No.224122

そらのおとしもの 今と昔のお話~その2~

月野渡さん

そらのおとしものの二次創作です。こんな出だしですが実はギャグです。
今回はニンフ編です。彼女は一番感情表現豊かなエンジェロイドですがその分感情が複雑です。原作読み返して色々考えさせられました。

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そらのおとしもの

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2011-06-22 06:35:49 投稿 / 全2ページ    総閲覧数:1485   閲覧ユーザー数:1427

 私は電子戦エンジェロイドタイプβニンフよ。そうね昔のことはあんまり話したくないんだけど……少しだけね。

 あれはアルファが凍結されてからのことだったわ。シナプスにいた頃のマスターは私を呼び出して醜悪な笑みを浮かべて言ったわ。「楽しませろ」と。

 私は酷く困った。そういうときには大体私を痛めつけることがほとんどだったからだ。

 なぜなら私は愛玩用エンジェロイドのように人を楽しませるような技能は搭載されていないし、かといって戦闘エンジェロイドのようにサディストのあの男を楽しませるようなダウナーを技能も低い、結局はあの男の歪んだ嗜好を満たすために私は無意味に痛めつけられるのが常だった。

 しかしその日、あの男は私にこう言った。「貴様が飼っている鳥を連れて来い」と。

 その当時、私は一羽の鳥を飼っていた。本来はシナプスがあるような高度にまで飛んでこられるような種類の鳥ではなかったのだが、なんらかの拍子で迷い込んだ挙句帰れなくなったのだ。

 私は一羽群れからはぐれ、シナプスに迷い込んだその鳥を保護することに決めた。一羽迷い込んだ小鳥が、マスターと心を通わすことも出来ない自身の孤独と重なったからだ。そして気がつけばその小鳥は私にとって友人と呼べる唯一の相手になっていた。

 しかしあの男から出た言葉は私にとって信じられない一言だった。「引き千切れ、さもなくば貴様は廃棄だ」と。

 だが例えどんな命令であっても、マスターの命令に従うことがエンジェロイドの存在意義だ。友人の命と自身の廃棄、その二つを天秤にかけ、私は………友達を……殺した。

 

 それから私は地上へ行くことになった。任務の内容は地上へおりた空の女王……アルファを連れ戻すこと。

 ようやく見つけたアルファは記憶にも感情にもプロテクトがかかっており、最低限の機能以外ほとんど機能していない状態だった。そのおかげで見つけ出すのにも苦労したのだが、戦闘力ではるかに勝るアルファを連れ戻す千載一遇のチャンスでもあった。

 しかし無力なアルファを見たときに、私の中に黒いものが湧き上がってきた。あのかつてシナプスを震撼させた空の女王であるアルファがあんまりにも無力であるということ、そして新たなマスターを見つけ暮らしているということ、それらがすべてマスターの暇つぶしの道具でしかなかった私のコンプレックスを刺激するには充分な材料だった。

 だが、結果として私は失敗した。私が解いた記憶のプロテクトを切欠にアルファは自力で全てのプロテクトを解除したのだ。そうなれば私がアルファに敵うわけもなく、撤退を余儀なくされるしかなかった。

 任務に失敗した私を待っていたのはマスターからの手酷い折檻だった。そして私の首には爆弾がつけられた。アルファを連れて帰れなければ爆発する時限爆弾だった。

 再び地上に降りた私はアルファのマスターに接触することから始めた。そもそも戦闘力ではどうあがいてもアルファには敵わない。ならば搦め手から責めるしかないのだからエンジェロイドにとって最大の弱点であるマスターに近づくのは当然のことだった。

 だけどアルファのマスターは――智樹は変なやつだった。アルファのこともさらには私のこともまるで対等に扱う。エンジェロイドなんてマスターの道具でしかないはずなのに……

 あまつさえ私が気まぐれでモテ男ジャミングをかけたときには「ありがとう」とお礼を言ったのだ。何の邪気もない笑顔で……

 その時私に湧き上がった感情はよくわからない、唯一つ確かなことは私にはもうアルファをシナプスへ連れ戻す気はまるで失せてしまっていたということだ。

 そして私は一人静かに爆弾のタイムリミットを待つことに決めた。かつて私は自身の廃棄と友人の命を秤にかけ、友人の命を奪った。しかしこのときの私はアルファや智樹を犠牲に生き延びようという気持ちはまるでなかった。

 今なら分かる。昔の私は「エンジェロイドはマスターの命令を聞くことが存在意義」ただそれだけを満たすことが私の生きている証だった。友達を殺した時も、自分の廃棄以上に自分の存在意義を否定されることが、私が空っぽの存在なんだと突きつけられることが何よりも怖かったんだ。

 だけどこのときの私にはもうそんなものは怖くなくなっていた。なぜなら智樹の笑顔が、あの「ありがとう」たった一言が、空っぽだった私の中身を埋めてくれていたのだから――

 それから羽をもがれ、シナプスのマスターとのインプリティングから解放され、爆発の危機も去った私は地上で暮らすことになった。そうして私は――恋を知った。いや、きっとあのとき能天気なあの笑顔で「ありがとう」と言われた時から私の恋は始まっていたんだ。

 私は電子戦エンジェロイドタイプアルファニンフ、エンジェロイドはマスターの命令に従うことが存在意義だけど私にはマスターがいない。だけどこの感情を知った私は今きっと幸せだ。

  ふっ、待たせたな全国一億三千万のファンの諸君。私はこの世で最も偉大(ビッグ)な男、シナプスのマスターだ。

 何? 私がハーピーたちに比べてニンフに対して厳しすぎるのはどうしてか、だと?

「そりゃあニンフのやつが電子戦専用の頭でっかちなだけで役に立たないヘタレだからですよね~マスター♪」

「いや、そうではない。というかそもそも役立たずと言う意味では貴様らも同じだろう? ニンフを懐柔しての空の女王破壊任務の失敗、ゼウスシステムで弱らせたカオスにも逃げられるし、あのメガネダウナーにいたっては何度取り逃がしているか分かったものではないではないか」

「がーん!?」

 ふむ、あそこでうずくまって「の」の字を書いている鳥あたまーズは放っておいてだ。何故私がニンフに対してやたら厳しいか? についてだったな――そうだなあれは随分と昔の話になるが……

 

 ある日のこと、私がふと窓の外を見たときのことだった。ニンフが一羽の鳥と戯れているのが見えた。

「ん? あれは……」

「ああ、ニンフのやつが最近小鳥を拾って育てているそうです」

「そうか」

「マスターに無許可だったのですか? ……やめさせますか?」

「いや、かまわん好きにさせておけ」

 なぜならば私はこの世で最も偉大(ビッグ)な男だ。エンジェロイドが小鳥を無断で飼った程度で怒るような狭量な男ではないのだ。

 そして私がその場を立ち去ろうとしたその時だった。

 

 ほげ~♪

 

 この世のものとは思えないとんでもない騒音が聞こえてきた!

「何事だ!?」

 それは脳が破壊されるのではないかと思われる異音……否、凶音であった。

「に、ニンフが……」

「ニンフのやつがどうした!?」

「ニンフが……歌ってます………がくっ」

 それだけ言い残して従者は倒れた。

「う、歌だと?」

 私は半信半疑のまま先ほどニンフがいた場所を窓から覗き見た。

 

 ほげ~♪

 

 ……すっげえいい笑顔で歌っていやがった。

 

 ほげ~♪

 

 よく見ると鳥のほうも、ニンフに負けず劣らずの音波兵器と化して毒音波を撒き散らしている。あれは本当にこの地球上に存在する鳥なのだろうか?

 さらに被害は音だけではとどまらなかった。

「マスター! シナプス全域の高度が下がっています」

「シナプスのステルスシステムの内60%が崩壊、このままでは地上から目視されます」

「ゼウスシステムにエラー発生、攻撃目標をシナプスへと変更しました!? 現在全力でプログラムの復旧に当たっていますが間に合いません!」

「市街地の被害甚大、復旧に手が回りません!」

「大変です! 眉毛つきのコアラのマーチが見つかりません」

 完全ハイテクで武装されたはずのシナプスのあらゆる電子機構が瞬く間に崩壊していった。

「お、終わりだ……」

 流石にこの世で最も偉大(ビッグ)な男である私も、このときばかりは生涯でただ一度、シナプス崩壊を覚悟した。

 結局、ニンフの歌が終わった時点で全てのエラーは解消されシナプス史上最大の危機は去った。

 そしてその後で私は即座にニンフを呼びつけて言い渡した。

「その鳥ムッ殺すかオメーが廃棄処分になるか好きな方を選べ」

「そ、そんな!?」

 

 ……とまあそういうわけだ。ちなみに私はそれ以来、耳の調子がめっぽう悪くなったので今もこのように耳鼻科へと通っている。

「どうなのだ私の耳の様子は?」

「ん~全然ダメじゃな、こりゃ完全には治らんよ」

「くっ、そうか……」

 医者の言葉に私は愕然とする。シナプスの誇る超科学をもってしても治らんとは――これも全部ニンフのせいだ!

「ま、それでも問題ないんじゃね?」

「なんだと?」

「どうせあんた人の話なんざ聞きはせんじゃろ」

「はっはっは」

 なるほど、そいつは盲点だったな。

「おい」

 耳鼻科を出たところで私はお供に同行させた鳥あたまーズに声をかける。

「はい、マスター!」

「やれ」

「ラジャー!」

 鳥あたまーズのプロメテスの砲撃は耳鼻科を瞬く間に灰燼と化した。

 こうして私は通いなれた病院を失うこととなった。これも全部ニンフのせいだ、がっでむ!


 
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