No.130631

寝ずの晩

伊織千景さん

東京に上京していた孝介に届いた"ひいばあ"の訃報。
葬式のために実家に帰った孝介は、深夜の寝ずの番で少し不思議な体験をすることになる。

2010-03-17 21:40:25 投稿 / 全1ページ    総閲覧数:405   閲覧ユーザー数:405

「寝ずの晩」

 

今日の午前11時25分、僕のひいばあが他界した。享年は九十五歳。眠るように息を引き取ったらしい。僕はひいばあが好きだった、だからその急な訃報には心底驚いた。ひいばあはとても豪快な人で、若い頃は、石田さんの所の娘さんは殺しても死なないだろう。最低でも120歳までは生きるだろう。ヤクザの事務所に単身で乗り込んだ。などなど数々の武勇伝を残していて地元ではとても有名だった。しかし、持ち前の人懐っこさで、どんな人でも5分も話せばひいばあのファンになった。でもそんなひいばあはもうこの世にいない。

決して会うことの出来ないところへ旅立ってしまった。

 

 単身上京していた僕は、仕事が終わると急いで帰省する準備をした。幸い今日は金曜日。仕事にも支障をきたす事も無く、特に予定も無かったからスムーズに特急列車に乗りこむことが出来た。実家に着いたのは夜の11時。葬式は明日行われるらしい。親族の煩わしい会話から離れて、僕は久しぶりに帰った実家を、まるでひいばあの生きていた痕跡を探すかのように見て回った。「ほんと、10年前と変わらないな。」自然と言葉が口からこぼれた。

 

10年、家を出てからそれだけの月日がたった。でもここは変わらない。ここだけ時間が止まったかのように。まるで変わるのを拒否するかのように。気づくと時間はもう深夜1時を回っていた。そろそろ寝ずの番の交代の時間だ。できればもっと早く帰っていれば、と仕事のことで頭がいっぱいだった自分を罵りながら、遺体が安置されている部屋へ向かった。

 

 僕は基本的に、実際自分で目にしたものしか信じないようにしている。どんなに詳しく人から説明をしてもらっても、自分が実際目にしないと信じることが出来ない。それは数少ない僕のモットーであって、今まで怪奇現象や幽霊などは信じないタイプの人間だった。この寝ずの番を経験するまでは。

 

 仕事の疲れと、もともとあまり徹夜が苦手だったということもあり、この時間帯の番をやると決まったときは、正直あまりうれしくは無かった。しかし、ひいばあのためだと言われて渋々とこの役を引き受けることになった。時間は深夜1時~3時まで。目を冴えさせるために、苦手なブラックコーヒーを一気飲みして部屋に入った。

 

 棺の中のひいばあは、本当にただ眠っているようにしか見えなかった。ちょっと声をかければそのまま起き上がってきそうだった。死んだばかりの人間はみんなこんな感じなのかな?と思いつつ、ちょっと「久しぶり、ひいばあ。生きている間に帰ってこれなくてごめんね」と声をかけてみた。当然だけれど返事はない。僕はしばらく一方的に、独り言のように取り留めもない言葉をかけていた。ちょうど一緒に夜の川で見た蛍の光について話そうとした其のとき、後ろから「なにやってんだい?」若い女性の声が聞こえた。

 

どこか懐かしい、ほっとするような声。僕が誰だと思って振り向いた。そこには黒いワンピースを着た、清潔感あふれる綺麗な女の子がたっていた。年は三十歳歳といわれても、二十歳といっても、どちらでも通じそうな独特な雰囲気を醸し出していた。彼女は動揺する僕を尻目に、ひいばあの棺の窓をあけて、一言ボソッと「やっぱりそうか」と言った。現状を理解できない僕に向かって、彼女は「おう。しばらくぶりだな。元気してたか?」と話しかけてきた。今の現状を理解できない自分に気づいたのか、彼女は僕に向かって確かにこういった。「なんだよ孝介!せっかく人が化けて出たんだからもっといいリアクションとれ!」

 

 僕はさらに現状を理解できなくなった。目の前には見知らぬ、でもどこか見覚えのある、そんな女の子。でも親族ではない。いくら忘れっぽい僕でも親族の顔ぐらいは覚えている。まあ名前を言えといわれると難しいけれど。それとさっき女の子が言った「化けて出た」という言葉。どういうことだ?数秒考えて僕はある事を思い出して、愕然とした。昔みたある写真がこの子とそっくりだったのだ。その写真は、その写真の人物は…

「まさか、もしかしてひいばあちゃん!?」

僕の反応がたいそう面白かったのか。女の子はいたずらが成功したときの少女のように笑った。そして、

「そうそう、そういうリアクションが欲しかったんだ。あー、あの世に行く前にここに戻ってきてよかった。」

ひいばあと名乗る女の子は、ひとしきり笑った後僕の疑問に答えた。

 「確かに、わたしはお前のひいばあだ。びっくりしただろ?」

 

 僕は混乱した頭をフル回転させながら現状理解に全神経を傾けた。幽霊なんてそんなものの存在を信じている人間は、夢の見すぎだと笑っていた。でも、今僕の前にいる女の子は、記憶の中にある、白黒写真でみた若い頃のひいばあそっくりだった。

それに喋り方、笑い方、立ちい振る舞い。どこをとっても自分の知っているひいばあにそっくりだった。これは本当にひいばあと認めるしかないのか。

そんな疑問に答えるようにひいばあは僕に話しかけた。

「三途の川ってわかるよな。私はそれを一回渡っちまったんだ。120まで生きるとか言われてたのに気がついたらあっさりとわたっちまったんだ。まあやりたいことはひとしきりやったから後悔は無いから別に良いか。と思ったんだけれど、気になることがあってな。神様に頼んでちょっとだけ戻らせてもらったんだ。」

「で、でも、なんで、わ、若い…」

「ああ、この姿か、これも神様に頼んだんだよ。お前私が昔はものすごい美人だったっていっても信じなかっただろ?写真じゃわかりづらいし、それじゃあ、せっかくだから若い頃の姿で戻りたい。そういったらあっさりOKが出たんだよ。神様は気さくでいい人だったぞ。」

なんというひいばあらしい理由。若手の芸人並みに怖いもの知らずで後先考えない行動。神様すいません。うちのひいばあは生きてたときもこんな感じでした。だれとでもすぐに仲良くなってしまう性格は死んでもなお健在なようだ。

「で、感想はどうだ?美人だろ~ちょっと惚れたか?」

ひいばあはおちゃらけて僕に言った。

「自分のひいばあに惚れる馬鹿がどこにいるんだよ、まったくそういうところは死んでもかわらないな。」

またまたすいません神様。僕は嘘をつきました。正直言って本気でかわいいです。正直こんな女の子が道を歩いていたら、ナンパ大反対の僕は喜んでその主張を捨ててお茶に誘います。

「お前は本当にわかりやすい男だなぁ、言葉と顔が真逆のことを言ってるぞ。顔が茹蛸みたいに真っ赤だ。まあ無理も無い。この時期は町を歩けば10人中10人が私に振り返っていたからな。」

僕は観念して言った。

「ひいばあにはかなわないな。うん。本当にかわいいです。」

「だろうだろうー!良し、目的の一つが達成できた。」

ひいばあは大層嬉しそうに笑った。言葉遣いは荒いが笑顔は天使のようだった。

「まさかとは思うけど、これだけのためにこの世にもどってきたの?」

僕はちょっとあきれながら言った。

「いや、もう一個ある。」

急に真剣な顔になったひいばあはこう言った。

 

「これは神様に頼まれたんだけどな。どうやらお前の将来のことで話があるらしかったんだ。だから神様は特別に私をお前のところに送り込むのを許し手くれたみたいだ。まあギブ&テイクってやつだな。」

ひいばあは続けた。

「まあ、でも正確に言えばお前が将来授かる子供のことだ。」

ぼくは目を丸くした。なぜなら彼女もいない、もてない自分にそんな話題がふりかかっててくるとは思いもよらなかったからだ。

「冗談きついよひいばあ、僕にはまだ彼女すらいないんだよ。しかも仕事柄で出会いも無いし、そんな僕が子供を授かる?そんなわけないだろ。」

ひいばあはしばらく口をポカーンと開けて、それでいった。

「お前は本当にそういう面では鈍感なヤツだな。お前は結構モテる男なんだぞ。それをお前は華麗にスルーしている。サッカーの中田ヒデのスルーパス並みに華麗にな。まったく運がいいのかわるいのかわからん。」

僕が喋ろうと口をあけるのをさえぎるようにひいばあは続けた。

「まあでもそれも運命なのかもな。でも安心しろ。そしてよろこべ。お前は結婚できる。しかも相手は今お前が思いを寄せているその子だ。」

 

 その言葉を聞いて、僕は耳を疑った。確かに僕には思いを寄せている娘がいる。彼女とは一ヶ月前に仕事の関係で知り合った。おでこが見えるくらい短く切られた前髪、サイドとバックは普通のショートというちょっと変わった髪形をしていたが、不思議と彼女には似合っていた。透き通るような白い肌をしていて、少しはかなげな、雰囲気を身にまとっていて、彼女を初めて見たときは、まるでこの世の人ではないのではないかと感じたほどだ。

もちろん彼女のことはすぐに職場の中で話題となり、僕らの心を癒すマドンナ的存在となっていた。そんな高嶺の花である彼女を僕は見ているだけで、それだけで満足していた。彼女と深い付き合いになるなんて、おこがましいとさえ思っていた。僕の心を読んだかのようにひいばあは笑った。

「なかなか器量のいい子じゃあないか。私はあの世でその娘の生活をのぞかせてもらったけれど、性格も温厚で人付き合いは良好。いまどき珍しい大和撫子みたいだぞ。ひいばあちゃん応援しちゃうぞまったくもう。」

僕は顔が火照っているのが自分でもわかる位だった。

「でも、自分にはそんな、だって彼女は僕らのマドンナで、そんな付き合うとか結婚するとか…」

「まったく!見ていらんないっちゃあないよ!」

ひいばあは、あきれたようにそういった。

「お前さ、そうやっていつも自分の中で自己完結して失敗してきただろ。僕には無理だ、手が届かない、そんな理由をつけて諦めてきちゃったんじゃあないか。それで後で後悔する。言っとくけどねえ、今回がお前の最後のチャンスだって神様も言ってたよ。神様はあまり他人の色恋沙汰にちょっかい出すのは趣味じゃないらしいけど、将来生まれるであろう子供と、お前があまりにもヘタレでオクテで、かわいそうだから今回は特別サービスで教えてくれたんだ。いいかい、これは出血大サービスなんだよ。男は度胸!お前は慎重すぎなんだよ。いい加減腹くくりな!」

僕は痛いところを突かれ、グウの音も出ない僕は、自分が情けなくて下を向いてしまった。そして、「でも、どうやって仲良くなればいいの?」と聞こうとして顔を上げるとさっきまでそこにいたひいばあはいなくなっていた。

 

まったく。言いたいこというだけ言って消えちゃうのかよ。そりゃないぜひいばあ。でもやるしかないんだよな。神様がラストチャンスとまで言っているんだ。ひいばあが太鼓判を押しているんだ。たとえ玉砕してでも、ここはがんばらないと一生後悔するだろう。葬式が終わって東京に帰ったら行動を起こそう。まずはメールアドレスから聞くことから始めよう。

 

 

それから5年後、僕らは結婚した。おそらくひいばあが言ってくれなければこんなチャンスを見逃していただろう。現在彼女は妊娠5ヶ月だ。あのひいばあが心配していたくらいだから、そうとう破天荒な子供が生まれるだろう。これから忙しくなりそうだ。でも、僕はもう大丈夫。これからも何とかやってくからさ。あの世で安心して見ていてよ。

 


 
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