No.167128

美魚の落選

朝比奈恋さん

落選した悔しさで書いてしまいました。入賞した皆さん、気にしないでくださいね。

2010-08-21 07:45:25 投稿 / 全4ページ    総閲覧数:910   閲覧ユーザー数:902

 

 昼休み、理樹が校庭を歩いていると、いつもの木陰で美魚を見つけた。

「西園さん、おはよう。今日は何を……」

 読んでいるの、と声を掛けようとして、止まった。

 美魚を、本を読んでいなかった。

 木陰に座布団を敷いて座り込み、膝に載せたノートパソコンで、しきりに何かを打っていた。そう言えば、1ヶ月前にも、こんなことがあった。確か、何かのコンテストに応募するって……

「西園さん、結果は出たの?」

 理樹は、口にしてしまってから、「しまった」と思った。

 以前だって、理樹がたまたま、ノートパソコンの画面を見てしまっただけで、美魚からコンテストに応募すると言ってきたわけではない。

「今度やったら、NYPの正体を知ることになるわよ」

 美魚には、釘を刺されていたのだった。

 NYPの正体には興味があったが、あのわけのわからない凄みには、圧倒されるばかりだった。

 地雷を踏んだか。

 理樹は、踵に体重を移した。

「落ちたわ」

 美魚は小さな声で、だが、はっきりとした口調で告げた。

(落ちた……? そうか、落ちたのか)

 理樹の頭がフル回転した。

 プライドの高い美魚のことだ。落選なんて結果になったら、編集部にどなり込んでいきそうなものだ。それこそNYPの正体が……

 冷や汗を流す理樹をよそに、いつもの通りの冷静な美魚がいた。

 理樹の存在を忘れたかのように、ひたすら、キーを叩いている。もう、次の目標を決めたのか。前向きな姿勢に好感が持てた。

(がんばれ)

 理樹は、心の中で声援を送った。

 美魚が立ち上がった。

 ノートパソコンを木の根本に置き、理樹の前まで歩み寄ると、

「直枝クン、ちょっとそのままにして」

 理樹の頬に右手の掌を当てた。食い入るような視線で、理樹を見つめる。黒目が微妙に動いているようだ。

 美魚の顔が、唇が、さらに近づいて来る。

(この状況は、いったい……)

 金縛りにあったように、身動きの取れない理樹。

 心臓が飛び出しそうだった。

「まつげ、長いのね」

 美魚は、それだけ言うと、理樹の側を離れた。

 木の下の定位置に戻り、ノートパソコンを膝に載せる。キーを叩く姿は、まるで数分前のデジャブーを見ているようだった。

「あの、西園さん……」

 理樹は、恐る恐る声を掛けた。このままでは、何とも去りがたかったのだ。

「あら、直枝クン、いたの」

 調子の狂う美魚だった。

「いたのって、たった今、話をしていたばかりじゃないか。西園さんがコンテストに落選したって……」

 理樹は、口を押さえた。

 今日、二つ目の地雷。今度こそ、命はないか。

「気にすることはないわ。あれは事故みたいなものだもの」

 意外に、さっはりとした美魚だった。

「入賞作を読んだけど、全然、たいしたことなかったわ。確かに面白いんだけどね。あの程度ならくじ引きみたいなものよ。続けて出していれば、その内、私の番になるわ」

 タイプする手を止めることなく、美魚が答えた。

 理樹は、「あれっ」と思った。

 言っていることは、間違っていないのかもしれない。でも、いつものプライドの高い美魚なら、順番みたいなもので入賞しようとは思わないはずだ。

「西園さんは、それでいいの」

 美魚が、手を止め、顔を上げた。

「いいのよ。入賞して、掲載依頼が来たら、断ってやるんだから」

 理樹は、冷や汗が凍り付いていくのを感じた。

(おわり)

 

 

 
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