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『舞い踊る季節の中で』 第170話

うたまるさん

『真・恋姫無双』明命√の二次創作のSSです。

 官途の戦いの雌雄に決着がついた今、新興国で翻弄する彼女は今。


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2015-04-25 20:32:27 投稿 / 全4ページ    総閲覧数:8339   閲覧ユーザー数:5887

真・恋姫無双 二次創作小説 明命√

『 舞い踊る季節の中で 』 -群雄割編-

   第170話 ~ 雨あがりの空に桜華舞う景色に詩を詠む ~

 

 

(はじめに)

 キャラ崩壊、セリフ間違い、設定の違い、誤字脱字があると思いますが温かい目で読んで下さると助かります。

 この話の一刀はチート性能です。オリキャラがあります。どうぞよろしくお願いします。

 

 

【北郷一刀】

  姓:北郷

  名:一刀

  字:なし

 真名:なし(敢えて言うなら"一刀")

 

 武器:鉄扇("虚空"、"無風"と文字が描かれている) & 普通の扇

   :鋼線(特殊繊維製)と対刃手袋(現在予備の糸を僅かに残して破損)

 

 習 :家事全般、舞踊(裏舞踊含む)、

   :意匠を凝らした服の制作、天使の微笑み(本人は無自覚)

 得 :気配り(乙女心以外)、超鈍感(乙女心に対してのみ)

   :食医、初級医術

 技 :神の手のマッサージ(若い女性は危険)

   :メイクアップアーティスト並みの化粧技術

 術 :(今後順次公開)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

詠(賈駆)視点:

 

 

 丁寧に書かれた文字を目で追いながら、同時に頭の中で書かれた内容を幾つか検討してみる。

 条件や時期、人材に工期、それに伴い掛かる予算とその確保の算段、その他諸々。

 ボクのそんな様子を緊張の趣で何処か怯えるように伺っている人物を、視界の端でしっかりと観察しておくことは怠ったりしない。

 既に、書かれた建策に対する答えは出ているものの、其処で読むのを止めたりはしないわ。人によってはその事を無意味と言うかも知れないけど、ボクは意味はあると思っている。

 でも、結果は変わらない……か。

 

「使えないわね」

「え?」

 

 最期の一文まで読み終えてから竹簡を丸め、目の前の人物に答えを短く告げる。

 別にボクは目の前の人物を嬲るために、答えを最後の最後まで保留していた訳じゃない。最期の一文まで検討した結果の答えを述べただけの事。採決の判断そのものには、それ以上の意味はないわ。

 

「なに? まだ何か用があるの?

 それとも、せっかく必死に考えたのが否定されると思わなかったとか?

 そんなわけ無いわよね。 これで、もう五十七案目だもの。

 一応言っておいてあげるけど、この先、何百、何千と建策を出そうとも、こんな内容なら、熟考する価値はないわ」

 

 まだ、自分が何を言われたのが理解できないのか。

 それとも今度こそはと、思っていたのか、ボクの答えに呆然とする人物に対して、ボクは追い打ちを掛ける。

 そんなことで時間を無駄にしたくないもの。

 

「うぅっ…、し、しつれいしました」

 

 混乱し、嗚咽混じりであっても、退室する礼儀を忘れないあたりは育ちの良さというより、子供の頃からの躾の表れなのでしょうね。

 頭や心が考えるより先に、身体が勝手にそう反応してしまう。

 何時如何なる時でも、相手に礼儀を欠かさぬよう求められてきた。とも言うけどね。

 

「あのような態度、あれでは桜華様に失礼であろうっ!」

 

 そして、ほぼ毎度の事とは言え、聞こえてくる不服の言葉に溜め息が出てくる。

 はっきり言って、先程の劉璋の書いてきた使えない建策の事よりも、こっちの方が頭が痛いわ。

 どこか昔のボクを見ているようで反吐が出そうなんだけど、だからこそ何時までも放ってはおけないとも思えるあたり、ボクもいい加減甘いわね。

 

「別に失礼でもなんでもないわ。例えこの国の元王であっても、今はボクの部下よ。しかも見習いのね」

「それは…ぐっ」

 

 本当は『それは建前での話だ』とでも言いたかったのでしょうね。

 でも口を紡いだ所を見ると、一応は自覚はあるようね。その言葉自体が既に幻想に過ぎないと言う事に。

 戦に敗れ、地位を奪われた王の末路なんてそうは多くはないもの。

 処刑されるか、国外に放逐…と言えば聞こえは良いけど、よほどの強運の持ち主でもない限り、処刑されるより質の悪い結果が待っているだけ。

 次の王が徳のある人間だとしても、軟禁されたり、古き血を取り入れるために使われたりする事はあるけど、それ以上でもそれ以下でもないわ。

 ……まぁ、何事にも例外という物は存在するから一概には言えないけど。

 例えば、こっそり助けられて侍女として暮らしていたなんてお伽話みたいな話が世の中にはあったりするけど、そんな物は例外中の例外。そんな話が存在すること自体おかしい。………と言えない我が身だったりするんだけどね。

 そんなことはさておき、先程、部屋を声を泣きながら退室していった劉璋も、そしてボクを睨み付けている張任も、どちらかというと例外の類。

 

「確かに、この国の新しい王である月も、そして桃香も、紫苑達との約束通りアンタ達の命を取る気はないし、軟禁して飼い殺しにする気もないわ」

 

 飼い殺しというボクの言葉に、張任は何処がだと言わんばかりに、いっそうきつく睨み付けてくるけど、そんなもの恋の本気に比べたら、微風みたいなもの。 …まぁ怖くないと言ったら嘘になるけど、此処で感情に身を任せるほど張任も馬鹿じゃないと言う事を知っているし。張任自身も、そんな事をすれば事は自分だけでは済まなくなると言う事は分かっているはず。

 でも、誤解無いように言っておくけど、さっきも言ったように、そんな気は毛頭無い。

 

「いい、もう一度言うわよ。

 例え、身分を落とそうとも、この国に住む民のために働きたいと彼女自身が言い出した事なのよ」

「そんな事は分かっている。桜華様は此の地に住む民のために、侵略者たる貴様等の下に就く事を選んだことは」

 

 此方からの提案通り、年金を貰って大人しく余生を過ごす道もあったはず。

 小さいとは言え、領地と荘園があれば、劉璋を慕う者達とそれ相応の生活も出来たはず。

 戦に負け、王の座を奪われた者の余生としては、破格と言って良いほどの条件。それを蹴ってまで選んだのよ。

 王の座に執着しての申し出でも、権力を欲しての望みでもない。

 数ヶ月とは言え、軟禁されている間、熟考の上での決断。

 自分に民を導く力がまだ(・・)無いことを知った上でね。

 だからボクは、ううん、月は……。

 

「ふーん、まぁいいわ。本当の事だしね。

 でも、そう言うのならば、アンタは何なの?」

「ゎ、私は桜華様の」

「家臣? 家来? 何でも良いわ。 アンタのその忠義には感心もするし敬意も払えるけど、それが何になるの?

 あの娘の事が心配なのは分かるけど、それが何になるの?

 ううん、もっと端的に言うなら、この国において今の(・・)アンタは邪魔なのよ。

 月や桃香に降るわけでもなく、あの娘に忠誠を誓い続けるのはアンタの勝手よ。 でもね。それなら今のアンタは無位無官の平民でしかないわ。本来、この部屋に立ち入る資格もなければ、ボク達のやる事に対して何かを言う権利なんて言うものは無いの」

 

 怒鳴るとまでは行かなくとも、ボクの剣幕に張任は今にも斬りかからんばかりに睨み付けてはくるけど、それだけ。なるほど、昔の愛紗と違って、自分を侮辱されたくらいでは激高したりしないという訳ね。 でもそれは我慢しているだけ。耐えているのではなくね。

 

「外にまで聞こえるほど何を騒いでいるかと思えば、貴女だったの。納得したわ」

 

 緊迫した空気を敢えて別の方にぶち破ったのは、黒い服に身を包んだ女。

 身を包んでいる服については、色々と言いたい事はあるけど。

 

「法正っ! 貴様が何故此処にっ!」

「此処にも何も、私の新しい職場に私が顔を出すのは当然の事では無くって」

「馬鹿なっ、張松と孟達と共にあれだけ悪事を」

「働いてないわよ。

 少なくとも、その二人の様に分かり易い悪事はね」

 

 いい加減くだらない事に時間をとられるのにウンザリしてきたボクは、二人の会話に割入る。

 

「でも、流石に無罪放免って言うわけにはゆかないから、監視付きでボクの下に就けたってだけの事。もう良いでしょ。アンタとの話は終わり。もう少し冷静に見れるようになったら話を聞いてあげるわ」

 

 一方的な退出勧告。

 念のため侍女か衛兵辺りを呼ぼうとしたけど、そうするまでもなく、きびすを返して部屋を出て行ったあたり、法正と同じ部屋に居たくはないようね。だと言うのに法正のやつ、追い討ちをかけるように。

 

「そうそう、私の新しい仕事を教えておいてあげる。

 法の守護者にして裁定者。つまり私が法であり、私に逆らう者が罪人なのよ。

 貴女も、そして貴女の愛しい劉璋様も、せいぜい私の前に突き出されない事・」

「やめんかっ!」

 

げしっ!

 

 思わず手にしていた物を、そのまま高笑いでも始めそうな彼女の後頭部へと投げつけてやる。 そう強く投げつけたつもりはないけど、あたりどころが悪かったのか、前に転けるかのように数歩蹌踉(よろ)めいたところに、彼女がいた場所を何かが凄い勢いで通り過ぎ、やがてそれは部屋の壁にぶつかり床に転がる。……靴? それが誰の物なのは確かめるまでもないか。

 思わず手にしていた物を投げつけちゃったけど、これならその必要はなかったみたいね。 とにかくこれで言い訳をたてれる事が出来るし、今のは法正の方に問題があるから、見なかった事にしておきましょう。

 

 

 

 

 

【絵著者:金髪のグゥレイトゥ様】

 

 

 

「まったく、新任そうそうに酷い目にあったわ」

「…よく言うわ」

 

 不貞不貞しく長椅子に腰掛ける彼女に、ボクは嘆息混じりに呆れてみせる。

 彼女なら、張任がどういう反応をするか分かっていたはず。そして分かっていてからかったのだから彼女の性格は、それだけで十分把握できるというもの。

 

「ん?これは?」

「ああ、それね。そっちの再利用のお盆に積んでおいてちょうだい」

 

 自分の後頭部を襲いかかった末に、床に無造作に転がる竹簡に気を止める法正にボクは適当に答える。 いくら紙や皮紙よりは安いとはいえ、竹簡だってその掛かる費用は数が数だけに馬鹿に出来ない。 紐を解いて表面を削って再利用してやれば、経費はいくらか抑えられる。

 もっとも、流石に機密度の高い物はそう言うわけにはいかないけど、法正が手にしたのは…。

 

「この字は劉璋様か」

「勝手に読むなっての」

「なるほど、これでは時間と墨の無駄遣いね」

「アンタ、ボクの言葉が聞こえなかったとか言わないわよね」

「むろん聞こえてたわよ。

 ただ、これでも一応は劉璋様の元臣下だもの。少しぐらい気にかけさせてくれても良いんじゃない」

「たくっ、まあいいわ」

「分かっているわよ。ちゃんと立場は弁えるつもりよ。

 流石に、これ以上軟禁されるのも飽き飽ですし」

 

 どの口がほざくって言うのよ。

 もっとも、彼女なりに弁えはするつもりでは一応はいるんでしょうね。

 実際、ボクの机の上に広げられたままの竹簡とかには、少しも目もくれていないもの。

 ボクの命令を無視して竹簡に目を通したのだって、部屋に入る時に聞いたやりとりと、その相手を見て、ボクが投げつけた竹簡がそれに関与する物だと推察した上で、言葉通りの理由で今回の事くらいでは、処罰されないと踏んでの行動。

 

「それにしても、話を聞いた時には変わられたと思いもしましたけど、結局は変わられなかったと言う事ですわね」

「……ふ〜ん、アンタはそう見るんだ」

「少なくとも、あんな自分よがりでお綺麗な建策をされるようでは、そう判断せざるえませんね」

 

 法正の横柄な態度はともかくとして、劉璋の考えてきた建策。と言うかボクが建策してくるように指示したのは、ちょっとした規模の灌漑工事。

 小さすぎず大きすぎない規模の。そして水を賄い、時には水から守るその工事は生活の基盤にして、発展させるための基礎。

 使えないと断言したあの娘の建策は、工事の工程や予算はもちろん、材料の物価が上下する季節まで考えられていて、普通に見たならばよく計画されているわ。 使おうと思えば十二分に使える出来栄えとさえ言える。

 でも、それは思いついたからやると言った程度の話。これが一地方都市の文官が考え、行うのならそれでも良いのかも知れない。でも国として行う以上、それで終わってはいけないの。

 

「もっと費用と人手をかけねば、儲かりませんわね」

「い・い・か・た・を、考えなさいってのっ」

「もちろん、人の目に付くところではそうしていますわ。

 私にそれが出来ないとでも思っていると?」

 

 ……この娘はこの娘で疲れる娘よね。

 でも、間違った事は言っていない。

 劉璋の建策には、利が抜け落ちている。

 限られた費用を抑え、少ない予算で事を成さんとする事は大切な事よ。

 でもね、それだけでは駄目なの。この娘の言うとおり、利潤を考えないといけない。

 別に賄賂や、公費を余分に使って払戻金を懐にって言う訳じゃないわ。

 商人や工人はもちろん、関わる人達の全ての利潤をね。

 国が関わる事で、求められる工事以上の利潤をより多くの人間に行き渡らせる事。

 確かに掛かる費用はふくれあがるかもしれないけど、その事によって新たに得られる利益という物が発生するわ。

 そしてその利益は巡りに巡って再び税として国に帰ってくる。新たな活動源としてね。

 民の生活を護り、更には国を豊かにすると言う事は、其処まで考えないといけないの。

 

「アンタなら、もっと巧く出来るはずでしょと言っているのよ」

「張任の事を言っているのなら、するに価しないからしないってだけです」

 

 本当に不貞不貞しい。

 ……でも、まだまだね。

 気がついている? 彼女の事になると随分と面白くなさそうな目をしているわよ。

 それに親指の爪を噛む仕草、苛立(いらだ)っている証拠ね。

 無論、こんな娘のやる事だから、演技という可能性もあるけど、ボクだって伊達に洛陽の街で古狸達を相手に揉まれていない。

 それに貴女、以前、この国を落とした時に張任に言っていたわよね。

 

『だから言ったでしょ。 堅物な所を直さないと、この先守りたいモノも守れなくなるわよと。私の言ったとおりになったわね』

 

 あの時は、仲間割れによる皮肉だと思っていたけど、そんな無駄をする娘じゃない。

 この娘はこの娘なりに張任に訴えていたのよ。

 守るんだったら、どんな事をしても守りなさいと。

 少なくても、この娘はそうやって守ってきた。

 我欲に塗れる政の中で、清廉潔白を謳ったところで疎んじられるだけ。

 ならば同類と思われればいいと、政敵で在っても自分達と同類であるのならば話は分かるはずと油断を誘い。それに徹して見せた。

 予算を多めにとっては、懐に入れる振りをして他の政策に回していたり。

 個人的に取引のある商人達に、手間賃を払っても予算を一時的に預けていたり。

 翠の一族にしたように、悪役を演じてでも、この国のために己がやれるべき事をしてきた。

 幾つもの証言以外にも、残されてた政策や裏帳簿からも、その事が分かったし、なにより張松と孟達の二人と違って、私財の没収にも何ら興味を示さなかった。

 それはそうでしょうね。彼女にとって、それは自分のお金ではなく国や民のためのお金。それが国を治める者が変われど、本来の在るべき所に戻るのなら望む所なのでしょうね。

 だから、彼女の処分を決めるにあたり、それなりに揉めたわ。

 

『やり方や手段は確かに問題でしょうけど、彼女の置かれていた状況を考えれば最善とは言えないでしょうけど、同情すべき余地はあります。

 なにより何のために其れ等を成したと言う事と、周りにそれを隠しおおした手腕を考えれば、彼女を闇雲に処罰するのは惜しいです』

『だからって、無罪放免って言うわけには行かないでしょ』

『ええ、ですから私財の没収は当然として、損失分を返却し終える何年かは監視付きの上で召し抱えれば良いんです』

『……筋は通るわね。

 でも、そんな油断ならない奴を監視するだなんて、疲れる事を引き受けてくれる物好きがいるのかって問題よね。 むろん、言い出しっぺの朱里が引き受けるんでしょうけど』

『私はそれでも構わないんですが』

『なによ? ……って、まさか月っ』

『へぅっ……その、有能で志の高い人ならって思って』

 

 まったく、あのはわわめ。一応は勢力の少ないボク達に気を使ってって事なんでしょうけど、とっくに根回しが済んでいる議題を、もったいぶって言うんじゃないわよってのよ。

 この国が月と桃香の二柱を掲げる以上。片方に権力が集中するのは避けた方がいい。それは互いが互いを支え合い力を合わせるって言う意味でも、どちらかが間違った方向へ進んで行こうとした時に止めるという意味でも必要な事。

 ……でも、今この国の政の中心にいる人間は、元々は桃香達が立ち上げた国の人達が多く、国を捨てざる得なかった月には、当然ながらその基盤となる臣下が少ない。

 華雄の月への忠誠心には、本当に頭が下がるけど、華雄だけって言うのは厳しい。

 一応、厳顔や魏延もボク達側と言う事にはなっているけど、彼女達はどちらかと言うと中立派と言った所ね。

 無論、昔の信頼の置ける旧臣に手紙は出しはしたけど。なるべくならば、この国の人間を登用すべき。そう言う意味では法正はうってつけの人物と言うべきなんでしょうね。

 ただし、性格を考えなければ、って事なんだけど。

 ……まぁ、頭の痛い問題が一つ二つ増えたところで大差はないわね。

 

「それにしても、随分と無茶難題を言いますな」

 

 こめかみに走る痛みを追い出そうとしているのに、此奴は……。

 そっちも頭が痛い事には違いないんだけどね。……でも、そろそろと言えばそろそろなのよね。

 

「どのことを言っているつもり?」

「無論、あの哀れな番犬と、その主人たる劉璋様のこと」

 

 なるほど、一応はそれなりに耳には入っていると言う事ね。

 なら、アンタもだいたい分かっているはずでしょ。

 ボクが何をしようとしているのか。

 何故、あの二人を放っておくのかを。

 

「必要だから。って答えで十分でしょ。

 物に出来るのか、出来ないのかは彼女次第だし、もう一人の方はそれからって事なのもね」

 

 口にしたのはそれだけ。

 でもそれで十分に伝わったはず。

 性格は捻くれていようとも、能力はそれなりにあるもの。

 だから……。

 

「お優しい事ですな。

 とても私にはそのような手間と時間を掛ける気など湧きませぬ」

 

 呆れかえるように帰ってきた言葉は、何処か安堵の音色を含んでいたの様な気がするのは、きっとボクの気のせいではないはず。

 だって、もしも言葉通りに思っているような娘なら、瞳の奥にあんな優しい光が灯競るはずがないもの。

 うん、少しだけ安心した。

 捻くれていようとも……。

 根性が悪くても……。

 

「さてと、流石に気分転換にお茶でも飲みたくなったわ。アンタも飲む?」

「おや、賈駆殿に私が満足できるようなお茶が淹れれると?」

 

 ………少なくとも退屈だけはしそうもないわね。

 いいわよ。その喧嘩、買ってやろうじゃないの。 ボクだって伊達に、侍女をしていた訳じゃないわ。

 料理や掃除はともかくとして、お茶を淹れる事に関してだけは、そこらの侍女にも負ける気はしない。

 こうして次女の仕事から離れた今だって、一度だって惰性で淹れた事なんてないもの。

 彼奴の気持ちが分かるから……。 なんで彼奴がお茶を淹れる事が好きなのかを……。

 

「あっ」

 

 湯を沸かそうと、部屋の奥の部屋。そこから開け放たれた窓から覗く中庭の光景に、ボクは小さく声を漏らす。

 人影が親指くらいの大きさに見える遙か先。でも間違いなくその人影は劉璋その人。

 遠目でも分かるほど涙を殺して無く彼女を、少し離れた木陰で見守るようにしている年老いた人影が目に映る。 ……確か、あれは。

 

「……やっと、動いたか。まったく遅いっての」

 

 直接面識はないものの、人相などの特徴は桔梗達から聞いていた。

 張松と孟達の二人というか、法正も入れれば三人だけど。とにかくその三人が国の実権を握ってから、引退へと追い込まれた人達は多く。その中でも穏健派ながらも、実直な人達はかつてのこの国にも確かにいた。

 力を持つ三人に刃向かう意気地と根性がなかった。と言うのは言い過ぎだと思うけど、そう言う人達を守るべき人間が無力だっただけ。守るためにどう戦って行けばいいのかを。剣や槍ではなく、言葉と行動でもってね。

 

「学びなさい。

 そして、今度こそ守ってあげれるようになりなさい」

 

 ボクはかつて絶対にやってはいけない失敗を犯した。

 その失敗のおかげで、ボクは月から守るべき国や民を奪う事となり。大陸中に知れ渡るような汚名を着せられる事になったわ。

 その失敗の根源、それは…、一人で戦っては駄目なのよ。

 確かに一人でやらなければならない事はあるわ、でも一人でいちゃ駄目なの。

 だから、まずは信頼できる仲間を見つけなさい。

 守ってくれる誰かも確かに大切かも知れないけど、今のアンタに必要なのは、一緒に戦い、そして導いてくれる仲間なのよ。

 ボクが教えるのはそれから。

 でも、その時は今以上に覚悟しなさい。

 ボクの教えは厳しいからね。

 

『詠ちゃん、彼女が本当に民のために願うのであれば、私は彼女の想いに応えたいと思うの』

『……毒を飲むかも知れないって……、って月がそう言う目をした時って何を言っても無駄なのよね。

 わかったわよ、月。 でも、やり方はボクに一任させて貰うわよ。いい?』

 

 今まで考えてきなさいと言うだけで、一切教える事も導く事もしなかったのはこのため。

 彼女が本当に、桔梗達が言うような民想いの心優しい王であったのなら、彼女の現状を放っておくはずがない。 そして彼女が己のかつての身分を貶めてまでの願いと想いが本物なら、この程度の試練で逃げ出すはずがない。 まぁ、此処まで来るまでにどれだけ彼女を泣かしたかは、数えたくもないし。其処の事でどんな陰口を叩かれているかは考えたくないけどね。

 もっとも、今更、悪評の一つや二つ増えたところで、ボクは気にしない。

 ボクにとって、それは手段と過程でしかないもの。

 彼女達を本気で鍛えようというのも、その一つでしかない。

 ……月の頼みさえもね。

 

 

 

『詠は詠の才覚全てでもって彼女達の国の力になってほしい』

 

 

 

 ええ、全てはそのため。

 この国を本当の意味で強くしてみせる。

 ボクは、そのための道具でしかないもの。

 例え、それがボク本来の望みだとしてもね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

つづく

あとがき みたいなもの

 

 

 こんにちは、書いた馬鹿こと、うたまるです。

 第170話 ~ 雨あがりの空に桜華舞う景色に詩を詠む ~を此処にお送りしました。

 

 官途の戦いも終え、やっと大陸に嵐の前の静けさが戻ってきたと言う事で各国巡りの第一弾として、新興国である蜀に在中の詠を視点に描いてみました。

 詠んで頂いたように、新興国でドタバタしている中、彼女の周りは色々と大変そうですが、彼女自身はもっと問題を抱え込んだままです。そんな彼女の日常?を切り抜いてみましたが、時価はこの続きというわけではないです。少しの間、各国をぐるぐる回ってみたいと思います。

 

 

 

 では、頑張って書きますので、どうか最期までお付き合いの程、お願いいたします。

 


 
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