No.155328

真・恋姫無双 EP.27 黄巾編(1)

元素猫さん

恋姫の世界観をファンタジー風にしました。
夏はとても苦手なので、生産性がガクッと落ちます。ここが一つの山場でもあるので、うまくまとめたいですが……。
楽しんでもらえれば、幸いです。

2010-07-04 22:30:56 投稿 / 全4ページ    総閲覧数:5102   閲覧ユーザー数:4423

 水の中から見上げる空のように、ゆらゆらと揺れていた。浅い眠りと覚醒を繰り返し、時間の感覚すら失われている。目の前で何が起きているのかも、ハッキリと認識することが出来ない。

 覚めることのない、長い長い夢のようだった。

 

(私、何しているんだろう……)

 

 天和は思う。朧気ながら、取り返しの付かないことが起ころうとしているのはわかった。それなのに、自分ではどうすることも出来ない。心と体が、別々になっているのだ。

 お腹が空けばご飯を食べ、排泄もする。眠くなれば目を閉じるし、朝になれば目を覚ます。日常の生活は何も問題なく過ごしているのに、それを天和の心は客観的に見るだけだった。

 

(ちーちゃん、れんほーちゃん……)

 

 視界に映った二人の妹に、天和は心配そうに心の中で呟く。虚ろな目を見れば、妹たちが自分と同じようになってしまっている事は容易に想像出来た。いったいこの先、自分たち姉妹はどうなってしまうのか。

 不安ばかりが、湧き上がって来た。

 

「張角様!」

 

 突然、頭に黄色い布を巻いた男が天幕に入って来た。目の前で膝を付き、頭を下げる。

 

「見張りの者より連絡がありました。一里先に曹操軍の姿あり、とのことです!」

 

 男の声が、天和の脳裏で繰り返される。

 

(曹操軍? いったい何が始まるの?)

 

 声も出せずに戸惑っていると、横から低い籠もった男の声がした。

 

「見張り所はここより五里にありましたね。夕方には、先遣隊が到着するでしょう。戦闘の準備をするよう、各所に通達してください」

「わかりました!」

 

(えっ? 誰?)

 

 いったいいつから居たのか、黒装束の小柄な男らしき者が天和の横に立っていた。まったく気配もなく、今まで気が付かないほどだ。

 しかしそんなことよりも、男の言った言葉が気になった。

 

(戦闘の準備、確かにそう言った……)

 

 会話の流れで言えば、相手は曹操軍なのだろう。けれどどうして、そんな事になってしまったのか。

 

(私たちはただ、大好きな歌を唄っていただけなのに……)

 

 天和の心に暗い影が差す。指一本、自分の意志では動かすことすら出来ない体の中で、ただ、不安と恐怖に震えていた。

 

 

 曹操軍の総兵数は約二十万。すべてを動員するわけにはいかないので、国境や関所の警備に五万を残し、総勢十五万という大軍隊で黄巾党討伐に向かっていた。しかしそれでも、黄巾党本隊約三十万の半分でしかない。

 

「これで袁術が攻めてきたら、間違いなく領地を失うわね」

「南の国境には二万ほどの兵しかいませんので、桂花の策がなければ今回の出兵は難しかったでしょう」

 

 行軍しながら馬を並べ、華琳と秋蘭が話をしている。春蘭は先遣隊を率いており、桂花は輜重隊を率いていた。華琳と秋蘭が本隊として、行軍の真ん中に位置している。

 

「孫策が直々に来るそうね?」

「はい。私兵の五千を率いるという話です。こちらの動向を探るということでしょうか?」

「それもあるでしょうけど、独立の足掛かりという感じかしらね。ふふっ」

 

 楽しげに華琳は笑う。敵が強大であるほど、彼女の心は喜びに震えるのだ。孫策ならば、袁術よりは楽しませてくれそうだった。だがまずその前には、黄巾党に勝たなければならない。

 

「兵数は倍、しかも天然の要害が彼らを守っている。精兵と謳われる我が兵士たちでも、勝利を掴むのは容易ではないわ」

「攻城戦の準備はしておりますが、どれほど役立つか……」

 

 黄巾党の本隊は、山間の窪地に陣を敷いている。左右と背後は断崖に囲まれ、前方には強固な城壁が築かれていた。回り込むことも検討されたが、その道は険しく部隊を送ることは難しい。

 華琳と秋蘭は、互いに意見を出し合ってどう攻めるべきか話し合った。あくまでも雑談の一つだが、その中から何かひらめけばという思いもある。

 そうして行軍の時間を潰していると、輜重隊といたはずの桂花がやって来た。

 

「華琳様」

「どうしたの、桂花?」

「実は義勇軍を率いてきたという者が、黄巾党討伐に参加させて欲しいとやって参りました。いかがいたしましょうか?」

「数は?」

「およそ一万ほどかと」

「そう……ならば本隊の後続に付くよう、指示してちょうだい」

「わかりました」

 

 戻ろうとする桂花に、華琳は訊ねた。

 

「義勇軍を率いる者の名は?」

「はい、劉備という者です」

 

 聞いたことのある名だった。それは桂花も秋蘭も同じなのだろう。

 

「何だか、おもしろくなって来たわね」

 

 華琳はそう呟いて、嬉しそうに笑った。

 

 

 森の中で、馬車を止めた。小川が流れ、丁度良くひらけている。いつも通り、汗を流したいという女性陣と別れ、一刀は一人で薪を集めて食事の準備を始めた。いつの間にか、食事係は一刀になっていたのだ。

 他の人がいる時は侍女役の月や詠が準備をするが、誰もいない時は詠が月にはやらせない。当然、音々音や恋は料理すら出来ないし、お客様扱いの風や稟にも任せられない。

 

(別にいいんだけどさ)

 

 鼻歌を唄いながら、手慣れた手付きで火を起こし、水を入れた鍋を乗せる。作るのはいつも同じ野菜を煮込んだスープだったが、評判は良かった。

 

(やっぱり、おいしいって言われると嬉しいしな)

 

 そんなことを考えながら準備を終えて、後は完成を待つばかりとなって一刀は休憩をする。火加減を見ながら、揺れる炎に一人の少女の面影を浮かべた。

 

「あの子、元気かなあ……」

 

 ほんのわずかな邂逅でしかない。それでも鮮烈に、一刀の心に残った。

 

「あの子というのは、どなたですか?」

「わっ!」

 

 いつの間にか一刀の膝の上に座った風が、顔だけこちらに向けて訊ねた。

 

「あ、あの程立さん? なんで俺の膝に座っているんですか?」

「何でですかねえ? 座り心地が良さそうだったからでしょうか?」

「いや、俺が訊いているんだけど……」

 

 一刀が困っていると、そこに戻って来た恋が固まった。そして無表情でじっと二人を見つめ、一言。

 

「………………ずるい」

 

 すぐさま、恋は風とは反対側の膝に座って来た。

 

「ちょ、ちょっと恋!」

「恋はダメ……?」

 

 思わずぎゅっとしたくなるような、潤んだ目で恋は一刀を見る。この目に逆らえる男は特殊な性癖に違いない、そう自分に言い訳をして一刀は諦めた。

 

 

 四者四様の反応だった。

 月はうらやましそうに、詠はどうでもよさそうで、音々音は怒って、稟は呆れた。ただ、どの視線も一刀には突き刺さるようで痛かった。

 

「とりあえず、食事中はお行儀が悪いのでやめましょうね?」

 

 そんな一刀の説得で、恋と風はようやく膝から降りた。

 

「それで一刀殿、いったいどうするおつもりですか?」

 

 しばらく食事が進むと、稟が訊ねてきた。

 

「先程の街で聞いた話ですと、すでに曹操軍が出発しているとのことです。もはや黄巾党の本拠地に辿り着くことは、難しいのではないでしょうか?」

「そうね、一般人は通行禁止になるだろうし」

 

 稟の言葉に、詠が頷いて続けた。

 

「問題はそれだけではありませんよ」

 

 風が言う。

 

「お兄さんは天の御遣いです。本人がどう思っていようとも、多くの民がお兄さんに希望を見いだしています。そのお兄さんが黄巾党を助けるような行動を取れば、それは裏切りと思われるでしょう」

「黄巾党に家族を殺された者も多いですからね」

 

 一刀は箸を置き、腕を組んだ。

 

「つまり、俺のことを知られちゃダメだと?」

「はい。言い方は悪いですが、天の御遣いであるということは様々なことが優位に運べる、一つの切り札なのです。それをここで無駄にする必要はないと思いますが?」

「うーん……それでも俺は、確かめたい」

「でも曹操軍が包囲する中を抜けて、こっそりと黄巾党本拠地に乗り込むなんて不可能よ」

 

 詠が言うと、一刀は目を閉じて考えた。みんなの言うことはわかる。だが、黙って黄巾党が曹操軍に倒されるのを見ているのは嫌だった。

 

(天和、地和、人和……)

 

 三人の顔が浮かぶ。義賊だった頃はともかく、今の黄巾党の党首が三人だとはとても思えないのだ。もしかしたら、別の人間が党首なのかも知れない。だから、どうしてもそれを確かめたい。そして何か理由があって三人が党首をしているのなら、力になってあげたかった。

 

「……んっ?」

「どうしましたか-?」

 

 突然立ち上がった一刀に、風が尋ねる。

 

「俺だってバレなきゃいいんだよな?」

「はい……」

「いいこと思いついた!」

 

 キラキラと目を輝かせる一刀を見る恋を除いた面々は、嫌な予感しかしなかった。


 
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