No.197424

『舞い踊る季節の中で』 第107話

うたまるさん

『真・恋姫無双』明命√の二次創作のSSです。

 春寿城に戻った冥琳、彼女は一刀と共に話し合った今後の事を彼女に告げる。
 それが例え彼女に苦しみを与える事になるとしても……。

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2011-01-23 16:04:20 投稿 / 全13ページ    総閲覧数:15546   閲覧ユーザー数:10348

真・恋姫無双 二次創作小説 明命√

『 舞い踊る季節の中で 』 -群雄割拠編-

   第百〇七話 ~ ひたすらに真っ直ぐな想いに舞う命達 ~

 

 

(はじめに)

 キャラ崩壊や、セリフ間違いや、設定の違い、誤字脱字があると思いますが、温かい目で読んで下さると助

 かります。

 この話の一刀はチート性能です。 オリキャラがあります。 どうぞよろしくお願いします。

 

北郷一刀:

     姓 :北郷    名 :一刀   字 :なし    真名:なし(敢えて言うなら"一刀")

     武器:鉄扇(二つの鉄扇には、それぞれ"虚空"、"無風"と書かれている) & 普通の扇

       :鋼線(特殊繊維製)と対刃手袋(ただし曹魏との防衛戦で予備の糸を僅かに残して破損)

   習得技術:家事全般、舞踊(裏舞踊含む)、意匠を凝らした服の制作、天使の微笑み(本人は無自覚)

        気配り(乙女心以外)、超鈍感(乙女心に対してのみ)、食医、

        神の手のマッサージ(若い女性は危険です)、メイクアップアーティスト並みの化粧技術、

        

  (今後順次公開)

 

 

【最近の悩み】

 

「……やっちまった」

 

 俺は後悔の海に沈みながらも、それでも喜んでくれた二人の笑顔を思いだし心が救われる。

 事の起こりは、美羽が小さな身体に似合わない鞄を引きずるようにしていた事と、翡翠の使っていた雑嚢鞄が寿命を迎えた事にある。

 其処で知り合いのお店に、もと居た世界の知識を利用して作って貰ったわけだが、それが思った以上に似合っていた。 と言うか違和感がなさ過ぎた。

 その事と、その姿が俺の良心が苛む。

 鞄の機能と扱いやすさに喜んでくれたのは良い。

 可愛らしいと言ってくれたのも、嬉しいと感じれる。

 実際、職人と店主の粋な心意気なのだろう皮に施された意匠は、それを俺の世界のそれよりも可愛らしく、高級感に溢れさせていた。

 美羽はまだいい。 実年齢を考えなければ、その鞄を持つ姿は微笑ましいと言える。

 だけど翡翠のそれは、恋人と言える関係の彼女のその姿に、俺は頭を抱えて机に突っ伏す。

 

 機能的で頑丈。

 身体の小さな彼女達の邪魔にならない大きな鞄。

 持ち運びも楽で、いざとなったら走り回れる事が出来る。

 この条件を当てはめたら、あの形になってしまった。

        

 だからってランドセルは………無いよな。

 

 そんな物が似合う女性に、俺はあんな事やこんな事を……。

 ……はぁ~、……俺ってそう言う意味でも人間失格か?

 

冥琳(周瑜)視点:

 

 

 かっかっ

 

 石畳の回廊を甲高い音を響かせながら、僅かに持っていた手荷物も、隣を共に歩く侍女に渡し部屋に置いておくように指示をする。 そして代わりに顔に付いた砂埃りだけでもと、手渡された濡れた布で顔を軽く拭く。

 本来はきちんと湯浴みをし、着替えるべきだと言う事は分かっている。

 我等支配階級が身嗜みを整えたり、化粧や高価な装飾品で身を飾るのは別に自分を美しく見せたいだけでは無い。

 言うならば国と言う名の見栄や虚栄と言った所だろう。

 他国に対しては虚像と言う名の力を示し、自分達がそれだけの力を持っているのだと見せつけるため。

 自国の民に対しては、安定した力を持っている事を示す事で、今の支配者の下に居る事を安心してもらうためのもの。

 もっとも、過ぎれば逆効果どころか、自らの心も腐らせる毒となってしまう。 …漢の官僚達の様にな。

 だが私の中に在る強い想いが、そうと分かっていてもそれを後回しにさせ、足早に彼女の部屋に向かわせるのは、その部屋の主がその様な事を気にしないと言うのと。

 

「雪蓮、今帰った」

「おかえり。と言いたいけど、そんなに急いでどうしたのよ。

 それに着の身着のままで隠居した私の所に来るなんて、そんなに私の顔が恋しかった?

 って言う訳じゃなさそうね。 ……一体何が在ったの?」

 

 私の姿に一瞬驚いた顔をしたものの、雪蓮は寝台の上で上半身を起こしながらも、何時もの軽口を叩いた後、此方の様子に真面目な話だと察してくれる。 その病人らしい姿に、私は一度息を深く吐き、目を瞑る。

 再び目を開いた時は、雪蓮は先程とは変わらず寝台の上で、上半身を起こして此方をの言葉を待ってくれている。 ……が。

 

「その前に何故、杖と一緒に布団で寝ているか聞かせてもらおう」

「単に横に置き忘れただけよ」

「もう杖が必要ない程度には回復したはずだが?」

 

 雪蓮の言葉に少しも魔を開ける事無く私は更に言葉を噤むと。 僅かに瞳孔を広げるものの、表情的には頬の僅かに振るわせる事も無く。

 

「あの日で調子が悪いだけよ。 と言ったら信じる?」

「ああ、信じよう。 ただし本当にあの日ならばな。 毒のおかげで周期が崩れたおかげで、私には分からないと思ったのだろうが、華佗が吐いたぞ」

「……やっぱりね。あの糞医者」

 

 今度こそ雪蓮は表情を崩し、不機嫌そうに口を尖らせる。

 そんな雪蓮に小さく溜息を吐き、華佗を悪く言うのは止めさせ、本題に入る。

 

「雪蓮、そんなに動きたければ療養は終わりだ。

 まだ療養は必要なのは分かっているが、そうも言っていられなくなった」

 

 そんな私の言葉に雪蓮は目を細め。 療養中だと言う事など忘れてしまうほど鋭い眼差しでもって、私に話の続きを促す。

 確かに北郷の言う通り、私が思っている以上に回復している事を実感し、心の中で良かったと呟く声と共に、自然と眦が下がりそうな気持が湧きあがってくるのを無理やり意志の力で抑える。

 

 

 

 

「……成程。 確かにそれは妙案ね。 足りない駒と時間を、敵の敵を作る事で埋めようなんて、普通は考えないわ。 で、隠居した私は蓮華の代わりに傘下の豪族や諸侯を説得して回ればいいのかしら」

 

 一通り説明をした後、雪蓮は私が言いたい事を察してくれる。

 北郷があの時言い出したのは、何時か南陽の翡翠の屋敷での宴の折に思春が話した策。 …いや、策とはとても呼べないな。 なにせあの時は概念とさえ言えない抽象的な話だったからな。

 ただそれでも思春なりに世を想い、彼女なりの理想を語ってくれた。 三つの国が牽制しあう事で均衡が取れ、結果的に平穏な生活が続くのではないかと言う夢物語。 切磋琢磨しあう事で民も、そして国も高め合って行くのではないかと。

 

『 私はその中で誰よりも前に立ち、誰よりも民を守る剣になりましょう 』

 

 そうあの時思春は笑いながら己が理想の中での自分の在り方さえ語ってくれた。

 北郷はあの時の言葉を覚えており、それが今我々が迎えている危機を乗り越える術だと示してくれた。

 むろん問題は幾つもあるし、乗り越えなければいけない試練も厳しいと言わざる得ない。

 だが決して無理な話では無い。

 ……無茶ではあってもな。

 

「ああ、ただし無理はさせる気は無い。 その為もあって華佗と翡翠も同行させる。 これで身体と食事の心配はあるまい」

「……どちらかと言うと監視って感じがするけど、まあいいわ。

 でも華佗はともかくとして、翡翠がいると色々話は進めやすいけど、こっちは大丈夫なの?」

「雪蓮達が発ったら、此方も建業へ本拠地を移す」

「成程…深月(魯粛)が居れば、多少の埋め合わせにはなるわね。 でもそれだけじゃ……ちょっと冥琳、まさか…」

 

 雪蓮は私の挑発染みた笑みを見て、私が言おうとした事に察しがついたのか、僅かに目元を引き攣らせるが、そう言う顔を見ると蓮華様と小蓮様、三人が性格の違えど本当に姉妹なんだと実感させられる程よく似ている。

 幾ら益州と荊州の一部を、当分敵対する心配のない劉備に支配させる事で時間が稼げるとは言え。 我等が治めきらなければいけない江東と江南、そして荊州の一部と広大だ。 まだ支配下に置いていない土地がある所か、まずは揺るいだ地盤を固め直さねばならないと言う事態。

 其処へ北郷達が抜けた穴は大きい。 知識はあるものの、実務に関しては、まだ力を振るえるほど此方の常識どころか礼儀作法が出来ていない北郷はともかく。 多くの細作や密偵を操り、自らも類まれない能力を持つ明命や、雪蓮について行かせるために抜ける翡翠が抜けた穴は、深月殿や他の文官達では補いきれない。

 

「そのまさかを今使わずに何時使うと言うのだ」

 

 周りは敵だらけと言う中で、我等を掌で躍らせれる程の力の持ち。

 大将軍と言う肩書は持っていたものの。そのじつ政に関しては私や翡翠と匹敵するほどの人物。

 もっとも匹敵すると言ってもそれは必ずしも全てにおいてと言う訳では無い。 あくまで総合的にと言うだけの事。 武力に関しては翡翠にも及ばない。 軍師としては、本人は鎚車を大量生産させて突っ込ませるのが専門。なんて笑顔で誤魔化してはいたが、そんな考えしか浮かばない人間が我等を出し抜けるわけが無い。

 数と言うなの兵力を、袁紹のように実際に動かすのではなく。 効果的に相手にチラつかせる事で軍を動かすと言う命と税金の無駄遣いをする事無く、反意を持つ多くの豪族達を黙らせてきた。

 

 

 

 

「それに、これは北郷が言い出した事」

「…一刀が?」

 

 張勲の力の本質、それは情報を操る事。

 それも馬鹿らしいほどの多くの情報をたった一人でより分け。そこから得た情報を元に建策をし、力を振るう事なく相手を押さえ相手の行動を妨害させる。 必要とあれば袁術と組んで演技をし、それに合わせて老人達はおろか我等をも操って見せた。

 籠の鳥でしかなかった張勲と袁術には、其れしか手がなかったのだろう。 動き回る自由を奪われるも、仕事だけは押し付けられていた張勲に与えられた僅かな権限。 それ故にその才が異常に特化したのだろう。

 北郷の言では、天の世界では情報を操る事が政を行う上でも、商いを行う上でも最重要視される一つだと言う。 そんな張勲が北郷の教えを受けたのだ。 その一点において張勲のその才は、我等の誰よりも上と考えた方が良い。 そう、この世界の政の在り方を、まだよく分かっていない北郷よりもだ。

 

「……つまり、私の一番最初の仕事って」

「そうだ。 張勲を政に関わらせないと約束させた我等が老人達を説得し黙らせる事だ。 王になってまだ日の浅い蓮華様では、老人達相手はまだ荷が重いのでな」

 

 私の言葉に雪蓮は盛大な溜息を吐きながら嫌そうな顔をするが、こればかりは私だけでは説得できる相手では無い。 現王である蓮華様、前王である雪蓮、そして総都督である私の総意でなければ説得できる相手では無い。

 雪蓮が盛大な溜息を吐きたくなるほど難しい話には違いないが、出来ない話では無い。

 張勲を使う事、それは天の御遣いの所有物を天の御遣いの要請で預かり管理するだけの事。 ましてや、我等の存亡がかかっているとなれば、老人達も強固に反対は出来ない。 いや、させる訳には行かない。

 

「問題は七乃を信頼してくれるかよね」

「別に無理に信頼させる必要はあるまい。 ようは納得させれるだけの材料があれば良いだけの事」

 

 張勲達が今更我等を裏切るとは私も雪蓮も思わない。

 だが、それを全ての人間に納得させ押し付ける事は無理と言うものだし、そんな考え自体が間違えている。

 そもそもそんな事で軋轢を生むより、もっと分かり易い理由を老人達の前に出した方が余程健全的と言うもの。

 私の言葉を待つ様に私を下から見上げる雪蓮に。

 

「彼女達にとって、それ相応の旨味が在る話であれば良いだけの事。 その為に力になってくれていると分かれば、人と言うのはおのずと安心してしまうものだ。

 そもそもあの二人が我等に牙を向けば、生きる術を失うどころか悲惨な運命しか待っていないと言う事は、老人達が何よりも知っているからな」

「……分かったわ。早速動きましょ。 …と言いたいけど、その前に身を清めてからにしましょう。 幾らあの人達相手でも、そんな砂塵に塗れた姿で頼み事をするのは礼に失するわ」

 

 私の後半の言葉に一瞬その目に嫌悪を示した雪蓮だが、一度目を閉じた後に優しげな苦笑を浮かべそんな当たり前の事を言っった後。

 

「それくらいで冥琳の魅力が減じる物ではないけど。 綺麗で格好良い冥琳が私は好きよ」

 

 と、久しぶりに聞く彼女の言葉と雪蓮の温かな目を見ながら、私は軽い軽口を返して湯浴みをしてくると踵を返す。 だが雪蓮はその時を待っていたかのように。

 

「……ねぇ。 一刀が劉備の所に行くのに賛成したのって、本当にそれだけの理由なの?」

 

 そんな言葉を私の胸に突き刺さしてくる。

 言葉の裏に隠された雪蓮の心に、私は胸が締め付けられる。

 やはり気が付かれたか……そう思いつつも、私が背を向けるまでそれを問わなかった雪蓮の優しさに、私は感謝しながら、私は心の内を少しも載せる事ない様に、短く否定の言葉だけを紡いで部屋を後にする。

 

 

 

 

 ……雪蓮。

 

 赦して欲しいなどと言わない。

 

 私を恨んでくれても構わない。

 

 それで少しでも気が晴れるのならば、どんな言葉も甘んじて受けよう。

 

 

 

 だが、分かっているだろう。

 

 これが良い機会なのだと言う事を…。

 

 ……燻り続けているお前の想い。

 

 そろそろ、消さねばならないと言う事を…。

 

 

 

 もう、その想いを忘れなければならない時だと言う事を。

 

 

 

詠(賈駆)視点:

 

 

「詠ちゃん、もうそっちは終わりそう?」

「あと少しよ。 こっちはこれが最後だから月は先に休んでいて 」

 

 自分の分を片づけを終えボクの方を手伝おうとする月を、ボクはそう言って断る。

 気持ちは嬉しいけど、家事が苦手だからって何時までも甘えた事は言っていられない。 それに月は片付け、まで終わったとは言え、ボクも今洗っている分が最後なのは本当の事。 ……ただ、いい加減疲れて手が上手く動かないのは確かなんだけどね。 でもそれは月も同じ事、ボクが弱音を吐く訳には行かない。

 膨大の量の炊き出しをした後には、当然ながらその後片付けが待っている。

 むろん殆どは兵達や民が手伝ってくれるので、桃香付きの侍女であるボク達が手伝う必要はないのだけど、行軍中であるため、侍女としての仕事などたかがしれている。 かと言って黙って見る事などしたくない。

 

 そうして、空になった鍋に山ほど積まれた食器の山を洗って来た訳だけど、それももう終わり。

 ボクは砂で洗っていた最後の食器を、布で砂を落とすように拭きあげ。再び鍋の中に重ねるように食器を戻す。 後はこれを荷台に積んで終わりだけど、明日の朝にはまた降ろして炊き出しをしなければいけない。

 終わりのない重労働の様なもの……。

 だけど誰一人、そんな事を思っていないし、思っていたとしても顔に出していない。

 むしろ、今の皆に浮かんでいるのは穏やかな表情と充実感。 疲れているのは同じなのに、つい先日までとは全く逆の顔。

 疲労と恐怖、悲壮感や苛立ち、そして不安に満ちていた空気が、今は少しも無い。 まだ安心できる状況ではないと言うのに、誰もがその事を疑っていない。 互いが励まし合い不安と恐怖と戦っている。

 …そう、生命力に溢れていると言っても良い。 アイツが来た二日前から……。

 

 食事の当番兵や民に見送られながら、ボクは月のいる場所に向かって歩いて行くと、途中馬良と馬謖の姉妹に擦れ違うが、ボクは声を掛ける事無く、そっとその場を後にする。

 ……呆然としていた。 でも涙の後の残る眼には、まだ落ち着きを取り戻してはいない物の、確かな光が灯っていたのを見てしまったから…。 他人の振りをしていた姉妹二人が、お互いを確認しあうように手を繋いでいたのを見てしまったから…。

 ……アイツの舞いを見て来たんだ。 なら、声を掛けるのは野暮ってものよね。

 

 疲れ切った民の心を癒やすための舞い。

 アイツはそう言って朝夕の食事時になると、舞いを披露してくれている。

 一度に全員が見られるわけではないので、全ての民に舞いを見せるにはまだ数日は掛かるだろうけど、舞いを見た民や兵の噂で、民全体の雰囲気が明るくなって来ている。

 むろん、その背景には同盟国である孫呉の協力を得る事が出来たおかげで、呉領にいる時は敵の襲撃に怯える心配が無いと言うのと、支援を受けれたおかげで殆ど具の無かった粥が、それなりにお腹を膨れさせれるものに変わったからと言うのが何よりも大きいと言うのがある。

 でも、だからと言ってアイツの舞いで受けた想いが色褪せる様なものではない。

 

……当たり前よね。 アイツの想いが乗った舞いなんだもの。

 

 悲しみと絶望の心を。

 怒りと怨嗟の声を。

 悲哀と苦悶の声を。

 狂気としか言えない想い全てを、アイツは受け入れて歩んでいる。

 誰もが馬鹿にするほどの真っ直ぐな道を、アイツは何処までも真直ぐな想いのまま歩んで見せている。

 目を向ければ苦しいだけの道を、それでも大切な想いだと、手放さずに歩み続けているんだもの。

 余程腐った人間じゃない限り、何かしらの衝撃を受けるはずよ。

 ボクがアイツが抱えている苦しみを感じたように……。

 

 

 

 

「……ちゃん」

 

 桃香の天幕の近くの焚火の周りに腰かけながら炎を眺めていると、誰かに呼ばれたような気がして周りを見渡すと。 其処には首を僅かに傾けなてボクを心配げに伺う月の顔が目に映る。 その事にボクが、何の様かを聞くと月は益々心配げな顔をし。

 

「詠ちゃんやっぱり聞こえてなかったんだ」

「えっ、あっ、ごめん。 ちょっとぼぉ~としてた」

 

 その事に月が微かに眉を顰め、その真紅の瞳の色を深くした事から、ボクを本気で心配し出すと思ったから。

「ごめん。 ちょっと疲れたみたい。 悪いけど明日の朝も早いからもう寝る事にするわ」

 

 自分から月の言わんとする事を言う。

 肉体的に疲れているのは確かだけど。これくらいの疲れなんか洛陽での腐敗政治を徹底的に直していた時の事を思えば可愛いもの。

 ボクを疲れさせているのは別の理由……。

 アイツと会いたい。

 会って、話しをして、アイツの馬鹿さ加減を叱りつけたいだけ。

 

 民の為に舞ってくれるのは嬉しいと思える。

 舞う度に民の目に光が戻り、笑みさえ浮かべる人が増えて来ている事を思えば、何も言うべきではないと分かっている。

 でも、だからこそ言いたくなる。

 

 ………あんた舞う度に、傷ついているじゃない。

 

 想いの溢れた舞いを舞えると言う事は、その度にあの狂気と言える想いを呼び起こしているって事。

 民や兵の苦しみを、その心に受け止めるからこそ、あれだけの人の心に届く舞いが舞えるんじゃない。

 自分の心を鏡にして人の心を映すって事は、その苦しみの幾らかを自分の物にするって事よ。

 ただでさえ、馬鹿な道を選んで余裕が無いはずなのに、さらに五万人近い人間の疲弊し傷ついた心を受け止めようなんて、馬鹿のする事よっ!

 はっきり言って、正気の沙汰じゃないっ!

 なのにアイツは、苦しそうなそぶりを必死に隠して、あんな大馬鹿な事を続けている。

 

 ……何で其処まで出来るのよ。 あんたは……。

 

 

 

 

 そう怒りと供に問い質したくなる。

 答えなんて分かりきった問いを。

 アイツは、きっとあの晩と同じ事を言うはず。

 

『 守りたい人達がいるから。

  それに逝った人達の為にも、目を背けて逃げ出すわけには行かない 』

 

 ってね。 何処まで底無しなのよ。あの大馬鹿は……。

 そんな大馬鹿を思いっきりぶん殴ってやりたい。

 そんな物は自己満足に過ぎないって怒鳴りつけたい。

 だって幾ら尊い想いで大切なモノだって言っても、アンタが壊れちゃ意味が無いじゃない。

 ……守りたい人がいるんでしょ。

 ……守りたい想いがあるんでしょ。

 だったら、人の事なんて構ってちゃいけないのよ。

 あんな可愛らしい彼女を、あんなに心配させて……。

 

 だけどそんな事をする訳には行かないって分かっている。

 元軍師としての性か、そんな事をすればどうなるかって分かってしまう。

 あれだけ噂が広がった以上、まだ舞いを見ていない民や兵が騒ぎだしてしまい、下手をすれば今までの長旅の疲弊と先行きの見えない不安の吐口として暴動が起きてしまう。

 アイツの舞いが齎す効果を考えれば、とても止めるなんて事は出来ない。

 それに今のボクは唯の侍女。 この間のような緊急事態ならともかく、他国の重臣に対してそんな真似が許される訳がない。

 なによりそんな事をすれば、ボクはともかく月の立場も悪くしてしまう。

 こんな事で月に心配をかける訳には行かない。

 そう思い先に天幕に戻ろうと腰を上げた所へ。

 

「私の事は気にしないで、会いに行ったらいいよ」

 

どきんっ

 

 月の静かな瞳がボクを捉えたまま、ボクの心を見透かすようにそんな事を言ってくる。

 肩で切りそろえた銀糸のような髪が焚火の明かりによって赤く染め上げながら、心配掛けまいと隠していたボクの想いを言い当てる。

 その事に心臓が跳ね上がるのを抑える事が出来なかったけど、それでも理性で感情を表情に出す事なく。何の話か分からないと誤魔化して、これ以上下手な事を突っ込まれない内にと足を動かす前に、月はボクを逃さないとばかりに……ボクを本気で心配するあまりに、

 

「詠ちゃんは今まで私のために、色んな事を我慢してきたって知ってる。

 だから、もうこれ以上私のために我慢してほしくないの。 私の心配なんてしなくても大丈夫だから、我慢しないで会いに行って欲しい。 そして、一刀さんに詠ちゃんの想いをぶつけて来た方が良いと思う。

 大丈夫だよ恋人さんがいるみたいだけど、きっと詠ちゃんなら一刀さんだって振り向いてくれると思う」

 

 と、聖母の表情でそんなとんでもない勘違いをして、とんでもない事を勧めてくる。

 その事に理性では誤解だって分かってはいても、押さえきれずに顔が熱くなり、頭の中までもが湯でも沸きそうなくらい熱くなって、意識が真っ白になって行く。

 いけない、こんな所で気絶する訳には行かない。 そんな事になれば、そのとんでもない勘違いを肯定するようなもの。 ボクは微かに残った理性を必死に掻き集めて、今頭の中を締めてしまっているとんでもない考えを吹き飛ばすかのように。

 

 

 

 

「ち、ち、ち、違うわよっっ!!」

「へぅっ」

「そんなんじゃないだからっ! ボクはあいつを普通に心配しているだけよっ!」

 

 はぁはぁ…。

 辺り一面響き渡るんじゃないかって言う程のボク声が月の目を丸くさせ。

 その余りの勢いに未だ肩を上下させて息を荒く吐くボクは、次第に冷静さを取り戻し、自分が月に半分乗せられた事に気が付く。

 そんなボクに月は笑みを取り戻し、

 

「詠ちゃんがそう言うのなら、そう言う事にしておくとして。

 それなら其処まで我慢しなくたって良いと思うんだけど」

 

 と、変な誤解だけはしっかりしたまま、会いに行く事を更に進めてくる。

 月ぇぇ~、頼むからそんな勘違いしないでよぉ~。 だいたいそれって略奪愛よ。 月がそんな馬鹿な事を勧めてくるだなんて。絶対、あのはわわあわわの変な本の影響よ。 急いで徐州を出てきたと言うのに、ちゃっかりあの本も荷車に積み込んであるのは知っているから、今度こっそり燃やしてしまおうかしら。

 とにかく月がどう言おうと、たとえ僕達に協力してくれている相手でも他国の人間には違いない。 余計な疑いや噂を生むような事を避けるべきだと言うボクに。

 

「うむ。 その様な事を気にするとは詠らしくも無い」

「なっ」

「星さん、今、御白湯を入れますね」

 

 突然背後から掛けられた星の声に、ボクは驚木の声をついあげてしまうのとは反対に、月は焚火に掛けてある薬缶から木の湯飲みに湯を注いでゆく。

 星はその湯呑を受け取ると、まだ熱いらしく口を付ける事なく此方に笑みを浮べ。……こう言う何の邪気も無い笑みを受べて、突然とんでもない事を言うから油断ならないのよねぇ。

 

「そんな下らぬ噂を気にするような人間は我等の中に居らぬ事など分かっていよう。 面白がりはしてもな」

「……それはそれで問題だけど、皆が皆そう言う風と言う訳では無いでしょう」

「ふっ、そんな輩など捨て置けば良い。 そもそもそれを言ったら呉の重臣を姉に持つ朱里はどうなる」

「あれは今後の事を話し合うために必要な事だし、一人で会っている訳では無いわ」

 

 ボクの当たり前と言うべき言葉に、星はニヤリと笑い。 ……あっなんか嫌な予感が。

 

「つまり一人で無ければよいと言う訳だな。 月では、片棒と思われる心配までされては何だろうから、代わりに私が付き会おう。 なに、私も一度あの御仁とはゆっくりと話してみたいと思っていた所だ」

 

 案の定嫌な予感がした通り、星がとんでもない事を言い出してくる。 その上月まで星の意見に賛成し出すから性質が悪いわ。

 とにかくそんな必要はないと言うと、今度は。

 

「ふむ。かと言って私が一人で会うと、要らぬ噂が立ってしまうのかもしれんのだろ? 詠は友をその様な目に合わせたいと言うのか?」

「そんなの別にボクじゃなくたって良いでしょう。 それこそ朱里でも雛里でも連れて行けば良い事じゃない」「其処まで頑なに断られるとは……。これはますます月殿の考えが正しいと考えるべきか」

「あ、あんた、何時から話を聞いていたのよっ!」

「ふむ、内緒だ」

「くっ」

 

 ボクの悔しがる姿を星は面白げに眺めてくる。 その事にボクは苛立ちを覚えるけど、これ以上抵抗しても星を楽しませるだけ。

 なら、此処は月と星の言うとおりにして、アイツに会った方がマシよね。

 下手をすれば、あんなとんでもない勘違いが二人にとっての真実になってしまう。

 別にあいつに会って普通に話をするだけの事。

 月が言う様なとんでもない事をする訳では無いわ。

 ……それに、あの娘の事も少しは気にならないって言ったら嘘になるしね。

 

 

 

七乃(張勲)視点:

 

 

「要りません」

 

 私は美羽お嬢様の勉強を見ながら、笑みを崩す事無く周瑜さんにはっきりと答えを返します。

 その事にお嬢様はやや驚いた顔をするものの、すぐに手元の竹簡と睨めっこを再開し始めます。

 本当は暫く帰ってこないと言われた御主人様の事を、色々問い質したい気持ちを抑えて、より多くの情報を私が引き出す事を優先させたのでしょう。 ……私を信じて。

 

 周瑜さんが言う、孫呉の内政に手を貸すと言うのは構いません。

 本当はもう関わるべきではないし関わりたくないですが、御主人様の御命令と今の家族を守るためには必要な事だと理解している以上、私に選択肢はありません。

 むろん今の私達の願いを叶えるための工作は多少させて貰いますが、それも本来であれば御主人様や翡翠さんが行うであろう必要最低限な事だし、周瑜さんの期待を裏切るような真似をする気もありません。

 正直、美羽様がこうして自らの足で民の笑顔のために歩み始めた今、そんな事に興味なんてないです。

 だから周瑜さんが仰る報酬として、私達の夢を叶えるために国を挙げて動いてくださると言うお話をお断りしたんです。

 

「孫呉から与えられた道になどに、何の意味があるんです。

 そんな事は貴女も理解されていると思います」

 

 そう民に償って行くのに、国が後ろに付いていては意味がないんです。 それは結局上からの押し付けでしかありません。

 だから御主人様は、私達に一民として行えるための力を付けさせようと、色々教えて下さっていたのです。

 むろんそれも孫呉の援助なしに行える道ではありませんが、それはあくまで天の御遣いである御主人様の家族を守ると言う名目のもとであるべき事。 少なくても表立って動くべきものではないのです。

 

「……と言っても、其れだと色々困るんでしょうね」

 

 私の言葉に、苦笑を浮かべながら肯定するのを見て、今の状況の深刻さを更に伺う事が出来ました。

 もっとも、そんな事は最初から分かりきっていた事。

 でもこれからの私達のために、はっきりと言っておかなければいけない事だったんです。

 私達は、私達だと。

 孫呉ではなく、御主人様の下に居る袁術と張勲でなければいけないんです。

 

「では二つ程。 一つは独自の情報網を構築する事の許可を。 むろん得た情報はいつでも包み隠さずに開示いたします」

 

 一つ目の願い。 それは『羽都兎』や『寄上胸当』で確信持てましたが、御主人様の言う通り女性の装飾や美に関する切望は、この荒れた世の中においても無視できるものではないと知る事が出来ました。

 ならば、これを活かさない手はないと天の国で言う情報雑誌を出す話が出ました。 それに流行の装飾や御菓子等の情報のほか、御主人様に教えていただいた化粧品の技術や効果や感想をなどを少しづつ載せて行けば、多くの人間に私達のやっている事を知らせる事が出来るし、多くの女性の悩みを解消したりする手助けにもなります。

 ただ、これをするためには膨大な情報網が必要ですし、それが許されないと分かった時点で諦めましたが今回それが許されるのならば、活かさない手はありません。

 それに、この情報網は装飾を扱う店や飲食店のから聞く客の声と限られてはいますが、それと同時に様々な土地の本音や生活が分かる事です。

 それは製塩業を始め、他に手かげている事に多大な恩恵を与えてくれます。 雑誌の代金を赤字覚悟で誰にでも手に入れやすい格安価格にしても、十分に補填できるくらいに。

 無論、周瑜さん達にとって危険はありますが、得た情報を何時でも開示する約が得られるのならば、周瑜さん達にとっても美味しい話です。 なにせ自分達とは違う視点の情報を、タダで得る事が出来るのですから。

 

 

 

 

「良かろう。 得た情報を纏めたものを定期的に提出する事と、査察を何時でも受け入れる条件で納得させよう」

 

 此方の出した条件がやや意外だったのか、微かに眉を顰めながらも周瑜さんは快諾してくれます。

 駄目ですよ~。総都督と言う人がこんな事ぐらいで眉を顰めていちゃ。 もっと鉄面鉄皮を心がけないと。そんなんだから、私達に良い様に操られていたんです。

 冷静であり続けようとしていますが、実は結構感情家である周瑜さんを心の中で少し呆れながら、それでも以前に比べたら大きく成長している事に安堵の息を吐き。

 私は今度はどんな表情を見せてくれるんでしょうね。とほそくえみながら。

 

「二つ目の願いは、周瑜さんの裸踊りでも………と言うのは冗談ですから、鞭をしまってくださると嬉しいかなぁ~~と」

 

 私の冗談にいつの間にか手にした鞭をプルプル震わしながら、氷の炎のような目で私を睨み付けてくる周瑜さんを宥めます。

 背中に周瑜さんの邪気に充てられたのか涙目に震え、私にしがみ付くお嬢様の感触を楽しみながら。

 

「そうですね。 月に一度、私達家族全員が休める様な日を設けてください」

 

 そう、私達の心からの願いを告げます。

 御主人様と過ごしたいと思う美羽様の願いを…。

 一緒に在りたいと願う翡翠さんと明命さんの願いを…。

 そして、家族でありたいと願う私の願いを…。

 

「…分かった」

 

 慈愛に満ちた目で短く答えを返すと、詳細は陸遜さんに伝えさせると言って部屋を出て行かれます。

 ……優しい方。

 そして甘い方です。

 幾ら表面上冷徹に徹していても、あんなに感情を目の奥に映していたら見る人が見たら分かってしまいます。 でもだからこそ、皆さんあの方を心から信頼されるのでしょう。

 優しいからこそ辛い役目を率先して行うあの人を。

 

 きっと、あの人は御主人様に言ったはずです。

 私達や翡翠さんを人質に取る様な言葉を……。

 御主人様を他国に獲られる訳には行かない以上。 そう釘を刺しておくのは軍師としては当然の事。

 信じる信じない以前に、そうしなければいけない事なんです。

 国を背負うと言う事はそう言う事です。

 本来あるべき想いがこの国にはあります。

 美音様……空羽様が求めていたモノがこの国に在ります。

 ならば私もその想いを守るためにも動かなければいけませんね。

 そして教えてあげなければいけません。

 私がどうやって美羽様とその想いを守って来たかを。

 

 おそらく私の監視を兼ねて陸遜さんと呂蒙さんが私に付くはずです。

 幸いな事に相手が何処までやれるかの見極めは、御主人様に鍛えられましたから、二人の悲鳴を肴にやりたくもない仕事をさせられる鬱憤を晴らしましょう。

 それに、私達は私達で進めなければいけない事があるのですから。

 

「お嬢様、二人はどんな表情を見せてくれるか今から楽しみですね」

「何の事じゃ?」

「ふふふっ、今に分かります。 忙しくなりますが面白い事も起きますよ~」

「うむっ、それは楽しみなのじゃ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

つづく

あとがき みたいなもの

 

 

 こんにちは、うたまるです。

 第百〇七話 ~ ひたすらに真っ直ぐな想いに舞う命達 ~ を此処にお送りしました。

 

 せっかく前回明命が出てきたのに、今回は明命が出て来ませんでした(涙

 とまぁそれは何時もの事なので置いておいて、今回は久しぶりに複数の視点を一話に収めてみました。

 益州攻略の前にまだまだ物語があるかも知れませんが、彼女達がどんな物語を広げて行くのかこれからも見守り下さい。

 それにしても詠ちゃんは可愛いですよねぇ♪

 

では、頑張って書きますので、どうか最期までお付き合いの程、お願いいたします。

おまけ(シャオの場合):

 

 

作者「では今回のゲストは呉の華こと孫尚香と、一応言っときます」

シャオ「なによーっ、その言い方。 私はどこからどう見ても可憐に咲く一輪の花じゃないの。 こう溢れんばかりの色気が・」

作者「あ~、はいはいそれはどうでもから、定番の質問ですが、一刀をどう思って……答えなんて分かりきっているからいいや。ではまた次回でお会いしましょう」

シャオ「ちょっとーーーっ! なによそれっ! 出番が全然無いんだから、おまけくらい出しなさいよーっ」

作者「では、次回に~~っ」

シャオ「こらーーーーっ、 ええい、こうなったら周々! 善々! この性格のひねた作者を懲らしめて上げなさい」

作者「ち、ちょっと待て、白虎や大熊猫なんかにじゃれられたら死ぬっ」

シャオ「うるさい。 翡翠や明命が良くて何でシャオが駄目なのよっ」

作者「いや、別に貧乳好きという訳じゃないから」

シャオ「ふっふっふっ。周々! 善々! もう手加減なんて無用よっ!」

作者「ひぃぃぃーーーーっ。 やつあたりはんたーーーーーいっ!」


 
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