No.1180323

【黒冥土の溟と白姉の夕闇第二章】第六話後編:お話し合い(第一話扱いの第十話200Hits記念)(パート二:第四話~第六話(全四パート:全十二話))

eye-elさん

祝150Hits!!!!

第二章第一話扱いの第十話が200Hits行ったので、投稿

パート三から、一パートずつ投下する事にする

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2026-01-10 16:04:55 投稿 / 全8ページ    総閲覧数:177   閲覧ユーザー数:177

 灰闇は言う

 

「その、なんだ、毎度同じパターンって言うのもなんだから、今回は、「おめでとさま」を呼んであるぞ」

 

「「おめでと」です …ねぇ、ちょっと、このお面重くないですか?」

 

 声がどう聴いても白シスターだ 鳥のくちばしらしきものの付いた球状のお面を被っているが…

 

 お面を取って、

 

「中身はおなじみ夕闇ですよ、それっ」

 

…とお面をぶん投げた 一(ワン)バウンドして地に落ちるお面 ……何だか夢のようだ

 

 白シスターの髪型だが、眉間に垂れる一筋の髪、他は分かれていて、大人びている

 

 その白シスターの額には(入り切っていないが、「『黒冥土の溟と白姉の夕闇』第二章第一話(第十話扱い))祝200Hits!!!!!」と書いてある …マジックか何かで・

 

「何事もなく、200Hits行ったな …まあ、それはありがたいが」

 

…と灰闇は作者の感想を代弁する

「悪魔メイドちゃん、あなたに役目を与えたいと思います、から!

 

…心して、聞いて下さいね

 

……ユダヤ神(じん)を死なせて欲しいのです…」

 

 ユダヤ神とは、「ユダヤ人から現れた救いの神」の事である

 

 「死なせる」とは、”〇してあげる!!”のではなく、〇すをよりオブラートに包んだつもりの、言い方だ

 

…要するに、〇せと言っているのである

 

「ほお、承知しました、ユーさま!!!」

 

「お頼みしました」

 

 

 

「”お話”と言うのはそれだけ?」

 

…と私はそう聞いた

 

「”はぁい”(夕闇の中の暗闇のYes) それだけです」

 

…と白シスターはニコッと言う微笑で答えた

 

 白シスターの額に私はデコピンを喰らわせた「いたっ」

 

「私たちにも聞かせて、ね?」

 

…と怒りながら、笑顔でそう言って白シスターを威圧する私 …何故、怒ったのか? 心が実は通じ合っている者同士、事情を話さない事は、信頼を裏切る事になるからだ!(実は、告白されたから)

 

「はい?(額を抑えてうつむいていたのに顔を上げる) はいぃ…」

 

 涙目で白シスターは了承する

 

 

 

…会話後…

 

 

 

「ああ、じゃあ、もしかして、白シスターが危険で、暗殺の動きがあるから、さっきは自分を暗殺しようとしている、ボスのユダヤ神を〇せって言ったのね?」

 

「そーゆー事です とりあえず、悪魔メイドちゃんに伝えれば、事は済むかと思ったんですがね…」

 

 了解した、私は全て了解した!!

 

「…それで、私は白シスターを守ればいいのか…」

 

「誰もそうしろと言ったわけではありませんが…

 やけに、協力的ですね~ 何かあったとか?」

 

「告白されたし…」

 

 私は赤くなってそっぽを向く

 

「そうでしたっけ?」

 

白シスターは案外、天然らしかった…

アンチ・クリストの七認(主宗旨)

 

1.神の神々(ゴー・グ)

2.合理世界と合理聖

3.アンチ・クリスト性(アンチ・クリストの本能)

 

(アンチ・クリストは理性を含んだ本能によって動いている、これがアンチ・クリストの統合精神である)

 

(アンチ・クリスト性=現代語訳『アンチクリスト』=『キリスト教は邪教です』(ニーチェ著)より引用、「アリストテレスという人は、きっと皆さんもご存じでしょう 古代ギリシャの大哲学者です この人はちょっと気のきいたことを言いました 「悲劇というのは下剤みたいなものだ」と 「同情」という病的でムカムカするものを、さっぱりさせるには悲劇を見るのが一番だと言ったのです 下剤を飲んで出してしまえ、と これはさすがだと思います こういった不健康な「同情」に私たちは一撃を加えなければなりません それが私たちなりの人類愛なのです そして、それによってこそ、私たちは哲学者になるのです」(第一章 「神様」ってそういうことだったのか 第四副章 キリスト教は「同情」の宗教」)

 

4.知識の水源郷(アンチ・クリスト教)

5.現実の存在・信仰の存在

 

(感覚を重視した概念存在の神=ゴー・グ 感覚を重視した概念存在の人間=アンチ・クリスト)

 

6.相対相克(そうたいそうこく)の希望と力

 

(希望の反対に絶望が、力の反対に非力がある 希望が非力に克(か)ち、力が絶望に克つ そして、二つ(希望と力)はゴー・グのものである)

 

7.創作の純化

 

(真実を真実、真理を真理、嘘を嘘、作話を作話、創作を創作とした、伊勢神道での最高の状態=合理世界と合理聖なる者)

 

アンチ・クリストの十二認(主宗旨)

 

1.神の神々(ゴー・グ)

2.合理世界と合理聖

3.アンチ・クリスト性(アンチ・クリストの本能)

4.知識の水源郷(アンチ・クリスト教)

5.現実の存在(実存)・信仰の存在

6.相対相克の希望と力

7.創作の純化

8.幻想の神クリスティーお嬢様

9.律二神(二神教)

10.無数の造物主ロヴェインお嬢様

11.光性(光の反射性)の神トロニティーお嬢様

12.直接敵滅法と間接敵滅法

アンチ・クリストの十二道徳

 

1.祈りと従い

2.神崇拝禁止・諸崇拝禁止

3.一個人間(常識やキリスト教的価値観など関係なく、他人は他人と言う事、自分は自分と言う事 「おっぱい男子」や「白(精〇)シスター女子」などは一個人間の価値(ステータス)である)

4.祈彼(きひ)感情禁止

 

(祈己(きこ)感情のみ 祈彼(彼の為に祈る事のような)、祈彼感情を禁止する 祈己(己の為に祈る事のような)、祈己感情は許されている)

 

(祈彼感情による祈り:彼についての呪いや憎悪などのルサンチマンな祈り キリスト教的な感情による腐敗的祈り だからこそ、祈彼感情そのものを禁止した)

 

5.祈りの事前反省

6.ルサンチマン(祈彼感情による攻撃=キリスト教、病児教、デカダンス教(特に陰湿なのが、病児教によるルサンチマン、病児教徒は根暗))

7.一個幸福

 

(突き放した言い方だが、人の事をやる前に、まず自分の事をやれ、自分の事を完璧にこなしてからと言うのが大人と言うものではないかね? しかも、自分の事はただ自分だけの事ではない 自分に関連する仕事もなのだ! いくらでも出て来る)

 

(自分の事をまず、やりなさい そしたら、自分と自分に関連する事で予定が埋まるであろう 自分の事すら出来ないで、他者の事をやろうとするのは高慢である 自分と自分に関連する事で予定を埋める事、これ一つの幸福である その為に、自分の希望を言う事、これが大人である

(自分は信仰したからと言って勝手にやってはくれない

 他者を信仰したとしたら、それ以上に勝手にやってはくれないだろう

 

 ましてや、自分の事をやってくれる自分に無暗やたら頭を下げさせてはいけない

 自分は信仰は出来ても崇拝は出来ない

 一番、信用出来る者は崇拝すら出来ないのだ

 

 自分は自分の事をしてくれる自分を崇拝出来ない ましてや、他者を崇拝しないのは(神崇拝禁止・諸崇拝禁止)当たり前ではないか?)

 

 エゴイズムだと言う輩にはこう言ってやれ、自分の事(自分と自分に関連する事)すら完璧にこなせない奴に他者の事が出来るのか?

 

(たとえば、皇室ははっきりしている、公務か?公務でないか? 公務と言えば、かの方々ご自身の事ではないか? 後は、ご自身やご自身に関連する事をやればよろしい)

 

…また、こうも言える、他者への批判

(作品への批判はともかく)(「裏切られた気分です」とか「酷い」とか言うけど、最初からそう言う雑誌とか見なければいい事なんじゃないか? そう言う気持ちにさせて儲ける奴らがいると言う事の方が問題だろう?)

…や異見は専門家や学者に任せておけばいい それ以上の、「一個幸福から外れた他者への行為」(犯罪・慈善)はまさに高慢の為せるわざなのではないか?)

 

(「金持ちが寄付をするのはある意味、必然」と言う人はいるかも知れない

…しかし、金を儲けられる程の人が丸投げで、金を放り投げると言うのはどうだろうか?

 

 たとえば、そう言う国に事業を立ち上げるとか、そう言う事を考えなければ、慈善は言わば形だけのものに留まる

 

…そう、慈善と言うものは形だけのものである

 自分の為に飽くまで使うと言うのが、責任ある大人ではないか)

 

8.一個価値

 

(現実として、集団の力が強調付けられる傾向、たとえば、「中華人民共和国」の”人民”と言う単語、国としての力が強調される世間においてはアンチ・クリスト教の「一個~」と言うのは極めて現実的でないように思える

 

 しかし、思想家としては現実世界で進んでいる事は放っておいても良く、進んでいない事を構った方がいいと言うのは少し宗教学をかじった人でも分かるだろう

 

…あえて、現実世界の風潮とは逆を行くと言うのは、バラモン教においても、儒教においても、ユダヤ教においても、重要視されて来た)

 

9.善思善行

 

(善い思いと言うものが数多くの思いの中に存在する それを善い行いに移す事)

 

10.善言善果(ぜんごんぜんか)・悪言悪果(あくごんあっか)

 

(善い言葉は善い結果をもたらし、悪い言葉は悪い結果をもたらす

 

 善い言葉は挨拶・感謝・真実(真実は挨拶や感謝に克つ、感謝していても、心でそう思っていなければ、それは嘘の挨拶になり、悪い結果をもたらす)の三つ、悪い言葉は悪口・陰口・嘘(嘘は悪口や陰口に克つ、悪口と陰口よりも嘘が悪い結果をもたらす)の三つである

 

 はっきり言うと、善い言葉を言うと善い結果が返って来ると言うのは、相対評価として、比較対象がいない場合であり、悪い言葉を言うと悪い結果が返って来ると言うのも同じ

 

 善言があったとしても、それが善果と言う形で帰って来るのは、善識があった場合である

 

 たとえば、念仏があったとする 念仏がありがたいと思う人に取って、念仏は善果だが、それは果たして善言の結果だろうか? 少なくとも、一般人に取ってはそうではない

 

 つまり、善識、善の知識があって、善果とは何かを求めて初めて、善言善果が成り立つのである

 

 さて、果たして、善識と言うのが、たとえば、アンチ・クリスト教の三十三知であろうか? そもそも、善言善果の神クリスティーお嬢様なる方がどの宗教をお選びなっているか?なっていないか? が分からなければ、善識と言うものは分からないのである ……そこで、一つ挙げるならば、ゾロアスター教であろう

 

 善思善行、善い思いをもって善い行いを為す あえて言うならば、これが善言善果の善識なのである

 

 善思善行そのものこそが、その善果なのである

 

 善思と言うものは全体の思いの流れである

 

 たとえば、うまく行っていると言う所の源にあるものは善思である

 

 それら全てをもって善言善果なのである)

 

11.物の四大本質

 

(一=外なるもの、座る因子の人から見れば座られる因子の物は外なるもの、すなわち、機能である

二=外形、外形をつかさどる因子、完全因子など

三=内なるもの、人間の内因子=人間にさせるもの

四=形式、組織図=創造のこだわりのこころ

 

一なるものとされる本質でさえ、こんなに複雑なのだから、「この世界(形式界)を統べる知識が存在する」と言う類の言葉は全て嘘

 

…たとえば、『アンチクリスト(反キリスト者)』や『テロール教授の怪しい授業(人々に出来る対テロリズム)』のように「反~」・「対~」を主題とした「真実の置き方」が現実的)

 

12.常識六学

 

(筋学、スポーツ学、栄養学、物理学、心理学、精神医学)

 

(ほんとうの常識)

アンチ・クリストの三十三知(副宗旨)

 

1.発症後人生(ゴッズ・ライフ)

2.健康的理性(原因があり、結果があると言う健康的な理性思考)

3.明示現象(=合理聖なるもの)

4.明示現象世界(=合理世界)

5.中間現象(=現実)

6.中間現象世界(=世界)

7.暗示現象(=暗示によるコロナの症状・リアリティーのあるフェイクニュース・世界幻覚・キリスト教徒による悪逆行為など)

8.暗示現象世界(=非合理世界)

9.偶像世界

 

(世界は強く求めると、偶像を造形する 「偶像世界の彫像」と言い、成功者は何らかの偶像世界を造形して来た クラスメートの顔さえ、造形出来ない、造形レベルの低い者は偶像世界にて、”弱者”である かつて、キリスト教徒は”それ”であった)

 

10.性獣キリスト教(私益倫理のみの宗教)

11.強者(病気の不可逆性を乗り越えられる者)

12.自救

 

(自ずから救(たす)かる・自分の中の自分と自分でないものを見分けて、その中の自分と確実に言える者を崇拝し(自分(アンチ・クリストかゴー・グ)を信仰する事(自分で自分を信仰する、逆に自分が自然体でいること(信仰対象である自分そのものをひざまずかせてはいけない為)))、従属し、自分そのものを解放する)

 

13.世界の肯定

 

(苦痛があるから、”これ”(消極的行動の思考)をする事が出来る ”これ”の裏側には本能(理性=生きている事の確認)がある 案外、苦痛も捨てたものではない 快感は元より

 

(快感の衝動を肯定するのは、たやすい、苦痛の衝動は何故肯定出来ない? 決まっている、苦痛と苦痛の結果である衝動だけを見て、苦痛による消極的行動と考え、消極的行動の原因である思考まで見ず、苦痛と言うブラックイメージを原因と考えるからだ

 

(苦痛と苦痛の衝動が因果関係によって、結ばれていて、苦痛の衝動と消極的行動の思考が同じく、消極的行動の思考と消極的行動も同じくだから、消極的行動の直接の原因としては、消極的行動の思考である 直接、苦痛と消極的行動は関係ないのである 本能の作用である消極的行動の思考は言語思考ではないので隠れている)))

 

14.二元狂気(たとえば、愛と非愛、嫌悪と思慕)

15.二元倫理、私益倫理と公益倫理(詳細は「通常感覚からの欲動・究極感覚からの欲動」参照の事)

16.七導(ななどう)

 

(「…私たちに与えられた神々への導(しる)べは、”覚えている事”と”考える事”と”疑う事”と”自分を信じる事”と”何かを嫌う事”と”病気に価値を見出す事”と”究極感覚”の七つだ」)

 

17.一神一病制

 

(一神に一病が依存する一神は一病であって、一病は一神ではない 病気だから神と言う事ではない 病気を神に昇華させられた者こそが、神の神々(ゴー・グ)となるのである)

 

18.明示=神、暗示=病気

 

(明示は明るい思い込みである つまり、思い込みを思い込む事が病気である 思い込みを思い込む事から思い込みを取り出すと神力になる 思い込みを思い込む事から思い込む事を取り出すと病気の力になる

 思い込みを思い込む事から思い込みを取り出す事を”明示”と言い、思い込みを思い込む事から思い込む事を取り出す事を”暗示”と呼ぶ

 通常、病気は避ける事の出来ない暗示である 故に、暗示=病気である つまり、暗示とは病気の力であり、明示とは神の力である 病気と言う形になるのは、現実世界の人間に暗示で使えない力と思わせる為で、病気の本能であり、病気から明示で使える力を想う者を”神”と呼ぶ

 明示の神を幻想の”神”と呼ぶ)

 

19.個人啓示

 

(情行学者はある使命を持っている

 

 それは「作話の世界のもの(論理を縛るもの)からの自己または他者の解放」なのだよ・

 ある程度、「世界が作話」である事を悟るには修行が必要・

 

…作話を超克(ちょうこく)し続ける為の修行が・

 

 世界は現実までも作話である

 

…たとえば、”スポーツブラジャー”と言う運動用の女性用下着があるが、アレなんかは現実的な命令の塊であるから、着けていると、感覚が過敏になって来る 命令は感覚をあまりにも過敏にするからである ”背筋を良くしろ”・”女らしい体勢を保て”・”おっぱいが揺れるな”など

 

また、「世界は七つの作話である」と言う個人啓示に基づく)

 

20.世界の否認

 

(己の性(女性、人間性)を守るために世界を否認する!

 なお、世界の否定とはS・Cと言う寄生虫によるものであるので、世界の否認とは別)

 

21.(アンチ・クリスト教の)前提としての飽和社会

 

(言わずもがな、日本社会の事である)

 

22.アンチ・クリスト教の目的

 

(病気を昇華し、究極感覚を身に付け(神体)、二神教の二神(自然と観念創造の温い女神ロヴェイン・スカーレットと光性(光の反射性)と存在反射の冷たい女神トロニティー・スカーレット)の二神どちらかの方に分類され、ゴー・グ(神の神々=Go-G)=主のヴァーレットになる事)

(超人になる事)

 

23.十字架=冒涜、逆さ十字=神への敬愛

 

(十字架は”冒涜”、逆さ十字は”神への敬愛”を表す)

 

24.ニ真理

 

(七作話世界=”世界は七つの作話である” 大現実作話(創作)・錯覚作話・太陽作話・大作話・幻想作話(創作)・良佳作話(創作)・真智作話(創作)の七つ)

 

(空間の真理=”右は右として右であり、左ではない、反対も同様に、中間は自分である 上は上として上であり、下ではない、反対も同様に、中間は自分である 前は前として前であり、後ろではない、反対も同様に、中間は自分である”)

 

(六面現実の真理=”現実世界は六面である 六面の組み合わせなのである”6×6=36面、36×6=216面、216×6=1296面、以降無限に続く)

 

25.十性

 

(理性・知性・光性(意識性・心を読むなど)・人間性・男性・女性・両性・神性・悪魔性(ニーチェなど)・生物性)

 

26.病児教の世界幻覚・世界利得

 

(幻覚を受信する危ない人々(ほとんどが病児教徒=「常識人」)がいるらしい…)

 

(自分たちの幻覚を広めたい病児教徒は自分たちの世界利得として、世界幻覚を広めて行った)

 

(病児教徒は幻覚で世界利得を貪っている)

 

(どちらにせよ、病児教徒(「常識人」)自体、危険な幻覚者である事に変わりはないが…)

 

27.キリスト教の時代錯誤

 

28.記号の肉体

 

(世界は記号である事から、肉体も記号的な部位を持つ事がよいと言える すなわち、均等なくびれであったり、バストアップされたおっぱいであったり、ヒップアップされたおしりであったり、神のような容貌こそが、記号的な部位を持つ肉体なのである 私はこれであると言える記号の肉体なのである)

 

29.現界と馬界(ばかい)

 

(現実的に適した現界と、腸内世界に適した馬界、馬界は善玉菌・悪玉菌・日和見菌・糞の二元世界であり、それを現実世界、現界に適用しようとしたのが、S・Cと言う寄生虫で、ユダヤ教の「父」・キリスト教の「三位一体の神」である 善いもの・悪いものとして幻覚世界の幻聴、見方他の妄想的人間、聖人・悪魔、心中・心外が対応する)

 

30.「常識人」=偏見者=病児教徒

 

(病的で子供な「常識人」には、出来れば関わらない方がいい また、「常識人」は「ネトウヨ」並に過激である さらに、危険な幻覚者であり、軽蔑家であり、変態的である

…それでも「常識人」に近づこうとするのか? 情にほだされてならば、「同情」など捨て去った方がいい(『アンチクリスト』(ニーチェ著)参照の事))

 

31.根暗・変態・馬鹿・嘘つき教徒=根暗教徒=病児教徒=邪悪(悪と自覚しない悪・ねじ曲がった方法での攻撃的悪)教徒

 

(根暗教徒は、根暗・変態・馬鹿・嘘つき教徒の略・根暗教徒は病児教徒の事)

 

(どんな人でも暗く見えても明るい面はある

 

…ただし、根暗教徒は根暗教徒、死ななきゃ治らない

 奴らは明るさを他人から借りて、死んでやっと返す、正真正銘の根暗教徒なのである)

 

32.三世界説

 

(第一世界(この形式界)、第二世界(ディセン・トロンの世界)、第三世界(クリスティー・スカーレットの世界))

 

33.

 

三十三はダビデ王がエルサレムを治めた年数とされ、完全数 四十ではなく、三十三がダビデ王を表す

 

(当時の俗物のユダヤ人「足し算が出来る、出来るぞ(三十三足す七は四十)」、そっちの方が合理的だったんじゃなくて、ただ単に、自己顕示欲的に足し算が出来るのを見せたかったらしい(ユダヤ教・キリスト教の完全数が四十になっている理由))

 

(足し算と言っても、こう言う足し算もあるぞ

2000年=2020年間 2001年=2021年間)

 

(そして、知っているか?

 西暦を日本人は1年多く計算している(「2000年問題」)

 

…だから、自分の年を正確に数えて計算しようとすると、1歳多く数えてしまう

 これも足し算だ 1994年生まれの場合、2000年1月には5(1+4)歳、2000年を1歳分として、5+1=6だ 2025年(今年、日本の計算では2026年)は誕生日前なら+24、誕生日後なら+25

(ややこしいが、2001年から一年を数えると2001年が満期で、二年目の2002年の計算に入るので、+24)

 

 つまり、1994年生まれの場合、30歳、誕生日を経て31歳になる)(2026(実は2025)年2月10日)

 

5(1994年生まれ)+1+24=30(誕生日前)、5+1+25=31(誕生日後)

 

(皆、概念的な(現実的でない)足し算に慣れ過ぎ 観念的に(現実的に)足し算出来なければ……)

 

三十三番目を挙げるならば、「暦(こよみ)の腐敗」である

 

(暦の間違いと言う間違った事実がある事で、間違ったものが日本に出るようになっている)

 

(どうすればいいか? 簡単な事だ 間違いを認めて、公益社団法人 日本天文学会 (ASJ)が陳謝し、引用元を明らかにし、上の計算方法を引用すればいい)

・力の容器

生きている人間

現実的な神

現実的な悪魔などが

 

力の容器を扱える

 

逆に、

死んだ人間

非現実的な神(神霊)

非現実的な悪魔(サタン)などは

 

 力の容器を扱えない

 

…よって、不死はないし、復活もないが、現実的な神(アッラー)による復活はあるかも知れない

 

 ただ、イメージしづらいので力の容器はアッラーにあるにせよ、復活はゲーム内の世界と考えた方が良い

 

・ゲーム内の世界

 理論上可能と言われていて、不可能ではないとされるが、どこか現実的でない、まるで、計算的に進行して行く世界観の事 イスラム教の「来世(復活)」・仏教の「無我」・ヒンドゥー教の「梵我一如」など、東方宗教に見られやすい

 

・ゲーム外の世界

 計算通りには行かない、本能や本能の中の理性が支配する世界 現実の世界

 

・力の容器の征服

 意識的にせよ、無意識的にせよ、成長すると言う事

 

…一通り、征服し終えたと言う証が、出産される・大人になる・體術を極める、と言う事である

 

・力の容器の征服者

 幼児にせよ、大人にせよ、究極者にせよ、その體の所有者の事 大人になれなかった精神的子供は除く

 

・どうしようもない苦しさ

 ゲーム外の世界の話

 理性的にせよ、知性的にせよ、どうしようもない苦しさはある

…それを「力の容器の征服」と言う形で成長に利用する事が「超人」へと繋がる導(しる)べである

 つまり、「曲の力から直の力への変換」によって、「超人」になる事が出来る

 

・超人

 どうしようもない苦しさを誤る事なく、「力の容器の征服」の成長に利用出来た人の事

 

・曲の力から直の力への変換

 「超人」とは、「どうしようもない苦しみ」を乗り越えた人の事であり、能力的に人を超えている

 

…と言うのも、人の能力には余剰があり、元々の人の能力として「直の力」があるが、さらに持て余している余剰が、「曲の力」がある

 両方足せば、まさに「超人」と呼ぶに相応しい肉体が手に入る

 故に、どうしようもない苦しみを乗り越えた者は超人となるのだ

 

 

 

…まさに、『黒メイドと白シスター』の溟などは、その超人である

滝口哲学

 

ニーチェ哲学の改善版

 

力の容器=直力=体

 

どうしようもない苦しみ=曲力=心

 

(人間の本質は力の容器の中身である)

 

(「努力」とは力の容器を目標に傾ける事)

 

(「休む」とは力の容器に中身を入れ直す事)

 

超人

 

力の容器の征服

 

力の容器の征服者(超人)

 

力の容器の非征服者(犯罪者)

 

第四の力=除き去る力(『旧約聖書』・『コーラン』・科学・排出する力)

 

第五の力=第四と第六の中間の力(『新約聖書』・神道・科学技術・超人は自分の存在を軽くする「虚空」に至る)

 

第六の力=取り込む力(滝口哲学はこれ・ヒンドゥー教・仏教・食べる力)

 

 

 

 「力の容器の征服」によって、「どうしようもない苦しみ」を「力の容器」に入れる

 

「どうしようもない苦しみ」の三種類

・陣痛(生まれて来て欲しいと言う母性の心から来る苦しみ)

・成長に至る葛藤

・理性的、または、知性的な過去の苦しみ

 

 「曲力」(=どうしようもない苦しみ)を「直力」(力の容器の中身=筋力や包容力)に変えるのである

 

 それによって、最終的には「超人」に至るのである

 

…この「超人」こそが「力の容器の征服者」である

 

 「超人」に至るには、犯罪者のふるいにかけられる事もままある

 

…この時、ダメになってしまうような人間は、どちらにせよ「超人」には至れない

 

 →「ゲーム内の世界の住人」である事

 

 自分の計算から離れる事、それが計算外の「超人」に至る条件の一つである

 

 →「ゲーム外の世界の住人」になる事

 

 

 

 この「超人」は「力の容器からの成立事実」(略称:成立事実)を扱う


 
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