
帝国首都5区
γ0057年11月17日
4:28A.M.
一博がNK国際空港に向かっている頃、《帝国首都》内に潜伏している太一と香奈は、『帝国
軍』に追われ、幾度と無くその隠れ場所を変えなければならなかった。
最初に隠れていた廃屋のアパートは、一夜も過ごす事ができなかった。香奈の負った傷の治
療は終えられたものの、それ以外に休息はできなかった。うたた寝をしそうになった香奈は、
『帝国兵』が乗り込んで来た事を知って、とても驚いた様子であり、とっさの判断というものが危
うかった。太一がいなければ、とっくに『帝国軍』に捕まっていたかもしれない。
まだ2日と経っていない間に数え切れないほど、廃屋や古い工場、倉庫などの人気の無い場
所を転々とし、『帝国兵』が迫る度にそれを変え続けてきたが、その度に2人は危険にさらされ
ていた。その間、太一も香奈も食事などはほとんど取らず、香奈はかなりやつれて来てしまっ
ていた。『ユリウス帝国』には味方などいないし、心休まる事もなく、常に緊張していなければな
らなかった。
だが一方の太一は、2日前とあまり変わっていない。いくら過酷な状況下に置かれていても、
常に冷静だった。おかげで香奈の頼りどころとなり、その結果、2人は今まで身を隠し続ける事
ができた。
2人が今いるのは、5区の外れの方にある没収された倉庫の内部。工場ほどの大きさの倉
庫で、数十年昔からここに建っているのであろう、最初に潜伏していたアパート同様、外壁には
草がまとわりつき、天井の至る所には穴が開いていた。
内部の空気は香奈にとって居心地の悪いものだった。挨っぼい空気は、ものの1時間その
中にいただけで喘息になりそうだし、内部に捨て去られた、古いダンボール箱や木箱の裏側に
はどんなものが潜んでいるか分からないほどだ。
2日前から同じような場所に隠れ続けている香奈は、そろそろ限界で、事あるごとに、太一に
は聞こえないようにため息をついていた。
いつしか、2人がその倉庫に隠れて6時間が経っていた。倉庫内部には照明というものがな
い。朝の4時半だった事と、曇りの天気で月明りが無かった事もあって、2人は暗闇の中にい
た。本当に暗く、壁の隙間から差し込む光も無い、真の暗闇の中にいた。
2人は4時間交替で見張りと休憩を繰り返している。香奈も、無論太一も忠実にそれを守って
いた。見張りをしている時は、武器を側に置いて周囲の警戒を怠らず、休憩時は寝ているか、
何も考えずにぼうっとしているくらいだ。2人の間にほとんど会話はなく、あっても多少、香奈が
太一に話しかける程度。だがそれでも、2人とも離れ離れになるような事は決してなかった。
暗闇の中では、相手がどんな姿勢でいるのかも良く分からない。今分かるのは、香奈が見張
り役だという事だけだ。香奈は目分と向かい合わせに、古い木箱の上に座っているであろう太
一に向かって、挨っぽいのを我慢しながら口を開いた。
「ねえ…」
結構声がやつれちゃってるな。自分の声を耳で聞いて香奈は思った。何だか、自分が喋って
いるのではないような気がする。
「あたし達、いつまでこうしていればいいの…?」
それは香奈がずっと思っていた事だ。不満を口に出すのは子供っぼいからと、それを言うの
は控えようとも思ったが、一度言ってしまうと、なかなか止まらなかった。
「ずっと隠れてばっかりで進歩なし。いつまでこんな堂々巡りみたいな事しているのかな? 隠
れ続けたっていい事何も無いよ」
暗闇では相手がどんな表情をしているのか分からない、しかも太一は物音一つ立てずにして
いるから、起きているかどうかすら怪しいものだ。しかし、それでも香奈は構わなかった。
「このまま何かを待っていても始まらない。やっぱり、何か行動をしないといけないと思うよ」
だから具体的にどうしたいというのは言わなかった。ただ香奈は、沈黙と、ずっと状況の変わ
らない事への不快な気持ちを、言葉で表したかっただけだ。
「せっかくあたし達には『能力』があるんだから、何かしたいよ…」
と言って、彼女は傍らにある鉄パイプを改造した杖を手に取る。
「…、て言うか、ねえ、君そこにいるの?」
あまりに存在しない太一の気配に、香奈は少しだけ心配になる。本当の暗闇では、彼が突然
消えてしまったとしても、全くそれが分からないのだ。仲間の香奈をこんな状況で独りぼっちに
するなど、太一がするわけがないが、香奈はとても強い不安に襲われた。
思わず太一のいる辺りを手で探ろうとする。しかしそれは相手の方から遮られた。暗闇から
伸びてきた掌が、香奈の口を軽く押さえる。繊細で細いが、男の肌のごつごつとした感じがあ
る。間違いなく太一の手だ。
「静かに」
彼はそれだけ言った。久しぶりに聞いたような太一の声だ。何故そうしなければならないか
は、彼女には良く分からなかったが、香奈は言う通りにした。太一の指示はいつも正しい。
物音。倉庫のどこかで物音がした。ほんのわずかだ。鼠が動くような音よりも静かだが、どこ
かで物音がした。暗闇で視界はまるでない。だが、この2日の間に研ぎ澄まされた香奈の感覚
は、その中に人間の気配を感じた。
太一は自分の手に武器を持ち、物音をまるで立てないようにその場で立ち上がったようだ。
香奈もそれに続く。続いて、彼は手に持っている警棒にわずかな光を点らせた。黄色い、豆電
球にも満たないような、わずかに火花が飛んでいる光だが、それは香奈にとって暗闇の中での
目印となった。
小さな光が動いていき、香奈はその後を追う。音を立てないようにゆっくりと移動する。じれっ
たい事だが、香奈はとっくのとうに慣れてしまっていた。どうやら太一は倉庫の入り口の方に向
かっているようだ。それはさっき、物音が聞こえた方向だった。
香奈は唾を飲み込み、無意識の内に高鳴ってきている心臓を感じる。緊張が彼女を再び襲
い、歩く動きを、知らない内に慎重にさせていた。
倉庫の中は障害物が多く、入り口の扉を開けたとしても、そこから漏れる光は2人がいた所
までは届かない。だから足音の主も、太一と香奈がどこにいるか分からないはずだ。
障害物は、置き忘れられたダンボールや木箱。香奈は光だけを頼りに、それが案内を作りだ
している通路をゆっくりと歩いていった。
再び香奈の耳に物音が聞こえてきた。さっきよりも近い位置からそれが聞こえた。その相手
に対し、自分達は確実に近付いている。香奈の緊張は増していた。相手が『帝国軍』の兵士だ
ったりしたら、また一戦を交えなければならないし、それは生死を伴う。
と、突然、光が目にも留まらぬ早さで走り出した。常人の目に留まらない凄まじい速さだ。そ
れと同時に、靴が床を踏み鳴らす音が、2人分聞こえてきた。一つは香奈の側からどんどん離
れていき、もう一つは少しばかり離れたところで聞こえる。太一が駆け出している事は分かった
が、香奈には到底ついていけそうにないスピードの走りだ。
2つの足音の位置が重なるのには、そう時間がかからなかった。香奈には暗闇の中の出来
事で音しか分からない。太一が武器から放っていた光は、本人によって消されてしまったらし
く、何も見えない。だが突然倉庫の扉が開かれ、外からほんのわずかに明るい光が、中に差し
込んだ。
開いた扉から、一人の人影が倉庫の中から飛び出して外に出る。続いてもう一人の人影が
外に飛び出た。香奈もそれに追いつこうと、大急ぎで倉庫の入り口に向かう。今度は目印など
必要ないほど明るい。
入り口に向かう香奈は、倉庫の外で誰かが取っ組み合っている音を聞いていた。服や体を
掴み合う音が聞こえる。声を上げているのは倉庫に侵入してきた者の方だ。
「離せ!」
香奈は外に出た。倉庫の外では、明け方の光の中で一人の男が、もう一人の地面に尻餅を
ついている男に向けて警棒を向けている。それは太一だった。彼が武器を向けている相手は
何かを叫んでいたが、『ユリウス帝国』の言葉で香奈にはあまり理解できない。
「俺は奴らとは関係ない!」
と言うのも、香奈には何を言っているのか分からなかった。
そう声を上げているのは、青い目をした金髪の、典型的な『ユリウス帝国』の男だった。青い
色の服を着て、身長は太一と同じくらい。警棒を向けられて何もできない様子だ。
「何を言っているの? この人」
「さあな」
太一に尋ねる香奈。太一はそっけなく答える。
「あんた達、『NK』の人か?」
太一は何も言って来なかったが、代わりに男の方が香奈に言葉を返した。男はひどく流暢な
がらも『NK』の言葉を喋った。
「だったら、どうするの?」
相手にも理解できるように、少しゆっくりとした口調で香奈は言った。
「俺を逃がしてくれッ!」
男は必死に言った。
「何の事を言っている?」
太一は相手を掴んだままだ。
「逃がしたら、大事な事を言うッ! あんた達にとってとても大切な情報だッ!」
「じゃあ言ってみなさいよ」
男の必死ぶりなど構わず、香奈はそう言ったが、
「俺を逃がせ! あんたらにとって大事な話だ!」
香奈にはそのつもりは無かった。こんな怪しい男、『ユリウス帝国』のスパイかもしれない、そ
う簡単に逃がせるものか。
だが太一は、掴んでいた男の衣服を手放した。
「太一…?」
太一が衣服を手放すと、男の方は慌てて2人の方から離れる。しかし目線はしっかり合わせ
て来た。
「俺は奴らとは関係ない、だから聞いてくれ!」
男は太一と香奈の両方を交互に見ながら言っている。慣れない言葉で話そうとしている様子
はとても必死だった。
「奴らって誰?」
「そのくらい分かっているはずだ!」
男は近所に響くような大声を出しているわけではないが、焦っている様子は伝わってくる。
「そんな事、言われたって…」
香奈は言うが、太一は彼女の方に向かって、手で黙れという合図を送った。香奈はそれに従
う。
「いいか、よく聞いてくれ」
男は、まるで誰かに追われているかのように必死だった。香奈は太一の側に近寄り、彼の側
で一緒に男の話を聞こうとする。
「今日の朝のジェットで、あんたらの仲間がこの首都の空港に到着するんだ。あんたらを手助
けしにな。絶対に間違いない、俺は知っている」
警棒を向けられたまま、男は2人に流暢な言葉で話し続ける。
「信用…、できないよ…」
「いいや本当なんだ。信じてくれ」
「奴ら、とは関係ない割に、あたし達の事をよく知っていない?」
疑う香奈だが、太一は相手の話に聞き入っていた。信用しているかどうかは分からないが。
「奴らの仲間だったら、こんなことを言ったりするものか! それに、まだ俺は重要な事を言っ
ていない!」
「何? 何だ?」
と、反応したのは太一だ。
「俺はその情報を、奴らから聞いたんだ! どういう事か分かるか? あんたらの情報が奴ら
に漏れているんだ! せっかくやって来たあんたらの仲間が、何も知らないまま空港で奴らに
捕まるかもしれないんだぞ!」
と、その男は最後まで、まるで自分の事のように必死だった。
香奈はにわかには信じられなかったが、太一は結局その男を逃がした。
そう、明らかに怪しい男をだ。こんな日が昇るよりも前に、没収された倉庫で一体何をしてい
たというのだろうか。明らかに普通ではない、ただのごろつきだったとしても、彼は自分達の事
を知っていた。
そんな怪しい者を逃がすなど、愚かな行為。もし『ユリウス帝国』側のスパイだったらどうする
つもりだろう。
あの男は、空港に『SVO』の仲間が来ると言っていたが、それを自分達に伝えるため、ただ
それだけだったのか。
原長官によれば、『ユリウス帝国』にも防衛庁から送られた内通者は潜り込み、一般人に解
けこんでいるという。仮に彼がそうだったとしたのなら、その事を明かすはず。そうでなければ、
『ユリウス帝国』側のスパイだと思われてしまう。
とにかくあの男に関しては、怪しい事ばかりだった。
太一が彼を逃がしたのは間違いではないだろうか。香奈は思った。いくら逃がせば情報を与
えると言っても、彼の言った情報は、空港に仲間が救援に来るなどという情報だ。
嘘にしてはもっとましな偽の情報もあるはず。しかし、つこうと思えば簡単につける嘘でもあ
る。
そのとっさの判断を太一はした。だが彼と香奈も警戒し、すでにあの倉庫のある場所から移
動を始めていた。彼が『ユリウス帝国』のスパイだったら? そう思いすぐにあの場を離れたの
だ。
だが太一が向かっている方向を考えると、香奈は思わず彼に話しかけていた。
「あの人の事を信用しているんだね…?」
太一は、空港へと向かおうとしているのだ。仲間が救出に来るという空港へだ。
「あのまま何もしないよりはましだけれども、こんな時に空港なんかに近づいたらまずいんじゃ
あないかな…?」
この非常時だ。空港では『ユリウス帝国』国内から『SVO』を逃がさないため、厳戒態勢がし
かれている。怪しい者が近づこうものならば、簡単に包囲されて捕らえられてしまう事だろう。
「あの人は、奴らから話を聞いたなんて言っていたけれども、あの人自身がその奴らだったら
どうするの? 罠に飛び込んで行くようなものだよ」
「そう、かもな」
だが太一は、それだけ答え、ただ辺りを警戒したように見回しながら歩くだけだった。
しかし彼は、そこから数メートルも歩かずに足を止める。丁度交差点のある場所、工場の立
ち並ぶ、塀の高い路地にある小さな交差点だった。
太一は何も言わずに脚を止めたので、それに気付かなかった香奈は、思わず彼の背中に頭
をぶつけた。
「な、何も言わないで立ち止まらないでよ」
香奈は不平を言ったが、ぶつけられた方の太一は何も言わなかったし、態度でも示さなかっ
た。すぐに彼女は、太一が曲がり角を曲がった先に注意を向けているのに気が付いた。
太一は、塀に背を向け、ゆっくりと曲がり角を曲がった先を伺っている。塀の角からは顔を出
さず、じっと耳を澄ませていた。
香奈も同じように耳を澄ませる。すると、『ユリウス帝国』のタレス語で男の声が聞えてきた。
「離せッ! 俺は何もしていないッ!」
さっき太一が逃がした男の声だ。香奈はそう理解し、そっと太一よりも前に出て、塀の角から
顔を出した。
『ユリウス帝国兵』達が、そこにはいた。『ユリウス帝国』のロゴマークの入った、迷彩柄の軍
用トラック停止している。そこにいる『ユリウス帝国兵』は五人。青い上着を着た、さっきのブロ
ンド髪の男も一緒だ。
「やっぱり」
香奈は、さっきの男がやはり『ユリウス帝国』と繋がっていたのだと確信しそうになった。『ユリ
ウス帝国兵』が側に来ている。こんなに側に迫って来ていた。ここ6時間ほどはその姿すらも見
ていなかったが、彼らはまた自分達に追いついてきている。
しかし、様子がどうもおかしい。
「俺を捕らえたら、仲間が全部告発するッ! それでもいいのかッ!」
必死で男は騒ぎ立てていた。彼は、『ユリウス帝国兵』に体を拘束され、銃まで向けられてい
た。彼は捕らえられようとしている。
「大人しくしていろ! 騒ぐのならば容赦しない!」
そう一人の『帝国兵』に凄まれ、他の兵士に銃をねじ込まれるように体に突かれると、彼も黙
った。
「後悔するぞ!」
男はそう言葉を残すと、『ユリウス帝国兵』達によって、軍用トラックへと押し込まれてしまっ
た。
やがてトラックは電気起動のエンジンを唸らせ、早朝の工業地帯から去っていった。
軍用トラックが行ってしまうと、まだ他の兵士達がいるかもしれないという警戒は残ったもの
の、ひとまずは緊張を解く太一と香奈だった。
香奈は、塀の先で起こっていた光景に、少し時間をかけて答えを出そうとする。しかし、太一
の方はすぐに行動を開始する。
彼はすぐさま、急ぎ足でどこかへ向かおうとした。
「あの人を信じて、空港へ向かうんだね…」
「ああ、そうする」
太一ははっきりと答え、香奈もすぐに行動を開始した。
レイは『帝国兵』達によって連行されていた。背中には強く銃を押し込まれ、後ろ手には電子
ロック式の手錠までかけられてしまっている。これでは何も出来ない。
軍用トラックの荷台に座らされたレイは、そのトラックの振動を直に感じていた。そして、この
荷台に流れている何とも言えない緊張感も。
レイは命を失う事に、今では何の恐怖も感じていない。だからみすみす捕まるくらいだったら
死を選んでも良かった。このまま連行されて行き、彼にとって屈辱的な取引までさせられた上
に、軍法裁判にかけられ、国家反逆罪に問われ、死刑やら無期懲役になるくらいならば。
しかし、自分にはまだ出来ることはあるだろう。行ける所までは行く。
レイは、トラックの荷台の外に見える、朝の《帝国首都》の光景を眺めていた。朝日が差し込
んできている、まだ静かな街中。通りに立ち並んでいる商店も店を開いておらず、人々も活動
を開始していない。
これが自分が見る最後の街の光景かもしれない。ありふれた現代的な街並みだ。
コンクリートやアスファルトに覆われ、スモッグが空気を汚染し、建物が隙間無く立ち並んでい
る。時間に追われ、見え隠れする支配の下に生き、生きる意味を見出せない人々の多い、憂
鬱な街だとレイは思っていた。だが、今自分が見ている光景はいつもと違った。
これが最後だと思うのだからそうなのか。
そう、これが最後。だからこそレイはあのように大胆な行動に出る事ができたのかもしれな
い。
大胆、無謀、いやむしろ乱心と言ってもいいくらいかもしれない。あの2人と接触したのは。
レイ達は、仲間をダシに屈辱的な取引をさせられた。それも、優秀な自分達の能力を買って
の『ユリウス帝国』の諜報活動に加担するというものだ。
彼らは、『NK』の防衛庁にあるという、秘密諜報組織について調べるように行って来た。『SV
O』と言ったが、それはレイ達も知りえない程の秘密の組織だった。しかし、調べるのは簡単だ
ったし、情報も楽に引き出せた。
結局『ユリウス帝国』のあの男は、その情報を調べさせた後、また連絡すると言って接触をし
て来ないが、レイはその『SVO』という組織に対して、奇妙な近親感を抱いていた。
今まで自分も知らなかったような組織だ。詳しい事は未だに分かっていないし、『NK』防衛庁
の秘密組織など、得体が知れない。しかし、その組織の二人がこの『ユリウス帝国』にやって来
てからの活動に、レイは興味を示した。
世間では外国から来たテロ組織の攻撃だと言っているが、レイはすでにそれが偽りであると
いう事を見抜いている。
派手な事件だった。死者も多く出ている。だが、レイは思った。
彼らならば出来るだろうと。
彼らならば、『ユリウス帝国』に盾突く事ができるのではないかと、そして、レイ達が望むような
変革をもたらせると。『NK』の防衛庁の秘密組織という辺りが気に入らないが、彼らの行動を
見れば、そんな事など気にならないことが分かる。
レイ達は今、行動を抑制されてしまっている。しかし彼らならば、今の『ユリウス帝国』に変化
をもたらせるのではないだろうか。そして彼らの活動情報について調べている内に、今朝の情
報が入って来たのだ。
レイはすぐに行動を開始した。彼らの居場所も、『帝国軍』の捜索隊の動きを見ていれば大
体見当がついた。
彼らに重要な情報、しかも仲間が危機に直面しているという情報を与える事で、レイは少な
からず『ユリウス帝国』に抵抗を示したのだ。今のまま、屈辱的な取引に従い続けているよりは
ずっとましだ。
だからレイは、このまま死ぬ事になっても、それは覚悟の上だった。
トラックは、通りの角を曲がり大きな通りへと入って行った。多分5番通り、しかも街の中心部
の方へと向かっている。街の中心部に『帝国軍』関係の秘密施設はどのくらいあっただろうか。
レイは推測していた。
この慣れ親しんだ通りともおさらばか、とレイが思っていた時、彼は、自分の脚の下に何かが
あるのを感じていた。
今、トラックが曲がり角を曲がった時に脚の下に滑り込んだのだろうか。何かと思い、レイは
目を落とそうとした。
自分の目の前にいる兵士に気付かれたらまずい。彼らは銃を構え、レイが少しでも動こうも
のならそれを撃ってきそうな緊張感を漂わせている。レイはそれをちらりとしか見る事ができな
かったが、何かはすぐに分かった。
電子キーが落ちている。それも、おそらく後ろ手にかけられている手錠の電子キーだ。
レイの心臓が高鳴った。なぜ電子キーが落ちているのか、自分に今、横で銃を突きつけてい
る手錠をかけた兵士が落としたのだろうか。ポケットに穴が開いていて床に落ちたのだろうか。
これで手錠を解除すれば、ここから脱出できる。ほとんど諦めていたレイだったが、心の中に
望みが溢れてきた。
とにかく、兵士達に気付かれないように手錠を外さなければならない、レイの頭はフルに回転
する。
「俺をどこに連れて行き、何をするつもりだ…?」
自分の目の前にいる兵士に向かって、レイは問いかけた。このような状態にあっても、彼の
口調は変わらない。信念に従っているという後押しがあれば、何も恐れる事はない。突き付け
られている銃が何だというのだ。
しかし、レイのその変わらぬ口調に反抗するかのように、兵士達は口をつぐんだままだった。
仕方なくレイは続ける。自分のすぐ隣にいた上官らしき男の方に向かって言葉を投げかけ
た。
「答えろッ! 俺には知る権利がある!」
口調は強かったが、暴れ出そうという素振りは見せなかった。
「我々には、何も答えるなと言われているのでな」
その男はただそう言うだけだった。それだけ口にしてしまうと、彼は再び警戒の表情と重い沈
黙へと戻った。
確かにその通りだ。『ユリウス帝国』の一般兵が、答えて良いような事ではない。第一彼らは
連行していくだけだ。
すでにレイは脚を小さく動かし、落ちていた手錠の電子キーを後ろ手の方へと持っていってい
た。あとはキーを手に移し、ロックを解除するだけだ。
「だが、大体は想像がつく…」
その上官風の男はレイに話しかけてきた。
「何だ?」
レイは、電子キーの事を気付かれたのかと思い、一瞬慌てた。だがそうではなかった。
「逮捕されたお前はこのまま、仲間の居所を吐かされる。そして軍法裁判にかけられて、国家
反逆罪にかけられるというわけだ」
その男は、レイが答えろと言った時には答えず、レイが黙ってから話しかけてきていた。レイ
にはそれが癪に触った。
電子キーはすでに手の中へと移され、いつでもロックを外せた。だが、キーが外される時の
電子音はどうしようもない。
「そうか、それは残念だ」
レイはそう言った。そして、電子ロックの電子音が、小さく彼の背中で音を立てた。手錠が、ご
とりと走行するトラックの荷台の上へと落ちる。
両腕が自由になったのと同時に、レイは自分へと銃を向けていた男の銃を掴み、それを全身
の力を使って奪い取った。そして、その安全装置を外すと、トラックの荷台の中で乱射した。
警戒こそしていたが、電子キーのロックが外される事など予測していなかったのか。『ユリウ
ス帝国兵』達の反応は鈍かった。
レイはがむしゃらだった。とにかく銃を乱射する。その時のレイは自分でも分からないような
雄叫びを上げていた。
突然起きた銃声に、トラックを運転していた兵士は、大慌てでトラックを通りの路肩へと止め
た。そして、武器を持ち、助手と共に警戒しながら荷台の方へと急いだ。
彼らはさっと荷台の中へと銃を向け、手を上げるように叫んだが、そこには5人の兵士達の
銃殺体が転がっているだけだった。
レイはすでにその場から逃走していた。5番通りを、狭い路地の中へと入っていき、彼はどこ
かへと向かっていた。
|
Tweet |
|
|
1
|
0
|
追加するフォルダを選択
虚界の叙事詩、第2話の続きです。