No.1106818

呂北伝~真紅の旗に集う者~ 第051話

どうも皆さまこんにち"は"。
宣言通り、投稿です。
ふと思ったのですが、月曜日投稿って王冠取りにくい?
いや、明確な根拠は無いのですが、ただ思っただけ。
投稿時間を見直してみるか?具体的には20:00ぐらいに。

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2022-11-14 00:05:01 投稿 / 全5ページ    総閲覧数:706   閲覧ユーザー数:672

呂北伝~真紅の旗に集う者~ 第051話「蘇りし記憶」

 恐怖に慄く一刀は心臓を抑えながら尻餅をついて後退りする。死者が蘇ることは決してない。そんなことは頭の中で判っていたものの、実際に目の前に、かつて”母として”敬愛した者が現れたことに動揺がハッキリし、過呼吸に陥る程動悸が激しくなり、発汗と脂汗が止まらない。

「落ち着きなさい」

目の前の女性は一刀に掌をかざして彼に語り掛け、狼狽しながらも彼の耳に彼女の声は届いている。

「深呼吸しなさい。そして私をよく見なさい」

鼻息を荒くし、胸を抑えながらも、血走った目で凝視する一刀。

「私はかつて貴方が愛した女性ではないわ」

そう言われ一刀は徐々に冷静さを取り戻していき、未だ鼻息は荒いが、彼は問いかける。

「お、お前は一体?」

「......忘れたのかしら一刀。......いつも『お姉ちゃんは俺が守る』って言ってたじゃない」

一刀を冷静に制した女性は、哀愁漂う憐憫(れんびん)な表情で一刀を見据える。落ち着いて考えれば、一刀の考えている既にこの世にいない。記憶の中の女性は、恋と同じ燃える様な紅色の髪をしていた。他にも眼鏡もかけてはおらず、声の波長も違い、目の前の女性はレンズが薄い丸眼鏡と若い瑞々しい木の葉の様なリーフグリーンの髪。

蘇る忘れ去られた二十数年前の記憶。確かにかつて一刀は口癖の様にとある人物へ何度も約束していた。彼の頭の中のビジョンには彼の名を呼ぶ声。記憶の奥から掘り起こされた中に、確かに彼女は存在しており、今と違って一刀の手を引く幼き姿。

「.........皐月(さつき)お姉ちゃん?」

その言葉に目の前の女性は堪らなくなったのか、唇を震わせて一刀の事を抱きしめる。

「......会えた。ようやく......会えた。長かった。本当に......ながk――」

大粒の涙をこぼしながら皐月と名乗る女性は一刀を抱きしめながら泣き続け、一刀も恐る恐るといった感じで抱きしめ返し、彼女の背中を優しく叩き続けた。

 両者互いに落ち着いた際に、向かい合って座る。皐月は泣き腫らした瞼を拭い、一刀も動悸も落ち着き、皐月の前にて少年の様に落ち着かず体を揺らしている。

「ごめんなさい。みっともない姿を見せたわね」

少し鼻声になりながらも、皐月は気丈に振る舞い、紙で鼻を拭っては懐に戻す。

「......一つ、聞きたい――」

一刀は緊張ながら彼女に質問を投げかける。そこには何時もの知略謀略を巡らせた呂戯郷は存在しなかった。

「君は本当に皐月......(おおとり)皐月で間違いないか?」

その言葉で皐月はまた一つ安心したのか微笑を浮かべる。通常相手を探るに辺り、自身が本当にその知る相手であれば、相手から名乗らせる手段を取る物だ。無論相手が事前に情報を仕入れ、その者に扮するということも考えられるが、それはその者を知る者が複数人いる場合による。

少なくとも一刀の知る限り鳳皐月の名を知る者は、この世界では二人。一人は死亡しており、もう一人は目の前の皐月がここに居ることを知っているとは考えられなかった。

二度と会えないはずの敬愛した者に酷似した彼女を知れば、その者は全ての権威と力を持って彼女を奪いに来ることが想像出来たからだ。

「......えぇ、そうよ。私は鳳皐月。9年前にこの世界にタイムスリップしてきた日本人で、九州宮崎県出身。九州に本拠を置く、北郷家の近所に住む鳳家の長女。鳳皐月で間違いない。今は司馬一族の養女の一人、司馬懿仲達を名乗っているわ」

背筋を伸ばして答える皐月に、一刀は彼女が本物であると確信する。

彼女が口にするまで忘れていた九州という単語。『日本人、タイムスリップ、九州』などといったこの時代に無いワードの数々。それだけで彼女がこの世界の住人ではないとの確信と、忘れていた記憶なのか、この世界に順応してしまったが故なのか、一刀自身もこの世界の住人ではないと確信に至る。

「な、なるほど。それで...皐月...さn「お姉ちゃん」...え?」

「お姉ちゃん。そう呼びなさい。昔はよく呼んでくれたでしょ」

再び出会えた安堵感と共に出たのか、皐月は一刀に自分の呼び方を強要し、彼も戸惑い相槌を打って、拳で口を抑えて一つ咳をする。

「それで......おねぇ...ちゃん?...何故この世界に?」

「......難しい質問ね。まずは簡略化して説明をすると、一刀のお爺様の葬儀が終わり、身内内で北郷家の身辺整理を行なっていた時に、私は庭の道場にいたわ。その道場を雑巾がけして、物置から刀が出てきて、その刀の鞘を抜いた瞬間に光に包まれて気付けばこの世界にいたわ」

「......爺ちゃん」

突如告げられた祖父の悲報に、一刀の感情は困惑した。25年の歳月の中で、内20年をこの世界で過ごしたのだ。本来の祖父や両親の顔や思い出も、記憶の中で白い(もや)がかかっており、もはや思い出すのも不可能であった為に、どの様な思いを向ければ良いかもわからなかった。

「それよりも一刀、聞かせて。一刀は今までどんな人生。どんな生き様を描いて来たの?」

「......俺の生き様」

「おこがましいことは判っている。20年ぶりに会っただけの相手に全てを語れなんてことも。無論、私もこの世界に来てからのこと、歩んできた全てを話すわ。だからアナタも私に”語れる範囲”でいいから、一刀の歩んできた生き様を教えて欲しい」

胸を抑えて語る皐月。まるで感情を抑えて話している様でもあり、猜疑心の目で見ていた一刀も、全てをさらけ出し覚悟を決める。

「.........いや、答えるよ。俺の20年、その全てを――」

一刀はこの世界に来てからの全てを語り出した。途中その内容の惨辣(さんらつ)さに皐月も手で口を覆って、むせび泣くのを堪えようとし、一刀が気を使って止めようとするが、覚悟を持って語る一刀の言葉を何故遮ることが出来ようか。彼女は気を持ち直して続ける様に催促して、一刀も全て語り明かし、その頃には日も更けて鍋の中の湯もすっかり冷めてしまっていた。

足元が見えない中帰らせるのは忍びなく思ったのか、皐月は一刀に泊っていく様に促し、彼もそれに甘えることにした。

夕食は事前に用意していたのか、囲炉裏に火を付けて、茶道とは別の普通の鍋に水を張り、その中に魚や野菜を入れた煮込み鍋を用意され、二人で舌鼓みを打った。

「それにしてもあの一刀にお嫁さんだけじゃなく妾がいっぱい......昔はお姉ちゃんをお嫁にするって言ってたのに――」

「何時の話をしているんだよ。それにお姉ちゃんこそ俺の一つ上だから結婚しても可笑しくない年齢だろ。何だったら子供も数人いても可笑しくない年齢だ。美人になったのに、一体何してたんだよ」

「残念だったわね。現代社会の平均結婚年齢は27歳。私もまだまだこれからってことよ」

「そうなのか?......こっちの世界とはずいぶん違うな」

自身の胸を張り、誇らしげに応える皐月に一刀も疑問が尽きなかった。

「21世紀では義務教育という物が施行されていて、一般的には高校?という施設で18になるまで勉学に励む。うーん、こっちの世界では考えられないなぁ。少なくてもこっちでは10代半ばで結婚して小作りに励んで、20代前半では既に行き遅れ。30代後半で早くてもおばあちゃんだからなぁ。文化の発展とは末恐ろしい」

「なにおう。一刀は私の事をおばさんだと思っているのか?」

「い、いや、この世界での常識を語っただけであって」

「よく見ろ。この肌艶や髪質がおばあさんのそれか?まだまだ学生でも通用するぞ!」

急に隣に座られ至近距離で主張する皐月であり、彼女の女性特有の柔らかな匂いに鼻腔をくすぐられ少年の様に顔を赤らめるが、しかし一刀にとってそれ以上にかつて敬愛した者の面影が浮かび上がり、冷静となりゆっくりとした力で皐月の身体を押し留めた。

「ごめんごめん。お姉ちゃん、大変失礼いたしました」

胡坐をかいて頭を下げる一刀であったが、皐月は一瞬出したであろう一刀の表情を見逃してはいなかった。

「ねぇ一刀、さっきも話には聞いたけれども、臧覇ちゃんってどんな子?」

「ん?郷里か。真っ直ぐな子だよ。俺から全てを学ぼうといつも一生懸命で、しっかりとした親孝行者でもあるかな」

「三羽烏は?」

「あの凸凹三人組か。次代を担う若手有望株かな。俺が出世して、この大陸でそれなりの地位が確立出来れば、何れ将軍の地位も狙える逸材達だよ」

「張宝...いや、今は袁渙(えんかん)ちゃんか。彼女はどうなの?」

地和(ちーほう)に関してはまだまだ未知数だが、あの娘の人民掌握術は稀代の物だ......まぁ、無論清廉して鍛え上げればだがな。今も俺の領地で作詞作曲活動に勤しんでいる。今までは彼女の妹が作詞、姉が作曲、本人は編曲を行なっていたらしいから苦労しているよ」

下手な褒めは堕落への助長し、自己清廉の停滞を促す為に、基本的に一刀は指導者として褒めることはしないが、誰も聞いていない皐月の前でのみ彼は素直になっている。

曹性(そうせい)ちゃんは?」

「あいつは俺にベタ惚れだ。だが俺への愛情が深ければ深いほど、俺への殺意も深いものだがな」

「......それ、向こうの世界ではヤンデレって言うのよ」

「なんだそれ?」

「病んでいるとデレを合わさった言葉。デレはこちらの世界で表すと......そう、惚れ気ね。つまり一刀の事を病的に、それこそ殺したい程惚れこんでいて、一刀の全てを自分のモノにしたくて堪らないのよ」

「へぇ~。あいつにそこまで惚れこまれているとは、俺も捨てた者じゃなかったな」

乱世の世を生き抜いている将の言葉らしく、肝っ玉が太くなった一刀の姿が何処か遠く感じた皐月だった。

成簾(せいれん)さんはどうなの?」

夢音(むおん)は稀代の副将の素質がある。永遠の二番手と言えば聞こえは微妙かもしれないが、夢音は大きな成功を為さない代わりに絶対に失敗しない。上が間違いを犯してしまってもすぐさま手助けに入ってくれる。組織において絶対的な指導者も必要かもしれないが、しかしその指導者が失敗したらどうなるか。その失敗を事前に察して潰してくれるのが成徳易という人物だな」

「そう。陳宮ちゃんはどんな感じなの?」

「音々音はまだ幼い。これからどうなっていくかを予測することは難しいが、あの子は恋の事を慕ってくれている。学を学び、心身ともに鍛えれば、例え大成せずとも、恋にとって掛け替えのない支えとなるだろうな。俺と白華の様な...な。この大陸に平和が訪れた時こそ、恋と音々音の本領が発揮できる。そんな世の中にしたい」

箸を指で遊ばせながら答える一刀に、皐月は少し間を置き、息を整えて聞いてみる。

「高順さんは?」

「......あいつは腐れ縁だ。だが、それ以上に俺にとっては掛け替えのない心友(とも)だ。あいつがいたから俺はここまで来れた。俺のこの地位も、力も、権力もあいつが俺を守ってくれたから、俺は自分の事に頭脳をまわせた。俺にとってあいつは(やり)であり盾だ。あいつがいたから、俺も恋を守ることが出来た。もし道が違えば俺h――」

彼は今自らが発しようとした言葉を一度考えた後、飲み込んで首を振り、自虐的に笑い皐月に直る。

「いや、無いな。あいつはこの世界において、俺のかけがえのない”友人”だ。それ以上でもそれ以下でもない。お姉ちゃん、最後の言葉は忘れてくれ」

疲れた様にため息を吐いて、出された白湯を啜る一刀であったが、何処かもの哀し気で哀愁も残し、気にはなるが皐月も一歩踏み出し聞くことを躊躇した。

「......王異さんは......素敵な方?一刀にとって、呂武(りょふ)ちゃんは?」

今まで皐月は一刀の仲間の能力を聞いていたが、高順からは違った。二人に関しては、個々の能力より、白華(パイファ)と恋の人間性を聞いていた。

「.........愛華(メイファ)もそうだが、愛華は俺にとって過ぎた矛盾(えもの)であり、白華は俺にとって過ぎた妻だ。恋は.........俺の全てだ」

「.........」

一刀の言葉に皐月は沈黙し、一刀は話を続ける。

「かつて白華には三人...いや、二人か。まぁ、かつての夫に二人。本人が望まない子供が一人いたんだが、色々あってその皆と死別してな。そこで涼州に影響を持つ豪族・厳氏の権力を利用したい養父・丁原の意向で彼女と政略結婚した。色んな話を割愛はするが今では俺の血と言っても過言でもないな。策略を巡らすにも頭に血の循環は必要だろう?彼女は俺の身体の血液...呂北いや、『鬼軍の血』と言ってもいい」

「......いい仲間達に巡り合えたのね」

「......そうだな。ほんと俺には勿体ない、皆俺には過ぎた者たちだ」

静寂な部屋には、鍋を煮込む為に灯された囲炉裏の火が、小さな火花を立てて燃える音。無言の状態がいつまで続いたか忘れたかに思えた時に、一刀は悪戯に笑って問いかける。

 

「なぁ、お姉ちゃん」

「なに?」

「何故恋について聞かない?」

「......一刀の全てなんでしょ?それで十分よ」

「恋以外に関しては根掘り葉掘り聞いたのに、恋に関しては気にならないのか?」

「......それを聞いたら、一刀はどうするのかしら?」

「.........」

「一刀はきっとお姉ちゃんを殺さなければならなくなる」

「.........」

「そうでしょ?」

「.........」

「もう気が付いているでしょ?お姉ちゃん、今は司馬一族の頭首になっちゃったのよ」

「.........そうだね」

「司馬一族が何故朝廷で高い地位を保持していたか。何故こんな森林地帯なのに、女性一人で生活出来ているのか。一刀なら......いや、呂北殿であればお察し頂けますよね?」

場の空気が変わり、一刀の目の前にいる人物が、鳳皐月から司馬一族頭首・司馬懿仲達へと変わったのがハッキリわかり、呂北もその目を見据える。

実はこの時、歴戦の強者でも気付かない様な自然の空気に消された殺気が、至る所から流れてきていた。その気になれば呂北は目の前の司馬懿を懐に刺している鉄扇で両断することも可能であったが、その後に呂北は隠れた殺気により命を絶たれるであろう。そんな空気を感じずか、涼しい顔で佇む...と思われた司馬懿も、額から一筋の汗を垂らしているのを見て、一刀は鼻で笑って肩の力を抜いた。

 

 

 

「そうだな。必要の無いことは知らない方がいい。子供じゃないんだからな」

冷めて水になった白湯を飲み干し、新たな白湯を強請ると、皐月も笑って一刀に新しい白湯を注いだ。

「そういえば、俺ばっかり喋ったな。今度はお姉ちゃんについて聞かせてくれよ」

「......そうね。何故私がここに居るのか、何故司馬一族の頭首になったのか。一刀になら聞かせてあげるわ」

 


 
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