No.1191614

立ち魚

新人さん

室町時代の1448(文安5)年に 初めて刺身が文書に登場したそうだが、魚の切り身はその前の奈良・平安時代から食べられていたらしく、古くは生魚の身を細かく切ったものを鱠(なます)と言っていたようだ。神聖な儀式では神に魚の切り身が捧げられ、魚の切り身は高級な料理だったらしく身分の高い人たちが食べていたという。室町時代になると、切るという言葉を忌み嫌い 打ち身とか刺身と呼ぶようになったらしい。室町時代後期の書記官だった中原康冨が記した日記の中に、文安5年8月15日「鯛なら鯛とわかるやうにその魚のひれを刺しておくので刺し身、つまりさしみなますの名の起り」とあり、これが初めて刺身に関する記録が登場した文書のようだ。 酢には肉や魚をやわらかくしたり、臭いを消したりといった効果があるから、世界中で生魚を酢で和えマリネで食べる文化があるが、日本も奈良、平安時代は生魚の切り身に塩や酢を付けて食べていたようだ。鎌倉時代は魚以外にも細切りした素材を酢で和えた料理を鱠(なます)と呼んでいたらしいから、刺身とは本来は魚を酢でしめた「鮨」のことだったのかも知れない。現代では野菜の細切りを酢で和えただけの料理も”なます”と呼んでいる。また、江戸時代は殿様に魚を献上する際に 何の魚を食べているのか殿様がわかるように、各切り身に魚の名札を刺して献上していたから、刺し身はそこから来たという説もある。江戸時代に醬油が使われるようになると、庶民に刺身を醤油で食べることが普及していき現代のスタイルになったようだ。そんなわけで8月15日は「刺身の日」なのだが、近年は海水温の上昇による不漁で漁師たちは悩んでいるようだ。低い水温を求めて魚が深くに潜ってしまい獲りにくくなるからだ。記録的な暑さが続く沿岸部では水揚げ量が減少する上、光熱費・物流費・人件費など、諸経費がすべて高騰したせいで、庶民の魚が高級食材となってしまった。僕は親が漁師だったせいで、子供の頃に魚ばかり食べさせられたから、魚嫌いになったので まったく魚を食べようとは思わない。だから刺身を食べたいのなら自分で釣ってくれば良いのにど思う。8月なら東京湾でも、関西の魚だと思われていたタチウオが良く釣れるという。タチウオはうろこがなく 皮がうすいから、皮つきのまま刺身で食べられると人気らしい。江戸時代に書かれた東京湾主要漁獲物という資料にもタチウオがあるそうだ。タチウオはもともと江戸前の魚だったのだ。昭和30年代から埋め立てや汚染のせいで 東京湾では絶滅したと思われていた魚が多いが、近年はタチウオのように昔とおなじ江戸前の魚が獲れるようになっているようだ。タチウオはメタリックな剣のように長いから『太刀魚』、あるいは垂直に立って泳ぐ習性から『立ち魚』と名付けられ、英語でもサーベルフィッシュ(Saberfish)と言われている。 でも 僕は食べないけどね。

2026-08-15 14:25:35 投稿 / 734×550ピクセル

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