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新・恋姫無双 ~呉戦乱記~ 第23話

4BA-ZN6 kaiさん

続きをあげます。
あと3話で終了を予定しております。果たしてゲーム発売日までに終了できるのか・・・。

2022-05-31 13:15:34 投稿 / 全5ページ    総閲覧数:1024   閲覧ユーザー数:923

孫昭と冥琳は帰路の途中に、士官学校でのこれからについて話し合っていた。

 

士官学校に入学すれば、卒業まで1年を要し、徹底的に軍人教育を施される。

 

入学も厳しい競争であったが、卒業は必ずできるという保証はない。

 

厳しい寮生活に、早朝から深夜まで訓練が行われるのだ。

 

入学が叶っても、途中で脱落する候補生も数は多いと聞く。

 

そんな厳しい茨な道である士官候補学校での生活の実情を冥琳は話すと、孫昭はニコリと笑う。

 

「問題ないよ。もともと極めたいと思って入った道なんだ。覚悟は出来てるよ」

 

「そうか・・・・。孫昭、頑張れよ」

 

冥琳は彼らしいなと笑みを浮かべると、二人で笑い合う。

 

「ただ・・・・孫策は許してくれるか・・・・。俺一発くらっちゃたからなぁ・・・・」

 

まだ頬が痛むようで、イテテと呻くと冥琳も苦笑する。

 

「大丈夫さ。雪蓮も事情がわかってると思う。だが・・・・自分からけし掛けた手前、引けない部分もあるのだよ。それを分かってやって欲しい」

 

「ああ、わかってる。なぁ・・・・冥琳」

 

「ん?」

 

「・・・・・いや何でもない」

 

「なんだ?言いたい事があるのなら今のうちに言っておけ?なんせ1年は閉じ込められるのだからな」

 

「じゃあ聞くけどさ・・・・・。冥琳と雪蓮ってどういった関係なんだ?」

 

「・・・なぜそう思う?」

 

「・・・質問を質問で返すなよ。まぁ・・・・そうだな・・・強いて言えば冥琳が雪蓮に対して出す雰囲気だよ。とても友人として発するような雰囲気ではないと思ったから・・・・」

 

「・・・・・・・・・・」

 

「ごめん、冥琳・・・・・」

 

「そうだな・・・・・・。お前の考えているとおりよ」

 

「・・・・・・・・・・・・・」

 

「しかしな・・・・残念なことに過去に私は一度ふられている。まぁ・・・・私の叶わない片想い・・・ということさ」

 

雪蓮には絶対に言うなよ。と冥琳は笑って釘を刺すと、孫昭は一瞬暗い影を落とした。

 

「言う訳無いだろ。だけど・・・・ただ軽いんだな?」

 

「随分と言うじゃないか、孫昭。いいか?重い愛というのは一途で確かに輝かしいと、お前は思うだろう。だが・・・結局それは自分のエゴの塊でしかないのさ。自分を見て欲しい、自分だけを愛して欲しい、自分と二人だけで生きていきたい、とな。確かになるほど崇高な愛であることは間違いない。だがその思考の中心は常に自分にしか向かれていない。相手がどう思うのか?というのは眼中にないのだ。言ってしまえば、一途であり常に相手を想い続ける自分に酔っているだけさ。そんな肥大したエゴの塊を、果たして自分ではない他人が、その思いをすべて抱え込めるということはまず不可能だろう。重さに押しつぶされるか、逃げ出すかのどちらかしかない。そうであるのなら、そう重く受け止めないほうがいいと私は思ったのさ。私は雪蓮を今でも愛しているけれど、結局はあの子が幸せであれば私はそれでいいのよ」

 

冥琳は目をつぶり語りだしたが、孫昭からしてみれば冥琳の言葉はまるで自分を戒めているかのように聞こえ、そのやけに生々しい詳細な説明が、冥琳がそういった経験をした事があることを如実に物語っていた。

 

そんな冥琳が孫昭からしたら何処か艶美であり、自分と違う妖艶な経験を重ねている事に、彼女が自分とは違い成熟した大人であることを思い知る。

 

「じゃあ・・・・冥琳はどうするんだよ?」

 

「私か?」

 

「ああ」

 

「そうだなぁ・・・・雪蓮を忘れさせることができる人であれば・・・・とは考えてはいるのだがな・・・・」

 

まぁそんな人間はなかなかいないだろうがな。

 

と冥琳は軽く笑うのに対し孫昭はグッと下唇を噛み、息を吐くと冥琳と正面に回り込み向きあう。

 

「・・・・・・・・・じゃあさ・・・・俺とかどうかな・・・?」

 

「は?・・・何を言ってるんだ?お前は」

 

「え?・・・いや・・・・その・・・・」

 

「そういうのは自分で自立して、生きられるようになってから言うものだ。さっきまで鼻水を垂らして、しがみついてきた青二才に私が振り向くかどうかよく考えてみなさい」

 

「はぁ・・・・やっぱりなぁ・・・・・」

 

冥琳は孫昭に対し呆れ顔で、彼の決死の告白をサラッと受け流してしまう。

 

やっぱりな、と孫昭は、はぁ・・・と溜息を吐き大きく肩を落とし落ち込む。

 

「・・・大体お前は私と雪蓮しか女というのを知らないではないか。いいか?世界は広いんだ。私以外にもお前を必要としてくれる、魅力ある女性は必ずいるさ」

 

冥琳は笑みを浮かべ彼の頭をポンポンと叩くが、孫昭は先ほど言った彼女の一言が引っかかるようで怪訝顔でコチラを見てくる。

 

「なんだ?ジロジロと」

 

「冥琳・・・・『私以外』にも・・・・・?そう言ったよな?」

 

「・・・・バカね。言葉のあやよ、あや」

 

冥琳は一瞬、しまったという表情を出すものの、そう言うと彼の頭をポカリと軽く小突く。

 

孫昭は食い下がろうとするものの、彼女はそれ以上彼に語る口は持たなかった。

 

そうこうしているうちに雪蓮の自宅に着く。冥琳はドンドンと戸を叩くと、戸が開かれる。

 

「冥琳に・・・・あら?私を困らせる悪い男も。・・・・へぇなるほど」

 

雪蓮は孫昭と冥琳を見てニヤニヤと品のない笑みを見せるが、冥琳は至極当然というふうに胸をはり、抗議の声を上げる。

 

「夜は物騒だろう?それだけよ」

 

そう言うと孫昭の耳にそっと近づき耳に囁く。

 

「雪蓮を頼むわね」

 

彼は冥琳の方へと視線を向けるが、冥琳はほだらかな笑みを彼に投げかけ、じゃあ勤めは果たしたぞと言い、手を振って帰っていった。

 

「ちぇ~相変わらず口が硬いんだから・・・・。・・・・・おかえり、帰りが遅くて心配したのよ?」

 

「そ・・・それは・・・・孫策だって最近夜遅く帰ってくるじゃないか」

 

「ま、それもそうね。・・・・その表情だと冥琳とのアレコレは何とかなったみたいね?」

 

「うん。俺も軍に入ることになったよ」

 

「孫昭」

 

「・・・・・・・・・」

 

「冥琳とはもういいの?」

 

「うん」

 

「そう・・・・。孫昭、良かったわね」

 

彼女はそう言うと笑顔でさぁご飯食べましょう?と肩に手をかける。だが彼はその場から立ちすくみ下を向くばかりである。

 

雪蓮は困った笑みを浮かべると、彼の肩を優しく撫でる。

 

「大丈夫よ。もう怒ってないから・・・・・」

 

「でも・・・・・」

 

「二人できっちり話し合ったんでしょ?それで解決できたのだから、もうこの話はおしまい。私が怒っていたのはね・・・お前のそう言った煮え切らなさと、絶対に裏切らない人間を無碍に扱ったから」

 

「孫策・・・・・・」

 

「自分を支えとなる者たちを裏切ってはダメ。金や地位や権力に誑かされるバカな人間よりも、そういった人間の命をかけてでも大事にしなくてはいけない。これは私が感じた、そして痛感している人生の教訓よ」

 

「・・・・ああ、わかったよ。ありがとう」

 

涙を浮かべていた目を彼は拭うと、雪蓮に笑顔を向ける。

 

そんな彼を見て雪蓮も嬉しくなったのか、いつものように向日葵のような明るい笑顔に戻る。

 

その後雪蓮の作った食事に四苦八苦しながら食べる。

 

「そう・・・・。お前も軍に入るのね」

 

「うん。冥琳が入隊させてくれるって・・・・ホント感謝しかないよ」

 

「そうね・・・・」

 

雪蓮としてはこのまま軍に入らなければいい、とさえ思っていたので冥琳の機転の良さが今回ばかりは思うところがあった。

 

だが彼が自分で考えてのことである以上、雪蓮としては彼の決断を尊重してやりたいし、応援してやりたいと思うのもまた確かであった。

 

ゆえに雪蓮の気持ちとしては複雑であったのであった。

 

「じゃあ・・・・私からも宿題を課さないとね」

 

「え?俺は今でも鍛錬は欠かさず・・・」

 

「呉の士官学校は大陸一厳しいと聞いているわ。今のお前でも厳しいでしょうね」

 

「た、大陸一厳しい・・・・・。そうだな・・・・今からやるだけやってみないとな・・・・」

 

「話がはやくて結構よ。明日から私も講師として付き合うわ。覚悟しなさい」

 

表情は穏やかだが、彼女の背後から禍々しいプレッシャーが孫昭を威圧するのを自覚する。

 

彼女に試されている。彼はそう思った。

 

だがそうである以上逃げることは許されない。とにかく出来ることをやるしかないという決意の強く彼女に頷く。

 

それから士官学校の入学までの6ヶ月ほどを雪蓮の宿題の消化に励んだ。

 

朝から雪蓮と剣技や体術の演習から始まり、朝からメタクソに打ち負かされボロ雑巾と化したあと、休む間もなく雪蓮が仕事に行っている最中はひたすらトレーニングを行い、彼女が帰ってくれば復習と称した本番さながらの実戦訓練が始まる。

 

荊州でゴロツキをやっていた頃でも、彼は賊などを相手にしてきた事からも決して弱くはなく、また今日まで軍に入ることを目指し、彼も自主的に毎日鍛錬はしていた。

 

だがそれでも雪蓮の実力は凄まじく、まるで彼では手も足も出ない状態であった。

 

雪蓮が手加減した状態で打ち合って初日はアザだらけになり、筋肉痛もひどいが歯を食いしばり、雪蓮の課された宿題を日々取り組んだ。

 

1ヶ月経てば雪蓮が手加減した状態で何とかついていけるようになり、2ヶ月経てば雪蓮が本気を出した状態でも2~3手ほどついていけるほどにまで成長していた。

 

(やはり成長する速さが凄いわ・・・・。一刀と・・・なにか関係があるっていうのはやはり否定はできないか・・・・)

 

孫昭の成長スピードは凄まじく、その速さはかつての北郷とダブり雪蓮が既視感すら感じるほどだ。

 

冥琳も気になったのかチラホラと彼の訓練を覗いていたようだが、同様の答えが冥琳からも帰ってきた。

 

「恐ろしい成長速度だよ。まるで・・・忘れていたものを思い出すかのような・・・・」

 

冥琳も手伝ってもらい実技演習も行ったりはしているが、彼は今では冥琳の剣技についていくことができるし、実力はほぼ互角である。

 

冥琳自体弱いというわけでなく、彼女自身正規軍相手ではまず1対1では負けない実力はあり、将校クラスでは文句のない技量を持っている。

 

だがたった3ヶ月でそんな彼女の動きについてこれているという事実が、雪蓮と冥琳は疑念を確信へと変えさせるのには十分な期間であった。

 

孫昭のなかに北郷が眠っている、と。

 

しかし雪蓮や冥琳は祭から聞いたあの話から、孫昭にどうやって説明をすればいいのか?という懸念対し明確な個体は出ないままだった。

 

雪蓮は孫昭の剣技を見やりながら、浅く溜息をはいた。

 

(別に・・・・彼に教える必要はないのかもね・・・・。教えてどうだって話でもないから・・・)

 

逃げている。

 

と自分でも思うが、貴方の精神の中枢に北郷一刀が眠っていて―――――なんて戯言を誰が果たして信じるのか。

 

雪蓮はそんな戯言を真剣に彼に説明している姿を想像して、自虐的に笑うしかなかった。

 

 

そうして士官学校へ赴く日、孫昭は軍へと赴き合格通知書を手に士官学校受付に見せる。

 

よし、入れ!と許可をもらうと、孫昭は学校へと足を踏み入れる。

 

「俺はやってやるぞ・・・・」

 

心なしか武者震いであろうか震える声で彼はそう呟くと同部屋で先にいた同僚に声をかける。

 

軽い自己紹介と挨拶を交わしていると入学式が行われ、指定の時間に駆け足で向かうと整列を行う。

 

周りにいるものは皆軍人であり、孫昭よりも幾分と洗礼された動きであり孫昭はこれから猛者たちとやっていけるのかと一抹の不安を覚える。

 

「軍長官に敬礼!!」

 

教官が声を張り上げると周公瑾が壇上に上る。周りの雰囲気が幾分と盛り上がるのを感じる。

 

そんな周りの様子を見て冥琳が江東の大都督と呼ばれる英雄であることを今更ながら思い知る。

 

彼の知っている冥琳は優しい目で見守る少し怒りっぽい聡明な女性であったが、今壇上にいる彼女は感情のない冷酷な目でコチラを見てくる。

 

その瞳の奥は冷たく、何も感情を読み取ることができない。

 

仕事に私情を挟むことはしない冥琳ではあったが、彼女の冷酷無比なイメージを与えた。

 

候補生は約300人。

 

全員の熱意ある視線を冥琳は受け流すと、諸君らの働きがこの国の行く末を決めるのだ。精進し、技量向上に励んで欲しいと手短に語る。

 

入学式が終わると、翌日から厳しい訓練が早速始まる。

 

朝日が昇る前に叩き起され、教官たちの怒号が辺りを支配する。

 

イキナリの強襲を食らった候補生たちは慌て、孫昭も急いで服に着替え指定の場所まで駆け出す。

 

それからは朝早くから徹底的にしごかれる。

 

終わりのない基礎訓練という名の虐めにも近いしごきが行われる。

 

上げ!下げ!と教官が声を上げる中、腕立て伏せを行う孫昭。その表情は基礎トレーニングを欠かさずに行っていた彼にも苦痛であり、苦悶の表情を浮かべる。

 

一人、一人と教官の声に反応ができなくなる候補生たちが、出始める。

 

左右の鉄棒を掴み、体が宙に浮かんだ状態にして、上下するこのトレーニングに孫昭の二の腕は悲鳴を上げるが食らいついていく。

 

そんななかついていけない候補生たちは教官から早速名を覚えられ、執拗な罵声を食らわせられる。

 

孫昭はとにかく食らいつく。筋肉が激痛を訴える中、彼はそれを無視するかのように懸命に教官の声に合わせて体を、腕を上下に動かす。

 

それが終わると今度は持久走が行われ、指定時間までに走りきれなければ、ペナルティーが課せられる。

 

彼は指定時間までに何とかゴールをする。

 

朝早くから身体を痛めつけられ、根を上げる暇もないまま候補生たちは強制的に食事をとる。

 

疲れから食欲など一切沸かないなか、孫昭は食事を喉に押し込みながらも、この士官学校は訓練ではなく、「選別」であることを今更ながら察する。

 

(そりゃそうか・・・・ここにいる連中は軍でも優秀な連中なんだ。そのなかからさらに優秀な人間を選別、鍛え上げるってことか・・・・)

 

食事を終えると止むまもなく次の訓練に移る。

 

4~5人が乗れる小型の船舶をオールで漕ぎながらゴールまで漕ぎ続けるというもの。

 

だが海岸沿いに位置する学校前にある海は常に荒れ模様であり、時には5m近い津波のような大波が発生する。

 

候補生たちはチームを組み、連隊として船舶を漕ぎ続ける。

 

孫昭も例に漏れず必死に前を進むべく漕ぎ続けるが、波が激しく放り出されそうになる。

 

「うわ?!」

 

「漕ぎ続けるんだ!!」

 

仲間からの声を聞き、腰を踏ん張って何とか漕ぎ続けるものの、彼らの前に大きな波が壁となって立ちふさがる。

 

(無理だ・・・・・)

 

孫昭はそう心で呟くなか、船舶は波にさらわれ、ひっくり返る。

 

海にそのまま放り出された孫昭は、揉まれる海流に体中がグルグルと回り方向感覚を失う。溺死を覚悟しながらも、彼は気泡が上がっていく箇所へと泳ぐ。

 

なんとか海面から顔を出すと、自分たちが乗っていた船舶がひっくり返っており、仲間たちも海面から苦悶の表情を浮かべていた。

 

結局孫昭たちは波を渡りきることは叶わず、罰として船舶を持ち上げ続けるペナルティを受ける。

 

凄まじく重い船舶を訓練がされている大男たちが持つとしても、やはり限界は訪れる。

 

一人が力尽きようとしていると、今まで感じていた重量が数十倍重く感じる。

 

「頑張れ!!持ち上げ続けろ!!」

 

孫昭が声を上げるも、朝の猛訓練で体力を消耗しているなかそれは無理な注文であった。

 

持ち上げきれずに悲痛な表情を浮かべる同僚に対し、教官たちは早速目にかけ、執拗な追い討ちをかけてくる。

 

「おまえ!何をしている!!早く船を持ち上げるんだ!!」

 

「・・・・・ぐぅ・・・・」

 

「お前と一緒にいる連中の顔を見ろ?皆お前を恨んでいる。なぜだか分かるか!?」

 

「自分が船を・・・・船を持ち上げないからです・・・・・」

 

「なら今すぐ上げろ!!お前のその甘さが戦場で仲間を死なすことになるんだぞ!!!・・・お前がこれから部隊を率いる部下たちは、心底気の毒だね。俺ならお断りだ」

 

教官から精神的な追い討ちを同僚がくらうなか、休むことすら許されず、常に自分の実力の100%以上を出し続けなければならないなか、同僚を庇うだけの余力は孫昭には残されてはいなかった。

 

「お前たちがなぜ船から落ちたか分かるか?!それは無理だって思っているからだ!!」

 

無茶苦茶だ・・・。と孫昭は思いながらも、船を持ち上げ続ける。

 

苦悶の声を上げながら、教官から罵声を受けていた男は船を持ち上げんとする。

 

「なんだ、まだ力が残ってるじゃないか!!」

 

「はい・・・・」

 

「なぜそれをやろうとしない?!そんなのだから、このザマだ!!お前のせいで、仲間が無駄な労力をかけさせてるんだぞ!!!」

 

教官たちは候補生たちの一足一挙動をすべて監視しており、手を抜こうと考えるものなら直ぐ様ペナルティーを課せられる。

 

手を抜けば、自分たちの、部隊の者たちが死に繋がることを徹底して体に教え込むためだ。

 

そしてどんな極限状態であっても、仲間をそして自分を裏切らないかを教官は常に見張っている。

 

そんななか何度気を失いかけたか、孫昭は初日の訓練をなんとか終えると、体中を激痛に苛まれながらも就寝する。

 

昨日挨拶をした同室の同僚は既に居なくなっていたが、孫昭に落ち込む暇などない。

 

自分の持っている能力を全て出し切ることを要求されるこの訓練では、彼にそのような余裕などあるはずもなかった。

 

なかでも堪えたのが水中訓練という訓練だ。

 

なんの装備も持たずに潜水し、指定の距離まで息継ぎなしで泳ぎきるというものだ。

 

順番で回って来た仲間たちは水中から出てくる際は、皆ほとんど意識を失っている。

 

また泳げない者もなかにはおり、溺れてしまう候補生もちらほらと見る。

 

潜水に成功した者たちは皆、脳に酸素がないために意識をほぼ失っており、自力で這い上がることができず、教官たちに担ぎ出されるように陸に挙げられる。

 

陸に上がった者は自分で立つことができず、白目を剥き、自分の名前が言えず、教官が出す簡単な足し算や引き算ができない。

 

あまりの悲惨さに孫昭は顔をしかめるが、その仲間に孫昭も入ることになる。

 

彼も白目を剥き案の定、三途の川を渡りかけ、気を半分失いかけるハメになっただった。

 

そして孫昭が感じた「選別」は日を追うごとにより厳しさを増し、耐えられずに脱落者が次々と出てくる。

 

訓練で負った怪我で泣く泣く脱落するもの、自分の限界を感じ脱落をするもの多々いた。

 

士官学校での一般人の受験が極端に少ないのはこういう理由だったのか、と孫昭は今更ながら思い知る。

 

軍人として訓練を積み、優秀な人間でなければ生き残れない。

 

故に一般人如きが耐えられるようなものではないからだろう。

 

孫昭は雪蓮から「宿題」を日々課されていた。

 

それのおかげで何とか耐えてはいるが、あれをやってこなかったらと思うとゾッとする思いでもあった。

 

そうした地獄のトレーニングを受け、孫昭は軍人として成長していき理不尽な訓練、いや選別が半年ほどで終了する。

 

その時には候補生は既に半分以下にまで脱落しており、その後も格闘術や剣術、弓術、乗馬訓練、潜水・潜入訓練など専門的な訓練へと移行する。

 

半年続いた身体を酷使する理不尽な訓練はなくなったが、求められるレベルは非常に高い。

 

求められるスキルが目標まで到達できていないと判断されれば、面談が行われ警告される。

 

それで改善が見られない場合は落第を宣告され、実際既に数十名の候補生は落第を言い渡され学校を去っている。

 

孫昭は必死だった。

 

時折冥琳や雪蓮が訓練の様子を見に来ている事は知ってはいたが、彼女らに笑顔を振りまく余裕は彼にはなく、ひたすら訓練に明け暮れていた。

 

雪蓮はこの付近の基地の査察があったが、孫昭が気になり、近くだということもあり士官学校を覗くことができた。

 

隣にいる副官は訓練の様子に僅かに顔を顰め、苦笑いを浮かべた。

 

「まったく・・・よくやりますな」

 

「そうね・・・・。お前は確かこの訓練課程は・・・?」

 

「まぁ・・・・受けましたね。全く・・・思い出したくもない期間でした」

 

「へぇ・・・・?じゃあ一刀も受けていたのかしら?」

 

「将官や佐官に昇進するにあたっては必ずこの訓練過程を通らなければ昇進ができない決まりになっています。北郷隊長もこの訓練課程を受けており、一期生にあたりますな」

 

「そうなのね・・・。でも一刀はそんなことおくびにも出さなかったけど・・・・?」

 

「雪蓮佐官が知らないのは無理もないですね。あの頃はまだ訓練期間も短く、およそ半年でしたからね」

 

「短いのね。でもキツイ事には変わりはないと?」

 

「もちろんです。今やっている1年で終わらせることを、わずか半年で叩きこまれ、終わらせるのですからね・・・・。当時の士官たちは相当な苦役を担わされた気がします。あのときは黄巾党の鎮圧が終わり、劉備軍と連合軍を組む前のことでした。まだ小隊だった15部隊が評価され、部隊の拡充がされることとなり、その影響で北郷隊長と私がこの課程を受講せよ・・・と」

 

北郷はわずか数百人の隊で黄巾党を見事押さえ込み、蓮華の初陣を華々しいものにした功績があり、北郷隊は雪蓮直轄の独立部隊へと再編成がなされ、人員や金の巡りが潤沢になったが、北郷はそういった苦労をあまり雪蓮の前では見せなかった。

 

雪蓮としても王であった以上政務で多忙を極めている身であるため、北郷にそうやすやすとかまっていられる身分というわけでもなかったので、北郷の顔を暫く見ないというのも珍しくはなかったのだ。

 

まぁこの副官もそして北郷も雪蓮が気づくこともなく、パスしているのも彼らが優秀な人材であることの証左でもあったのだが、少しぐらい話してくれてもいいのにと雪蓮は内心なじる。

 

そういえば優秀な人材の供給を一定数確保し、孫呉の兵の質の問題を改善させる改革というのがあり、雪蓮に軍令部が上奏してきたことを思い出す。

 

雪蓮はあの時この改革案に賛成を示し、結果として今の呉軍が出来上がっているのだが、今の彼女は特例での上級佐官であり、この訓練課程を受けていない特例扱いとなってはいる。

 

それが癪にさわる連中がいることを雪蓮は知ってはいたが、この訓練をパスしていない自分を白い目で見ることは、まぁ仕方のないことなのだなとこの風景を見て思う。

 

それだけこの訓練がまさに戦場と同じく極限状態であり、この訓練を修めた者が尊敬の眼差しで下士官から見られていることは、なるほど納得がいくものであったからだ。

 

気を取り直し、雪蓮は孫昭を見つけると彼をじっと追い続ける。

 

彼女の視線に気づいた副官が静かに少年のことを訪ねてみる。

 

「荊州にいたときに出会ったあの少年ですか?」

 

「ええ」

 

「見ないあいだに随分と大きくなりましたな。聞くと彼は主席で入学した有望株だとか?」

 

「ふぅん・・・・」

 

どうでもいいという風に聞き流すが、副官は上機嫌に孫昭を見つめている。

 

「確かに動きも悪くない。磨けば光るでしょう。佐官どうでしょう?彼がこの訓練を無事終えられたら、我々の隊に入隊させるというのは?」

 

「・・・残念だけどそれは許可できないわ」

 

「どうしてです?雪蓮佐官は彼と同居しているのでしょう?彼も喜ぶでしょうに」

 

「・・・・・彼といるとお前たちよりも彼の命をまず優先してしまう。組織の中で私情が入るのは避けなければ、待っているのは全滅よ。1万人以上の部下の命を預かる私としては、彼を受け入れるわけにはいかないわ」

 

「・・・・・・そうですか。すみませんでした、無粋な事を進言してしまいましたね」

 

「気にする必要はないわ・・・・」

 

副官が顰めっ面で頭を下げると、雪蓮は彼の動きをじっと目で追い続ける。

 

(そっくりね・・・・。ほんとに・・・一刀みたい)

 

剣の太刀筋、弓を射る時のひと呼吸おく独特な射ちかた。そして近接戦闘での速さ。

 

江東の赤鬼と呼ばれた北郷がまるでそこにいるかのようだ。

 

副官はおそらくだが雪蓮の考えとは別で、彼を15部隊に入れたいと思うのは無理もない話である。

 

だが雪蓮の本音としては今でも彼の軍での入隊を反対している。

 

出来ることならこの訓練であれば、失敗してまた戻ってくるだろう。とそう思いたい。

 

しかしそんな彼女の思いとは反するように、遠目で見ても彼の目の奥に宿る強い炎が消えることは一切ないように見える。

 

彼は冥琳や雪蓮と暮らし始めてから、小さな炎が少しずつ大きくなり、今では大きな使命を持つ強い力を持ち始めている。

 

だがその若いエネルギーを雪蓮はもっと別のことに使って欲しい、戦火にさらされることなく自由に生きる幸せを享受してほしいと彼に願っており、そして育ててきたつもりだ。

 

何が楽しくて人殺しを唯一正当化できるこの組織に入るのか。

 

そんな組織に入れるために、自分は彼を育ててきたのではない。と、未だに彼女は孫昭に対し忸怩たる思いを抱いていたのは確かである。

 

苦虫を噛み潰したような表情で孫昭を見つめつづける雪蓮を彼は見やり、彼女が抱いているであろう心の葛藤と機微を副官は瞬時に察する。

 

彼女は既に愛する家族を2人も失い、これ以上悲劇を繰り返さないために剣を振るっているはずである。

 

彼は沈痛な面持ちで静かに訓練を見続けると同時に、さっき進言をしたことを内心強く戒めるのであった。

 

 

 

そして・・・・彼が入学してから1年が経ち、ついに士官学校卒業を果たすことができた。

 

孫昭は士官専用の軍服を新しく支給され、階級は上級尉官とされ彼は何とか卒業はできたが、300人いた候補生たちは今では100人をきり、残った者は60名ほどとなっていた。

 

倍率で言えばそう高くはないかもしれないが、優秀な人材の中での熾烈な選別であるゆえ実態は過酷を極めるものであった。

 

卒業式を終え、校長がおめでとう!と終えると、皆は涙を流し、抱き合う。

 

孫昭たちも同様に涙を流し、一人一人と熱い抱擁を交わす。

 

地獄のような1年間を生き延びてきた彼らは強い団結心が芽生え、もはや家族同様なまでの絆が芽生えていたのであった。

 

孫昭はその後第2突撃隊へと赴任を言い渡される。

 

彼の本音としては雪蓮がいる第15特殊師団に配属したかったが、こればっかりは仕方がない。

 

だが第2突撃隊は飛将軍と言われる呂布奉先が司令を努め、主力部隊の一つとして言われている。

 

それにほかの者たちも呉における主力部隊と謳われる部隊に配属が決まっており、それは出世頭として高級将官になることが約束されたことを意味していた。

 

正式な辞令が出るまでは休暇となったため、久しぶりに建業に帰る。

 

慣れ親しんだ街並みはたった1年で大きく変わり、より発展の色合いを濃く見せていた。

 

孫昭は変貌を遂げている建業の街並みに浦島太郎の気分を味わいながらも、雪蓮が住む家へとたどり着くと持っていた荷物を降ろし、戸をコンコンと叩いた。

 

「おかえり!!」

 

本当に久しぶりに見た雪蓮がまるで女神のように見え、孫昭は一瞬感極まるが、何とか押さえ込み飛び込んできた雪蓮の抱擁を受け止める。

 

「話は聞いていたわよ!よく頑張ったわね!!」

 

「・・・・・ああ。辛かった・・・・」

 

「冥琳も待っているわ!入って、入って!!」

 

家に入ると、冥琳が笑顔で迎えてくれた。

 

孫昭はついにこらえていた感情を抑えることができず、視界が歪む。

 

「どうした・・・?そんなに私に会うのが嬉しかったのか?」

 

「うん・・・・!うん・・・・!」

 

全くお前は・・・・と冥琳は言うが、その声色は優しく、前に候補学校で見た冷酷なイメージとはかけ離れたものであった。

 

彼は本来の冥琳や雪蓮の優しさが懐かしさすら感じた。

 

「お前はつくづく手間のかかる・・・・可愛い自慢の教え子だよ」

 

と冥琳は言うとギュッと抱き寄せ、ヨシヨシと頭を撫でる。

 

「離せって・・・・」

 

「却下だ」

 

冥琳はそう言うと頭を撫でるのを止めない、それを見た雪蓮も微笑み温かく目を細めた。

 

それからは3人で入隊祝いの祝賀会を開き、孫昭の武勇伝を2人は興味津々といった様子で聞き入っていた。

 

雪蓮はひえ~といった半分引き気味な感じであった。

 

まぁ・・・確かに凄まじい訓練内容であったのは彼も否定はしなかった。

 

「よくやるわねぇ~。誰が発案したの?」

 

「祭殿と思春が考案し、大まかな訓練過程などは軍令部で煮込んで導入がされたものだな。お前も同意したはずじゃないか?」

 

「あ、あれ?そうだっけ・・・・。そういえばそうだった気がする・・・・」

 

雪蓮は孫昭を見に来た時に副官とアレコレと以前話していたことを思い出した。

 

確かに祭と思春、さらには明命などがアレコレと鼻息を荒くして勉強会を立ち上げ、意見を熱心に挙げていた事を思い出す。

 

「まったく・・・・」

 

「まぁまぁ~。でも上手いこといっているみたいね」

 

「そうだな・・・・。優秀な人材を安定して、部隊の長として配置することが今のところできている。乱雑であった指揮系統もこれで何とかなったな」

 

「まぁ・・・・孫昭がいうような訓練を経た士官なんて、部下からしたら尊敬の目でしょうしね」

 

「違いないな。お前もどうだ?将兵になるための特別講習も存在しているし、幸い席は空いている。私のツテでねじ込んでやる事もできるが?」

 

「勘弁してよね~。もう若くないし、最近は部下についていくだけでも精一杯なんだから」

 

少し困った顔で眉間をクシュっと寄せると、何処か哀愁を帯びた自虐的な笑みを雪蓮は浮かべた。

 

どうやら雪蓮としては最近自身の衰えを感じているようであり、自分の技量が限界に達した事を悟っているようでもあった。

 

「どうだかな?私にはそんな風には見えないがな・・・」

 

冥琳はだがそんな雪蓮に呆れたような声で抗議すると孫昭も苦笑いを浮かべる。

 

衰えたと彼女は言ってはいるが、未だに一級線の技量を誇り、今ではその技量が円熟を極めていると孫昭は学校内でも噂になっていたし、冥琳は部下からもそう話は聞いている。

 

江東の小覇王と呼ばれたかつての呉王は、今では呉を守る守護神として君臨しており、雪蓮が赴く地域は必ず兵士の士気がうなぎのぼりに高まる。

 

だが当の雪蓮自身は衰えたと思っているようであり、若さ溢れる部下たちの前では少し焦りも感じているようであった。だが今でも呉国内、いや連合内でも雪蓮と互角に戦える猛者は数える程しかいないだろうと冥琳は思う。

 

それだけ技量を極め尽くしたといってもいいくらいであり、身体的な衰えを極みに達した技量と膨大な経験とでカバーする雪蓮の姿は、10年前直情的でもあり、良くも悪くも一直線であったあの頃の彼女とは違い、極めて厄介な存在であろうと冥琳は思う。

 

「孫昭、お前はどうだ?雪蓮と手合わせをしてみたらいいじゃないか?」

 

「勘弁してくれよ。俺じゃ全然相手にならないって」

 

手を横にヒラヒラと振りやめてくれと懇願する孫昭。だが雪蓮は笑顔で孫昭の首根っこを腕で捕まえガシっと寄せると名案ね!と嬉しそうに笑顔になる。

 

「わかんないわよ~?案外、いい線いくかもしれないわ。まぁ・・・手加減はしないけどね」

 

「お手やわらかにお願いしますよ。孫策様」

 

うむ!よきにはからえ!!とやけに偉そうな態度で酒を貰うと、アハハハと笑い、美味しそうに酒を喉に流し込んでいく。

 

「ところで孫昭、お前はどこに配属になったのだ?」

 

「ああ、正式な辞令はもらってはいないが、第2突撃隊という隊だな」

 

「恋の隊ね。お前も災難ねぇ・・・。飛将軍なんて私よりもずっと強いのに」

 

「まぁどこに行こうが結局は凄腕の上官がいるのは、当たり前さ。そんな人たちのもとで働けるのだから、俺としても文句は出ないよ」

 

「・・・・・・・・・・」

 

いい心がけね~と頭をワシャワシャと撫で回す雪蓮に、孫昭は抗議の声を上げる。

 

そんな二人を見て、冥琳は雪蓮をジッと見つめ思いを馳せる。

 

実はというと孫昭の配属は第15部隊に配属する事が内々的に決まっていた。

 

彼は士官学校でも最年少でもあり、さらに極めて優秀な成績を残していた。そんな人物を腐らせるのは冥琳としては不当であるとさえ思っていた。

 

実際軍令部の連中も孫昭の配属を15部隊配属にすると決定していたのだが、それに待ったをかけたのは他でもない雪蓮であった。

 

雪蓮は私情が入る身内の孫昭の入隊は良しとしない旨の内容をつらづらと書き連ねた要望書を軍令部に提出した。

 

その内容は非常に詳細であり、孫昭が入隊した場合の部隊の損失を数値化し、隊員の死亡者数や金額的な損失等がこれでもかと作りこまれていた。

 

そんな雪蓮の狂気に近い熱意に、結果として参謀本部が雪蓮に根負けをし、配属を変えたというのが実情である。

 

雪蓮が小覇王と畏れられたのは、彼女が持つ戦闘での技量の高さからくるものだけではない。

 

彼女は国のために自分の思考を切り離すことができる事が大きな要素を占めていた。

 

つまりは自分の感情を完全に蓋をして、人間の命を国家の損失、国益を天秤にかけることができるのだ。

 

冥琳は全ての人間は平等であると謳うが、雪蓮はそんなことをお構いなしに決断し、時と場合では味方を見捨てる事も厭わない。

 

それが例え自分の死が必要である状況であるのなら、雪蓮は恐らく容赦なく死を選ぶはずで、それで呉の国民が、部下たちが救われるのであるのなら躊躇なく実行するであろう。

 

だからこそ小覇王と呼ばれるのである。

 

思考を最大多数の最大幸福の原理で考え、その最善の選択を決して誤ることは決してない。

 

それは命の選別ができるのは呉王であった雪蓮だからこそ成せる、まさに孫呉の血脈といってもいいものであった。

 

それが彼女にとってどれだけ苦痛を伴うものであっても、それは揺るがない事実であったし、実際に冥琳も雪蓮のそういった非情さ、冷酷さを目にしてきている。

 

 

そんな雪蓮が初めて抗議をしたのである。私情が入る、と。

 

今までそんなことを出さなかった雪蓮の弱気な姿勢に、その時の軍令部もさぞや困惑しただろう。

 

上意下達が絶対な軍でましてや階級が下である雪蓮が、人事に関して意見を言ってもそれが通ることは極めて稀であるが、雪蓮のそういった事情を知っている軍上層部は今回の抗議は嘘ハッタリではなく、真実味を帯びていると考えたのだろう。

 

だがそんなお家騒動を彼に話しても意味がない、と思っているからこそ雪蓮も笑って惚けているし、冥琳も胸にその思いをしまいこみ、封印することにする。

 

この事実は墓まで持っていく、そういうことなのであろう。

 

それから仕事の話に進み、冥琳が近況を話し始めた。

 

彼女は任期を全うし連合国軍統括軍師を辞任して、現在は諸葛亮が勤めているようである。

 

雪蓮は後任があの孔明であり、豪華な人材を駆使する連合に思わず目を丸くする。

 

冥琳は1年という短い任期ながら、連合国軍の軍事要綱を纏め上げ、見事に後任に託している。

 

冥琳はこの2人には特に隠すことはない内容だけを当たり障りのない範囲で説明をした。

 

「連合国軍の動きとして最重要なものは、まずは長期戦に耐えられる持久力をつけることだ。これに尽きる」

 

「兵站の確保ってことかしら?」

 

「そうだな・・・・。まぁ後は多国軍となる連合国軍で出来得る限りの効率化を図るといったところか」

 

「へぇ・・・・すごいなぁ冥琳は」

 

「ほんとよね~。もう殿上人って感じね」

 

殿上人がこんな場所で酒を飲みはしないわよ、と雪蓮に突っ込むと彼女も何処か嬉しそうに舌を出す。

 

雪蓮は冥琳とは仕事の関係上、そして雪蓮と冥琳との仕事のスケールの大きさから、公私ともに大きな隔たりができてしまっているのではないかと、少し不安を感じていた。

 

だがそれが杞憂であるとわかり安堵しているのだろう。

 

そんな彼女を見て冥琳も嬉しく思うし、雪蓮が自分を見守ってくれていることを内心深く感謝している。

 

口には出すことはないが・・・・。

 

ただ実際冥琳が呉軍の軍師に就任した当時というのは戦場の兵站という概念は無きに等しく、基本現地調達であり、食料は各自兵士たちが用意するというものであった。

 

ゆえにその概念を覆し、再構築させるのに苦労を重ねたのは事実であった。

 

兵站が未熟であれば、食料が尽き当然強奪するしか道は残されておらず、それが兵士たちの乱暴や略奪の温床となっていた。

 

国防を担う兵士たちが賊と変わらないというのは全く意味をなさない、と冥琳は考えており呉軍の軍師としてまず行ったことは、常備軍という制度を立ち上げ徴兵から職業へと変えることで何とかしようという試みしていた。

 

錬度と兵士の質の低下を防ぎ、なおかつ職業軍人とすることで命令を追従することが出来る即応性のある軍を作る。

 

そして公僕となる身である以上、それ相応の知能と道徳心を身に着けさせるという狙いもあった。

 

当時王であった雪蓮も国軍の略奪は深刻な課題・問題として考えていた。

 

狼藉を重ねる軍では孫家に民衆は信頼など寄せることはまずないし、祖国奪還などそれこそ夢物語で終わってしまうからだ。

 

そう云った経緯からも孫家の求心力を回復させるためにも、雪蓮自身もこの常備軍の立ち上げには大いに賛成であった。

 

有力豪族や軍閥を抱えず、顔色を伺うことなくしがらみのない、統一された軍隊が作れるということは、母である孫堅の死から手のひらを返し裏切った諸侯たちが雪蓮からしたら信用できないものと写ったのというのもある。

 

結果、逆らう者は常備軍で討伐し、吸収がされていき、その結果が今の呉軍となっている。

 

雪蓮の武力と数の不利を覆せんとする冥琳の英知が、困難であった常備軍設営を成功へと至らしめたのである。

 

だがその道筋は血なまぐさい抗争そのものでもあり、雪蓮が先陣を切り、裏切り者を、戦犯者を容赦なく見せしめで殺戮する姿が冥琳は今でも忘れることは出来ないだろう。

 

雪蓮が疲れ切って疲弊している姿は冥琳としても、何とかしなければならないとは思ってはいたが、孫家の復興に邁進する彼女を見て、果たさなければならない宿願を、孫呉の血脈を受け継いだ彼女に対し、やめましょうと云うことはできなかった。

 

だからこそ心を鬼にして、時には冷静に、そして時には冷酷に雪蓮の参謀として立ち続け、知略をふるった。

 

それが愛する者のために冥琳が出来る精一杯の行いでもあった。

 

ゆえにしがらみのない北郷が雪蓮のそばに立ってくれることが冥琳からしたら雪蓮以上に精神的に救われたであろうことは想像に難しくない。

 

ただ無論無駄な殺生は雪蓮も考えてはおらず、事前通知に逆らわずに投降をするのであれば、豪族たちの身分の保証と俸禄金を支給するなど、飴とムチを使い分け懐柔させる事も多かった。

 

だが収入が多い豪族たちはそう云った警告には従わず、挙兵する道を選ぶことが多く、雪蓮は自ら剣をふるいかつての友軍を葬り去り、討伐していった。

 

それからだろうか、雪蓮の行いはまるで恐れを知らぬ覇王であると謂われる様になったのは。

 

江東での勢力確保に動く雪蓮はまるで気でも狂ったかのように他の諸侯には写ったかもしれない。

 

話を戻すが、常備軍が設立され、討伐を繰り返していく過程で結果として職業軍人たちを養っていくという必要上、冥琳たちは兵站の重要性を認識していくようになる。

 

即応性があり、忠誠心と道徳心を高いレベルで維持していくのには兵士に食事を用意し、寝床を与え、そして怪我をすれば治療ができる体制を整えなければならないからだ。

 

北郷がこの世界で軍に入る時までには、冥琳は穏や亞莎と他官僚たちと協力し、大規模補給部隊の創設と物流設備の開発がなされ、試行錯誤を重ねた結果、黄巾党討伐までにはその道筋は完了されていた。

 

ゆえに反董卓連合や魏軍防衛戦、さらには長期に激戦を極めた荊州攻略戦においても長期戦で補給物資が滞ることはなく、特に進軍速度を要求されていた荊州戦での電撃戦での成功と制圧は連合内でも強い関心を寄せ、兵站と補給の重要性が強く連合内でも認識がされるようになった。

 

人員・兵器の補充や大量の兵士たちを養っていくうえで必要な糞便の処理ができる設備(ほって埋めるための一式の道具や設備)、や野営ができる装備一式、医療兵士たちの充実や輸送部隊の新設などは結果として高い士気を保ち続けることにも成功していた。

 

冥琳は呉軍のそういった成功を収めた改革を連合国軍でも同様に行い、推進していく形をとった。

 

まずは各国で乱雑となっている武器製造や装備品の統一を徹底させること、そして一定の武器製造に関する情報の開示と製造方法における品質的な一定した基準を設け、どんな国でもそれ相応の品質で装備が確保できる状況を作れるようにと、冥琳は徹底して行ったようだ。

 

これにより武器や防護の安定した供給と、国力的な観点で技術的な問題でムラのあった兵士・装備品など質の改善に、ある程度改善の兆しは今のところ孔明を下に少しずつ実を結んでいるようである。

 

軍事力のない小国でも少ない軍事力を有効に活用ができるように、前線に配置させる事はせず、後方部隊に専属で就かせるなど調整を重ね、また連合の傘下となる近隣各国で定期的な合同演習を行うなどする事でノウハウを蓄積させるよう便宜を図るなど、それこそ冥琳は途方ない努力をしたようである。

 

道筋を1年でなんとか作り、孔明もこの方針に沿って連合国軍をまとめ上げている。

 

特に孔明は発明家でもあったため、新兵器の発明などを孔明は率先して行うなどし、攻城戦で猛威を振るう投石器や水軍で上陸時に必要となる揚陸艇なども作り上げたようであり、冥琳とは違う独自色を打ち出しているようである。

 

今では連合国軍は寄せ集めの弱小国家群ではなく、統率のとれた強大な軍事組織へと変貌を遂げようとしていた。

 

雪蓮はこの国防要綱は承知していたが、孫昭は改めて感嘆の声を上げる。

 

とてもじゃないが一国防長官がやるような仕事ではないからだ。だがそれを可能にしてしまう冥琳の底力と国内の議会と連合評議会を抑え込む蓮華の二人三脚が成し遂げたことでもあることは承知しており、雪蓮は妹がもはや自分では到底成し得ない自分を超えた存在となっていることに姉として喜ばしく、また一抹の寂しさも感じていた。

 

その後3人で食事を楽しむと、冥琳は腰を上げて、そろそろ帰るかと言い出す。

 

「え?もう帰っちゃうの?」

 

「ああ、明日は重要な会談があるからな。すまないがこれでお開きだな」

 

冥琳は申し訳なさそうに、少し頭を下げる。

 

ただ多忙な中でこうしてここに来てれたのに、そんな彼女に雪蓮や孫昭からしたら咎める理由はないだろう。

 

雪蓮は悪戯を思い浮かべたかのような意地の悪い笑みを浮かべると、孫昭の背中をバン!と叩く。

 

「ほ~ら!送ってやんなさい!呉随一の美女を、一人で夜帰らせるなんて男が廃るわよ!」

 

「いって~!ったく・・・・言われなくてもわかってるっちゅうーの」

 

孫昭はうんざりした表情で雪蓮を睨むと、立ち上がり冥琳に送っていくよ、と戸を開けてくれた。

 

その姿がやけにハマッており、冥琳は少しクスリと笑みをこぼす。

 

「そうだな。では貴殿のお言葉に甘えるとしようか。雪蓮!!お前も明日は勤務日だろう!さっさと就寝しろ。次遅刻したら減給だぞ」

 

「ゲ・・・・。わ、わかってるって~!ほら、帰った帰った!!」

 

雪蓮の慌てたような態度に二人は声を出さずに笑い合うと、二人ならんで帰路につく。

 

「あの調子だと言わなければ、酒をまた飲み明かすであろうからな」

 

「違いないな。流石美周郎、よくわかっているね」

 

「その言い方はやめろ・・・・。ったくどこでそんな戯言を学んできたのだ?」

 

「へへ・・・ごめんごめん」

 

頭をポカリと叩かれると苦笑いを浮かべて、謝る孫昭に冥琳も顔を緩め、前を向いて歩き出した。

 

「なぁ・・・冥琳」

 

「なんだ?」

 

「俺って変われたかな?」

 

「・・・・それは自分の胸に聞いてみるといい」

 

「嘘でも褒めてくれないのだな?」

 

「最初に行っただろ?お前は自慢の教え子だと」

 

孫昭が少し表情に影を落とすと、冥琳は少し笑い眼鏡を外すと彼のおでこデコピンで叩く。

 

「冗談よ。あの訓練機関でお前は一度地獄を味わった。顔つきが変わり、逞しくなった」

 

「そ、それで・・・?」

 

「・・・・・少し胸がときめいた」

 

冥琳はそう言うとハッ我に返ったかのような表情で言うと、気難しい表情へと変化し眼鏡を付け直すと前を向いて歩き始める。

 

「冥琳待てよ・・・・」

 

「・・・・・・・・」

 

冥琳を追いかける孫昭が彼女を見ようと前に立とうとするが、冥琳は顔をそらす。

 

「見るでない・・・・」

 

顔を珍しく真っ赤にした冥琳が懸命に彼から顔を逸らしている。その表情が何を意味するかを知らない彼ではなく、彼女に笑みを投げかける。

 

「・・・・・・・・・・・なんだ?」

 

「いや?照れている冥琳が眼福でね。こんな表情の冥琳はなかなか見れないだろうから目に焼き付けてるとこ」

 

「ばかもの・・・・・」

 

彼女はそう言うと彼にげんこつをすると、直ぐ様走り去ってしまった。これ以上追いかけるのは無粋であろうことは彼でもよくわかった。

 

引き際が大事だと兵法でもあったがその通りだ。

 

「いってぇ・・・・・まぁ・・・・一歩前進できたってところかなぁ」

 

孫昭は頭を押さえそう呟くと肩をすくませて帰路につく事にした。その後雪蓮から酒気帯びでの尋問に耐え切れず、口を割ってしまうのはご愛嬌である。

 

 

それから孫昭は直ぐに第二突撃隊がいるとされる揚洲北部へと赴任が正式に決まった。

 

雪蓮とはお別れを済ますと、直ぐ様自分の馬に跨り、北部へと旅立っていった。私はそんな彼を見て、一抹の寂しさと不安が混ざった顔色で彼を見送り、手を振り続けた。・・・・見えなくなるまで。

 

そうして孫昭を見送ったあと私は直ぐ様15部隊のいる駐在基地へと向かう。

 

「雪蓮様おはようございます!」

 

「ん。おはよう」

 

部隊の副官に声をかけられ、それに応じると副官は彼女の隣に立つ。

 

「早朝で申し訳ないですがよろしいですかな?」

 

「ええ。大丈夫よ。執務室で聞きましょうか」

 

彼を執務室に入れると、彼が抱えていた紙束を私の机の前の前へと見せる。

 

「作戦実施要項・・・・?これは」

 

「以前佐官から進言をいただき、その策を練り直し軍令部に提出をしたのですが・・・・」

 

私は以前に魏に対し世論不安定化工作を行うべきであるという旨の作戦立案を行った。

 

内容としては海から、そして揚洲の北部から軍事干渉を行い曹操に圧力を加えるというものだ。

 

独立部隊として呉軍参謀から独立した権限を与えられている、精鋭でもある15部隊は北方で敵の動きを現在は調査している。

 

曹操がコチラの条約を保護しないかの圧力と、前回での戦争での損失を魏に悟られないための示威行動というのが目的であった。

 

だがそれは表向きの目的であり、本当の目的は別にあった。

 

それは明命の情報部隊からも報告があり、黄巾党の乱の首謀者である張角らを魏がかくまっているという情報を入手したとの情報の真偽の調査であった。

 

もしこの情報が真実であるのなら、この動乱での正当性は私たち華夷連合国に軍牌が上がり、連合が魏に対して大きな弱みを握ることにも等しい。

 

「貴方のその様子ならその作戦申請は通ったのね」

 

些か興奮した面持ちで私に報告する彼を見て彼女もほくそ笑む。

 

「もちろんです。これで北方の情勢を探ることができます」

 

「連合軍の支援は期待できない以上、敵の動きを悟られるわけには行かないわ。北面方面軍の協力も不可欠でしょうね」

 

「ご安心ください。現在伝書鳩を送り、作戦概要の説明と我が部隊への協力要請をしているところです」

 

「お前も相変わらず抜かりないわね。では早速、北面方面軍本部がある寿春に向かいましょう。兵の選抜はお前に一任する。今回は隠密作戦ゆえ、あまり大規模な人数の選定は控えるようにしなさい。私は北面方面軍が統括する地域へと先に向かうわ」

 

「御意。我々も急いで向かいます」

 

副官は敬礼をするとそそくさと執務室を去っていく。雪蓮も南海覇王を腰に構え、装備一式を用意して馬を駆ける。

 

(そういえば北面方面軍は・・・・・)

 

馬を走らせている最中に、雪蓮は北面方面軍に孫昭が配属されていることが頭によぎった。

 

(まぁ今回は私たちの独自作戦だから共闘はないでしょうけども・・・・)

 

恋が率いる第2突撃隊は最前線に配備されており、揚洲北部の防衛を担う基幹でもある大規模な戦術部隊でもある。

 

今回の作戦ではそういった大部隊が動けば、和議を反故にしたと的に弱みを握られてしまう。そうなれば魏への調査どころの話ではなくなり、本末転倒であった。

 

私は孫昭と連合を組むことがないように強く願いながらも、寿春ヘ馬を走らせた。

 

一足先に寿春に着き、北面方面軍本部がある中央基地へと赴くと待っていた明命と打ち合わせを行った。

 

「雪蓮様、お久しぶりです!」

 

「明命、久しぶりね・・・・。でも今はお前の方が階級は上なのだから、敬語は不要よ」

 

久々に会った明命は幾分背格好が成長していたが、少女のようなあどけなさと活発さはそのままであり、私としてもそれは少し嬉しかったりもした。

 

だが今では私よりも階級が上であり、情報部隊を束ねる司令官である明命に対して敬語は不要であると言うが明命は恐れ多いですよと恐縮し、笑みを浮かべた。

 

「ありがとう。貴女にそう言われると私としてもすごく嬉しいわ」

 

「いえいえ!では本題に移りますが・・・・・」

 

それから明命から概要を聞く。黄巾党がなぜあれだけの巨大組織となったのか、から始まりそして降伏後の動きも、だ。

 

どうやら黄巾党の首謀者である張三姉妹は歌と踊りで男たちを魅了させる遊女であったらしく、三人の美貌と歌声に魅了された男たちが集った。というのが黄巾党の始まりだそうだ。

 

黄色い布は張三姉妹が当初配っていた品であるようで、歌や踊りに合わせてその布を振ったり、広げたりと観客と一体感のある路上ライブを行っていたようでその名残なのだそうだ。

 

私はその話を聞くと、苦笑を浮かべつつも肩透かしを食らったような気分を味わう。まさか遊女たちの追っかけが黄巾党の正体だなんていったい誰が予想できるであろうか?

 

「まったく俄かに信じられない話ね・・・・」

 

「はい。黄巾党はそうして熱狂的な信者数を増やすと同時に、その信者たちが姉妹たちの統制から外れ、暴走を止めらなかった結果起こった暴動であったようです」

 

「なるほどねぇ・・・。で黄巾党の解体後は魏に下った・・・・と?」

 

「そうですね。魏は張姉妹率いる本隊と激突し、勝利を収めています。ですがその後首謀者がどうなったのか?それは謎に包まれていました」

 

「その話は私が王の時に聞いたわね。張角は捕まって処刑されたか、敗走時に忙殺されたとか噂が飛び交ったけど詳細は不明なままだとね」

 

「雪蓮様の言うとおり、首謀者である張姉妹たちの消息は不明となり黄巾党は解体されました。ですが・・・・黄巾党が解体後した後の投降先を調べました結果。どうやら大半が魏に下ったということが判明しております」

 

「つまりは黄巾党の連中足取りを追跡した結果、張角たちの消息を掴めたということ・・・・か」

 

「現在は魏国内を回って世論の軟化と、曹操の支配の正当性を支えるべく広報活動を励行しているようなのです」

 

「黄巾党と同じ手法を用いているってことか・・・。曹操も下卑た真似をしたものねぇ」

 

私も明命の話を聞く以上はげんなりした気分にさせられた。こんなバカバカしい連中のせいで、一体どれだけの罪のない人たちを絶望の淵に叩き落としたのかを知っているからこそ思わず脱力してしまいそうになる。

 

だけど個人的にも、そして私たち呉もこの連中を赦すべきではないし、そうであってはいけない。然るべき法の下で裁きをくださなければならないだろう。

 

「曹操の徴兵に反発があまり見られないのも、この連中の働きがあるからだという報告も上がってきています」

 

明命は私に強く頷くと、その光に強い意志を燃やしながらも説明を続ける。

 

いま明命が考えていることはきっと私と同じことなのであろう事は、彼女の表情からして分かる。

 

「敵の首根っこを掴むことが出来うる案件よ、これは。我々の部隊の人間も直に来るからその時に詳細を話し合いましょう」

 

「わかりました。こちらは詳細が書かれている報告書になります。目を通していただけたら助かります」

 

「ええ。しっかりと目を通しておくわ。ありがとう、明命」

 

明命に礼を言うと、彼女は嬉しそうに頬を染めてニコッと笑い失礼します。と部屋を出ていった。

 

その後私の部隊総勢500名ほどが集まり、明命が再び彼らの前で説明を行った。

 

部隊の者たちは最初驚きを隠せない様子であったが、すぐに下の落ち着きを取り戻し、詳細に耳を傾けていた。

 

「全く・・・空いた口が塞がらないと言うのはまさにこのことですな」

 

「お前もそう思う?」

 

副官が明命の説明を聞き終えたあと、開口一番にそう言うと溜息を吐き、座っていた座席の背もたれに深く身を預ける。

 

「はい。北郷隊長とあの時は補給線を分断させ、敵を孤立させるという作戦に従事していましたが、あの連中がどういった経緯で発生したのかは誰も考えもしませんでしたからね」

 

「おおかた農奴の反乱であると考えるでしょうね」

 

「おっしゃる通りです」

 

雪蓮が苦笑しながら代弁すると、彼も同調し頭を抱えた。ほかの隊員たちも苦笑いを浮かべ、バツが悪い表情を浮かべ肩をすくめるばかりであった。

 

「だがこの情報をもとに考えれば、今も魏のどこかで慰安活動を行っている可能性は高いはず」

 

「場所の特定はできているのですか?」

 

副官の質問に明命を首を横に振る。

 

「いいえ、現時点では場所の特定まではできては・・・・」

 

「簡単ね・・・・。恐らく連中は荊州で最前線であった地域で活動を行うはずよ」

 

「その根拠は?」

 

「荊州の戦いは私たちも損害はあるけど、魏も大きな損害を出している。荊州の現地人である徴収兵はさっさと投降・逃亡をし、残る尻拭いは本国の兵がせざるを得ない状況だった。そうである以上荊州の最前線となる司隷・豫州あたりから徴兵させているはずよ」

 

「つまり荊州攻防戦での前線であり損害が大きかった地域を慰安していると?」

 

「そうね。私が王であるのなら、そうするわ」

 

「ふむ・・・・・周泰殿はどう考えます?」

 

「私も雪蓮様の言うことには一理あると思います。まずは豫州・司隷を中心に調べてみることにしましょう」

 

「では私たちも協力します」

 

副官が明命に協力の意を表明すると笑顔でありがとうございます、と感謝の意を伝える。

 

「まずは農民たちの一揆がどれだけ起きているのか?そして起きた地域や時期、一揆が起きた後に再発が起きているのかといった相関関係を調べてみましょう。なにか法則性があればその地域に連中はいるはずよ」

 

「「了解!」」

 

明命ほか一行は立ち上がると一斉に私に向け敬礼をする。私も敬礼を返すと、情報部隊と私の部隊とで打ち合わせが始まった。

 

 

私は会議室を出ていくと北面方面軍司令へと挨拶に伺う。

 

「孫策入ります」

 

「遠路はるばるご苦労です」

 

北面方面軍の司令は亞莎が赴任しており、かつてのおどおどとした自信のない姿はそこになく、冥琳同様の鋭い目つきを持つ凄腕軍師へと変貌を遂げていた。

 

穏が行政府、亞莎は軍に残り冥琳の教え子として孫権政権や議会に影響力を持っている事は周知の事実でもある。

 

「明命さんから話は全て聞いております。軍令部からのお墨付きとあればコチラも全面的に協力するつもりです」

 

「ありがとうございます、呂蒙殿」

 

「敬語はいいですよ。雪蓮様」

 

「でも・・・・・」

 

「階級は私が上でも、私には冥琳様と貴女というのは、今も私が憧れ、尊敬する人間であることには変わらいないのですから」

 

ニコリと笑うと言ったそばから亞莎は恥ずかしくなったのか、顔を少し赤くして口元を襟で隠そうとする。

 

その姿はかつて王であった時に冥琳の後ろで泣きべそをかいていた頃とダブって見え、私としてもどこか微笑ましく思えた。

 

(相変わらずってことなのね・・・・)

 

内心今も変わらない明命や亞莎をみて少し嬉しく思いつつも、私は微笑んで亞莎の肩をたたく。

 

「ありがとう亞莎。あなたにそう言われ嬉しいわ」

 

「ええ、今回の調査が上手くいけば、連合国の正義が正当であると証明できます。どうか・・・・」

 

「私も承知しているわ。しかし今回は北面方面軍にも少し働いてもらうかもしれないわね」

 

「といいますと?」

 

「北方で軍事干渉をしてほしいのよ。大規模な軍の派遣は必要ないわ。あくまで小規模編成でね」

 

「北方に圧力をかければ、張姉妹たちの尻尾が出てくるということですか?」

 

「そういうこと。この際だから新兵力の演習として、行うというのもアリかもしれないわ」

 

「ふむ・・・・・。確かに・・・・呉軍の装備ではなく賊として偽装させ、北方に圧力をかけるというのも悪くはないかもしれませんね・・・。いっそのこと黄巾党の残党を装い、出兵するのも・・・・」

 

「流石ね。黄巾党の残党だと報せを受ければ、奴らは何か行動を起こす可能性はあるわ。まずは明命と私の部下たちが調査を行うから、その後怪しいと思われる地域に兵を派遣し、相手の出方をまずは伺ってみようと思う」

 

「当面はその形でいきましょうか。では雪蓮様、よろしくお願いします。北面方面軍でもこのことについては機密事項として秘匿として扱います。雪蓮様は北面方面軍の練兵における講師として赴いた・・・・ということにしておきましょう」

 

「すまないわね、亞莎。こちらこそ、北面方面軍の顔に泥を塗らないよう全力を尽くすわ」

 

二人はがっしりと握手を交わすと、北面方面軍と私の部隊が一枚岩となれたことに大いに満足する。

 

その後私が司令室から出ると部屋の前で明命と副官が緊張した面持ちで待っていた。

 

独立した権限を与えられる15部隊と情報部隊である周泰隊は、各方面軍の指揮権の傘下には入らず独自の動きが許されている。

 

それゆえに厄介者扱いをして、協力をしない、煙たがるという上層部がいるのも事実であったからだ。

 

「どうでしたか?」

 

「亞莎も理解してくれているわ。北面方面軍の全面的な協力を約束してくれた」

 

「よかったです!」

 

「やりましたな!雪蓮様」

 

副官と明命は表情を明るくするとお互い笑みを見せあいウンウンと頷き合う。

 

「取り敢えずは予定通り魏への潜入計画を作成後、調査を行うわ。副官、おまえは潜入に当たる計画と兵士の配置を、明命は魏に居る潜入員と連絡をとり、斡旋者の協力を取り付けてもらえるかしら」

 

「わかりました」

 

「了解しました」

 

二人は敬礼をすると走って持ち場へと戻っていくなか、私は一人曹操に対しほくそ笑み、みんなに分からない程度に僅かに口の端を歪めるのであった。

 

(曹操よ、お前の化けの皮を必ず剥がしてやるわ・・・・)

 


 
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