No.1107312

呂北伝~真紅の旗に集う者~ 第052話

どうも皆さまこんにち"は"。
宣言通り、投稿...っと言うより、大分早い投稿です。
20:00って言っていたのに。
これは私が他県に用事で拠点から離れるので投稿できない。なので事前に投稿する次第です。

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2022-11-21 12:05:02 投稿 / 全4ページ    総閲覧数:690   閲覧ユーザー数:663

呂北伝~真紅の旗に集う者~ 第052話「皐月 壱~序章~」

 時は現代に戻って、三国志の時代から1800年程進み2007年。鳳皐月は通っていた母校である(セント)フランチェスカ学園を首席で卒業して、志望であった九州大学文学部に合格し、鳳の本家がある九州に戻っていた。

学園に籍を置く皆が、彼女は東京大学や京都大学、又は海外の名門校に通う物だと思っていたのだが、あらゆる声を無視して、彼女は九州に拠点を置くことを決意したのだ。

10年前に行方不明となった幼馴染の行方探索の為。また、現代のネット情報網を利用し、何時でも動けるようにする為。情報収集と探索の同時並行するには九州に居を置くのが一番であった。

この日、夏がこれから来るであろう陽気な雰囲気と共に、春の空気に乗って彼女は北郷邸の掃除を行なっていた。

一年ぶりに開かれた広い家に、少し埃が被っている様でもあり、真っ先に綺麗にした広間の仏壇を開いて、かつてのこの自宅の主とその連れ添い、そしてその息子夫妻の位牌を納めて線香を焚き、鈴を鳴らして目を瞑り合掌する。

【お爺様、おじ様、おば様、会ったことはないけれども、おばぁ様、お待たせ致しました。これで皆が離れることはありません。どうか見守って下さいませ】

この家に暮らした昔暮らしていた4人の亡き人に黙祷を皐月は捧げる。

彼女が黙祷を捧げている4人の人物は、一刀の父母祖父母だ。彼の父母は一刀の行方不明以来毎日彼を捜索したが、過労により皐月が高校に上がる前に還らぬ人になった。

一刀の祖父は去年の暮に寿命により他界。祖母は一刀や皐月が生まれた頃にはいなかった。一刀の残された家族に妹もいるが、彼女は一刀の弟である叔父に引き取られ不自由なく暮らしており、この春皐月の卒業したフランチェスカに入学も決まった。

無人となった本家北郷邸を一刀の叔父が売りに出そうともしたが、それに反対をしたのは皐月と一刀の妹であった。

思い出詰まった家を潰したくないっという思いは勿論のこと、一刀の帰って来る場所を無くしたくないとの思いもあったのだ。

叔父夫妻も好き好んで潰したいと思うわけではない。しかし社会という物は無慈悲で、自宅の存続にも住宅費や維持費がかかる。

明治以前から続く北郷邸の維持費も、一つの一家が賄うには大変なる出費だ。

そこで皐月は一刀の叔父と交渉し、将来的に北郷邸を買い取る約束をする。

皐月は実家である鳳から自らが将来利用するであろう大学費を全て借り受けた。また、将来院に進むことを考慮に入れた上で、6年分の学費をかき集めて一刀の叔父に前金として渡したのだ。

自らは九州大学の学費免除枠に入り込み、学費免除にて大学に通い、北郷邸は自らが住み込み管理すると言い出したのだ。

彼女はこの時まだ高校2年。周囲の者も無茶な賭けと思っていたが、彼女は結果を出した。実家である鳳も裕福なのか皐月の要求通り資金を用意してくれて一刀の叔父を圧巻させた。

そんな彼女の頑張りに免じ、一刀の叔父も、資産管理に関しては、将来的に本邸の引継ぎは一刀の妹に譲与することを約束した。一刀の妹より買い取るかは別として、彼女が成人するまでは水や電気、光熱費などを自己負担することを条件に、本邸の管理を皐月に一任したのだ。

鳳家も娘が一つの家を管理することを不安に思ったが、鳳邸からも近所なので、時に様子を見に行けば大丈夫と判断し、鳳家からも皐月は了承を貰ったのだ。

 皐月が北郷邸に住み始めて2ヶ月。彼女は北郷邸に残された文献を読み漁り、北郷家に隠された歴史から一刀が消えた謎に着手し始めた。

一刀はあの時、皐月が少し目を離した時に姿を消した。皐月が戻って来る直前、一刀がいた道場から光が放たれ、それから一刀は消えてしまった。

神隠しなど非科学的で在り得ないことではあるが、それでも一刀が消えた物的証拠も無く、一刀の両親も懸命に探しても(ちり)の手掛かりすら見つからなかった。そうなればもう非科学的なことでも何でも調べるしかないと判断し、彼女は北郷家の歴史から紐解くことにしたのだ。

一刀の北郷氏と皐月の鳳氏の祖先は、かつて薩摩・大隅・日向(現:鹿児島県から宮崎県辺り)納めた島津氏に当たり、その分家が北郷氏と鳳氏であった。

そこで奇妙な一文を見つけたのだ。

『武之嶋津、知之嶋津。嶋津揃時、上之路拓(かみのみちひらく)』

その言葉に何故か彼女は心引き寄せられるのだが、特に気にせずに調べ物を続けるのであった。

世界中において人が突如消える事件などは幾つも存在する。例えばバミューダ諸島近郊の海、バミューダトライアングルにて消えた旅客機、サンチアゴ航空513便事件が確固たる例として挙げられる。

1954年9月4日に西ドイツのアーヘン空港からポルト・アレグレ空港に向かっている途中で、突如行方不明ロッキード・スーパーコンステレーションという旅客機が、35年の時を経てブラジルのポルト・アレグレ空港に着陸し、乗っていた乗客員含め皆、白骨化遺体となり発見されたという。

この事件は後の創作などとの噂もあるが、それでも何故この様な事件が起こったのか。

皐月はこれらの様な事件の証拠を集めたりして、一刀の行方不明と神隠しとは何か関係があるのではないかと彼女は調べていた。

皐月が北郷邸に住み始めて半年。これといった収穫もないままに、彼女は気分を変えて道場にて木刀片手に素振りをしていた。

10年前の皐月は文学少女であり、木刀を何時も振るっていたのは一刀の方であった。しかし一刀が居なくなってから暫く経ち、彼の祖父は徐々に元気を失っていくのが幼いながらに判っていた。

一刀の祖父は皐月から見ても厳格な人物であり、日本の剣道者の約1%しかいない剣道教士八段の実力者。男尊女卑時代下で育った昔気質(かたぎ)な人物であっても、遊びに来る皐月のことは邪険にはせず、孫一刀以上の優しい微笑を浮かべて彼女を迎えてくれる。皐月の両親も安心して任せる人物でもあった。

しかし孫がこの自宅に来たときに起きた失踪事件。自宅にいると油断したせいか。はたまた目を離した隙に行方不明となったせいなのか。息子夫妻への罪悪感と自身の軽率さと自己嫌悪にて責めては徐々に衰弱していった。

無論北郷夫妻も彼の自他共に厳しい性格を知っている為に、彼の落ち込み様を見て、かける言葉が見当たらず、昔気質故に自尊心が強い北郷爺は、自らの家族に頭を下げる行為を見せたことはなかった。

一家の大黒柱たる自身が弱い姿を見せてはならないという現れなのだろう。しかし、一刀の件に関しては、自らの息子夫妻の前で涙を流しながら土下座をした。

自らの妻が亡くなった際も、気丈に振る舞い涙を飲み込んだ彼が、自らの行ないにて失った北郷夫妻の宝。そして何よりも大切にしている孫の失踪で大粒の贖罪の涙を流した。

それから北郷老人は自宅に籠る日々が続いた。時間があれば自宅周囲の調査や、かつて剣道の指導をした警察関係者が本部のお偉いさんだったりした為に、あらゆるコネクションを用いて一刀の捜索を行なったが、成果は思い通りに行かず。

そんなことで北郷老人と北郷夫妻は、互いにそれぞれのやり方にて一刀の捜索を行なっていくうちに、いつしか疎遠となってしまった。

むしろ北郷老人が北郷夫妻を遠ざけたと言った方が良いのか。一刀と同じ様なことを、残った一刀の妹にさせるわけにはいかないとも思い、それを察してか、夫妻も敢えて娘を祖父から離していた。

祖父の近くに居ることで、北郷老人が自分自身を責めて自暴自棄になりかねないからだ。

日々弱っていく北郷老人の姿を見て、鳳親子は彼に極力歩み寄っていった。

時には食事のおすそ分けをし、外で出会ったら必ず自宅に招いて食事を共にした。彼からは以前の厳格な雰囲気は消え失せた。痩せた様に笑い。口癖も『すいませんねぇ』っと弱々しく腰を落とした自虐的な物となった。

皐月が小学2年となったある日、彼女は自室から一枚の手紙を見つけた。

手紙は一刀からの贈り物であり、『お姉ちゃんは僕が守る』と書かれていた。

それを見てから皐月は思い立ったかの様に北郷邸に向かい、閉められたガラスの引き扉を叩いて北郷老人を呼び出し、弱々しく出て来た彼に言った。

「おじいさん‼私に稽古をつけて‼」

彼は皐月が何を言っているのか訳が分からなかった。この小さな女の子曰く、『一刀に守られる私は終わり。次は自分が一刀を守れるようになる』と言い、彼に弟子入りに来たのだ。

北郷老人は乾いた笑いで『馬鹿なことはやめなさい』と一蹴したが、それでも彼女は玄関前にて動こうとはしなかった。

それから北郷老人は鳳夫妻に電話をかけて皐月を引き取りに来てもらったが、彼女は頑なに動こうとしなかった為、自宅に強制送還された。

翌日もまた翌日も、皐月は北郷邸の前にて彼の弟子入り志願の為に地べたに座り込み動こうとしなかった。

時に尿意を漏らし、時に真夏の炎天下の中でも彼女は北郷邸の前で張り続けた。

そんなことが続いたある日、皐月は体を壊してしまった。

自らの為に体を壊したと思った北郷老人であったが、そんな体を押して、親の目を盗んで自宅を抜け出し北郷邸の前に居座ろうとする皐月に遂に根負けしてしまい、彼は皐月を自宅に入れて、倒れた皐月を看病した。

無論これは鳳夫妻の耳にも入り、どの様な罵詈雑言を浴びせられるか彼も覚悟したが、返ってきた答えは彼の想像も付かないことだった。

「貴方に娘をお任せしたい」

彼は自らの耳を疑ったが、確かに鳳夫妻はそう言った。ほんの八歳の女の子がここまでの決心を固めて教えを乞うのだ。一刀の件があったにもかかわらず、鳳夫妻がここまで彼に託すのは、彼の人柄を知っている由縁だからだ。

この日、皐月は両親に連れられ自宅へと戻り、老人は自宅の黒電話のダイヤルを回して、二年ぶりとなる自らの息子の声を聞いた。

自らは勿論だが、彼らも諦めずに一刀の捜索を行なっている。自らが招いたことに関して、どう言い訳をするかと、話すきっかけを模索していると、息子は少し疲れた声ではあったが、『どうした親父』と言ってくれた。

その時に聞いた息子の声は、自らを責めている声ではなく、自らを......たった一人の父親を心配する息子の声であった。

彼は一つ一つと、これまでにあった出来事を説明し、息子の回答を待った。罵倒されるのでは。馬鹿にされるのでは。そんな答えを思い浮かべたが、自らの息子の言葉はそのどれでもなく、彼を励ます言葉であった。

『親父なら出来る。自分を信じて』っと、彼を鼓舞する言葉であった。

その電話越しに、また彼は泣いた。

『たまにはもう一人の孫にも顔を出せよ』と言われ、静寂の日本家屋に老人の嗚咽が響いた。

やがて彼は鳳夫妻と話し合った。

・皐月に剣道を教える際に、必ず皐月を一人にさせないこと。

・一刀が行方不明となった道場には立ち入らないこと。

・送り迎えは北郷老人もしくは鳳夫妻のどちらかが必ず行なうこと。

・学業を優先させること。

これらが皐月との間で交わされた条件であった。

それからというものの、皐月は日が昇る前の朝から起きれば道着に着替えて北郷邸に向かい、その庭で北郷老人に剣道の指導を受け、世間の小学生が朝のラジオ体操を終えた時間まで稽古をつけてもらってから学校に向かった。

北郷老人も皐月が学校で勉学に励んでいる間は、引き続き一刀に関する情報収集。皐月も皐月で一刀の事に関して何も考えていないわけでは無かった。今の自分が一刀の探索に加わった所で足手まといになる。なれば知識を付ける必要がある思い、必死に勉学に励んだ。

そのお陰で小学生の期間、満点以外を取ることは稀になっていた。

学校から出された宿題は毎日学校に30分だけ残って終わらせて帰り、自宅に戻ればランドセルを投げ置いて道着に着替えて北郷邸に向かった。

彼女の両親のどちらかが迎えに来るまで稽古に励み、時に北郷老人が鳳宅の食事に招待されながらも、皐月は食事と風呂を済ませると、竹刀の振り過ぎで潰れた掌の豆を気にせず、少しでも知識を身に付ける為に勉学にも励んだ。

そしてまた翌日早起きして北郷邸に向かう…という生活を繰り返した。夜の勤勉が祟ってか、彼女は視力を落とし、眼鏡を愛用せざる得なくなったが、それでもやることは変わらず、彼女の剣の実力は小学生を卒業する頃には、全国中学レベルの実力まで上がっていた。しかしそんな時に北郷老人は皐月に助言を施した。

『自らの荒ぶった気を静める為にも、茶道を学んでみないか』と。

皐月の今の剣道は、強い相手を叩きのめす為の物であり、自身を強くするものとは少し違っていた。心身を落ち着かせれば、より高みを目指せるのではないかとの助言だったのだ。

その言葉に皐月は素直に従い、中学に入ると茶道部に入部した。

剣道で鍛えた背筋(はいきん)と体幹。背筋(せすじ)の良さに加え、彼女の雅さが際立ったのか、皐月は茶道においてもその才を発揮した。

っと言っても、学校の部活動は毎回顔見世程度で30分滞在して、後は帰宅して道着に着替えて北郷邸にて北郷老人に茶道の極意を学び続けた。

学校で行なっている茶道部などは、あまり本格的な雰囲気を感じられなかった為に、基本だけを学び、基本の繰り返しを行ない北郷老人の下で応用を繰り返すといった感じで、彼女の茶道は鮮麗された。

これは剣道にも通じたのか、彼女は今一度自らの剣の道を見つめ直し、北郷邸で学んだ当時の事を振り返っては素振りをして、時に北郷老人に立ち会ってもらい応用を繰り返していくうちに、彼女の剣技も見違えるほど鮮麗されて、やがて超高校級の実力を手に入れた。若さに任せた荒々しさではなく、老練な剣道士の様な落ち着き払いかつ、若さの篭った力強さを手に入れて中学では負け知らずであった。

無論、皐月自身も剣道や茶道に明け暮れる訳ではなく、勉学も疎かにはせずに、中学においても成績は常に頂点に君臨し、満点以外はあまり取ることもなかった。

そんな折、また更なる訃報が皐月と北郷老人にもたらされることになる。

一刀の両親が過労にて還らぬ人となったのだ。

 


 
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