No.379929

黒髪の勇者 第二編 王立学校 第一話

レイジさん

ということで先週はお休み頂きました☆
今週から第二編のスタートです。
よろしくお願いします。

第一話はこちらからどうぞ

続きを表示

2012-02-18 21:24:32 投稿 / 全1ページ    総閲覧数:372   閲覧ユーザー数:363

【PR】賞金総額100万円! Renta!タテコミ大賞!大賞受賞作家はRenta!で連載!

黒髪の勇者 第二編 王立学校

 

 振り上げた剣が、海賊の頭蓋を叩き割った。

 そこから噴き出した血流の奥、ちらりと見えた人間の、脳髄。

 一人、殺した。

 詩音がそう考えて唇を噛みしめた時、もう意識は無いはずの、頭を叩き割られた死体の瞳がぎろりと、詩音を睨みつけた。

 恨めしそうに、呪うように。

 そして、その死体は、呻くようにこう言った。

 「ヒトゴロシ。」

 

第一章 入学式

 

 目覚めは今日も最悪だった。

 恐怖に跳ね上がるように詩音はベッドから上半身を起こして、荒い吐息を漏らしながら瞳を見開く。

 「夢、か。」

 そう言いながら、詩音は動悸を抑えるように深く息をついた。

 海賊退治から既に半年近い日々が流れた、早朝のことである。秋口にミルドガルドに迷い込んだ詩音はそのまま、地球への帰還への手がかりもないまま冬を迎え、新しい年を迎えて季節は既に春先へと差しかかっている。その間、新たな海賊の襲撃もなく、フランソワも詩音も平穏に満ちた生活を過ごしていた。

 ただ、未だに時折夢に現れる、初めて人を斬った時の映像に悩まされること以外には。

 そこで詩音はもう一度、深い溜息を漏らした。あの時は、戦うしかなかった。そうしなければ、フランソワを救えなかった。

 その言葉は自身で言い聞かせるだけのものではなく、フランソワからも、ビックスからも、その他の詩音に関わる全ての人からも言われたことでだった。フランソワだけではない。フランソワと同じように連れ去られた娘の両親や、その夫から何度も感謝の言葉を告げられた。財宝を盗まれた富豪からは、謝礼とばかりに金一封まで頂戴している。

 皆、自分の活躍に感謝している。

 それは理解していても、どうしても人を殺したという罪悪感と、斬った瞬間の衝撃が今もなお、詩音の心を深く蝕んでいた。

 紅茶でも、飲もう。

 食欲はどうにも湧かなかったが、朝一番の紅茶がささくれた神経を宥めてくれることには変わりはない。詩音はそう考えてベッドから降り、窓に近付いてカーテンを思い切りの良い動作で全開にした。すぐに飛び込んできた、春の柔らかな日差しを身体全身に受け止めながら詩音は簡単に着替えを済ませる。

 その途中で、詩音はオーエンから譲り受けた太刀を手にして、僅かの間沈黙した。今では木刀の代わりに太刀を佩くことが常となっている。正直、木刀とは違い、太刀を佩くことは詩音にとっても心の重たい行為ではあったが、このミルドガルドにおいて、詩音が万が一の時に対応するには太刀を身につける以外の方法がない。

 改めて、詩音は嫌な因果を感じながら太刀をその左腰に括りつけた。そのまま、食堂へと向かって歩き出す。

 始めはその余りの広さに困惑したシャルロイド公爵家の館ではあったが、流石に半年も生活の場として過ごしていればどこに何があるのか、手に取るように理解することが出来る。ビックスの助けを借りずとも迷うことなく食堂に辿り着いた詩音は、そこで長い髪を一括りにした青年に声を掛けられた。

 「早いな、シオン。」

 元海賊であるシアールである。あの戦いの後、シアールはアウストリア公爵にその剣技を認められて、詩音と同じように食客として公爵家に居残る事になった。というより、シアールや詩音のような外部の人間が多数館をうろついている所を見ると、アウストリアは元々人を囲うことを厭わない人間であるのかも知れない。

 「おはようございます、シアールさん。」

 詩音はそう答えると、食堂の奥にあるカウンターから紅茶を一杯注ぐ。まだ早朝であるせいか、シアールの他に人の姿は見えない。執事メイド連中は公爵一族の朝餉の準備にかかりきりである時間帯であるし、衛兵連中の交代時間にもまだ早い。あえて他の座席に身を置く理由もなく、詩音はそのままシアールの向かいに腰を下ろした。

 「紅茶一杯で足りるのか?」

 シアールはそう言いながら、片手に掴んだ丸パンを噛み切った。

 「まだ、食事の時間には早いですよ。」

 自身の食欲の有無はさておき、詩音は苦笑しながらそう答える。料理人の数がそれほど豊富ではないシャルロイド公爵家では、家臣や食客の食事は公爵家の食事が一段落した後と決まっている。シアールが口にしているパンも、おそらく調理場から無断でくすねてきたものだろう。

 「違いない。」

 シアールも苦笑いしながらそう言うと、残った丸パンを全て口に放り込んだ。そのまま、小気味よく咀嚼してゆく。

 「しかし、どうにも退屈だねぇ。」

 やがて丸パンを飲み込んだシアールはふんぞり返えりながらそう言った。

 「そうですか?」

 「何しろやることがねぇ。一応衛兵の訓練なんて担当しているが、訓練は所詮訓練。実戦に勝るものはないな。」

 「実戦、ですか。」

 平然とそう言ったシアールに対して、詩音はまるで敵わないな、と考えた。未だに半年前の、そして詩音にとって唯一の実戦にうなされているのだから。

 「俺は元々傭兵だからな。基本的には毎日が戦だ。生きるか死ぬか。そう言った世界で過ごしていりゃ、半年も戦がないなんて平和すぎる。」

 シアールはそう言いながら、腰に佩いた刀を軽く掴んだ。

 「そういえば。」

 その刀を眺めながら、詩音はそう言った。

 「その剣、どこで手に入れられたのですか?」

 僅かに反りの入った刀をシアールは愛用していた。だが、太刀とは少し形状が違う。湾曲は太刀よりも緩やかで、どちらかというと打刀に近い。それでいて柄の部分は円形ではなく、西洋剣のように側面に伸びている刀であった。その問いに対してシアールはああ、と頷くと、口を開いた。

 「これは倭刀という刀だ。なんでも東方の刀らしいが。」

 「東方の、ですか。」

 この世界では未だに正確な世界地図が作成されてはいない。以前フランソワから教わった限りでは、ミルドガルド東端から広がる草原地帯には国家を持たない遊牧民がその生活を営んでおり、そこから更に東へと向かうといくつかの大帝国と、大陸沿いにある島国が存在しているらしい。ちなみに今詩音が飲んでいる紅茶はその大帝国の一つ、ムガリア帝国からの輸入品である。

 「実はこの刀の出所は俺も詳しくはない。以前グロリアで傭兵をしていた頃に、ある人物から預かったものだからな。」

 シアールはそう言いながら、何かを懐かしむように軽く瞳を細めた。

 「グロリア王国というと、滅亡した?」

 詩音がそう訊ねると、シアールは僅かに表情を曇らせながら頷いた。ミルドガルド大陸東端に位置するグロリア王国は、数年前に復活したビザンツ帝国の手により滅亡の憂き目にあっている。

 「その時、俺はグロリア王国軍と共に帝国軍と戦ったんだ。今から考えると、よく生きていたと思える戦いだったぜ。とにかく、その時グロリア王国の奴に懇意にされていてな。報酬替わりという訳じゃないが、この倭刀を預かった訳だ。」

 「帝国軍、ですか。」

 グロリア王国滅亡後、ビザンツ帝国はその動きをぴたりと止めてしまっている。巷では新たな戦を計画しているという噂が絶えないが、それを確認する術は今の詩音には用意されていない。

 そもそも、ミルドガルド大陸は信奉する宗教の違いから、文化的に東西に二分されている大陸である。

 まず西側、シルバ教国とフィヨルド王国はヤーヴェ教をその国教として定めている。対して東側、ビザンツ帝国とコンスタン王国、そして滅亡したグロリア王国はルグ教を信奉していた。この違いは詩音にはどうにもなじめないものであったが、ヤーヴェ教がミルドガルド大陸の創世神であるヤーヴェを信奉している事に対し、ルグ教が太陽神ルグを信奉しているという違いがあるに過ぎない。勿論、フランソワの話によれば教義から教会組織まで、全てが異なる宗教であるということではあったが。

 唯一の例外がアリア王国で、ミルドガルド大陸では唯一の多神教を崇拝している国家であった。便宜的にアリア教と名付けられているその宗教はそもそも自然発生したシャーマニズムにその原点を置いており、事実としてアリア王国の宗教に正確な名称は存在していない。八百年前の勇者である義経の影響の程は分からないが、日本の八百万の神の定義に近い、ムルトゥムの神々と言う言葉がアリア教を端的に表していると言えるだろう。そのアリア教においては創世神ヤーヴェも太陽神ルグも同列の神という価値しか存在しない。だからこそアリア王国はミルドガルド大陸でただ一国、国教が指定されていない国家であり、それが為に多国間貿易を生業とするアリア王国の経済発展に少なくない影響を与えたのである。

 だが、宗教的価値観の相違はさておき、軍事・経済的な結びつきに視点を変えると、また異なる様相をミルドガルド大陸は示すことになる。八百年前の大陸戦争の戦勝国であるシルバ教国、アリア王国、フィヨルド王国の三国は大陸戦争以後西部同盟と呼ばれる軍事同盟を締結しており、軍事的にも経済的にも結びつきが強い国家であった。また、文化的なしがらみがないアリア王国は西部同盟の中で唯一コンスタン王国との国交を締結している国家でもある。元々の歴史をたどれば、大陸戦争よりも遥か以前、ミルドガルドに古代文明が起こった頃はアリア王国とコンスタン王国は同一の国家であったという歴史的な背景もその交易には影響していた。

 一方で、ビザンツ帝国とは西部同盟全ての国家が国交を閉じている状態であった。ビザンツ帝国復活以前は、唯一アリア王国だけが分割されたビザンツ地方の各国とも国交を開いてはいたが、六十年前のビザンツ帝国建国以降は国交が途絶えた状態にあった。そのビザンツ帝国唯一の同盟国がコンスタン王国である。否、対等同盟である西部同盟とは異なり、ビザンツ・コンスタン同盟は実質としてビザンツ帝国がコンスタン王国を属国化したという意味に他ならない。ミルドガルド東部からアリア王国の方向へと伸びた半島をその領土とするコンスタン王国は、その国土の狭さに反映するように小国であり、陸地を接するビザンツ帝国から国を守るにはビザンツ帝国の傘下に入る以外の選択肢が用意されていなかった為である。

 「なんだ、心配なのか、シオン。」

 少し考え込むように沈黙した詩音に向かって、シアールがからかうようにそう言った。そのまま手にしたマグカップに注がれたミルクティーを野暮ったく喉へと流しこんでいく。

 「それは、多少は。」

 「ま、心配するな。」

 紅茶を胃袋に納めながら、シアールはそう言った。

 「アリア王国には大陸随一の海軍がある。いくら帝国だろうと、そう簡単には海を渡れまいさ。」

 「そう、ですね。」

 詩音はそう言いながら、シアールとは対照的にゆっくりとした動作で、もう一度紅茶を口に含んだ。


1
このエントリーをはてなブックマークに追加
0
0
0
0

コメントの閲覧と書き込みにはログインが必要です。

この作品について報告する

追加するフォルダを選択