No.165265

恋姫たちの夏 ~甲子園大会編~

竹屋さん

本来は、コンテストに応募しようとおもっていたのですが、半分書き終わったところで「つづく」的に切りたい思いやまず、コンテスト出品とは別に投稿することにしたしました。

別名「乙女ドアホウ甲子園」

……

2010-08-12 17:52:59 投稿 / 全1ページ    総閲覧数:2987   閲覧ユーザー数:2666

「甲子園?」

「はい!」と朱里は元気に返事をした。

 

 戦争が終わり平和が訪れた三国だが、平和になったが故に戦に人生を賭けていた武将達が欲求不満になるという豊臣政権と同じ悩みを抱えてしまった。

 さりとて倭国出兵などという手段を執れようもなく、現代人である北郷一刀が思いついたのはいかにも現代人らしい

「スポーツで発散しよう」

と言うモノであった。

 そこで『都』でサッカーボールと野球道具を量産。三国十三州に無料配布したのは少し前のこと。

 よほど力が有り余っていたのだろう。まず夏に都で開催される野球大会への希望申請が「あっ」という間に出そろい、ついでに都に作られていた試合場も無事に竣工した。

 その試合場の名前が『甲子園』。なんでも今年は干支で言えば「甲子の年」にあたるのだそうで、朱里に言わせると

「甲子の歳には大きく世が変わるといわれているのです。ご主人様が三国の争乱を治められたのだからぴったりですね」

とのことであった。

 ちなみにサッカーの大会は冬に行われる。「天の御遣い北郷一刀様皇帝みたいな立場就任おめでとう記念杯」と銘打たれたその大会は、全てのチームがトーナメントで競う大会で、略して「天帝杯」と呼ばれている。

 けっしてピラミッド早登り大会ではないし、双子であるが故に天を二つに割ったりもしない。

 

 ともかく。

 平和な催しで将兵の欲求不満もいささか解消されるとあって、準備は急ピッチで進められた。

 朱里と雛里も一刀の片腕となってがんばった。

 道具の製造と配布を都の朱里が、野球とサッカーの普及活動を雛里が担当して、何とか大会開催までこぎ着けたのだ。

 ご主人様に喜んでほしい。その一心で。

 あの引っ込み思案な雛里が自分から地方を回ることを申し出たくらいである。

 そして朱里もまたこの場にいない雛里の分まで一刀をサポートしようと奮闘していた。

 しかし

 

「そーかー、もうそんな季節かー」

 夏と言えば甲子園だよなー等と一刀が入道雲を見上げているので

「ご主人様はどうするんですか?」

と朱里が聞いてみると。

「うん。そろそろ声を掛けてメンバーを集めないとな!」

なんて返事が返ってきた。

 

 それを聞いて朱里はこっそりため息をついた。

 彼女にはこれから北郷一刀が辿るであろう苦難と苦闘の道が、だいたいわかっていたのだ。

 

 

 

   恋姫たちの夏 ~甲子園大会編~

 

 

 

「無理ね」

 

 一刀は最初に声を掛けにきた魏陣営で、華琳にけんもほほろに突っぱねられた。

「だって、ウチはもうチーム練習に入っているもの」

 その華琳の後ろで「せんたー行くぞー」等といいつつ秋蘭がノックバットを握っていた。

「べんち」の前の「ぶるべん」では琉々と季衣が投球練習をしている。

 ぐわらがごきんごがららががんっと異様な打撃音がする方をみれば、春蘭が打撃練習をしていて、打撃投手(平兵士)の球を片っ端から柵越えさせていた。

 

 ……ここはどこの春季キャンプ地だ。

 

「三番から六番まではスキのない打順が組めたとおもうわ。問題はトップバッターの出塁率。琉々か季衣のどちらかを回すつもりだったのだけど、新人を試してみたくもあるわね。あの二人には主戦のバッテリーも任せるから攻撃面の負担までは背負わせたくないし」

 そして、きちんとカタカナに聞こえるスキのない発音で野球用語を操る華琳。

「……えーと」

「話はそれだけ? 悪いけどこれからファーム(二軍)の練習試合を視察する予定なのよ」

「……じゃましたな」

 

◆◇◆

 

「野球はチームプレーの競技だ」

「……」

 くいっと中指でめがねを押し上げて冥琳が言った。

 きれいに整備されたグラウンド。二遊間ででは思春と明命が連携プレーの確認をしている。

 整地されたマウンド。プレートの上で蓮華がクイックモーションの確認をしている。

 バックネットの上には「打倒!曹魏」の横断幕まで掲げられている。

 明確な目標。一糸乱れぬ連係プレー。緊張感のある練習風景。まるで名門強豪野球校のようだった。

「たとえ個人の完成度は低くとも、一人一人が他者を補うことでチームとして強くなることが可能だ」

 

「ね。変でしょ? 野球の練習始めてからずっとこんな感じなのよ」

と、一刀の隣の雪蓮がぼそぼそと耳打ちした。

 魏陣営の練習場から追い出されてとぼとぼ歩いていた一刀を保護した(拉致した)彼女は、ここまでやさしく(強引に)連れてきていた。そして

「一刀のところ面子が足りてないんだって、一人二人空いてるコを貸したげたら?」

と彼女が言った瞬間――冥琳の顔色が変わった。

 一刀は嫌みの一つ二つ覚悟していたのだが、特にそれもなく、彼女は押し殺したような声で話し始めた。

 

「軍を率いる立場にありながら、めったに顔を出さず、たまに顔を出したと思えば自軍の選手を猫の子のように貸し借りできるなどと……」

「…………」

 なんとなく冥琳の言わんとするところが理解できた一刀は黙っていたのだが、雪蓮は自重しなかった。 

「ねー冥琳ってば、聞いてるの? めい――」

「雪蓮」

 雪蓮の言葉を途中で遮って、冥琳が言った。

「野球はチームプレーの競技だ」

「だから、それは何度もきいたって――」

「だから……今回、お前は数に入れていない」

「……はい?」

 すっと、孫呉の柱石・美周郎はその名の通り美しく手入れされた指先を『だぐあうと』に向けた。

「出て行け」

 

◆◇◆

 

「もー失礼ねー 何が『お前は、数に入れてない』よっ。あったまくるうっ」

 

 呉で数に入れてもらえなかった雪蓮は、成り行きで一刀についてきていた。

「ほらほら何ヘコでんのよ。こーなったら呉も魏もまとめてぶっとばしてやらなきゃいけないんだからね! 一刀にはこのあたしがついてるんだから大船に乗った気でいなさい。大船にっ」

 なんでだろーな。その船が残らず火を噴いている映像が脳裏をかすめるのはー

「……まあ、心強いっていえば、心強いよ」

 なんと言っても孫呉の小覇王である。これほど頼りになる味方はいない。

 

 二人で昼ご飯を食べた後、市場から大通りへと知り合いの顔を探しながら歩きつつ、とりあえず蜀陣営の練習場に向かっていた。

 しかし、今までの陣営を見る限り、どんな対応が待っているか想像がつく。人が余っている可能性は非常に少ない。

 一刀はとりあえず脳裏に浮かんだメンツを指おって数えた。

「雪蓮だろ、凪、沙和、真桜の三人、月と詠……」

「手の届くところにいる」観のある、いつものメンツである…が、

「……あたしと三人はともかく、最後の二人はだめなんじゃない?」

 ま、そうなのである。でなければ人を集めるためにこんな苦労をしていない。

「というか、桃香や恋はどうしたのよ? あの子たちはいの一番にあんたのチームに入りたがるでしょうに」

「桃香は愛紗に引きずられていった」

 やー、ご主人様と一緒がいいのにーとか泣き叫びながら。

「恋は……」

「恋は?」

「『ちん○と一緒のちーむなどもっての他なのですっ』って、ねねに隔離された後、紫苑の説得(料理)で蜀に下った」

「……『すぽーつ』って、意外と露骨に人間関係がでるのね」

 戦争の方がまだしも遠回しのような気がするわ、などと雪蓮が呟く。

 そうかもしれない。なまじ命の危険や人生の岐路とかないので、そのあたりが露骨にでるのかも。

「どーしたもんかなー」

「そーねえ」

 

「はっはっは。主様よ。こまっておるよーじゃのー」

 

「……とりあえず、白蓮に声を掛けてみるか」

「そんなところかしらね。桃香が忘れてたらみんな忘れてるだろ―し。……まだ残ってるんじゃないかしら」

「だな。うん。こんなときこそ前向きにいかないとな」

「そうよ。一刀はそーでなきゃ」

 

「…………」

 

「……」

「……」

 

「…………(ひっぐ)」

 

「ごめん。わかった。わかったから!」

 通り過ぎて十歩ほど歩いた後、慌てて戻ってきた一刀は、駄菓子屋の前で(何故か)ミカン箱の上に乗っていた美羽の元へ駆け寄った。

「一緒に野球やろうな。仲間に入れてやるからなー」

「(ぐずぐず)ほ、ほんとかえ?」

「ほんとほんと!」

「妾は一緒にいてもよいのか?」

「頼りにしてるからな、いっしょにかんばろーなっ」

「(ぐっすん)うん。主様と一緒にがんばるのじゃー」

 

 遠目にそれを見ていた雪蓮は頭を押さえた後で呟いた。

「……あんた、最初から見てたんなら、最後まで面倒見なさいよ」

「ああん。お立ち台にまで乗って声かけたのにガン無視されてべそかく美羽様かわいいっ」

 となりでもだえている七乃は、聞いちゃいなかった。

 

◆◇◆

 

「とりあえず、主力選手には一巡するまでに一個ずつデットボールを急所を狙って当ててですねー」

「だーっ そんなこと出来るわけ無いだろ!」

「え? それってだめなの?」

「だめだっ!」

 

 そんなことを怒鳴り合いつつ、夕暮れの場外野球場に来てみると、すでに誰もいなかった。

 蜀の練習は終わってしまったらしい。

 

「もー美羽が中々泣き止まないもんだからー」

「いやー、ご主人様と同じ組になれて安心した直後に孫呉の小覇王と同じ組でもあることに気づくなんて、お嬢様ってば、うっかりやさん☆」

 

 肝心の美羽は泣き疲れて一刀の背中で寝こけている。

 

「……まあ、練習終わったのならしょーがないな」

 帰ろうか。と雪蓮と七乃を振り返った彼の袖を

「……一刀」

と雪蓮が引いた。何かと顔を見ると、目でバックネットの横を見るように促す。

 夕暮れの野球場。真新しいバックネットの横に、大きな帽子をかぶった小さな人影があった。

「朱里……」

 そこになにやらノート大の本のようなモノを抱えた朱里がいた。

「どうした。みんな、その……帰ったらしいのに」

「蜀の練習はずいぶん前に終わりました」

「だったら……」

「私は野球は出来ないので、練習には加わってません」

「……」

 一刀は何も言わない。雪蓮も七乃も何も言わなかった。一刀の背中で美羽が身じろぎをしたが、何も言葉はでなかった。

「だから、掃除とか洗濯とか道具の準備とかで、皆さんが頑張れるように何でもお手伝いします。だからっ」

 ぺこり、と頭を下げる。

「わたしをご主人様のチームに入れてくださいっ」

 ――おそらく。

 一刀が人数を集められなくて困っていることを知って協力したいと思ったのだろう。

 でも、自分自身は野球ができるわけでも、野球の知識があるわけでもない。ことに智恵で一刀を補佐してきた彼女が得意分野で何の役にもたてないというのは、いたたまれないだろう。

 それならそれで、大会の運営側に回る選択もある。実際魏の軍師達や、呉の穏、張三姉妹、華陀や漢女たちは運営委員会の一員だ。

 それでも彼女は一刀の「傍らで役に立つ」道を選んだ。

 一刀はうつむいたままの朱里のあたまに「ぽん」と手を置いた。

「ありがとな。朱里」

「………はい」

 幽かな、でもしっかりした返事が返ってきた。

 

「なんだかんだで、人数だけは集まりそうね」

「ご主人様の偏った人徳のタマものですねー」

 

 その「タマ」じゃねえ、とだけつっこんでから、一刀は頷いた。

 

「甲子園大会、楽しくなりそうだな……」

 

 

 

 ――どう考えても寄せ集めのこのチームが、奇跡の快進撃を始めるのは、もう少し後。

   青い空に高く高く入道雲がそびえ立つ夏のある日。全土から集まったチームが覇を競う天下一品甲子園大会の初日、第三試合からのことになる。

 

 

 

 


 
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