No.134966

双天演義 ~真・恋姫†無双~ 八の章

Chillyさん

双天第八話です。

今回の話は越ちゃんをめぐっての馬VS晴信の話?ちょっと考えすぎて焦点がぼやけちゃったかなぁとか思ったり、一回書いて全部消してもう一度書いて……。でもこれが今の私の精一杯。

あと連日更新を期待して待っている方がいるかどうかわかりませんが、ちょっとリアルのほうで忙しくなりそうなので、更新速度がガタ落ちになると思います。忘れられない程度に更新したいとは思います(マッテルヒトナンテイナイヨネ

2010-04-07 19:28:10 投稿 / 全2ページ    総閲覧数:2317   閲覧ユーザー数:2104

 怒号に悲鳴、汗の臭いに血の臭い。負の感情の発露がここには溢れている。怒りと恐怖が思考を麻痺させ、ただ目の前にいる負の感情をぶつけてくる相手に、手に持った鉄の塊をぶつける。そこは醜悪な感情の坩堝。力と運が強いものだけが生き残り、弱いものが死に絶える、ある意味弱肉強食の自然界をそのまま映し出した場所である。

 

 こう言えば文学的に聞こえるかもしれないが、オレは今戦場にいて武器を構えて戦っている。そこには文学のぶの字もなく、ただただ力と運だけが支配する世界だった。

 

 使い慣れたカーボンファイバー製の和弓を用い、オレの護衛のために集められた兵士と一緒に矢を放つ。

 

 多部隊から放たれた何千という矢が、前曲の部隊に襲い掛かろうとしていた賊の先頭集団に降り注ぐ。狙いなどつけてはいない、おおよその位置にあたりをつけて放っているだけ。競技の弓と違い、的に当たらなくとも良い。一斉に射撃することにより点での攻撃ではなく面での攻撃として弓は戦場で活躍する。

 

「もう一斉射後、右翼後曲に移動する!撃ち方用意!三!二!一!斉射!」

 

 護衛部隊隊長の厳綱さんの指揮で部隊の皆が弓を放つ。そしてその結果を見ずに部隊の移動準備に入った。

 

 オレも弓を放った後、部隊の皆に倣って馬首をめぐらせようとするもこの馬、越ちゃんから借り受けた白煌はすでに他の馬たちに馬首を揃えていた。本当に頭が良い馬だと思う。この鼻息をフンと鳴らして“指示が遅いんだよ、グズ”と言っているような感じさえなければ、本当に良い馬だと思う。もう黄巾討伐もすでに五回以上行っており、そのたびにこの馬に乗っているのにこれだもんな。

 

 このオレを馬鹿にする馬、白煌との出会いは最悪だった。

 

 それは劉備さんたちが伯珪さんの元を去った次の日のことだ。部屋にいきなり来た越ちゃんに連れられて行った厩舎で三頭の馬と出会ったんだよな。

 

「黄巾討伐に出てもらう以上、貴方にも馬を用意します。この間の討伐で乗馬経験がないことはわかっていますから、頭の良い子を見繕いました」

 

 何頭もの馬が並ぶ厩舎で越ちゃんは、通り過ぎる馬の頭をそれぞれ撫でながら、なぜオレをここまで連れてきたか説明してくれた。確かにオレは乗馬経験はない。この間のだって馬に乗れないから馬車を都合立ててもらったし……。しかしさすが越ちゃんだな、白馬義従の一部隊を束ねるだけあって馬の扱いが丁寧で慣れているなと素人ながら感じた。

 

「私の育てた子の白煌、白桜、白雪の三頭なのですが……今は放牧に行っているようですね」

 

 そう言って越ちゃんが場所を移動しようとしたとき、オレの後ろからヌッと白馬の首が現れ、越ちゃんの襟首をむんずとばかりに噛み付いた。そして“えっ”とか“キャッ”とか越ちゃんが言っている間に隣にいたもう一頭の白馬の上に越ちゃんをひょいと乗せてしまう。乗せられた白馬は一声嘶くと越ちゃんを落とさないよう気をつけながらも全速力でここから遠ざかっていく。

 

 あっという間の出来事に呆然としてしまうが、遠くから聞こえる“白桜、止まりなさい!”という越ちゃんの声に自失から回復する。

 

 そして周りを見てみたところ、先ほど越ちゃんを持ち上げた白馬とさらにもう一頭の白馬に囲まれています。しかも鼻息荒く少し興奮気味でオレの周りをぐるぐると回っているよ、この二頭。

 

 二頭の隙間から越ちゃんの方を見てみると、かすかに鬣を引いて白桜と呼んだ白馬を止めようとしているのが見えるが効果はあまりなさそうだ。

 

 そしてガツガツと前脚で地面を蹴るこの二頭の白馬から、ものすごく敵意を感じるけどどうしよう。

 

「なぁ、なんで初対面でそんなに敵対的なんだ?平和に行こう、なっ平和に」

 

 馬相手に愛想笑いとおべっかでこの場を乗り切ることなんてできっこないよな。ブルルなんて言いながら首を横に振るって、平和でいかないで暴力に訴えるってことか、おい!冗談もほどほどにしてくれよ。

 

「OKOK、落ち着こうな。オレはお前たちとは戦わない。お前たちもオレを襲わない。わかった?」

 

 両手を挙げ敵意のないことを示すも二頭は変わらずオレの周りを回り、ガツガツと前脚で地面を蹴り威嚇してくる。

 

 問い。どうしてこの二頭はこうも敵対的なのか?

 

 答え。わかるわけねぇだろ、馬じゃないんだから。

 

「お前たち、越ちゃんが世話している馬か?」

 

 この問いかけに二頭の馬は肯くように首を上下に振る。おぉ、敵意以外の反応があったよって……オレ、なんで馬相手にこんなことしているんだ?釈然としない思いもあるけど、今は気にしないでおこう。

 

 越ちゃんの世話している馬と仮定すると……。

 

「越ちゃんなら丁寧に一生懸命、世話してくれるだろ?」

 

 この問いかけに首を上下に振る。なんとなく意思疎通ができているっぽいのがなんとなくうれしい。

 

 だいぶ落ち着いてきてくれたようだけど、まだグルグル回っているのは警戒が解かれていない証拠ではあるんだろうな。さてどうしようか……。さっきの状況を考えると今すぐに越ちゃんが助けに来てくれるのは確立が低いだろうし、当然他の人が助けに来てくれても対処できるかわからない。そして今オレができることはなんだろうか?

 

 まず逃げる……馬の速度にかなうわけなし。そもそもその隙間が見つからない。

 

 次に宥める……馬の機嫌をとる方法を知らない。そもそもそれができたら苦労しない。

 

 最後に戦う……馬の力にかなうわけがない。そもそも戦いになるわけがない。

 

 駄目だ。何をやってもこの状況を抜け出せる気がしない。あとは時間を稼いでなんとか越ちゃんが来るのを待つくらいか?本当にどうしよう……。

「白煌、白雪、やめさない!」

 

 鋭く響く声にオレの周りを回っていた二頭はビクッと体を震わせ、大人しくオレから離れていく。馬の巨体がそばを回る圧迫感から開放されて、オレはホッと一息つくことができた。

 

 白桜と呼んだ馬に跨り、颯爽と現れた越ちゃんが馬から飛び降り、オレの前に跪いた。

 

「この馬たちは私が世話した馬。その責はすべて私にあります」

 

 驚くオレを無視して、拱手しそのできた輪の中に頭を入れる最敬礼をしたまま越ちゃんは言葉を続ける。

 

「我が主、公孫伯珪が客人の命を脅かした罪、償わさせていただきます」

 

 命を脅かした罪?償う?いきなり言い出した越ちゃんに戸惑ってしまう。

 

「諏訪!仮にも貴方は天の御遣いとして公孫伯珪がこの城に招いたことになっています。そしてその命を私が脅かすことは、公孫伯珪に弓引く行為であると知ってください」

 

 戸惑って慌てるオレに諭すように言う越ちゃんの拱手から上げた顔は真剣で、言葉を挟むことを許さなかった。誰も見ていないとかオレが怪我ひとつ負っていないとか、そんなことで越ちゃんは自分を曲げることをしないだろう。

 

 静かに懐から、忍ばしている懐剣を取り出し鞘から抜き出す。

 

 右手でしっかりと柄を握り、左手を柄頭に添える。ぴったりと定められた狙いは首。

 

「信賞必罰。諏訪、この罪の罰、私の命では足りないかもしれませんが、この命でもって贖わさせていただきます」

 

 越ちゃんはスッと目を瞑り、懐剣を咽喉に突き刺す。

 

 奇跡だと思う。

 

 そして自分のやったことをオレは褒めてやりたいとも思う。

 

 懐剣を持った手をオレは何とか掴むことができた。ただ、完全に止めることはできなかったが、咽喉の中心に突き刺さるはずだった懐剣を、首の皮一枚切るくらいに軌道をずらすことはできた。

 

 そして自害を止められ呆然とする越ちゃんから懐剣を奪い取り、落ちていた鞘にしまう。

 

「何故止めたんですか?」

 

 頚動脈は切れなかったようだけど、首筋から血を流す越ちゃんが静かにオレに問う。誰も見ていない、俺は怪我をしていないではきっと越ちゃんは納得しない。怪我したかもしれない、死んだかもしれないという状態自体が罪だと言っているのだから尚更だろう。

 

「越ちゃんが勝手に罰をきめるからだよ」

 

「そうですか……では、何を持ってこの罪の罰とするんですか?」

 

 オレの言葉に更なる問いで答える越ちゃんは判決を待つように俯き、オレの言葉を待っている。死以外の何を持って罰にするか、自害を止めてしまったオレが決めるしかないということなんだろう。だからこそ越ちゃんは静かにオレに問いかけている。

 

 何がいい?何が相応しい?頭の中で必死に考えをめぐらす。決して罰にならず、罰となるものを考えないといけない。そんなものがあるのか?あるわけがない。自問自答がぐるぐると回り、時間だけが過ぎていく。沈黙がなんとも痛く、それがさらにオレの焦りを誘う。

 

「ハァ……わかりました。従姉様に弓引く行為をしたという、その恥を生涯忘れずに生きていく。それを罰とさせていただきます。どうせ諏訪は決められないのでしょう?」

 

 時間切れとばかりにため息とともに立ち上がった越ちゃんが、オレから懐剣を奪い取って懐にしまう。

 

「それと紅蘭です。我が真名を貴方に預けます」

 

 真名とは神聖なる名、その名を呼ぶものは特別に許されたものでなければいけない。下手に呼んでしまえば死を賜っても仕方がないほどの名だ。それを罰として預けてもいいのだろうか?

 

「たしかに罰として預ける側面はあります。この真名を預けた経緯を忘れはしないでしょうから。しかし、貴方は私の命を救った。その相手に真名を預けないほど私は恥知らずではありません」

 

 そう言って件の白馬二頭をしかる越ちゃんの背中はなんとなく照れているように感じたのは、真名を預けてくれたことによる贔屓目だったろうか?

 

 そう今乗っているこの白馬、白煌はオレを襲い越ちゃんを自害に追い込もうとした張本人であり、いまだにオレを敵視している馬である。確かに乗馬技術は上がっていないのも問題ではあると思うが、一度も馬に乗ったことがない人間が、ほとんど騾馬に近い状態の馬に乗ること自体が難しいっちゅうねん。

 

「御遣い様。右翼援護準備できました。ご準備を」

 

 厳綱さんの言葉に思索から現実に戻る。白煌はなんの指示もなく綺麗に隊列に並んでいた。こういうところは憎らしいがきちんと訓練され頭の良い、いい馬だと思う。しかし、そう何度も馬鹿にしたように鼻を鳴らすな。

 

 厳綱さんが出す指示に従い弓を放つ。この矢の先に命があることはわかっているけど、だからといって泣いたり喚いたりして止められるものじゃない。

 

 劉備さんと復興させた邑の焼け出された光景を思い返す。

 

 胃がむかつき中身を戻しそうになるが我慢する。

 

 この矢の先に救われる命があると考える。

 

 この矢の先に伯珪さんの、越ちゃんの、子龍さんの笑顔があると考える。

 

 何が正しくて何が間違っているか。

 

 そんなことをもう現代の感覚で考えること自体が間違っているんだと思う。

 

 直接この手で剣を取っていないからまだこう考えられているのかもしれない。

 

 だけどオレは弓を取り、矢を放つ。

 

 それが少しでも早く乱世を沈めることができると信じて……。


 
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