No.115548

魏√ 暁の彼は誰時 5

遅くなりましたが続きです。
ご意見お待ちしています。

よいお年をお迎えください。

2009-12-31 19:27:58 投稿 / 全4ページ    総閲覧数:5975   閲覧ユーザー数:4641

一刀は息も絶え絶えに走り続けている。

 

日頃から走っているとはいえ、それでも身体がついていかないほどだ。

 

野生の鹿を相手に追い掛け回せば誰でもそうなるであろう。

 

朝から始まり、今は既に太陽が頭の上を通り過ぎている。

 

走っている理由といえば、昨日、献帝陛下御一行が鹿狩りと称してやってきたのである。

 

そのための準備で1ヶ月間大忙しだったが、それに輪を掛けて今の方が数倍忙しい。

 

なにか落ち度があれば相応の罰を覚悟しなければならない。

 

もちろんそんな悪政を敷いているというわけではないのだが、やはり皇帝陛下、一般人からしてみれば雲の上の存在なのである。

 

陛下一行の行列を窓から見ていた時も婆ちゃんが

 

「軽々しく覗いてはいけません、それとわかれば罰せられるかもしれませんので」

 

と一刀を嗜めていた。

 

市民が皆平等であるという意識は当然この時代にはない。

 

身分と格式でその扱いも差別される。

 

一刀も頭では理解しているつもりだが、実際に目の当たりにすると腑に落ちないところがあった。

 

しばらく地面に腰を下ろし、ぼんやりと空を眺めていたが、今すべきことを思い直し再び森の中を駆け始めた。

一方、夜が明けた許都・・・

 

今日は朝から雨が降っている。

 

雨の中、魏の主だった将や文官達が玉座の間に集っていた。

 

毎朝魏王たる華琳の前で重要な決定事項や新たな検討課題の伝達等が行われる。

 

定例的に行われており、朝議と呼ばれている。

 

通常は魏の主だった将だけが参加しているが、週に1回は今日のように文官達も集まり執り行われている。

 

全員が集まった頃、朝議の開始を告げる鐘の音が鳴った。

 

廊下から華琳の靴音が響いてくる。

 

すると、それまで私語でざわついていた玉座の間が水を打ったように静まり返った。

 

華琳は他を圧倒する威厳を身に纏い、静かに中央へと進んでいく。

 

玉座に自然とかつ優雅に腰を下ろす。

 

魏の将の配置は次のとおりである。

 

華琳から見て右前より春蘭、秋蘭、霞、季衣、流琉、左前より桂花、風、稟、凪、真桜、沙和と並んでいる。

 

その中で春蘭は全員を見渡させるように斜めに立ち、いかにも参謀長格といった感じである。

 

「それでは朝議を開始する」

 

全員が揃ったことを確認すると彼女は静かに通る声で言った。

「ここは議論するための場じゃないのよ!」

 

桂花は幾分かの怒りを含んだ声で睨みつける。

 

睨まれている稟自身は、その事を気に留めず目を細めながら続ける。

 

「しかしながら巷でも話題になっていることを、議論もせずそんな話はなかったということにはできません。

 

 ましてや、ここで結論を出すわけでもなく皆で話し合って決めましょう、と言っているだけです」

 

その言を聞いて文官からも同意の声が聞こえてくる。

 

「そもそも国の大事を華琳さまの同意もなしに決めることはできないわ!」

 

「ですから今華琳さまに聞いていただいているのです」

 

 

 

稟に先手を打たれた、と地団駄を踏むような思いであった。

 

今日の朝議も終わりが近くなるまでは順調に進んでいた。

 

だが三国会議の準備の進捗状況についての話となった時、稟が突然

 

「今後の国の形について議題にのせて欲しい旨の連絡が呉、蜀よりありました。

 

 会議まで時間がありませんので、急ぎ資料の作成及び事務方との調整に取り掛からせていただきたいと思います」

 

と言い放った。

 

桂花にしてみれば、突然心臓をつかまれたようなものである。

 

皇帝という単語は使用していないが、稟の言葉に少なからず反応した者はその意味を間違うことなく感じ取っていた。

 

練ってきた対応策の大半は今の言葉であっけなく雲散霧消してしまった。

 

今回のことに限らずいつも自分とは違う戦略戦術案を出してくる稟の事を多少なりとも煩わしく思っていたに違いない。

 

しかし、この一挙に関して言えば桂花も胸に度胸を据えてしまっている。

 

失敗したならば、と言う事を考えなかった。

 

失敗したところで自分が死ぬだけのことである。

 

この場における桂花はいさぎよくそのように開き直っていたのであろう。

朝から降っていた雨は、気付けば滝のような豪雨になっていた。

 

雨は庭を打ち、玉座の入り口まで飛沫となってあがってきている。

 

隣で今にも掴みかからんばかりの勢いで口論がなされている最中も、凪は静かに目を閉じていた。

 

3年前のあの日より一段と寡黙になり、一言も発しないまま1日が終わってしまった事さえある。

 

そうした凪が桂花の方に首を向けた。

 

日頃朝議では意見を言わず静かに目を閉じていることが多かったので、首を向けるという行為ですら満座の注目を浴びることとなる。

 

そうして桂花をじっと見つめていると、しばらくして声を発した。

 

「桂花さまの言う事も尤もですが、稟さまのご意見にも一理あります。

 

 ここは華琳さまのご裁断を仰ぐほかないでしょう」

 

そう言って、華琳の方に目を向けた。

 

それまでのやり取りを特段の感情も表さず悠然と眺めていた華琳であったが、凪の言葉を受けると静かに目を伏せしばらく何事かを考えているようであった。

 

 

 

・・・つづく


 
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