No.130632

ユメクイ

伊織千景さん

僕は最近夢を見る。
女の子とどこか見知らぬところで遊ぶ夢だ。
ある日、夢の最後で彼女はこういう。
「私のこと、覚えている?」
謎の夢が、僕の日常を大きく変える。

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2010-03-17 21:45:45 投稿 / 全1ページ    総閲覧数:513   閲覧ユーザー数:513

 ここ一週間、よく夢を見るようになった。しかも内容は毎回同じ夢。見覚えの無い田舎の山の中で、子供の頃の自分が、和服を着た女の子と遊ぶ夢だ。いままで見てきた夢とは違い、この夢はいつも非常にリアルで、川の浅瀬で遊ぶ時は水のひんやりとした冷たさを感じることができ、アブラゼミ達が短い命を燃やしながら懸命に鳴いているのを聞く。目には山の雑木林の中からの木漏れ日を少しまぶしくて、同時に木の醸し出す心地良い匂いでこころが休まる。このようにすべての物を五感で鮮明に感じるため、目覚める瞬間までそれが夢だと気づかない。とにかく不思議な夢なのだ。

 

今朝もまた同じ夢を見た。ただひとつだけいつもと違うところがあった。女の子がこう話しかけてきたのだ。

―「私のこと覚えてる?」

微笑みながら僕を見た。こんな笑顔でみんな笑えたら、きっと世界から戦争は無くなるだろうというような微笑だった。

 

僕は目を覚ました。一瞬放心状態になって、そして少し夢の中の女の子が言っていた事と、最近の夢について少し考えてみた。自分の中の記憶を総動員してみたが、僕は東京育ちで、遠足のときぐらいしか山に登ったことは無い。また夢の女の子にも見覚えが無い。もしかしたら記憶力の無い僕だから、ただ忘れているだけなのかもしれないとも思った。実際小学生低学年の頃の記憶は殆ど無い。でも知っているなら絶対忘れるようなことは無いだろうと断言できる。それほど夢の中の女の子は印象的だった。

 

そして、今朝見た夢の少女の問いかけ。なにもかも覚えが無い。彼女はいったいどこの誰なのだろう。しばらく布団の中で考えていたけれど、母親の早く起きないと遅刻するわよという声を聞いて、僕は布団から飛び起きた。時計を見ると時間ギリギリ。急いで準備を済ませて僕は家を出た。

 

 学校は嫌いではなかった。今自分の生きているこの世界がいかにして出来上がったのかなどの話を聞くことができる。今はもう会いたくても会えない、亡くなってしまった人の本を図書館で借りることもできる。運動神経は中の下だったけれど、体育の時間で運動をして汗をかくことも嫌いじゃなかった。自分の知らない知識を教えてもらうということは、とても面白いことだった。

 

 でも今日は授業を聞くなんてできるはずがなかった。夢のことで頭がいっぱいだった。

毎日のように見るリアルな夢。過去の記憶というより、実際にあの子と別の世界で会っているかのような感覚。そして今朝に聞いたあの言葉。そして彼女の笑顔。どうやら僕は完全に夢のあの子の虜になってしまったようだ。

突然、何かが前から飛んできて、額にクリーンヒットした。正気に戻って僕は前から飛んできたものを見た。白のチョークだった。

「ナイスピッチですね先生」

僕は額をさすって教壇に立っている先生を見た。

「なんだかものすごく幸せそうな顔をしていたから投げてみた。意外と当たるもんだな。」

先生は笑いながら言った。

「いいことでもあったのか?でも授業中はちゃんと話を聞けよ。教科書が逆さだ。」

僕は急いで教科書の向きを直した。言い訳はできない。「夢に出る女の子にぞっこんなんですよハハハ」なんてことは死んでも言えないからね。その場は適当にはぐらかした。

 

 授業が終わると前の席に座っていたユウスケにからかわれた。

「優等生のお前が怒られたのを見たのははじめてだ。しかもチョーク投げられてやんの。今日は空から魚でも降ってくるかもな。」

「うるさいな、ちょっと考え事していただけだよ。」

「へーなんか考え事っていう割にはニヤニヤしてたよ?もしかして好きな子でもできたんじゃない?恋わずらいってヤツ?相談に乗るよ。一回2000円ね」

今度は横の席のカオリがニヤニヤしながら言った。

「なにそのボッタクリな値段、てかいいだろ、僕がなにを悩んだってさ。」

この二人とは中学生のときからの腐れ縁で、高校も一緒に受験をした。ユウスケは偏差値ギリギリでの受験だった。だからカオリと僕はひとつランクが下の高校に入ろうと提案けれど、プライドの高いユウスケはその後猛勉強。一日平均12時間勉強をして、見事に今の高校に堂々と入学することができた。鈍感な僕は後で知ったんだけれど、ユウスケがカオリのことが好きらしい。なるほど愛の力は偉大だ。もっともカオリは僕以上に鈍感だから進展は無いみたい。二人の仲がうまくいくようにしたいのは山々だけれど、今は自分のことで精一杯だ。僕の頭の中は夢のあの子のことでいっぱいだから。

「まあいいや、それより聞いた?謎の転校生の話」

ユウスケは急に真面目な顔で言った。それに噂マニアのカオリが光の速さで反応した。

「知ってる知ってる!この中途半端な時期に転校生が来るんでしょ!?」

「なんだよ“謎”の転校生って」

「こんな中途半端な時期に来る転校生はすべからく謎の転校生なんだよ。明日学校に来るみたいだぜ。」

ユウスケはどこかで聞いたことのあるようなセリフをいった。

ハイハイそうですか。転校生もハードル上がって大変だなあと僕は結構ドライに思っていた。そんなことより早く夜が来ないか待ちどおしかった。現実逃避。そう人は言うかもしれない。けれど僕はあの子に会いたい。その一心だった。

 

 僕は肩を落として、がっくりしながら学校に向かっていた。今までほぼ毎日見ていた例の夢を今朝は何故か全く見られなかったのだ。もうあの子には会えないのだろうか。このまま普通の夢のように記憶から消えてしまうのか。冗談じゃない。これだけ人の心を揺さぶって、「私のこと覚えてる?」なんて意味深な言葉を残して、君は消えてしまうのか。まったく冗談じゃない。そんな考えをめぐらせていたとき、ふと昨日ユウスケの言っていた事を思い出した。“謎”の転校生。もしかしたら…ってまさかそんな事は無いか。そんなベタな展開はありえない。と思いつつそれを期待している自分がいた。

 

 そんな淡い期待は本当にあっさりと崩れ去った。京都から来たというその転校生は礼儀正しく自己紹介をした後、僕の “後ろ”に座ることになった。そう、転校生はキョウジという“男”だったのだ。まあこんなもんか現実なんて、と僕は小さくため息をついた。イケメン好きの女子達がキャアキャアと黄色い声を上げていた。確かに端正な顔立ちだ。後ろでユウスケがそわそわしていたのを見て、僕はカオリに聞いてみた。カオリは

「男は顔じゃなくて中身でしょ。」と後ろのユウスケより男らしい返事が返ってきた。

そんな話をしている間に、用意された席を持って転校生キョウジは僕の後ろに座った。

女子が騒ぐのも無理はない、男から見てもキョウジは格好良かった。しかも顔だけでなく、人を引き付ける何かを持っていた。

 

 授業が終わると先生が僕を呼び出した。なんだなんだと身構えていると、先生から、

「キョウジ君が早くクラスに溶け込めるように仲良くしてやってくれ」とたのまれた。友達って言われてなれる物か?と頭に疑問符を浮かべながら、仲良くなるかはわかりませんが、まあちょっと話しかけてみますよ。とあいまいな返事をした。

 教室に戻るとキョウジの回りに女の子が群れを成していた。しかし彼は嫌な顔ひとつせず、紳士的にその女の子たちからの質問攻めに答えていた。こんな柔らかな物腰と甘いマスクをもって、もてないワケが無い。よって、自分が何かする必要は無い。そう考え、僕はその喧騒を避け、家に帰る準備をして教室から出ようとした。

「ちょっとまって」後ろから声がした。キョウジだった。

振り返ると、女の子の集団の中からキョウジが僕のほうに向かってきた。

「たしか君って帰り道僕と一緒だよね。今変えるなら一緒に帰らない?」

 

 「ああやって歓迎してもらうのはうれしいんだけど、ちょっと疲れるんだよね。それに男友達ができにくくなるし。どうにかならないかな。」

帰り道を一緒に歩きながら、キョウジは苦笑しながら言った。言う人が違えば大分印象が悪いであろうその言葉も、キョウジが言うと違和感が無かった。暫く他愛ない話をしていながら歩いていると、ふとキョウジがいった。

「今日は夢を見たかい?」

「残念ながら見てないな。最近良く見ていたんだけれど。」

僕はそう返事をした。

キョウジは真剣な顔になった。

「前までどんな夢を見ていたの?よかったらおしえてくれないか?」

「夢占いでもしてくれるのか?」と僕は茶化そうとした。しかし、それを見透かしたようにキョウジは言った。

「森の中であう和服の女の子と遊ぶ夢。『私のこと覚えてる?』という質問。心当たりない?」

僕は目を丸くしてキョウジを見た。なんでコイツあの夢のこと知っているんだ?しかもあの質問まで。体が硬直した。キョウジは続けた。

「夢を見始めてから睡眠時間が徐々に長くなってないか?君は“アイツら”に狙われているんだ。人ならざるものにね。」

まずいコイツ、そっち系か。あぁ関わるべきじゃなかった。でも確かに夢を見始めてから睡眠時間は増えていた。今日は見なかったから時間通り起きられたけれど。話を聞くべきか聞かないべきか、僕は戸惑った。そんな僕を見ながらキョウジはまくし立てた。

「今ならまだ引き返せる。一時的にその夢を見されないようにしてあるからね。君はいわば疑似餌に引っかかる寸前の魚だ。今なら間に合う。このままだと夢に“食われる”ぞ。」

僕はますます混乱してきた。アイツら?疑似餌?夢に“食われる”?わけがわからない。

「今あまりしゃべっても信じてくれないだろう。ちょっと荒療治だけれど、今日、君は例の夢を見られるようにしよう。でもやってはいけないことがひとつある。“絶対に”質問に答えるな。そうすれば君は安全だ。」

 

 ワケがわからなかった。でもキョウジの言っていた事が本当なら、僕は今日またあの子に逢える。それだけで十分だった。僕は宿題をさっさと終わらせて、夕飯をいつもの1.5倍のスピードで食べ、シャワーを浴びて、いつもやっているゲームもせずにそのまま布団の中に滑り込んだ。準備万端、さあいつでも来い!気合を入れすぎのような気がしたけれど、不自然なほどストンと眠りが僕の意識を奪った。

 

 気が付くと、僕はいつもの森にいた。そして彼女に逢えた。それがもううれしくて、うれしくて、思わず涙が出てしまった。彼女は笑っていた。僕もつられて泣きながら笑った。

そしていつも通り鬼ごっこ(二人でも鬼ごっこって言うのかな?)や彼女の好きなおままごとなんかをやった。一通り遊んだ後、僕は遊びつかれてゴロっと大の字になった。汗が肌をしたたる感触がとても心地よかった。目に映るのは力強く天に向かって伸びた木々と、そこの隙間から見える青い空。抜群にご機嫌だった。突然視界に彼女の顔が入ってきた。僕の顔を覗き込んではにかんだ。その笑顔で僕はあることを思い出した。そうだ、僕は彼女を知っている。なんで忘れていたのだろう。

「私のこと覚えてる?」

彼女はそんな僕の心を見透かすようにそういった。僕は即答した。記憶の奥底に眠っていた彼女の名前を。すると、彼女は笑った。いままでの心が安らぐ笑顔ではなく、体に流れる血が凍るような、まるで罠にかかった獲物の愚かさを嘲るような。そんな顔で笑った。

「はははははははははははは!」

いままで聞いたことがない、地獄の底から響いているような、全身の鳥肌が立つ笑い声だった。ワケがわからない。いったいなにが起こっているのか。ただひとつわかることは、僕が言ってはいけない事を言ってしまったということだけ。今更ながら、キョウジの言葉を思い出した。目の前の彼女は笑い声を上げながら恐ろしい老婆の姿になった。そして大の字になった僕の肩を信じられないような力で押さえつけた。僕は抜け出そうと体を動かした、つかまれた肩が痛む。彼女“だった”その老婆は僕の上に馬乗りになり、そして口が耳元まで裂け、まるでワニのようになった。僕はまるで極寒の地に裸で放り出されたようにガチガチと歯を鳴らした。「食われる」本能的に今の状況を理解、そしてこれが夢ではないということが今更ながら解った。そして僕は生まれて初めて「死」そのものを予感した。暗い、自分の手すら見えないような。完全な闇。老婆の口がゆっくり、楽しむように僕の頭に向かって迫ってきた。いやだ、死にたくない。怖い。誰か助けて。目を閉じることもできず、涙が出るのを止めることができなかった。

そして、老婆の口が残りあと10センチほどに迫ったとき、突然老婆の動きが止まった。

 

 あっけにとられて僕は。まるで彫刻のように動かなくなった老婆を見ていた。そして周りを見渡した。なにか違和感があった。まるで写真の中にいるような感覚。そして理解した。老婆だけではない。すべての物が動きを止めていたのだ。

パチパチパチパチ

拍手をする音がした。音の聞こえるほうを見ると、キョウジがいた。

「僕が出てくる必要、無かったみたいだね。君はやっぱり“力”を持っていた。」

キョウジはあっけにとられて何もいえない僕を尻目に話を続けた。

「さて。何から説明すべきかな。質問ある?」

―全部。

僕は声を震わせながら答えた。キョウジは笑った。

「まあそうだよね。でも全てを説明する時間は無い。とりあえず要点だけ。いま君の上に乗っかっているのは、君の知っている女の子じゃない。人の夢の中に入り込んで、人の魂を食らう“ユメクイ”って化け物さ。こいつらは人の夢の中に入り込んで、質問をする。そうすることで、夢を “観”ている人を夢の “中”に引きずり込むのさ。そして、夢の中に入り込んでしまった人間の魂を捕食する。そして食べられた人は植物人間に良く似た状態になる。ただ植物人間と違って二度と回復することはないけれど。」

―あの子の記憶も化け物の作った幻想だったって事?

「詳しく説明したいところなんだけれど、残念。時間が無いんだ。現実の君が目を覚まそうとしている。続きはまた今度説明するよ。君が覚えていればね。それじゃ、ちょっと君の上のユメクイの始末をするから目を閉じて、ちょっとグロいからさ。」

そういうと、キョウジは手を上に挙げた。手の上の空間が歪んで、刀が出てきた。キョウジはその刀をつかみ、鞘を抜いた。青白く刀が光っている。僕は改めて自分の上に乗っている化け物に気がつき、これから起こるであろう事を理解。目を閉じた。直後、絶叫とともになにか生暖かい液体が体を濡らした。

 

 いままで経験した中で最悪の目覚めだった。汗でパジャマはびっしょり濡れ、体が鉛のようにだるく、目は腫れ上がっていた。時計を見ると5時30分。母親もまだ起きてない時間だ。でももう眠ろうという考えは出てこなかった。

 

 「いよーす相棒!今日もいい天気だな!」

ヨウスケがやけにうれしそうに話しかけてきた。

「朝からテンション高いな全く。」

僕がボヤくと、ヨウスケは回りを確認した後ささやいた。

「ほら昨日カオリが転校生の事どう思っているか聞いてくれただろ?あれで俺本当に安心したんだよ。だって転校生めっちゃ格好良かっただろ?本当サンキューな。今度なんか奢るよ。」

あまりに真剣な顔でこんな事を言うから思わず笑ってしまった。世の中平和だとしみじみ思った。

「おっはよー!なになに?なんの話してるの?」

カオリの元気な声にヨウスケはびくっと飛び上がった。

「べっ、別に何でもねーよ」

「えー気になるなその言い方。もったいぶらないで教えてよ~」

しばらく二人の押し問答をニヤニヤしながら眺めていると、クラスにいた女子達が黄色い声を上げた。だれが入ってきたのかすぐにわかった。キョウジだ。緊張をした僕をみて、キョウジはさわやかな声で挨拶を僕らにした。それで僕を通りすぎるとき、誰にも気が付かないように何かを僕のポケットの中に入れた。

 

 授業中にポケットの中に何が入っているか見た。四つに折りたたまれた紙の中だった。紙には「例の事覚えていたら、放課後屋上に来てくれ。」

こうして僕の日常は一変する事になった。でももう後戻りはできない。そんな漠然とした予感を感じながら、またチョークを投げられないように授業を聞く事にした。

 

 


 
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