No.1053482

Baskerville FAN-TAIL the 29th.

KRIFFさん

「剣と魔法と科学と神秘」が混在する世界。そんな世界にいる通常の人間には対処しきれない様々な存在──猛獣・魔獣・妖魔などと闘う為に作られた秘密部隊「Baskerville FAN-TAIL」。そんな秘密部隊に所属する6人の闘いと日常とドタバタを描いたお気楽ノリの物語。

2021-02-05 12:32:24 投稿 / 全2ページ    総閲覧数:463   閲覧ユーザー数:463

「ごめんくださーい」

早朝。シャーケンの町にある一軒の民家の呼び鈴が鳴った。

それからたっぷり一分は経ったろうか。民家のドアが静かに細く開く。

「……何よナカゴ。こんな朝早くから」

ドアの隙間から聞こえる住人の眠たそうな声。その声は二十代半ばの女性だ。

そしてナカゴと呼ばれた二十歳前後の女性――ナカゴ・シャーレンは、声の主に対してぴしりと略式の敬礼をする。

彼女が着ているのは金属のような光沢を放つマント。そこには特徴的なある紋章が描かれていた。

「サイカ先輩にお願いがあって参りました」

サイカ先輩と呼ばれた住人は、しばし考えて間を空けると、

「まぁ、そこに立ってられても困るから、一応入って。話だけは聞くから」

溜め息をつきつつ頭を掻き、露骨に「困ったものだ」という態度を示す。

一方のナカゴはそれに全く気づいた様子もなく心底安堵した表情を浮かべ、一礼して家の中に入った。

 

 

世界で最も不可思議な港町として名高いこのシャーケン。

ここにも、朝はきちんとやってくる。

同時に、面倒な騒動までやってくる。

平穏な日は、一日としてなかった。

この広い町のどこかで、必ず誰かがはた迷惑な騒動を引き起こし、巻き込まれるのだ。

だからこそ、ここへ来れば――どんな職種であれ――仕事にあぶれることはない、とまで云われている。

 

 

「朝食前に済みません。急ぎだったもので」

勝手にリビングのソファに腰を下ろすと、ようやく安らげたと言いたそうな態度のナカゴである。

キッチンでヤカンの湯加減を見ていたサイカ先輩――フルネームはサイカ・(ショウン)・コーランは遠慮のない声で、

「済みませんって挨拶するくらいなら、もう少し遅い時間に来なさい。ここは厳密には私の家じゃないんだし」

コーランの言う通り、この家はコーランの家ではあるがコーランの物ではない。この家での彼女の身分は「居候」である。

「そりゃそんな格好で来られたら、こっちもできる限り協力をするのがスジだけど」

コーランはナカゴがまだ着たままのマントを指差した。

ナカゴのマントに描かれている紋章は『治安維持隊』と呼ばれる組織のものである。

それは、この人間が住む世界とは異なる、魔界と呼ばれる異世界における警察機構の総称である。そしてナカゴはこのシャーケンの町にある分所の所長を務めている。

そしてコーランもかつては魔界の治安維持隊に務めていた過去があり、まさしく同じ職場の「先輩後輩」の間柄なのだ。

その魔界だが、人間が想像する「悪魔が住む世界」とは少々異なる。

確かに魔界の住人の先祖を延々と遡っていくとその「悪魔」に行きつく者が大勢いるが、現在では世代交代・混血・力の衰退もあって、平均的な人間よりも若干高い能力を持つ程度の存在でしかない。

ナカゴはもちろんコーランも元々は魔界の住人である。だが魔界の住人といってもその特徴は様々で、彼女達のように人間と全く変わらない姿の者から人型という部分しか共通点のない者までいる。人型でない者すらいる。

だが現在になっても「魔界の住人」というだけで人間達は恐れてしまう。恐れからくる隔離や差別も根強く残っているのだ。

そうした隔離や差別の根絶も治安維持隊の仕事の一つであり、治安維持隊の隊員に限らず人間の世界にいる魔界の住人達が協力をしなければならない事でもある。

もっとも、このシャーケンの町は分所があるためか、他の町と比べて魔界の住人の人口比率が高い事もあり、よその町と比べれば隔離や差別は少ない方だ。

それでも無い訳ではない。隔離や差別があると、人間の世界での捜査にもかなり影響が出る。隔離や差別根絶に向けたアイデアを考えていると、コーランは前に聞いてはいた。

「そういえば、前にいいアイデアを思いついたって言ってたけど、どうなったの?」

コーランのその言葉に、ナカゴの動きが一瞬止まる。俯いたまま全身を小さくふるふると震わせて「ためる」と、

「よくぞ聞いてくれました!」

芝居がかった口調でパッと顔を上げるが、

「ダメだったんです」

間髪入れないスパッとした物言い。「ダメだった」という報告をする口調ではない。

「何がどうダメだったの?」

聞きたくはないが、聞かなきゃならないんだろうなぁ。そんな思いからコーランは仕方なくそう尋ねていた。

「そもそも、ナカゴのアイデアって何?」

「見学会です」

またもや間髪入れないナカゴの答え。

「差別や偏見を取り除くアイデアはいくつか考えたんですが、やっぱり我々魔族の事をもっと広く、かつ正しく人界の方々に伝えるのが先決ではないか。そう考えたんです」

ナカゴの言う通り、よく知らない相手に対してはどうしても警戒心が強く出る。そんな状態では差別や偏見を取り除くのは間違いなく難しいだろう。

そこでこちらの事を人間の住む世界=人界の人々によく知ってもらい「魔族とは危険な存在ではない」と認知させられれば差別や偏見は減っていくと思う。そういう考えだ。

「それで、見学会って?」

「はい。我々魔界治安維持隊人界分所内の見学会です。公式ウェブサイトで募集して、月に一回行っています」

携帯電話を持ってはいるものの、あまり機械が得意ではないコーランは、そんなものの存在を初めて知った。

「だってほら、諺にもあるじゃないですか。『百聞は一件にしかず』って」

若くして所長という地位に就いただけはあり、ナカゴの考えは確かに正論で的を得ている。だが、

「でも今『ダメだった』って……」

コーランの言葉に、再び一瞬黙り込むナカゴ。彼女は悔しそうに口をヘの字にすると、

「来ないんですよ! 人界の方からの見学申し込みが!!」

その叫びに、コーランは小さく吹き出してしまった。

差別や偏見を無くすために人を呼んでも、肝心の人の方が来ないのでは意味がない。

「そりゃ魔族の人達は来て下さいましたよ、最初のうちは? けどそれもだんだんと減ってきまして」

「そりゃ治安維持隊だものね。行く度に新しい発見がある訳でもないし」

警察機構はテーマパークではないのだ。次々に新しい部署(アトラクション)を設立するような真似ができる訳もない。

「そもそも人界の人達がどのくらい治安維持隊に興味をもっているのか。それを調べるのが先だったんじゃない?」

今さらそれを言うか、という感じのコーランの言葉。彼女はさらに続ける。

「いくらそっちが準備しても、人界の人達が治安維持隊そのものに興味がなかったら、それこそ意味がないでしょう」

コーランの正論過ぎる正論に、ナカゴが沈んだ表情で黙ってしまう。

「じゃあその公式サイトとやらには、いったいどんな事書いたの? 人界の人が興味を持ってくれそうな事?」

ナカゴはポンと手を打つと自分の携帯端末を取り出し、慣れた動作で治安維持隊の公式ウェブサイトを表示させる。

表示されたのは治安維持隊公式ウェブサイト。言語表記は魔界のものである。そこからさらに人界の言語のページに飛び、トップページを見ている。だが、

「あれ? 見学会が載ってない」

画面をスクロールさせて隅々まで見てみるが、見学会の「け」の字も載ってない。

やがてナカゴは何かに気づいたように、慌てて携帯電話を手に取ると、

「……サイト担当! 人界語バージョンのトップページ、ずいぶん前から更新されてません! 何やってるんですか!?」

そんなやりとりを見て、どうツッコミを入れていいのか、心底困った顔をしているコーランだった。

電話を切ったナカゴは何事もなかったかのようにコーランに向き直り、

「サイカ先輩にお願いがあるんですが……」

「誰か人を連れて来いって言う気? 連れて行く事はできるけど、たった一回盛況になってもしょうがないでしょ。定期的に人が来るようにするのがあなたの仕事でしょう?」

正論過ぎる正論パート2。ナカゴはしっかりと出鼻を挫かれる。

「……どうしましょう?」

泣きそうになっているナカゴに向かって、コーランはあえて冷たく言い放つ。

「どうもこうもないわ。こういうものは時間がかかるものだから、じっくりと芽が出るのを待つ事ね」

しかしコーランはすぐに肩をすくめると、

「もっとも。待てないからこうして来たんでしょうけど」

「はい、そうです」

ナカゴは更に泣きそうな顔で、

「これが失敗に終わったら、左遷まではされなくても、絶対給料やボーナスがバッサリ削られちゃいます」

(素直に削られて)

コーランは少々の妬みも含めて真剣にそう思った。

 

 

そんな具合にナカゴに泣きつかれ、コーラン達は治安維持隊人界分所にやって来た。

人界分所、と名はついてはいるが、人界=人間の世界にはここにしかない訳ではない。それこそ一つの国に最低一つはある。

分所同士はテレポートで結ばれているし、人界の機械的な連絡手段も(まだ多くはないが)取り入れている。

数はたくさんあるが根は一つ。そのためいちいち「○○国分所」と名乗る意味がないと考えているのだ。

一見地味な八階建てのビル。それがシャーケンの町にある、治安維持隊の分所であった。

「……何でわざわざ来なきゃならねぇんだよ」

首から「見学者」と書かれた札を下げている武闘家のバーナム・ガラモンドが不満を露骨に表わしながら、いかにもつまらなそうにビルを見上げている。

「いつもお世話になっていますからね。あちらの願いを聞き届けるのも大事な人付き合いですよ」

そう言ってバーナムをたしなめているのはオニックス・クーパーブラック神父だ。彼も神父の礼服の上から同じように「見学者」の札を下げている。

「おねーサマ。楽しみだね」

こちらは「見学者」の札をブンブン振り回しているセリファ・バンビール。もう二十歳になっているのだが、特異な体質のため未だその外見も内面も十歳ほどでしかない。

そして「おねーサマ」と呼ばれた、隣に立つ双子の姉グライダ・バンビールが、

「コーラン。バーナムのセリフじゃないけど、何でこんな社会科見学しなきゃならないの?」

そういう彼女だが、大まかな経緯は一応聞いている。コーランが住んでいるのは彼女の家だからだ。

しかしそれでもいきなり「出かけるから」と引っ張って来られたのでは不満の声も上がろうというものだ。

そんな中不平不満を全く漏らしていないのは、戦闘用特殊工作兵の肩書を持つ、ロボットのシャドウのみだ。

この見学会を楽しみにしていた訳ではない。単に呼ばれたから来た。それだけである。

「はい。では見学者の札は、決して肌身離さないように」

一同の前に立つ「案内役」の名札をつけた小柄な少女が、無表情のままあからさまな棒読みでそう告げる。

警察も同然の治安維持隊という施設に似つかわしくない、上から下まで艶やかな黒で統一された古風なドレス姿の少女は、被っているつばの大きな帽子を深めに被り直すと、

「では、私の後に着いて来い。くれぐれも関係ない場所をうろつかないようにな」

案内役にしては実に偉そうな口調である。

「待ちなさーーーい!」

歩き出そうとした一同を、鋭い声が呼び止める。声の主はナカゴである。

猛ダッシュでやって来たナカゴは、シャドウの隣で急ブレーキをかけて止まり、彼の腕に抱きつきながら黒いドレスの少女を睨むと、

「今回の案内役は私がやる筈です。あなたはいつも通り地下に引っ込んでて下さい!」

まるで今にも噛みつきそうな釣り上がったナカゴの目。黒ずくめの少女はそれでも無表情のまま、

「確かに私はこの組織に雇われている。立場で言えばあなたは私の上司」

相変わらず睨みつけてくるナカゴの目をハッキリ見据えて続ける。

「しかし今日の私は休暇の身。休んでもいい日にこうして仕事を買って出ているのだ。仕事熱心さを誉めてほしいものだな」

淡々とした口調でキッパリと言い切る少女。それからレースの手袋をした指ですっと真下を指差すと、

「地下に潜むのが我らノスフェラトゥの宿命とはいえ、このソラーナ・ミンチャオをいつまでも閉じ込めておけると思わない事だな」

ノスフェラトゥと名乗った少女・ソラーナは、無表情だが得意そうに胸を張ってそう言い切った。

ノスフェラトゥとは吸血鬼の一種である。高貴なイメージは皆無で、むしろ「狂気を与えるほど醜悪な姿」と評される。

そんな正体を人工皮膚とドレスで隠した『美少女』ノスフェラトゥ・ソラーナは、

「体調もだいぶ回復しているし、いつ出て行ってもいいんだぞ」

完全に挑発している口調でナカゴを涼しい目で見上げている。

情報収集能力に長けているノスフェラトゥのその力は、治安維持隊の捜査に多大な功績を残している。

そんな足元を見まくっている態度にナカゴはますます目を釣り上げる。

「出て行った途端天敵にやられるかもしれないのにですか? 我々が『保護している』見返りを偉そうに語らないで下さい」

ノスフェラトゥにはニクトゥークと呼ばれる天敵が存在する。彼女らの情報収集能力は、その感知に全力を注ぐためだ。

確かに情報提供の交換条件で、ソラーナの身柄は治安維持隊に保護されている。もちろんそれに唯々諾々と従うままのソラーナではない。

ソラーナはシャドウの脇にいるナカゴを全身でぐいぐいと押しやって自分が隣に立つと、

「所長が職務をサボるのは感心しない。さっさと職務に戻るべき」

「今日は彼らの案内が私の職務です!」

押しやられたナカゴは反射的に腰の銃を引き抜き、ソラーナの足元に一発発砲する。

「何やってるんですか、所長!」

見知らぬ隊員が血相変えて飛んで来た。人界では正規の軍隊以外、銃器を持つ事が固く禁じられているからだ。

魔界の治安維持隊だけは例外として超法規的措置で所持が認められているが、それでも無闇に発砲していい訳では当然ない。

「もうすぐお客様がお見えになるんですから、早くこっちに来て下さい!」

ギャアギャアと喚くナカゴの言葉を完全に聞き流し、その隊員は彼女を建物の中に引きずり込んだ。

後に残されたのは、ソラーナと話題からも取り残されたシャドウ達のみ。

「……大丈夫なのかよ、こんなんで」

バーナムの呆れた声に、一同は声に出さずに同意した。

 

 

「では、私の後に着いてくるがいい。所内を存分に案内しよう」

どこから出したのか、三角形をした旗を取り出し、それを掲げて先頭を歩き出すソラーナ。仕方なく「見学者」の札を下げた一同は彼女の後に着いて行く。

そんな様子は通路を歩く隊員達の注目の的となっている。こうしてやって来る見学者が少ないのだから無理もない。

しかし、一同がこの建物に来るのは初めてではない。特にコーランはナカゴに呼ばれてたまにその仕事を手伝う事がある。だいたいの内部の様子くらいは頭に入っているのだ。

もちろん情報収集に長けたソラーナもその事は承知しており、

「本来はこの見学会用にあつらえた、治安維持隊に関する映像をまとめた物を見てもらうのだが……」

治安維持隊が設立された目的とは。

治安維持隊とはどんな組織か。

治安維持隊とはどんな仕事をするのか。

そういった事を判りやすくまとめた映像を見せる手筈になっているらしい。

「へぇ。ますます社会科見学みたいになってきたわね」

それを聞いたグライダが、どことなく楽しそうに笑っている。セリファも同じように笑っているが、これはグライダの真似をしているだけである。

ところがソラーナは溜め息を一つつくと、

「……だが、お前達には不要だろう」

それはそうだろう。まず元とはいえ治安維持隊隊員がいる。その元隊員と暮らしている者がいる。元隊員と親しい者がいる。

そういった「基本的な」事はすでに聞き知っているだろう。大雑把ではあっても。

「それって、何か映画みたいなヤツなんでしょ? 一回見てみたいな、話のタネにでも」

本音が垣間見えたグライダの言葉に一同が賛同しようとすると、ソラーナがそれに待ったをかけた。

「似たような物だが、面白い物でもないぞ。見るだけ時間の無駄だ」

いくら映像とはいっても、その中心は長々とした解説である。言うなれば講義の内容を放送しているようなものだ。しかも退屈極まりない雰囲気で。

治安維持隊を全く知らない人間であれば、それでも「知る」楽しみがある。でも一応以上に知っている人間が楽しめるとは到底思えない。

「あなたがそれを言っていいんですか?」

思わず神父のクーパーが苦笑いしてツッコミを入れてしまう。そのくらいソラーナのその言葉は毒々しい響きを持っていた。

「ま、案内役がそう言ってんだから、いいんじゃねぇの」

完全にやる気のないバーナムが大口開けてあくびをしている。

それを見たソラーナは帽子をまた目深に被り直し、更に饒舌が続く。

「事実は事実だ。こうした見学会を行う企業はたいがいそうした映像を作っているが、どれもこれも面白いものではない」

それは事実だろうが、だからといって面白おかしく作って「事実を」変えてしまう訳にもいくまい。

「そもそも真面目ぶっているだけで、シャレやセンスという物が全くない」

ブツブツと文句が続く中、シャドウが口を開く。

「だが、其れを見せるのが此の見学会の流れなのだろう。遣るべきでは無いのか?」

その彼の言葉に、

「そうだな。ではそうしようか」

ソラーナはつまらなそうな態度をあっさりと一変させた。

そんなソラーナの案内で到着したのは、建物の隅の方にある会議室だ。普段からあまり使ってない、とナカゴが言っていた部屋である。

その扉を開けると、手前の方にパイプ椅子が映画館のように並べられており、奥の壁にはスクリーンが張られている。

「まだまだ予算も設備もなくてな。これでも準備ができた方だ」

ソラーナは適当に座れと言いたそうにパイプ椅子を指し示す。

「準備ができたって。この見学会の企画が始まったのっていつ頃から?」

席に座らずにソラーナにそう尋ねるコーラン。すると彼女は、

「もう一年近く経つらしい。準備の期間もあるからな。計画が動き出したのはもっと前だろうが」

少なくとも、コーランが治安維持隊員だった頃ではない。

あの当時は人界は人界。魔界は魔界と冷徹に割り切った思考の者が圧倒的多数。このように「人界の者のために」という企画を思いつく筈がない。時代も変わったという事だろう。

「御前は映写機の取扱方は知って居るのか?」

二人の会話に、シャドウが席に着かぬまま尋ねる。いくら人型とはいってもシャドウの重量では普通のパイプ椅子が耐えられないから当たり前だが。

情報収集を得意とするノスフェラトゥ相手に失礼かもしれない質問だが、ソラーナは気分を害した様子もなく、

「そのくらいは理解している。しかし実際に動かした事は少ない。微調整まではまだまだだな」

ソラーナはシャドウのそばに歩み寄ると、

「機械の事は機械が一番判ろう。お前が教えてくれるのならば……」

「何してるんですかっ!?」

文字通り扉を吹き飛ばす勢いで部屋に飛び込んで来たのはナカゴである。彼女はその勢いのままソラーナに飛び蹴りをしようとするが、紙一重であっさりとかわされてしまう。

「ええい。よくもかわしてくれましたね」

さっき別れた時以上に殺気をみなぎらせ、ソラーナを睨みつけているナカゴ。右手は懲りずにホルダーの銃に触れている。すぐにでも抜き撃ちする体勢だ。

だがソラーナは相変わらず冷淡な様子で少し離れた床を指差す。一同が指の先を見てみると、

『あ…………』

そこには、セッティングされていた映写機が。床に転げ落ち、カバーがパックリと割れて壊れている。ナカゴの飛び蹴りの勢いで落としてしまった事は明白である。

 

 

ナカゴが強制的に映写機の片づけをさせられている間に、ソラーナは一同を引き連れて次の場所にやって来ていた。

「ここが通信センターだ。昔は魔法でやっていたが、人界からの機械的なネットワークの提供を受け、魔法に疎い種族の者も迅速な連絡が可能になった」

棒読みな口調ではあるが、判りやすいソラーナの解説。

そこはパソコンがずらりと並ぶ部屋だった。

何人もの隊員が慣れた手つきでキーボードを叩き、耳につけたインカムで相手とやり取りしている。

昔とずいぶん変わってしまった様子にコーランが目を見張るが、

「治安維持隊は『早さ』が売りだからね」

情報収集・データの分析・伝達のスピード。それらを駆使して捜査をするのが治安維持隊の真骨頂。使う道具は変わっても、それに変化はないようである。

グライダとセリファは隊員の邪魔にならないように静かに歩き回っている。

コーランはあまり機械類の扱いに慣れていないので、自分が触って壊してしまってはと、どこかおっかなびっくりで二人の後を着いて行っている。

機械の事がまるで判らないバーナムは部屋の入口からボーッと眺めるだけであり、クーパーとシャドウは壁に張られた大きなスクリーンの、刻々と変化する何かのグラフを面白そうに眺めている。

そんな風に一同が珍しく普通に見学していると、とあるパソコンの前から小さなうなり声がした。

それをめざとく聞きつけたソラーナがそこへ歩み寄ると、

「何か問題でも起きたのか」

やって来たソラーナの「案内役」のプレートを見て初めてここの人間だと判ったらしく、声を一瞬詰まらせると、

「急に動かなくなったものですから、つい」

平静を装ってはいるが、キーをカチャカチャ叩いたりマウスを乱暴に動かしたりと、かなり焦っているのが丸判りだ。

しかしソラーナは相変らずの無表情のまま画面をチラリと見ただけで、

「大きなデータの処理の真っ最中というだけだ。焦る段階じゃない。あと数分経ってもこのままのようであれば、強制終了させて再起動させろ」

彼女はそこまで言って立ち去ろうとしたが、再び戻ってくると隊員の顔を覗き込むようにして、

「……やり方はきちんと学んでいるな?」

「は、はぁ」

淡々とした有無を言わせぬ解説に、その隊員はぽかんとするばかりだ。その場から離れたソラーナは、

「元々魔族はこうした機械の扱いに慣れた者が少ないからな。致し方ないとはいえ……」

ソラーナも情報収集でパソコンを使うため、パソコンを始めとした機械類の扱いは詳しい方だ。そのため「何故こんな初歩的な事で」と思いたい気持ちはある。

「上の教育がなってないな。ナカゴも機械の扱いには手慣れているだろうに。部下の隊員の教育も満足にできんとは。なってないと言われても仕方ないぞ」

例によってかなり毒の強い言い方ではあるが、言っている内容そのものは至極正論だ。

「上の教育がどうかしましたか?」

見るとソラーナの後ろには、まさしく「怒髪天を衝く」を体現したナカゴが仁王立ちしていた。どうやら片づけを終わらせて走って来たらしい。

周囲の隊員が、所長のいきなりの出現に驚いて凝固する中、ナカゴはつかつかとソラーナに歩み寄ると、

「教育がなってないとは言ってくれますね。これでも私自らカリキュラムを作って真面目に指導しているんですよ?」

それは本当である。ナカゴはパソコンを始めとする機械類を「得意」としている数少ない魔族なのだから、教える側に回るのは当然だ。

「講師と称して毎回のようにそのロボットを呼びつけ、教えるのを押しつけているにもかかわらずか?」

ソラーナの無表情な声が淡々と部屋に響く。それを聞いたクーパーは傍らの隊員に小声で、

「そうなんですか?」

「押しつけるってのは極端ですけど、所長よりあのロボットの方が機械だけあって詳しいですし……」

どうやらソラーナは若干オーバーに言っているだけのようである。だがわざわざオーバーに言う理由が判らない。

「優れた人を雇う事の、何が悪いっていうんですか!!」

「職権乱用して一緒にいようとするあなたの思考回路」

グサッと来る一言を淡々と言ってのけるソラーナ。実際ナカゴがシャドウの事をいたく好いているのは、ここの隊員なら誰でも知っている事だ。

それでも仕事の方はちゃんとやっているので、それを責める隊員は意外な事に少ない。

ナカゴとソラーナの睨み合いは続く。それこそ「見学者」達を置き去りにしたまま。

しかし見学者達はこの場所にも二人の言動にも慣れている。こうなったらしばらくは動かないなという事を理解している。

「何か飲もっか。確か自販機あったよね?」とグライダ。

「入口の直ぐ脇に一台在った筈だ」とシャドウ。

「セリファジュースがいい」とセリファ。

「お酒は……さすがにないわよね」とコーラン。

「では、ボクが買って来ましょう。お金は後で出して下さいね」とクーパー。

「えー。奢れよそのぐらい」とバーナム。

めいめいが二人を無視して勝手に言い合っていた。隊員達も今は自分の仕事をする時だと目の前のパソコンに向かっている。

「何をやっているんだ!!」

いきなり部屋に響く怒声。部屋にいた者全員が全身を硬直させて動きを止めている。

部屋の入口に立っていたのは魔族の中年男性。彼も全身を被うマントを纏っているが、ナカゴの物とは微妙に色やデザインが異なっている。

それもその筈。彼は魔界にある治安維持隊『本部の』人間だからである。ちなみに地位も階級も分所所長のナカゴよりずっと上だ。

さすがにそんな人物の怒声だからか。さしものナカゴとソラーナも言い争いをピタリと止めている。

「ナカゴ・シャーレン。所長たる貴様が騒ぎの元凶とは、どういう事だ?」

「見学会の案内役を勝手に取られました」ナカゴはしれっとソラーナを指差す。

「休暇中の自主出勤を咎められた」ソラーナもナカゴを指差し返す。

「案内役などどっちでもいい。案内役が見学者を放っておいている方が問題だ!」

まさしく雷のような一喝。何人もの隊員達が、自分の仕事を片づけながら力一杯うなづいている。

「報告は聞いていたが、ここまでとは思わなんだな。減給くらいは覚悟してもらうぞ、ナカゴ・シャーレン」

それから中年男性はシャドウの前に立った。男も大柄な方だが、それでもシャドウの方が若干大きかった。

「見学者相手に言う言葉じゃないが、お前さんの存在がこの二人のケンカの原因になっている。場合によっては俺はお前さんを排除せにゃならん」

『排除ですって?』

男の一言に、今までいがみ合っていたナカゴとソラーナの声が綺麗にハモった。

「シャドウさんを排除しようとするとは、万死に値します」

ナカゴは腰から下げた銃をゆっくりと抜いて男に照準を合わせる。ソラーナは周囲をチラチラと無言で見回している。

「な、何を考えている、ナカゴ・シャーレン。そんな事をしたら……」

「私の情報操作にかかれば、あなたを今から犯罪者にできますよ」

一瞬おびえる男に対し、ソラーナは無表情のままの座った目で男を睨みつける。

その直後、ドカドカと別の隊員達が部屋に雪崩れ込んできた。手にはそれぞれ銃を持ち、それを一斉に突きつけた。……本部の男に向かって。

「あなたがそこの二人に不埒な行いをした事は、ここの監視カメラに記録されています。投降して下さい」

「何だと!?」

隊員の言葉に、男はもちろんその場の全員が呆気に取られて驚いている。

「見苦しい真似は止めて下さい。素直に投降すればきっと減刑もありますよ」

「ちょっと待て。何がなんだかさっぱり判らん。こら、お前、何をした!?」

問答無用で中年男を引っ立てて行く隊員達。部屋はまた無言の静かなる空間に戻った。

「ノスフェラトゥの力が情報収集だけだと思ったら大間違いだ。こうして情報を操作して撹乱できるから、私達は逃げ延び続ける事ができるのだ」

「何をしたんですか?」

ナカゴがようやく銃を下ろし、ソラーナに尋ねる。

「簡単な事だ。分所の監視システムに介入して、あの男を強制猥褻の現行犯に仕立てただけだ。雑作もない」

「操作した事、バレませんかね?」

「問題ない。この程度の監視システム、いくらでも私の思い通りにできるぞ」

警察機構内とは思えない会話が延々と続いている。周囲の人間を完全に無視して。

「ともかく。これで非常事態は片づきました。後は……」

和やかな雰囲気が一転。二人の間に文字通り火花が散った。

「どちらがシャドウさんを案内するか、決着をつけましょう」

「良かろう。その挑戦、受けて立つ」

「あのー」

そんな二人にどうにか割って入った隊員。二人に一斉に睨まれてビクついているが、

「皆さん、とっくに帰られましたけど」

『えっ!?』

二人の少女の目が点になったのは、言うまでもない。

 

 

「ごめんなさいね、変な事に巻き込んで」

人界分所からの帰り道。コーランは素直に皆に謝罪していた。

「……大丈夫なのか、あんなんがトップで」

バーナムが心配そうに口を開くが、それは言葉だけ。彼が一番心配していない。というより関心が全くない。

「でも、途中で帰ってきちゃって良かったの?」

どこか不安そうに尋ねるグライダだが、コーランの方は「どうでもいいわ」とそっけない。

「あのままあそこにいたんじゃ、壊れた物の弁償させられかねないもの」

「それはそうだ」と言いたげにグライダがうなづき、それをセリファが真似する。

「まぁ一応『他言無用』って事にしておいて、今日の事は」

確かにおおっぴらどころか絶対に口外できない話である。まがりなりにも警察組織内であのような事態があった事など。

「トップが今一つでも下がしっかりしていれば、とりあえずは面目が立つのが組織というものですが……」

自分も「教会」という組織に属している神父のクーパーらしい言葉だ。若干の皮肉はこもっているが。

「だが、何故自分が喧嘩の原因なのだ」

シャドウがポツリといった言葉にグライダは呆れ気味の顔をして、

「そりゃ三角関係ってヤツでしょ。ロボットじゃ判らないのも無理はないけど」

「恋愛と云う物か。何故ロボットの自分が相手に成るのだ」

「それは本人達に聞いてもらわないと……」

「グライダ。達じゃなくて『本人』」

コーランがすかさず、そして冷静にツッコミを入れる。

「ナカゴの方はそうだけど、ソラーナの方は違うから」

彼女の言葉に驚くグライダはすかさず反論しようとするが、

「ソラーナの方は、ナカゴの反応を面白がって煽ってるだけ。オモチャにされてるだけよ」

「そうかなぁ……」

今一つ納得のいかない顔を浮かべるグライダ。セリファは理由も判らずその顔を真似している。

「まぁそういう事だから、そっちの方も色々黙っておいてくれると有難いわ」

コーランの言葉に各自が曖昧なうなづき方をしている。無理もないが。

だから、コーランのこんな呟きが聞こえる事がなかったのが、不幸中の幸いだろう。

「……そういう事にしておかないと、こっちの身も危ういからねぇ」


 
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