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雨やどり 第5話 コノック・サンダーブレークという男 後編

転生先で、意識が覚醒するコノック。しかし、なんと目醒めたのは母親の胎内だった⁉︎
その他、作者のプロットには存在しなかった、精霊さんまで出てきて…

2021-11-25 16:13:12 投稿 / 全1ページ    総閲覧数:190   閲覧ユーザー数:190

 転生にあたって、一つアマンダ様に聞き忘れた事があった。一体どの時点から、オレの"意識"が覚醒するのか、そのタイミングについて、だ。場合によっては、5歳の誕生日に溺れて目覚めたら前世の記憶が!とか、12歳の時に隣人の一人娘の美少女に一目惚れした衝撃で!とか、色んなパターンが想定されるだろう。

 

 しかし、まさか産まれるひと月前、羊水の中でのお目覚めとは思わなんだ。大の大人が急に胎児になれば、そりゃ混乱もするだろう。オレはパニックに陥り、やたらと母のお腹を蹴ったらしく、気付いたら臍の緒が首に絡まり、意識が飛びそうになっていた。

 

 ここでようやく冷静になることが出来て、ホイホイと絡まった臍の緒から脱出出来たのは、幸運としか言いようが無い。さすが女神アマンダ様の加護だ。…いや、加護があるなら、もう少し先で意識を覚醒して欲しかったかもしれない…

 

 耳を澄ませば、羊水の中にも色んな人々の声が聞こえてきた。オレは全力で健康に成長する任務を遂行中なので、ハッキリ言えば身動きを封じられたニートみたいなものだ。目を開いても、ぼんやりとした薄明かりしか見えないので、もっぱら人々の会話を聞く事に集中した。

 

 母親の声は、他の人とは明らかに聞こえ方が違うため、すぐに認識できた。うん、結構ピッチの高い、幼さの残るような印象の声だ。よく喋り、よく動く。一度、夫と父に内緒で自身の愛槍をブン回して、息一つあげずに、「やっぱりコレをブン回さないと、鈍っちゃうわね!アハハハッ‼︎」と、無邪気に笑っていたことは、母と息子のヒミツだな…

 

 母親のヒルデガルドは、妊娠9ヶ月とは思えない身軽さで、何処へでも出かける。もちろん、夫で、オレの父親であるティルクリムを伴ってだ。転生前のホログラムで見た父は、全体的に薄味な印象のエルフの中でも、さらに儚げでいて、色気を漂わす色男であった。実際、母との会話も、聞いていて胸焼けがする程に甘々な囁き声で、こりゃ堕ちない女はおらんじゃろ、と思える声だった。しかし…母と手を繋いでいる父の魔力を感じ取ることが出来るのだが、どうもその、うっすらと感じるシルエットが、筋骨隆々のマッチョのそれなのだ。おかしいな。オレは羊水の中で、首を傾げた。

 

 祖父のゲルトハルトは、まさにドワーフの豪快な親方、と言った声量と喋り方と気風の良さを感じさせる人だ。よく母のお腹、つまりオレを撫でてくれるが、こちらは納得のいく、筋骨隆々、大体150cmほどの、ぎっしり詰まったお爺さん、といった風情の魔力を感じた。更に、仕事場である鍛冶屋は母家に隣接しているらしく、毎日金属の鍛造音と、父への祖父の指導が聞こえる。やはり伝説級の鍛治師、ゲルトハルトの槌音は違う。ティルクリムの槌音と較べると、僅かながらに音が高いのだが、それが心地よくて、鍛造されている金属が喜んでいる、様な魔力の流れを感じるのだ。

 

 しかし、槌音的に伝説級の鍛冶師にあと一歩まで迫っている父、ティルクリムも、どんなハイスペックの持ち主なのか…聞こえてくる話によると、既に炉の火力調節ではゲルトハルトを超えたらしい。しかも、あまり得意では無い炎魔法を繊細にコントロールして、素知らぬ顔でやり遂げたとか…

 

 そんな情報が勝手に耳から、魔力の流れから入ってくる中でひと月が経ち、いよいよ自分の生誕が近い事を、何となく感じていたある日の朝、胎内に激震が走った。

 

 とうとう、オレの出生の刻が来たのだ。これが内側から見る陣痛というやつなのか…母が痛みを訴えると、祖父は右往左往して使い物にならず、父は母を担いで市民病院へ、転移魔法を使って向かうも、誤って院長室へ転移してしまったりと、様々な騒動を経て、母とオレは無事に分娩室へ辿り着いた。初産で、なおかつ体の小さい母にとって、オレは少々大きな胎児であるらしく、医師の間にも緊張が走っていた。

 

「クッ、ウゥッ、ヒッヒッフ〜、クアァッ‼︎」

「ヒルデガルドッ!気合いだッ!気合いだッ!気合いだッ!きあ」

「ハーイ、ゲルトハルトお爺ちゃんはコチラですよ〜」

「『ヒール!』『ヒール!』『ハイヒールッ‼︎』」

「ティルクリムさん、ヒール掛けちゃうと、赤ちゃんの出口塞がっちゃうのでやめて下さい‼︎」

 

 自分を押し出そうとする胎内の圧力に、なるべく抵抗しない様にしていたが、それでも痛がる母をなんとかしたくて、痛みよ止まれ‼︎と強く念じた。

 

「…?あ、あれ?なんだか急に痛みが無くなって…?」

「…ッ⁉︎産まれますよ!お母さん、はい、力んで‼︎」

「ングアウオオォ〜ッ‼︎フンッ‼︎‼︎」

 

 かつてない圧力が一気に全身に掛かる。あ、ちょまッ!まだ出生後初セリフが決まってなスポーンッ‼︎

 

「オギャ、オギャア〜〜、オギャア〜〜、オギャア〜〜‼︎」

「ヒルデガルドさんッ!産まれましたよ‼︎出生直後からイケメンな男の子ですよッ‼︎」

 

 …タタタタタタダダダダダドタドタドタドタッ‼︎バタンッ‼︎‼︎「「オレの子(孫)が産まれたってッ⁉︎」」「院内を走り回るな男ども‼︎」

 

 そこからはもう、お祭り騒ぎ。女神アマンダ様が病院の上と、ポワティエ公フィリップの邸宅の上に降臨して祝福の子が2人この世界に産まれた、とお言葉を述べられたり、各地で1,000年に一度しか咲かない花が時期でもないのに一斉に咲き乱れたり、急に各国の王が1年間の免税を宣言したり…

 

 やはり庶民にとっては、1年間の免税のインパクトがデカかった様で、20年経った今でもたまに街を歩いていると、「ヘイ、免税ボーイ‼︎」と声をかけてくるおじさんやおばさんがいるのだった。

 

 こうして玉のような免税ボーイとしてこの世に生を受けたオレだが、産まれた瞬間からもう、発見の連続であった。まず、意識はちゃんとあるのだが、この意識に則ったコミュニケーションが取れない。身体は思うように動かず、本能のまま、泣き、笑い、お乳を飲み、出すものは豪快に垂れ流した。自分には赤ちゃんプレイの嗜好は無かったのだが、本能の部分には逆らえない様だった。

 

 そして我が父・ティルクリムだが、もはや彼はエルフの面影も無いほどの、見事な筋肉を身体に纏った、伝説級の鍛治師の一番弟子であった。あいや、顔は元の細面流し目色気マシマシのイケメンなのだが、首から下がもう…全盛期のシュワちゃんの1.5倍の筋肉量と言っても過言では無いくらいの益荒男ぶりであった。うーん、アンバランス…

 

 母・ヒルデガルドは、オレを出産した翌日に退院して、もはや誰の目も憚る事なく、工房の裏庭で愛槍をブン廻しながらオレの面倒を見ていた。あんな柔っこい腕の何処に、こんな風圧の槍捌きを演舞するパワーが潜んでいるのだろうか…

 

 祖父・ゲルトハルトは、初孫の誕生祝いとして、1週間工房に引き篭もって、見事な短剣を打ち上げた。ミスリルとオリハルコンの合金に、ふんだんに高価な魔石を粉状にして混ぜ込んだ、至極の逸品だ。そして、オレに「コノック」と言う名前をくれた。古代ドワーフ語で、「生命」と言う意味らしい。打ち上げた短剣にその名を刻み、オレの枕元に飾ってくれた。完成直後、こきつかった弟子のティルクリムと共に、丸一日寝込むほどの力の入れようであったらしい。

 

 母の胎内で覚醒してから、常に魔力で人の気配を感じる事が出来ていたが、産まれてひと月が経つ頃から、人や動物ではない、何か魔力の塊の様なものが、フワフワとベビーベッドの周りを飛んでいるのを感じるようになった。本能の方でも感じ取っているらしく、ジーッとその魔力の塊がフワフワしている部屋の片隅を眺めている事があった。前世では、ホラー物が苦手だったので、「君子危うきに近寄らず」の精神で、意識的に無視を続けてみた。しかし、それから1週間後、徐々にその魔力の塊から、コチラへコンタクトを取ろうとしている意志を感じ取った。正体の全く分からない存在だが、悪意や、これと言った害意は全く感じなかったので、オレはオズオズと、ラジオの電波を合わせる様な要領で、その存在の意思を拾ってみる事にした。

 

『……ちは……んにちは………こんにちは…聞こえ、ますか?』

 

 おお!気弱そうな女子みたいな声だな!なんだか、エコーっぽいエフェクトのかかった、ハッキリとは聞こえない、というか頭に入ってこない感じがするが…女の子のご挨拶だ、丁重に、周波数を合わせてお返事をしてあげるのが男の子ってモノだろうと、コチラからも挨拶を返してみる。

 

『こぉんにちはッ‼︎聴こえていますよッ‼︎‼︎ボクはコノック・サンダーブレークッ‼︎‼︎生まれて約2月の男の子ですッ‼︎‼︎‼︎』

『きゃああァッ‼︎ま、魔力をもっと絞ってくださいいぃい〜〜』

 

 どうやら魔力の塊へ、返事は出来たが、送り込む魔力量がクソデカだったらしく、その子は悲鳴を上げながらブンブン空間を転げ回っていた。オレは慌てて、1000分の1くらいの量まで、極限に抑えて謝ってみる。

 

『ご、ごめんなさい!なにぶん、新生児なもので、魔力の加減とか分からずに、申し訳ない…』

『はうぅ〜、酷い目に遭いました…でも、お応え頂けて、よかったです!』

 

 未知の存在は、慣れてきたのか、送り込んでくる魔力に映像を付け始めた。水色の長い髪と、スラリとした長い手足に、背中に生えた2対の翅…こ、これはまさか?

 

『えぇと、キミは誰?姿形から見ると、妖精か何かかな?』

『は、ハイ!ワタシは、貴方の枕元の短剣に織り込まれた水魔石と、貴方の魔力が反応して産まれた、水を司る精霊です‼︎よ、よろしくお願いします、ご主人様‼︎』

『………え?オレの短剣と、オレの魔力で産まれた?』

『ハイッ‼︎多分ワタシは、この世界で初めて産まれた精霊ですね!…ご主人様、というより、お父様?が正しいんでしょうか?』

 

 段々と映像ではなく、魔力の塊自体が、その映像そっくりのカタチを取り始め、聞こえもクリアになって来た。同調して慣れて来た、という事なのだろうか?

 

 オレは静かに、精霊との同調を抑えて、意識の中で叫ぶ。

『爺ちゃ〜〜ん‼︎アンタ、とんでもねぇもん作っちゃってるよ〜〜〜‼︎‼︎女神アマンダ様達でさえ実装しなかった精霊が出来ちゃったよ‼︎しかもオレの短剣とオレの魔力で産まれたって事は、オレってば生後2ヶ月で子持ちですか〜〜〜〜‼︎‼︎OH MY GOD‼︎』

『はわわ、お父様⁉︎」

 

 直後、意識が暗転した。

 

「はい、貴方の場合、加護を与えるのは女神が複数ですので、『OH MY GODESSES‼︎』が正しい魂の叫びですね。」

「…………へ?」

 

 気付いたら、困り眉の女神アマンダ様が目の前で紅茶をお飲みになりながら、魂の叫びについてご教示下さっていた。まぁ、お掛けなさいと促されたので、対面の椅子に素直に座る。あ、この身体、転生前の身体や。

 

「さて、ご説明が漏れていた事と、今回の精霊の件で貴方とお話をしなければと思い、ターリアの刻を止めて、貴方の魂を呼び出しました。まずは紅茶でもひと口、どうぞ?」

「あ、これはご丁寧に、お構いなく…っと、頂きます。…ほぅ、美味しいアールグレイですね。」

「いえ、ダージリンです…」

「………なんか、すみません」

 

 新人女神アマンダ様に知ったかぶりを披露した人間なんて、まだオレくらいだろう…しょうもない空気を払う様に咳払いをして、改めて要件を伺う。

 

「私の加護の権能で、貴方が言葉や意識の中で『OH MY GODESSES‼︎』と叫ぶと、自動的にターリアの時が止まり、コチラに貴方の魂が召喚されるという特典の説明をすっかり忘れておりまして…まず、その事について謝罪を。」

 

 なんだかしょーもない特典が付いていたらしい。それは気を付けなければ…

 

「分かりました。以後、もしも何か有れば、この特典を活用させて頂きたいと思います。…使っても、特に不利益などは…?」

「もちろん、ございません。私的には、お喋りの相手が出来るのと、ターリアを見守る役目の小休止になるので、もっと頻繁に使って頂いても構わないのですよ?フフフッ?」

 

 あ、ちゃんと声を出して笑っているアマンダ様、初めて見たな!うん、美人!役得だぜ…

 

「分かりました、それなりに、その特典使わせていただきます!…それでその、『精霊』?の件なのですが…」

「…正直、私含めて神界でターリアに関わった者全てが驚いています。まさか、自然発生的に精霊が産まれるなんて…過去、幾度か精霊の存在する『ターリア』が創造されましたが、みな、すぐに空気中の魔素に溶けて消えてしまったのです…なので、諦められた存在である精霊が『誕生』した事をみな、喜びを持って歓迎しています。どうか、貴方も娘同然に可愛がってあげて下さいね?」

 

 神をも驚かせる、爺ちゃんの腕前と、生後2ヶ月で子持ち確定した事に絶句し、しばし沈黙とダージリンを啜る音だけが響く。

 

「まぁ、なんとかやってみます。紅茶、ご馳走様でした。彼方へ戻るには、どうすれば?」

「はい、お粗末様でした。戻る際は、もう一度『OH MY GODESSES‼︎」と叫べば戻れますよ!それでは、暫くは楽しい新生児ライフを!」

「OH MY GODESSES‼︎」

 

 一瞬暗転して、またターリアのベビーベッドに戻って来た様だ。こちらを心配そうに見つめる水精霊と目が合った。そうかー、娘かー…あれ?そう言えば…

 

『キミはオレ以外の人間には見えるのかな?』

『恐らく、気配は感じると思いますけど、見える事は無いと思いますよ?あ、でも、ご主人様が成長されて、扱える魔力が増えたら、恐らくワタシも進化して、完全に独立した精霊として存在できると思います!』

 

 何処の世界も、娘ってヤツはいつか独り立ちして行くんだなぁ…と思っていると、ならば、せめて名前を付けてあげようと思い立った。

 

 水…アクア…は、色々と畏れ多いし、アッチは神様だしなぁ…水精霊、水精霊…うん、無難だけども、アレが1番だな!ウかオか…

 

『よし、せっかく産まれたキミに、名前を贈ろう。名前が無いと、呼びづらいしね?』

『まぁ、本当ですか⁉︎ステキな名前が欲しいです!ワタシ!』

 

 パタパタと羽ばたきながらキラキラとした目でこちらを見る、大人の小指大の水精霊。よしよし、とある別世界のゲームでは一般的だけれども、この世界じゃ初めてだろう。

 

『キミの名前は、今日から「ウンディーネ」だよ!』

『‼︎ウンディーネ⁉︎ステキな名前‼︎ありがとう、ご主人さ…ま……?あれ?…なんだか……とてつもない…チカラが………‼︎‼︎』

 

 名付けた途端、ウンディーネの様子が急変した。ガタガタと震え出したかと思うと、地面も揺れ出した。穏やかな晴天も俄に分厚い雲に覆われ、大粒の雨が降り始めたのだ。しかし、僅か10秒の内にウンディーネの震えも地面の揺れも大雨もパタリと止まる。

 

『ウンディーネ!どうしたんだ⁉︎おい!大丈夫か⁉︎』

 

 固まって動かないウンディーネに向かって呼びかけ続ける。10秒ほど、ウンディーネ!ウンディーネ!と呼びかけたところで、急に彼女の身体と魔力に異変が起こった。

 

 小指大の可愛らしい水精霊から、瞬き二つの間に、人間大の大きさの、妖艶な美女へと早変わりしてしまったのだ!オレは目が点になり、本能のオレもこの現象にビビって、盛大にオシメに漏らした。

 

 ウンディーネも、状況を理解出来ていないのか、キョロキョロと部屋を見回して視点の高さに驚き、両手で顔に触れてその感触に驚き、窓に映った自身の姿に驚いていた。そして、10秒ほど目を瞑り、瞑想した後、驚く程の知性と色気を湛えた瞳に笑顔を添えて、オレの前に跪いたのだ。

 

「ご主人様…貴方に名を頂いた事で、私はこの世界全ての水を司る精霊となった様です。今、女神アマンダ様からも、その権限を持つ許しを頂きました。貴方は…アマンダ様の加護を持つ、偉大なお方だったのですね?どうか、永遠の忠誠と愛を、捧げさせて下さいませ…」

 

 異世界転生して生後2ヶ月のコノック・サンダーブレーク、水の精霊を生み出し、そして恋に堕とす。

 

 …ハッ、イカンイカン、思考停止してしまっていた。モノローグのcv.、良い声だったなぁ…じゃなくて、ともかくウンディーネと会話だ。あ、オシメの水分、固まってる間にトバしてくれたみたい。うん、デキる娘だな。

 

『えぇと、そうか、うん。こちらこそよろしくお願いします。ただちょっと娘みたいな存在だから、とりあえず、家族の親愛の情からスタートで…それと、もうその姿、普通にヒトから認識出来ちゃうよね?普段って、枕元の短剣の中に待機出来る?あ、出来るのね!よし、コレで当分の問題は解決だぁ、わぁい!』

 

 ちょっと残念そうな、でも受け入れられて嬉しそうな表情のウンディーネは、ターリアの「水」に関わる事象を司りつつも、オレの使い魔として、枕元の短剣に常に控えて、オレの会話相手になってくれる事になった。父と母は気付いていなかったが、爺ちゃんはその3日後に短剣の手入れのために持った瞬間になにか悟ったらしく、目を丸くして、「マジか…」と呟いていた。

 

 こうして、家族と使い魔のウンディーネに見守られながら、オレはスクスクと育ち、明日一歳の誕生日を迎える。まだ本能的な行動が遥かに支配的だが、ウンディーネに目や手足となってもらい、この世界について、ウンディーネの目を通して多くの事を学んだ。まだ言葉は喋れないが…

 

 ウンディーネの件について、薄々勘付いていた爺ちゃんは、オレの一歳の誕生日に向けて、またあの短剣と工房に籠り出した。完全に独立した精霊となったウンディーネは、最近は殆どオレの精神世界に住み着いている。前世の事や、その他諸々の事情もすっかり彼女にはツツヌケだ。

 

 オレの誕生日の一週間前から爺ちゃんと父ちゃんが攻防に篭りきりとなって、ひっきりなしに鍛造音と、何故か爆発音が聞こえるようになった。そして、誕生日当日。

 

「コノ坊、誕生日おめでとう‼︎コレは、爺ちゃんと父ちゃんが更に改良を加えた短剣じゃ。ミスリルとオリハルコンに加えて、最近開発されたアルミニウムという鉱物と、風の魔法が込められた魔石の粉末を練り込んでみた!硬さとしなやかさ、軽さを全て向上した、更に上の逸品じゃ‼︎」

 

 酒を飲んで上機嫌な爺ちゃんは、コソッとオレだけに聴こえる様に…

「恐らく、お前さん、どうやったのかは知らんが、水の精霊を作り出したんじゃろ?恐らく、この短剣からは風の精霊が産まれるぞ?どうせなら、6属性全ての精霊を揃えちまえ。爺ちゃんと父ちゃんが、手伝っちゃるからな!ガハハハハッ!」

 

「お父ちゃん!コノックに酒臭い息掛けんといてよ!全くもう!」

「まあまあ、ヒルデガルド、今日はめでたい席だ、大目に見てあげてよ、ね?」

「あ、アナタがそう言うなら…もぅ…」

 

 何処まで悟っているのか分からない爺ちゃんと、何処までもバカップルが抜けない両親、それに、恐らく同居人が増える事になるだろう事を楽しみにしているウンディーネ…1歳児の誕生日にしては、少し重い溜め息をついてしまった。

 

 爺ちゃん並びにウンディーネの予測通り、1週間枕元に置いた短剣から、また魔力の塊が飛び出して、あっちへフラフラこっちへフラフラと漂い出した。精霊の事は精霊に…ウンディーネが、優しくその魔力の塊に話しかけて、オレの前に誘導してくれた。

 

『こん…にちは…あなたが……わたしの…おとうさん?…この…おねえさんが…いってた…』

 

 やはり風の精霊、自由気ままというか、若干ぬぼーっとした、マイペースな喋り方をする子の様だ。こちらからも、絞りに絞ったか細い魔力で応答する。

 

『ああ、よく来てくれたね。キミは私の魔力と風の魔石から産まれたから、私はキミのお父さんだと思ってくれて構わないよ。』

 

『ふしぎ…ふしぎ…おとうさん……なのに…みため…あかちゃん…?…ふしぎ…』

 

 彼女はしげしげと、オレの周りをフワフワと飛んで眺める。そりゃあ、1歳児の父親宣言なんざ、怪しさ満点だものなぁ、気持ちはわかるので、存分に観察してもらった。

 

『ふしぎ…だけど…あんしん…する…うれしい…」

 

 繋がりが強くなったらのか、段々と魔力の塊から、小指大の、緑がかった服を纏った女の子が見えて来た。多分、ここまで繋がりが強まれば、名前を贈っても問題ないはず。ウンディーネと頷き合い、オレは風の精霊に名前を付けた。

 

『産まれてきてくれたキミに、名前を贈ろう。お父さんからの最初の贈り物だよ』

 

『なまえ?…わたしに…くれるの…?…うれしいな…』

 

『キミの名は風の精霊、「シルフィード」だ』

 

 名付けた途端に暴風が吹き荒れやしないかとヒヤヒヤしたが、ウンディーネの時とは打って変わって、シルフィードは穏やかな微風を発しながら、ゆるゆると1分ほどかけて、人間サイズへと変貌していった。

 

 やがて、閉じていた瞳を見開いて、自分の身体の変化を確認し、室内に少し風を発生させて権能を確認し、最後にオレの目をしげしげと眺めて、小声で「やっぱり不思議。でも…」と呟いたかと思うと、その場に跪くと、忠誠を誓うのだった。

 

「ご主人様、ステキな名前、ありがとう。シルフィは、この身が滅ぶとも、ご主人様への忠誠と愛を誓う。アマンダ様にも確認を取ったら、『私は別に一夫多妻制を否定はしません』って言っていた。ご主人様はきっと将来はイケメンになるから、どうせそうなる。そこに潜り込むのが、シルフィの野望。フフン」

 

 短く忠誠を誓う言葉を宣言した後、長々と自身の野望を堂々と主張したこの子は、間違いなく自由気ままな風の子だな。苦笑しながら、ウンディーネと同じ様に諸注意等を説明する。明日から更に賑やかになるな。

 

 オレが一歳と半年を迎えた頃、大きな変化が起こった。そう、とうとう本能が言葉を覚え、発し出したのだ。併せて、身体の主導権を、段々と「意識側」が握り始めた。これは大きな変化だ。精霊たちの事を説明出来る日も近いと、オレは喜んだ。それからの3ヶ月で、益々コミュ力が向上したオレはとうとうコトバとボディランゲージ、更にはウンディーネとシルフィードの助力を得て、精霊の存在とその顕現方法について、爺ちゃんに伝える事に成功したのだ。

 

 事実を知った爺ちゃんはぶったまげた。そりゃそうだろう。自分の鍛治技術がそんな域に達していた事と、やっぱりウチの孫は特別な存在だったのだと。とりあえずその日は工房もカンバン、ウィスキーを一樽空けながら、ティルクリムとヒルデガルドにも、噛み砕いて説明して、こりゃめでてぇや‼︎と、更に三樽のウィスキーを大人たちで空けて、ドンチャン騒ぎとなった。

 

 翌日から、爺ちゃんと父ちゃんは火、土、光、闇の属性を含む魔石を探しに、北竜山脈の鉱山巡りの旅に出立した。ウンディーネとシルフィードは家の中では姿を現して、母・ヒルデガルドの家事を手伝ったり、オレの面倒を見たりして、過ごす事となった。

 

 そうしてひと月程の魔石探しの末に、火と土の魔石は見つかったが、光と闇の魔石はとにかく非常に珍しい為、半年は探さなければ見つからないと言って帰って来た。

 

 そして爺ちゃんと父ちゃんは、オレの2歳の誕生日に向けて、火と土の魔石を織り込み、アダマンタイトを含有した剣(手を加え過ぎて、もはや短剣と言える長さじゃなくなってしまった)を三週間掛けて作り上げたのだった。

 

 結果、火の精霊サラと、土の精霊ノーマが新たな家族に加わった。サラとノーマは同時に生まれたため、まるで双子の様に仲が良く、しかし性格は正反対で、2人ともオレに忠誠と愛を誓った。サラは豪快でガサツで大雑把、口調もまるで海賊の様な乱暴さだが、父ちゃんの炉の温度管理の仕事の手伝いと、母ちゃんの料理に使う炉の温度管理に情熱を燃やして臨み、実は外堀を1番順調に埋めている事に、自分だけが気付いていない。ノーマは根っからの研究者気質で、爺ちゃんの鍛造工程を観察・研究し、より良い鍛造方法の提言をしている。更に伝説の金属・ヒヒイロカネの鉱石が、実は東大陸だけでなく、中央大陸の北竜山脈でも採取可能で、その位置までも正確に地図に指し示すと言う、まさに爺ちゃんが喉から手が出るほど欲しい情報を、ホイホイと提供してのけた。

 

 こうして、益々アマルダの街のサンダーブレーク鍛治工房は名声を高めて行き、遂には王弟ポワティエ公爵フィリップの御用鍛治店にまで上り詰めるのだった。

 

 しかし、鉱石について最強の情報源たるノーマですら、光と闇の魔石については、現在どの大陸にも見つけられないと、悔しそうに述べており、オレが生まれてから20年経った現在も、その手掛かりすら無い状態なのである。

 

 自分語りに戻るが、3歳の誕生日を機に、身体は完全に意思の通りに動く様になり、言葉もしっかりと喋る事が出来る様になったため、オレは誕生日の翌日、家族と精霊の皆んなに、転生の事や女神アマンダの事などを、包み隠さずに説明した。皆、初めは信じられない様子であったが、ちょっとアマンダ様に降臨してもらったりして、無事に信じてもらうことができた。アマンダ様は丁度ヒマだったらしくお土産に祖父の作ったティアラを渡すと、ルンルンでご帰還になった。

 

 4歳から、正式に魔法の訓練を始めた。この世界には、公式・非公式含めれば2千種類の呪文が存在すると言われるが、加護による無尽蔵の魔力と、アマンダ様の、「要は『こうしたい』って言うイメージ力、妄想力=魔法よ!」という、あまりにもあまりなアドバイスを受けて、買ってもらった呪文集は早々にホコリをかぶる事になってしまった。あとは、無尽蔵の魔力の放出精度と変換効率、妄想力の向上のために、空き時間に精霊達と訓練に励んだ。

 

 5歳、エルフの世界では、本格的に弓を始める歳であり、ドワーフの世界では、初めて炉に触るのを許される年齢である。父ちゃんは元々の神弓術に、無双の筋肉を鎧っているため、既に木製の弓では使用に耐え切れず、やむなくアダマンタイト製の金属弓を使用していた。「3キロ先のトンボを撃ち落とす」程のあり得ない飛距離・精度と、「1キロ先の厚さ1メートルのアダマンタイト製のカタマリを貫通させる」というあり得ない威力を全て実現するので、未だに闇社会から暗殺稼業の勧誘や、王国軍将軍への任官要請、故国・エルフ王国からの矢の様な召喚命令書+エルフ王(父方の爺ちゃん)からの、孫を早く見せに来い!と言う手紙がしょっちゅう届いているが、大抵は読まれずに炉で灰になる運命である。

 

 流石に、アダマンタイト製の金属弓はそれ自体が200キロを超えているので、オレは木製の弓で訓練だ。アルテミス様の加護はしっかりと効いている様で、1ヶ月の訓練で。1キロ先の森の中のゴキブリを射抜く事が出来る様になった。流石に父ちゃんの様に、「生身の攻城兵器」になる予定は無いので、今後は対多数の接近戦でも弓で戦える訓練をする事にした。

 

 爺ちゃんに炉の管理について教わっているが、サラの加護が自動的に発動してしまい、あらゆる炎が思いのままになってしまうと言う、思いがけない加護の弊害に悩まされた。試行錯誤するも、遂に爺ちゃんも匙を投げて、温度管理は良いから、材料の混合割合に慣れろ!と、ミリグラム単位で、あらゆる金属、合金の作成を繰り返して、体に覚えさせた。研究者気質で教えたがりのノーマが、1分に一度は駆け寄って教えようとしてくるので、いろんな事に興味を持つシルフィードを、対ノーマ兵器として張り付かせた。

 

 こうして体を鍛え、知識を乾いたスポンジが水を吸う様に吸収しながら、オレは成長して行った。色恋?ああ、そんなモノ、超美人揃いの精霊達を毎日目にしていると、普通の女性にトキメかなくなっちまったよ…しかも精霊達は、お互いに抜け駆け禁止だ!という淑女同盟?とやらで一致団結して、こんな、20歳になるまで恋の「コ」の字もございませんでしたわ。

 

 それも、さっきまでで終わって。止まっていた時が動き出した様な、そんな気さえする、あの喫茶店の軒先での出逢いは………


 
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