No.194778

真・恋姫†無双 黄巾√ 第十四話

アボリアさん

黄巾党√第十四話です
……去年のうちに投稿したかったのですが、諸事情及びただ単に文章が思い浮かばなかったという事もあり大分遅れてしまいました 申し訳御座いません
これからも更新が遅くなるかもしれませんが、完結まではもって行きたいと思いますのでお付き合いいただければと思います

今回も何時もより長めの構成となっておりますが、ご容赦いただければと思います

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2011-01-08 22:23:47 投稿 / 全15ページ    総閲覧数:7281   閲覧ユーザー数:5925

 

俺達一行は鄴を出立すると真っ直ぐに西方、涼州へと向かった。

というのも俺達の計画である意味欠かせない人物――董卓の情報を集める為だ。

ただ今までとは違い、俺の知っているような歴史通りの人物だとすると、とても直接会ってみるという訳にも行かない為、周辺の地域で噂を集めつつ、という事になったのだが……

 

 

 

「一刀さん。これは……どういうことだと思う?」

 

人和が尋ねるように訊いてくる。その手に持っているのは、近くの村などに先行して貰っている黄巾メンバー達からの報告書だ。

董卓が政治基盤としているらしい天水から離れた地域である冀州や并州では全くといって良いほど情報が無かったのだが、洛陽より西の地域に入った頃からポツポツと情報が集まるようになってきた。そして支配下の河東では殆どの村落から同じような報告が相次いで入ってきていたのだった。

 

「……悪い。どういう事なのか、俺にもさっぱりだ」

 

嘆息するように答える。正直な所、俺が聞きたい位だった。

何故俺達が困惑しているかといえば……その、報告内容の所為だ。

 

「一刀の言ってた人とはまるっきり逆だね~」

 

天和が暢気な声をあげるが、言う通りだった。

 

曰く、『河東領主、董卓は善政を敷き、その性格は温厚にして情に深く、領民からも深く慕われる清廉潔白な人物』という知っている、というか三国志などの歴史に伝わっている董卓像とは似ても似つかない話だったのだ。

 

「俺が治療に赴いた村でも同じだったぞ。彼らの話しぶりからしても、大層良い領主らしい」

 

華佗が腕を組みつつ言う。実際にその話を自分の耳と目で確かめてきた華佗の言葉には重みがあった。

……本当にどういうことなんだろう?やはり、この世界と歴史とでは誤差が生じている部分があるということなんだろうか。

 

「考えられる可能性は幾つか有りますけれど……ここまで来た以上、膝元である天水に赴いたほうが確実だと思います」

 

悩み顔の俺に向かい、水鏡先生が言う。

……先生の言う通り、か。こんなところで分からない事を考え続けているよりも、この目で確かめたほうが確実だ。

 

「人和。まだ帰ってきてない斥候はいるか?」

 

「あとは……国境付近の村まで行って貰ってる隊だけね。彼等は特別遠い所だったから」

 

「うん。それじゃあ彼らが帰ってきて、情報を整理し終わったら一度天水に……」

 

人和の言葉に頷きながら言う。

その時だった。

 

「大変だ!!張梁ちゃん!!一刀殿!!」

 

切羽詰ったような声とともに、斥候部隊を率いていた周倉さん達が此方へ向かってくる。

 

「ど、どうしたんですか!?」

 

彼等を見るなり、俺達は驚きの声を上げてしまう。

なんと周倉さんが血に塗れた、兵士のような人を背に背負っていたのだ。

 

「それが……」

 

周倉さんが話そうとすると、兵士はうめき声を上げながら言う。

 

「どなたか、分からぬが……頼む。私、を、天水まで連れて行ってくれまいか……。太守、様が……早く、援軍を……」

 

「どういうことですか!?」

 

兵士の言葉にただならない雰囲気を察した水鏡先生が強い口調で問いかける。

 

「北の蛮族、匈奴、が……長城を越え、領内へ攻め入って……太守様が軍を率いたのだが、敵の数が、尋常では……早く、援軍要請を伝えなければ……っ!!」

 

途切れ途切れになりながらも、兵士は語気を強めて言う。

 

「……わかりました。周倉さん、この人は何処で?」

 

「はっ、目的の村に向かう最中に見つけまして。恐らく、その先の国境の辺りから来たんだと思います」

 

「そうか。……人和っ!!」

 

周倉さんに頷くと、俺は人和達に目配せする。

 

「ええ。華佗さん、彼の治療をお願い!!周倉さんはそれが済み次第、その人を連れて天水へ向かって!!私達は、急いで国境を目指しましょう!!」

 

『応っ!!!』

 

人和の言葉に皆が一斉に答える。

そうして俺達は、急ぎ彼らの来た道……国境の方角へと急いだのだった……

 

「文和様!!左翼先陣が押し崩され、戦線が維持できません!!」

 

「後曲の張済、張繍を向かわせなさい!!その間に左翼の牛輔は戦線の立て直し!!あと、右翼の李傕、郭汜は一時撤退、本陣の守りを担当と伝えて!!」

 

「し、しかしそれでは匈奴に押されるままで……」

 

「そんなの分かってるに決まってるでしょ!?今は防衛に徹して、援軍が届くのを待つ以外に無いの!!分かったらさっさと走れっ!!」

 

叫びながら本陣へ飛び込んでくる伝令兵に、眼鏡の少女は怒気を孕みつつ叫ぶ。

その声に伝令兵は萎縮しながらも、指示を伝える為に本陣から走り去る。と、その時、彼女の隣に立つ女性が声を上げる。

 

「賈詡。それならば私が左翼に向かえばいいだろう?匈奴の蛮兵など、我が戦斧にかかれば一瞬で蹴散らせてくれる」

 

銀髪の女性はそういいながら戦斧を振り上げるが、対する眼鏡の少女の態度は冷ややかだった。

 

「は?あんたの任務は月の護衛って言ったはずよ?これだけの攻勢で、いつ本陣を攻撃されるか分からないのに主君をほっぽって先陣に?そもそも今の劣勢も誰かさんが突っ込みすぎたのが原因だったのを忘れたのかしら!?」

 

いいながらだんだん語気が荒くなる少女に銀髪の女性は「うっ」と罰が悪そうに呻くが、それを全く意に介さず少女は更に続ける。

 

「大体、万近くの兵力差がある今、左翼の局地戦を制してもたいした意味は無いの。それとも何?あんた一人で万の軍勢を蹴散らす!?幾ら一騎当千でも、万人の相手ができるわけ無いでしょ!?万が一討たれようもんなら軍の士気ががた落ちになるの分かる!?分かったら黙って月の護衛してなさいいいわね!?」

 

「え、詠ちゃん。落ち着いて」

 

その言葉の一斉射撃を見かねてか、うろたえるようなか細い声が間に割って入った。

詠、と呼ばれた眼鏡の少女はそれを聞き、一つ嘆息。荒げていた息を整えると声の主へと向き直る。

 

「ごめんね、月。ちょっと興奮しすぎたわ」

 

詠が頭を下げるが、月と呼ばれた線の細い少女は「ううん、いいんだよ」と柔和な笑みを浮かべた。

 

「うん……ねえ、月」

 

詠が前線へと目を向け、顔を顰めながら続ける。

 

「今からでも遅くないわ。月だけでも先に天水へ引くべきよ」

 

言って、月の方へと向き直るのだが、対する月は頑なに首を横へと振る。

「ううん、詠ちゃん。私だけ逃げるわけには行かない」

 

「でもっ、今の戦況は危険すぎるの!!本陣まで戦線に加わる事になるかも知れないわ。だから……」

 

懇願するように言う詠だったが、月の態度は変わらなかった。

 

「だからこそ、逃げるわけには行かないよ。太守が先に逃げ帰ったら、兵の皆の士気に関わってくるでしょう?それに……」

 

弱弱しくも、キッ、と意志の篭った目をして月が続ける。

 

「私は、太守として、皆の戦いを見届ける義務があるの。だからお願い、詠ちゃん」

 

その眼差しにジッ、と見詰められる詠は言葉に詰まってしまう。

そして暫くの間が空き……先に折れたのは、詠だった。

 

「……はぁ、分かったわよ。その代わりっ!!本当に危ない時は絶対に退いてもらうわよ!?約束だからね!?」

 

「うん、分かってる。ありがとう詠ちゃん」

 

満面の笑みでこんな事をいうのだから困る、と詠は思う。まあ、だからこそこの子だけは守らないといけないと思ってしまうのも事実なのだが。

 

(……とはいえ、状況が不味いのは変わらない。凌いで援軍を待つ?いや、来るか分からない援軍を待って消耗するより乾坤一擲……いやいや、それこそこの猪将軍と同じ考えじゃ……)

 

そうして再び思考へと没頭していく詠。

だが、

 

「申し上げま――」

 

「あ~!!もう、五月蝿い!!今度は何!?」

 

「ひぃ!?」

 

再び入った伝令に苛立ちをぶつける。

だが、伝令が続ける報告はその苛立ちさえも吹き飛ばしてしまうものだった。

 

 

「た、大変で御座います!!敵左方より砂塵と共に謎の集団がこちらに向かっている模様です!!」

 

 

「はぁ!?何よそれ!?」

 

「い、いえ。その集団は見覚えの無い黄色い旗を掲げているのですが、遠目にはそれ以外は何も……」

 

「あ~もう!!使えないわね!!」

 

要領のつかめない伝令に苛立つ詠。

だが、ただでさえ予断を許さない状況。これ以上分からない異分子に乱されたらたまったものではない。

 

「月。僕はそいつ等の確認の為に一回陣を離れるから、絶対に危ない真似しちゃ駄目よ?華雄も、僕が戻ってくるまで必ず月の傍にいなさいよ!!」

 

それだけ言い残すと、詠は護衛の兵と共に陣を飛び出す。

 

(さて。そいつ等は何者か。見知らぬ味方、なんて楽観視が過ぎる。やっぱり、敵の援軍、って線が一番可能性が高い。……まあ、この目で確認するのが一番ね)

そうして詠は軍の動きが見渡せる高台へと移動したのだが、そこで驚きの光景を見る事になった。

なんとその黄色い集団はその勢いのまま匈奴の左翼へと攻撃を始めていたのだ。

 

「おお!!なんと、御味方でしたか!!」

 

護衛についてきた兵の一人がそんな声を上げるが、詠はそれを無視して黄色の旗へと目をやる。

 

(……匈奴へと攻撃した事からして、敵の援軍ではない。けど、あんな旗見た事もないわ)

 

次に兵達の方を見る。

 

(軍装は明らかに民兵……いや、それに毛が生えた程度。ってことは義勇軍?いえ、ただの義勇軍にこんな動きはできない)

 

集団、というより軍とでもいうべきそれは、最初の意表をついた突撃の後はただひたすらに匈奴の攻撃をいなしていた。

あの戦い方は普通の民では考え得ないだろう。戦いを、しかも犠牲を極力出さない守りの戦いに精通している者の戦い方だ。

その動き、錬度こそ正規兵のようなキレは無いものの、全体がそれに従う統率性もあり匈奴も攻めあぐねているのだが……それも気になるところだ。

 

(自分から突撃しておいて守りに入る?敵の強さ、規模を見誤った……いえ、こんな兵の動かし方を出来る人物がそんな愚を冒すとは思えない)

 

つまり、だ。

 

(私達に、反撃をさせる為の陽動……!?)

 

見た事も無い、正規の軍ですらない様なものにそんな考え方をするのは危険。だが、それ以外に考えられないし、正直な所考えている暇も無い。

あれが何者であれ、自軍の境遇を鑑みても、絶好と言って良いほどの好機だった。

 

「あんた達は戻って、各部隊に伝達!!黄色の軍にかき回されている匈奴の軍を私達で挟撃する!!急ぎなさい!!」

 

「「「は、ははぁっ!!」」」

 

詠は後ろに続く護衛へそれだけ叫ぶと、自身も大急ぎで本陣へと戻った。

 

 

 

 

その後董卓軍は、黄色い軍へと注意が逸れていた匈奴の軍へと反撃を開始。

両軍に挟まれる形となった匈奴はそのまま総崩れとなり、結果散々に打ち破られたのだった……

 

 

「で?あんた達、一体何者?」

 

こちらを睨みながら、眼鏡の少女が吐き捨てるように言う。

 

あの後……匈奴を追い払った後、俺達の元に『太守様からお話がある』という旨の伝令が届いた。

というか、戦いの最中に気付いたのだが太守の軍、というのはほかならぬあの、『董卓』の軍だったらしく、最初は面会を拒もうかとも思ったのだが、

 

「虎穴にいらずんば虎子を得ず。噂の真相を確かめるには寧ろ好都合でしょ?」

 

という人和の一声で面会を受けることにしたのだった。

それで代表として俺と三姉妹、それと水鏡先生という面子で会いに来たわけなのだが……初対面でこの扱いだった。

まあ、正直な所得体の知れない連中と思われるのは仕方ない話ではあるのだが……

 

「詠ちゃん!!いきなり失礼だよ。まずは助けてくれたお礼をしなきゃ」

 

眼鏡の少女の態度に、隣に立つ少女が割ってはいる。

 

「う。そ、それはそうだけど……でも」

 

「でも、じゃ無いよ!!」

 

食い下がろうとするメガネっ娘を圧倒する少女……どうやら力関係的にはこっちの子のほうが強いようだ。

少女がこちらに向き直ると、深々と頭を下げる。

 

「ご、ごめんなさい!失礼な事を言って」

 

「ああ、いや。気にしてないからいいよ」

 

俺がそういうと、「そうですか?」と不安げな目になりながらも顔をあげる少女。……流石にこの世界に来てから、女の子が武将や文官をしているということにはなれてきているが、それにしても線の細い少女だった。

さすがに武将には見えないし、文官か軍師の人だろうか?

 

「本当に、危ない所を助けていただいてありがとうございました」

 

「いや、助けた、ってほどのことじゃないよ。結局は君達の軍が追い払ったようなものだったし。それと……君達なんだけど」

 

俺が言うと、少女は「はい?」と小首を傾げる。

 

「君達ってさ。涼州太守董卓様の軍の人……だよね?」

 

一応確認の為に尋ねてみる。

 

すると少女は焦った風に、

 

「あ。ご、ごめんなさい!!自己紹介もまだでしたね」

 

いいながら少女達は佇まいを正すと

 

 

「私はこの軍の責任者で、涼州の太守をさせてもらってます。董卓と申します」

 

「ついでに僕は軍師、賈詡よ」

 

 

そう、いったのだった。

 

……。

 

……え?

(えええええええぇぇぇぇぇ!?)

 

叫び声を上げそうになるのを心の中で必死に堪える。

 

(賈詡はまだいいとして……こんな華奢な娘が董卓!?)

 

俺の知る董卓といえば酒池肉林、暴虐の限りを尽くしたような人物で……間違っても目の前の少女とは一致しない。

見ると、俺の話を聞いていた天和達や先生も声に出さないまでも驚いているようで若干顔が引きつっていた。

 

「あの……どうかしましたか?」

 

こちらの事情を知らない、というか知るはずも無い少女……董卓が心配そうな顔でこちらを伺ってくる。

 

「い、いやなんでも……」

 

取り繕うように笑顔を作る俺。上手く行ったとは思えなかったが、董卓はその言葉を信じてくれたようで一安心、と安堵の笑みを浮かべていた。

 

「それで、あんた達は?僕達だけに名乗らせようって訳じゃないでしょ?」

 

メガネの娘……賈詡が訊いて来る。そういえば今の話がショックすぎて忘れてたけど俺達も名乗ってなかった。

 

「ああ、俺は北郷一刀。こっちは……」

 

そういって俺達は遅くなった自己紹介をする事になったのだった。

 

 

 

 

 

そうして俺達は名前から始まり、義勇軍として大陸を回っている事などを説明した……というかさせられた。というのも賈詡が「ただの義勇軍があんな風に戦えるわけがない」と根掘り葉掘り聞いてきたからだ。

なので俺達は大切な部分……黄巾党としての蜂起、という部分だけをぼかして黄巾党としての今までの話を話す羽目になってしまったのだった。

 

 

「そうですか。村が賊に襲われて……」

 

話を聞いた董卓が沈痛な面持ちで言う。

賈詡も軍略に詳しい人に鍛えてもらっている、という部分を聞き何とか納得してくれたようだった。

 

「……北郷さん」

 

ふと、先ほどまで悲しげだった董卓が俺達の前に来ると、

 

 

 

「ごめんなさい」

 

 

 

言いながら頭を深々と下げた……って、

 

「え!?」

 

「なっ、急にどうしたのよ月!?」

 

賈詡が突然の行動に素っ頓狂な声を上げる。

対する俺達もその謝罪の意味が分からずただ呆然としてしまっていた。

 

「だって、一刀さんや張角さん達、義勇軍の人達は平和な生活を脅かされて、それを何とかする為に戦ってるんだよ?」

 

「それは聞いたから分かるわよ?でも、何で月が謝んなくちゃいけないのよ!?」

 

賈詡が声を荒げるが、対する董卓は頑なに首を横に振る。

 

「本当ならそれは国の役目なんだよ。民に、そこで暮らす人達が平和でいられるように守る事で、国は民の上に立つの。でも、北郷さん達の時はそれが出来なかった。しようとも思わなかったのかもしれない。だから、謝ってすむ事じゃないけれど、謝らないといけないんだよ」

 

「で、でも!!悪いのはその地方の役人でしょ!?月は関係ないじゃない!!」

 

「ううん。悪いのはそんな人を役人にした、そんな酷い事を無視した国だよ。私もその国で、禄を受けている役人だもの」

 

きっぱりと言う董卓に、賈詡は押し黙ってしまう。

そうして董卓は少し思案するようにして……決意を固めた表情になる。

 

「……詠ちゃん。やっぱり、あの話、お受けすることにしようと思う」

 

「ええ!?だって月、その話は……!!」

 

あの話、というのは俺達には分からないが、賈詡は再度驚いたような声を上げる。

 

「うん。危ないって言うのは分かってるよ。中央の十常時様達の噂だって聞いてるから」

 

「っ!!」

 

その言葉に驚いたのは俺達だった。

推測するに、あの話っていうのは……

 

「そうよ、あの十常時共からの話よ!?月を朝廷に招くって建前で可進とかいう馬鹿な大将軍との権力争いに利用しようって腹なの!!それなのに……!!」

 

激昂する賈詡に、董卓は諭すように言う。

 

「だからって断るわけにもいかないよ。それに……北郷さん達みたいに、傷ついても立ち上がれるような強い人もいるけど。賊に、役人に苦しめられてる人達全員が強くいられるわけじゃないよ。だからこそ、国が変わらないといけないの。そのためにまず、朝廷が変わっていかないと……ううん、変えていかないといけない。だから――」

 

言いかけた時だった。

 

「董卓様!!賈詡!!軍の撤収準備は済んだぞ!!」

 

力強い声と共に、手を振る銀髪の女性が駆け寄ってくる。

 

「華雄さん、ありがとうございます」

 

女性……華雄に頭を下げると、董卓がこちらへと振り向く。

 

「それでは、私達は軍を撤収させないといけないので……」

 

そこまで言って、董卓は姿勢を正す。

 

「私の真名は、月といいます。この名前に懸けて、助けてもらった命に懸けて、必ずこの国をよくしてみせます」

 

董卓はキリッとした表情を緩ませ、

 

「あ、もし宜しかったら、この後天水にも寄って行ってくださいね?是非お礼がしたいですから」

 

そういって董卓は……月は、軍勢を連れて帰っていった。

俺達はといえば……何もいえないまま、その場に立ち尽くしてしまったのだった……

「……で?あれはどういうことなのよ?」

 

「どう、って言われてもなぁ……俺が聞きたいくらいだよ」

 

詰め寄ってくる地和に嘆息しながら返す。正直、俺にも分からないことだらけだ。

 

「月さん、なんかいい人そうだったよね~。ほんと吃驚しちゃった」

 

「そうね。実物をみても、噂は本当だったようだし……」

 

天和、人和も頷きあう。

 

「ま、今回ばかりは一刀のいう歴史が全く違ってた、ってことね」

 

「……でも、そうなると」

 

地和の言葉に人和が思案顔。

 

「私達の計画も、少し考え直さないといけない部分が出てくるわね」

 

「あ……そうか」

 

その言葉に俺は気付かされる。

俺達の計画は、諸侯達が一同に介するタイミングで、一度に決する為のものだ。

その、そもそもの条件として、反董卓の連合が結成される必要があるのだが、董卓……いや、あの月を見て、話を聞く限りその引き金となる暴政なんて敷くとは間違っても思えない。思いたくも無い位だ。

ただそうなると、本当に計画の段階から修正していかないといけないわけで……

 

 

「――いえ。私はその必要はないと思います」

 

 

俺の思考を破ったのは、水鏡先生の言葉だった。

 

「……え?どういうことですか?」

 

先生の言葉の意味が分からない、といった風に人和が問いかける。

 

「言葉の通りですよ張梁ちゃん。私は、計画の見直しは必要ないと思います」

 

「え、何でよ!?水鏡先生だって月の話を聞いてたでしょ!?」

 

地和の言う事は正論だと思う。あの月が俺の知っている董卓のようなことをするとはとても思えない。

だが、対する先生はさらりと続ける。

 

「ええ。私も若輩ながら、今まで沢山の人物を評してきました。人を見る目だけはあると思っています。そして董卓ちゃんは……嘘をいっているようには見えませんでした。恐らく見たまま、聞いたまま。心優しく、正しい政をする娘でしょう。その器量もあると思います」

 

「だったら、尚更なんじゃないの?」

 

これまた、訳が分からないといった風に天和。それに答えるように先生は更に続ける。

 

「いいえ。私は一刀君のいう『歴史』というものが間違っているとは思えないのですよ。細かい部分、小さな出来事ならまだしも、乱世のきっかけになるような大戦です。そして……それを抜きにしても、このまま乱世の気運が無くなるとは考え辛いです」

 

少し考えるような間が空き、

 

「一刀君。先ほど……戦いの前に私が言っていたことを覚えていますか?」

 

急に振られた俺は慌てて考えてみる。……先生がいっていたこと?確か……

「それは……月の噂について考えられる可能性が幾つかある、ってやつですか?」

 

確かそんな事をいっていた気がする。

そしてそれは当たりだったようで先生が頷く。

 

「そうです。可能性というのは、一つはあの噂が為政者によって都合が良い様に流されているという可能性。まあ、これは本人に会って、無くなりましたが。そして一つは、今は良き領主だとしても権力を持ってしまった事で変わってしまうという可能性」

 

「ええ~?月さんはそんな風に見えなかったよ?本当に私達や、みんなの事を考えてくれてそうだったもん」

 

不満げな声を上げる天和。

 

「権力、という力は目には見えません。ですが見えない分だけ手にした人物はその大きさを量りきれず、それに飲み込まれてしまうというのは往々にしてあるものです。……とはいえ。私も彼女が権力に溺れてしまうような人物で有る可能性は低いと思いますが。そして最後の一つ。これが一番有力だと思うのですが……」

 

少し言葉に詰まりながらも、先生は真剣な面持ちで続ける。

 

 

「一刀君の時代まで伝わっている歴史が、歪められたものであるという可能性です」

 

 

「それって、どういうこと?」

 

「『歴史』というものは勝者によって伝えられるもの。ということです」

 

先生の言葉に俺はハッとする。つまりは、だ。

 

「董卓の暴政、というのは作られた話、ってことですか?」

 

俺の言葉に先生は首を縦に振る。

 

「歴史……後世に残る文献は、その時代の権力者によって綴られます。故に勝者は常に正しく、敗者は負けるだけの不徳があるとされるものです。始皇帝がその覇業の最中、どんな残酷な所業をしても始まりの皇帝として称えられるように。高祖劉邦に敵対した項羽の功績は見過ごされて、ただただ劉邦に倒された暴君であると伝えられるように」

 

分からない話ではない。誰だって自分の悪事、とはいわないまでも後ろ暗い事をわざわざ残そうとは思わないだろう。

その上、この時代。情報の伝達手段も無い以上、上から、その時代の勝者からの言葉を疑うはずも無く……敗者が消えてしまえば、それを語り継ぐ存在もいないのだ。

 

「無論、必ずしもそうとはかぎりません。ただ……折角ここまで来たのです。何かあった時、その時に何も出来ないのでは、それこそ張角ちゃん達の、皆の苦労が報われませんから」

 

そこまで言って、俺達の暗い雰囲気を察したのか先生は明るすぎるくらいの口調で、

 

「まあ、殊更気にする必要はないんですよ?それこそ一刀君の話と違って、何事も無く、無事平穏に董卓ちゃんみたいな正しい志を持った人達が世の中を変えてくれる可能性だって十分あるんですから。そうなれば集まった黄巾の民は平和な世の中になって幸せ。士人や禁によって不当な扱いをされてきた官僚も朝廷が変わればその能力を正当に評価されるようになり幸せ。私達を援助してくれる商人達は少しわりを食うかもしれませんが、それでもそれらの官僚と少なくない繋がりを持つようになるのですから損をするどころか得と考えるくらいでしょう」

 

努めて明るく振舞う先生に天和達はぽかんとして……苦笑を漏らす。

 

「うん。そうよね!!ちい達はちい達の思うようにして、それで平和になれば万々歳だもんね!!」

 

「……そうね。何事も無く平和になれば……それに越した事は無いもの。ただ、何かあった時の為に備えておく。今までと、何にも変わらないわ」

 

「うんうん。そうだよね~!!」

 

場を盛り上げるように三人も明るく話す。

ただ、

 

「……そう、何事も無ければ……」

 

遠い目を……それでいて諦観したような眼差しで誰に言うでもなくぼそりと呟く先生を見て、

俺の中に、『反董卓連合』という暗い考えが頭をもたげていたのだった……

 

 

おまけ

 

 

 

場所は荊州のとある平原。

そこでは千に届かんばかりの黄色い巾を被った若者から、壮年に至るまでの人々が一糸乱れぬ動きで鍛錬を繰り返していた。

 

「……なあ、お前」

 

その中の一人、皆と同じく黄巾を被る青年が隣に立つ青年へと話しかける。無論、和を乱すわけでなく、鍛錬を続けながらだ。

 

「ん?なんだ?」

 

話しかけられた青年も、矛を振る腕を緩めずに話しに応じる。

 

「……いや、特にこれといった話があるわけじゃないんだけどさ。いつまでこの鍛錬は続くんだろうな」

 

「そりゃあお前……張角ちゃん達の号令がかかるまでじゃないのか?」

 

「そりゃあ分かってんだけどさ……」

 

話しかけたほうの青年――仮に青年一とする――は嘆息。

 

「それでもいつまで続くかわかんない鍛錬、ってのはなかなか堪えるものがあるよなぁ……」

 

答える青年――こちらは青年二としよう――は青年一の言葉に辟易しながら答える。

 

「何言ってんだよ。教官……貂蝉殿と卑弥呼殿だって言ってただろ?この鍛錬は来るかもしれない黄巾の蜂起に備える為だけでなく、その後俺達が村に帰るようになった時、村を守れる自衛力を付ける為でもある。ってさ」

 

「ま、それもそうだな」

 

言って一は鍛錬へと戻る……と思いきや、思いついた様な表情をして、再度二へと話しかける。

 

「……そういや、貂蝉殿と卑弥呼殿っていやあ、お前噂聞いたことあるか?」

 

「噂ぁ?……噂っていやあ、二人が夜な夜な見た目の良いのや、ガタイのいいのを連れ去って、次の日にはそいつ等が『漢女道』とか言うのに目覚めてる。なんて噂は聞いたことあるけど……本当か嘘かはわかんねえけど、本当だったらぞっとしない話だよな」

 

「馬鹿。そっちじゃねえよ」

 

身震いしながら話す二に、一は首を横に振る。

「黄巾党……っつーか、張角ちゃん達の『ふぁん』になって、彼女達の夢の為に力を貸そう。そう思ってる奴等が大陸中にいるってのは知ってるよな」

 

「そりゃ知ってるよ。ほかならぬ俺達もその一人だからな」

 

頷く二を尻目に、一は更に続ける。

 

「ああ、それでいまじゃあ、黄巾の信者は何万……いや、何十万。戦えない女子供に老人も含めりゃあそれ以上って話だ」

 

「……なんつーか、桁違いな話だな。ただ、それが張角ちゃん達の歌のふぁん、て言うなら納得も出来ちまうのがすげえ話だよな」

 

「ああ。本当、あの娘達の歌はそれだけの力が……って!!そうじゃねえ」

 

頭をふる一。

 

「その、何万人だか何十万人だかの調練を……あの、教官のお二方が一手に担ってるって話だよ」

 

「……は?」

 

あまりにもありえない話に二が絶句する。

 

「いやいや!!そんなわけ無いだろ!?その何十万は大陸の端から端までいるんだぞ!?現に毎日貂蝉殿達は俺達のところにも視察に来てんだ。そんな暇があるわけ……」

 

「いや、でもよ?貂蝉殿、卑弥呼殿となるとありえねえ話じゃないと思わないか?」

 

一の言葉に、二は二人の教官のことを頭に思い描く。

初対面からありえないほどの威圧感を放って、鍛錬の見本といっての二人の格闘。あるときは食料といって見たことも無い巨大な蛇(貂蝉殿は龍といっていたが、さすがにそれは嘘だろう)を獲って来て、あるときは山ほどもある岩を持ち上げて……

 

「……そうだな。有りうるから怖いよ」

 

「だろう?」

 

そんなたわいも無い無駄話は暫く続いたが、次第に話のネタは無くなり、再び黙々とした鍛錬に戻る。

 

……。

 

「やっぱよぉ」

 

その沈黙を破ったのは一だった。

 

「あの娘達……張角ちゃん達の為なら幾らだって頑張れるけどさ。やっぱり、本人が見られねえと士気に関わるよなぁ」

 

一の言葉に二はすぐには答えられなかった。

彼も張角ちゃん達の為ならば命を懸ける事も厭わないと本気で思ってはいたが、それでも彼女達に会えない、歌を長く聴けていないというのは本望ではなかったからだ。

 

「……それでも、今は頑張るしか――」

 

そう、言いかけた時だった。

 

 

「皆の者!!頑張っておるか!?」

 

「どぅふふふ♥真面目にやってるかしらぁん?」

 

『っ!!ははぁ!!』

 

突然響いた二人、貂蝉と卑弥呼の声に、千人からなる黄巾の民は鍛錬の手を止め、敬礼を返す。

 

「うむ!!楽にしてよいぞ」

 

卑弥呼が声高々に宣言すると皆は敬礼を解く。

 

「お二方。今日は何時もの調練よりもお早いようですが……いかがなさいました?」

 

その中、代表格である部隊長が前に出る。

すると二人は笑みを浮かべ、

 

「うむ。今日は日頃頑張ってくれている皆にご褒美をやろうとおもうてな」

 

「ご褒美……ですか?」

 

部隊長が怪訝そうな表情を浮かべる。

 

「そうそう。み~んなが、と~っても喜ぶような、ご・ほ・う・び♥」

 

バッツンッ!!とでも聞こえてきそうなウインクに一堂は軽く後ずさる。

 

「さあ、三人共。姿を見せてやってくれ!!」

 

褒美というからには悪い事は起こらないだろうが、と身構える一同。

だが次に現れる人物は……そんな事を些事と済ませてしまうような、驚きの人物だった。

 

 

「みんなぁ~~~!!久しぶり、元気だった~~~!?」

 

「皆が頑張ってるって聞いて、ちい達が会いに来てあげたわよ~~~!!」

 

「皆にありがとうの言葉を伝えたくて、ここまで来ました!!」

 

 

一瞬の沈黙。

次の瞬間、

 

 

『わあああああああああああああああああああああ!!!』

 

 

千人の、腹の底からの歓声が響き渡った。

 

「あんまり長い時間は居られないけど~!!今日は時間の許す限り、みんなの為に歌うから!!」

 

「ちい達の歌声に聞き惚れなさーーーいっ!!」

 

「一生懸命歌います!!皆さん、聞いてください!!」

 

 

「ほわ!!ほわ!!ほわああああああああああああああああああああ!!」

 

 

 

 

 

「……なあ」

 

「……なんだ?」

 

青年一の呆然とした問いかけに、青年二もまた呆然として返す。

 

「俺さ……今日まで頑張ってきて、本当に良かったよ……!!」

 

「ああ……!!俺もだ……!!」

 

 

 

「それじゃあ皆~~!!一曲目、はりきっていっちゃお~~!!」

 

 

「「ほわああああああああああああ!!!」」

 

 

天和の言葉に二人は周りに負けないほどの大声で返したのだった。

 

「――今頃天和達は荊州で公演中ですかね」

 

留守番で雑務処理をしている俺が、同じく雑務処理をしている水鏡先生へと話しかける。

ちなみに今回は演奏係は俺以外の演奏が出来る人達に同行して貰っている。

 

「そうですね。貂蝉さん達ならもうついた頃でしょうか」

 

苦笑しながら言う先生。

 

「でも、ほんとあの二人はありえないですよね。涼州から一日もかけずに荊州まで、しかも三人と、楽器も運んでなんて……」

 

この時代、移動だけでも何日どころか何週間、何ヶ月とかかるのが基本だ。それを数時間での移動なんて、それこそ飛行機にも劣らない速度だった。

改めてあの二人のバケモノ性を見たというか、なんというか……

 

「ちょうどそろそろ、皆に不満が出てくる頃でしょうからね。各地を回っての公演、握手会に揮毫会……いえ、さいん会でしたか?ともかく、三人も頑張ってくれているのですから私達も頑張りましょう」

 

「そうですね……俺にも、もっと何か手伝えるといいんですけど」

 

そう、何気なく零した時だった。

 

 

「――言いましたね?一刀君」

 

「……え゛?」

 

 

なにやら先生の目がギラリと光った気がしたのだが……

 

「実は、三人を抱えて大陸を右往左往、というのは貂蝉さん、卑弥呼さんにも結構な負担らしいのですよ」

 

嬉々として話す先生。対する俺は……謎の悪寒に襲われていた。

 

「なので」

 

そこで切って、先生は笑顔で言う

 

「二人へのご褒美として、一刀君と華佗さんには後日、お二人と逢引してもらう事に決定いたしました♪」

 

……。

 

……は?

 

「はああああああああああああ!?な、何でそんな事になってんですか!?」

 

俺が絶叫するも、何処ふく風、といった風に涼しげな先生。

 

「何か手伝える事があれば、って言ったのは一刀君でしょう?それに今では彼等……いえ、彼女等は今回の様な事以外でも調練、情報のやりとりなど多岐に渡って活躍してくれています。その二人の慰労は大切な役目の一つですよ?」

 

「う゛っ……それは、そうですけど」

 

「まあ、そういうことですから♪では私は華佗さんのほうにも話を通してきますので」

 

言って、さっさと席を立ってしまう先生。

 

「ちょ、先生!?まだ話は――先生!?せんせーーーーい!!」

 

俺の魂の叫びは誰に届く事も無く、むなしく響くだけだった……

 


 
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