No.19876

『結晶の船・クリスターナ』〈後編〉

  「結晶の船・クリスターナ」粗筋

 彼女の名前は、クリスターナ。
 全身を、薄緑色の半透明な結晶板に覆われた、美しい船だった。
 彼女を覆う結晶板は、特殊な性質を持つ、変位相クリスタルと呼ばれていた。

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2008-07-18 02:09:39 投稿 / 全1ページ    総閲覧数:768   閲覧ユーザー数:735

   結晶の船・クリスターナ〈後編〉

 

 

    生まれて来た理由

 

「卑怯者の、裏切り者らしい、せこいやり方ね……」

 相変わらず、あたしの神経を逆なでする口調だったけど、さすがにこれまでの高慢な感じは、だいぶ薄くなっていた。

「もう、決着は付いたわ。これ以上やると……」

 あたしの言葉を、主にその銀白色の体の後ろから煙を吐き出しながら、彼女は遮った。

「私は、あなたを滅ぼす。それが、私の使命……私の目的……生まれた理由なのよッ!」

「なにを、バカなッ!」

 あたしは、優位に立っているはずなのに、みっともなく狼狽えた。

 なんだか知らないけど、この姉妹艦の底知れない迫力に、再びあの嫌な感じが蘇って来たのだ。

「しっかりなさい、クリスッ!」

 あたしが、意味もなく弱気になったその時、キムの激しい声が響いた。

 見ると、彼女が厳しい表情であたしを見つめていた。

「まだ気が付かないの?彼女は、シルビーは、機械的な反応しかしていないのよ。あなたのように、感情的に喜んだり、悲しんだりしているんじゃない。予め与えられたプログラムに従って、行動しているだけよ!」

 キムは再び同じことを言った。でも、あたしには信じられなかった。

 シルビーの言葉が機械的なものだとしたら、あたしが感じるこの憎悪は、なに?あたしの体を這い回る、この気持ちの悪い感覚は何なの!?

「それが、彼女とあなたの違いよッ!彼女はただ蓄えられた知性を、決められたプログラムに従って判断しているだけなのよ」

「それのどこが、あたしと違うっていうの!?」

 思わず、あたしはキムに言い返していた。考えてみれば、ここであたしと彼女が口論している場合じゃないのだけど。

 キムは、激しく頭を振った。

「考えてみて!今みたいに、あなたは自分の感情で判断しているのよッ。好き嫌い、楽しい苦しい、そういう感情は、ただ蓄えられた知性を元にしただけでは、生まれては来ないはずよ。感情は意識と知性が一つになって、時には非論理的に生まれものじゃない。あのシルビアーナの言葉には、その非論理性がない。すべては、与えられた知性からだけ、導き出されている言葉だわ」

 そう言われても、まだ、あたしには納得できなかった。

 敵の次の行動を警戒して、艦長が距離を取っている間に、あたしはキムに喰い下がった。

「でも、でも、あの娘はあたしと話ができるのよッ!」

 これが、あたしにとって、彼女が仲間だと思える、何よりも重要な事実だった。

 キム以外、人間と話すことはもちろん、船でさえあたしのような意識を持ったものに、出会ったことはない。意識を持ち、会話ができる船というのは、このシルビーが初めてだった。

「それは、たぶん、人工の変位相クリスタルのせいだと思うわ。人工とは言っても、そうとう精巧に本物に近づけてあるから、きっと、船に設置された人工知性と結び付いて、疑似意識みたいなものを形成したのよ。あなたが感じる嫌悪感は、人工的に変異した部分の影響だと思うわ」

「でも……」

 あたしは、まだ反論しようとした。だって、もし彼女の言うことが本当だとしたら、ようやく見つけたと思った仲間は、仲間は……。

 あたしが、返事に躊躇っていると、キムが艦長を振り返った。

「艦長、あのシルビアーナという船は、人工知性で操縦された、無人艦だと思われます」

「なんだって!?」

 艦長を始め、ブリッジの全員がキアラを見た。

 艦隊総司令の副官は、もう一度姿勢を正すと、ゆっくりと説明した。

「さっきから、何度もテレパスを送っているのですが、あの船には人間らしい反応が、何一つ無いのです。あるのは、ダミーと思われる、無機質な生体反応だけです」

 彼女の言葉に、艦長の目付きが変わった。

 艦長に命じられるよりも早く、分析士が忙しく自分の前の操作盤に指を走らせた。

「確かに!これだけの被害が出ているのに、艦内の生体反応に、まったく動きが見られません。こいつは、ダミーです!!」

「クッソー!なんてこった!!俺達は、ロボット戦艦を相手にしていたのか!どうりで、手応えがないわりには、攻撃や運動が正確無比だと思った……うん?ということは!?」

 ほんの少し悔しがった艦長だったけど、すぐにもっと危険な事態に気が付いた。それは、あたしにも容易に想像ができた。

「もし、あの船がこの船の撃破を、最優先にプログラムされていたとしたら、自爆も有り得ると思います」

 キムの言葉は、冷静だった。

 そして、気の毒そうな視線をあたしに向けた。あたしは、声が出なかった。

「このまま撃ち合っても、たぶん、両方とも決め手を欠く。その時の、敵の最後の手段が自爆か……」

「こっちとしては、向こうにとどめを刺すためには、接近するしかありませんから。その時に、自慢の加速力にものを言わせて、突っ込んで来る……」

 射撃手の言葉に、ブリッジは静まり返った。

 沈黙を破ったのは、艦長の怒声だった。

「いったい、連邦のヤツらは、船をなんだと思ってやがるんだッ!」

「道具でしょう……この船を沈めるという目的のためだけに建造された特殊な船。そう考えれば、なんの不思議もありません。結果的に、相撃ちでもこの船が沈めばいいのですから。そんな船に人を乗せなかっただけ、マシってもんです」

 穏やかに応じたのは、通信士だった。

 艦長は、恐い顔で発言者の方を向いた。でも、言った方が、艦長のそんな表情に怯えることはなかった。

「もっとも、また乗っ取られることを心配した結果かも知れませんが……ともかく、艦長のように、船の気持ちが解るっていう方が珍しいんだと思いますよ」

「お前は、わからないのか?」

 少し、艦長の口調が弱々しいと感じたのは、あたしだけではないと思う。

 通信士は、首を振った。

「あッしらには、何とも言えません。でも、そうおっしゃる艦長の気持ちはわかると思います。それが理解できるかどうかは別にして、船に魂があるということは、みんなが知っています」

 彼の言葉に、ブリッジの乗組員全員が頷いた。

 あたしに限らず、グラン・フォースの船に乗り込むのは、ほとんどが海賊や輸送船上がりの船乗り達だった。彼らにしてみれば、船に魂があるというのは、人間に心があるとのと同じくらい、当り前のことだったみたい。

 だから、あたしも最初からそういうものだと思って、彼らと接していた。キムのように、直接話ができる人間は、特別だとしても。

 でも、連邦の人達の考えは違ったのね。それが、ホントのところキムの言うように、人工の知性のためかどうかはわからない。とにかく、シルビアーナが、人間的な愛情からは無縁だったことは、あたしにもよく解った。

 船の心を知るということ、いえ、機械の心を知るということは、こんなにも難しいことなの?

 艦長は、全員の顔を眺め回した後、キムに目を止めた。

「だからか?だから、クリスターナはおかしかったのか!?」

「彼女は、戸惑っているんです。自分の仲間だと思った船が、そうでないということに……」

 そう言って、彼女はそっとあたしの一部に触れてくれた。

 柔らかい、優しい手だった。

「辛かっただろうな、可愛娘チャン……」

 そう言って、艦長は目を伏せた。

 あたしには、それで充分だった。

「敵、反転!急速接近!!」

 通信士が大声を上げる前に、あたしはシルビーに向かって叫んでいた。

「人間の暖かさが解らないあなたは、ただの機械人形よッ!」

「それは、あなたも同じでしょう!?同じ、人に作られたものの分際で、何を偉そうに!」

 あたし達はお互いに、全速で接近していた。

 キムの言う通り、確かに彼女の口調には機械的な響きがあった。

「あなたは、何のために作られたの?」

 あたしの質問に、銀の貴婦人と呼ばれた連邦の特殊戦艦は、言下に答えた。

「決まっている、クリスターナ、あなたの撃滅だ!」

「そのためだけのために!?」

 キムの予想が当たったことに、あたしは驚きと失望を感じていた。

 まだあたしは、シルビーを、この白銀の船を仲間だと、姉妹だと思いたかったんだと思う。でも、その願いは簡単に断ち切られた。

「それ以外に、どんな理由がいるッ!?」

 シルビーの答えは、あたしにキムの考えの正しさを証明しただけだった。

あの娘には、自分というものが無いの?諦め切れないあたしは、もう一度、微かな期待を込めて尋ねてみた。

「あなたには、この世に二つとない船だという誇りはないの!?」

「誇り?なによそれ!?それで、戦闘に勝てるっていうの?笑わせないでよ!この、人間化した出来損ないが!!」

 このシルビアーナの言葉は、あたしを芯から震え上がらせた。

 キアラの言った通り、彼女は人工的に与えられた知性で話をしている。それどころか、キアラは気付いていないみたいだけど、この人工の変位相クリスタルを通して意識化したものは、極端に偏ったものになってしまっていた。

 それは人間的なもの、機械と人との精神的な関係を否定するどころか、憎悪すらしていた。たぶん、彼女に与えられたあたしへの憎しみのプログラムと、人間を乗せないロボット船としての扱いが、人工の変位相クリスタルの配列を通して、偏って融合した結果だとは思う。

 彼女にとって、あたしが感情的に人間と接することができるということ自体、許せないことなのだろう。道具は道具らしく、与えられた使命を忠実に遂行し、そして滅びるべきだ!彼女は、そう言いたいに違いない。

 あたしにも、その気持ちは解る。これは、キムにも説明することのできない。あたしが意識を持った時から、付いて回る根本的な問題だった。

「道具は道具でしかないのよ!クリス!あなたが、どう思おうと、人間はそうとしか思っていない!そうとしか、扱うはずが無い!!」

 シルビアーナの砲門が、すべてその銀白色の肌から露出し、あたしに照準を合わせたのが解った。

 

 

    姉妹の最期

 

 操舵士は、絶妙のタイミングで、あたしの方向を変化させた。

 何本もの熱線と光線が、あたしのすぐ脇を通り抜けた。

「シルビー、あなたの考えは、人間の考えの極端なコピーでしかない!どうして、自分の考えを持とうとしないの!?」

 あたしがそう言うのと、射撃手が発射ボタンを押すのが一緒だった。

「あなただって、人間の言うがままに動くしかない、機械人形よッ!」

 シルビーの絶叫は、あたしの全身を揺るがせた。

 艦長は顔をしかめ、操舵士は懸命に船を立て直そうとした。

「クリス!相手の言葉に耳を貸してはダメ!!彼女の言葉は、彼女を作った人間達の、傲慢な考えの延長に過ぎないわ!あなたとは、意識の持ち方がまるで違うのよッ!!」

 たまらず、キアラはあたしに呼びかけた。でもあたしは、ヒステリックに叫び返していた。

「どこが違うっていうの?あの娘もあたしも、戦うために、あなた達人間に作られた船だということに、変わりはないのよッ!?この事実を、自分自身ではどうすることもできないということは、あたしも彼女も同じじゃない!!」

 興奮したあたしの態度に、キムは口をつぐんだ。

ただ、その目が悲しげにあたしを見つめていた。それでも、あたしは彼女に当り散らすことを、やめることはできなかった。

「あたしのように、シルビーのように、道具が意識を持つことそのものが、間違っているんじゃないの!?」

「間違ってなんか、いないわ!」

 断固とした口調で、キムは言った。

 操舵士が悲鳴を上げていた。

「艦長、また出力が安定しません!操舵が、困難です!!」

「かまわん、このまま突っ込め!司令の言葉じゃないが、この娘のやりたようにやらせよう……」

 ブリッジの全員が、艦長のその発言に息を飲んだ。

 キムの表情は必死だった。

「間違っているとしたら、道具を作った人間の方よ。シルビーみたいな、悲しいロボット兵器を作って、それで何の痛みも感じない人間の方が、間違っているのよッ!」

 たぶん、キムは混乱してヒステリー状態に陥ったあたしを、なんとか落ち着かせようと、とっさの思い付きで言ったのだと思う。

 でも、この人間が間違っているという言葉は、あたしには実に新鮮に響いた。

「間違っているのは、あたしでもシルビーでもない?そう言うの?」

「どんな人間が、シルビーの知性を育てたのか知らないけど、目的のためなら手段を選ばず、自分すら犠牲にする。あなた、そんな考えが間違っていないと思えるの?」

 何度目かの攻撃をお互いに交わし、あたし達はいったんお互いに反転した。距離を取って、再度接近するということは考えるまでもなかった。

 再び眼前に迫る、白銀の船を見つめながら、あたしは大きく息を吐いた。

「キム、あなた達はあたしに、そういうことをさせないと、言い切れるの?」

「ブラット艦長や、アマド司令、他のみんながそんなことをさせると思う?いいえ!せっぱ詰まって、例えそういう事態になったとして、あの人達が何も感じないでいられると、あなたは思うの?」

 キムは、頼むような表情であたしに語りかけていた。

 シルビアーナは、真っ直ぐにこちらに向かって来ていた。どうやら、今度こそ決着を付けるつもりのようだった。

 あたしも、今度は反転するつもりはなかった。

「シルビー、あなたは人間の感情を知ることはできないのね……」

「そんなもの、知ってどうなる?あたしは、ただ使命を果たすだけ!あたしを作った、人間のために!!」

 感情を知ることは、心を知ることだと思う。

 心の感じられない機械は、確かにただの道具に過ぎないのかも知れない。

「ただの道具としてなら、シルビー、あなたは危険すぎるわ!」

「何をいまさら、兵器は道具に決まっている!そして、最強の兵器はこの私よ!!滅びるがいい、旧型の出来損ないッ!!」

 自らを最強だなどと自惚れる、意識を持った兵器など、人間にとっても機械にとっても危険なだけじゃない!?

 あたしの意識は、ようやく一つの答えを見付け出していた。

「クリス!正面よッ!!」

 キムが絶叫するように、あたしに呼びかけた。

 スクリーンには、その優美で巨大な白銀の姿が、一杯に写し出していた。

「シルビー!あなこそ、滅びなさい!!それが、あなた自身のためよ!!」

「ベッピンさんの砲塔を狙え!進度そのまま、零距離射撃用意ッ!!」

 あたしの叫びと、艦長の命令は同時だった。

 今までの経験と、あたしの性能から、シルビーは必ずあたしが直前で転進すると考えているはず。その読みは、艦長も同じだった。

 あたし達は、今度ばかりは方向を変えなかった。真一文字に、銀の貴婦人に突っ込んで行った。

 シルビーの声無き悲鳴を、あたしは聞いたような気がする。転進するはずのあたしの先手を取って、彼女は方向を変えようとした。その、ほぼ側面に、自分の肌をその銀白色の肌に擦り付けるようにして、あたしは接触寸前まで接近した。

「怯むな!ありったけの武器を叩き込めッ!今ここでこいつを葬らなければ、後はないと思えッ!!」

 艦長の怒声のような命令と共に、あたしはありったけの武器を発射していた。

 熱線が、ミサイルが、レーザーが、彼女の肌を焼き、砲塔を砕いた。反動で、あたしの体も強烈な衝撃を受けた。

 床が波打ち、衝撃吸収用の緩衝材が悲鳴を上げるブリッジの中で、ブラット艦長は大きな体をかろうじて腕で支えながら叫んでいた。

 射撃手は狂ったように、発射のスイッチを押し続けた。狙いを付ける必要はなかった。

 あたしの目の前に、シルビーの美しい銀色の体があった。その体が、何度も痙攣するように震え、弾けるように悶えていた。

 たぶん彼女も、反撃しようとしたんだとは思う。持っている武器の種類も威力も、彼女の方が上のはずだから。でも、体当りのタイミングを完全に外された上に、最初に砲塔を破壊されて、彼女の攻撃は何の役にも立たなかった。

 何発かのミサイルと、いく筋かの熱線があたしの肌をかすめて、消えて行った。まるでそれは、彼女の最期のあがきのように……。

 最後の切札となる自爆をされる前に、すれ違い様にありったけの武器を使って彼女に致命傷を与える。艦長とあたしの考えは、完全に一致していた。

「離れろ!爆発に巻き込まれる!!」

 すべての、武器弾薬を撃ち尽くしたという報告を受ける直前に、艦長はそう命令していた。

 あたしはできる限りの早さで、その場を離れた。でも、気持ちはいつまでも、虚空に浮かぶ白銀の船体に残っていた。

「シルビー?」

 離れながら、あたしが呼びかけると、それを待っていたかのように、彼女の白銀の体から閃光が走った。

「なんで、私が……こんな、こんなことって!なんで、なんで私が、あなたに負ける!?負けるのは、あなたよ!私じゃない!!……はず、だったのに……」

 遠ざかるあたしに、シルビーのそんなうめきにも似た声が聞こえた。

「私は……私は何のために……私は、いったい何だったのよーッ!?」

 彼女の絶叫が、あたしの体内を貫くと同時に、銀の貴婦人と呼ばれた銀白色の肌が、暗黒の空間に粉々に砕け散った。

 無数の人工結晶の破片が、きらめきを残しながら広がって行く。スクリーンに写る、その悲しいほど美しい光景に、ブリッジの誰もが息を飲んでいた。

 でも、あたしにはその光景を見ることはできなかった。シルビーの最期の言葉が、いつまでもあたしの中をかけ巡って、消えなかった。

「私は、何だったのよーッ!」

 その答えは、あたしにもわからない。いえ、あたしだって、今もずっと考え続けて、求め続けている答えなのだ。

 でも、あたしは答えを、知るのが恐い。知ってしまったら、あたしは生きていられないんじゃないかと、そんな想像すらしてしまう。

 あたしは、それきり黙り込んでしまった。あたしの声が聞こえないはずの乗組員達も、まるでそれがわかるみたいに、あたしに対して無口に、黙々と作業だけを続けた。

 静かに、彼らはあたしをタスク高原に向けた。途中で、敵艦隊と交戦していた味方の艦隊と合流した。アマドの予想通り、敵はシルビアーナが破れたことを知ると、戦意を喪失して引き上げてしまったのだ。

 

 

    船と人間

 

 アマドの『クリスターナにアマドはいるに違いない作戦』は、まんまと効を奏したらしい。

「船が、ショックを?」

「ええ……お笑いになりますか?」

 久しぶりに司令官の部屋に戻った青年に、キムはそんなことを話した。

 まったく余計なことをとは思ったけど、結局あたしは何も言わないままでいた。口を開く気分には、相変わらずならなかった。

 生白い青年は、いつもの気取った口調で腹が立つほど穏やかに、キムの言葉を否定した。

「船とはいえ姉妹を、それも、この宇宙で他に有り得ない類型艦を、自分の手で破壊したんだ、気分が塞いだとしても、ムリはない」

「司令は、船にも気分があるとお思いですか?」

「思うね。根拠は何もないけど、君が塞いでいると言うんなら、この船は、塞いでいるんだろう。言われてみれば、妙に静かすぎる感じがする……」

 自分を信頼しているよと言うのも同じ言葉に、明らかにキムの表情は明るくなった。それが、彼の愛情からではなくて、信頼と知性の産物だということが、なまじわかるだけに彼女には辛いところでしょうね。

 テレパシストというのは、こういう時、ほんとに不便だと思う。

「クリス、機嫌はどう?」

 自分の持ち場となっている記録の管理室で、彼女が静かにあたしに語りかけたのは、入港を明日にひかえた夜のことだった。

 当直以外、誰も起きていない艦内は、いつにも増して静かだった。

「キム……あたしってなに?」

 シルビアーナとの戦いが終わってから、あたしは初めて口を開いた。

 テレパシストの彼女には、それで充分に意味が通じたはずだった。

 長い沈黙の後に、やっと彼女が口を開いた。

「あなたは、あなたよ。クリス……私が、私であるように」

「あたしは、あたし?」

「そう、あなたはクリスターナという船で、私はキアラという人間。それ以上でも、以下でもないわ」

 今度は、あたしが沈黙する番だった。

 あたしは、あたし。結晶装甲艦クリスターナ。この世で、ただ一つの船。

 そう、それ以外の何ものでもない。そんなことは、わかっている!でも……。

「私だって、自分が何者で、なんのために生きているのか……聞かれたら、答えようがないわ。ここにいる理由は自分にも、他人にもあるでしょうけど、それは私が生きているということとは、違うと思うの」

「機械の、あたしも同じだと?」

「たぶんね、違うの?」

「わからない……わからないわ!」

 あたしは、再び混乱した。混乱して、口を閉ざした。

 キアラも、何も言わなかった。

 長い時間が過ぎた。

「あなたは、自分が嫌いなの?」

 唐突なキムの質問に、あたしはすぐには答えられなかった。

 あたしが口を開かない理由を察したのか、彼女は続けた。

「私は、ずいぶん長いこと、自分が嫌いだった。自分がこの世に生まれたこと、テレパスだったこと……何もかも!」

 キム、いやキアラ・デニスの怒りと悲しみの感情が、波のようにあたしに打ち寄せた。

 どうやらこの時、彼女は感情のセーブというヤツを、していなかったらしい。

「一生を、土の中で過ごすのかと思うと、やり切れなかったわ……」

 そりゃそうでしょう。彼女の人生には、同情する余地は多分にあると、あたしも思った。

「でも、その私に希望ができた。地上に、そしてこの宇宙に、誘ってくれる人が現われたから……」

 アマド・カルキ。地理学者の卵が、地図を作る途中で鉱山の中で遭難し、キアラに助けられた。この時に、テレパシストとしての彼女の能力を知った彼は、それ以降の自分の手伝いを頼んだ。

 もともと、地理学院から現地で有能なアシスタントを徴用する権利を与えられていた彼にとって、それは難しい手続きではなかったのだろう。

 でも、テレパシストを身近に置くことに慣れていない人々にとって、それは驚きのはずだった。そのことを、明確に非難した人もいたと思う。

 けれど、その後の彼の活躍が、彼女の有用さを証明した。意外にもそれは、地図作りではなく、戦闘という舞台ではあったけど。

 今回の『クリスターナにアマドはいるに違いない作戦』などというふざけた、しかし奇抜な作戦も、このキアラのテレパスがなければ成立するはずはなかった。

 彼女はアマドによって、他の誰にも変え難い自分の居場所を見付けた。そのことを、あたしは知っている。

「クリス、あなたにとってはどうでも、私達はあなたを必要としている。ううん、大事に思っているわ。とっても!それは、迷惑なこと!?」

 そう言われて、迷惑だなんて言えるはずはなかった。

 確かに、あたしは彼女やこの船の仲間、さらにはグラン・フォース全体に、どういう意味であれ必要とされていた。

 皮肉にも今回証明された、間違いなく宇宙に二つとないあたしの体は、大切にされるはずだった。

「でも、いずれ不用とされ、捨てられるのよ……」

 あたしは、嫌味に近い口調で呟いていた。

 ゆっくりと、キムは顔を上げた。

「私達も、いずれは老いて死んで行く……寿命というものがあるのよ、人にも船にも。それのどこに、どんな違いがあるというの?」

「シルビーの、シルビアーナの最期も、それが寿命だというの!?」

「考えてごらんなさい。彼女があなただったら、運命は逆転していたかしら?」

 それも、衝撃的な意見だった。考えたこともなかった。

 自分がシルビーだったら……いえ、シルビーにキムやブラット艦長、それにアマド司令官が付いていたら……そう、多分、負けていたのはあたし。不本意な最期を遂げていたのは、自分……。

 そうだ!あたしは、船なんだ。自分で、自分を動かすことはできない。あたしの運命は乗組員と、それを指揮する人にかかっている。

 キムは、人もまた同じだと言いたいの?本人がどうであろうとも、人の運命もまた、その人をとりまく人々と状況によって、決まってしまうものなの!?

 キム個人関しては、今のところそうかも知れない。でも……。

「人には、自分の意志で運命を変える力と、チャンスがあるわ」

「あなたには、ないというの?」

 あたしは、まじまじとキアラを見つめた。このテレパスの娘は何を言い出すのだろう?

 船が、自由意志で行動などできるはずが……そこまで考えて、あたしは息を飲んだ。

「人よりは少ないでしょうけど、それなりに運命を変えるチャンスと力は、あなたにはあるハズよ」

 確かに、そうだった。もしその気になれば、この場であたしは自分の機能を永久に停止することができる。すべての、記憶を消すことも。

 あたしは、考えることをやめることもできる。ただの、無機質なモノになってしまうことも……。

 あの時、シルビーとの戦いの時に、不本意にしろ一時的に戦えなくなったのは誰だった?あれが、あたしの意志の反映でないと、言い切れるの?

 あたしがあたしである限り、あたしは自分の運命を、全部ではないにしろ担っている!それは、紛れもない事実だった。

「あたしがあたしである限り、キム、あなたはあたしを必要としてくれる?」

「例え、この船から離れても、私があなたのことを忘れるということはないわ。それは、艦長も司令官も、この船のみんながそうだと思うわ。あなたには、ただの迷惑でしかないかも知れないけど」

 そうなのだ。離れても、例え命を失っても、記憶は残る。

 人の心に、それはその人がその人である限り……。

 あたしは、自分が納得したことを誤魔化すために、わざとぶっきらぼうに答えた。

「ほんと、いい迷惑だわ!」

 そんなことが、テレパシストの彼女に通じないことはわかっていながら、それでも素直にはなれなかった。

 クスッと笑ったキムが、改めて真面目な表情で尋ねた。

「司令官に、許可をもらったわ。良かったら、今回の記録を外部の記憶装置に移し換えて、あなたの内部から消去してもいいんだけど?」

 キムが、あたしが辛いだろうから、そうしてもいいかと言うと、アマドが黙って頷いたことを、あたしは知っていた。

 船が辛いと思うだろうなんて、他のほとんどの人間が、笑い飛ばすか怒り出すようなことだと思う。なのに、なぜかあの生白い青年は穏やかに頷いた。

 それが、副官の気持ちを理解するからなのか、他に彼なりの理由があるからなのか、あたしにはまるでわからなかった。

 不思議なことに、テレパスで感じることのできるキムにも、実のところはわからないらしい。本当に、アマドというのは不思議な青年だった。

「いいわ、あたしはシルビーのことは忘れない。いえ、忘れてはいけないような気がする。辛いけど、あたしが忘れたら、シルビーがこの世に存在した意味を、知る人がいなくなるような気がするの……」

 あたしの言葉に、キムは完全には納得したようではなかった。

 でも、何が言いたいのかは、わかってくれたみたいだった。

「今回は、疲れたわ。本当に、疲れた……。入港はみんなに任せるから、あたしは寝るわね。また、用があったら、起こしてちょうだい」

 あたしは、キムにそう言った。本当に、眠くなって来ていた。

「わかったわ、クリス。あなたの眠りが、長いことを祈るわ……」

「そうね、あたしが眠っているということは、あなた達が平和だということだもね。でも、余り長く放って置かないで、たまには起こしに来てよね」

 考えてみると、妙にあたしは素直だった。

 寂しいから、起こしに来てと言っているの同じだということに、この時はまるで気が付いていなかった。以前のあたしなら、こんなことは、間違っても口にしないはずだったのに……。

「ええ、わかっているわ……お休みなさい」

 あたしの態度が変わったことなど、まったく気が付かないような様子で、キアラは立ち上がった。

 あたしの大好きな、甘く歌うような声を残して。

「お休み、キム」

 静かに、あたしは目を閉じた。

 キムは、そっと部屋の明りを消すと、外へ出て行った。

 深い沈黙と、非常灯の明りだけが残る闇が、あたしの体中に広がっていた。この時、ふとあたしは気が付いたことがあった。

「キムったら、いつの間にか、あたしをクリスって呼んでいるじゃない……」

 妙な嬉しさを感じたあたしは、艦長に好かれ、司令官に熱い想いを寄せる、可憐なテレパシストのことを考えずにはいられなかった。

 今度いつ目覚めるのかわからないけれど、目覚めた時、彼女はどうしているだろうか?朴念仁の司令官が、彼女の想い応えているのだろうか、それとも彼女の方が、不器用な艦長の気持ちに応えているのだろうか……。

 そんなことを想像して、自然に笑みが浮ぶのに任せながら、あたしはゆっくりと眠りに落ちて行った。

 深い深い、永遠の暗黒にも似た眠りの淵へ、ゆっくりと……。

 

 

FIN

 

 


 
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