No.191925

恋姫異聞録97 -画龍編-

絶影さん

そろそろ魏に帰ります
今回朱里をいじめすぎましたね
朱里スキーな皆様ごめんなさい><

何時も読んでくださる皆様、感謝しております

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2010-12-26 15:23:43 投稿 / 全3ページ    総閲覧数:9967   閲覧ユーザー数:7531

呉の市を歩く呉王孫策と同じ美しい桃色の髪と褐色の肌の女性

彼女もまた孫策と同じ、誰もが振り返るような容姿ではあるが、決定的に違うものがある

其れは彼女の纏う雰囲気である

 

何者も寄せ付けない厳しい表情と姿勢、王の妹として。いや姉よりも威厳を十分に備えており

皆その美しさに振り返りはするが、王孫策のように気軽に近づき話しかけることなど出来はしない

前を通れば大人たちは目礼をするか頭を下げ、子供たちは物陰に隠れてしまっていた

 

そんな彼女が引き連れるのは、同じように厳しく、人を寄せ付けない雰囲気を纏い影のように付き従い

歩くたびに静かな鈴の音が涼しげに音を立てる呉でも優秀な剣の使い手、猛将【甘寧】

 

決して前に出ることなく、一歩下がり王の妹を過保護ともいえるほどに守ろうとする姿勢に

市の人々はますます距離を開けてしまう

 

普段ならば男女ともに遠巻きに美しい姿を見送のだが、今日は何故か皆一様に顔を背け

王孫策の妹【孫権】の視界に入らないように物陰に隠れてしまう

 

其れもそのはず、今日に限って何故だか彼女は普段よりも厳しい表情を作り

ピリピリとした空気を纏っているからだ

 

「姉様は大丈夫かしら、相手は噂に名高い魏の舞王。噂通りならば・・・」

 

「周瑜殿と黄蓋殿が従いて居られます。いかにあの武王曹操の影と言えど容易にはいきませんでしょう」

 

「そうね、冥琳達が一緒ならばきっと大丈夫よね。有難う思春」

 

決して他人には見せない、自分の主にだけ見せる柔らかい顔を見せる甘寧に孫権は安心し笑をこぼす

そして姉を心配し、緊張していた肩の力が少しだけ抜けると、今度は少しだけ不満げな顔をして見せる

 

「でも、私を舞王に会わせないように突然市の警邏をさせるなんて」

 

「雪蓮様と周瑜殿は蓮華様を舞王に合わせるのは得策ではないと」

 

「解っているわ、姉様は御自分が倒れた時のことを何時も考えて居られる。でも私は姉様こそが王に相応しいと」

 

不満げな顔がまた心配の、そして自分を卑下する色に染まり、無意識に体からは少し緊張感の有る空気を出してしまい

市の人々は少し和んだ空気にほっとしていたがまた顔を背けてしまう

 

そんな中、孫権が城へと戻る為、歩を進めれば前からは市の人々のざわめき

何かあったのかと甘寧に向けていた視線を前方に向ければそこは道の中央で

まるで自分の国に居るかのように市の人々が振る手に応える蒼天を切り取ったような外套に身を包む男と

隣で呆れ顔をする緑の軽鎧に身を包む男の義弟が孫権の居る方に、正確には外へ続く城門へと歩いていた

 

市に人々が男に投げ掛ける言葉は「また舞を見せてくれ」「魏を捨ててこっちに来いよ」

などと言った好意の言葉だけで蔑みや敵意の言葉ではない

 

孫権はその姿に三つのことに驚いてしまい、眼を見開いて男の姿を何度もまじまじと見てしまう

 

一つは自分の姉、孫策のように自分たちの国である呉の民と心を通わせてしまっていること

二つ目は市の者たちの言から魏との同盟が成されなかったというのにも関わらず、民は男を敵視していないということ

三つ目は交渉が決裂したというのに生きたまま無事に玉座の間から出て、平然と市を歩き帰ろうとしていることだ

 

空から魚が降ってきたかのように信じることの出来ない光景に孫権は驚愕し、道の中央に立ち尽くしてしまい

気がつけば目と鼻の先に男は立っていた

 

「あっ」

 

「・・・貴女はもしかして孫権殿でしょうか?」

 

気が付き、つい声を漏らしていた瞬間体は腰に佩く剣に手を這わせ、半身に構えていた

目の前の男はゆったりと落ち着いた雰囲気を醸し出し、決して敵意など微塵も見せては居ないというのに

自分は剣を無意識に握っており、己の姿に自分で気がついたときは顔が紅潮していた

王の妹にあるまじき行為だと

 

「し、失礼した。そちらは」

 

構えを解き、身仕舞を整え男の名を問おうとした時、既に甘寧は腰から曲刀を抜き出し

死角から涼し気な鈴の音と共に男の首にその冷たい刃を振るっていた

 

キンッ

 

乾いた金属の音が鳴り響く、確実に男の首を切り落とすために振られた刃は隣に立つ義弟の輝く宝刀

七星宝刀に止められ、甘寧と一馬の殺気の篭る視線が交差する

 

「思春っ!剣を退きなさいっ!」

 

「申し訳ありませんが退けません。民の言から同盟は無かったことが知れました。魏の重要人物を生きて帰すなど」

 

そう言って握る曲刀に力を込めるが剣はピクリとも動かない、目の前で宝刀を盾のように男の首と剣の間に差し込む

一馬は無言で義姉のように眼を紅く滾らせていた。貴様などに義兄をやらせたりはせぬと

 

「良いから退なさい、私に礼の欠いた振る舞いをさせるつもりなの?」

 

「・・・わかりました」

 

火花散る視線を遮るように眼を伏せ、主の言葉に従い剣に載せた力を解くと

腰に剣を戻し、歩を下げ孫権の一歩下がった位置へ鈴の音を慣らすこと無く戻る

一馬は己の剣に寄りかかるように向かってきていた甘寧の剣が離れると

視線を外すこと無く、甘寧が腰に剣を収めるのと同じくして己の剣を鞘へと収めた

 

「改めてお詫びを、失礼な振る舞いを許してほしい」

 

「いいえ、和睦が決裂したのならば当然でしょう。私を生きて帰す利点などありませんからね」

 

「我ら呉は舞王に、三夏の夏侯昭殿に恩が有る。恩を仇で返すなどあってはならないことだ」

 

頭を下げる孫権の姿に男は少しだけ意外な顔をし、次に柔らかい顔を見せる

 

孫権か、俺の知る歴史なら俺と同じという訳ではないが、慧眼を持つと称された人物筈だが

この娘は黄蓋殿のようなことを言うのだな、王としての器は孫策殿より大きいのかも知れない

あくまで王としてだが、民に好かれる王と民の中間のような姿勢は取ることが出来ないだろう

出来るのは完璧な王としての姿勢をとることのみ。戦乱の王としては少々力不足か

 

「名を名乗らせて貰おう、我名は孫権、字を仲謀」

 

「ご丁寧に。既に存知かと思いますが名乗らせていただきます。名を夏侯昭、字を文麒と申します」

 

礼を取る孫権に応えるように礼を取り、男に続くように一馬も名乗れば、甘寧は孫権に促され

渋々といった風に礼を取り、名乗り男はその強情さに軽く笑い、孫権は少し呆れていた

 

「もう此処には用は無いはずだ、我らの地から早々に出ていって貰おう」

 

「思春っ。ごめんなさい、貴方とは敵になると解ってしまったからこのような態度を」

 

部下の非礼に謝罪する孫権だが、男はその光景を見ながら別のことを考える

 

俺の眼を見ず、視線を外しているのは甘寧殿のみ。平然としてはいるが、その口ぶりから俺を

早々に此の地から、というよりも孫権殿から遠ざけたいと思っているのがまるわかりだ

きっと周瑜殿や孫策殿は、自分たちが倒れた時のことを考え孫権殿を後釜に考えているのだな

だからこそ玉座の間には居なかったのだ。にもかかわらず出会ってしまった

ならばこのような態度を取るのも仕方が無いだろうが、少し分り易すぎだ

どうやら甘寧殿は頭を使って戦う性質では無い様だ、春蘭と同じ才で、いや才と修練した技術で戦う者か

 

ならばお前たちの望まない事をしてやろう。交渉が決裂した時から既に此処は戦場なのだ

孫権殿の情報を、俺の眼でわざと読み取ってやろう

 

「いえいえ、しかし孫権殿の引き連れる方ですから、嘸かし品と礼を兼ね備えた方かと思いましたが

これはとんだ猪武者ですね。これでは従わせる孫権殿の品位も大した事は無いようだ」

 

突然下手に出ていた男から放たれる蔑みの言葉。その言葉は付き従う甘寧だけに向けられたものではなく

主、孫権に対する侮辱の言葉であると感じ取った甘寧は、ピクリと眉を動かすと男の死角に回りこみ

先ほどと同じように剣を振るう

 

孫権は男の言葉にむっとした表情が顔に出る瞬間に、既に甘寧が動いており彼女の動きを止めることができなかった

 

「蓮華様に対する侮辱、万死に値する」

 

呪いの言葉のように、甘寧の口から発せられる言葉

男の首は、確実に斬られる。そう思った瞬間、耳に届くは男の呟き

 

「一馬、右に二歩、前に一歩、剣を縦に構えろ」

 

ボソリと聞こえる声と同時に先ほどとはうって変わった【ガキンッ】と打ち付けるような金属の音

その音と手応えに甘寧の顔は驚きに染まる

 

男の死角、そして男の引き連れる義弟の死角の重なる場所から一瞬で気配を殺し、呉一であると自負するスピードで

無防備に立ち尽くす男の首を確実に狙った筈なのに、手応えは固い金属を叩く手応え

そして聞こえるのは男の悲鳴でも、首の切り落とされる湿った音でもない

重く、叩くような金属の音だけが甘寧の耳に鳴り響いたからだ

 

「残念ながら俺の首には遠いな鈴の甘寧よ。名を改めた方が良いのではないか?鈴などではなく、鈍重な鐘とな」

 

速さを誇りにする甘寧は歯の根からギシリと音を立て、あからさまに憤怒すると剣を退き

先程よりも気配を殺し、事の流れを隠れながら見守っていた周りの民にさえ捕えることの出来ない速さで

死角を突き、男の首を再度狙う

 

一馬は先程よりも早くなる甘寧の直ぐ様に男の前に立ち、盾のように体を入れ剣を構えるが男に制止されてしまう

 

「良い、もう十分に見た」

 

心配げな顔を向ける一馬は【見た】との言葉に安心し、一歩下がると剣を腰に収めてしまう

一馬の行為に甘寧はますます心のなかで怒を募らせるが、一瞬で心を沈め暗殺者のように冷酷に

剣の一撃を放つ・・・・・・が

 

「なっ!?」

 

男はゆっくりと剣を鞘ごと腰帯から抜き取ると、無造作に地面に放る。放った先は男の死角、目線のずれた場所

だがそこには死角をついた甘寧の踏み込む足があり、地面には男の投げた剣が置かれ

突然剣で盛り上がる地に甘寧は姿勢を崩し、前のめりにたたらを踏めば

男の手がまるで甘寧を支えるかのように首を掴む

 

「ぐぅ・・カハッ」

 

ガッチリと首輪のように男の右手が甘寧の首にはまり込み、抜けだそうと振り払おうとするが

男の手は外れること無くしっかりと固定されており、甘寧は即座に剣を男の首から腕へと狙いを変え

振り被るが男の左手が其れを許さなかった

 

男は甘寧の剣を握る指、親指を握るとくるりと捻り手から腕にかけて激痛が走る甘寧はそのまま剣を地面に

落としてしまう。そして男は甘寧の体を抑えこむように首を握る手を下に引き、体を崩す

 

「お前はその速さと気配を消して死角に潜り込むことを得意としているようだが、其れは逆に言えば

俺の死角にお前は必ず居るということ。他の将と比べ実に動きが読みやすい。哀れだな、力の使い方を知らんと見える」

 

「お・・・のれ、言わせて、お・・・けばっ」

 

「この程度ならば玉座の間に居なかったこともうなずける。噂は聞いているだろう?俺は武など無い

其れこそ農夫に容易く狩られる程だ。それどころか此の程度で頭に血を上らせるとは、お前の仕える人間の

格が知れるというものだ」

 

「うぐぅっ」

 

罵る男の言葉に反論しようとするが、男は握る手の親指と人差指をずらし、甘寧の顎を上に押しこみ抑えこむと

甘寧の口から出るのはまるで反論できず押し黙り、漏らす苦々しいくぐもった声にしか聞こえず

声を出した甘寧自信が驚き、男を見上げていた

 

つい合ってしまう視線と視線。「しまった!」と心のなかで叫ぶ甘寧に男はその心の叫びが聞き取れた

かのように、いや、実際に聞き取れているのだろう。ニヤリと笑うと男は孫権に眼を向けた

 

孫権は容易く首を掴まれる子供のような甘寧に驚愕していた

今まで見たことがないからだ、これほどまでに簡単に取り押さえられ無力化される甘寧の姿を

 

己が罵られた事は、己を通じて姉の品を、格を下げるものだと

このように礼を失し、部下までも抑えることの出来ない無能な妹を持つものが呉の王であると

甘寧が罵られ、反論できず押し黙ってしまったのが良い証拠ではないかと

 

ならば其れを払拭せねば、部下を守り王の妹としての威厳を保たねばと

 

「すまない、確かに私は至らぬところが有るようだ。姉様と違って私はまだ未熟、このとおり頭を下げる

どうか私の部下を放してはくれないだろうか」

 

素直に頭を下げる孫権に遠巻きで見る、声の届かぬ周りの民は初めて見るその姿に何度も目をこすり、見直してしまうが

男は表情を笑にしたまま一向に甘寧を離さない。それどころか甘寧は必死に抵抗し暴れているのだ

 

甘寧が暴れるのは理由がある。自分の眼が見られ、心を読まれたこと

このままにしておけば、此の男は蓮華様のすべてを見抜いて魏に持ち帰ってしまう

この場でなんとしてでも消さねばと

 

だが其れはこの場では逆効果、頭を下げる主人の言が耳に入らず暴れる乱暴者

部下の動きすらまともに制する事ができぬ無能な主人が民の眼には写っていることだろう

 

「申し訳ないがこれでは放すことが出来ませんな、こちらの命の危険も有る。しかし、主人の命を聞かぬとは

この将が猪なのか、それとも貴女にそれほどの力がないのか・・・」

 

男の言葉に孫権は、唇を噛む。力がないのも未熟であるのも知っているが、其れを民の前で

しかもこれほどまでに分かりやすい形で見せられてしまう己の姿に腕を組、自分を抱きしめるような仕草で

口をつぐんでしまう

 

「いや、貴女は今まで孫策殿の威厳で皆を従わせていたのですかな?ならば交渉の場に居なかった事も頷ける

此の様な様を見せては良い印象等与えられず、それどころか孫策殿まで品位が無いと・・・いや、妹がこれならば」

 

「ぐ・・・」

 

「姉の孫策殿。いや呉の王というのはよほど教養の無い方なのでしょう。

これでは・・・そう、虎ではなく犬、貴女は犬の妹ということですね」

 

犬との言葉に孫権はもう耐えられぬとばかりに腰の剣を抜き取る。瞬間、男の笑は無くなり

見上げ続けていた甘寧の動きは止まる。なんだ此の表情はと

 

構えは半身、右足を前に出し、左足かかとは拳分地から離し、足の動きから体は前傾姿勢

剣を少し下げ気味に構えるこの形。剣が少々重めの物を使用し、其れを得意とする構えだ

謁見の時、孫策殿が見せた虎のような構えに少しにている

 

視線は俺だけを見ている。ならば剣も戦も経験不足ということか。風ならば周りも見渡す

使えるものはなんでも使う。詠ならば兵をこの時点で警備のものを使って呼び寄せている

 

武しか無いというのであれば、春蘭のように必殺の殺気をもち、気配を円状に張り巡らせ

たとえ一対一でも多方面からの攻撃に備える

 

王、華琳ならば此の様な様になる前に俺を口だけで説き伏せるか、軍師と将の二つのことをこなしてしまうだろう

もしくは礼を失した将を相手に殺せと、そのような部下は要らぬと一言言うだろう

 

王の威厳と品格が保てるならば、俺たち将は喜んで命を捧げる。なぜならば其れこそが民を率い

兵を率いる王に求められるものだからだ。厳格さの無い王など、誰も従わない

 

どれも未熟、剣を構えたのは力に頼り俺を消し、すべてを払拭しようと考えているからだ

だが一馬が見えているか?そして気がついているか?俺は周りの民に聞こえづらい声で話していることを

この状況を見て、民はどう感じているかを、其れが考えられていないようなら

頭を下げた、器という面でしか貴女を評価することは出来ない

 

「私はどの様うに言われようと構わない、だが姉様への侮辱は許さん」

 

そう声を張り上げ、男に踏み込もうと剣を振り上げた瞬間、男は甘寧の首から手を放し解放する

よろけながら後ろに二歩退がり、その姿を見て止まる孫権

 

「な、なんのつもりだっ!」

 

疑問の声を男にぶつけるのは孫権ではなく甘寧

甘寧は握られた部分を手でさわり、確認するがあれほど外れなかったにもかかわらず、自分の首にはなんの跡もなく

喉も潰されたわけではない、鏡で見れば恐らく紅くすらなってはいないだろうと

 

男は甘寧の首を固定し、動きに合わせ腕を動かしていただけに過ぎず。甘寧が苦しくないよう

だが声は発することが出来ぬよう、動きを見切り微妙に調節をかけて捕縛していたのだった

 

大丈夫かと駆け寄る孫権に、頭を下げ無事であることを伝えると男に鋭い殺気と目線をぶつける

何故此の様なまねをするのか、何故自分を殺さなかったのかと

 

すると男は顔をまた柔らかい笑みに戻し

 

「必要なものは見せて貰った。確かに育てれば孫権殿は大きくなるだろう、未完の大器と言ったところか

だからこの場で俺に見せたくなかったのだろう?戦では真っ先に狙わせてもらおう」

 

孫権の眼の奥にさらなる伸び代を見つけた男は楽しそうに笑うが

甘寧の表情は凍りつく、孫策が孫権に対して言った言葉と同じだからだ【未完の大器】と

更に自分が良い様に使われ、一番隠していたことを探るための道具にされたことに

 

駄目だ、この男は危険だ、この場で消さねば必ず自分の主は死ぬことになると

剣を握るが、目の前の男はわざとらしく周りを見渡す素振りを見せる

 

男の仕草に釣られ孫権は同じように見渡せば気がつく、無防備な男と剣を収めた彼の義弟の前に立つ

剣を持つ王の妹と拾い上げた剣を握るその部下

 

周りの民は先程からどう感じていたのだろうかと

終始剣を抜かない男に対し、剣を抜き斬りかかる部下とその主

声の聞こえぬ位置で、遠巻きに見ていた民は思うだろう。無抵抗な魏の使者に、孫権と甘寧は斬りかかったと

それどころか、剣を持たぬ魏の使者に甘寧は取り押さえられてしまったと

 

「では失礼する。孫策殿の事すべて偽りです、悪く言って申し訳ない。貴方の姉は素晴らしい人物ですよ」

 

そう言って民の前で醜態を晒し、顔を紅潮させ剣を持ったまま固まる孫権の肩をたたき、耳元で謝罪を口にし

隣をゆっくり通り過ぎ城門へと歩く男。甘寧は侮辱された主の事、そして軽んじられた自分の武に怒りを燃やし

男の背中に刺繍された魏の文字を射殺すように見えなくなるまで睨み続けていた

 

 

 

 

「先程は驚きましたよ。あれほど人を蔑む言い方をして挑発をする兄者など見ませんから」

 

「ああ、確かにしないな。だが孫権殿がどういった人物かよく解った」

 

馬を駆り、魏への帰路につく二人はもうすぐ呉の領土から魏の領土へと差し掛かる場所で

一馬はもうすぐ魏であると胸を撫で下ろし、先程の遣り取りを思い返していた

 

「それと種を植えておいた」

 

「種・・・ですか?」

 

「ああ、甘寧殿に挑発を繰り返し、怒りの種は食い込んだはずだ。戦では芽吹き俺を仇のように狙ってくるだろう」

 

一馬は驚き男に馬を寄せ「なんて事をしているんですかっ!」と武のない男を心配し

気がつかなかった自分に怒り、男に対し涙目で「次の戦は後ろに下がっていてください」と訴えれば

男は義弟の頭をガシガシと何時ものように少し乱暴に撫でていた

 

「大丈夫だ、挑発に乗ってくるなら敵の動きは操作し易い。下手すれば甘寧殿は俺に辿り着く前に

詠の操る兵に殺されるだろうよ。怒りで曇った眼には何も見えないからな、俺もそうだった」

 

「次の戦、私は兄者の元を離れません。誰が何と言おうとも」

 

「有り難いが、それなら心配はない。次の戦は恐らく俺は華琳の隣に居る」

 

男が言うには軍を二つに分けたのは国が大きくなり華琳が前へ出づらくなったためと、蜀と呉どちらか一方を

攻めるとき、必ず残された方の攻撃に備えねばならないからだと言うことで。今回は相手が一つに纏まったことで

自分たちの軍を分散させる理由がなくなったということを聞き、なるほどと納得していた

 

「しかし兄者、呉は何故我らとではなく蜀との同盟を組んだのでしょう?どう考えても我らと組んだほうが

良いとしか思えないのですが」

 

義弟の疑問に男は周りを見回し、そして一馬に視線を戻すとゆっくりとした口調で話し始めた

 

「周瑜殿は焦っているのさ」

 

「焦る?何をでしょうか?」

 

義兄の口から出た言葉に一馬は考えを巡らせるが、周瑜が焦るようなことは何一つ思い浮かばず

腕を組み、首をひねってしまっていた。男はそんな一馬を見て優しく微笑む

 

「目の下にうっすらと隈があり、黄疸、指先の微かな震え、浅い呼吸。あれは相当無理をして立っている

俺達に悟られぬよう平然としていたし、わざと大げさな振りを使って交渉したのもその理由の一つだろう」

 

「病・・・ですか?」

 

「ああ、それも相当なものだ。何時死んでもおかしくはない状態で居るのだから、後釜の孫権殿や他の将が

玉座に居なかったのもその為かもしれん、俺に見せないように隠していたのだろう」

 

「ですが、それなら尚更我らと組むべきでは?」

 

「俺達と組んで蜀を平らげた後、周瑜殿が死ねばどうなるか想像してみると解る。魏は既に大陸の半分

呉は三分の一、蜀を討った後、土地を均等に分ければ土地は広がるが魏との差は更に大きくなるだけだ」

 

呉を知り知に長ける周瑜が生きていればたとえ魏よりも少ない土地であろうとどうにかするだろうし

むしろ同盟後、蜀との戦で常に先手を取り続け、蜀の大部分を魏から掠め取る等と言った事もできるであろうと

 

しかし体は其れを許してはくれない、後釜の育成は進んでいないことは先程の孫権と義兄とのやりとりを見て

理解できた一馬は、いかに能力があろうとも天命には抗うことが出来ないのだろうかと義兄の綺麗に巻かれた

腕の包帯を見て少しだけ顔を曇らせた。男はそんな一馬の気持ちを察して、また同じように少し乱暴に

隣で馬を並走させる義弟の頭を撫でていた

 

気を緩めた瞬間、馬が鳴き声を上げ暴れだす。男は急に馬に振られ落馬しそうになるが、一馬が即座に

男のまたがる爪黄飛電の手綱を引き、自分の馬と同時に操り馬を鎮めると、道の真中に黒衣の老人?らしきものが

一人立ち、頭から顔を覆い、口元をマスクのように布で隠す。見えぬ表情から不気味な雰囲気が漂う

 

突然現れた不審者に一馬は警戒するが、男は馬を降りて「久しぶりだな、定軍山は助かったよ」

と感謝を述べていた。兄が知っている人物?定軍山?と記憶をたどれば思い出す

あの時義兄に義姉の忠告をしてくれた占い師だと

 

相変わらず男なのか女なのか、それとも老人なのか若者なのか解らないその人物を一馬は不思議に思うが

兄と姉が助けられたことは事実だと一馬も馬を降り、その黒ずくめの占い師に礼を言い頭を下げていた

 

占い師は二人に礼を言われ「クックッック」と笑をこぼすと呉の方を自信を覆った布の内側から指さす

 

「赤壁、苦肉計、連環計」

 

占い師の言葉に一馬は首を傾げるだけだが、男の表情は少しだけ硬いものに変わり「やはりか」

と一言だけ呟くと占い師に礼を言っていた

 

「有難う、貴方の占いはよく当たる。参考にさせてもらうよ」

 

改めて頭を下げる男に占い師は笑っていた声を止め、男の包帯で巻かれた左手を占い師は右手で指差す

 

気がつけば、男の左腕の包帯は解け、地面に落ち。あるはずの腕が存在感を残して消え失せていた

男は突然消えた左腕を少し呆然と見つめ、目の前まで持ってくると一馬が地面の包帯を拾い上げ

義姉、秋蘭がしたように必死に捕まえていた。この地に残るようにこの場に押しとどめるように

 

男はそんな義弟の頭を消えていない右手で優しく撫で、占い師に視線を向けると

 

「これは占いの代金だ」

 

そう言って懐から木の手形のようなものを投げて渡す

受け取った占い師はその手形を見るが、そこには文字が魏、食、雲と三つ刻まれているだけ

占い師は男の顔を見る

 

「俺の生き様を見たいと言っていたし、俺の近くにいるんだろうが警備兵が誰一人貴方を見たことが無いという

まさか仙人のように雲や霞を食って居るわけではないだろう?其れがあれば魏の中で好きなだけ飯が食える」

 

男がなげてよこしたのは現在で言うクレジットカードのような物。男が飲食店に話を通し、魏の中でならば

其れを使って食事ができ、店は城に費用報告をすれば直ぐに支払われるといった仕組みのもの

だがこれは店側と男の強い信頼あってこそ出来るものであって、本人を認証できる物が無い為

民に流通させるのは無理なシロモノではある

 

手形を受け取った占い師は「フフフッ」と少年のような笑い声で短く笑い

男が少しその笑い声に驚き、一馬に今の笑い声を聞いたか?と顔を向け

もう一度占い師の方に視線を向ければ既にそこには占い師の姿は無かった

 

「あ、兄者。腕が」

 

抱きしめる腕は占い師が消えると同時に元に姿を、傷だらけのボロボロの姿を取り戻し

一馬は大きな安堵のため息を吐いて義兄の腕を確認していた

 

「良かった。しかし先ほどあの方が言っていた苦肉計とは?」

 

「ああ、今に解る。そのことは誰にも話すなよ。とても重要なことだ」

 

包帯を巻き直されながら男は義弟の頭を残る腕でポンポンと撫でる

 

やはり小説、演義通りに動くか。ならばやることなど決まっている

だがその前に、俺は自分の言った言葉を守るとしよう

 

包帯を綺麗に巻き終わった後、男は外套を脱ぎ一馬に渡すと腰の宝剣を抜き取り自身の髪を短く切っていく

 

「兄者っ!なにをなさるんですかっ!!」

 

驚く一馬を他所に無造作に髪を斬り、そして宝剣を鞘に収め義弟に剣の全てを預けると男は馬に跨る

 

「一体何をするつもりですかっ!?」

 

「今から秋蘭と涼風の土産を買いに呉に戻る。先刻まで俺達に二人、恐らくは呉と蜀の人間だろう着いてきていたが

気配も俺の眼にも感じなくなった」

 

戻るとの言葉に驚き、其れならば自分もと言うが男は首を振り楽しそうに笑う

 

「先に帰っていてくれ、俺はすることがある。心配するな、明日の朝には追いつく」

 

そう言い残し、男は一馬から真似た馬術で恐ろしい速さを出して今来た道を戻って行った

一馬は兄を一人にするわけにはいかないと追いかけるべく馬に跨るが

 

「追いかけてきたら怒るぞ!」

 

言いつけを守らない弟に少し怒りの混じった大声を出す男に

一馬はどうすることも出来ずその場で立ち尽くしてしまっていた

 

 

 

 

男との遣り取りから隠れていた周瑜と孫策は今来た風に装い、心を持ち直した諸葛亮に

気分を治すため市を少し回ってきたらどうかと促し、このような心の状態では良い同盟関係に持ち込めないと

孫策たちの申し出を受けた諸葛亮は市を見回っていた

 

蜀とは違い、魏から豊富な物資が送られ、取引の値も全て手頃な物ばかり

其れを見ただけでも舞王が今まで苦心し、独自の購買のルートを創りだしたことが考えられ

諸葛亮は少しだけ顔を歪めるが、直ぐに頭をブンブンと振り舞王の創りだしたものから少しでも

天の知識を盗もうと、魏から送られてくる酒や砂糖、蜂蜜、薬品、そして米などを一つ一つ見て回り

竹簡などに書きこめば呉に良い印象を与えないため、小さな頭に情報を必死に詰め込んでいた

 

次第に新たな発見を見つけるこの行為自体が楽しくなり、店の者や行商人等に話を聞きつつ

買い物を楽み、頭には先ほど散々にうちのめされた舞王の事など既に消え去っていた

 

彼女は果物店で大ぶりで甘い香りを放つ桃を六つも購入し、籠に入れて客間に持ち込み食そうと考えていたが

我慢できず、少し行儀が悪いとは思ったが一つだけ取り出したべようとしたが、貰った籠が古かったのか

底が抜け、桃はコロコロと道端に転がってしまう

 

諸葛亮は急いで転がった桃を回収しようと一つ一つ拾い上げ、最後の一つを拾おうとした時

目の前の男性が拾い上げ、その桃を諸葛亮へと差し出した

 

彼女は桃を拾ってくれた男性に礼を言い頭を下げ、顔を上げて男性の顔を見れば硬直する

 

「か、夏侯しゅ・・・」

 

舌を噛んでしまい、小さな唇から血が一筋こぼれおちる

髪を斬り、外套を纏わず、一見普通のそこら辺の民と変わらぬ格好

だがその眼は、その顔は、その雰囲気は忘れることは出来ない、先ほど恐怖を塗りこまれた存在

 

しかし、男は何をするわけでもなく、桃を抱える諸葛亮のうでに桃を置き、そのまま何事も無くすれ違っていく

 

暫く諸葛亮は道端で硬直し、カタカタと震えながら立ち尽くしていたが

そんな姿に心配した近くの店の男性が肩を叩けば「ヒッ」と小さな悲鳴を上げて

体が跳ねるように反応すると、桃を二つほどこぼし、その場に置き去りに城に有る客室へと走って行ってしまった

 

客室へ戻ると顔を真っ青にしていた彼女を護衛の兵は心配したが「大丈夫です」と弱々しく答え

震えながら部屋の護衛を兵士にお願いすると、部屋に入り用意された寝室に入ると鍵を閉め

机に無造作に桃を置くと寝台に潜り込み布団を被って眼を伏せ体を震わせていた

 

何故あの人が?魏に帰ったはずじゃ、私を殺しに来た?そんな、一人で?しかもあんな格好をして・・・

 

諸葛亮は首を振り、布団に顔を押し付ける。私が見たのは人違いだ、きっと違う人物だ、髪だって外套だって着ていない

そう自分に言い聞かせるように何度も何度も顔を布団に擦りつけ、恐怖で疲れていたのだろう

彼女はいつの間にか深い眠りに落ちていた

 

気が付き、飛び起きる諸葛亮。辺りを見回せば部屋は暗闇に支配され、どうやら長く寝てしまっていたようで

朱枠の少しだけ開いた窓からは月の明かりが差し込んでいた

 

彼女は恐怖で寝入ってしまった自分に自己嫌悪のため息を吐き、明日、孫策さんや周瑜さんに謝ろうと

頭の中で呟いた。何も食べておらず小腹の空いた彼女は、部屋に充満する桃の匂いに机の上に桃を置いたことを

思い出し、暗闇の机に手を伸ばせばそこにあるのは三つの桃

 

あの時びっくりして落としたのは二つでは無かったのか、三つ落としてしまったのかと気落ちしていると

月明かりに照らされ床に落ちた四つ目の桃があり、なんだ落ちてしまっただけかと寝台から

降りて拾おうとすると彼女は何故か視線が自分に向けられているような気配がする

 

桃が落ちている先、部屋の隅の暗がりに気配がするのだ

不思議に思いその気配の元に目を凝らしてみれば人の形を型どり、微かな月明かりで眼がこちらを見ていると解る

 

彼女は思う。何故自分以外の者が寝室に居るのだ?兵は勝手に入ってこない、ましてや鍵を閉めた筈だと

彼女の脳裏に昼間の光景が思い浮かぶ、体が震え、額には脂汗が流れ落ち、昼間に言われた言葉を思い出す

 

「寝る暇さえも与えない。夜の闇に怯えろ」と

 

恐怖を煽るように風が吹きこみ、朱枠の窓が全開になると月明かりに照らされ顕になるその姿

腕を組み、果物を切るために机いに置いてあった小刀を手で弄び、壁に背をつけ寄りかかるようにして

諸葛亮を笑いながら見つめる男

 

その姿に諸葛亮の恐怖は一線を超える

声を上げ助けを呼び、叫ぼうとするがあまりの恐怖で声は出ずケヒュー、ケヒューと搾り出したような息を吐き出すだけ

必死に逃げようと手足を動かそうにも震えて這いずることすら出来ない

 

腰を抜かし、仰向けに倒れる諸葛亮を見下ろすように仁王立ちする男は、笑を湛えたまま

その手で弄ぶ小刀を諸葛亮の倒れる真下に投げ飛ばす

 

トン

 

軽い音を立て、諸葛亮の顔の数ミリ横の床に突き刺さり、男は鼻で笑うと

 

「明日は小刀がズレるかもしれんな」

 

と言って笑い、諸葛亮はついに恐怖に耐えられずそのまま意識から手を放した

 

 

・・・・・・

 

 

気がつけば窓からは陽の光が挿し込み、飛び起きれば自分の体は床にでは無く寝台

机には桃がちゃんと四つ置いてあり、小刀もその隣にきちんと置いてあった

 

衣服の乱れもないし、窓も全開じゃない、小刀もちゃんと机の上だ

あれは質の悪い夢だったんだ、怖がりすぎて変な夢を見てしまったと安堵の溜息を吐き

 

昨日の午後から何も食べていないと小腹の空いた彼女は、机の上の桃に手を伸ばす

そして手にとった桃の皮を剥いてかぶりつこうとした瞬間

 

まるで金属を切り裂いたような悲鳴をあげる

 

兵士が何事かと彼女の寝室に入ろうとするが、鍵が閉まっており入ることが出来ず仕方無しに扉を破壊して

中に入れば、諸葛亮は枕を抱きしめ涙を流し怯えていた

 

兵士は何があったのかと問えば、諸葛亮は声を出すことが出来ず。ただ地面に投げ飛ばしたであろう桃を指さすだけ

兵士が桃を拾い上げれば其の桃には一口かじりついた歯型がくっきりと残っていた

 

 

 

 


 
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