No.1084036

Baskerville FAN-TAIL the 30th.

KRIFFさん

「剣と魔法と科学と神秘」が混在する世界。そんな世界にいる通常の人間には対処しきれない様々な存在──猛獣・魔獣・妖魔などと闘う為に作られた秘密部隊「Baskerville FAN-TAIL」。そんな秘密部隊に所属する6人の闘いと日常とドタバタを描いたお気楽ノリの物語。

2022-02-05 14:20:27 投稿 / 全2ページ    総閲覧数:360   閲覧ユーザー数:360

「ごめんくださーい」

早朝。港町シャーケンにある一軒の民家の呼び鈴が鳴った。

それからたっぷり一分は経ったろうか。民家のドアが静かに少しだけ開く。

「……何よナカゴ。こんな朝早くから」

ドアの隙間から目だけ覗く住人の眠たそうな声。その声は二十代半ばの女性のものだ。

そしてナカゴと呼ばれた二十歳前後の女性の方は、声の主に対してぴしりと略式の敬礼をする。

「不肖ナカゴ・シャーレン。サイカ先輩にお願いがあって参りました」

「いまるすにしてますでなおしてください」

住人は露骨な棒読みで間髪入れずに返答すると、素早くドアを閉めてしまう。

その早業に一瞬ポカンとしたナカゴは、ドアにへばりつくように詰め寄ると、今度は激しくノブを回しながらドアをドンドンドンと叩く。

「お願いしますサイカ先輩! 本当にお願いがあるんですよ。一大事なんですよ!!」

 

 

世界で最も不可思議な港町として名高いこのシャーケン。

ここにも、朝はきちんとやってくる。

同時に、面倒な騒動までやってくる。

平穏な日は、一日としてなかった。

この広い町のどこかで、必ず誰かがはた迷惑な騒動を引き起こし、巻き込まれるのだ。

だからこそ、ここへ来れば――どんな職種であれ――仕事にあぶれることはない、とまで云われている。

 

 

さすがに自宅の前で大声で騒がれては近所迷惑。本当に心底渋々という感じで家の中に招き入れたサイカ先輩。

サイカ先輩こと住人の女性・コーラン(本名サイカ・(ショウン)・コーラン)は、露骨に嫌な顔のまま、

「毎回毎回治安維持隊のもめ事を、辞めた人間に持ってくるなって言ってるでしょう?」

「そこを何とかお願いします。本当の本当に一大事なんですよ!」

と、ナカゴは平身低頭土下座までしている始末だ。

ナカゴが今纏っているのは金属のような光沢を放つマント。そこには『治安維持隊』と呼ばれる組織の紋章が描かれていた。

治安維持隊とは、この世界とは異なる異世界、それも魔界と呼ばれる警察機構のものである。ナカゴは若くしてこの町にある分所の所長の地位にある。

かつては人間が「悪魔」と呼んだ異形の者達の世界であったが、現在は力の減退や混血なども進んで、人間と大差なくなってきている。

それでも「人間離れした」能力・特徴を持つ種族も数多いが。

「サイカ先輩。マモンに住んでいる械人(かいじん)ってご存知ですよね?」

現在の魔界は大きく七つのエリアに分けられており、かつて七つの大罪と呼ばれた悪魔と同じ名で呼ばれている。

そのうちの一つが、魔界きっての工業地帯である「マモン」。似つかわしくないかもしれないが、魔界とて機械工業が皆無な訳ではない。

「械人って、確か機械の身体を持った一族よね。私はよく知らないけど」

コーランが過去の記憶を懸命に引っぱり出してそう答える。

「ええ。実は、そこの王子様が……」

「王子に何かあったの?」

沈んだ表情のナカゴの言葉に、コーランもさすがに心配になって訊ね返す。

王子といっても、正確には械人の部族の王の息子である。

魔界では都市部を除くと部族ごとに一塊になって暮らしているケースが多いので「国」と便宜上呼び、その王を「国王」その子供を「王子」と呼んでいるだけだ。偉い人物である事は事実だが。

「……今、うちの分所にお見えなんです」

それは確かに一大事だった。

 

 

コーランとナカゴはいつもの仲間を緊急召集し、治安維持隊の分所へ急行した。

「……たかだか偉いヤツが来るってだけで、何で俺達まで」

と不平を漏らすのは武闘家のバーナム・ガラモンド。

「械人とは、実に珍しいお客様ですね」

神父のオニックス・クーパーブラックが珍しく興味津々な態度である。

「そうだよ。別にコーランとナカゴさんの二人でいいじゃん」

全く興味を持っていないのがグライダ・バンビール。聖剣と魔剣の二刀流をこなす、自称美少女剣士である。

そして、彼女とは双子に見えない程幼い妹のセリファ・バンビールも、姉と同じように興味なさげに眠そうな顔をしている。

「魔界にも機械の文明が在った事は知って居るが、其の械人に会った事は無い。同じ機械体としては、会わぬ訳には行かぬな」

戦闘用特殊工作兵の肩書を持つロボット・シャドウが合成音で淡々と呟く。

「でさ。その械人ってどんなのなの?」

コーランと共に暮らしているとはいえ、魔界に行った事のないグライダの質問に、ナカゴは、

「械人というのは……機械でできた生物、生物みたいな機械と説明するべきですかね」

説明の筈が説明になってない。その場の一同の胸中は一つになっていた。彼女もその空気を感じたようで、

「そうとしか説明できないんですよぉ。外見も能力も各自でバラバラですし。明らかにメカではないんですが、機械みたいにパーツ交換による身体の修復が可能。けど成長も老いも死にもするんですから」

パーツ交換できるがゆえに、寿命以外では死ににくいですけどね。と小声でつけ加える。

そんなやりとりをしながら分所の中を歩いて応接室の前で立ち止まったナカゴ。おそらくそこに械人の王がいるのだろう。

案の定、ナカゴは緊張に震える手でノックをすると、

「で、殿下。ナカゴ・シャーレンです」

「入れ」

彼女の震える声を全く気にした様子もない男の声が聞こえてきた。ナカゴは大きく深呼吸をし、まさしく「意を決して」という表情でドアを開けた。

『うおおぉぉぉぉ』

途端、一同の動きが止まってしまった。

部屋の中には青い全身鎧を纏った男が一人静かに立って、部屋に飾られた写真を眺めているところだった。背中には自分の身の丈ほどもある大剣を背負っている。

首から上はむき出しで、人間と変わった様子は全くない。むしろ人間の尺度ならかなりの美青年である。

だが彼らの動きが止まったのはそれが理由ではない。大剣を背負う男の発する「気」のようなもの。何も気負っていないのに気押されそうになる「オーラ」とでも言おうか。

それはまさしく本物の「王家」だけが持つカリスマ性からくるものだった。

「ナカゴ・シャーレン。どこへ行っていた」

言葉を一言発しただけでその場にくず折れてしまいそうなプレッシャーを浴びせかけられた気分になったナカゴ。

そのプレッシャーは当然他の面々も感じており、眠そうにしていたセリファは一気に背を伸ばし、不平を漏らしてだらけていたバーナムすら直立不動にさせている。

(こりゃ助けを求めるわ)

こんなプレッシャーに長時間耐えられる人間の方が珍しい。コーランは素直に思った。

「後ろにいるのは、ナカゴ・シャーレンの友人達か」

「……ハ、ハイ。殿下」

「今は忍びの旅。昔通りイダサインでよい」

甲冑の男・イダサインの言葉に一同がぽかんとしている。代表してコーランがナカゴに向かって小声で、

「昔通りにって、どういう事?」

「ウチの家系は代々械人とは縁が深いんですよ。身分違いじゃなかったら、幼馴染みの弟分って感じでしたから」

そこそこ付き合いは長いものの、初めて知ったナカゴの過去に正直驚いている。

「ナカゴ・シャーレンの友人達よ。先程も言ったが今は忍びの旅。身分などというものは忘れ、仲良くしてほしい」

イダサインの言い方こそは尊大で実に偉そうな感じだが、言っている内容は至って普通である。

だが、そう言われても身分が高い人物である事は事実。そうたやすく切り替えができる訳ではない。

バーナムを除けば、皆ある程度「育ちのイイ」人間なのだから。

「ナカゴ・シャーレン」

「ハ、ハヰッ!」

いきなり名前を呼ばれたナカゴは、反射的に直立不動の姿勢を取る。イダサインは裏返った彼女の声に苦笑すると、

「さすがに空腹である。この辺りの名物を食べたい。案内を頼む」

手近のソファにかけてあった金属光沢を放つマントを取り、バサリと羽織った。

 

 

そんな王子のワガママで一同がやって来たのは、本当に港町の一角にある安食堂。一同には馴染みの「ヘルベチカ・ユニバース」である。

当然町にはもっと高級な店がたくさんあるが、イダサインの「港町に来たのだから、港町らしい店がいい」と言ったので、内心ドキドキしながらここへやって来た。

事情が全く判らない店の女主人も、

「いや。どんな人が来たって、キチッと食べてお金を払ってくれればいいけどさぁ」

まさかこんなうす汚れた安食堂に、王家のカリスマをまき散らすようなVIPが来るとは思っていないだろう。

だがこのシャーケンの町は治安維持隊の分所があるおかげで、魔界の住人の持つ人間世界とは異なる常識にはだいぶ寛容だ。

そんな周囲の心境などどこ吹く風。イダサイン王子は終始ご機嫌で、薄汚れた店内や、窓から見える海、港で働く男達を眺めながら、

「これが平和な市民の営みというものなのだな」

一人で勝手にうなづいて悦に入っている。

「はい。白身魚の香葉包み焼きだよ」

イダサインの前に一枚の皿を置かれる。そこには大きな葉で包まった魚が乗っているのだが、

「ほう、これが魚か。初めて見る」 

「あの。魚を葉っぱで包んでるんですけど」

隣にいるナカゴが、小声で訂正する。

「そうか。香葉で包んでいるのか」 

屈託なく笑うと、イダサインは葉を取らずにそのまま鷲掴みにし、そのまま一口で食べてしまった。

香葉は香りは良いが味は相当苦い。普通の人間はまず食べられないのだ。だがイダサインは全く平気な顔をしている。

「……うむ。この葉の苦味が何とも言えん。それにこの魚というものの淡白だがしっかりとした甘味。それがペプペルの辛味を程よく中和している」

ペプペルとは魔界原産の香辛料だ。店によってだいぶ味付けは変わるが、ペプペルだけはほとんどの店で使っている。

初めて味わってこれだけの分析。相当舌は肥えているようだ。

「どうした。お前達は食べぬのか」

それぞれの前に皿が置かれているが、皆手をつけていない。

まさか苦い香葉を食べるとは思わず、ぽかんとしていただけだ。

「じゃ、食うか」

元々身分など全く気にしない性分のバーナムが、包んでいた葉を取って頬張る。

それを見ていた他の面々も、周りを伺うように葉を取って食べ始めた。

ところが、それを見たイダサインは、

「お前達は葉を食べないのか。そうか。苦いからか。だがその苦味がよいのだぞ」

「人界の人間には、その苦味が耐えられません」

またもナカゴが耳元でそう告げる。魔界の住人はこちらの世界の事を「人界」と呼んでいる。

「そうか。所変われば品変わる。それを失念するとは。まだまだ精進が足りんな」

これまた快活に笑っているイダサイン。その笑いが店中に響いているので、一同は少々困り顔になっていた。

いくら魔界の人間に寛容なこの町でも、住民全員がそうとは限らないのだから。

現に襲いかかったり難癖をつけてくる度胸はないものの「場違いだから早く出て行ってくれ」という雰囲気は店内に満ちていた。

当然イダサインのみそれに気づいていないが。

 

 

店内の空気のせいで、イダサイン以外食べた気がしないまま店を出た(食べられないシャドウは例外として)。

港に出た一同は、そこを眺めながらのんびりと歩いている。

「他所の土地といえども、民が平和に暮らしている様を見るのは、とても気分がいい」

イダサインの心底嬉しそうな言葉は上から目線ではあったものの、同時に彼の為政者としての心構えも見た気がした。

今は日中なので港には人影が少ない。この町の港が忙しいのは夜中から午前中にかけてだからだ。

そのためだろう。ふと気づくと一同はがらの悪い連中に取り囲まれていた。

すかさずナカゴとコーランがイダサインをかばうように前後に立つ。セリファを除く他の面々も、いつ襲いかかられてもいいよう身構えている。

「その方達、物盗りか」

こちらの話を聞く様子もなく、手にナイフを構えている態度から、イダサインはそう見当をつけた。

「人数が少ないからって、ナメない方がいいぜ? こいつがかすったら死にはしなくても一発でオネンネだからな」

チラチラとナイフの刃先を動かす物盗りのリーダー格らしい人物が凄んでくる。

そしてその凄みは決してハッタリなどではなく、実力に裏打ちされたもの。

だが相手が悪かった。あらゆる意味で。

「ボクとセリファちゃんで殿下を。あとはご自由に」 

クーパーが神父とは思えぬ冷淡な態度をとる。さすがに物盗りに同情も説得も効かないと判断したようだ。

「運がなかったな、お前ら」

バーナムが指をわざとらしくコキコキと鳴らしながら間合いをとる。武闘家らしくいつでも飛びかかれるように。

「そうね。襲う相手はよく選ばなきゃね」

グライダが右手に意識を集中させる。すると一瞬光の魂が現れ、それはすぐさま一振りの剣と化した。

コーランもシャドウも特に構えらしいものはとっていないが、隙なく相手を観察しており、ナカゴはすぐ腰の銃を抜けるよう手をかけている。

ここまでされて初めて、物盗り達は自分達が獲物を間違えた事に気づいた。だがもう時すでに遅し。

『くったばれーーーーっ!』

一同は一斉に物盗り達に飛びかかった。

飛びかかった面々は、イダサインのオーラのプレッシャーで受けたストレスの腹いせをするのだとばかりに、容赦なく全力で相手を叩きのめした。

その様子は、むしろ物盗り達に同情したくなるような、一方的な勝負だった。

 

 

「皆強いのだな。感服したぞ」

先程の戦いを終え、その場を離れる一同。イダサインの感心した口ぶりである。 

「だが気遣いは無用だ。自分の身は自分で守れるよう訓練を積んでいる」

彼はそう言うと背中に背負っている剣を外し、両手で持ってみせる。

その特徴的な刀身は随分と幅が広く、また必要以上に分厚かった。そして切っ先部分を中心に刃先は金属のカバーで被われているので、このままでは武器としての用を為さないのは明白だ。

「この剣はこう使うのだ」

グッと力強く柄を握り締めると、分厚い刃を包むように赤いビームがほとばしり、それがまるで刃のような形で固定された。

「成る程。其のビームで物を斬る訳か」

「いかにも。この様になっ!」 

イダサインは振り向きざま剣を縦一文字に振り下ろした。何もない空間にである。

だがイダサインとシャドウだけは「見えていた」のだ。 

後ろから姿を消した「何者か」が近づいて来ていたのを。

その攻撃で「何者か」は姿を現した。きっと驚いて集中力が解け、魔法が解除されたのだろう。

「無闇に殺めるつもりはないから、加減はした。斬られぬうちに立ち去るがいい」

切っ先が届くギリギリの距離にいた「何者か」は、ジリジリと後ろに下がり、やがて猛スピードで走り去って行った。

「ふむ。この町はあまり治安がいいとは言えんようだな」

「あの。今の魔界から指名手配を受けてる殺し屋だったんですけど」 

あまりの出来事に自分の職務を忘れ、ナカゴがそう説明する。もっとも完全に忘れた訳ではなく、部下に連絡して追跡の手筈は整えたが。

械人達の王子がこの場にいるのだ。弱肉強食の考えが強い魔界からすれば、これをチャンスと見て暗殺しようとする者がいても不思議はない。むしろいて当たり前である。

(だから嫌だったんですよぉ!) 

ナカゴは胸中で叫ぶがイダサインに聞こえる訳はなし。

ナカゴがこのメンバーを集めたのは、心細かっただけではなく、こうした意味がちゃんとあったのである。

とりあえず行くあてもなく、ふらふらと町の大通りを歩いていると、

「ナカゴ・シャーレン。あれは何だ?」

イダサインの指差す先には人垣があり、何かもめている声が小さく聞こえてくる。

「篭城事件の様だな」

センサーで遠くの音声をキャッチしたシャドウがそう答える。するとイダサインは、

「篭城か。捨て置けぬな」

彼はいつもと変わらぬ足取りで人垣に近づいていく。当然一同もそれを追いかける。特にナカゴは必死の形相で、

「で、殿下。いくら何でも危険です!」

「ナカゴ・シャーレン。治安維持隊員ともあろう者が、目の前の事件を見逃すのか」

確かにイダサインの言葉は正論であるが、既にシャーケンの町の警察官が、篭城犯と交渉――という名の押し問答をしている最中だ。

他所の現場にしゃしゃり出るのは明らかにマナー違反である。

その説明を受けたイダサインは「そうなのか」と納得はしたものの、

「だが、その手伝いくらいはしても、バチは当たるまい。たとえ他所の土地でも民が苦しむ様を放っておくのは忍びないのでな」

イダサインは人垣にすっと視線をやった。

するとどうだろう。たったそれだけで人垣が真っ二つに割れてしまったのである。

まさに彼の為に道を開いた。そうとしか表現できない事だ。

彼は開いた道を悠然と歩いて警察官の後ろに立つと、朗々とした声で犯人に告げた。

「我は魔界の械人の王子・イダサイン。速やかに人質を放し、己の罪を認め投降せよ」

その場に居合わせた全員がその言葉に驚いた。当たり前である。信じる信じないは別として、そんな人物がこんな所にいるとは、誰が思うか。

そして、その言葉に耳を傾ける犯人がどこにいるか。当たり前である。

「殿下~~~~~~」

ナカゴは顔面蒼白になり、頭を抱えてうずくまってしまった。これではどこが忍びの旅だと。同時に周囲の警察官達に「申し訳ありません」と平身低頭な態度で謝罪している。

「クーパー、どうしたらいい?」

「グライダさん。そう言われましても、次から次にアイデアが浮かぶ訳では……」

人質を心配そうに見つめるグライダの問いに、知恵者のクーパーも困っている。

「犯人が持って居るナイフは、先程我々を襲った暴漢の物と同じだな。刀身に傷付けた生物を麻痺させる呪いが刻み込まれて居る。今月の通信販売での売上は第一位らしい」

犯人が持っているナイフを観察したシャドウがそう言い切る。きっと自身の持つネットワーク機能で検索したのだろう。

「御負けに人質は其のナイフで傷付けられた様だな。身体が麻痺して居る」

「神秘のトラッドの力、我が前に見せよ!」

急にセリファが高らかに叫んだ。占い用のカードを地に押しつけるようにして。子供の外見からは想像もできない大人びた声で。

すると地面の一部が一瞬で数メートルの高さにまで壁のように細長くそそり立った。

それよりわずかに遅れて上の方から何かがぶつかった音がする。

「何の音だっ!」

音に気づいた人々が空を見上げると、そそり立った壁の上の方に、投げナイフが突き刺さっていた。さらに注意深い人ならば、そそり立った壁と反対側のビルの屋上に、ナイフを投げた人物の姿がチラリと見えていた。

それが見えていた人物の一人であるシャドウは地面を蹴ってジャンプし、その細い壁の頂上に着地。さらに刺さっているナイフを引き抜くと「返すぞ」とばかりに投げつけたのである。

そのナイフは数秒前まで投げた人物がいた場所に狂いなく突き刺さる。

この一連の騒ぎに皆の注目が集まってしまい、肝心の篭城犯は完全に取り残された状態にあった。

その隙に辺りを伺いながらこっそり逃げようとする篭城犯の肩を叩く者が、一人。

「どこへ行く。逃げ場などどこにもないぞ」

いつの間に詰め寄ったのか。イダサインが篭城犯と対峙しているではないか。

朗々とした発言で、初めて篭城犯が逃げようとした事と、イダサインが対峙している事に気づく他の面々。

だがイダサインは何かを言いかけて口を閉じると、急に上を見上げる。

「ナカゴ・シャーレン。確か人界はあらゆる銃火器の所持・使用が禁止されていたな」

「は? ハ、ハイ!」

何の脈絡もない質問に一瞬ぽかんとしたものの、すぐさま答えを返す。

「それでは困るのだが非常時だ。理解してもらうより他はないな」

イダサインは篭城犯から離れ、背中の剣を自分の眼前に突き立てた。それから自分の両耳に手を添えるようにしたかと思うと、

がちゃ。

何と。イダサインの頭部が胴体から外れたではないか。しかもその頭を地面に突き刺さった剣の握りに被せる。すると、

ガチャガチャッ!

大きく分厚い刀身に亀裂が入り、弾けるように大きく広がった。亀裂は増え、裂けた刀身がねじれながら形を変えていく。

あっという間に赤い大剣は人の身体に変型してしまったのである。

それまであった青い身体も何かに変わっていく。腕が畳まれ、関節が縮み、足の裏から大口径の砲口が飛び出したそれを、赤い身体になったイダサインは悠々と担ぎ上げた。

「人界の警察官達よ。今すぐ市民達をこの場から可能な限り遠くに避難させよ」

何の権限もないのにそう命令するイダサイン。そう言いながら変型を終えた青い身体、名付けて二連ビームキャノンを斜め上に向けて構えた。だがその先には何も見えない。

人界では正規軍以外銃火器を所持する事を認めていない。魔界の治安維持隊だけは超法規的措置で所持は認められているが、無闇に発砲はできない。

いくら王子と言えども正規軍でない以上重大な法律違反。にもかかわらず警察官は彼の逮捕よりも彼の言った通り市民の避難を優先させようと動きだした。

これも人の上に立つ者のカリスマ性の力なのだろうか。

すると、ビームキャノンを構えるイダサインの隣にシャドウがスッと並んで立った。専用のビームライフルを構えて。

「其れだけでは恐らく足りぬだろう。僅かだが加勢する」

「助かる」

シャドウのビームライフルは周囲の精霊の力を取り込んで破壊力に変えるエレメントライフルと呼ばれるものだ。こちらも当然法律違反である。

「な、何をしようとしてるの?」

二人の行動が理解できない中、代表してグライダが訊ねた。

「隕石を召喚して此所に落とそうとして居る者が居る。其の為隕石を迎撃する」

シャドウのセンサーが、急激に軌道の変わった隕石の存在を感知した故の結論である。

そのシャドウの返答は、周囲をパニックに陥れるには充分だった。

その証拠に、ものの五分と経たずに、メインストリートから彼等以外の人影が消えてしまった。

 

 

隕石迎撃。そんな常識はずれな事に挑む、人型の二人、イダサインとシャドウ。

どちらも人間ではないから「人間業」では無理な事も可能かもしれない。という悠長な理論は当然成り立たない。

「いくら何でも無茶ですよ!」

イダサインの二連ビームキャノンとシャドウのエレメントライフルの威力を把握しているナカゴが絶叫した。

魔法によって隕石を召喚、目標に落とすという、極めて高度な魔法の存在はナカゴでも知っている。

隕石の大きさは術者の力量によるが、個人が持てる装備で迎撃できるとは思えない。

「ナカゴ・シャーレン」

こんな時にもかかわらず、イダサインは落ち着いた声でナカゴに話しかけた。

「隕石を目標の場所に正確に落とすには、ギリギリまで術で制御し続けなければならん。そのため、術者はこの近くにいる筈だ。探し出してほしい」

「わ……いえ、了解しました!」

彼女は手の中の携帯端末を素早く操作し、治安維持隊の全隊員にこの事を知らせ、最優先で探すよう通達。

クーパーとコーランは早速自分が使える探査の魔法を使い出した。

セリファもさっきとは別の占い用カードを取り出して、呪文を唱えている。

この状況で何もできないのは、迎撃能力も探査能力もない、バーナムとグライダの二人だ。

無論二人とも人間離れした力を持っているが、隕石の迎撃ができる程ではない。

だが、二人一緒でなら。

さすがに長年共に戦った仲間である。お互いの考えを見抜いた二人。

グライダの右手に黒い光の塊が、左手に白い光の塊が現れ、それらは共に一振りの剣となった。

右手が握るは炎の魔剣・レーヴァテイン。

左手が握るは光の聖剣・エクスカリバー。

その相反する力を持った剣の刃を力強く重ね合わせた。するとお互いに反発しあうように鋭い火花が散り始める。

バーナムは今着ているシャツを脱いで上半身裸になると、縦に裂けたような胸板の傷跡に指をめり込ませた。

すると胸板が蓋のように開き、彼の内臓がむき出しになる。だが心臓の部分にあったのは、臓器ではなく青白く輝く拳大の水晶玉。

バーナムはその水晶玉を鷲掴みにし、雄叫び上げて天高く掲げる。

「我! 今、水神(すいじん)龍王(りゅうおう)に願い奉る! 我が声を聞き届け、我と共に戦わん事を!」

その言葉を聞き届けたかのように、水晶玉が一層強く輝いた。

その輝きの中で彼の身体が変わっていく。

全身の筋肉が盛り上がりながら、身体が一回り大きくなる。 

全身に鱗がびっしりと生え、両手両足の爪がシュッと鋭く尖った。

背中に大きな翼が生え、勢いよく尻尾が伸びる。

強い輝きが消えると、バーナムは人間の面影を残したドラゴンに変身していた。

その「変身」を初めて見たイダサインはさすがに驚きの表情を隠せなかった。

「龍人に変身とは。実に心強い。我の力を受け取るが良い」

龍には周囲のエネルギーを吸収し、自分の力に変える能力がある。それを知ってかイダサインは、隕石に向けていたビームキャノンの砲口を龍人となったバーナムに向けた。

シャドウもライフルの銃口を彼に向ける。

グライダも散った火花が作ったエネルギー弾をバーナムに投げつけた。

普段の彼だったら吸収し切れず破滅しただろうが、龍人となった彼にとってはちょうどいい援護だった。

その身に莫大なエネルギーを蓄えたバーナムは、翼を大きく広げて一気に空へ飛び上がる。小さな小さな点にしか見えない隕石に向かって一直線に。

全身に青白いオーラを纏ったバーナムは、体内でエネルギーを練りに練り、破壊力を増幅させながら隕石に向かう。

やがて普通の人間にもハッキリ見える距離まで近づいた。もう眼下に広がるシャーケンの町は何かの塊にしか見えない。

一方の隕石は、ちょっとした小屋くらいの大きさがあった。

もしこれが地表に激突したら、シャーケンの町は完全に消滅してしまうだろう。

バーナムはスピードをさらに上げ、練り切った「気」を自身に纏わせた。

彼の身体の硬度が増していく。鋼鉄を弾き返す龍の鱗。それすらも易々と破壊する幻の金属よりずっとずっと硬く。

「ウォォォォォォォォォォォォォォォッ!」

一際高く吠える声と共に、隕石に体当たりをするバーナム。

龍人は見事、飛来した隕石を打ち砕いた。砕いた破片すら塵となって消えて行く。町に一辺の被害を及ぼす事なく。

 

 

『今回は情報を出せず済まなかった』

バーナム達が極秘理に属する、対人外生物用特殊秘密戦闘部隊(バスカーヴィル・ファンテイル)の指令を収めたDVDの映像に映るシルエットの主が、機械加工された音声でそう謝罪した。

『お抱えの占術士が隕石落下までは予測していたのだが、時間が全く読めなかった。それで指令を出す事ができなかったのだ』

そんな映像を観ている五人は、画面の中のシルエットにこれでもかとツッコミを入れたい気分をグッと堪えていた。

ちなみにバーナムだけは、龍人変化の反動で眠ったままである。

『今回のような「結果オーライ」の事態を極力無くすよう努める事と、今回の仕事料を増やすという事で、どうにか怒りの矛先を収めてもらえればと思う』

どこの誰かは未だ判らぬものの、あちら側も一応は謝罪の意志があるらしい。

結果として町に何の被害もなかったのだ。それは確かに喜ぶべき事である。

だが、その隕石を落としたとされる術士の逮捕はできなかった。

イダサインを襲撃しようとした魔界の殺し屋も捕まえる事ができなかったし、ナカゴ達治安維持隊も今回ばかりはいいとこなしである。

そのナカゴだが、魔界への帰路につくイダサインを見送りに行っていた。

その笑顔は要人警護というプレッシャーから解放された爽やかさに満ち満ちている。

だが、個人ではあらゆる銃火器の所持が禁止されている人界で、堂々とビームキャノンを撃つというただならぬ行動をしたのだ。

無論イダサインもその辺は覚悟を決めていたが、その判決は「人界追放処分」。

やった事から比べると信じられない程の軽い刑罰だ。

おまけに魔界の住人でありながら、シャーケンの町の「名誉町民」証まで授与された。

隕石迎撃による功と銃火器所持の罪を相殺した結果らしい。

「……あの、殿下。帰り際にこの様な事をお聞きするのはどうかと思うのですが」

「どうした、ナカゴ・シャーレン。忌憚なく申すがよい」

イダサインはそんな事態があった事など意にも介した様子もない。いつも通りだ。

「は。恐れながら。今回の人界の来訪の目的は、何だったのでしょうか?」

するとイダサインは「そのような事を聞くのか」と不思議そうな顔をしたが、例によって朗々と、

「理由などない。足が向いたから来た。それだけだ。ただの気まぐれである」

「き、気まぐれぇぇぇぇ!?」

ナカゴの絶叫が周囲の人間の注意を引きつけてしまった。

「あれ、ニュースでやってたイダサイン王子か?」

「そうだよ。間違いない。械人だ」

そんな声を上げながらやってくる人達に、一気に取り囲まれてしまう二人。

そんな状況にも全く頓着しないイダサインは、人々からの言葉を素直に受け、握手に応じ、サインまでしている始末。

隕石迎撃の報道はまさしく全世界に流されている。そのどれも人界での銃火器所持違反より王子自ら迎撃指揮を執った行動を讃えるものだった。

自らを讃える人々に取り囲まれるイダサインが、これまた朗々とした声でキッパリと言った。

「うむ。何だか知らぬがとにかく良し!」


 
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