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No.1194067
新人さん
10月2日と、毎月12日は「とう(10)ふ(2)」だから『豆腐の日』だ。アジアの広範囲で古くから日常的に食されているそうだ。なぜ発酵食品でもないのに「腐」という漢字が使われているのかというと、腐とは「納屋の中で肉を熟成させる」という意味から転じて、柔らかく弾力性があるものを意味するそうで、豆が腐るわけではないそうだ。日本語としては納豆を豆腐にしたらよかったのにと思う。 豆腐の消費量が多い地域は宮城・新潟・福島・富山・岩手だという。二人以上世帯の豆腐年間購入量は 全国平均81.55丁に対し、新潟市は100.99丁もあったというデータもある。そして大豆の生産量日本一は北海道なのだが、札幌市の豆腐消費量は下から3番目の66丁しかなかった。・・ 以前から東京の豆腐店は新潟出身者が多く、一説には60%が新潟出身だと言われている。奴(やっこ)をつまみに越乃寒梅なんていいねぇ。夏の風物詩は冷奴と言われている。70%の人が薬味に生姜を用いるようだが、石川県ではカラシを使う人が39%もいて生姜は43%しかいないらしい。和からしの産地でもない石川県民がなぜカラシを好むのか理由はよくわからない。 豆腐が日本へ伝来した時代は諸説あるようで明らかではないらしい。豆腐として普及したのは室町時代と考えられているみたいだ。江戸時代に豆腐は一般的になり100種類もの豆腐料理のレシピを記した『豆腐百珍』が1782年に書かれている。単に豆腐料理を列挙するだけでなく、「尋常品」「通品」「佳品」「奇品」「妙品」「絶品」の6分類を定めているそうだ。通品の中で紹介されている『三十四 やっこ豆腐』は、現代の冷奴らしい。しかし、結局 豆腐は手を加えずにそのまま食べるのが一番良いとされたそうだ。一般的には夏には冷奴、冬には湯豆腐というのが、江戸庶民の定番だったらしい。冷奴と湯奴(湯豆腐)の場合、変化をつけて食べるには薬味や調味料を選ぶしかない。『守貞謾稿』という1853年に刊行された江戸時代の書物に『湯奴 冷奴ともに必ずおろし大根を加え 青唐辛子、紫海苔、ワサビ、チンピ(かんきつ類の皮)なども加えて食す』とあるようだ。「奴」とは江戸時代の武家の従者で槍持ちのことで、奴の着物につけられた四角の紋所(◇)に豆腐が似ているからという説や、冷たいことを「ひやっこい」と言うので「ひややっこ」という説などがあるという。 だが気が付いたことがある。豆腐をよく食べる地域は日本酒で有名な地域の兵庫・新潟・山形・秋田・福島と重なるようだ。酒のつまみに豆腐を食べているから消費が多いのかも知れない。僕は子供の頃はおかずにならない豆腐が嫌いだった。大人になってから酒のつまみによく食べたが、酒を止めたら食べなくなった。だから今では木綿豆腐をご飯のすすむ”麻辣豆腐(マーラートーフ)”を作るときしか使っていない。麻婆豆腐(マーボートーフ)ではなく、麻辣豆腐だ。麻婆豆腐は四川省で食堂をやっていたあばた(麻)顔のおばさん(婆)が開発した料理のことだから、本来は婆さんのレシピ通り作らなくてはいけないと中国人から聞いたことがある。だから 日本人が作る辛い(麻)「なんちゃて麻婆豆腐」はすべて”麻辣豆腐”になるのだ。うかつに麻婆豆腐というと中国人に怒られるよ!と言われたことがある。
2026-10-02 15:17:23 投稿 / 734×550ピクセル
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10月2日と、毎月12日は「とう(10)ふ(2)」だから『豆腐の日』だ。アジアの広範囲で古くから日常的に食されているそうだ。なぜ発酵食品でもないのに「腐」という漢字が使われているのかというと、腐とは「納屋の中で肉を熟成させる」という意味から転じて、柔らかく弾力性があるものを意味するそうで、豆が腐るわけではないそうだ。日本語としては納豆を豆腐にしたらよかったのにと思う。 豆腐の消費量が多い地域は宮城・新潟・福島・富山・岩手だという。二人以上世帯の豆腐年間購入量は 全国平均81.55丁に対し、新潟市は100.99丁もあったというデータもある。そして大豆の生産量日本一は北海道なのだが、札幌市の豆腐消費量は下から3番目の66丁しかなかった。・・ 以前から東京の豆腐店は新潟出身者が多く、一説には60%が新潟出身だと言われている。奴(やっこ)をつまみに越乃寒梅なんていいねぇ。夏の風物詩は冷奴と言われている。70%の人が薬味に生姜を用いるようだが、石川県ではカラシを使う人が39%もいて生姜は43%しかいないらしい。和からしの産地でもない石川県民がなぜカラシを好むのか理由はよくわからない。 豆腐が日本へ伝来した時代は諸説あるようで明らかではないらしい。豆腐として普及したのは室町時代と考えられているみたいだ。江戸時代に豆腐は一般的になり100種類もの豆腐料理のレシピを記した『豆腐百珍』が1782年に書かれている。単に豆腐料理を列挙するだけでなく、「尋常品」「通品」「佳品」「奇品」「妙品」「絶品」の6分類を定めているそうだ。通品の中で紹介されている『三十四 やっこ豆腐』は、現代の冷奴らしい。しかし、結局 豆腐は手を加えずにそのまま食べるのが一番良いとされたそうだ。一般的には夏には冷奴、冬には湯豆腐というのが、江戸庶民の定番だったらしい。冷奴と湯奴(湯豆腐)の場合、変化をつけて食べるには薬味や調味料を選ぶしかない。『守貞謾稿』という1853年に刊行された江戸時代の書物に『湯奴 冷奴ともに必ずおろし大根を加え 青唐辛子、紫海苔、ワサビ、チンピ(かんきつ類の皮)なども加えて食す』とあるようだ。「奴」とは江戸時代の武家の従者で槍持ちのことで、奴の着物につけられた四角の紋所(◇)に豆腐が似ているからという説や、冷たいことを「ひやっこい」と言うので「ひややっこ」という説などがあるという。 だが気が付いたことがある。豆腐をよく食べる地域は日本酒で有名な地域の兵庫・新潟・山形・秋田・福島と重なるようだ。酒のつまみに豆腐を食べているから消費が多いのかも知れない。僕は子供の頃はおかずにならない豆腐が嫌いだった。大人になってから酒のつまみによく食べたが、酒を止めたら食べなくなった。だから今では木綿豆腐をご飯のすすむ”麻辣豆腐(マーラートーフ)”を作るときしか使っていない。麻婆豆腐(マーボートーフ)ではなく、麻辣豆腐だ。麻婆豆腐は四川省で食堂をやっていたあばた(麻)顔のおばさん(婆)が開発した料理のことだから、本来は婆さんのレシピ通り作らなくてはいけないと中国人から聞いたことがある。だから 日本人が作る辛い(麻)「なんちゃて麻婆豆腐」はすべて”麻辣豆腐”になるのだ。うかつに麻婆豆腐というと中国人に怒られるよ!と言われたことがある。