No.163230

『暑苦しい漢(おとこ)達の熱い夏物語』

藤林 雅さん

引き続き『恋姫†夏祭り!』を支援中。
文字数カウンタを利用しつつなんとか100,000文字におさめました。という訳で最後の方がちょっとガタガタ気味ですが、皆様に少しでも楽しんで頂けたら幸いです。
あんまり『夏』と関わりないような気がしますが、こんなんでもよろしいのでしょうか?
それよりも心配なのは……需要あるのかなこの面子。

2010-08-04 12:38:32 投稿 / 全7ページ    総閲覧数:5119   閲覧ユーザー数:4314

 見上げれば太陽の陽射しがまだギンギラギンに眩しい夏の昼下がり。

 

 城の木々が茂る中庭の端で一刀は、木陰に隠れて涼をとり、午前中に行った政務の疲れを取るため地面に転がって少し午睡をとっていた。

 

 愛紗などが今の一刀の姿を見れば、「ご主人様がそのようにだらけてしまっては、他の者達に示しがつきません」と諌めたに違いない。

 

 だが、愛紗に限らず都に居た皆の殆どは現在、それぞれの国許へ帰っていた。

 

 別に意図的なものではなく偶然に各国の日取りが重なっただけの事なのだが、今、都の城内に居るのは、一刀付きのメイドである月と詠に南蛮王こと美以とその配下であるシャム、トラ、ミケの三匹組だけであった。

 

 故に一刀は気兼ねなく休息をとっていた訳なのだが、誰かがこちらに向かって走ってくるような音が聞こえてきて、まどろみから意識を覚醒させる。

 

「ご主人様!」

 

 一刀の前に現れたのはメイド服姿が今日も眩しい月であった。

 

「何かあったのか月?」

 

 自身の上半身を起こして、何やら慌てている様子の月に問いかける一刀。

 

「美以ちゃんたちが、夏の暑さが原因で倒れちゃったみたいなんです!」

 

「えっ!」

 

 殆どの者が出払った都である事件と外史の物語が始まろうとしていた――

 

 

タイトル 『暑苦しい漢(おとこ)達の熱い夏物語』

 

 

 月の案内により、城の一角にある美衣とその部下達が利用している室内の中で一刀が見たものは、部屋の中央に敷き詰めた藁の上で力なくうつぶせになってそれぞれ項垂れている美以とシャム、トラ、ミケの三匹の姿であった。

 

「美以、どうしたんだ!」

 

 一刀は皆の苦しそうな表情を見ていてもたってもいられなくなり、美以に駆け寄り彼女の上半身を抱いて起こす。

 

 うだるような暑さの中でみんながへばっていても、南蛮育ちの彼女らは元気に走り回っていた。

 

 故に一刀は目の前の光景が信じられずにいたのである。

 

「……にぃ? はぁ、はぁ、はぁ、くるしいのにゃー」

 

 いつも元気一杯な美以の辛そうな表情に一刀は心を痛める。

 

 他の三匹も美以と同様に苦しそうに息をしていた。

 

 一刀が美以の額に手で触れてみると彼女の体温が、異常なまでに高くなっていることに気付いた。

 

「くそっ! こんな時に限ってみんな国許へ帰っているし、どうしたらいいんだ……」

 

 美以達を救える手立てを考えつつも、皆の助けが得られない状況に、それ以上に自分の情けなさに、一刀は悔しさを表情に滲ませる。

 

「月! この子達を助ける方法を見つけたわよ」

 

 そこに本を片手にメイド服姿の詠が現れた。 

 

 が、部屋の中に一刀が居るのを見るや否や詠は、露骨に嫌そうな表情を浮かべてきた。

 

「詠ちゃん。ご主人様に意地悪しないで美以ちゃん達を助ける方法を教えてあげて」

 

「うっ……」

 

 月に悲しげに諭されて詠は、渋々といった様子で一刀に説明をはじめる為に重い雰囲気の中、口を開いた。

 

「ボクの故郷に伝わる秘伝書の中にどんな病にも効く、熱さましの薬についての記述が見つかったのよ……それによると朱雀の羽、生命の酒、高麗冬虫夏草、神鍼(しんしん)の四つが必要とされているわ」

 

「その四つの材料は何処に行けば手に入るんだ?」

 

 一刀の問いに詠は溜め息を吐いて眼鏡のブリッジを指で押さえる。

 

「だいたいはわかるけど結構、危険なのよ。朱雀の羽なんかは本物から拝借するしか方法が無いし。愛紗や鈴々のような豪傑がひとりもいない今の状況では――残念だけど事実上無理って事ね」

 

「――それでも美以達を救う為なら」

 

 詠の話は理解出来るが、苦しそうにしている美以達をこのまま放っておけない一刀は立ち上がった。

 

「ちょっ! ボクの話がわからないの!?」

 

「……ご主人様」

 

 態度は違うが、詠と月はお互いに一刀に危険なことをして欲しくないという想いから、彼の行動を良しとせず押し止めようとする。

 

 そんな一刀達の前に立ち塞がるようにして数人の男達が現れた。

 

「北郷さま。そのお話悪いとは思いましたが、聞かせて頂きました」

 

「大将、俺達も一緒に連れて行ってくださいッス!」

 

「もちろん置いてけぼりは、無しだぜ大将」

 

「弟者。腕が鳴るな」

 

「兄者。その通り」

 

 目の前に現れた蜀兵士、魏兵士、呉兵士、袁家兵兄、袁家兵弟の五人が口々に一刀に同行の意を示す。

 

「お嬢さま、賈駆さま。将軍達に代わって俺達が、大将を守ります。どうか、お許しを」

 

 最後に一刀を含めたみんなの兄貴分である董卓兵士が恭しく頭を下げて、月と詠に許可を申し出る。

 

「お前達……」

 

 一刀は盟友達の友情に目頭が熱くなるのを感じていた。

 

「大将。泣くのは、南蛮のお姫様達が助かってからにしましょう」

 

「ああ、今はその時じゃないぜ」

 

「ノゾキも龍退治も楽しんだ仲じゃないっスか!」

 

 蜀、呉、魏の兵士達が、一刀を励ます。

 

「ちょっと……アンタ達。今、聞き逃せない言葉があったんだけど――まだ、性懲りもなくノゾキとかくだらないことをしてんの?」

 

 さすがは、賈駆文和。重要な部分は聞き逃さない。

 

「い、いや、誰もこの前の休日に大将と顔良さまのパンツなんか覗いていません!」

 

「! 兄者っ! なんかとはなんだ! 顔良さまのパ、パンツを拝見したとゆうのかっ!」

 

「ま、まずい落ち着け! 袁家の!」

 

 詠の言葉に袁家兄が反応し、その内容に袁家弟が興奮する。それを必死に宥める董卓兵士。

 

 話を聞いていた月が俯いてしまった。

 

「ゆ、月、ご、誤解だこれには深い訳が……」

 

 一刀の苦しい言い訳である。

 

 実際は、訳も何も無い。ただ欲望の赴くままに女の子の下着を堪能していただけであった。

 

 わたわたとしている一刀をどう思ったのかはわからないが、月はゆっくりと顔を上げる。

 

 そして、一刀から少し視線を逸らして口を開く。

 

「あ、あのご主人様がどうしてもっておっしゃるのなら……そ、その閨でなら私――」

 

 もじもじと恥ずかしそうに頬を朱に染めながらそう呟く月。

 

 ――月の天然が普段より強めなのは、きっとこのうだるような夏の暑さの所為なのかもしれない。

 

 まあ兎に角、こうして再び、己の欲望の為に龍までを退治した漢(おとこ)達の熱い戦いが始まるのであった。

 一刀達一行は、詠より美以達を助ける為に必要となる物がある場所を示した地図を頼りに冒険を続ける。

 

 北にある洞窟の中でしか生えない貴重な高麗冬虫夏草。

 

 年中一定の温度と洞窟の地下水に遠く離れた地上から差し込む僅かな日光が奇跡を起こす幻の薬草として、薬師や医者の間では半ば伝説となっていた。

 

 一年に一度夏の季節にだけ高麗冬虫夏草は、その洞窟の中で花を咲かせるのである。

 

 一刀達はそれを求め、危険のつきまとう洞窟へと足を踏み入れた。

 

 道中、崩落に巻き込まれたり、狼や熊に襲われたり、薬草と間違えて口に入れてしまい大変な目にもあったが、互いに協力して遂には、最深部にある高麗冬虫夏草が生える場所へと辿り着いたのである。

 

 だが、そこで思いもしないモノと遭遇してしまう。

 

「……いやぁ、今回は正直、朱雀から羽をとってくることが一番難所って思っていたんだが」

 

「いきなり、コレとは予想外ですね」

 

「全くだ」

 

 呉兵士、蜀兵士、董卓兵士が互いにウンウンと頷きあう。

 

「ちょ! 皆さん! そんな悠長な会話をしている場合じゃないっスよ!」

 

 魏兵士の言葉通り、目の前では――

 

「弟者! 大将を引っ張り出せ!」

 

「応! 兄者!」

 

「しょ、触手プレイはイヤー!」

 

 洞窟の中心部に生えた大樹がまるで生きているかのように蠢き、枝を伸ばして一刀をがんじがらめにして宙吊りにして、それを助けようと袁家兵兄弟が必死になっている光景が繰り広げられていたのである。

 

 蠢く大樹は、高麗冬虫夏草を守るガーディアンのような役目なのであろう。

 

 ――まあ、結局一刀の貞操は守られ、蜀兵士の機転で何とかガーディアンを火にかけて倒す事に成功した一行は、高麗冬虫夏草を手に入れることが出来たのであった。

 続いて西に向った一行は、生命の酒と呼ばれる幻の酒を求めて、ある隊商(キャラバン)を訪ねる。

 

「この隊商で、生命の酒を扱っていると聞いた。それを譲って欲しいのだが」

 

 董卓兵士の申し出に隊商の長と名乗る初老の男性は、「ふむ」となにやら考え込む。

 

「どうした? 金ならある程度融通が聞くが問題でもあるのか?」

 

 呉兵士の言葉に長は、手を横に振った。

 

「とんでもございません。お客様が仰るように生命の酒はあります。・・・・・・ですが」

 

「何か、問題でもあるっスか?」

 

 歯切れの悪い長に魏兵士が理由を尋ねる。

 

「はい。恐れながら、私達は商品として生命の酒は扱っておりません。私達商隊が扱っております品は――」

 

 長は、後ろのあるテントの幕を勢いよくバッと開けた。

 

 そこには――

 

 小麦色の肌の女性、金髪に透き通るような肌を持った女性に中には黒髪をした女性もいた。しかも年増の女性、一刀と同年代、さらには小さな女の子など、様々な女性達がテントの中に所狭しと終結していたのである。しかも全員美人であり、殆ど水着よりも布地が少ない妖艶な格好をしている

 

「こ、これは……はーれむというやつですか!」

 

 蜀兵士が、恥ずかしさで頬を朱に染めながら目の前の光景を言葉に表す。

 

 商人が扱っている商品とは女の子達であった。

 

「あら、かわいいお兄さんね」

 

 そのなかのひとりの女性が一刀達の存在に気がつき、一番近くにいた袁家兵弟にぴったりと自分の体をくっつけてきた。

 

「あわあわ・・・・・・兄者! ど、どうしたらいい!?」

 

「お、おちつけ弟者! こういうときは――」

 

「うふふ。たくましいのねアナタ」

 

 今度は違う女性が微笑みながら袁家兵兄の腕を取り、豊満で柔らかい胸を惜しげもなく押し付けた。

 

「私達は、こういったものを扱っている商人でございますれば、その接待におきまして酒などをご用意させて頂いております」

 

「それでは、生命の酒が欲しければ女を買えと?」

 

「はい。左様にございます。……しかしながら、生命の酒は希少品にございまして――」

 

 董卓兵士の言葉に長は、もみ手をしながらこちらの様子を伺っている。

 

「ここの隊商にいる者達を全て買って頂けるならお望みのものをお譲り致します」

 

「なっ! それは横暴っスよ!」

 

「……我々の足元を見ていますね」

 

 長の提案に魏兵士が驚きの声を上げ、蜀兵士が冷静な分析を行う。

 

「・・・・・・買った」

 

「「「「「「「えっ!?」」」」」」」

 

 今まで静観していた一刀の言葉に兵士達のみならず、商人も間抜けな返事をしてしまう。

 

 一刀は手持ちの金では足りないので、紙を用意させ借用書をしたためていまだ驚いている様子の長と契約を交わす。

 

 そして、一刀はこれ以上までにない真剣な表情を浮かべて兵士達と向き合った。

 

(苦しんでいる美以達の為に一刻も早く生命の酒を手に入れなきゃならない。それを思えばこれぐらいの出費何でもないさ)

 

「俺は一度でいいから、ハーレム遊びをしてみたかった。これぞ正に漢の浪漫だぜ!」

 

「・・・・・・大将、落ち着いてください。カッコつけても興奮のあまり、本音と建て前が逆になっていますぜ」

 

 董卓兵士の突っ込みに誰も反論するものはいなかった――

 隊商の女性を買った一刀達は、酒池肉林の宴をその身に体験することになった。

 

 一刀のきっぷのよさに買われた女性達のサービスも上々である。

 

「お嬢さま、賈駆さま、俺は、俺は~」

 

「きゃ! もう、お客さんたら」

 

 小麦色にウェーブのかかった髪とほんわかとした雰囲気の女の子にお酌をされた董卓兵士がその少女によった勢いで抱きついていた。

 

「……これは夢なのでしょうか?」

 

「はい。もっと、ぐぐっーーと、どうぞ」

 

 八重歯と笑顔がチャーミングな小柄の女の子に膝に乗ってもらいながら酒を杯に注いでもらう蜀兵士の目の端にはうれし涙が浮かんでいる。

 

「お、俺もそう思うっス! でも、こんな桃源郷のような夢なら醒めないで欲しいっスよ!」

 

「はーい。注ぎますよー」

 

 魏兵士も鼻の頭にソバカスがある眼鏡をかけた明るい感じの女の子にお酌をして貰いながら、自分の頬を抓っていた。

 

「さすがは大将! だな兄者」

 

「ああ、そうだな。弟者」

 

 袁家兵兄弟も先ほど、抱きつかれた美しい女性達にお酌をして貰いながら酒を飲み干していた。

 

「ああ……孫権様に似た女の子に膝枕をして頂けるなんて俺は、なんと幸せものなのだろうか……」

 

 呉の兵士は肌や瞳の色は全く違うが、以前の髪型をした蓮華の雰囲気にどことなく似ている女の子に膝枕をして貰っている。

 

 で、肝心の一刀は――

 

「はーい、一刀さんどーぞ」

 

「……」

 

「何よ、アンタ。もしかして、アタシ達じゃ不満ってな訳?」

 

 何の因果か、ちっちゃな女の子達を侍らせて両手に花の状態であった。

 

「……どっかで会ったことない?」

 

 一刀は両脇に侍らせているお団子頭に首輪、着ている服も格好もそっくりな双子の女の子こと大喬、小喬と名乗る女の子達の顔をまじまじと見ていた。

 

「い、いきなり口説いてんじゃないわよっ! ア、アンタの事なんか知らないわよ」

 

 つり目が印象的な小喬が一刀の言葉に過剰に反応する。しかしながらその頬はちょっと朱に染まっていたり。

 

「え、えっと一刀さんが私達をお望みでしたら、閨を用意していますのでどうぞ可愛がってください」

 

 妹とは対照的に優しげな瞳をしている姉大喬は、指と指を重ねて恥ずかしそうにモジモジとしていた。

 

「お、お姉ちゃん!?」

 

 そんな大喬の態度に小喬は、目を見開いて驚きの表情を浮かべるのであった。

 

(んー思い出せない。もしかしたらねねにどこか似ている声がそう思わせているのかも知れないなぁ)

 

 一刀は大喬にお酌をして貰った酒を口につけながらそんな事を考えていた。

 

 こうして漢達にとって夢のような酒池肉林の宴は過ぎ、目的であった生命の酒を手に入れる事が出来た一行は次の目的地へと向うのであった。

 南へと足を向けた一行の次なる目的は朱雀の羽。

 

 守護獣としても名高い神獣から羽根を得るという難関に漢達は挑む。

 

 龍を倒した時と同じく、様々な苦難を協力して乗り越え標高四千メートルを誇る霊山へを登る。その際、温度差に体が冷え、空気の薄さに高山病にも掛ったりしたが、修行僧の寺院でお世話になり、体調を取り戻した所でようやく目的地の朱雀の巣へと辿り着いた。

 

 今回の目的は羽なので巣に落ちている抜けた羽根が一本でもあればそれを回収すれば事足りる。

 

「あの紅い羽根が朱雀の羽か!」

 

「た、大将!」

 

 一刀は朱雀の羽とおぼしき物を見つけると、呉兵士による制止の声も聞かずに巣の中へと向う。

 

「よし。これがあれば美以達が……」

 

 羽根を手に入れた一刀の上を覆う影。

 

 そして、何かが羽ばたく音。

 

「まあ、そう簡単にはいかないよなぁ」

 

 ゆっくりと振り向くと空に羽ばたく朱色の鳳こと朱雀が一刀をターゲットロックオンしていた。

 

 ぱくりんちょ。

 

 天の御遣いは頭を咥えられ、宙ぶらりんになる。

 

「大将ーー!!」

 

「董の兄ぃ! 落ちつくっス!」

 

 一刀の危機に董卓兵士が身を乗り出すが、必死に魏兵士が腰にへばりついて押し留める。

 

「……しかし、様子が変ですね」

 

「ああ、何か喜んでいるみたいだな」

 

 蜀兵士の言葉に呉兵士が同意を示した。

 

 何故なら朱雀は一刀の頭を咥えたまま、横に振り子のようにブンブンと楽しそうに振っているからである。

 

「もしかしたらあの朱雀はメスかもしれんな兄者」

 

「うむ。さすがは大将。神獣にもモテモテだな弟者」

 

 袁家兵兄弟はウンウンと頷きあう。

 

 ――結局、一刀は朱雀が大人しくしてくれたお陰で何とか助け出され、九死に一生を得ることが出来、羽根も無事に手に入ったのであった。

 

 ちなみに余談だが、朱雀はやはりメスであった。恐るべし天の御遣い北郷一刀の異性吸引力の面目躍如である。本人にとっては最悪の体験であったではあろうが。

 一行は最後の目的である神鍼を求めて東のある町へと向った。

 

 神鍼。即ち、神の領域に達した治療用のはり。

 

 となると、一刀の頭に浮かぶのは一人の漢であった。

 

「一刀? どうしたこんな場所で。辺境視察の一環か?」

 

 町の市でラーメンをすすっている五斗米道の継承者こと華佗を見つける一刀。

 

「あら、ご主人様ったら。もしかしてアタシに逢いに来てくたのかしらん? でもぉ、食事中に逢い来るなんて、ちょっと恥ずかしいわん」

 

 華佗の横で女らしい仕草でラーメンにフーフーと息を吹きかけている筋肉妖怪こと貂蝉の発言を一刀は精神衛生上の観点から無視し、視線すら合わせようとしない。

 

「ぬぅ、さすがはご主人様。あえて無視して、放置することにより漢女(おとめ)を焦らすとは中々のお手前」

 

 卑弥呼と名乗るふんどし姿の巨漢が頷きながら、一刀の行動を褒める。

 

 発言の内容はともかく、ヒモパン姿の貂蝉と並ぶと最早、悪夢と言うしかない光景であり、一刀のみならず当然のことながら、兵士達も視線を合わせようとしない。

 

「……実は、美以達が熱を出して大変な事になっているんだ。詠が言うには、神鍼という道具が必要なんだが。華佗は心当たりが無いか」

 

 変態共を放っておいて、一刀は華佗に神鍼のことを訊ねた。

 

「神鍼? それなら、俺が持っているぞ」

 

「本当っスか!?」

 

 何気なく答える華佗に魏兵士が驚く。

 

「ああ、神鍼というのは五斗米道の技を使って針に気を込めたものだ」

 

 華佗は懐から医療用の針をピッと出す。

 

「それを幾つか譲ってくれないか」

 

「ああ、構わないぞ。本当は俺が診てやりたいんだが……ここの診療を放り出す訳にもいかない。すまないが、俺が協力出来るのはこのくらいだ」

 

 華佗から医療用の針を受け取り、一刀の表情に安堵感が漏れた。

 

「大将。後は都に戻るだけだな」

 

「しかし、ここから都まで数日はかかる。急いだ方がいい」

 

 呉兵士、董卓兵士の言葉に一同は頷き合う。

 

「華佗、ありがとうな。この礼必ず返す……貂蝉、卑弥呼。またな」

 

 一刀は華佗達に短く挨拶を済ませて仲間達と共に屋台を後にするのであった。

 強行軍で都に帰還した一刀達は、街中を走り抜けそのまま城内へと入る。

 

 門番をしていた兵士の制止も聞かずに、廊下を走り抜け、女官や文官達が驚く姿に目もくれず、美以達の居る部屋へと辿り着き、扉をノックもせずに勢い良く開いた。

 

「みんな! 戻ってきたぞ!」

 

 そこで一刀達が見た光景は、

 

「にゃ!? あー兄なのにゃ!」

 

 髪の毛をポニーテイルにした美以。

 

「あにしゃまー」

 

 頭にふたつお団子に纏めた髪型になったミケ。

 

「にぃにぃが帰ってきたにょ」

 

 ショートツインテールになったトラ。

 

「にぃ様、おかえりなさいにゃ」

 

 最後のシャムは愛紗や蒲公英のようにサイドテールに髪型を変えていた。

 

 それぞれが、普段と違う髪型になって元気に出迎えてくれたことに一刀達はあ然となる。

 

「お帰りなさいませ。ご主人様」

 

 美以達に続いて月が少し苦笑を浮かべながら一刀達を出迎えてくれた。

 

「やっと帰ってきたのね」

 

 溜め息を吐いて腰に手をあてながら胸を張るいつものポーズで一応、迎えてくれている詠。

 

「これは一体、どういう事なんだ?」

 

「ご覧の通り美以ちゃんたちは、もう大丈夫です」

 

 月は笑顔でそう伝えてくれたが、さすがに要領を得ないので、一刀は詠へと視線を向けた。

 

「どうやら都と南蛮との気候の微妙な変化に体温調節が上手く出来なかったようなのよ」

 

 詠は、眼鏡のブリッジに人差し指を当てながら淡々と説明をしてくれた。

 

「と、いうことは……」

 

「俺達のしてきたことは」

 

「骨折り損のくたびれもうけだったと言うことでしょうね」

 

 董卓兵士、呉兵士、蜀兵士が顔を見合わせて苦笑を浮かべる。

 

「でもまあ、よかったっスね」

 

「うむ。無事で何よりだな弟者」

 

「全くその通りだな兄者」

 

 魏兵士、袁家兵士兄弟は互いに笑い合う。

 

 漢達は皆、顔も身体も泥やほこりでまみれていたが、誰もが充実した表情を浮かべていた。

 

「……」

 

「兄、どうしたにゃ?」

 

 だが、その中でひとり俯いたままの一刀の様子が変だと気付いた美以が彼に話しかけたその時――

 

「にゃ!?」

 

「にゃー」

 

「にょ?」

 

「?」

 

 美以、ミケ、トラ、シャムの四人は一刀にまとめて抱き抱えられる。

 

 そして、一刀の瞳から漏れた涙が頬を伝う。

 

「どうして泣いてるのにゃ兄?」

 

「へんなあにしゃまにょ」

 

「にぃにぃ、おなかいたいのかにゃ?」

 

「なかないでにゃ。にい様」

 

 一刀は呼びかけに答えずに、ただ、ただ身体を震わせながら美以達を強く抱きしめた。

 

「ご主人様……」

 

「フンッ! まったくこの子たちもアンタも人騒がせね」

 

 月はもらい泣きをし、詠は悪態をつきながらも頬に赤みがさしている。

 

 こうして一刀をはじめとした漢達の冒険は――

 

 

 

 

 

 

「感動の場面に水を差すようで悪いのだけれどもちょっといいかしら」

 

終わらず、いつの間にか一刀の背後に覇王様こと曹操が仁王立ちで立っていた。

 

「……華琳?」

 

 突き刺すような視線を背中から感じた一刀は、美以達から身体を離し、後ろに立っている華琳に冷や汗を感じていた。

 

「あなたが、都を留守にしたと聞いて急いで戻ってみれば、城の入り口で隊商と名乗る者からこんなものを渡されたのだけど」

 

 華琳は懐に入れていた一枚の紙を一刀に差し出した。

 

 その紙を見て、一刀のみならず兵士達もギョッとなる。

 

 要は、隊商で女遊びをした時の請求書であった。

 

「……地方領主の俸給一年分の額をナニに使ったのかしらねぇ」

 

「あはは。こ、これは美以達を助ける為にどうしても必要なことだったんで……」

 

 華琳の冷たい視線に一刀はタジタジになり思わず視線をそらしてしまう。

 

「へぇ……身知らずの女を囲うことが必要なことだったと」

 

「ご主人様!?」

 

「アンタ、どういうことよっ!」

 

 華琳の言葉に月が驚きの表情を見せ、詠が一刀に突っ掛かる。

 

「ど、どうしてそのことを――」

 

 一刀の言葉に華琳は後ろに視線をやり首を少し動かす。

 

「どーもー」

 

「お、お邪魔します」

 

 そこに現れたのは、小喬、大喬の双子姉妹であった。

 

「な、何故、君達がここに?」

 

「何よ! アンタが私達を『買った』からここに来ているんじゃない!」

 

「あ、あのお世話になります」

 

 小喬と大喬の言葉に一刀はあ然となる。

 

「代金にはこの子達を買い取る分が含まれているそうよ」

 

 華琳の宣告に一刀は退路を絶たれ、その場でガクッと両膝をついて倒れる。

 

「どうしたにょ?」

 

「美以ちゃん、みんな。あっちでお菓子を用意しているから行きましょ?」

 

「「「「にゃー」」」」

 

 月がニッコリと微笑んで美以達を安全な場所へと連れて行く。

 

「……覚悟は出来たかしら?」

 

「いっそのこと今後、悪さが出来ないように首輪でも着けた方がいいんじゃない?」

 

 華琳と詠が一刀の前で阿吽の像如く立ち塞がった。

 

 一刀はただチワワのように震えている。

 

「――ああ、アンタ等もこいつと一緒で同罪だからね」

 

 詠の言葉に兵士達も自分達の軽率さを呪うのであった。

 

 その後――

 

 華琳に説教を受け、戻ってきた蓮華には無視され、桃香にプンプンと怒らた挙げ句、他の女性陣からも様々な仕打ちを受ける一刀。

 

 愛紗に青龍偃月刀で折檻され、紫苑、桔梗、祭、秋蘭、ついでに小蓮にも弓の的にされたり、月に泣かれて、恋に悲しまれ、詠の延髄斬りと音々音の後頭部を狙う跳び蹴りという合体技に沈み、桂花に落とし穴に落とされて春蘭の理不尽な怒りを受け、そんな滑稽な姿を雪蓮や星、霞にからかわれる。

 

 そして、鈴々と璃々に添い寝を強要される一刀であった。

 

 最後だけ何か違うような気がするが。

 

 今日も翠と蒲公英と焔耶に訓練と称され命がけの鬼ごっこを展開している一刀。

 

 それを中庭で女性陣から『同罪』と折檻を受けて負傷し全身に包帯を巻いた兵士達が眺めていた。

 

「まあ、あれだな」

 

「結局、皆さんが元気でいられるのは北郷さまがいらっしゃるからという訳ですね」

 

「お嬢さま達も幸せそうで何よりだ」

 

「そうっスね」

 

「うむ。よきかな、よきかな」

 

「そうだな兄者」

 

 蝉時雨の音を聞きながら、夏の日射しを木陰に隠れ一刀達を見守る名も無き兵士達。

 

 こうして一刀達の熱くて暑い夏の日々は過ぎ去っていくのであった。

 

 

 

 終劇


 
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