No.343742

真説・恋姫†演義 仲帝記 第十五羽「黄乱潰え、虎は羽に一時の別れを告げる」

狭乃 狼さん

袁術√、仲帝記のその第十五話です。

今回は戦後処理がそのメイン。

では。

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2011-12-05 20:04:59 投稿 / 全11ページ    総閲覧数:11654   閲覧ユーザー数:7235

 烏林の地における黄巾との決戦。

 

 荊州軍の軍部を牛耳る蔡瑁という男の指示により、袁術軍と孫堅軍は二十万という大軍を為している黄巾軍を相手に、その正面から僅か三万という寡兵で以って戦いを挑まねばならないと言う状態にさらされた。

 如何に地位的には上の存在である所の、荊州牧劉表の名代である蔡瑁の命とは言え、本来であればその様な無謀としか言い様の無い戦術に対しては異論を唱え、その言を翻させたかったのが、袁術や孫堅らのその本音ではあったが、かといってその場で無為に時を過ごした所で、何の罪も無い民達への被害が増え続ける一方である。

 そういった状況と理由を鑑みた結果、両者は不承不承ながらも蔡瑁の指示に従って、黄巾軍二十万との戦いの場に臨んだ。

 

 ただし、である。

 

 両軍の参謀役である張勲と周瑜は、蔡瑁のその余りに無茶な要求をものの見事に逆手にとり、その彼が率いて後発してきた襄陽軍に対し、誘い出した黄巾本隊をぶつけて壊乱させるという奇策をもち、見事に敵の本陣をがら空きにすることに成功。その上で以って、賊将二人を討ち果たしての大逆転勝利をもぎ取ったのであった。

 

 しかし、張勲と周瑜にとっての誤算だったのは、その混戦の最中において蔡瑁が流れ矢に当たって死亡すると言う、そんな不測の事態が起こったことだった。曲がりなりにも荊州軍部の総都督を務める人物を、自分達の策によって間接的にとは言え死なせてしまったそのことが、後々“付込まれる”要因になりはしないかと、二人の参謀はその頭を抱え込んだ。

 

 だが、二人のそんな心配は、思わぬ形で杞憂に終った。

 

 その後、襄陽の城へと凱旋した袁術軍と孫堅軍の者たちを、その城の門前にて平身低頭な状態で出迎えた、荊州軍の軍服を纏った一人の女性と、その脇を固める二人の少女。

 

 城門前に到達し、その頭を深く垂れて先の戦における失策を詫びた、袁術軍及び孫堅軍の諸将らに対し、その軍服姿の女性が名を名乗ったその時、両家の面々は一様にしてその目を大きく見開き、思わず言葉を失うほどに唖然としたのであった。

 

 「袁公路殿。孫文台殿。そしてその配下の方々。此度の大戦、まことご苦労様でございました。我が“弟”の独断によって、皆様に危難を背負わせてしまった事、我が主君にして夫である劉景升に成り代わり、この蔡徳珪、臥してお詫びさせていただきます」

 

 『……は?』

 

 

 

 第十五羽「黄乱潰え、虎は羽に一時の別れを告げる」

 

 

 

 「それでは何かや?先日妾たちの前に姿を見せて、蔡徳珪だと名乗ったのはそなたの弟御である蔡勲という者で、実の姉であるそなたを幽閉して軍の実権を掌握していた、と?」

 「……はい」

 「しかし、だ。だとしても何故、その蔡勲…だったかい?あいつはそんな真似をしなければいけなかったんだ?」

 「そうですね。わざわざ徳珪さんを幽閉してからその名前を騙る理由が、俺たちには良く分からないんですが」

 「……勲は幼い頃から両親に煙たがられて育ってきました。家にとっては待望の男子であったのですが、武にも勉学にも才が無いことが判明したあの子に両親が見切りをつけて以降、その扱いは家畜よりも少しマシというほどに、冷遇されてきました……」

 

 古よりの習わしと風潮により、“この世界”においては一家の跡継ぎというのは須らく、女子が望まれるのが一般的である。しかし、蔡瑁らが生まれた家のように、ごく稀にではあるが男子を家長として尊ぶ家もあるにはある。

 だが、何故かこの世界においての男子というのは、女子ほども才を持って生まれることが少ない。先の戦で死んだ蔡勲もまた、その例に漏れることなく、非凡な才を持ち合わせてこの世に生を受けることができなかった。それが故、落胆した彼女らの両親は長男である蔡勲に早々に見切りをつけ、すでに荊州牧劉表の細君として嫁入りしていた、一家の長女である蔡瑁に家督を譲った。

 もっとも、その直後に両親とも賊の襲撃に巻き込まれて死んだしまったのは、なんとも皮肉な運命ではあるが。

  

 「そんな、突然起こった両親の死というものも、あれの心に何らかの影響を与えたのでしょう。ある日、突然あの子から呼び出しを受けた私は、金で篭絡された何人かの兵の手によって幽閉の身になり、そして私の命を盾にした勲が、夫の劉景升に対し、自分への軍権委譲を迫ったのです」

 「それから彼は、姉ぎみである(イン)さま、つまり本物の蔡徳珪の名を名乗って軍を好きに動かし始めたの」

 「勲伯父御としては、あくまで己が蔡家の家長だという思い込みが大きかったのだろう。姉様の名である瑁、という名は、蔡家においては家長のみが代々継ぐ、その証のようなものであったしな」

 

 寂しげに過去の出来事や事の顛末を語る蔡瑁の言に続き、その彼女の傍らに控える蔡和、蔡中という蔡瑁の従妹姉妹もまた、死んだ伯父の事をどこか哀れむような瞳をして語る。

 

 「……せめて伯父御のその運用手腕がまともだったのなら、銀姉さまも私たちも、そのまま何もせず、彼の蔡家家長を認めてもいいぐらいに思ってはいたのだけど」

 「……残念ながら、伯父御にはやはり器量が無かったようだ。普段の兵の管理はおろか、戦場での指揮などはもう、目も当てられんほどに酷かったからな」

 「兵の損害など一切お構いなしに、ただ突撃させる事しか能が無いでは、軍の指揮官など到底任せてなんかいられなくなったわ。だから」

 「先の戦があのような顛末となったことで、わしらも踏ん切りをつけたのだ。あれだけの混戦状態となってしまえば、城で姉様を監視している兵どもに、勲伯父御が連絡をつけることなど出来ようはずも無いであろうから、これを機に姉様を解放しようとしたのだ」

 「……まあ、私たちが戦場を離れたそのあとで、伯父様が流れ矢に当たって“本当に”死んでいたとは、私たちも思っていなかったけどね」

  

 蔡勲の生死についてはともかく、蔡和と蔡中は混戦状態となった戦場を利用し、急いでその場から襄陽の城へと取って返し、蔡瑁を幽閉していた兵たちに対し、蔡勲の死という、その時点ではまだ確定事項ではなかった事態を告げることで、彼らにその役目を放棄させることに成功し、彼女らが真に慕って止まない、本物の蔡瑁を見事に解放せしめたのであった。

 

 

 

 「では~、劉州牧さんがご病気、というのも、その蔡勲さんのでまかせだったんですか?そちらのお二人を言い聞かせていたように、州牧さんもまた貴女の生命をたてにして、後ろに閉じ込めていたとか?」

 「……いえ。……残念ながら、わが夫である劉景升の病は真実の事です。胃の腑を患っており、医者の見立てによればあと何年持つか分からないそうです……」

 「……なあ、蔡徳珪殿?漢中には……使者は送ったのかい?あそこの五斗米道とかいう、妙なというか不思議な医術を使う連中なら、州牧どのの病も」

 

 益州の北端に位置し、北は擁州、東は荊州へと繋がる、益州の要所とでも言うべき土地、漢中。漢の高祖である劉邦が、かつて王に封じられた、漢発祥の地とも呼べるその地には、現在五斗米道という名の医師集団が、その活動拠点を置いている。

 彼らの使う医術は、世間一般での医術はもちろんのことではあるが、実はそれ以外にも、五斗米道継承者のみに伝わるという一子相伝の秘術があり、それにかかればほとんどの病魔を駆逐できるという、そんな噂が流れている。

  

 「ええ、すでに使者は立てました。……ですが、彼らでも夫の病は完治させられないそうなのです。五斗米道の正統継承者である、華元化という人物であれば、もしかしたらという可能性もあるそうなのですが、その彼は今、修行をかねて大陸各地を渡り歩いているそうなので、その所在を掴むのは難しいとのことです」

 「……華元化、ですか。……そういえば、美紗ちゃんの医者仲間の中に、そんな名の人物がいたような」

 「ほんとかや、秋水?」

 「……ちょっと記憶があやふやですので、これから本人に聞いてきますよ。じゃあ、すいませんが、ちょっと退席させてもらいますね」

 

 その本職こそ心療医なれど、雷薄もまた医術全般に通じており、かつては漢中の五斗米道の門を叩いた事もある彼女は、医者関係の人間にその顔がかなり広いそうである。

 諸葛玄は以前に雷薄本人からそのことを聞き及んだことがあり、その時にあがった医師の中に、華侘、字を元化の名があったはずだったと思い立ち、別室にて紀霊や陳蘭と待機している雷薄から確認を取るべく、少々足早にその部屋を退出していった。

 

 「にしても母さま?よく五斗米道(そんな連中)のことを知っていたわね」

 「……ま、ね。……お前たちの父親である呉景の奴が病にかかった時、たまたま呉郡の地にいた五斗米道の奴に診てもらう機会があった……それだけさ」

 「……そう。私はぜんぜん覚えてないけど……」

 「無理も無いとは思いますよ、姉様?その頃でしたらシャオも生まれたばかりで、姉様も五つか六つの頃の筈ですし」

 「そう、よね」

 

 孫堅の今は亡き夫であり、孫策、孫権、孫尚香にとっての父親である呉景という人物は、孫堅の苛烈ともいえるほどの求婚を一度は断りこそしたものの、それに寄る恨みを買うことを恐れた一族の説得と、そして断られて尚あきらめず、さらに求婚し続けた孫堅のその情愛に負け、彼女と縁を結んで三人の子をなした。

 しかし、三女の孫尚香が生まれて半年も経たない頃に急にな病を得、孫堅の手厚い看護もむなしく、あっという間に早逝してしまったいた。

 

 ちなみに、であるが。正史の史実において孫堅と結婚したのは、その呉景の妹である呉夫人であり、呉景本人ではないことだけ、一応注記しておくものである。

 

 

 「……余談はこれぐらいして、そろそろ本題に入らせて頂かせてもらいます。此度の黄巾討伐、その功は袁・孫のご両家にあるところ、誰の目にも明らか。よって、荊州牧、劉景升の名をもって都にこの事を上奏し、後日、十二分に恩賞が両家に賜れますよう、手はずを整えさせていただきます」

 「……じゃが徳珪どの?此度の戦ではその、妾たちはそなたら襄陽の軍を、その」

 

 荊州における対黄巾戦の、その最後の大戦となった烏林での先の戦。それにおける袁術軍と孫堅軍の、その功績のほどを都に上奏し、正統な評価に基づく褒美が必ず下賜されるように心を砕くと。そう言った蔡瑁の言に対し、袁術が心底申し訳なさそうな表情と言葉を向ける。 

 

 「……彼らを囮に使ったことでしたら、どうぞお気になされませぬよう。公路殿のそのお気持ちは嬉しく思いますが、先の戦で勲が使った兵たちのほとんどは、あれの私兵みたいなものです」

 「伯父御は軍の扱いが上手くない、と。先ほど申し上げましたでございましょう?その最たるものが、あの連中なのです」

 「そういう事。……兵とは名ばかりの、性質の悪いごろつきばかり。そんな彼らが居なくなったことの方が、かえって私たちには都合がいいのよね」

 「貂蝉と卑弥呼……いえ、和と中の申すとおり、あの者たちはただ、蔡家と荊州劉家の名をかさに着て好き放題していただけの、荊州(我々)にとっては厄介者たちでしかありませんでしたから」

 

 荊州の軍事を一手に握った蔡勲が、ただ銭をばら撒いただけでかき集めた、兵とは到底呼べないような、無法者たちの集まり。それが、先の戦でほとんど戦死してしまった彼らの実態であり、親類縁者も誰一人として居ないので、それによる責任を袁術たちが感じる必要は無いと。少々心苦しそうではありながらも、蔡瑁はそう言って、袁術を諭したのであった。

 

 (……この人もある意味強い、な。いくら厄介な存在だったとはいえ、いくら自分たちにも負い目があるとはいえ、自軍の戦力を大幅に失うような戦策を使った俺たちを、こうして許して見せるんだから、な)

 

 正史における史実の蔡瑁という人物は、己が甥可愛さに長幼の順を無理やりに入れ替え、正統な荊州の跡取りであった、劉表の長子である劉琦の命を狙ったり、その劉琦を支援していた劉備を襲撃したりなどした、一刀にとってはあまり良いイメージの無い人物だった。だが、やはり別世界ということもあるのか、それともこれが蔡徳珪という人物の正しい姿なのか、どちらにしてもその人物像は、一刀の()っているそれとは、大きく異なったものであった。

 

 (……ここが向こうとは別の世界なんだってこと、頭じゃもう十分に分かりきっていた筈なのに、まだ心のどこかに、元の世界と重ねてる部分があったみたいだな……。これもまた、俺の中の未練の一つ、なのかも知れない、な……)

 

 

 そしてその日の晩。

 

 今回の大戦に勝利したその事を祝うための宴が、襄陽の城中のみならず街中で盛大に執り行われた。それは単に祝賀会であるのと同時に、今回の戦で死んだ多くの戦死者達を弔うという、鎮魂の儀式としての意味合いも兼ねていた。

 鎮魂の儀式、というと、ただひっそりと、しめやかに行なわれるのが通例であろうが、この宴を提案した張勲と孫堅曰く、

 

 『ただ泣き崩れて送られるよりも、皆が明るく楽しげにしている様子を見せてやった方が、天上に昇り行く魂たちも喜んでくれるだろう』

 

 とのことであった。

 

 そしてその三日後。

 

 「それじゃあ美羽。私達は先に戻らせてもらうよ。長沙のことはシャオと若手の呂子明って子に任せたきりだからね。早々に戻ってやら無いと、今ごろはもう忙しさの余りに目を回しているかも知れないからねえ」

 「蓮樹おば(ぎろっ)……お姉さま、どうぞご健勝にて。……落ち着いたら、是非また南陽に遊びに来て欲しいのじゃ。その時は盛大に、『けえきぱーてー』で皆をもてなすのじゃ」

 「けえきぱーてー?……良く分からないけど、その時を楽しみにさせてもらうよ。なあ、雪蓮、蓮華?」

 「ええ。……公路のおじょうちゃん?それにはもちろん、私達も参加していいのよね?」

 「もちろんなのじゃ!伯符も仲謀も周公瑾も、みな分け隔て無しに、一刀直伝のけえきを振舞うのじゃ!!」

 「まあ実際に作るのは私なんですけどねー」

 

 襄陽の街の門前にて、出立間際の孫堅たちと和やかに会話を交わしている袁術たち。黄巾討伐が終了した以上、両軍がこれ以上この地に留まる理由ももう無くなったため、まずは先に事後処理の済んだ孫堅たちが、袁術たちより先んじて長沙へと戻る事となり、僅かの供のみを連れた袁術と張勲、そして一刀の三人が、その見送りをしていた。

 

 「へえ。けえき……って食べ物なのね。……おいしいのかしら」

 「ああ、もちろん。美羽様のみならず、文台さんも伯符さんも、もちろん仲謀さんだって、きっと気に居る筈だよ。女の人なら甘い物、多分、目が無いでしょ?」

 「甘味、か。……あたしはどっちかって言うと、甘味よりお酒の方が」

 「……雪蓮?」

 「っと。けえきか~。楽しみよね~、ね?めーりん♪」

 「……ったく。 お前と言う奴は、調子の良い」

 「はっはっは!……ま、雪蓮の奴の言うように、どっちかっていうと甘味より酒なんだが、甘味は甘味で目が無いのがあたしでね。その時を楽しみにさせてもらうよ、美羽。それに……北郷」

 

 酒、と口にした途端、背後に居た親友から凄まじいまでの睨みを送られ、慌ててそれを誤魔化した孫策と周瑜のそんなやり取りを見ながら、孫堅は豪快に笑いつつ、袁術と一刀にそのとても気持ちの良い笑顔を向けたのだった。

 

 それから程なくして、孫堅たちは襄陽の地を意気揚々と出立し、その本拠地である長沙へと戻っていった。そしてそのさらに二日後、袁術たちも南陽の宛県へと帰還をすべく、蔡瑁らの見送りを受けて襄陽の地を発ち、その一週間後には帰還を果たして、留守の間の互いの情報交換を、留守を守っていた徐庶と行なった。

 

 

 

 袁術らが宛県に帰還したその翌日。宛県の城の謁見の間に、朝議の為に集まっていた一刀ら袁家家臣団のその前に、二人の人物が跪いていた。

 

 先の戦いの際、紀霊と孫皎の手で討たれて虜囚の身となっていた、元黄巾軍江南方面軍の二将。斐元紹と周倉である。彼らを降したのは袁術軍単独での功績ではないのだが、それが何故袁術軍が預かることになったのかと言うと、実は孫堅のその意向によるものだった。

 

 『袁術軍(そっち)孫堅軍(あたしら)と違って、前線で指揮の出来る奴が少ないだろう?うちにはまだここに来ていない将も何人か居るし、なにより武陵であたしらがしたことを考えたら、あの二人は絶対どんなに口説かれても首を縦に振らないだろうしね』

 

 江南方面の主力が壊滅した以上、おそらく近いうちに、黄巾の乱そのものが終るであろう。その時に、彼らのような義侠心溢れた男達を野に放てば、義賊か何かを気取って、また悪事を働かないとも限らない。そうならないようにする為に一番の手段は、その場で処刑してしまうことなのであるが、先にも述べたように、今と言う時代にあっては珍しいほどの義侠心を持った男達を殺すのは、世の中にとっても損失でしかない。

 かといって、彼らの仲間を根こそぎなで斬りにした事のある自分では、その彼らに生き続けて世の為に働けとは言いがたいものがある。

 そこで、そんな自分に代わって、彼らに更正の機会を与えてやって欲しいと言うのが、孫堅のその時の言であった。

 

 「では、二人とも。用件については、昨晩の内にこの七乃…張勲から聞いて居ると思うので、単刀直入に聞かせて貰いたい。……妾の将となって、世のため人の為に、その身を使ってはくれぬかや?」 

 「……袁公路殿に、一つだけ聞かせて貰いたい。おれら黄巾が蜂起したのは、確かに地和ちゃんたち張三姉妹の歌に、希望を見出したってのもある。けどよ、そのもっと根っこにある原因……あんたには答えられるか?」

 「袁家といやあ、今までに漢の三公を四度も排出した、名門中の名門と言って良い家だ。そんな俺達にとっちゃあ雲の上に居るような人間が、俺達の下々の人間の望んで居る事を答えられたんなら、アンタに降ってその配下にでもなんでもなろうじゃないか」

 「……その言葉、偽りは無いであろうの?」

 『侠の誇りに誓って』

 

 自身を真っ直ぐに見つめる斐元紹と周倉のその目に、一切の淀みが無い事を確信し、袁術はゆっくりと、一つ一つ言葉を選びながら、この一年の間に様々な事を学びつつ出した、自身にとってもある意味決意表明ともなるその結論を、斐元紹と周倉のみならず、他の家臣一同に対しても改めて、己が覚悟と共に紡ぎだした。

 

 「……その理由は一つしか無いであろう。……朝廷、いや、帝をも含む全ての官が、民を己より下の存在としてしか、見なくなったことじゃろうな」

 『ッ!?』

 

 きっぱりと。黄巾の乱の発生、その根にある理由は朝廷に、そして皇帝を初めとした全ての官にあると言い切った袁術に、斐元紹も周倉も、思わず絶句した。それは一刀や張勲ら袁術配下の将達も同様であり、自分達の主君たるその少女の、そのとんでもない台詞に完全にその度肝を抜かれていた。

 

 「……思いっきり言い切った、な。……一年前までのお嬢からは、到底想像のつかない台詞だぜ」

 「そう、ですね。……どうやら美羽嬢も完全に、その羽を広げきれたようですね」

 「秋水どのの申されるとおり、ですね。……今のこのお姿、亡き詩羽様に、袁逢さまにお見せしたかったですよ……」

 「……凛々しく賢いお嬢様……。ハア……。なんでしょう、この今までとは違う、体の奥底から温かくなってくる様な、とっても幸せな気持ちは……」

 「……それが本当の、愛情ゆえの充足感、ってやつなんですよ。七乃さん」

 「愛情ゆえの、充足感……なんて心地良いんでしょう……」

 

 今まで感じていた、嗜虐心から来る快楽よりも、それ以上に自らを満足させてくれるもの。袁術のこの一年間での成長をいう物を、改めて実感していた配下一同のその中で、一人だけ微妙に違った意味で幸福感に包まれていた張勲であった。

 

 

 

 「しかし、じゃ。……たとえその原因が分かった所で、今の妾の手では、それを変えていける範囲、と言う奴は限られておる。今の妾自身が未熟じゃという事もあるが、それ以上に、漢王朝の腐敗が進み過ぎておるという。……現に今、朝廷の中では次期皇帝を巡っての、醜い争いが続いて居るそうだしの……」

 「……美羽嬢の言うとおり、次期皇帝に劉宏陛下の嫡子である劉弁殿下を推す大将軍何進派と、次子である劉協殿下を推す十常持派とが、日に日にその対立の度合いを深めていると、もっぱらの評判ですしねえ」

 「……宮廷の外にまで、その騒動の端々が駄々漏れになってるような争いだ。……近いうちに、目に見える形で大きく動くだろうって、洛陽から来る商人達の間じゃ持ちきりだぜ?」

  

 後継争いと言うのは、全世界のどの史書を見ても起きて居ないところが無いほどに、必ずといって良いほどその首をもたげる問題である。さらに、それが末期状態の王朝で起こったともなれば、それはその国が大きな戦乱の時代へと突き進んでいく、その大きな火種となるに十分すぎる物となる代物である。

 

 「じゃから、妾は妾の出来うる限りにおいて、民達が安寧と言う名の道を何の憂いも無く歩いていけるよう、その支えになりたいのじゃ。じゃがそれはすべからく重いものであるゆえ、妾一人では絶対に支えきれぬであろう。それゆえ、妾は妾と一緒に、その道を支えてくれる“仲間”がたくさん欲しいのじゃ。斐元紹、そして周倉。おぬし達の様にその義侠心篤い者であるならば尚の事、妾の、いや、ここにいる皆の手を、二人にも取って欲しい。……少々長くなったが、これが今の妾に出来る、全ての答えじゃ」

 『……』

 

 沈黙。斐元紹と周倉は、袁術のその微笑に対し、すぐに応える事ができなかった。だが、答えを躊躇したというわけではない。ほんの暫し、二人は言葉を忘れたのである。

 正直言って、自分達が聞き及んでいた袁公路という人物は、とてもまともな思考や判断の出来る、一軍の長というには相応しくない愚者で、わがままし放題の童子でしかないという、そんな風評ばかりであった。たとえこの一年の間に、彼女に関して耳にする噂が、これまでのものとは百八十度変わったものになっていたとしても、到底素直には信じらることの出来ないほど、完全に袁術と言う人物の事を二人は侮っていた。

 しかし、今二人がその自身の耳で言葉を聞き、自身のその両の眼で見た袁術は、二人がこれまでに抱いていた彼女に対するイメージを、その根底からすっかり覆すものだった。

 

 だから、我に返った二人は自然と、その行動を行なっていた。

 

 「おぬしら……」

 「……再拝稽首(さいはいけいしゅ)、ですか。……それは、美羽嬢に対する臣下の礼ととって、いいのですね?」

 『御意に』

 

 再拝稽繻、とは。両膝を床についてその頭を下げ、拱手したその両手を頭上に掲げるという、最上級の礼の取り方である。斐元紹と周倉は揃ってその再拝稽首を袁術に対して取り、彼女の幕下に加わる意思をその場で示したのであった。

 

 「この斐元紹、公路さまにお仕えさせて頂きたく思いますが、その前に一つだけ、お許し願いたき義がございます」

 「ん?なんじゃ?」

 「……それがしの斐元紹と言う名、実は黄巾に参画する際に捨てた本来の姓名の代わりに、いままで名乗って居りましたものにございます」

 「い゛?!ちょ、元紹お前!!そんなの俺も初耳だぞ!!」

 「そりゃあそうだ、言って無いんだからよ。……張三姉妹に惚れこんでそのおっかけを始める事にした時、一族の連中からそんな恥さらしは二度と我が家の姓を名乗るなと言われたんでな。ならばと使い始めたのが今の名前なんだ。……元の名は、姓を楽、名を就、字を元紹と申し、この南陽は新野県の出に御座います」

 「新野の楽家……ちょっと待った!!新野の楽家って言ったら確か、結構な土地持ちの豪族だぜ!?あんたがそこの」

 「……元、次男坊だ」

 「……なんとまあ」

 

 衝撃の事実、と言う奴であろうか。まさか黄巾の将の中に、荊州ではそれなりに名の知られた豪族の、その一族が参加していたというこの事実は、袁術らにとってはまさに晴天の霹靂という奴であった。

 

 なお、斐元紹改め楽就のその詳細については、また別の機会にお伝えをさせていただくこととする。

 

 

 「……元紹がそんなとんでも無い事を暴露しちまった以上、俺も隠し事をしとくわけにゃあ行かんか」

 「周倉?まさかお主もその名は偽名で、どこかの豪族か何かとか言わぬだろうな?」

 「いや。流石にそこまで大した隠し事じゃあねえよ。……その。すまんが……男性陣?何も言わずに、ちっとばかり、俺から背を向けてくれねえかな?」

 「は?」

 

 なぜだかその顔を真っ赤に染め上げ、一刀や諸葛玄、陳蘭、そして楽就の男衆四人に対し、回れ右をして自分の方を見ないで欲しいと言う周倉。

 

 「……なんだか良く分からないけど、まあ、そんなに言うんなら」

 「……すまねえ。それと、今から俺が何を言っても、絶っっっ対に!!こっちを向くんじゃあねえぞ!!いいな!?」

 『りょ、了解!!』

  

 周倉のその余り真剣な顔に、おもわずそんな返事を返しながら、くるりと百八十度回転する男性陣。

 

 「……それで?ここまでのやり取りで、な~んとなく判った気もしますけど、周倉さんの秘密というのは?」

 「……から……な、だよ……」

 「?よく聞こえぬぞや?もちっと大きな声で言ってたも」

 「……俺はあっ!実は……お、“おんな”なんだっつってんだよ!!」

 『……はあっ!?』 

 

 がばあっ!!と。自身の服のその前を思い切り上げ、その台詞の証明となる二つの大きなふくらみを見せながら、自身が実は女性である事を思い切り叫んだ周倉。で。そんな事を大声で叫ばれて、思わず振り向かない人間など男女関係無しに居る筈も無く。

 

 「ぁ」

 「ィ……!!//////」

 「う……」

 「え……っと」

 「お、お、お……っ!!おおおおおまえらあああああああっっっ!!み、見るなっつったろうがあああああああっっっっっっ!!」

 『ご、ごめんなさーーーーーーーーいっっっっ!!』

 

 複数の男性に、しっかりそのたわわな実りを見られたことでほとんど半狂乱になった周倉は、前を隠すという行為もそこそこに、何処からとも無く出した愛用の斧片手にして、その場で男性陣を追い掛け回し始めたのであった。

 

 「……のう、七乃?」 

 「はい?なんですか、お嬢様?」

 「……男と言うのはやはり、大きい方が好きなのかのう?」

 「……それってえ、一刀さんのことですか?」

 「べ、別に一刀のこととかではなくてだな、だからその、一般的な男子の嗜好と言うものがじゃなあ……っ!!」

 「はいはい。そういうことにしておきますね~♪」

 

 ……何故だかとても混沌とした、その日の朝議の出来事であった。

 

 

 

 そんな騒動のあった日から一月後。  

 

 先に蔡瑁が朝廷に上奏した、烏林での黄巾賊撃退による褒賞を伝える皇帝よりの勅使が宛県の地を訪れ、現在の領地である南陽に加え、新たに豫州は汝南の地がその領として、彼女に下賜される運びとなった。

 

 一方で、長沙の孫堅の下にも勅使は訪れ、彼女は楊州の廬江から寿春一帯にかけた、淮南地方の牧として新たに任命され、かの地へと移封されることになった。

 

 そんな彼女達の加増や移封が行なわれたのとほぼ同じ頃、青州にその最後の本拠地を持っていた黄巾党が、兗州は陳留の刺史、曹孟徳の手でその頭である張三姉妹が討たれた事により、完全に壊滅したとの報せが大陸各地の諸侯の下に届けられた。

 

 元・黄巾党員であった楽就と周倉は、信奉していた張三姉妹の死と言う知らせに、最初こそ茫然自失としていたものの、思ったほどにはその心に大きな傷を残さなかった。

 

 その理由であるが、この場で明記するとまた長くなるので、また後の機会にでも語らせていただく。

 

 それはともかく。

 

 こうして黄巾の乱は漸く、その終息の時を見、大陸には再び平穏の時が訪れた。

 

 しかし。

 

 それは単に、より大きな嵐の前の静けさでしかなく、さらにいえば、次なる嵐のその発端となるのが、袁術にとってもっとも近しい縁者となることなど、今の彼女には知る由も無いのであった……。

 

 ~続く~

 

 

 後書きと言う名の言い訳

 

 

 どうもごめんなさい。

 

 前回の後書き斐元紹か周倉、そのどちらかだけが仲間になる、なんて書きましたが、結局ふたりとも仲間にしてしまいましたww

 

 書き進めているうちに美羽の説得両方ともが聞いてるのに、片方だけしか仲間にならないなんてありえなくなってしまいました。

 

 まあ、どっかの軍神さんには申し訳無いですが、御舎弟さんの事はあきらめてもらいましょうwww

 

 

 それはともかく。

 

 

 今回で黄巾編は一応の終結を見ましたので、次回からはまた少し、拠点話にお付き合い願うこととなります。

 

 誰のどんなお話になるかはまだ未定ですので、この場に予告めいたものを書くことは避けておきます。

 

 それでは皆様。

 

 ご感想や各種ツッコミ、今回もたくさんお待ちしておりますです。

 

 誹謗や中傷はマナー違反ですから、ご勘弁くださいませね?

 

 それではまた。

 

 再見~( ゜∀゜)o彡゜


 
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