No.118302

魏√ 暁の彼は誰時 6

短いですが続きです。
なかなか話が進みませんがご容赦ください。
少しでも楽しい話になればいいと思うのですが……

2010-01-13 00:57:37 投稿 / 全2ページ    総閲覧数:5978   閲覧ユーザー数:4587

何事かを考えていた華琳であったが、伏せていた目を上げ一つ大きな呼吸をすると

 

「秋蘭」

 

と呼びかけた。

 

「はっ」予想通りの澱みのない返事が返ってくる。

 

「明日の朝までに、皆の意見をまとめて持ってきなさい。

 

 明後日には結論をだすわ」

 

「御意」

 

秋蘭は冷静かつ公平に物事に対処し、魏の中で最も信頼されている将の一人である。

 

華琳のことを深く敬愛しており、華琳もまたその才を愛している。

 

大事に際し公私を区別できる彼女を選んだのは、当然と呼べるものであった。

 

言うべきことを言い終えたとばかりに腰を上げると、華琳は颯爽と玉座の間から出て行く。

 

降り続く雨もこの時ばかりは足元を濡らすのを躊躇うかのように弱まっていた。

 

 

 

朝議の終了を春蘭は告げる。

 

文官達の多くは急ぎ玉座の間を出て行くと其々の仕事に向かっていった。

 

しかし退出する様を凪と桂花は見ていなかった。

 

(華琳さまは皇帝になるおつもりなのかしら)

 

桂花は、自分ほど華琳を敬愛し理解している者はいないと思っているだけに、このやり取りは大きな驚きであった。

 

「華琳さまが悪いのではない・・・」

 

大きな両目のまぶたをしきりに上下させ、口のなかでつぶやくように言った。

 

思考がまとまらないのか下を俯き、周囲には目もくれず自室へと戻っていった。

「凪ちゃん、聞こえてるの~」

 

「あぁ、聞こえている」

 

沙和の問いかけに凪は口元に笑みを浮かべて答える。

 

「今日はご機嫌さんなの」

 

「せやから雨っちゅうわけや」

 

真桜の皮肉めいた台詞にも珍しく「そうかもしれない」と笑って答えることができた。

 

「どないな風の吹き回しや」

 

ここ最近見なかった親友の態度に驚きを隠し得なかった。

 

「今までの私はどうだった」

 

と問いかけるように前置きし、一つ息を入れ、次のように語りだした。

 

「ここ3年何をなしたかといえば、恥ずかしながら隊長の残したものを守るだけだった」

 

2人はいつになく冗舌に語る凪を不思議な思いで見つめていた。

 

「だが、内外多端で仕方がなかったのかもしれない。

 

 これより国内の平和を見るにはさらに幾許かの時間が必要かと思う。

 

 そのための胸算もここに」

 

そう言って自らの胸に手を当てる。

 

「ほんま、どない――」

 

寡黙な凪がいつになく多弁なこととその内容の異質さを問いただそうとした時、凪はさらに話を続けた。

 

昨夜、夢を見た、という。

 

自分が、と凪は言う。

 

隊長と断崖の頂上で組み打ちをしていたが、2人とも足を滑らせてはるか崖下の谷底に落下した。

 

落ちたと思った時に目を閉じたが衝撃がこなかった。

 

恐る恐る目を開けると、隊長に手を引かれて空を飛んでいた――

 

凪は一刀がいなくなって以降、表向きは毅然とした態度を続けてはきたが、神経の衰弱はよほどのものであった。

 

しかしながら、この一事をもってして何事かをすくわれたに違いなかった。

 

それを感じた2人は安堵すると同時にちょっとしたいたずら心が生まれた。

 

「凪もたまっていたんや」

 

「好きな人と飛ぶ夢って抱かれたいってことなの~」

 

そう言うと、目をきらきらと輝かせて凪の右腕と左腕にそれぞれぎゅっと抱きつく。

 

辺りを穏やかな空気が包んだ。

 

……かのように見えたが、

 

「……沙和、真桜……いい加減にしろ……」

 

久しぶりの雰囲気に2人の背中を冷たい汗が伝っていく。

 

「まさか、凪ちゃん?」

 

沙和が肩越しに目を向けると、真桜はすでに凪から離れこの場を去ろうとしていた。

 

「あっ、あはっ、あはっ……」

 

すでに笑いとは呼べない言葉を発しながら、抱きついていた腕をそっと離し、真桜について行こうとする。

 

「わたしは真面目な話を、し・て・い・る・ん・だっ!」

 

凪の拳に籠められた巨大な氣弾が真桜と沙和のちょうど真ん中の床に突き刺さる。

 

凄まじい音と衝撃が部屋中にこだまして、渦をまくようにして風が吹く。

 

「きゃああああああああ、凪ちゃん、許してなのー……」

 

「あああああ、ウチらがなにしたっちゅーーねーん……」

 

降りしきる雨の向こうに2人の姿と共に言葉尻がかき消されていく。

 

それを見届けると、少し悪戯っぽい笑みを浮かべて何事もなかったかのように玉座の間を後にした。

 

 

 

……つづく


 
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