No.125703

お休みはノー・プラン

掘江弘己さん

休暇で戻ってきた海鳴で、なのはとユーノは付き合い始めた当時のことを思い出す。
でもそのおかげで、ちょっぴり約束に遅刻してしまう。
キレるアリサ。宥めるすずか。呆れるはやて。見守るフェイト。
二人のバカさ加減もここに極まれり!? 封鎖結界はアリサのヤケ食いを誘い、そして──

2010-02-21 01:59:53 投稿 / 全5ページ    総閲覧数:2076   閲覧ユーザー数:2019

冬。

「あったかいねぇ~」

「そうだねぇ」

こたつ。

「ミカンがあるとうれしいねぇ~」

「さっき食べ尽くしちゃったね……」

週末。

「戸棚に入ってるけど……誰か取ってきてくれないかな、ユーノ君?」

「それはちょっと難しい相談だね、なのは」

 

特に誰といわずとも、三種の神器が揃ってしまえば、のんびりゆったりこたつむりと化す。

それが日本の素晴らしい伝統であるということを、高町なのはは恋人のユーノ・スクライアと共に身体で感じていた。

「あ」

そういえば、となのはは思い出す。

「どうしたの?」

「今日、アリサちゃんたちが来ることになってたんだ」

「……そういえば」

 

久々に予定が合って、ミッドへの出向生活から休暇を取って戻ってきた海鳴。

ユーノもお邪魔して、徹底的にまったりと高町家で過ごしていた。

そしてその二日目、久方ぶりに友人であるアリサやすずかと一緒に遊ぶことになっていたのだった。

「フェイトちゃんもはやてちゃんも、もう向かってるだろうね」

時刻は既に十時前。

ハト時計がきっかり鳴き始めた瞬間、アリサがやって来るだろう。

「早くシャワー、浴びてこないと。ユーノ君も一緒に行く?」

安寧の地を出でて、なのはは下着を取りにクローゼットへ向かう。

後ろでは、ユーノもこたつのスイッチを切って立ち上がる気配がした。

再び聖地に帰るのは、夜になるだろう。

 

階段を一つ降りる度に、ルンルン気分が高まっていく。

「どこに行こうかな、こっちは今どんな映画やってるんだろ?」

まったくのノー・プラン。

何もいらない。ただ、皆で集まって騒ぎたいだけ。

久しぶりに集まった仲間。

アリサがベルを鳴らす前に、急いでシャワーを浴びよう。

 

***

 

ユーノは思う。

「いっしょにお風呂はいろ」というなのはの言葉。

いつもならそんなことは断固拒否――だった。

今は違う。一分一秒でも、なのはの傍にいたい。

そんな想いが、苦しいくらいに甘く心を締め付けてくる。

 

お互いの気持ちを確かめあった日。

きっかけは些細なこと。

長く辛い書庫の仕事を一段落させ、なのはと夕食を共にした時。

理由は、誘った瞬間にはなかった。

けれど、気付いたら夜景の綺麗なレストランに誘っていた。

 

そして、なのはの横顔を見ていたら、

「好きだ」

思わず、言ってしまった。

「……え?」

入念な準備をして、むしろキザな台詞を吐こうとしたのではない。

その場の乗りと勢いで、つい言ってしまった訳でも、ない。

本当に、心の中で思っていたことが、何かの拍子に口から出てしまった。

そんな感じだった。

「僕は、なのはが好きだ。つ……付きあってくれないか」

なのはが好きだ――それだけだった。他にゴテゴテと言葉を継ぎ足したくない。

 

言った瞬間に、顔が熱くなるのが分かった。ドキドキと心臓が鼓動を刻んで、息が苦しくなる。

時間が何倍にも引き伸ばされるのを感じた。

一分か、一時間か。

答えを予想するには頭が沸騰しすぎていて、何も考えられなかった。

 

だから。

 

「……はい、喜んで。ありがとう、ユーノ君」

なのはが、応えてくれた。

「不束者ですが、よろしくお願いします」

想いが、届いた。

「え、えと、その……」

『ありがとう』、その一言を飲み込むのに、しばらく茫然としていた。

 

その日からだ。

気まずく、恥ずかしいだけのひとときは、こそばゆくも大切な瞬間になったのは。

周りに何度小突かれただろうか、もう覚えていない。

クロノなど、顔を合わせる度に皮肉を言われた。

しかし、それが却って心地よかった。

誰も彼も口が笑っていたから、祝福していてくれているのが分かった。

「僕は、なのはを幸せにするよ」

力強く宣言した一言がまた、大いなる皮肉へと繋がっていったのは、また別のお話。

 

***

 

なのはは思う。

「あの時、魔法に、ユーノ君に出会わなかったら……」

どうなっていたのだろう。

普通に小学校、中学校、高校と出て、大学にも行って、翠屋を継いでいたり……か。

魔法を目の当たりにして、PT事件や闇の書事件に関わって。

そして気付いたら、隣にはいつもユーノがいた。

単なる巻き込まれ、ではなかったと思う。

こうなる運命を待ち望んでいたから、神様が叶えてくれたんだと信じている。

 

傍にいるのが当たり前になってから、しばらく経ったある日。

管理局に外部の手伝いとしながらも、週に三度も四度も通いつめていた時。

ユーノに、食事へ誘われた。

「あの、ほら、ちょうど君も仕事が終ったみたいだし、僕も今の仕事が一段落ついたから、その……」

混乱したように歯切れの悪い言葉。

「その、今夜、一緒に食事でもどうかな、って」

時は二人を離れ離れにせず、いつものユーノであり続けてくれた。

「うん、いいよ」

それが嬉しくて、なのはは思い切り強く頷いた。

 

いつかは自分から言おう、想いの丈をぶつけよう。

そう何となく思っていたら、突然向こうから言われてしまった。

「好きだ」

ユーノから、告白された。

たった、それだけの言葉。でも、それだけに何よりも強く、なのはの心に響いた。

 

「ごめん」って言われたらどうしよう。

好きって気持ちが迷惑だったら、どうしよう。

自分の気持ちを伝えるのに、少し臆病になっていた。

友達のままでいてくれるならまだいい。

もし告白してしまったことで、お互いが話しづらくなってしまうのなら……

そんな不安が心を埋めていて、中々「一歩」が踏み出せなかった。

 

だから。

ユーノの言葉を受け取った時、たまらなく嬉しくなった。

同じ気持ちだったと知ったから。

「……はい、喜んで」

男の子がリードしてくれる、それは小さな夢だった。

「ありがとう、ユーノ君」

けれど、今叶った。

「不束者ですが、よろしくお願いします」

一緒に、歩いていこう。

この手を、離さないでいよう。

「ユーノ君、背中流してあげるね」

高町家の風呂場は、一軒家だけにそれなりの広さがある。

「ありがとう、なのは」

だから、そこで二人が一緒にいることくらい、大したことではなかった。

「ユーノ君……大きくなったよね。初めて出会った時はわたしと同じくらいだったのに」

なのはが改まってまじまじと見る。

「僕も男だからね」

「にゃはは。いつの間に追い越されちゃったんだろうね」

「それだけ、僕らがずっと一緒にいた、ってことさ」

 

ユーノと運命の出会いを果たしてから、もう何年も経つ。

今はもう、お互いの望む道へと踏み出そうとしている。

けれど、それはどこかで絡まっているから、見失うことはないだろう。

 

温かいお湯をかけて、泡をキレイさっぱり洗い落とす。

「ありがとう、なのは。代りに僕もなのはの背中、流すよ」

「ええっ、いいよ、そんな……」

「いいから、いいから」

ユーノは立ち上がってなのはと入れ替わり、ボディソープを背中に広げていく。

「なのはの背中は、丸いね。僕とは大違いだ」

「わたしも、女の子だから」

はにかんだように笑いながら、なのはが言う。

「そういえば、こうやって二人でお風呂に入るの、久しぶりだよね」

「そうだね。昨日も、なんだかんだで一緒じゃなかったし」

昨夜は仕事帰りに軽く着替えをまとめてこっちに来ただけ。

休暇前日とあって、あちこちからよこされた仕事はいつもの倍はあった。

「今日からは、しばらくなのはと一緒にいられるね」

「……うん。ちょっとでも、離れていたくないよ、ユーノ君」

「僕もだよ、なのは」

 

なのはもユーノも、どちらともなくキスを交わした。

小鳥がついばむような、軽い軽いキス。

ふんわりとせっけんの匂いが漂ってきて、身体がぞくり、と反応する。

「これ以上はダメだよ? アリサちゃんたちがなんて言うか……」

銀色の架け橋を唇に作って、弱気に注意する。

「分かってる……分かってる」

大丈夫、大丈夫と、ユーノは鋼の精神を奮い立たせているようだった。

「──うん、もう大丈夫」

振り切るようにシャワーを全開にしてなのはに浴びせると、ユーノはさっさと湯船に飛び込んだ。

「さ、先に髪、洗ってていいよ」

なのははそれが何だかおかしくて、クスリと笑ってしまった。

ユーノがちょっとふくれっ面になって、それからお互いに忍び笑いを漏らした。

 

***

 

「で、説明してもらおうじゃないの」

十時を回ることたっぷり十分。

否、普通はたっぷりと言わないのだろうが、アリサにはたっぷりだった。

「二人揃って風呂に入った。そのせいで遅れた。それはまぁ、いいでしょう」

「ア、アリサちゃん……」

「すずかは黙ってて」

「はい」

一言で全てを封じると、アリサは詰問を始めた。

「でもねぇ、なんでそれで幸せそうなのよ!? 普通逆でしょ!」

「あのね、アリサちゃん、お昼はおごるから、ごめんねって……」

「あぁっ、もうっ、そうじゃない! もう遅刻なんてどうでもいいの!!」

アリサは、八つ当たりしたい気持ちだけが無性に心の中を暴れ回っていた。

だが、それを直接的に言うのも何だか気が引ける。

「大体アンタたちはねぇ、どうして四六時中いちゃいちゃいちゃいちゃベタベタベタベタ……」

「えっと、それは関係ないんじゃ……」

「大有りよ! じゃあそれは何よそれは?」

アリサの指差す先には、ユーノの腕──となのはの腕。

まるでツタか何かみたいに絡まっているようで、ナイフでもない限りは引き裂けないだろう。

「きぃーっ! なのは、ユーノ、アンタらにはもう限界までおごらせるからね! 覚悟しときなさい!!」

行くわよ、と肩をいからせて、のしのしと先頭に立ってアリサは歩き始めた。

 

「……あれはアリサちゃんじゃなくても怒るわな。フェイトちゃんは何とも思わないの?」

「私は、二人を祝福してるから。二人の幸せを見守るのが、私の幸せだよ」

「フェイトちゃんも大人やなー。『幸せ』っちゅうか、ただのバカップルにしか見えへんわ」

親友のすずかにも止められなかったアリサ。

フェイトとはやては、空気のごとくその場に突っ立って事態を見守るしかなかったのだった。

アリサ・バニングスの我慢は限界に来ていた。

「なーんーでーこの二人は!!」

 

約束は、10時だった。

それよりずっと前からいたと思われる、フェイト。

ピッタリ5分前にやってきたアリサ。

そこからほんの僅かに遅れてすずか。

時間通りに、はやて。

 

「……で、なんで歩いて10秒のなのはが家から出てこないの?」

 

問題は、集合場所に肝心の人間がいないことだった。

5分経っても現れる気配すらない。

チャイムを押して出てきたなのはの母、桃子にも、『ちょっと待っててね』と言われるばかり。

その顔がちょっと苦笑いだったのを、アリサは見逃さなかった。

「二人は、何してるんですか?」

「今、お風呂に入ってるみたいなんだけど、ちょっと出てくるのが遅くて」

「……なるほど」

風呂の中でもいちゃいちゃしている訳だ。

「まぁ、なのはたちが出てくるまで待ってますから」

「ごめんなさいねぇ」

「いえ、お構いなく」

これはどうしても、詰問の一つでも浴びせなければならなかった。

キッチリ7歩ずつ歩いては折り返し、なのはたちの出現を待つ。

 

「ごめ~ん、遅れちゃって」

そして、件の人物がやってきた。

「何やってんのよ、アンタ普段は遅刻、なんて……」

 

「しないじゃないのよ……」

 

それはもう大遅刻をする訳だ、とアリサは思った。

なのはは、両手をユーノの腕に絡み付けて登場した。

まるでユーノに寄生しているようだ。

「バッ、バカじゃないの!? そんなことであたしたちを待たせた訳?」

「そんなことって、アリサちゃんひどいな……確かに、遅れちゃったのはごめんなさい」

ペコリ、と頭を下げてなのはは謝ってくるが、それで腹の虫が収まったら困ることなどない。

反省の色は見えている。申し訳なさそうな顔をしている。

「ごめん、アリサ。他の皆も、待たせちゃって」

ユーノは許してもいい。これだけは譲るのにやぶさかではない。

 

だが、なのはの顔はそれ以上の何かを話し出しそうな雰囲気だった。

「でもね、アリサちゃん」

おずおずと切り出してくる辺りが、またイライラする。

なのははこんなにもじもじした女の子だっただろうか? そんな役割はこの仲良しグループにいない。

「なんていうか、恋の炎が止まらないの……」

チュッ、とユーノの頬にキスして、腕をしっかりと抱き直すなのは。

「お昼はおごるから、許して?」

 

ダメだこのバカ、周りがまったく見えてない。

「あぁ、もうっ!」

アリサのモヤモヤした怒りは、頂点に達したところで、急速にしぼんでいった。

「行くわよ、すずか、フェイト、はやて!!」

「え、わたしたちは?」

「アンタら二人はどっか他所でいちゃついてなさーい!!」

彼氏の一人もいないアリサ。

世間で何と形容されているかぐらいは知っているが、現実の性格として『それ』が受け入れられないのは知っている。

先を越されたのが悔しい自分が、なのはに対して八つ当たりをしているのは十分分かっていた。

でも、どうすることもできなかった。

 

***

 

取り敢えず駅前まで来てみた。

やることは、まったくない。

映画でも観てみるか、それともショッピングでも楽しんでみるか。

「ひょっとして、まさか」

後ろを振り返る。

 

「ねぇ、ユーノ君。何か食べる?」

「なのはの食べたいものが食べたいな」

「えー、わたしはユーノ君が食べたいものを一緒に食べたいよ」

「困ったな……どうしよっか」

「それじゃ、じゃんけんして決めよ♪」

二人がいちゃついているのは、まあいい。

しかし、問題はそこじゃない。

 

「えーなぁ、私も素敵な彼が欲しいなあ」

「大丈夫、はやてならきっと良い人が現れるよ」

「そこ、そこなんよフェイトちゃん。何が問題かって、『ええ人』しかおらんのよ。

ユーノ君みたいな同い年の男の子、誰もおらへんもん。管理局には年上過ぎる人ばっかやし。

私らの年齢でもう局に出向してる人、ホントユーノ君とクロノ君しかおらへん……」

「じゃあこの際、うんと年下に目覚めてみるとか?」

「うっはー、大分フェイトちゃんも日本に慣れてきたなぁ」

冷静にバカップルを観察している魔道師二人、こいつらもギルティーだ。

頼れるのは、もはやすずかのみ。

「すずか、アンタがあたしの親友で本当に、本当に感謝してるわ……」

「どうしたの、急に?」

すずかが戸惑うのにも構わず、アリサはその両手をしっかと握る。

「あのね、すずか。あたしは、あたしは……もう疲れたわ」

「ふぇ?」

疑問符が浮かぶすずかに、アリサはゆっくりと真情を吐露した。

 

「せっかく集まって騒ごうと思ったのに、これよ。あたし、求心力なさすぎだわ。

『なのはたちが戻ってくる』っていうから、嬉しさだけ空回りしたみたいで。

ホントはみんな、それぞれに過ごしたかったのかな」

話しながら、どんどん遠い目になっていくアリサ。

すずかは、その手を握り返すことしか出来なかった。

言葉では、言葉だけでは、何も変わらない。

それを、何年も前から、身に染みて分かっている。

 

だから、すずかは思い切って声を上げた。

「みんな、あそこに行こう!!」

 

え、とみんながあっけに取られてすずかの指差す方を見る。

そこには、やたらと高いタワーがあった。

「あれ、すずかちゃん、ここにこんなおっきなビルなんてあったっけ?」

「ううん、ついこの前できたの。30階建てで、1階には本屋さんがあって、2階には喫茶店、それから……」

「それから?」

「屋上には、すっごく見晴らしのいいカフェテリアがあるの!」

地上30階の威力は、伊達ではなかった。

「はっはっは、人がゴミのようや!」

「言うと思ったよ、絶対言うと思ったよ、はやてちゃん……」

なのはさえ冷静なツッコミを入れられるほど、雲を衝かんばかりの高さにそびえ立っている。

もちろんそれ故に危険なので外には出られなかったが、窓からの景色でも十分下界を堪能できた。

サンドイッチをつまみながら、口々に感想を言い合う。

「ここって、下の20何階かは何に使ってるの?」

「えっとね、普通の会社とか、あと居酒屋とか。イベントホールっていうのもあったかな?」

「へぇ、色々あるんだね」

 

ユーノは、テーブルに座る時アリサが接収した。

駄々っ子のように騒いでいた約一名も、しばらくしたら大人しくなった。

よほどの禁断症状と見え、妙にそわそわしていて落ち着きがない。

アリサは溜息をついた。

「ところでさ」

椅子に深く座り込んで、すずかに問いかける。

「どうしたの?」

「いや、ここにいつまでもいるってのもね。映画でも見に行く?」

「今、何やってたっけ?」

すずかが携帯を取り出して、映画館の情報サイトにアクセスする。

「SF、ファンタジー、ホラー、あとはアニメとかも」

「ホラー!」

アリサは急に勢いづいて立ち上がった。

「それよ、それ! よし、今から見に行くわよ」

「え、ちょ、ちょっとアリサちゃん」

「あの二人が強引なんだから、あたしだって強引になる権利があるわ!」

「アリサちゃん、理論そのものが物凄く強引だよ……」

「いいの、もう!」

 

会計は全部なのはに任せて、歩き出した。

『待ってよー』と後ろからついてくるすずかの歩調に合わせて。

 

***

 

「ね、ねぇ……ひょっとして、アリサ、これ観るの?」

フェイトが怯えた声で聞き返す。

「もちろんよ」

誰の目にも楽しげな顔で、チケットを6枚買うアリサ。

「大丈夫だよ、フェイトちゃん。わたしがついてるから」

「う、うん。ありがとう、なのは」

ユーノとは神聖結界を張って何人をも入場させないが、フェイトとは普通の親友だった。

「まぁ、普通じゃない関係ってのもアレやけど」

「ん、何か言った、はやてちゃん?」

「え、何も言うとらんよ?」

思わず呟いてしまって、咳払いを一つ。

「にしても、映画なんて久しぶりやなー。『これが観たい』なんて決めとる訳でもないのに適当に観るなんて初めてや」

「そうだねー、っていうかアリサちゃんノリノリすぎだよ……」

ここに来てやたらと元気を取り戻したのが、どことなく不気味ですらある。

しかし、隣で苦笑いしつつも安心そうにユーノと手を握って──

 

(手や、ない!?)

 

はやては愕然とした。

よく見れば、二人は指を絡めていた。

それも、小指を。

「あちゃー、こりゃアリサちゃんもキレる訳や」

「どうしたの、はやてちゃん?」

「え? ああいや、何でもないんや、何でも……」

いつの間にかはやても、頭痛を感じ始めていた。

 

「いやー、映画ってこの始まる前のドキドキ感が何とも言えんなー」

はやては頬をぴくぴくさせつつ、椅子に座った。

右には今にも火山が噴火しそうなアリサ、左には世にも幸せそうな顔のなのは。

多分、はやては世界で一番温度差のある境界線に座らされていた。

「ユーノ君、あーん」

「あーん」

そして当の本人たちは、周りを──否、アリサをまったく気にせずにポップコーンを互いの口に放り込んでいる。

「ねぇ、すずか。あたし、今ならジェイソンにでもなれそうな気がするんだけど」

「だ、ダメだよアリサちゃん、殺人鬼になんてなっちゃ……」

きっと、アリサが怒っているのはいちゃいちゃバカップルそのものにではない。

二人の世界を作りすぎて、せっかく久しぶりに会った友達とあまり語らいができていないことの方に怒っている。

そりゃ、誰だって苛立つだろう。

「あ」

部屋が暗転して、いくつかの広告映像が流れる。

次期作の宣伝、新作のお菓子、映画館での注意事項、そして最後に配給会社のロゴ。

すっかり暗くなった室内で、ぺた、ぺた、と水気を含んだ足音が聞こえ始めた。

 

「キャーッ!!」

映画の街で億単位の金を注ぎ込んだホラー映画。

ひたり、ひたりと人あらざる影が背後に迫る。

「やぁーっ、いやーっ!!」

閉ざされたペンションの中で、一人、また一人といなくなっていく。

「やめてっ、おねがい……助けてぇ!!」

そして最後の一人が暗闇の彼方へ消えていった時、

 

「……ふみゅー」

フェイトが気絶した。

「怖かったなぁ」

「怖かったねぇ」

「わたしは、ユーノ君がいたから怖くなかったよ♪」

「……私は覚えてない」

 

あれから、医務室のような場所で起こされた。

映画館の人曰く、『怖い映画を見て気絶する人はたまにいる』とのこと。

でも、やっぱりちょっと恥ずかしい。

いつもなら戦えるのに、それすらできずただひたすら恐怖に追い回されるだけ。

そんな経験、生まれて初めてだった。

普通の人、アリサやすずかがいかに無力で、それでいて無力でも安全な世界に住んでいるのだと、改めて実感した。

「フェイトちゃん、大丈夫?」

「うん、もう平気。心配かけてゴメンね、なのは」

「そんなことないよ。私がビックリしちゃっただけだから……」

なのはが水を持ってきたので、飲む。

「ふぅ」

一息ついて、立ち上がる。

「もう立ち上がってもいいの、フェイトちゃん?」

「大丈夫。ホント、大したことないから」

色んな人に心配されてしまった。

倒れて、介抱されて、水まで持ってきてもらって。

 

でも。

「ありがとう」

ここは、感謝の気持ちを表すべき場所だ。

「みんな、助けてくれて」

頭を下げると、皆が次々に肩を叩いてきた。

「いやいや、水臭いやないかフェイトちゃん。困った時はお互い様やで」

「そうよ。こんなことで感謝されても世話ないわ」

「フェイトちゃん、いっぱい心配させてもいいんだからね?」

「いつでも頼ってよ、フェイトちゃん。私たちはいつも一緒だよ」

「フェイト、君は一人じゃないんだからね」

 

一人ひとり、手を握られていく。

「ありがとう、ありがとうみんな」

知らず、涙がポタリと落ちた。

フェイトは泣きながら、ありがとうを繰り返した。

 

それから先は、多少バカップルっぷりは改善されたようだった。

「っていうか初めて見たわ、こんなグループの中でいちゃついてたのを見たんは」

「あはは。でも私は、そんな二人を見てるの、大好きだよ」

「フェイトちゃん、随分落ち着いてるね」

すずかにも同じことを言われる。

「私は、なのはとユーノが幸せにしているのを見るのが、幸せなの。

大好きな人が幸せでいてくれることが、私の幸せだから」

だから、同じことを返す。

「フェイトちゃん……」

「ははは、フェイトちゃんと友達になれた私らは、一番の幸せものっちゅうこっちゃな!」

皆で笑いあって、そして走り出す。

「ご飯、食べに行こう!」

「そうだね。どこがいい?」

「イタリアン!」

「私も! みんな、異論はないん?」

 

はやてが聞くと、全員が一斉に答えた。

「ないでーす!!」

 

***

 

「ヴェネツィア風海鮮ピザ、季節の野菜スパゲティ、チーズのサラダ、それから──」

「アリサちゃん、そんなに食べられるの?」

「食べるの!!」

 

六人がけのテーブルには到底収まりきらないほどの料理が、次から次へと運ばれてくる。

「なのは、アンタはもうそこいらのバイトより稼いでるんでしょ? ならこれくらい訳ないわよね?」

「う、うん。お金は大丈夫だけど」

「じゃあ問題なし!!」

ぱくぱくと、アリサは明らかに身体の大きさを越える量を腹に詰め込んでいる。

「アンタらの、もぐ、いちゃいちゃっぷりったら、はむ、ないわよ、むぐ……」

自棄食いにもほどがある。

「アリサちゃん、ほどほどにしないと」

「ええい、すずかは黙ってて! どうしても、どうしても食べまくらないと気が済まないのよ!!

あ、店員さん、このピザおかわり!」

 

結局、1人で残りの5人よりも多く食べて、アリサは店を出た。

「うっ……流石にやりすぎたかしら」

「ちょっ、あ、アリサちゃん!」

よろめくアリサを、すずかは慌てて抱きとめた。

「あぁ、ありがと、すずか。でもこれは流石に……うっぷ」

「アリサちゃん、アリサちゃん!!」

倒れかけるアリサを支えて、楽な姿勢にさせる。

「やっぱり言わんこっちゃないな、すずかちゃんの警告、ちゃんと聞いておけばよかったのに」

後ろからはやての声がする。

 

……確かに、アリサはすずか以外の人間に止めることはできない。

でも、だからこそ、すずかの前では素直になる。

「あは……落ち着いてきたわ。おなかも、こころも」

「大丈夫、アリサちゃん?」

「ええ、このまましばらく安静にしてれば。すずか、アンタたちは先に行ってなさい。あたしもすぐ行くから」

「ダメ」

今日は、今日こそは。

「アリサちゃん、さっき自分で言ったでしょ。私たちは、皆で『私たち』なの。

アリサちゃん一人が欠けても、ダメなんだよ」

すずかは、アリサの手を握りしめる。

「だから、お願い。『先に行って』なんて、言わないで」

 

すずかは、めいっぱいの勇気を振り絞ったつもりだった。

いつも鶴の一声で全員を纏め上げるアリサに、ついていくだけだったから。

だから、今日は、今日こそは、どうしても言いたかった。

アリサへ、自分の気持ちを。

 

「ね?」

「分かったわよ。でも、みんなに悪いから少ししたら行くわよ?」

「ダメだってば。ちゃんと身体が落ち着くまで、待ってないと」

「……はぁ。すずかには敵わないわ」

 

何が敵わないのか、すずかにはいつまでも分からなかった。

 

***

 

結局、ユーノとなのはは顔を合わせる度にずっと一緒だった。

けれど、それをもう悔しいとも何とも思わない。

「フェイトのいう通りかも知れないわね」

 

いちゃいちゃベタベタしている二人だけれど。

腕も指もみんな絡めてるけれど。

 

「アンタたちの顔、幸せすぎるわ」


 
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