No.628664

『終末戦争』~改題*きらめき~

健忘真実さん

新名神高速道の自動車事故、東海道新幹線脱線事故、ハイジャック。
防衛省に届いた脅迫メールから、薔薇乃かおりが書いた『中性子線被曝』と『終末戦争』という小説が浮上。
  (『中性子線被曝』http://www.tinami.com/view/589357
今現実に起こっていることが、『終末戦争』に書かれていた。
ならば、核爆発の連鎖も実際に起こるのであろうか?

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SF

2013-10-16 12:24:27 投稿 / 全10ページ    総閲覧数:757   閲覧ユーザー数:756

 新名神高速道路は比較的空いていた。

 左手には、四角く区切られた広い敷地に背の高いビル一棟と、それに隣り合って低層

の細長い建物がある。それと同じような形式の建物を有した敷地が、どこまでも続いて

いる。ひと昔前には、近江米を産する田園が広がっていたという。それらの奥の方には

広々とした琵琶湖が、また進路方向やや左方には、伊吹山の姿が垣間見えている。

 

「ぎょうさんの鳥さんが、飛んでるねぇ」

 女は息子を抱きかかえてシートにもたれ、頭上を横切り、湖の方へ群がり飛んでいく

鳥を差し示していた。運転席に座っていた男は、「どれどれ」と顔を寄せ、その様子を

眺めるついでに女性の耳たぶに唇を押し当てると、彼女の顎を引き寄せ唇を重ねた。

 3歳になる息子が、「ぼくもチューちて」と言って、唇をとがらせている。

 自動運転のレクサスは、目的地を入力しておけば、レーダーやカメラのセンサー情報

をコンピューターが処理する、自走ロボットである。

 

「おぉー、そうや! なんかおもろい映画、あるっかな?」

 おどけた声を出して映画検索をしてみせると、「ドラえもん!」と息子。

 かなり昔の番組だが依然として子供には人気があり、静かにさせておくにはもってこ

いである。いくつも表示されているドラえもん一連の番組欄からひとつを選ぶと、男は

再び女と・・・。

 

 

 車に異常が生じたのは、養老サービスエリアを過ぎてすぐのことであった。

 「あれぇえ~」という息子の素っ頓狂な声に、ドラえもんの映画に目を向けると、そ

れは見慣れない文字列を映していた。次の瞬間、計器類の表示がめまぐるしく動き出し

たのである。

 車は徐々に、スピードを上げた。

 男はあわてて体勢を戻し手動に切り替えると、ハンドルだけはなんとか制御できたが、

ブレーキは全く利かなくなっていた。

 エアコンの効き目が次第に失せ、室温が急上昇してきている。真夏の太陽が、容赦な

く照りつけていた。

「どうなっとんのや・・・お前ら、覚悟しとけよ」

 掌をぐっしょりと濡らして必死にハンドルにしがみつき、あっという間に迫り来る車

を避け続けた。

 ムッとする息苦しい空気に女は窓を開けようとしたが、びくともしない。

 バッグから取り出した端末で、通話を試みる。警察には繋がらない。手当たりしだい

に表示を押していった。ようやく繋がった電話に、「車が暴走して」・・・と。

 その後はなかった。

 叫び声と共に車は中央分離帯に激突し、大破した。

 

 

 西日本道路交通管制室の警報ブザーがけたたましく鳴り響き、係官がそれに連動して

いる監視カメラの映像に目をやると、子どもを胸に押し当てて恐ろしい形相で操作盤を

いじっている女と、ハンドルにしがみついて目を血走らせている男の様子を、次々と設

置されているカメラが捉えていった。

『緊急! 名古屋方面に向かっている車は左車線に寄って停車しなさい!』

 無線情報と、電子標示板によって緊急指令が出された。

 ほとんどの車は緊急指令を受信し、自動停止したのだが、自動運転ではない古い車で

情報を聞き逃したドライバーは、後ろから急接近してくる車を捉えるやあわてて左側に

寄せ、ゆっくりと停車するなどして、事故に巻き込まれる難をかろうじてまぬがれるこ

とが出来た。

 

 

 暴走の原因は、電子制御装置の不具合、によるものとして処理された。

 

 13時10分、名古屋駅を発した“ひかり1469号” は、岐阜羽島駅との中間当

たりで異常が発生した。

 計器類の表示が大きくぶれると共にスピードが上がり始め、制御不能となったのである。

運転操作盤監視員は総合指令室に報告、指令を仰ごうとしたが、通話は閉ざされており、

緊急通信でさえ機能しなかった。

 

 鹿児島行きひかり号は平日の昼間にもかかわらず、座席は8割方埋まっている。夏休

みにひとあし先に郷里に帰るらしき母子と、各地の花火大会や祭りを楽しもうという熟

年夫婦が多い。仕事で移動する人はほとんどが飛行機やリニア中央新幹線を利用してい

るが、のんびりと車窓からの景色を眺めたり、駅弁を食べるのも旅の楽しみだという人々

にとって、旧来の新幹線は根強い人気が残っており、車両ごとには子供向け企画が練ら

れていたこともある。

 

「わぁぁ、すげぇ、なんかすごいスピードで走ってる」

「ほんとぅ、景色が飛び去っていくぅ~」

 

「暑くなってきたと思わない?」 

「エアコン入ってるか、乗務員が来た時聞いてみるよ」

 

「おいっ、この列車やっぱり、変だよ」

 などと、乗客たちが騒ぎ始めた。

 

 異常を感じた乗務員が運転室に駆け付けたが、汗を流している運転操作盤監視員のそ

ばに立って見ている事しか出来ない。

 非常停止ボタンは作動しなかった。

 車両の電波の送受信が出来なくなっているようなので、乗務員は個人の携帯端末で通

話を試みたが、それも含めたすべての電波が遮断してしまったのか、通じない。

 スピードオーバーの先頭車両は、カーブを曲がることが出来ず大音響を上げて脱線転

覆し、ほとんどの車両は折り重なってつぶされジャバラ状となり、後部2両がかろうじ

て形状を留めたものの、側壁から勢いよく飛び出した。ぶら下がった最後部は、下の建

物の屋根を勢いよくぶち抜いた。そのために最後部車両も大きく変形し、亀裂部からは

赤い液体が滴り落ちていた。

 乗員乗客に生存者はいなかった。

 車両が降ってきた建物は倉庫であったため、崩れた積み荷と共に飛ばされてその下敷

きとなり、ひとりが重傷を負っている。

 

 回収されたブラックボックスの破損がはなはだしく、調査は難航し、速度自動制御装

置が作動しなかった原因は不明。その前に、最高速度に達していた理由がいろいろと論

議されたが、岐阜羽島駅においてその暴走を目撃していた駅員の証言によって、コンピ

ューターの電子制御装置の不具合が疑われた。

 

「おい、軽く腹に入れに行こうか。今日も遅くなりそうだしな」

 中林は、パソコンに向かって記事を入力している、後輩の米沢の肩を叩いた。

 ニュース配信社JNAのオフィスは、東京都港区のニュースカイビル32階にある。

社の連中は“ニュース怪ビル” などと揶揄しているが、国の重要機関庁や大使館も入

居している、52階建てビルである。

「そっすね、俺、冷めんが食いたいんすよね、いいっすか?」

「お前、麺類が好きなんだよな。じゃ、いつものラーメン屋だな」

 

 

「フーッ、やっぱ日本人は米だよ」

 ラーメン屋で大好きな梅干し入りのおにぎりを食べた中林は、歯に付いた海苔を楊枝

でこすり落としながら、まだラーメンをすすっている米沢に問いかけた。

「なぁ、この前の新幹線大惨事、どう思う? オレさァ、新名神で車が制御できなくな

って大破した事故と関連があるように思うんだよな。時間といい場所といい、近いだろ」

「そっすね、あれはどちらも、コンピューターの故障でしょ」

「それだけとも思えないんだ、変だと思わないか?」

「思いませんス」

 

 中林はテーブルに腕を乗せて体を突き出し、器の底をかきまわして麺をすくい取って

いる米沢の顔を覗き込んだ。

「お前最近、変わったんじゃねぇか、なんか気力が落ちてきてるような気がするぜ。な

んてゆうか、反骨精神がなくなってきているような」

「そうっすか」

「ほら、反論してこない」

「先帰っててください。俺ぁちょっと、ぶらぶらしてから帰るっス」

 その時、ふたりそれぞれの携帯端末が震えた。

[至急社に戻れ]

 中林は米沢と視線を交わすと、「大将、オレに付けといて」と言って、店から飛び出

して行った。米沢は水を口に含むとすすぐようにしてから飲み下し、ゆっくりと席を立

った。

 

 

 那覇空港を16時50分に飛び立ったMRJ90ER42便は、85席がほぼ埋まっ

ていた。遊び疲れたほとんどの人々は、伊丹空港到着まで眠っていようと、シートにも

たれ静かに目を閉じている。

 だがその時コックピットでは、電子機器との必死の格闘をしていたのである。

 離陸してから高度12000メートルで安定姿勢に入り、自動操縦に切り替えた直後、

機体は大きくカーブを描いたかと思うと、太平洋上を東へと進んだ。それに気付いた機

長は、航路を戻そうと必死の形相になって操縦桿を操っているのだが思うに任せないう

えに、副機長がとる管制塔とのいかなる通信も、遮断されてしまっていた。

 それでも飛行機は、安定した姿勢で飛び続けていた。

 

 

 防衛省に脅迫メールが届いたのは、MRJ90ER42便が離陸した直後であった。

 

「なんだって! 飛行機がここに突入してくるって! 冗談でしょっ!」

「いや、上の部屋(防衛省)の知り合いに用事があって尋ねて行った時にちょうど、そ

この広報室にメールが入ったんだ。今は大騒ぎをしている最中だ。メールの内容を聞き

出そうとしたんだが、相手にもされなかったよ。すぐに追い出された」

 それだけを伝えると古川主幹は腕組みをして窓辺に立ち、空を見上げて大きく息をつ

いた。

 

「たしかぁ、MRJは国産の小型旅客機スよね、このビルに激突したとしても、大した

被害にはならないと思いまっス。両方とも、強靭に設計されてますから」

「何言ってるんだよ、乗客は全員死んじゃうんだよ。確認したところ、ほぼ満席だそう

だ」

「はあ、そうっすね。気の毒に」

「キャップ、米沢、最近・・・なんてゆうか・・・少し変だと思いませんか?」

「ん? そういうことは、後だ」

 一瞬何かを考えたようだが、古川は気を取り直して指示を出した。

「おそらく他の通信社には、情報はまだ行っていないと思う。中林、君は上に張り付い

ていてくれ。脅迫文の詳細を何としても知りたい。それに対して、どういう動きを取っ

ているか、をだ」

「分かりました! 食らいつきますから、まかせといてください」

 中林はそのまま部屋を後にし、上階に急いだ。

 

 株式会社群馬フラワー農工は、群馬県館林市に広大な工場を有している。

 およそ2000平方メートルの敷地内に25階建ての人工小麦生育工場と、別棟で小

麦粉生産工場及び倉庫がある。

 アキアカネが群れ、高く低く飛び交っている。

 池村美穂が人工小麦生育工場のエントランス開閉認証装置に掌をかざそうとした時、

何かに誘うかのようにまとわりついていたアキアカネが、ポトッ、と音を立てて落ち、

内部の物がはみ出した。精巧カメラが内蔵されているロボットである。ロボットの出す

微弱な波長を捉えた、レーザー光線銃が撃ち落としたのだ。幾体かのアキアカネの形を

した機械の残骸を足元に見ながら、建物の中に入っていった。それらはお掃除ロボット

が回収し、解析部へ回されるはずである。

 

 企業は徹底した秘密主義で、同業のテクニックを盗もうと、鵜の目鷹の目で狙ってくる。

日本国内の同業社はお互いに切磋琢磨するために研修会で技術を公表することもあるが、

外国企業に対しては、堅固に秘密を守っている。それが、日本が独自に強くなった要素

でもある。

『水と食糧とエネルギーを自由に得ることが出来た国が最強となる』

時代なのだ。

 

 美穂は、エスカレーターで1階ずつ上がっていく。各フロアの周囲には、ガラス張り

の栽培室がある。階ごとに異なる生育状態の、背丈の低い小麦がぎっしりと並んでいる。

 ひと部屋ごとに設置してある、1枚の大きな板には多くの穴が開いており、その穴に

種を入れておくと背丈が伸びるにつれその板を上昇させて、茎をしっかり支える働きを

する。麦が成熟すると、刈り取り機が板の上を自走して、刈り取っていく仕組みになっ

ている。1台の刈り取り機が23階分を昇降する。刈り取った麦はダクトから1階に落

とされて、隣の工場へ運ばれる。

 それぞれの生育状態を管理するのが、美穂の仕事でもある。

 

 麺類向け、粉もん向け、パン向けなど用途によって微妙に生育条件が変わる。植物に

共通の三大栄養素、窒素・リン酸・カリウムに加え、微量栄養素を含んだ水耕栽培。

 LEDライトによる照射波長と照射時間、温度によって生育状態をすべて管理できる

のだ。それらの条件によって、味や粘り気などが変わってくる。天候に関わらず、年中

安定した栽培が可能である。

 それぞれの栽培条件と状態に異常がないことを確認して最上階の研究室に到着するま

でに、1時間近く歩いたことになる。

 ユーザーの要望はこまかく分化し、それらに応えるべく栽培条件の実験研究及び品質

管理は、どこまでも際限なく続いていくようだ。

 

「高島君、早いのね」

 クリーンルームウェアに着替え、エアシャワーを浴びて研究室に入ると、後輩の高島

忠雄は、すでに機器の調整をしながらデータを取っているところであった。

「お早うございます。社長が、部屋に来てくれ、と伝言して行きましたよ」

「そう、ありがとう。生育状態をひとつずつチェックしていたから。だいぶ遅くなって

しまったかな」

「大丈夫だと思いますよ」

「じゃ、ちょっくら行ってくるわ。後、よろしくね・・・何の用事かなぁ、面倒事でな

きゃぁ、いいんだけど」

 

 美穂は同じフロアの回廊を回って、反対側にある社長室の前まで行くとドアを軽くノ

ックしてから、ドア開閉認証装置に手をかざした。ドアは自動で開き、中に入った。

 応接ソファには社長と向き合って見知らぬ男が座っており、談笑している。

「おお、来たか。池村君、こちらは食糧庁情報管理局参事官の、犬山さんだ。栽培工場

を見学したい、とおっしゃってるんだが、案内してくれんかね」

「はい、承知しました。犬山さん、池村と申します」

 美穂は腰を曲げて挨拶した時に、テーブルの上に乗っていた袋に目が止まった。社長

の近藤は、その袋をあわてて作業着のポケットに滑り込ませた。白い粉をいくつかの小

袋に分けて入れてある外袋には、[XD‐16]というラベルが張ってあるのを彼女は

見逃さなかったが、何事もなかったかのように、「ご案内いたします」と言って、犬山

参事官にドアの方向を手で示した。

 

「ほう、まるで棚田のようだ」

 最上階には、1階と直通で繋がっているエレベーターがある。いったん1階まで下り、

エスカレーターに乗り替えて各階を案内していった。

「このように、成長段階によって適した照射光の波長と時間、温度を変えていけば、良

質の多くの実を実らせることが出来るのです」

「薬も使うのですか? 農薬など」

「いいえ、ここでは害虫は発生しないので必要なのは、わずかの水と養分のみです。あ

とはぁ~、オゾン水で殺菌していますから細菌類の繁殖もなく、全くの安心安全食品を

生産しているわけです。今や、どんな種類の果実や野菜でも、同じ方法で生産していま

すからね」

「年中、安定した生産ができるわけですね。世界には、飢餓で苦しんでいる国が多くあ

るというのに」

 美穂は少し顔をゆがめた。

「なぜ、もっと輸出しないのでしょう。生産技術も、広く世界に提供していけば」

「それは政府が決めることです」

 犬山はそれ以上言うな、というかのように美穂の言葉をさえぎった。

 

 

 その日、犬山を送り出した後美穂は、小麦粉生産工場に顔を出した。いつだったかそ

この廃棄物に混じって、[XD‐16] と書かれた透明の袋を見たことを思い出した

からである。

 そこにはやはり無造作に捨てられたのであろう、白い粉が付着したままの小袋の端が

覗いていた。袋にはなにも記されていなかったが、ポケットから薬匙と薬包紙を取り出し、

周囲に視線を巡らせて誰も見ていないのを確認した。かがんで、捨てられている袋の中

に付着している粉をかき取って薬包紙に乗せ、急いで折たたむとズボンのポケットにし

まい込んだ。

 その後管理事務所に行くと、管理者のみに与えられているパスワードを入力し、来客

情報を検索していった。美穂は3人のみの研究室の室長で、一応パスワードを与えられ

ている。

 

 犬山、という名前は、およそ6か月前に初めて登録されたらしい。その次にやって来

たのは、3か月前。

 前回、捨てられていた袋を見つけたのはいつ頃だったかを、思い出そうとした。梅雨

の最中だった、という記憶がよみがえった。

 そうだ、とても蒸し暑い日だった。「降るなら降るで、いっそいっきに降ってくれた

らいいのに」と、高島君とぼやき合っていたはずだ。その後小麦粉の品質確認のために、

工場に入ったのだ。

 それにしても、この粉はいったい・・・社長がなぜ・・・まさか、製品の中に投入した、

ということは・・・。

 

 美穂は、製薬会社で分析の仕事をしている学生時代からの友人、吉沢アオイに連絡を

取り、会う約束を取り付けた。連絡には細心の注意を払わなければ、どのようにして盗

聴されているか分からない。詳細は直接会ってからだ。

 

 防衛省広報室の部屋から見えるのは、青い空を背景に従え林立しているビル群ばかり。

そこにある建造物の窓は残光を赤く反射して、内部を覗き見ることは出来ない。

 あれらのビルの中に、人間はいるのだろうか。このビルに飛行機が激突するようなこ

とになれば、彼らはパニックになるだろう。

 今この部屋にいる人たちは、忙しく情報のやり取りをしているはずだが、静寂の中で

キーを叩く音がするだけである。

 ようやく席を立った男に駆け寄って、いったい何が起こっているのかを問い詰めた。

彼とは、飲み屋でよく一緒になる。

 彼は、やれやれ、といった表情で周囲に目を配り、彼の椅子を引いて、座れ、と手で

示すと、空いている椅子を引き寄せて腰かけた。彼が操作して示した、パソコンの画面

を注視する。目が釘付けとなり、唇をかみしめた。そして、恐ろしさに体が震え始めた。

 そこには、こう記されていた。

 

 

諸君、一連のゲームを楽しんでもらえているだろうか。いや、諸君がゲームに参加して

いたなどということには、気づいていなかったのかもしれない。

新名神高速道路での、自動車大破事故。東海道新幹線のフルスピードによる、脱線事故。

いずれも、これから起こるであろう出来事の、プロローグにすぎなかったのだ。

現在の舞台は、那覇空港を16時50分に発した、MRJ90ER42便、である。

搭載されているコンピューターは、乗っ取った。

我々の意のまま、である。そして諸君の意によって、その運命は決まる。同時に諸君の

運命も、だ。

我々の最終目標は、日本国の制覇、である。

手始めとして、我らの力をお見せしておかなければなるまい、と思ったわけだ。

20時に当機は、官庁が入っている東京港区のニュースカイビルに、突入する。その時

には、燃料が少なくなっている事が、君たちにとっては幸いなり。

お手並みを楽しみにしている。幸運を、祈る(笑)

 

 

 その年2035年の世界は、人口は100億人を突破し、海面上昇により居住可能面

積は大きく減少。内陸部で砂漠化が進む一方、洪水が頻繁に発生する地域も多くあった。

清浄な水が得られず、また食糧生産が出来ない国々が増えていたのである。

 そんな中日本では、海水の浸食で失った土地は多いが、人口はおよそ6000万人で

安定していた。沿岸部では海上交通が発達し、又お得意の技術力で、国土を浸食から、

長い堤防によって防護していた。

 農作物はすべて工場生産され、畜産・水産も徹底した情報管理のもとで、食糧自給率

は100パーセント。エネルギー供給は太陽光と、地中深く掘削して得た溶岩熱による

水蒸気発電。水蒸気発電に用いる海水は無尽蔵にあり、火山国であるがゆえに、溶岩熱

はいたるところから入手できた。

 何不自由なく生活できる日本で暮らす人々の状況は、世界中のほとんどの人々にとっ

て、羨望の的になっていたのである。内戦はなく、他国と国境を接しておらずこれとい

った紛争のない日本に、移住を希望する者たちがあふれ、日本政府はゆるやかな鎖国に

踏み切っていた。

 

 

「今、AI(人工知能)ジェット救助機の発射準備が整ったところだ」

「それで飛行機を救うことは、出来るのですか?」

「ああ、レーダーで当該機をキャッチすることが出来た。AIジェット救助機は、長さ

1メートルにすぎないが、強力推進力を有している。7機を当該機に密着させ、空軍基

地に強制着陸をさせる。ただ」

「ただ?」

「上層部は反対している・・・セキュリティを教える様なもんなんだ。奴らの狙いは、

セキュリティIDを入手することだと、考えられる」

「乗客を見殺しにする、ということですか?」

「ま、それも無理だ。このビルは、飛行機突入による衝撃に耐えるだけの強度はあるが、

実際に衝突されたら、乗客全員即死となる。そうすると、国民の非難を避けることはで

きないだろうからね」

 

 

 中林は、オフィスに戻り古川主幹に報告を終えると、そのニュースを配信した。

 空軍基地を発射した7機のAIジェット救助機は、レーダーが捉えているパルスを受

信しながらMRJ90ER42便を目指した。小笠原付近で機体を捉えると尾翼側に回

り込み、速度を合わせて機体の下部に3機、主翼に1機ずつと機体上部に2機が張りつき、

旅客機以上の推進力を発揮して航路を変更誘導した。

 政府は、MRJ90ER42便のコンピューターシステムがサイバー攻撃を受けたこ

とを公表したが、犯人側からの脅迫文についてはしばらく秘すことにして、救助のため

に最大の努力を果たしていることを強調した。

 国民は、その成否を固唾をのんで注視している。

 

 まもなく、テレビカメラが高度を下げつつ近づいて来た機体を捉え、その成り行きを

一部始終放映し続けた。

 機体下部に張り付いていたAIジェット救助機3機が順次離れて行くと、旅客機は再

び上昇し始めた。旅客機の車輪を出せないことを確認すると、一旦離れたAIジェット

救助機3機は旅客機の尾翼側に回り込んで、再び張り付いていった。

 そのまま旅客機の燃料が無くなるまで、飛び続けた。

 着陸寸前で、誘導し張り付いていたAIジェット救助機3機が小さい車輪を突き出すと、

旅客機は滑走路を滑るようにして走る。残る4機のAIジェット救助機が制動とバラン

スを保たせて、機体は静かに停止することが出来た。

 成り行きを見守っていた人々の間からは、涙やため息と共に、静かな拍手がわき起こ

っていった。

 

 警視庁サイバー捜査課では、防衛省から一時預かったパソコンから犯人の割り出しを

急いでいたが、成果が上がっていなかった。

「防弾ホスティング(匿名でサーバーを借り、IPアドレスを偽装)が今じゃあたりま

えですから、犯人を見つけ出すことなんか、出来るはずありませんよ。しかし、別の角

度からも捜査に当たっておりますから」

 中林と米沢はサイバー捜査課の定例記者会見に顔を見せ、捜査課長の今の発表に、中

林が疑問を投げかけた。

「最近の捜査は、甘いんじゃないですか。行き詰まるとすぐに打ちきっているように思

われるのですが。もっと食らいついてもらわないと、ターゲットは我々国民であり、す

でに多くの犠牲者が出ているんですよ。犯人は個人なのか組織なのか、あるいは国家、

という可能性もあるわけですからね」

「新名神高速道と東海道新幹線のスピードオーバーによる事故のことを指しているので

しょうが、コンピューターの不具合によるものと断定してきましたが、サイバー攻撃を

受けたことによるものかどうかについては、この前の脅迫メールにより疑いをもたれた

ということであって、今回の犯人がそれらの事故に便乗した、ということも考えられる

わけでして・・・そのぅですね、我々は慎重な裏付け捜査をもって、事に当たらねばな

らないわけでして」

「いい加減にしてください!」

 

「ま、ま、JNAさん、声を荒げずに。課長、先ほどおっしゃられた、別の角度からの

捜査、というのは、その内容と進捗状況は教えてもらえるんでしょうね」

「脅迫メールですよ。犯罪捜査に、文章の計量分析、というものがあります。例えば句

読点の付け方。出現頻度が多い安定した情報で、無意識にクセが出やすいものです。接

続詞なんぞもですが。すでに数十年に渡ってウェブ上の文章を収集分類していますから、

ネット上にあげられた文章であれば、ある程度の確度で持って、捜査対象を絞ることが

出来るわけです。今のご時世ほとんどの人々が、人生一度はなんらかの文章を載せてい

るわけですから」

 中林が勢いこんで、割り込んだ。

「それで捜査対象が絞られた、と」

 

 捜査課長は言葉を遮られたために、中林を睨みつけて、続けた。

「2010年から数年間、SNS上で小説を投稿していた人物がいます。自身では小説

家を名乗っていますが、名前はまだ伏せておきましょう。『友情はラブ?』などを中心

にボーイズラブ、などというものを書いていたわけですよ。ま、非常に短いので読んで

みましたが、非常につまらない内容にもかかわらず、懲りずにいくつものサイトに挙げ

ているんですな。ところが、2作のみですが、SFを書いている。そこに、出ていたん

ですよ」

 捜査課長は、そこに集まっている20人ばかりの人々にぐるりと視線を巡らせてから、

胸を反らせた。

「あった! 薔薇乃かおり、ですな」

 端末を操作していた男が言った。

「SFといえば、『中性子線被曝』と『終末戦争』。『終末戦争』は、執筆中、のまま

で終わってます」

 そこにいた人々が、端末を操作し始めた。

「薔薇乃かおり、という名前はペンネームですが、そこに、この脅迫メールと似た文章が、

載っているわけです。最後のほうの部分に」

「では犯人は!」

「ま、ま、その人物は大阪に今も住んでいますが・・・認知症でグループホームに、5

年前から。90歳のばあさんですよ」

「じゃぁ、それを読んだ人物だ」

「22年前ですからな、読んでいた連中も、中年ないしはかなり年くってる。ここ10

なん年ほどはアクセスもなく、実際アクセス数も小さいことからあまり読まれていなか

ったのでしょうが、それぞれを追っかけることも出来ない、時代遅れなシステムですか

らなぁ。という訳で、迷宮入り」

 集まっていた記者たちは囁き合った。

「やる気、ないんじゃないか」

 

「投稿しているサイトはいくつかありますが、そのひとつで、『中性子線被曝』にコメ

ントを寄せている人物がいますね。平岩隆、ですか」

「もちろん調査しました。本名は伏せておきますが本人いわく、ほぅ、ばれてしまいま

したなぁ。何を隠そう、私は亡国のスパイでして、などとほざいてましたがな。なぁあに、

現在、神社の総代を務めておりまして、祭りの準備に連日かかりっきりで、自動車と新

幹線の事故時には、役員たちとの打ち合わせをしておりました。ハイジャック時には、

太極拳の飲み会でした。爺さん婆さんばかりで平日が暇なんですよ。今70歳の爺さん

ですが太極拳の師範を務めていまして、面倒見がよく特に女性の、といっても銀髪の婦

人たちにですが、評判がすこぶる良い。本人はホラー映画などが好きで、今もいろんな

サイトに投稿していますわ。裏も取っております。よって完全に、シロです」

 

「ボス、22年前に穂高山中で放射能被曝をしたという話、聞いた覚えはありませんか? 

ウェブでは、見つけることが出来ませんでしたが」

「ウ~ん、放射能被曝はいろいろあったからなぁ、どうだろ」

 古川主幹は中林の話を聞いて、窓から空を見上げて考え込んだ。

「あったかもしれんな。だが放射能事故はその当時、詳しくは報じられなかったと思う。

うやむやのうちに忘れ去られていったんじゃないかな。22年前といえばぁ、2013

年か・・・富士山が世界遺産に登録されたり、東京オリンピックが決まって国中が浮か

れていた頃だろ。都合の悪いことは、見ない・聞かない・考えない、そして忘れる時代

だった」

「今もそうかもしれませんけどね。そういえば、米沢ばかりではなく警視庁の連中も、

なんかぁ、やる気が感じられなくなってきているんですよね」

 携帯端末に見入っていた古川が、顔を上げた。

「薔薇乃かおり、という人物はド素人作家だね・・・『中性子線被曝』、小説になって

いない、単なる報告書といった感じだが、『終末戦争』の導入部、まるで今のことを書

いているようだ。不思議だ。ほんとに時空の歪みなんぞ、生じたのかねぇ。この人物、

予知能力でも持っていたのかねぇ、不思議だ」

 中林の疑問は無視された。

 

 

 群馬県館林市駅近くのファミリーレストランで、美穂は友人の吉沢アオイと会って、

実験結果の報告を聞いていた。いかなる文書としても残してはいけない、と考えたから

である。

「せっかくの休みにごめんね。こんな所まで来てもらって、ほんとにありがとう。しか

も残業して、こっそり分析してくれたんでしょう?」

「そんなことはどうでもいいのよ。ねぇ美穂、この試料、どうやって手に入れたのよ。

普通、手に入れることは困難な代物よ。使い方によっては、毒になる」

「どういうこと? 白い粉末の正体はなんだったの?」

「XD16。前頭前野のすぐ後ろにある大脳基底核に側坐核というのがあって、ドーパ

ミンを分泌しているの。そのドーパミンの作用を阻害して、情動の働きを悪くする。そ

うね、例えば、無気力無感動を引き起こしやすくするわけ。働きの強い鎮静剤、てとこ

ろかしら。凶暴な人に投与して落ち着かせるために、開発されたの」

 美穂はうつむいて、テーブルの下で両手を強く握りしめた。

「ねぇ、どうして美穂が持っているのか、教えてくれない?」

「ごめん、今は、言えない。それより、料理が来たわ、お腹が空いたし、さ、食べよア

オイ。デザートも遠慮しないでね、高いのを注文していいから。ファミレスなのでしれ

てるけど」

 美穂は震える手でフォークとナイフを取り上げ運ばれてきたステーキを切り分けると、

アオイに動揺を勘繰られないように、食欲旺盛であるかのようにして食べた。

 

 

 美穂は、幼馴染の米沢博文に会うことにした。東京でジャーナリストとして働いている、

と聞いていたからである。東京にはほとんど出てくることはないが、米沢はきっと忙し

いに違いないと思い、勤務先の配信社が入っている、ニュースカイビルの入口で待ち合

わせた。

 

「ヒロちゃん!」

 米沢がエレベーターから姿を現すと、すかさず手を振って合図を送った。

「よっ」と、軽く手を上げてにこやかにして足早にやって来ると、「そこの店に行こう

っか」と率先して歩いて行った。

 お互いの近況を交換し、軽く昔話で笑い合った後、「ヒロちゃん、頼まれてほしいこ

とがあるの」と言って、強い視線を注いだ。

「なんだよっ、結婚してくれ、ってのか?」

 軽く笑ってから表情を引き締めた。

「まじめで重要なことなの。絶対に秘密・・・最近、東京の人たちに変化はない?」

「いっきなり難しい質問だな。俺は気にしていないんだけどさ、先輩から、お前、最近

気力が劣ってるぞ、って言われるっけど・・・さあて、どうなんだろな」

「そういえばヒロちゃん、子どもの頃、ラーメンが好きだったね。今でもよく食べるの?」

「もっちろん。ラーメンなしの生活なんぞ、考えられねェ」

「ねっ、ヒロちゃん、その先輩に会えないかなぁ」

「会いたいのか? ひっさし振りのデートなんだぞ」

「お願い、ねっ」

 美穂は手を合わせて、拝む格好をした。

 

 

 初対面の中林に美穂は、他に相談相手もいないことから、口外しないことを約束させ

て語りだした。

 ラーメンの原料である小麦粉に薬品が混入されているらしい、ということ。

 誰が?・・・食糧庁情報管理局犬山参事官の依頼で社長が。ただし、現場を見たわけ

ではない。

 どんな薬品?・・・XD16といって、脳内のドーパミンの作用を阻害して情動の働

きを悪くし、例えば無気力無感動を引き起こしやすくする作用がある。

 なんのために?・・・わからない。

 

「最近感じたことだけど、米沢を含めて、警視庁の連中など、確かにやる気を無くして

いる、というか、批判的に物事を考えるということをしなくなっているようだ。ん? 

奴らもよく、ラーメン食ってるな」

「わが社の出荷先は関東一円、そして東京近辺で売られているラーメンには、原料とし

て使われていることを突き止めました。他社の状況はどうなっているのか分かりませんが、

頻度からみて、まだ実験段階ではないかと考えています」

「政府が関与しているのかということ、目的など、あなたからは調査できないのでしょ

うか。例えば、盗聴という手段で」

「社内のセキュリティは完ぺきなんです。でも少なくとも、目的は知りたいですよね。

そして、ラーメンを食べるな、というキャンペーンなどを」

「今の段階では無理です。もっと確定した情報でないと、あなたが逮捕されかねない」

「そうですね。何か方法を考えてみます」

「十分過ぎるほど気を付けてください。私の方は、食糧庁に探りを入れてみましょう。

情報をありがとう」

 これといった方法が見つからないまま、時間ばかりがむなしく過ぎ去っていく。中林

からは、無気力な人々は大都市圏に広がりを見せ始めているらしい、という情報が入った。

 冷え込みが厳しい季節になっていた。風が、美穂の羽毛コートの裾をまくしあげんば

かりに、渦巻くように吹き付けていた。工場の敷地に入ろうと閉じられた門に近づくと、

そこから急いで立ち去ろうとする若者とすれ違った。門内を覗き見ていたように思った

ので、その背中に声をかけた。

「何か、ご用でしたか?」

 背がこわばり一瞬躊躇した様子を見せたが、立ち止まって振り返ると話しかけてきた。

「この工場の方ですか?」

「ええ、あなたは?」

「この工場は、全国にあるのでしょうか?」

 何を聞き出そうとしているのか、その目的が分からなかったが、思いつめた様子の若

者を見て、思わず切り出していた。

「あのぅ、私の部屋に一緒に来ませんか。ここでは、あまり話が出来ないんです。盗聴

されたり監視されたりしていますから。おそらく、あなたが門内を覗いていた映像が残

っていることでしょうし・・・やばいんじゃ、ありません?」

 美穂は自動認証開閉装置に掌をかざし、脇にある通用門の方を押し開くと、自分の研

究室まで若者を誘導して行った。

 

 

「さて、お話を伺いましょうか。まずは自己紹介してください」

 コーヒーを入れたカップを彼に勧めて、向かい合って座った。部屋には他にいない。

自分の代わりに、小麦の生育状態をチェックしに行ってもらっている。1時間は戻って

こないだろう。ここへは、直通エレベーターで上がって来ている。

「入れてくださり、ありがとうございます。中島仁、といいます。家は名古屋にあって、

旅行業を営んでいます。主に宇宙旅行ですが」

「宇宙旅行ですって! すごい、行ってみたいなぁ」

 

 

 中島宇宙旅行クラブは秋田県能代にロケット発射場を持ち、地球の無重力圏体験をし

ようという乗客を運ぶだけでなく、定期的に月旅行も計画実施していた。38歳になる

中島仁は、父の起こした会社でパイロットをしているが、ロケット開発に携わると共に、

宇宙物理学者に付いて観測を手伝ってもいる。特に、地球型惑星の探索、である。

 

 

「仕事のついでに、昔から気になっていたことがあって、青森の六ケ所町に寄ったんで

す」

「ああ、原子力廃棄物処分場を建設しているところですね。20年以上もかけています

よねぇ、中断していた、とも聞いていますが。そこは、村から町になっていたんですか」

「泊まったホテルのレストランで、気になる話が耳に飛び込んできて」

「どんな?」

「地上から40メートル下の部分に、巨大都市を作っている。そのことは、前から推測

していました」

「ち、ちょっと待って。巨大都市? 地下40メートルに?」

 仁は視線を当てたまま、ゆっくりと相づちを打った。

「そこで生活する人のために必要な工場が、水生成などですが。そしてご存じかも知れ

ませんが、小麦生産に群馬フラワー農工、つまり、ここが担うことになっているようです。

それを話していた人物が、ここの社長近藤と食糧庁の犬山、という人です。実はホテル

の人に嘘をついて、名前を聞き出したんだ」

 美穂は口を開けたまま、言葉が出てこなかった。宙に眼球を迷わせ、ようやくにして

言った言葉。

「知らなかった、そんなこと・・・それで、確認を取りに来たってわけね・・・あなた、

『中性子線被曝』という小説、知ってる?」

 今度は仁が、宙に眼球を漂わせた。しかし、きっぱりと言った。

「いいえ、知りません。どんな内容でしょう」

 美穂はパソコンを起動させ、それを示した。

「短いからすぐに読める。読んでごらんなさい。私もある人から教えられたの」

 

 

 仁はその小説を知っていた。子供の頃から、SF小説を夢中になって読んだ。ジュー

ル・ヴェルヌの描く世界に陶酔し、自分でも真似ごと程度に書いて小説投稿サイトに挙

げた。その頃に出会ったのが、薔薇乃かおり。ボーイズラブを書いている彼女の作品を

読むことはなかったのだが、突如SF掌編としてアップした作品を読んで、びっくりした。

そこに描かれていた徳沢には、自分もいた。ヘリコプターが飛んできたのも知っている。

だが、詳細は知らなかった。

 しばらくしてからさらにアップされたSF小説は、執筆中のままで止まっていた。そ

こで、メッセージを送った。

[続きを書かないのですか? 楽しみにしています]

 返事が来た。

[読んでくださりありがとうございます。科学は苦手で、どういうふうに話を進めたら

よいのか分からなくて、削除しようと思っていたところです]

[このままでいいので置いておいてください。わがまま言って申し訳ありません]

 こんなやり取りをした。そして念のため、それらをコピーしておいたのである。

 仁はアクセス数を見た。思った通り、最近再び読まれ始めていた。

 

 食糧庁を中心に官庁に探りを入れていた中林は古川主幹から、調査をやめるように、

との命令を受けた。

 これ以上続けていると秘密保護法に触れ、逮捕されかねない。同時に職を失うはめに

なるぞ、と脅されたのである。上の立場にある人から脅されて言ったのは、明らかだ。

いつもの自信にあふれた目力がなかったからである。

 あの小説にあったように、いよいよ日本でも戦争が始まるのかもしれない、という懸

念を抱いた。

 そんな時に、美穂から重大な報告を受けたのである。

「その中島君に会ってみたいね。近藤社長と犬山参事官がどんな話をしていたのか、詳

しく聞きたい。愛知でも秋田でも青森でも構わない」

「分かった。私もも一度会っておきたいから。また連絡するわ」

 

 

 中林は、六ケ所町で建設が進んでいる、原子力廃棄物処分場について調査した。原子

力発電は、日本では廃止されている。今では、56基すべての稼働は止まっているが廃

炉が手に負えず、そのまま放置されていたのである。周囲は厳重な壁で閉ざされて監視

され、ごく一部の関係者しか入れないようになっている。核燃料等は、そこに残されて

おり、一部の発電所では、未だに冷却は続けられている。しかし世間では、全く問題に

されなくなっていた。存在そのものが、忘れ去られていたのである。

 

 大方の雪が融けた頃、建設現場に足を運んだ。

 そこでは大手ゼネコンを中心として、中小の、実に多くの会社が出入りしている事が

分かった。考えられないほどの大量の土砂が海に捨てられ、地元の噂を拾うと、なるほど、

巨大都市が建設されている事実が浮かび上がって来た。

 資金は、それらの会社の裏金による。集めた情報では、武器製造に必要な部品を作っ

ている、多くの会社の名前があった。

 筋書きが見えてきたように感じた。

 

 

 視察後中林は、月旅行から帰って来た中島仁と能代で、池村美穂を交えて会った。

 彼の会社のロケット発射場に、ロケットの姿はなかった。

「ロケットは格納庫に収納しています。ご覧になりますか?」

「わおっ、見たいわっ」

「そうだな、後で見せてもらおうか。それより、確認したいことがある」

 誰もいない、雑多な機器類が置いてある、実験室のようなところで話をしていた。

 

 

「中島君は、コンピューターには詳しそうだね」

 仁は黙って、中林の顔を見ていた。

「新名神を走っていた車、東海道新幹線、それらのハッカー行為。それからハイジャック、

もだ。君がひとりでしたことではないのかい?」

 仁は視線を落とした後、目、だけで笑って言った。

「分かってしまいましたね。警察に引き渡しますか?」

 中林はそれには答えなかった。

 

「理由も考えてみた。君は、薔薇乃かおりが書いた、『中性子線被曝』に、注目を集め

たかったんじゃないか、と」

「フフ、その通りです。でも、思ったほどではありませんでした。あと6年しか残され

ていないんですよ。人類が死滅するまでに。日本の、日本の政治の上層部にいる人だけ

が助かろうとしている、というのに。もっとマスコミが、捉えてくれると思っていました。

それと、セキュリティーの甘さを教えたつもりです。亡くなった方々には、申し訳ない

ことをしてしまいましたけど」

 最後の方は、消え入りそうな声になっていた。

「残念だったな、時期が悪かったんだよ」

「どういうことですか?」

 

 美穂が後を引き取った。

「群馬フラワー農工のシステムが、六ケ所町に建設中の、地下都市に採用されたようなの。

そのきっかけは・・・言いにくいんだけど・・・政府の陰謀に、社長が協力していたら

しい」

 仁は怪訝な表情を浮かべて、美穂を凝視した。美穂は一旦うつむき、上目で中林の様

子をうかがってから続けた。

「初めは、ラーメン向けの強力粉だけ、だった。ところが今では、すべての小麦粉にね

・・・気力や批判的に考える力を奪ってしまう薬品が、投入されていて。阻止できないか、

と考えたんだけど・・・」

 沈黙が支配した。

 

 仁がそれを破って、裏返ったような声で言った。

「やっぱり、世界戦争が起こって、核爆発の連鎖が生じて、人類は滅亡してしまうんだ。

時空の歪みが生じて・・・その情報を22年前に、政府が手に入れていたというのは、

本当だったんだ」

「だがまだ、阻止する手立てがある。俺は、ジャーナリストだ」

「どうして戦争がなくならないのかしら。人殺しがまかり通っているなんて」

「戦争は、儲かるんだよ。武器商人にとっては勿論のこと、政府にとっても、表向きは

平和を口にしていても、武器商人からもたらせられる莫大な利益がある。しかも雇用が

生まれる。経済立て直しには、もってこいだ。だからほとんどの国は、どこかの紛争を

後押ししたがる。自国に影響が及ばない程度に。戦争というものは社会にとって、必要

悪なんだ」

「男にとっては、お金や名誉、地位など、目の前の欲望を達成することが生きがいなん

でしょう? でも女は違う。特に子どもを持つ女性はね、いつも子どもの未来に目を向

けているのよ。中林さん、日本が戦争に巻き込まれないで済む手立てって?」

「現状を伝えることだ。すべての人間が無気力になったわけではない。我々のように。

今この国で、何が生じているのかを、世界の現状を、正しく認識させることが出来れば

・・・まだ、6年ある」

 

 

 しかし、中林が発信する情報は、ことごとく消されていった。

「中林、話がある」

 古川主幹に呼ばれて言い渡されたのは、解雇通告だった。

 それでも真実を発信し続けた。が、なんの反応も得られなかった。

 

 

 美穂は、薬品混入に気付いた時点で、もっと積極的に行動を起こさなかったことに、

ほぞを噛んだ。そして会社を辞め、仁の、宇宙へ脱出する計画を手伝った。居住性の高

いロケットが完成しつつあった。

 

 

 相変わらず、日本政府のセキュリティーに対する認識は甘く、ついにレーダーを突破

した他国のAI(人工知能)無人戦闘機が、軍基地を攻撃し始めた。彼らは、人間の生

存に必要な工業技術を世界に公開するように求めたが、日本政府はこれを拒否したから

である。

 あくまでも、世界の中で優位性を維持することを選んだ。

 

 

 AI無人戦闘機は、無差別に殺戮を始めた。人工知能は勝つために、得られた情報か

ら次々と、プログラムを自動で書き換えていく。

 中林はそれでも情報を発信し続けるために、戦闘の影響のない奥深い山中に施設を建

造し、避難した。

 中林の動静は公安には筒抜けであったが、政府は、密かに便宜を図るように指示を出

していた。場所を提供したのは、実は政府の導きでもあったのである。

 徳澤園から前穂高岳に向かう熟練クライマーの基地、奥又白池周辺である。

 

 

「池村さん、一緒に来ていただけませんか?」

「ごめんなさい。私、中島さんに従って」

「宇宙に行っても、生きられっこありませんよ」

「分かっています。でもね、地球の、人類の最期をこの目で、見ておきたいの」

「オレは、愛する大地の上で、愛する家族や仲間たちと死にます」

 ふたりは固く握手をして、異なる道を選んだ。

 

 2042年8月7日は、梅雨が明けた後の晴天が続いていた。

 秋田県能代から、ロケットが打ち上げられた。

 中島仁と池村美穂、他に数人の技術者。そして彼らは馬、犬、猫達をつがいで乗せて

いた。もちろん、人型ロボットのアンドロイド数体を伴っている。

 国々が競っていた宇宙コロニーの建設は、様々な障害を克服できずに実現しなかった。

 宇宙をさまよって、生き続けられる可能性は低い。

 衛星軌道上を数周回った後推進力を上げると、ロケットは地球圏外へ出た。

 搭乗者はシートに固定されたままで、カメラが映し出している地球から目を離せない

でいた。

 

 

 白い雲がところどころで湧きあがり、青く輝く地球は美しかった。

 その中で緑色におおわれた、日本のちっぽけな姿。

 地球の上に、境界線などなかった。ただ海や川、山でわずかに隔てられているだけだ。

 日本の太平洋側の一地点、おそらく浜岡原発だろう、静岡あたりから白い煙が上がった。

放射性物質を多量に含んだ水蒸気かもしれない。数分後、日本海側の数地点からも。さ

らに中国、韓国、ロシア。それは地球上すべての原発に、波及して行っていることだろ

う。

 数時間後、白い煙におおわれてしまった闇が広がる日本で、太陽の光のように、目を

射抜くほどの閃光を放った地点があった。

 

 

「さよなら。人類は滅亡しても、地球はなくならない。再び戻って来ることが、出来る

かしら」

 美穂の目にも、光るものがあった。

 


 
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