No.1192016

ウクレレ

新人さん

僕はウクレレのルーツがポルトガルの民族楽器だとは知らなかった。 ハワイは20世紀に 砂糖とパイナップル農園がハワイ経済を牽引する形で、フィリピン人、日本人、中国人、ポルトガル人の移民が押し寄せたそうだ。やがて2010年にハワイ州の家庭で話されている言語の74.41%は英語だが、他はタガログ語(フィリピン) 4.52%・イロカノ語  (フィリピン)4.06%・日本語3.95%・ハワイ語以外の大洋州諸語 2.61%・スペイン語 2.01%・中国語 1.54%となり、ハワイ語はたったの 1.50%だったらしい。そしてその年はハワイ州の人種構成が、アジア系38.6%・白人22.7%・先住ハワイ人と太平洋諸島系 10.0%・ヒスパニック 8.9%・アメリカ先住民 0.3%・黒人 1.6%・混血 23.6%となっている。こうしてハワイでは、さまざまな人種と文化が混じりあい、アロハシャツ(ポルトガルのシャツ+着物)やロコモコ(丼物)やポキ(マグロ丼)、ウクレレ(ポルトガル)などの独自の文化が生まれている。 ウクレレ(Ukulele)とはハワイ語で「ノミ(uke)が跳ねる(lele)」という意味だという。その名の由来には諸説あるようで、飛び跳ねて演奏する様子から」とか「演奏者の左指の速い動きから」といわれるが、「楽器を広めた男の身体が小さく 動きも早かったのでウクレレと呼ばれた男のあだ名から付いた名前」という説が有力なようだ。 1879年にさとうきび畑で働くためにハワイのホノルルに到着したポルトガル移民船レーベンスクラグ号に、民族楽器のブラギーニャ(Braguinha)という4弦の弦楽器が持ち込まれており、このブラギーニャが ウクレレの原型だといわれている。この船には家具職人も乗船していたので 、高級木材であるハワイ原産のコアを使いウクレレが作られたそうだ。ウクレレの生産者として名を残しているのは、移民船に同船していた家具職人のマニュエル・ヌネス、ジョゼ・サント、オーガスト・ディアスの3人で、その弟子からカマカ(KAMAKA)などの有名メーカーが誕生したという。 ポルトガル人がハワイ移民局に移民登録をおこなったのは1879年8月23日だから、ハワイ政府はポルトガル人とハワイの友好の証として8月23日をウクレレの日と定めている。

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