No.165783

恋姫たちの夏2 「君を通り過ぎたあとに」

竹屋さん

あれ? 終わらないよ?

おおおっ コンテストどうすんだよっ俺っ

あとサブタイは今回唯一のパロネタより

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2010-08-15 00:52:59 投稿 / 全1ページ    総閲覧数:2600   閲覧ユーザー数:2318

 粘りに粘られた。ボールくさいコースは全部カットされた。

 信じられないほど目がよいバッターなのだ。

 ついに根負けして、11球目がアウトコースに外れ、二番の紫苑が一塁に歩く。

 

「……あっちぃ」 

 

 思わず見上げた空には、原色の「青」と「白」。

 巨大な入道雲が高く高く聳えている。

 夏は今が盛り。

「コーラが飲みてえ」

 無いものねだりと分かっていても、人には押さえきれない欲望がある。

「……やべえ」

 切れかけた気持ちをつなぎ止めようと色々やってみるが、どうにもうまくいかない。

 水やら食い物やら「すぱ」やら風呂やら川のことやらが次々浮かんできて制御がきかない。

 一刀は諦めて『間』を取ることにした。

「……」

 一刀が合図を送ると、それを受けた捕手の凪は主審にタイムを要求し、その後、足にバネでも入っているような勢いでピッチャーズマウンドへ駆け上がってきた。

「隊長!」

 野球をやっているのに相変わらず彼女は一刀のことをそう呼ぶ。

「何処か怪我でも? 肘は大丈夫ですか?」

「大丈夫大丈夫」

 一刀は口元をグローブで隠して手を振った。

「凪のマッサージと月の薬のお陰で、だいぶましだから……とはいえ」

 試合は中盤を過ぎて2点のビハインド。次の打者は三番――愛紗。6本打たれたヒットの内2本は彼女だ。相性が悪い。

 しかもその後、四番が

「……恋かよ」

以下、五番鈴々、六番星、七番焔耶、八番蒲公英、九番はたぶん代打の桔梗。その後は一番に戻って翠、その次はまた紫苑。

「……なんのイジメだって話だよな。このオーダー……」

 人材の顔ぶれなら人類最強。超銀河系軍団といってもいいようなラインナップ。

 これを……

 

「6回3分の2、四球3安打6本塁打2で3点、か」

 

 この前の試合で32得点全員ホームランとかいう超攻撃型のチームが相手なのだ。それを結果的に恋にソロを一本、愛紗にはツーラン一本。

 我ながらよくおさえたもんだ、と北郷一刀は思った。

 

 一刀の野球の経験とて球技大会と高校野球及びプロ野球の観戦程度である。

 彼女たちの天賦の才、すなわち基礎体力と運動神経と純然たる才能によって、一刀のささやかなアドバンテージは瞬く間に食らいつくされた。

 後に残ったのは限られた時間と知識の中での創意工夫。しかしそれも品切れ。鞄の底にはマジックのタネ一つ、残っていない。

 それでも体力も気力もある限りを振り絞った結果として、此処までおおむね満足なポテンシャルなまま、走り抜けた。

 三国無双の英傑を相手に回して、よくぞ此処まで戦ったと自分をほめてやりたい気分である。

 

「俺、がんばったなあ」

 ぽろり、と本音が漏れた。

凪は、一瞬驚いた顔をした後で、破顔した。

「はい! 隊長は我々の誇りです!」

 まっすぐな、凪らしい賞賛の言葉がゆっくりと胸にしみてゆく。

「そっか……」

 凪にそう言って貰えるなら、それなりに何とかなったということだろう。

 胸にしみた言葉を味わって。青空を見上げた。

 

 

 

 6回表。3対1。二死、されど満塁。次の打者は前試合で5打数5安打7打点、この試合も3打数2安打3打点の蜀軍三番、愛紗――関、雲長。

 

 大会7日目 2回戦第2試合。蜀軍対北郷軍。

 

 試合はクライマックスを迎えていた。

 

 

 

 

 恋姫たちの夏~甲子園大会編~2 「君を通り過ぎたあとに」

 

 

 

 

 

 話は戻って――大会初日開会式。

 入場行進で整列した選手たちとスタジアムを埋める都の観衆、そして地方から上京してきた応援団。みんなが見守る中、

 

『……まためぐりくる夏の日に、こころふるわす人がいる……』

 

 第一回天下一品甲子園大会は『数え役萬☆しすたぁず』の長女、天和の独唱――荘重なるアカペラによって幕を開けた。

『あれが、確かに青春と、胸に瞼に 刻み込む」

 しわぶき一つないスタジアムに。8月の日光(ひかり)を照り返す銀桟に。

『時よ、止まれよ 只一度 奇跡起こした若者に…………』

 晴れ渡る青い空に、届けとばかりに、澄み切った高音が、響き渡る

 

「………こういうの、天和ねえさんには敵わないわね」

 設えられた貴賓席。開幕宣言の関係で残念ながら入場行進に参加できなかった一刀の耳に、人和が言うともなしに言うのが聞こえた。

「ああ」と一刀も応じる。

「さすがというかなんというか。歌ってるときは女神様だなあ」

 此処で黄巾党の名を思い出す者もいないだろうが、あの歌声に魅了される者は少なからずいる。

 ある種の貫禄……否。凄味さえ感じさせるほどの歌声だった。

「拡声の妖術を使わないで、こんなマネできるの、三国見渡したって天和ねえさんだけよ」

 自慢してるような、それでいて認めたくないよう口調で地和がいう。

 一刀は目を瞬かせた。

「何で妖術つかわなかったんだ?」 

「あれ? 一刀がねえさんに言ったんじゃないの?」

「俺?」

 一刀は記憶を辿ってみるが、思いあたることもない。

「いや、俺は何も言った覚えがないけどな」

「だって、天和ねえさんがいってたよ。『すぽーつが戦争と違うのはるーるを守って正々堂々競うこと。武器も妖術も薬も使わないんだ』って」

「ああ、そりゃあ」

 そういえば、そんな話をしたおぼえがある。野球ってなに?軍隊同士の模擬戦とはどう違うの?と質問を受けたときの返事だ。

 ――そっか。武器とか使わないんだ。

と、月の光の中で、心から嬉しそうに笑っていた笑顔が思い出された。

 いや、しかし別に開幕式の歌まで妖術禁止なわけでは…… 

「わかってるわよ。『あの』ねえさんにだってそのくらい」

「ちぃねえさん、それ。ふぉろーになってないから……」

 でもね。と人和が言い足す。

「天和ねえさん、『そんな風に頑張る人を励ます歌を歌うなら、歌い手にも相応しい覚悟がいると思う。妖術の助け無しの、今の自分の全力を歌に込めたいんだ』……と、言ってたのよ」

 だから、食事を節制し体調を整え特訓でのどを鍛え直して、今日の『舞台』に臨んだのだという。

「あれで結構、自分たちの歌が大乱を起こしたことに、引け目があったから」

 だから戦争が終わった後、三国を隅から隅まで旅して、歌って……それをずっと続けてきた。「一緒にいたい」という気持ちを胸にしまって。

 国の宣伝のために歌うことも仕事と割り切れば楽しいし、応援してくれる人がいるかぎり舞台に立つにやぶさかではない。黄巾の、魏の、三国の、と属する場所は違っても、自分たちは自分たちの歌を、自分たちと自分たちを応援する人のために歌ってきた。

 そんな彼女が、今日は『自分たち』ではなく、身も知らぬ、別の目的のために集まった誰かのために、歌を捧げた。

 三国一のアイドルではなく、一人の歌い手として、競技に臨む選手たちの晴れ舞台に華を添えるために。

 彼女のいう『覚悟』とはそういう意味だろう。

「……やっぱり、歌ってるときの天和は女神様だな」

 

『…………君よ 八月に あつくなれ 』

 

 歌が終わった後、口を開く者は誰もいなかった。

 波紋のようにさざ波のように、暖かい余韻がゆっくり広がり、やがて小さな花火のような拍手になり……そして

 次の瞬間、観客席は爆発するような歓声で溢れた。

 

「ふーんだ」

 地和は口をとがらした。

「ちぃだってこれから『天使』だもんねー」

 その言葉とともに地和が席を立つ。彼女はこれから運営委員としての持ち場にむかう。

「アナウンス部の仕切りだったよな。頼むぞ」

「まっかせなさい! 大会が終わる頃にはみんなの記憶にはねえさんの歌じゃなくて、ちぃの声だけが残ってるんだから!」

 いや、アナウンスのそのがんばり方はどーかと思うが。

「ふふ。じゃ私も行くから。運営本部にいるから、何かあったら声掛けて」

と、人和も立ち上がる。

 今大会、張三姉妹は大会の演出及び情報管制のすべてに携わっているが、実際の官制の中心にいるのが人和だった。

「一刀さんの試合は?」

「今日の第3試合」

 開会式終了のアナウンスに併せて席を立ち、特設ステージから下りてくる天和に手を振りながら、一刀は人和に答えた。

「『都の駐留兵士連合・同志の会』……ってところが相手」

 人和は眉をひそめた。

「なんだか、強そうなんだか脆そうなんだか、わからない『ちーむ名』ね」

特に『同志の会』のあたりがわからなかった。

 何の同志なんだろうか?

 

◇◆◇

 

「――って、お前らだったのかよ」

 

 試合開始前の整列。向かい合ってみてようやく一刀は合点がいった。

 そこにはどっかでみたような各国兵士が雁首を揃えており、故に何の『同志』なのかのかも(瞬時に)判明したりしたのである。

 ……わかった後では「別に知りたくもなかった」真相だった。

 今回の第一回天下一品甲子園大会には都の様々な部署や勢力のチームも多数参加していて、その結果参加チームは50チームを超えることになったのだが。

 中にはこんなのも混じっている。

 

「大将っ 見損なったっス!」

 ずばっと人差し指を突きつけて曹操軍所属の兵士(沙和の教え子の一人。警備隊では一刀の同僚でもあった。実は黄巾党出身で恋の『本気』の現場に立ち会い、それでも生き残った強運の持ち主。そんな地獄を経てもなお『数え役萬☆しすたぁず』の追っかけであり、人和ちゃんラブな漢の中の漢。以下「曹兵士」と呼称する)が言った。

「人数足りないならなんで俺たちに声を掛けてくれないんスかっ あの夏、共に戦った記憶は!絆は! すべてウソだったんスかっ!」

「そうだっ 自分だけ女の子だらけのチームに入るなんて、この裏切り者っ」

と孫呉所属の兵士(尻マスター。三姉妹中で天和を推すのもその尻ゆえ。蓮華(の尻)のためなら命を賭ける漢の中の漢。以下「呉兵士」と呼称する)が続く。

「呉の人。自分の気持ちに正直なのは貴方の美徳ですが、曹魏の人の前振りをもう少し役立てる努力をしてください」

 そして孫兵士をやんわりとたしなめるのは蜀軍の装備を身につけた兵士(劉備軍で苦しい戦いを続けその日々の中で人格を陶冶し鈴々と朱里の笑顔に心を救われた彼は、美人揃いの蜀軍諸将には目もくれず、ひたすら彼女らを遠くから愛で続ける。そんな彼は紳士の中の紳士といえよう。以下「蜀兵士」と呼称する)である。

 そして「おっぱい」「おっぱい」と腕を振り続ける金色の鎧を纏う二人の男は袁紹配下の兵の兄弟(兄、袁家軍袁紹党おっぱい右派 弟、袁家軍顔良党おっぱい左派。以下兄を「袁家兵兄」弟を「袁家兵弟」と呼称。なお、中道以下路線が存在するかどうかは不明。もしかしたらないかもしんない)もいる。

 一刀と彼らは、かつて夢を分かち合った同志である。しかし今は敵同士。

「敵に回ったからには大将といえど容赦はしません。ぎったぎたのぼっこぼこにしてやるッス! ねえっ菫の兄ぃ! 兄ぃからも大将に何か言うことは」

曹兵士がそう言って、最後の一人を振り返り発言を促したところ

 

「な、なんだ。あれは……」

 

 驚愕のうめき声が上った。声の主は菫卓軍の装備を身に纏った兵士(みんなのまとめ役 竜の一件では一刀の良き相談相手であり副長的立場でもあった。通称「菫の兄ぃ」身分と権力を失い、一刀のメイドとなった月を今も変わらず「お嬢様」と呼んで忠義を捧げ、影ながら優しく見守りつづける漢の中の漢。以下「菫卓兵士」と略称する)であった。

 その言葉に引かれて他の五人も視線の先を追う。

 その視線の先には、北郷軍の「べんち」がある。そこでは……

 

「むー……ほんとにやるの?」

「うん。ちょっと、はずかしいね。この服」

「主様がみたいといったのじゃから、やるのは当然なのじゃ!」

 

 石造り半地下の「べんち」の屋根の上にはちょっとしたスペースがあり、そこには自軍の応援団を配置できることになっているのである。

 北郷軍のベンチの上には、小編成の楽隊と

 

「『ちあ』というのは我らが主様からもらった大事なお役目なのじゃ! 昨日は月も納得しておったではないか!」

「へうっ ……そ、そうです! 北郷軍の勝利はわたしたちにかかっているんだから、がんばらないと! ね? 詠ちゃん」

「うーん。単に丸め込まれたような気がするんだけど」

「詠ちゃん!」

「わかってるわよっ やるってば!」

 

 と、そんな具合に、白に赤のラインが入ったノースリーブのトップ。フリフリの超ミニスカート、白いスニーカー(っぽい靴)に丈の短いソックス、両手に赤いボンボンを持った、月と詠と美羽が、きゃわきゃわと話しながら、振り付けの確認をしていた。

 ――そう。つまり、振り付けというからには、彼女たちはそこで。踊ったり応援したりをするのである。

 踊ったり、応援したり、するのである。

 

「でも、これってさ。足がすーすーするのよね」

 普段は黒いストッキングを身につけている詠も、今日ばかりは潔く生足全開である。

「うん。スソが短いよね。足を動かすと、全部みえちゃいそうで」

「……うう。それはさっきから妾もちょっと気になっておったのじゃ」

 月と美羽に到ってはそもそもスソの短い衣裳自体がもはや「革命」であった。長い髪をポニーテイルに結い上げた美羽と蒼いバンダナ風の布で髪を纏めた月は、華陀謹製の日焼け止め油を塗ってお肌を守る対策を講じた上で、こうして美しい二の腕とすらりとした足を惜しげもなく晒している。

 月も美羽も色々事情があるがいずれ劣らぬ三国屈指の深窓の令嬢。その彼女たちが恥じらいつつも覚悟完了、一世一代の晴れ姿であった。

 

 これ以上の衝撃がかつてあったろうか(いや、ない)

 その事実は漢たちと紳士にとって、これ以上ない衝撃だった。

 

「そ、そんな馬鹿な 許されて良いのか、こんな振る舞いが こんな横暴がっ不公平がっ」

「ぬぐぐっ 鬼だ。大将っ アンタは鬼だっ」

「あ、あれが敵だというのかっ あれと戦えなんて……はっ 張飛将軍っ 孔明様っ すみませんっ すみませんっ」

「兄者っ 俺たちの理想が、美学がっ あああっ魂をもっていかれそうだああっ」

「弟者っ 落ち着けっ 見るなっ 見れば今までの自分自身を否定することになるぞっ」

 曹兵士が、呉兵士が、袁家兵兄が、袁家兵弟がその場で硬直する。(蜀兵士は地面に倒れてもだえている)

 そして

「……お嬢様、賈駆様、ありがとうございました。これで心残りはありません。ああ、これが話に聞く『メイドの土産』というものなのですね」

と、菫卓兵士は真っ白に燃え尽きていた。

 

「………………」 

 

 他人の振りをしていた一刀が、進行できなくて困っている審判に「とりあえず『礼』って声をかけて、勝手に進めてください」と頼んでからため息をついていると、

「………なあ。北郷」

と隣の白蓮が話しかけてきた。

(もと太守で人の上に立った経験があり、その経験がありながらも腰が低くて真面目で人当たりもいい、という理由から彼女はチームの副キャプテンになった)

 礼の前なので、あからさまに顔を向けるのは憚られた。ゆえに目線だけ動かし「なんだよ」と声だけで返事をする。

 むむ。と顎に手を当てた真剣な表情で、白蓮は言った。

「これが、北郷が前に言ってた『キャラ立ち』なのか?」

 確かにモブと考えられないほど、異常なくらいキャラは立ってるかもしれない、が。

「……これを見本にするのはやめとけ」

 一刀は大切な友人のため誠心誠意、真心を込めて忠告した。

 

 なお、付け足しみたいで申し訳ないが

 北郷軍 対 (前略)同志の会 の試合は、13対0で北郷軍の勝利に終わった。

 ……試合開始前に勝負がついていたような気がしないでもない。

 

◆◇◆◇◆

 

 ともあれ、そんなこんなで開幕した甲子園大会。半分くらいは、興味半分の愛好会チームだから、二軍までつくって質量ともに拡充させている華琳の「曹魏軍」や逆に徹底的に絞り込み少数精鋭をたたきあげている蓮華・冥琳の「孫呉軍」のようなチームはそんなにない。一回戦はある意味サービスステージといってもいい。

 本当の戦いは二回戦から。

 有力チームの指揮官たちはみんなそれを承知していた。

 そしてここで問題になるのは組み合わせである。一つでも上に行こうと思えば、体力的精神的につぶしあいになるような有力チームとは二回戦とかではあたりたくない。

 ことに北郷軍のように寄せ集めっぽいチームとしては、二回戦くらいは楽な相手とあたりたいものであった。

 

「なんだ。意外に頭を使う要素もあるんじゃない」

 ある昼下がり。

 大通りを市場の方へむかう一刀と詠の姿があった。彼女は(残念ながら)早々にもとのメイド服に戻っていた。

「こんなことならもうちょっと勉強しとくんだったわ」

 よそのちーむに好き勝手やられるのも癪だし、などとのたまう。

 ……その生足で相手チームを精神的に壊滅させたことに、この稀代のうっかり軍師は気づいてなかった。

 まあ、それはともかく。

「それにしても、白蓮が野球に詳しかったのは意外だったわね」

「うん」

と一刀はうなずいた。一刀は北郷軍の主将であり同時に監督やコーチも兼ねている。チームが寄せ集めである以上、彼らの最大の武器は三国において最大最高の精度を誇る一刀の野球知識。作戦立案から技術指導まで一刀の役割は幅広くまた仕事量も多い。

 この点、副キャプテンを引き受けてくれた白蓮には感謝しなくてはいけない。大会本部との折衝や相手チームとの打ち合わせといったことをほとんど一人で引き受けてくれている。彼女が外向きを引き受けていてくれるおかげで、一刀は選手に集中できているのだ。

「まったく、よくぞ最後までどこのチームにもいかずに残ってくれたもんだよなあ」

 そういいながら、白蓮がメンバーに入ってくれた時のことを一刀は思い出した。

 

 雪蓮と七乃と朱里と(美羽をおんぶした)一刀が白蓮の屋敷(うち)を尋ねたのは、すでに日が落ちてからだった。

(蜀の練習場から、ぞろぞろ移動したのだ)

 白蓮は突然訪ねた一堂を見て、その纏まりのなさにひどく驚き(そりゃそうだろう)つつも、自分の部屋に通し、チームに参加してほしい旨を伝えると快く承諾してくれた。

 聞いてみれば野球の知識も技術も体力もそこそこにあるという。なかなかの人材を無事確保できたことに、一刀と雪蓮は安堵した。

「いやーいきなり仲間に入って何にも知らなかったら、他の人に迷惑だからな。いつ呼ばれても言いように準備してたんだ」

と、彼女は笑った。ひとりでこっそり勉強したり練習したりしていたのだという。

「そ、そっか……」

 笑う白蓮の背後の壁に『がんばれ! 白蓮ちゃん! 甲子園!』と書かれた桃香直筆の貼り紙(イラスト入り)を見付けた時、一刀と雪蓮は感動するよりも先に涙を禁じえなかった。

 ……助かった。白蓮が仲間になってくれたのはすっごく助かったんだけど……桃香。

 こんな貼り紙を書くくらいなら、忘れず誘ってやれ。

 

 ともあれ、北郷軍はそこそこ頼りになりそうなメンバーを追加して陣容を補強し……

 さらに寄せ集め感を増したのであった。

 

 

「それで? 二回戦の組み合わせはくじ引きなんだっけ?」

 

 そう。まさしく本日、玉座の間でくじ引きが行われている。くじ引きの模様は張三姉妹の、というか主に人和の尽力で、市場の特設ステージでも見れることになっている。

 一刀と詠はその市場の特設会場に向かっているのだ。

 

 実は北郷軍には深刻な不安要素がある。願わくば、魏、呉、蜀と麗羽の袁家軍、それから強豪各州選抜とはあたりたくない。勝ち残って二回戦に進んだチームの内、青州・徐州・荊州・西涼の四つは人材も揃い、都のチームにも決して引けを取らないらしいし。

「ああ、馬家の二人や孫乾と麋姉妹も里帰りしてたわね」

「うん。あと法正と張任もな……こっちに残って、しかも練習にも参加しなかったのって簡雍くらいだよ」

「……筋金入りね。あの飲んだくれ」

「とにかく、うちはもう少し調整の時間が必要なんだよ」

 青空をまぶしそうに見あげて一刀はため息をついた。

「せめてもう一試合、楽なところと試合をしたい。そしたらなんとか」

「なるの?」

「……たぶん」

 神頼みなんて常日頃はしない一刀であるが、とにかく今は奇跡にすがりたかった。

「天和にお祓いでもしてもらおうかな?」

「一国の主が宗教に淫するとロクなことにならないわよ。悪いこと言わないからやめなさい」

 ああ、この際贅沢はいいません。せめて魏・呉・蜀にだけはあたらないでください、と一刀は手を組んで空に祈った。

 魏・呉が強力無比なのはいわでもがな。実は蜀だってとんでもないのだ。一回戦の相手がこれも一応強豪と前評判の高かった楊州選抜だったのに、終わってみれば42安打32得点、先発全員本塁打などいうトンデモない試合をやっている。

 噂では練習時間を全部打撃に振り向けて力のある限り打ちまくっていたらしい。

 いかにも桃香らしい、大雑把さと思いっきりである。

「あそこは、ノリと勢いがすべてだもんね」

 お前らは、バースがいたころの阪神タイガースかっ。

 

 ……と、そんなことを話している内に、二人は市場の特設会場まで来ていた。

 

「どれどれ。だいぶ進んでるな」

 見れば仮設の芝居小屋の中に大きな白布が吊るされ、そこに抽選会場の玉座の模様が映し出されている。同時中継だ。

 妖術ってべんりー。

「ほんと……あ、白蓮が映った」

「ああ、ちょうどよかった白蓮がくじ引きに行くところだったんだ」

「わはは、何よあの子、がっちがちじゃないの」

「注目されるのになれてないからなあ」

 

「……」

「……」

 

「――白蓮!?」

 

 一刀と詠は顔を見合わせて怒鳴りあった。

「よりにもよって白蓮をくじ引きに行かせるとか何考えてるのよっ 二回戦は強いトコロとあたったらダメなんでしょっ」

「で、でも副主将……」

「だって、白蓮なのよっ……」

「……いや、さすがにそんな、いくら白蓮だって、こんな場面で」

「こんな場面こそ予想通りに残念なコトになるから白蓮なんだってば!」

 

 うわあああ、と歓声が湧く。

 画面の真ん中で、白蓮がこっちにむかって手を合わせて謝っているのが見えた。

 ……なんで俺が見てるのがわかるのかなーとか現実逃避しつつ、一刀は画面を追った。

 

 会場の大きな掲示板に出場チームの名前を書いた組み合わせ表が掲げられている。

 そして

『北郷軍』の名札をもった桂花がそれは嬉しそうな顔で、組み合わせ表に近寄ってゆき、『そこ』に名札を掛けた。

 

 大会7日目 2回戦第2試合。蜀軍 対 北郷軍。

 

 ある意味『期待通り』に。

 北郷一刀の期待は、最悪の形で裏切られた。

                                   つづく

 


 
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