけ”と、”兵に偽装した”わら人形のみ。そう、いわゆる偽兵の計というやつである。前もって賊の根城に送り込んだ、先の降兵たちに、金というえさを賊たちの前にぶら下げさせることにより、賊たちをそれぞれの拠点からおびきだす。そして、ある程度集まったところを見計らって、その拠点を各個に制圧する。

 

 賊たちの帰るところを奪い、あわせて糧食なども確保し、そして彼らの戦意を著しく叩き落す。

 

 情報の行き来が少しでも遅れれば、すべてが水泡に帰す策ではあったが、そこは情報戦をもっとも得意とする司馬懿と、その配下の、優れた細策たちである。連絡網をわずかたりとも途切れさせることなく、今回の策を成功させてみせたのであった。

 

 まさしく、”一石三鳥”の策を、である。

 

 

 

 「くそっ!!このままおとなしく降参などしてたまるか!女ぁ!手前のその首を落として、逃げるための血路を開いてくれる!!」

 

 賊の中の一人の男が、槍を手にしてそう叫びつつ、徐晃に向かって馬を駆けさせた。

 

 「……大人しく降れば、命は取らぬと言ったのにな。……はあっ!!」

 

 それを見た徐晃もまた、自身に向かって馬を駆けさせてくるその男に向かい、斧を構えて馬を走らせる。そして、そのすれ違い様―――。

 

 「くたばれ女!この斐げ『どがっ!!』んしょっ!!」

 

 名をすべて名乗りきる前に、男はばっさりと真っ二つにされ、その上半身が地面に落ちる。そして、背にその男の下半身を残したままの馬だけが、いずこともなくそのまま駆け去っていった。

 

 「ふう。……いいかお前ら!こいつの様になりたくなかったら、大人しく我らに降伏しろ!分かったな!!」

 

 「……どっちが賊か分からん言い方やな」

 

 「……ですね」

 

 

 そして、その後。

 

 徐晃らは、残る北海郡でも同じ手を使い、ほとんど無傷の状態で、青州に蔓延っていた黄巾軍残党を制圧した。彼女らが青州に入って、わずか二月足らずのことであった。その後は、誰も治める者の居なくなっていた斉南の城に入り、一刀からの命を受けて、青州の統治を三人で開始した。

 

 ……まあ、その一刀からの命を受け取った際、それを伝えにきた徐庶と、何がしかの交渉を行っていた様ではあるが。

 

 降伏した黄巾残党の者達については、ほぼ四分の一を田畑などでの労働力として割り当て、残りは兵として、その戦力に組み込むこととなった。こうして、一刀たちは約十五万もの兵を、難なく手に入れたこととなった。

 

 それを伝え聞いた兗州の曹操が、腹心である荀彧にこうつぶやいたという。

 

 「……麗羽の代わりに、厄介な存在が出てきたものね」

 

 

 そして、徐晃たちの下へと使者に立っていた徐庶が、一刀の元に帰ってきたその翌日。まるで見計らったかのようなタイミングで、幽州からの使者-単経が、南皮の地を訪れたのであった。

 

 

                               ~続く~

 

 


 
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