No.390074

黒髪の勇者 第二編 王立学校 第五話

レイジさん

第二編第五話です。

来週は予定があるので更新できないかもしれません。。
よろしくお願いします。

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2012-03-11 10:11:21 投稿 / 全1ページ    総閲覧数:363   閲覧ユーザー数:360

黒髪の勇者 第二編第一章 入学式(パート5)

 

 入学式は一年ぶり、か。

 入学式を直前にして詩音は初めて着用する王立学校の制服に袖を通しながら、そのようなことを考えた。日本の高校生としての入学式は昨年の四月に済ませてはいるが、まさかこの一年の間に異世界へと紛れこみ、そして再び入学式を迎えることになるとは一体誰が想像できたというのだろうか。

 とはいえ、異世界の入学式がどのようなものであるのか、ちょっとした興味は詩音にもある。日本の入学式のように形式だけを重視した、欠伸が出るほどに退屈なものではないことを切に祈りながら、着替えを済ませた詩音は食堂へと向けて歩き出した。

 「おはよう、シオン。」

 食堂に入ると、既にフランソワはテーブルに腰を降ろして食事を始めているところであった。四人掛けのテーブルには他に二人、昨日出会ったウェンディとカティアの姿も見える。私服だった昨日とは異なり、全員が既に制服を着用していた。

 「おはよう。」

 軽く手を振りながら女性陣にそう言った詩音はいそいそとカウンターへと向かった。朝食のメニューはパンが中心ではあったが、隅に置いてあったリゾットの存在に気付いた詩音はそれを少し多めに盛り付けた。出来る限り米を食べようとしてしまうところは日本人としての性としか言いようがない。

 「よく寝られた?」

 フランソワ達が食事を進めていたテーブルへと辿り着くと、フランソワが食事の手を止めてそう訊ねた。

 「おかげさまで。」

 「入学式から睡魔に負ける訳にはいかないよな。」

 早朝からボリュームのある食事を摂っていたウェンディがそう言った。流石に貴族らしく、食べ方は丁寧ではあったが。

 「そう言えば、本日の入学式はビアンカ女王がご参列されるそうですね。」

 ウェンディとは対照的に小食らしいカティアが、ちぎった丸パンにバターを塗りながらそう言った。

 「それ、本当?」

 驚いた様子で口を開いたのはフランソワだった。

 「昨日、そんな噂が流れていたわ。フランソワは聞いていない?」

 「全然。でも、来られるならご挨拶に行かなければ。」

 「挨拶?」

 フランソワの言葉に、リゾットを飲み込んだ詩音がそう訊ねた。リゾットも悪くないが、そう、白米が食べたい。焼き魚付きで。

 「一応遠縁にあたるからね。幼い頃はお世話になったし。」

 「フランソワも昔は、王宮暮らしをしていたクチかな。」

 今度はウェンディがそう訊ねた。厚めに切ったハムを豪快に咀嚼した後である。

 「ええ。十年ほど前、数年間だけ。」

 「公爵家はどこも一緒だね。私も幼いころはフィルバニアで暮らしていたから。」

 フィルバニアとはフィヨルド王国の王都が置かれている場所である。

 「身分のある人は大変ね。」

 くすり、と笑いながらカティアがそう言った。

 「ああ。一応国王の血族に当たるからな。万が一の為に早い段階で王宮暮らしを経験させるそうだ。」

 肩を竦めながら、ウェンディが答える。

 「どんな人なんだ、ビアンカ女王って。」

 続けて詩音がそう訊ねると、フランソワが一度フォークを止めて、少し考えるようにそうね、と言った。

 「素敵な方よ。少し、男勝りだけれど。」

 そう言えばビックスも同じようなことを言っていたな、と思いながら詩音は軽く頷いた。一体どう男勝りだというのか。女王というから統治権は有しているだろうが、まさか自らで戦場に立つという訳ではないだろう。相当厳しい、現代日本でいうならキャリアウーマン風の女性だろうか、と詩音は想像しながら、詩音はリゾットをもう一口、口に含んだ。

 

 やがて食事を終えると、詩音とフランソワ、そしてウェンディとカティアは揃って入学式に出席するために席を立った。会場は本館の大講堂である。寮棟と本館には渡り廊下というような便利なものが存在してはいなかったから、一度ミッターフェルノ広場へと出て、そこから本館へと向かう必要があった。詩音達と同じように、入学式に向かう新入生の姿も散見される。

 その時であった。

 「これはこれは、フランソワ殿ではありませんか。」

 至極丁寧な文面とは異なり、湿っぽく嫌味に御満ちた言葉がフランソワに掛けられた。口元を嫌らしく歪めた男子生徒である。一人ではなく、五名の集団であった。新入生らしからぬ落ち着きから推測すれば、おそらく上級生に当たる人物なのだろう。その中央にいる、いかにも良家の出身という様子である男が、一歩を踏み出して今一度口を開いた。

 「さて、ご希望の魔術科には入学できたのかな?」

 フランソワがその言葉を耳に収めて息を飲んだ。途端に空気が固まる気配が詩音に伝わる。一方、どうやら口を開いた男子生徒の取り巻きらしい他の男子生徒は、わざとらしく、そして卑屈に哂い始めた。

 「貴方には関係ないわ。」

 努めて無視するように、吐き捨てるようにフランソワはそう答えて、詩音の袖を摘まみながらこう言った。

 「急ごう、シオン。入学式が始まるわ。」

 ああ、と頷きながらフランソワと詩音が歩き出した時。

 「さて、奇妙な客人を従えていますね、フランソワ殿。貴族には相手にされないと、平民に手を出したのかな。魔術を使えないとは、本当に苦労されることだ。」

 「お前。」

 もう一度脚を止めて、俯いたフランソワの代わりに言葉を発したのは詩音である。

 「それ以上言うな。」

 魔術師の地位がどれ程のものなのか、それは詩音にはどうにも理解しがたい。だが少なくとも、フランソワが魔術に関してコンプレックスを抱えている事は紛れもない事実であり、そして何よりもフランソワを傷つける人間がいるなら誰であっても許さない。

 海賊退治の時に、決意したことだ。

 「君は剣士かな。立派なタチだが、僕に敵うとでも?」

 男子生徒はそう言いながら、懐に手を伸ばした。あの男が魔術師だとすれば、おそらく懐にはワンドが握られているのだろう。

 「別に。喧嘩程度で太刀を使うつもりはないね。」

 本気でやりあえば殺してしまう。それが詩音には恐ろしかった。いくらなんでも、殺される程の事をこの男がやった訳ではない。木刀も持ち歩かないとな、と詩音が考えて、形ばかりだが徒手空拳の姿勢を構えた時である。

 大きく、チャイムが鳴り響いた。

 「シオン、そいつを懲らしめるのは入学式の後でもいいんじゃないかな?」

 不敵に笑いながら、ウェンディがそう言った。いつの間にか、その手には木製のワンドが握られている。ウェンディもやる気だったのかと思い、詩音は何か可笑しさを感じながら微かに笑った。

 「勝負は後日。」

 「命拾いしたな。」

 詩音の言葉に、男子生徒が見下すような口調でそう言った。それを無視して、詩音はフランソワの腕を掴む。

 「急ごう、フランソワ。」

 その言葉にフランソワは、面を下げたままで小さく頷いた。そのまま、詩音はフランソワの右腕を握りしめながら本館へと向けて駈け出す。もう他の新入生の姿は見えない。詩音達以外の全員が既に大講堂への入室を終えているのだろう。事実、本館一階にある大講堂の入り口では教員らしい女性が気をもむような態度で詩音達を待ち構えていたのだから。

 「貴方たちが最後ですわ。入学式から遅刻なんて。」

 呆れるように教員がそう言った。すみません、とウェンディが答える。

 「とにかく、すぐに中に。もう入学式が始まります。」

 そう言われて詩音たちは大講堂へと駆けこんだ。前方は既に座席が埋まっている。学科ごとに席が分かれてはいないのだろうか、と詩音は頭の片隅でそう考えたが、それを確認する時間は残されていないらしい。席はおそらく百名程度。詩音自身もテレビでしか見たことがないが、大学の講義室と言えばこんな雰囲気なのだろう。

 「では、入学式を開始致します。」

 詩音たちが最後尾の席を確保した直後に、演壇へと上った男性教員がそう言った。マイクという技術があるはずはないのに、妙にはっきりと声が聞こえる。魔術の類だろうか、と詩音は考えた。

 「始めに、学校長であるクラウス=ヨークシャー=リーズよりご挨拶をさせていただきます。」

 どうやら日本と同じらしい。

 司会の教員と入れ替わりに、意気揚々と登壇した老人の姿を見ながら、詩音は心の奥深くからそう考えた。


 
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