No.133194

『舞い踊る季節の中で』 第25話

うたまるさん

『真・恋姫無双』の二次創作のSSです。
明命√の作品となります。

戦での傷心を抱える一刀、覚悟を決めた二人はどう一刀を見守っていくのか・・・・・・
そして、二人の恋心の行方は・・・・・・

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2010-03-30 07:26:23 投稿 / 全17ページ    総閲覧数:25341   閲覧ユーザー数:17360

真・恋姫無双 二次創作小説 明命√

『 舞い踊る季節の中で 』

  第25話 ~ 悪夢に踊り狂う影を見守る想い ~

 

 

(はじめに)

 

 キャラ崩壊や、セリフ間違いや、設定の違い、誤字脱字があると思いますが、温かい目で読んで下さると助

 かります。

 この話の一刀はチート性能です。 オリキャラがあります。 どうぞよろしくお願いします。

 

北郷一刀:

     姓 :北郷    名 :一刀   字 :なし    真名:なし(敢えて言うなら"一刀")

     武器:鉄扇(二つの鉄扇には、それぞれ"虚空"、"無風"と書かれている) & 普通の扇

        :●●●●

     得意:家事全般、舞踊(裏舞踊含む)、意匠を凝らした服の制作、天使の微笑み(ただし本人は無自覚)

         気配り(乙女心以外)、超鈍感(乙女心に対してのみ)

         神の手のマッサージ(若い女性には危険です)

 最近の悩み:最近店で客から妙な視線を感じる。もっとも、視線を感じる事事態は今までもあった事だが、

         今感じている視線は、明らかに異質だった。特に、他の店員と話している時や手伝ってい

         る時がもっとも多く、しかも、此方を見ながら、頬を染めて、客同士で会話を弾ませると言

         う感じだ。別に客同士が仲が良いのは良い事だが、こう、なんか背筋が寒くなる感覚に襲わ

         れる。たまに、翡翠が店でこういう視線をする事があるが、聞いても顔を赤くして教えてく

         れなかった。

         そう言えば、学祭でやった時も、女子達からこういう視線を多く感じたなぁ、

         及川はそれを見て、『腐れも文化だ、堪えろ』と訳の分からない励ましをしてきたなぁ

         ともかく、視線の正体も知りたいが、何で、急に増えたんだ?

  (今後順序公開)

 

★オリキャラ紹介:

諸葛瑾:

  姓 :諸葛    名 :瑾    字 :子瑜    真名:翡翠

  武器:"双天" 対の双剣

  武力:52(平均的な将を60とした場合)

  智力:81

  政治:89

  家事:92

  魅力:想像にお任せします(w

  焦った時の口癖:『 あうあう 』又は 『 ぁぅぁぅ 』等の類語です

  性格:基本的に温厚で、外見に反して大人の女性

     だが、焦ると地が出てしまう。(朱里と違って、自分を律しています)

     警戒心が強い性格だが、一度心を許されると、親身になってくれる。

     妹がいるため、基本的には面倒見が良く、放っておくと、食事を取るのを忘れる明命を心配してよく

     食事を差し入れていた。

     やはり、妹がいるためなのか、時折人をからかって、その反応を楽しんだり、とんでもない悪戯を仕

     掛ける悪癖もある、だが性質の悪い事に普段が完璧なだけに、周りは怒るに怒れないでいる。

     家事全般は人並み以上に出来、そこらのお店以上と自負していたが、丹陽で知り合った男性の腕を見

     て自信を喪失。 以降こっそり腕を磨いているが、全然敵わないと嘆く毎日を送っている。

     武術は好きではないが、妹達を変態共から守るため、必要最低限身に付けたもの。

     姉妹揃っての発育の悪さをコンプレックスに思いつつも、それを武器にする強かさを持っている。

     自分を子供扱いしない男性が好みだが、言い寄ってくるのは変な趣味の持ち主ばかりで、17の時、現

     実の男(変態の多さ)に愛想が付いた時に『八百一』と出会う。 以降のめり込み、妹達を洗脳する

     も、基本的には周りには秘密にしている。 そのうち執筆も行うようになり、掲載されるようになる。

     数年たった現在では、定期的な愛読者もつき『八百一』の主要作家の一人となっている。

     黄巾の乱後、作品が益々洗練され、世に愛読者を急増させる要因となった。

一刀視点:

 

 

「んっ、んーーーーーっ、あぁぁぁ」

 

おもいっきり伸びをしたため、声が漏れる。

なんか、よく寝たなぁ。

久しぶりに、体が軽く感じ、気分良く朝食の支度を始める。

そう、いつもどおり、三人分の朝食を準備する。

昨日、明命が久しぶりに帰ってきてくれた。

翡翠は、秘密の任務のため何も言えないと、言っていたが、そんな事はどうでも良い事だ。

こうして、また三人で、朝を迎えられると思うと、思わず鼻歌が出てしまう。

 

「~♪~~♪♪~~~♪」

 

幾つかの主菜を作り終え、夕べの残り物に手を加え別の料理にし、簡単な汁物を最後の仕上げをした所に

 

「一刀さん、おはようございます」

「・・・・・ふわぁぁぁ、一刀君・・・・おはようございます」

 

そんな声と共に、二人の姿が台所に姿を現す。

明命は何時も元気そうに、

そして翡翠は逆に、朝は相変わらず弱いようだ。

眠そうに、でも、意識をしっかりさせようと、格闘している姿が微笑ましく感じる。

 

「先程のは、天の国の曲ですか」

「恥ずかしいもの聞かれちゃったな」

「いいえ、とても綺麗で、聞いていた私まで楽しくなってくる曲でした」

「あはははっ、お世辞でも嬉しいよ」

 

そう明命と会話しながら、数種類の生野菜を刻み、炙った豚肉を刻んだ物、そして作り置きのタレと混ぜ合わせ器に盛り、今日の朝食を作り終える。

 

「朝食が出来たから、二人共料理を運んで欲しい」

「はいっ」

「・・・・・・ん」

 

俺の言葉に、明命は元気良く、翡翠は眠たげに、3人分(俺的には男の5人分)を食堂に運んでいく。

俺はその間に、窯の残り火に薬缶をかけ、食後の茶を準備をしておく。

 

 

 

 

 

静かな食事の中、俺は妙な違和感と言うか視線に、困惑していた。

二人の態度が妙なのだ。

食事中だと言うのに、此方を、”ぽー”と見ていたと思ったら、俺の視線に気がつき、慌てて視線を逸らして、

顔をやや赤くしながら、慌てるかのように御飯を口に押し込む、といった行動を繰り返している。

いや、本当の事を言えば、昨日から様子はおかしい、まぁ、盗賊の討伐から帰ってきてから、おかしかったと言えばおかしかったが、昨日からのそれは、それとは別のおかしさだ。

夕べは、疲れているのかと思っていたが、今朝は二人共、昨日より顔色が良いから、疲労って言う事ではなさそうだ。

では、精神的な悩み?

うーん、それこそ俺には理解出来そうも無い気がする。

でも、まぁそれでも分からないなりに、出来る事もあるだろうと思っていると、

 

「一刀さん、今日は、昨日より大分顔色が良いですね」

 

等と明命に逆に心配されてしまった。

 

「そ、そうか?」

「はい、昨日一刀さんを見た時は吃驚しました」

 

明命の話し具合から、別に大袈裟に言っているわけではなく本気で心配したのだろう。

どうりで、昨日は早く寝るように、薦めてきたわけだ。

 

「うーん、別にそう疲れていたわけじゃないけど、確かに今日は体が軽いかな、

 あっ、そうか、昨日は孫策に連れ回されなかったから、かも知れないな。

 今更孫策の行動を、どうこう言うつもりは無いけど、少しはこっちの都合も考えて欲しいよ」

「え、え~~と・・・・」

「雪蓮様なら、仕事が立て込んでいますから、数日は来れないと思いますよ」

 

俺の言葉に、明命は自分の主君をどうフォローしてよいか、悩んでいると(本当ーーーに、良い娘だよなぁ)翡翠が、助け舟としてそんな事を言ってくる。

そっか、孫策は今忙しいのか、

確かに彼女はああ見えても、

領地が無いと言っても、

袁術の客将の身に甘んじていても、

王には違いない。

やるべき仕事は沢山在るはずだ。

ましてや、今の状況から脱するためには、やるべき事も多いはず。

彼女の強引なやり口には辟易する事はあるが、そこに在るのは、民のため、そして家族のため、である事は疑いようが無い。

 

 

 

 

 

結局、明命と翡翠は、熱が在るにもかかわらず、(何故か不機嫌な様子で)仕事へ出かけていった。

俺としては、休ませたかったが、本人達が大丈夫だと言い張る以上、強要はできない。

以前、翡翠が戦後は大変だと言っていたし、明命がしばらく帰って来れなかったくらいだ。

休んでいる余裕等無いのだろう。

まぁ、二人共俺とは違って、責任ある立場だ。

この程度と言って良いのか分からないが、倒れる程自分を酷使するような、馬鹿な真似はしないだろうし、周りもさせないだろう。

少なくとも、そう言う点では孫策や周瑜を信頼できる。

 

 

 

 

 

「・・・・・・そう言うわけで、美味しい茶を淹れるのに、目安はあっても明確な基準は無い。

 こればかりは、修行していくしかないわけだけど、あまり没頭しすぎて、お客様の空間を壊さないように

 気を付けて欲しい」

 

お店を開いてすぐは、流石に客は無く、うちが忙しくなるのは昼少し前からだ。

それまでの間に、お店の子達を指導する時間に当てているわけだ。

彼等も真剣なので覚えも早く、接客や準備や雑務に関しては、これからの努力しだいという所まで来ている。

だが問題は、茶の味だ。

茶店である以上、客の求める以上の味を出せなければいけない。

ましてや、うちは他店より高めの金額設定をしているので尚更だ。

大分良くなってきたが、他店以上となると、まだまだ不安を覚える事が多い。

とにかく、一つの種類で構わないので、最低級から中級まで(上質は金額的に無理)茶葉や水質、気温や湿度にあわせて、一定の以上の味の茶を、淹れられるようになるように、指示をしてある。

そうする事で、一種の茶葉の本質を理解すれば、あとは、その応用で本質を捉えていけば良いだけだ。

まぁ、色々な茶葉の質に対応できれば、思った茶葉が手に入らなかった時も対応できるし、惰性で淹れる事の防止にもなる。

 

まぁ、そんなわけで、比較的暇な午前中は、指導が終われば、誰かさんの妨害が無い限り、彼等に任せれるようになってきた。

そんなわけで、俺は店の最奥の机で、彼等の様子を見守りながら、書き物をしている訳だが、

この作業も、後数日で終わる目処がついてきた。

まぁ、翡翠の言葉によれば、当分姿を見せる事は無いと言っていたので、安心だが、

それはそれで何か物足り・・・・・・・・気のせいだな、うん

今日は、昨日孫策が来なかったせいか、体も軽いし、集中力も戻ってきている。

そのおかげか、筆が軽い事この上ない♪

 

 

 

 

 

あれから数日、孫策の襲撃も無く、今思えば、おかしかった体調も戻りつつある。

まぁ、実際は孫策が原因ではなく、戦での出来事が原因なのだろう。

その証拠に、朝目が覚めたら、翡翠が寝台の横にいるなんて出来事も無くなった

(平常であれば、部屋に誰かが近づいただけで分かるし、そう思うと心身共に、自分が思っている以上に、

 堪えていたのかも知れない)

ただ、夜中に様子を見に来ては、部屋を覗いて、しばらくすると戻っていくと言う行動に留まっている。

(その中に、明命も混ざっているようになったが・・・・・・)

 

本当、俺が情けないばかりに、あの二人には心配かけてばかりだよな。

だが正直、俺にはあの光景に慣れるとは思えないし、慣れてはいけないと思う。

まだ、あの時の光景が、時折脳裏に浮かぶ。

死に際の叫びが耳に残っている。

目を瞑れば、彼等の怨嗟の声が聞こえる気がする。

 

でもそれに慣れて、平気になってはいけない。

だけど、慣れるのではなく、強くなる事は出来る筈だ。

心は人のまま、

その上で、あの光景に耐え、皆を家族の元に返すために、力を尽くす。

とても難しい事だと思う。

でも、

 

『 堕ちては救えない 』

 

そう陸遜が教えてくれた。

そうだ、兵達はもっと辛い立場に立たされているんだ。

なら、俺は彼等が、安心して闘えるように、強くならなければいけない。

そして、俺を信じている人達のためにも、

明命を、

翡翠を、

そして孫策達を、

 

彼女達だって、好きであんな事をしているわけじゃない。

あんな事をしなくても済む国を作るために、頑張っているんだ。

男の俺が、何時までも怯えたままで、いるわけには行かないよな。

 

 

 

 

 

まぁ、かと言って、いきなり自分を変えられる訳も無く、今の俺に出来る事など知れているわけで、今日も仕事に励んでいるわけだ。

昼過ぎの一番混み出す時間帯、互いに連携を取りながら、今日もお嬢様方の癒しになれるよう励む。

そして、すでに名物と化した舞を終えた所に、店の外から歩いてくる孫策を見つけた。

その様子から、どうやら今日は、俺を巻き込むのが目的ではないようだ。

 

「お帰りなさいませ、お嬢様」

 

いつもの台詞、だけどその顔色から、疲労が溜まっている事が分かった俺は、孫策を厭う様に出迎える。

俺の茶を飲み、少しだけ優しげな雰囲気になるのが分かり、ほっとする。

翡翠が言ってた様に、どうやら本当に忙しかったようだ。

舞でも踊って、疲れを紛らわせてあげたい所だが、生憎先程踊ったばかりで、連続して踊るのは、あまり経営上よろしくない。

それに、そう言うレベルの疲れでもなさそうだ。

孫策の事が気にはなるが、店も混雑しているため、そうそう気にかけている訳にも行かず。

俺は他の客の接客に当たり、店内をお嬢様方達の癒しの邪魔にならない程度に、駆け巡る。

 

(うーん、なんか、孫策に見られているなぁ・・・・・・なんか企んでいるって感じでもなさそうだけど)

 

 

 

 

 

そうして、混雑さも、ピークが通り過ぎ、店内に静けさを取り戻した頃、

 

「・・・・すぅーーーー」

 

気がつくと、自由奔放暴虐無人我侭王こと孫策は、小さな寝息を発てて、お休み中だった。

よっぽど疲労が溜まっていたのだろう、茶器を持ったまま寝る姿は、可愛いと思うが正直危なっかしくて仕方が無い。

一応、店のコンセプト上、そう安く無い茶器を使っているため、このまま誤って、割られては正直敵わないし、王の居眠りしている様子を、庶人に晒すのも、よくは無いだろう。

起そうとも思いもしたが、それはそれで可哀想な気がしたので、俺は奥から上着を引っ張り出してきて(流石に寝具の類は置いていないため)孫策を起さないように茶器を取り上げ、そっと抱き上げる。

 

(意外に軽いな・・・・・・こんなに軽くて、あんなに頑張ってたら、いつか・)

 

「か・一刀君っ!?」

 

そんな声に、声の方向を見ると、翡翠が驚いた顔で、店の入口に立っていた。

俺はそれを、孫策を起こさない様に手で静かにしてくれるように合図を送ると、翡翠は驚くのを止めて、素早く現状を把握してくれた。

その様子に俺は安堵の息をつきながら(あれ?何で安堵するんだ?)、孫策をあまり目立たない、店の最奥の長椅子にそっと寝かしつけ、風邪を引かないように、上着を掛けてやる(その色々と目の毒でも在るし・・・・・・)

孫策から離れ、翡翠の元へ行くと

 

「翡翠、今日は少し早いね」

 

俺のそんな言葉に、何故か翡翠は冷たい半眼で

 

「来るのが、早いと何か都合が悪かったのですか?」

「えっ」

 

そんな翡翠の言葉に、俺は思わず間抜けな声を挙げてしまう。

 

「私が来なかったら、今頃雪蓮様は」

「ちょちょちょっ、翡翠?」

「冗談です。

 一刀君は、ただ眠ってしまった雪蓮様を、横にしてあげただけですよね

 それと、其処でそんなに慌てていては、邪な気持ちを抱いたと捉えられても仕方ありませんよ」

 

翡翠のそんな冗談交じりの注意に、俺は疲れた溜息をつき

 

「翡翠、勘弁してくれ・・・・・・なんなら、孫策を起こして身の潔白を証明しても・・・・・・駄目だ孫策

 なら面白がって、翡翠の冗談に乗りそうだ」

「ふふっ、そうかもしれませんね。

 雪蓮様は、そのまま寝かせて置いてあげてください。 この所、ろくに寝むられておられないようですから」

 

翡翠は、優しい目で孫策を見ながら、そんな言葉を紡ぐ。

そっか、連日して強襲掛けてきたと思ったら、突然来なくなるなんておかしいと思ったが、今回の報告が上がってきて忙しくなるのが分かってたから、孫策なりに俺を心配して、俺を巻き込んでいたのかもしれない。

なにより、こうして、疲れた体を引き摺って店に来たのがその証拠だ。

 

「まったく、この王様は、起きてれば起きてるで、騒がしいくせに、こうして大人しく寝ている時でも、心配掛

 けるんだな」

「ふふふっ、そうですね」

 

翡翠は、俺の意見に優しい声で賛同する。

それを見ながら俺は、店員達に、後を任すための指示を手短に行い、台所で翡翠の為にお茶を淹れる。

 

翡翠は、落ち着いた感じで、俺の茶を美味しそうに飲み、

 

「一刀君、そちらは?」

 

翡翠が視線で、説明を求めたのは、俺の分の茶器の横に置かれた、少し大きめで、蓋をされた茶器の事である。

 

「孫策の分さ、当分目を覚ましそうも無いから、今のうちと思ってね」

「?」

 

俺の説明に、下から、覗き込むように小さく首をかしげる。

うっ、こう言う仕草の一つ一つが、艶があり可愛くもある。

(・・・・・・本当、翡翠達って、こういう事には無防備だよな)

 

「冷ました方が美味しいお茶もあるって事だよ。まぁ今回の配合は、少し邪道だけどね」

「私が、まだ飲んだ事の無いお茶ですよね」

「そう言えばそうだったかも、この世界に来て初めてだな。 今度機会が会ったら翡翠にも淹れさせて貰うよ」

「楽しみにしてますね」

「しかし、こうして見ると、天真爛漫な孫策も、寝顔は可愛いもんだな」

 

翡翠と楽しい一時の会話も、俺のそんな一言が原因なのか、空気が一変し、寒気が俺を襲う。

えっ、あの翡翠? 何でいきなり不機嫌に?

 

「雪蓮様の寝顔が、可愛いですか? 綺麗ではなく」

「え、あ、そ・そうだな、どちらかと言えば、そちらの方が合ってるよな」

 

翡翠の冷たい声に、俺はしどろもどろに答える。

ひ、翡翠、なんか黒いのが、も・漏れてる。

な・なんで? 俺何か逆鱗でも触れた?

 

「一刀君、女性の寝顔を凝視するのは感心しませんよ」

「は・はいっ、すみません」

 

翡翠の注意に素直に謝る俺を見て、翡翠は小さく息を吐いて、雰囲気を元の穏やかな感じに戻す。

どうやらお許しがでたようだ。

まぁ、確かに、寝顔を見るのは失礼だよな、同じ女性として、翡翠が怒るのも仕方ないよな。

でも、

 

「いや最近、翡翠の寝顔を見ていたから、つい」

 

俺のそんな言い訳に、翡翠は顔を赤くして

 

「あぅぁぅ、あれは仕方なくであって、本当は恥ずかしいんです」

「うん、分かっている。 俺を想ってくれた結果だって事はね。 翡翠と明命には凄く感謝しているよ」

 

俺のそんな感謝の言葉に、翡翠は俯きながら

 

「・・・・・・ぁぅ、あの一刀君、私の寝顔も可愛いと思ったんですか?」

「う゛っ」

 

等と、男の俺に対して、非常に困った質問をしてくる。

寝起きに、あの寝顔を見て、どう思ったかなど、恥ずかしくて言える訳が無い。

とりあえず、この場は誤魔化そうと、

 

「今日は、孫策があんな感じだから、勉強会は中止だね」

「・・・・・・一刀君、誤魔化そうとしてますね」

「え、えーと」

「うふふふっ、冗談です。 今日の所は仕方ありませんね」

 

翡翠はそう楽しそうに言うと、席を立って孫策の傍に、寝顔を隠すように腰掛ける。

なるほどと思うと同時に、こういう姿を見ると、翡翠達が孫策に仕えているんだ、と言う実感をしみじみと感じる。

そうして、後は疎らにやってくる客を余所目に、翡翠は手に書物を読み出し、

俺は逆に書き物を行う等と、静かで穏やかな時間が、過ぎていった。

 

 

 

 

 

そうして、静かだった日々は、なんだったのだろうかと、

あの時、一瞬とは言え、腕の中で眠る孫策の大人しさは、なんだったんだのだろうと

俺は、収穫物の入った籠を、倉庫の奥に早足で運びながら自問自答をした。

 

孫策が姿を再び現すようになって、(流石に、連日と言うことはなくなったが)結構な頻度で、俺を引っ掻き回すようになった。

あの時、一瞬でも、孫策の寝顔が可愛いと思ったのは、俺の間違いだ。 一生の不覚だっ!

そう、心の中で、愚痴を吐きながら、俺の分の最後の荷を運び終わる。

まぁ、息子さん夫婦が、恩人の葬儀に此処から数日掛かる町まで行ってしまったために、人手が無くなってしまったのは仕方が無いと思うし、手伝いするのも構わない。

俺と孫策以外にも数人が、この老夫婦の窮地に助けに来ているわけだが、

周囲を見回し、後は大丈夫と判断した俺は、近くの男に言って、店の心配もあるので、先に抜け出させていただく事にした。

 

 

雪蓮に見つからないように(見つかると帰るのが遅くなりそうなので)路地に抜けて歩いていくと、路地にしゃがみ込んでいる人影を発見。

気になって近づいてみると、よく知っている人物どころか、大恩人だった。

大恩人の明命、そして傍らには、ふてぶてしそうな猫が一匹。

そして猫は、石造りの階段で、気持ちよさそうに、太陽の光を浴びている。

 

・・・・・・なるほど

 

どうやら、その猫に、明命が猛烈なアタックを仕掛けているらしい。

 

「お猫様お猫様。ひなたぼっこ中ですか? 気持ちよさそうですね」

「なぁ~(見てのとおりにゃ)」

 

猫は、明命を観ずに、小さく鳴くだけで、日向ぼっこに夢中のようだ。

そして、そんな猫に夢中の明命は、

 

「今日は日向ぼっこには、最適の日ですねぇ」

「・・・・なぁ~(そんなのあたりまえにゃ)」

「ところで・・・・・・そのモフモフの毛、気持ちよさそうですねー」

「・・・・・・(何が言いたいのにゃ?)」

「少しだけでいいので・・・・・・その立派なモフモフの毛に、モフモフさせてもらえませんか?」

「・・・・・・(はぁ~、何で、モフモフされねばならんのにゃ)」

「お願いしますー。えっと・・・・・・ほら、ちゃんとお礼の品も用意しました」

 

そう言いながら、明命は懐から一握りの煮干を取り出す。

(あの色艶は、先日消えた俺の手製の味付け煮干・・・・・・てっきり猫にでもやられたと思っていたが、

 どうやら犯人は明命だったようだ。 言ってくれれば、猫用の味付けしていない物を用意したのに)

すると、それを見た猫が反応を示した

 

「・・・・・・なぁ~(それに免じて触らせてやっても良いにゃ)」

 

そう一鳴きしてから、明命の柔らかそうな膝の上に乗り、明命の手の煮干を食べ終わると、そのまま膝の上で休みだす。

明命は、それを了承したと受け取ったのか、

 

「えへへ~・・・・・・それでは失礼しますね~」

 

とゆっくりと、猫に手を伸ばして、優しく撫で始める。

 

モフモフ

 

「はぅわ~・・・・・・モフモフ気持ちよいです~」

 

モフモフモフ

 

「あぅぁう~♪」

 

明命が猫を撫で、その喜びを声に出して、喜ぶという、なんとも微笑ましい光景が続けられていたのだが、

 

「モフモフが、たまりません~~~~~~~っ♪」

 

モフモフモフモフモフモフモフモフモフ

 

どうやら、あまりの至福の時で、我を忘れて猫を撫で回す。

(あああっ、そんな撫で回したらっ)

 

「うなぁ!(あれだけの報酬で、何時まで撫で取るかっ!)」

「あいたっ!」

 

案の定あんまりモフモフしすぎたせいで、猫が嫌がり、明命の手を引掻いてしまった。

思わず猫を手放してしまう明命。

猫は、その隙に、明命の膝の上から抜け出し、路地の奥へとその姿を消していった。

俺は、其処まで見届けて、呆然と立ち尽くす明命に近づいた。

 

「手、大丈夫か?」

「はぅあっ!? どうして一刀さんが此処に・・・・・・あっ、ひょっとして、見ておられたのですか?」

「うん、一部始終をね」

「あぅぅ・・・・・」

 

と、顔を真っ赤にしてしまう明命。

本当に表現が真っ直ぐで可愛いなぁ。

まぁ、引掻かれるのはともかく、何度か見た光景だし、今更恥ずかしがる事も無いと思うのだけど。

あっ、そんな場合じゃなかったな

 

「手を見せて。あーあ、血が出ちゃってるよ」

 

俺は、作業の時に孫策から受け取っていた竹筒を、取り出しその中の水で、明命の傷を軽く洗ってやると、

 

くちゅっ

 

明命の手を、口元に寄せ、傷口に溜めた唾をつける。

本当は度数の高い酒とかが良いのだけど、あいにく持ち合わせていない。

傷口に唾の中の雑菌が入る心配はあるが、常在菌だし、唾の中に含まれる消毒作用が、猫の爪についた雑菌を幾らか殺してくれるはずだ。

後はお手拭の布をその手に巻いてと、

まぁ、応急処置としては、こんな物かな。

 

「後で、酒できちんと傷口を濯いで、薬を塗っておいてね」

 

そう言いながら顔を上げると、そこには、耳まで真っ赤にさせた明命の姿が・・・・・・あれ?

 

「あぅぅぅ・・・・ぁぅぁぅ・・・・・あぅっ」

「あれ? どうしたの明命」

 

俺の心配する言葉に、なにやら小さく呻っていた明命は、やがて目になにやら決意らしき物を映し、

 

「あの、一刀さん私・」

「こんな所にいたっ!。

 ちょっと一刀、其処で荷車が壊れて立ち往生しているのよ。

 荷物降ろさないと、どうしようもないから、手伝って頂戴」

 

と、また突然現われたかと思ったら、俺の手首を掴み、強引に引っ張っていく。

 

「また、またなのかーーーーっ!」

「文句なら、後でいくらでも聞いてあげるわよ」

「うそつけーーーーーーーっ!」

 

そう叫びながら、孫策に引きずられる様に路地を走る。

そう言えば、明命が何か言おうとしてたな、まぁ家に帰ってから聞けばいいか

 

 

 

 

 

明命(周泰)視点:

 

 

数日振りに見た一刀さんは、私を笑顔で迎えてくれました。

でも、その笑顔は、

前より、とても危うげな物でした。

まるで、あの戦場の時のように、

いいえ、あれよりも、酷く感じられます。

そして、笑顔とは反対に、その顔色は白みがかかり、

翡翠様の言葉を、裏付けています。

 

「明命、お帰り」

 

ぎゅーーーっ!

 

前と変わらない一刀さんの優しい言葉が、

私の胸を酷く締め付けます。

一刀さんを深く傷つけてしまった。

そんな思いが、顔に出そうになります。

駄目です。

今そんな思いを、顔に出すわけにはいけません。

ですが、このままでは・・・・

だから、私は祭様の教えを実行します。

 

「一刀さん、ただいま帰りました」

 

そう言いながら、一刀さんの胸に飛び込みます。

一刀さんの胸板に、私の顔を、想いを隠します。

 

ぎゅっ

 

一刀さんの上着の袖を強く握りながら、

私は、自分の罪を自覚します。

私の勝手な想いが、一刀さんを不安にさせてしまいました。

私の勝手な行動が、一刀さんを、翡翠様を傷つけてしまいました。

一刀さんは、自分が壊れていく事にも気が付かず、ただ自分が希薄になって行ったに違いありません。

翡翠様は、日に日にこんなに弱くなっていく一刀さんを見て、どんなに辛かったのでしょうか。

全て、私の罪です。

 

そして、それでも、私は思ってしまいます。

一刀さんが、其処まで、私を必要としてくれている事に、嬉しいと感じてしまいます。

それだけで、私の罪を、その罪の意識を、塗り変えてしまうほど、

私は、幸福感に包まれてしまうのです。

今、私の瞳を濡らしているのは、一刀さん達への悲しみでも、その罪から感じる苦しみでもありません。

ただ、ただ、嬉しくて、零れ落ちる雫。

 

私は咎人です。

本当は自分の罪に、一刀さんたちを苦しめた罰に、苦しまなければいけないのに、

今こうして、幸福を感じているのです。

なんと言う、許されない罪なんでしょう。

それでも、私は、その気持ちに包まれてしまいます。

 

翡翠様の言うとおりです。

こうして、一刀さんに会っただけで、こんなに一刀さんを想っている事を、自覚させられます。

今でも、頭の中は、ごちゃごちゃだと言うのに、自分の感情を制御するなんて、とても不可能です。

例え、幼平で居たとしても・・・・いいえ、今更もう一刀さんの前で、幼平で居る事なんて、きっと無理です。

一刀さんへの想いを耐えるなんて、とても出来そうもありません。

 

ぽふっ

 

私の頭に温かい手が置かれ、私の頭を優しく撫でていきます。

一刀さん卑怯です。

今、そんな事されたら、私は無理にでも、この想いを耐えなければいけません。

一刀さんが、元の笑顔を取り戻せるようになるまで、私達の想いを押し付けて、一刀さんを困らせるわけには行けないからです。

 

翡翠様、申し訳ありません。

今だけ、

もう少しだけ、

こうして甘えさせてください。

こうして一刀さんへの想いに包まれたまま、

一刀さんの温もりに、包まれさせてください。

 

一刀さんの匂い、

一刀さんの温もり、

一刀さんの私を大切にしてくれる想い、

色々な物が、私の中に染み込んで来ます。

一刀さんの想い、きっとそれは私達とは違うものです。

でも、そんな物に関係なく、今はとても、心地良いです。

 

 

きっと、これが、人を好きになると言う気持ち。

 

 

とても辛い気持ちに襲われる事も、不安にさせられる事もありますが、

それ以上に、とても大切な想いが、私を包み込んでくれる。

一刀さんのためなら、今この想いを耐える事だってして見せます。

 

 

たぶんそれが、人を愛すると言う事だと思います。

 

 

私は、顔を拭いて、そっと一刀さんから離れます。

心残りですが、十分に勇気をもらいました。

今優先させるべきは、一刀さんの回復です。

そう覚悟を決めて、視線を上げると、

 

(あうっ! 翡翠様の視線が、い・痛いです。 あのっ、そのっ、これは・)

 

 

 

 

 

私が戻って数日、

一刀さんは日に日に、回復していきます。

時折魘されているようですが、それでも私が知っているような魘され方で、

翡翠様は、その様子に最初、

 

『 ・・・・・・よかった 』

 

そう言って、ぺたりと床に座り込み、一筋の雫が零れ落ちているのもかまわずに、安堵していました。

それが、何を表しているか分かり、私は、胸を痛めます。

私は目にしていませんが、それ程一刀さんは、酷い状態だったのだと思います。

あの翡翠様が、ここまでに成る程、そして、それを見守る事しかできなかった翡翠様は、どれだけ不安だったのでしょうか、どれだけ胸を痛められたのでしょうか・・・・・・

一刀さん・・・・・・

 

 

 

 

 

一刀さんが魘されなくなるのには、そう時間は掛かりませんでした。

でも、それは、優しい一刀さんが、此方の世界に、足を踏み込む覚悟をした証拠でも在ります。

孫呉の将としては、喜ばしい事なのですが、素直に喜べません。

おそらくそれは、翡翠様も同じなのでしょう。

 

せめて一刀さんを少しでも守れるようになるために、思春様と共に任務の合間に、武の腕を磨きます。

そして、ある日、

一刀さんはお店の休みの日を利用して、修練場にお昼を持ってきてくださいました。

お昼にしては、やや手の込んだものでしたが、思春様の分もありました。

(道理で今朝、今日の予定を聞いて来たわけです)

 

「馳走になる理由が無い」

 

と思春様は、最初断っていましたが、

目の前に拡げられた上、

 

「残しても勿体無いし、手伝ってくれると助かるんだけど」

 

と言う一刀さんの言葉に、一緒に食べることになりました。

一刀さんの作ってきてくださったお弁当は、とても美味しいです。

特にこの酢豚が絶品で、思春様も、もくもくと箸を延ばしています。

重箱の中は彩りも良く、肉・魚・菜と・・・・・・はて、今日は、一刀さんらしくなく、肉や魚が多いです。

でも、私はどちらかと言うと、野菜より肉や魚の料理が好きなので、こういうのは大歓迎です。

やがて、料理も残り少なくなり、最期の酢豚に手を伸ばそうと思った時、一刀さんの箸が、それを掴んでしまいます。

 

「あっ」

 

私の思わず零れ落ちた小さな声に、一刀さんは気がついてしまい。

 

「あ、ごめん、じゃあ明命、はいどうぞ」

 

そう言って、箸で掴んだ豚肉を、私の口の前に掲げます。

 

(はぅぁっ! それはつまり、直接一刀さんの箸から口へと言う事ですかっ!?)

 

い・いえ、た・確かに、以前何度かしましたが、それはまだ、私が一刀さんの事を、じ・自覚する前で、

自覚した、今では・・・・・・

そ・それに、そのためには、一刀さんの使った箸を使うと言う事で・・・・・・

はぁぅぅ、顔が熱くなるのが分かります。

 

「明命?」

 

顔を赤くし、もじもじする私を一刀さんは、首をかしげて不思議そうに、私を見ます。

・・・・・・そ・そうですね、以前もやっていた事ですし、一刀さんもだいぶ笑顔が戻って来ました。

翡翠様、これくらいは、かまわないですよね。

私は、覚悟を決め眼前の豚肉を見詰め、

 

「・・・・・・北郷、行儀が悪いぞ」

「そっか、やっぱそうだよね」

 

口を開け様とした瞬間、思春様の言葉に一刀さんは、あっさり箸を戻し、自分の口へ箸を運んでしまいます。

・・・・・・・・あぅっ・・・・・・私がもたもたしていたばかりに、

先日の額の件といい、お猫様に手を引掻かれた件といい、今回の件といい、一刀さん酷いです。

翡翠様の言っていた、一刀君の無自覚な所と言うのは、こういう事なんですね・・・・・・

 

やがて、一刀さんの無自覚さと、一人盛り上がっていた心を落ち着かせている間に、重箱の中も綺麗に無くなり、食後のお茶を飲みながら休んでいると、一刀さんが

 

「明命も思春も、今日のは、どの料理が一番気に入ったかな?」

 

等と珍しい事を聞いてきます。

一刀さんの料理はどれも美味しいですが、今日のお弁当で私が気に入ったのは、やっぱり

 

「酢豚がとても美味しかったです」

「・・・・私は鰻が」

 

私達の答えに、嬉しそうに微笑んだと思ったら、今度は、雪蓮様のように、悪戯っぽく笑って、

 

「そっか、でも、今日の弁当は、肉も魚も使ってないんだよ」

「「えっ?」」

「作るのは久々だったから、不安だったけど、二人を騙せたんなら成功だね。

 明命が美味しいといった酢豚も、思春の鰻も、と言うか使われた肉や魚と思っていた物は、全部木の実や豆

 や小麦粉等から作った贋物さ」

「うそ」

「・・・・・・なっ」

 

一刀さんの説明に、私と思春様は驚きの声を挙げます。

だって、あれが肉ではないだなんて、味も食感もお肉そのものでしたのに・・・・・・

 

「まぁ、食べてもらったから分かると思うけど、贋物と言っても素食や菜食と言って、立派な料理の一つさ」

 

確かに、あれを贋物と言っては失礼な程、美味しいお料理でした。

でも・・・・・・・・一見なんとも無い顔されておられますが、思春様は落ち込まれています。

江族出身の思春様にとって、鰻は食べ慣れた食材の上、思春様の数少ない好物です。

それを気が付かなかったとなるとなると、その衝撃は・・・・・・どれ程のものでしょう

一刀さんとしては悪気は無いのでしょうが、少し気の毒に思えます。

そんな思春様の様子に、一刀さんも気付かれたのでしょう

 

「し・思春、もしかして、気に触ったかな・・・・・・? えーと、とにかく、ごめん」

「・・・・・・美味い食事を馳走になったのだ、謝る事等、何も無い。

 ただ、・・・・・・おまえの腕が見事だったと言う事にしておこう・・・・・・」

 

思春様の言葉に、一刀さんは慌てるように、

 

「元々、僧が昔食べた味を、懐かしむために作られた物らしいから、簡単に分かったら意味がないと言うか、

 あっ、そうだ、今度良い鰻が入ったら、俺の国の鰻料理を御馳走するよ。無論今度は本物で」

「・・・・・・貴様、私が食い意地が張っている、と考えているわけではないだろうな?」

「えーと、そう言えば、一刀さん、以前に教えていただいた呼吸ですが、あれから、何度か・・・・」

 

とりあえず、気まずい雰囲気を何とかしようと、私は修練中に感じた(片手で数える程度ですが)感覚を説明します。

思春様も、その話には興味があるらしく、先程の気まずい雰囲気も消え、此方の話に耳を傾けています。

一刀さんは、そんな私に目で礼を言って、黙って聞き終えると、

 

「そっか、明命も思春も、入口に立てたか、短時間で其処に立てるなんて凄い事だよ」

「「えっ・・」」

 

なんでもない事のように、とんでもない事を言います。

あ・あれが入口って

 

「そう言えば、そこまで説明はしていなかったね。

 俺達の流派では、それが出来て初めて、後継者として、本格的な稽古が許されるんだ。

 そして、それには幾つか過程と段階があって、武にも使えそうなのは・・・・・・」

 

一刀さんは、簡単な料理の作り方を説明するように、更なる驚愕の事実を、私と思春様に突きつけました。

あれが、基本的な技・・・・・・一刀さんは、武と舞の違いで、何を重視しているかの違いだと言っていますが、とんでもありません。

いったい一刀さんは、どれほど遠いところに立っているのでしょうか?

ですが、思春様は、私とは違う反応をしました。

 

「そうか、あれが入口と言う事は、まだまだ先があると言う事だな?」

「ああ、俺の流派と思春達が目指すものは違うから、どれだけ先が在るか分からないけどね」

「ふん、今はそれだけ分かれば十分だ。

 正直、あれが到達点でなくて、良かったと思っている。

 あれを自在に使えるようになったとしても、おまえにはとても届かない。

 だが、あの先が在ると分かれば話は別だ。

 どれ程の道のりがあるか分からないが、それでも進む先に道があると分かるだけで、なんと心強い事かっ、

 そうか、これが光明とでも言うのか、明命、我等はもっと強くなるぞ。

 北郷の強さが舞の副産物と言うなら、我等はもっと強くなれる、北郷はそう言っているのだ」

 

目を瞑り、淡々と想いを口にします。

まるでそれが確定した未来の事のように、

でも、思春様の言うとおりです。

雪蓮様達に託した私の夢を、

雪蓮様達の夢見る国を築く為にも、

もっと、強くならねばいけません。

兵達が、我等の武を見て、安心して戦えるように、

兵達が、恐怖を飲み込めるように、

強くならなければいけません。

 

そう思ったら、じっとしていられません。

思春様も、同じようです。

そんな私達に気づいたのか、一刀さんは

 

「じゃあ、俺はこれで帰るよ」

「・・・・・・北郷、礼を言っておく。・・・・・・・・・・それと、鰻楽しみにしておくぞ」

 

背中を見せて去っていく一刀さんに、そんな思春様の声が掛けられます。

 

 

 

 

 

翡翠(諸葛瑾)視点:

 

 

明命ちゃんを説得する事に無事成功し、

私と明命ちゃんは、冥琳様のお言葉に甘えて、早めに帰宅する事にしました。

ただ、明命ちゃんだけは、将としての仕事を誰かに任せるにしてもそれなりに引継ぎがあるため、少し遅れる事になりました。

ですが、明命ちゃんが今更逃げ出すとは思えませんでしたので、先に一刀君を迎えに行ってから帰宅する事にしました。

そして、

 

「明命、おかえり」

 

一刀君の悲しい笑顔に、

それでも、今朝よりも力強い笑顔に、

明命ちゃんは、自分の想いを隠すように、一刀君の胸に飛び込みます。

飛び込む前に見せた驚愕に満ちた瞳、仕方ありません。

話を聞いていたとは言え、明命ちゃんにとっても、信じたくない事ですから・・・・・・

 

 

私も、正直これが夢だったらと思いもしました。

でも現実には、私の想いも虚しく、一刀君は静かに壊れていきました。

一刀君を、其処まで追い込んでいるものの正体に至った時、いざとなったら体を使うと言う手も、あまり効果があるようには、とても思えませんでした。

むしろ、その事により、一刀君が人間不信に陥るなど、危険性の方が高く実行するわけにはいけません。

 

情けないです。

一刀君を癒すために何でもすると、誓ったのに、

何も出来ませんでした。

ただ、一刀君が壊れていくのを、見守る事しかできない自分が、

私一人では、一刀君を救う事が出来ないと、すぐに気付けなかった自分が、

とても、無力な存在なのだと、痛感させられました。

 

 

明命ちゃんに飛び込まれて、とても安堵する一刀君の顔を見て、自分の考えが正しかった事を、

一刀君を助けられるかもしれないと、一刀君に悟られないように、小さく安堵の息をつきます。

 

明命ちゃんは明命ちゃんで、一刀君の胸で、

一刀君に優しく頭を撫でられて、

幸せそうに、涙しています。

そうして、そんな穏かな時間が、私達を包み込んでゆきます。

 

 

 

 

 

ああやって、素直に一刀君に飛び込めるのは、年下の明命ちゃんの特権と言えます。

さすがに私の歳ですと、恥ずかしくて出来ません。

だから、少しは仕方ないと思っています。

いますが・・・・・・明命ちゃん、

幾らなんでも、すこし長すぎではありませんか?

約束、覚えていますよね?

 

そう、思っていた時、明命ちゃんはようやく一刀君から離れると、私を見て、小さく震え出します。

いけません、なにか一刀君の事で開き直ったら、何故か今まで我慢出来た事が、漏れ出易くなったようです。

これでは、明命ちゃんの事を言えません。

一刀君が回復しきるまでは、休戦だと言い出したのは、一刀君に余計な心配や負担を掛けないためです。

なら、こういった気持ちも抑えねばいけませんね。

 

 

 

 

 

夕べ、一刀君が悪夢に魘されました。

毎晩のように一刀君を襲っていた、悪夢と現実の狭間に蝕まれるような物ではなく、

以前のように、手を握れば、

その温もりに安心して、深い眠りに付く、

一刀君を悩ます、普通の悪夢、

あれならば、一刀君は乗り越えてくれます。

 

まだ、寝起きで靄の掛かる意識の中、その事が、私の心を、そして体を、軽くしてくれています。

目の前で朝食を食べる一刀君は、きちんと睡眠を取れた証拠に、昨日より顔色が良くなっています。

これなら、思ったより早く回復してくれるかもしれません。

 

そしたら、私は・・・・・・ぁぅぁぅ、今思えば、思い切った事をした物です。

でも、あれは私の気持ちには違いありません。

あうぅ・・・・・・そう思うと、一刀君の顔を見ると、一刀君が回復した後のことを考えてしまいます。

隣を見ると、明命ちゃんも同じ気持ちのようです。

いけません、今はそう言う時期ではありませんと思いつつ、何度も一刀君の顔を見ては、考えてしまいます。

どうやら、私が思っている以上に、過剰反応しているようです。

でもそれは、きっと一刀君に対して、覚悟を決めたばかりだからだと思います。

だから、少し時間が経てば、押さえられると思います。

でもそれまでは、・・・・・・・・・・ぁぅぁぅぅ

 

食事も終え、まだ少しボーとしていると、一刀君が、

 

「朝から様子が変だけど、二人共調子が悪いんじゃないのか?」

 

そう言って、私と明命ちゃんの頭を、優しく引き寄せると、

 

こつん

 

一刀君の額に、私達の額を、そっとくっ付けます。

 

「ぁぅぁぅ」

「はぅわっ」

 

私のすぐ目の前に、目を瞑った一刀君の顔があります。

すぐ息の掛かる位置に、一刀君の唇が、

接触した部分から、一刀君の体温が直接伝わってきます。

 

ばくんっ!

ばくんっ!

 

胸の鼓動が、早鐘のように、激しく叩きます。

鼻腔に、一刀君の匂いが、

そして、それが体中に廻るような感覚に襲われます。

意識が遠くなりそうな感覚の中、

私は目を瞑り、顎をそっと前に突き出そうとした時、

一刀君は引き寄せられた時と同じように唐突に、私達から離れると

 

「うん、やっぱり二人共熱があるようだね。

 忙しいかもしれないけど、今日は休んだらどうかな」

 

なんて、とんでもなく見当違いな事を、

本気に心配そうな顔で、私達に言ってきます。

自分の手が震えるのが分かります。

強く握りすぎた拳が、手を白くしている事でしょう。

今私達は、きっと顔を真っ赤にさせていると思います。

一刀君が、惚けた言葉を言う前とは、逆の思いで、

 

分かっています。

分かっていたはずです。

一刀君がこういう人だって事は、

勝手に勘違いして、期待した私達が、悪いわけですから、

このまま無自覚な一刀君に、怒りをぶつけるわけにはいけません。

傷心中の一刀君を、追い詰めるわけにはいけません。

ですから私達は、無理やり怒りを飲み込み、

 

「一刀君、私と明命ちゃんは、大丈夫ですから、今日もお仕事頑張ってくださいね」

 

そう言葉と微笑みを残して、私は、明命ちゃんの手を引っ張って、台所から離れた自分の部屋に戻り、

 

「「一刀君(さん)の馬鹿っ! 鈍感っ!」」

 

殆ど同時に、隣の明命ちゃんの部屋から、同じ叫び声が聞こえてきました。

 

 

 

 

 

あれから時は流れ、一刀君が魘されなくなった頃、

私の部屋で、袁家から手に入れた情報、明命ちゃんの配下の密偵や、旅の商人たちから集めた情報を元に、今後について、冥琳様と穏ちゃんと話し合っていました。

 

「ふむ、ではやはり劉宏様が亡くなられた後、何進と宦官共は宮廷内の争いで、宦官共が勝利を収めたものの、

 何進の味方についた董卓までは手は回らずに、宦官共は処断されたと言うわけだな」

「そのようですねぇ~~、お間抜けな話しです」

「穏、そう言うな、その董卓の方が上手だっただけかも知れんぞ」

「そうですね~、仮にも漢の実権を握っていた人達ですから、本当にお間抜けと言う事は、あまり考えられま

 せんね~~」

「ふむ、その董卓なる人物、どういった人物なのだ?」

「生憎、涼州にある天水の太守としか分かっておりません。

 よほど用心深い人物のようですが、主だった将達の名はつかむ事が出来ました。

 それと、董卓が都を占拠していることで・」

「失礼いたします」

 

私の言葉を遮って、兵の一人が部屋に、入ってきます。

 

「何事ですか、今は重要な協議の最中です」

「も・申し訳ございません。 伯符様の通行手形を持った、諸葛様の家の者と名乗る者が、これを渡して欲しい

 と言付かりました」

 

そう言って、一抱えもある荷物を、空いている机に置いていきます。

雪蓮様の手形を持った家の者、と言うと一刀君しかいません。

私達は、協議を一時止めて、布に包まれた大きな荷物に、目をやります。

一体なにを・・・・・・この僅かに漂う香りは、

 

「どうやら、一刀君がお弁当を持ってきてくれたようです」

「そうか、今日は北郷の店は定休日と言うわけか」

「ええ、それにこの大きさからして、けっこうな人数分ありますね」

「ほえ、では、時折翡翠様が食べられていた、あのお弁当を食べられると言うわけですか~」

「ええ」

 

私の言葉に、特に穏ちゃんがお腹に手を当てながら、目を輝かせて、私と荷物を交互に見詰めます。

まぁ、一刀君のせっかくのお気遣いですし、こうして、多めに持って来たと言う事は、それなりの意図があっての事なんでしょう。

 

「はぁ~、冥琳様、協議も中断してしまった事ですし、穏ちゃんもこの様子ですから、この際御一緒にいかが

 でしょうか?」

「ふふっ、せっかくだ、馳走になろう」

「あ~~、酷いですよぉ~、それでは、まるで私が食いしん坊さんみたいではないですかぁ~」

「ほう、では、穏の分はさっきの兵でも呼んで」

「あ~~冗談ですから、そんな酷い事言わないでくださいよ~」

 

冥琳様の冗談に、穏ちゃんは慌てて、前言を取り消します。

こう言う、食欲に忠実な所が、ああも見事に育てるのでしょうか?

そう思いながら、自分の胸に手を当て、・・・・・・でも、冥琳様は、私とそう食べる量は変わりません。

止めましょう、何か虚しくなって来ますし、せっかくの料理が不味くなってしまいます。

脱線した思考を振り払い、人数分のお茶を淹れ、包みを解くと、

其処には、八段もの重箱が姿を現しました。

少し私達だけでは多そうですね、なら、雪蓮様の所にもっていきましょう。

とにかく中を確認して、侍女にでも手伝ってもらいましょう。

 

 

「・・・・・・ぁぅ・・・・・・」

「・・・・・・」

「ほへぇ~~、あの翡翠様、北郷さんは、書物を食べ物にされるのでしょうか?」

 

静まる部屋の中を、穏ちゃんの、奇天烈な質問が染み渡ります。

相変わらず、穏ちゃんは、変わった視点を持つ娘です。

ですが、今回は、そんな質問が出て来た理由は、判らないまでもありません。

なにせ、一段目の重箱の蓋を開けると、其処には、四冊の本が収まっていたからです。

 

「穏ちゃんではありませんから、一刀君にそんな趣味はありません」

 

そう言って、他の重箱を開けると、案の定本が入っていたのは、最初の二段だけで、後は普通のお弁当でした。

 

「ふむ、後はまともな弁当のようだな、幾ら本が好きとは言え、流石に食す程ではないから、あれを喰えと言

 われても困る所だった。 察するに、北郷なりの冗談なのだろう」

「はぁ申し訳ありません。 どちらにしろ私達だけでは少し多いので、穏ちゃん申し訳ありませんが、雪蓮様

 を呼んできてもらえないでしょうか」

「ほえ?、雪蓮様を此方にですか」

「穏頼んだぞ」

 

私と冥琳様から言われた、穏ちゃんは雪蓮様を探しに部屋を出て行きます。

 

「で、その書物には何が書かれているのだ?」

 

穏ちゃんが出ていくなり、冥琳様がそう聞いてきます。

一刀君は、穏ちゃんの悪癖を知らないから、こういう事が出来るのでしょうが、流石に食事時にああ言う匂いを出されるのは敵いません。

私は、その事に溜息をつきながら、本の一冊に手を伸ばします。

一刀君が、この所態々紙を使って、何かを書いていたのは知っていましたが、おそらく、これなのだと思います。

書物の表題には、一刀君の字で、それぞれ『家庭的医学』『解体新書』と書かれ、後の六冊には表題の後に、数字が振ってありました。

どうやら、表題的に簡単な医学書の類のようです。

そう予想をつけ、項を捲り、中に目を通していきます。

冥琳様も、もう一冊に手を伸ばし、中に目を通して行っているようですが、すでに私の意識は其処には無く、本の内容に驚愕するばかりでした。

 

 

 

 

 

「はぁーーーーー」

 

私は途中で本を閉じ、息を大きく吐きます。

そんな私の行動に、冥琳様も一度本を閉じ、静かに息を吐きます。

 

「驚きました。

 一刀君の居た天の国が進んでいるとは思っていましたが、庶人の知識でここまでとは・・・・・・」

「ああ、まったくだ。 専門的な事は分からないが、かなり高度な事が書かれている」

 

内容の詳細を吟味するのは、後でも出来ます。

今は、書かれている内容はともかく、何のために一刀君が、この書物を書き、こういう形で私達に渡したのかです。

考えられる事、一つはおそらく、先日の戦で一刀さんが提案した賊共の埋葬の件です。

今後も、継続させるためと、そのために起こる衝突を回避するための手段として、

そしてもう一つは、この書物を、天の書物として出処不明にさせるためです。

一つ目の目的の必要上、この本の内容を世に広める事になります。

そうなれば、当然出所を探ろうとする者も出てくるはずですから、袁術の目がある今、そう言う事態を少しでも回避するために、一刀君なりの配慮として、こういった手段をとったのだと思います。

 

でも、この驚くべき内容を、どれだけの人間が信じ、理解できるのか・・・・・・

いいえ、違います。

そうしなければ、いけないのです。

この本の内容が事実なら、私達の病気に対する知識や常識が覆されます。

出鱈目だと、信じない物も居るでしょう。

ですが、この本の知識を元に、私達の医術は大きく進化するはずです。

多くの者達が病に苦しむ事が、

多くの者達の命が助かる可能性が、

身近な者の病を、死を、苦しみ、悲しむ者達が減るのだとしたら、

どんな形であれ、それを世に広めるのは、私達の仕事です。

 

「翡翠はどう考えている」

 

冥琳様は、すでに自分で考えが纏まっているのに、私にそう確認をしてきます。

それは、一刀君の意図を間違えていないかの確認です。

それだけ私は、周りから見たら一刀君に、触れている機会が多いと映っているのでしょう。

・・・・・・ぁぅぁぅ、私そんなに、傍から見て一刀君の事を考えてばかりいるのでしょうか?

一瞬、脳裏に浮かぶ疑問に、頬を染めるものの、すぐに我に返り、自分の考えを冥琳様に告げます。

 

「まずは、信用ある医者に、この内容を確認させた上で、内容を厳選させた部分的な写本を、我等に属する者

 達の抱えている医者の手に入るように仕向けます。

 その上で、下位医者等に噂を広め、頃合を見て、少しずつ御触れを出すのが有効と思われます」

「ふむ、手数料の安い下位の医者の口から、多くの庶人に広めた所で、我等が振れを出す事によって、その信

 頼性と、知識を一気に広めるというわけか」

「はい、多少時間はかかりますが、我等に協力している豪族とはいえ、民達に不満が無ければ、理と利がある

 以上、相手を埋葬する事に対して、そう此方を咎める訳にはいけなくなるでしょう。

 それに、医者達がこの本の内容を理解し、己の物にしていけば」

「我等に先見の明と、天の知識があると、思わせる事が出来るな

 今後の事を思えば、これは金山にも匹敵する宝と言えよう。

 それを惜しげもなく我等に託すとは・・・・・・・・

 それに、内容にも驚くが、これに込められた意を考えると、喜んでばかりもいられんか。

 翡翠、この書物の運用は任せたぞ、建策を練り、報告してくれ」

「はい」

 

冥琳様の言葉に、私は頷きながら、一刀君から託された本を、目に付かないところに片付けます。

そろそろ、穏ちゃんが雪蓮様を連れて戻ってこられる頃ですし、穏ちゃんに見せるには、色々な意味で刺激の強い内容です。

 

「翡翠、御昼を御馳走してくれるなんて、悪いわね」

 

ちょうど、片付け終えたところに、雪蓮様と穏ちゃんが部屋に入ってきました。

 

「あれ? 先程の本は?」

「冥琳、何の事?」

 

机上に、先ほどの本がない事に気がついた穏ちゃんは、私に聞いてきます。

事情を知らない、雪蓮様は、説明を求めますが、

 

「なに、賊の埋葬の件での事でな、後で説明をする。

 あと穏よ、雪蓮を巻き込んで、知識欲を満たそうとするのは、余り感心する手段ではないぞ。

 罰として、この本は、しばらく私と翡翠で預かっておく、許し在るまで目を通すことは許さん」

「うぅうえ~~~~~~~~~っ、それはあんまりですよぉ~」

 

冥琳様の言葉に、抗議をする穏ちゃんですが、

 

「なんなら、孫氏や司馬法を読むのを禁じるどころか、書庫への出入りを禁止にしても良いのだが?

 なに、穏にも仕事をしてもらわねばならぬので、要約は後で教えておこう」

 

冥琳様の容赦の無い言葉に

 

「うわ~~~ん、書庫への出入りを禁止されては、仕事に支障が出てしまいます。

 それに、要約だけなんて、もしあれが素晴らしい書物だとしたら、生殺しじゃないですかぁ~」

「そうでなければ、罰にはなるまい」

「冥琳様酷いですよぉ~~」

 

 

 

 

 

「しっかし、蓮華も祭も残念ね、こんな美味しい物がある日に、荘園の視察だなんて」

「本当に、そうですよねぇ~」

「まぁ、仕方あるまい、視察も立派な任務だ。

 それに、祭殿は、荘園で美味い酒を馳走になるつもりで、嬉々として蓮華様の護衛を思春から奪っていった

 のだ、文句など言えまい」

 

雪蓮様達が、一刀君の料理に舌鼓を打ちながら、留守中の蓮華様達の噂をしています。

一刀君の料理は、相変わらず、とても美味しいもので

 

「うちの料理人達も、少しは一刀の腕を見習ってほしいものね」

「雪蓮よ、そう言うな、これ程の腕を持つ者となると、雇うのも大変になる」

「それはそうですね~、こんな特級厨師並みの腕をもつ方の料理が、毎日食べられるなんて、翡翠様や明命

 ちゃんが、羨ましいかぎりですよぉ~」

 

その代わり、私は家事全般完敗と言う、屈辱感と敗北感を同時に味わいました。

と言うか、女性としての見せ場を、全て奪われるのはどうかと言う気も・・・・・・・・

穏ちゃんの言葉に、一刀君との腕の差を思い出させられて、すこし気分が落ち込んでしまいます。

それでも、一刀君の料理をゆっくりと、そして何度も、口に運びます。

 

歯ごたえ、舌触り、味覚、嗅覚、全てに意識をしながら注意深く、味わいます。

最初は、ちょっとした違和感、それも、一刀君の腕前を盗もうと注意していなければ、気がつかなかったような小さなもの・・・・・・

そして、それを確かめるように、何度か味わう事で、確証しました。

使われている、豚も、魚も、鶏も、全て贋物です。

確か、一刀君は素食とか、以前天の国の料理の話を聞いた時に、出てきた記憶があります。

 

確かに、これはこれで面白く、美味しい料理ですが・・・・・・でも、何故?

それに、重箱の中に本、

 

「翡翠どうしたの?

 箸が止まっているようだけど、食べないとなくなっちゃうわよ」

 

雪蓮様のそんな声が聞こえます。

三人は、本当に美味しそうに食べています。

きっと、これに使われた肉や魚が本物でないなんて、思いも寄らないでしょうし、言っても・あっ!

そう言う事ですか、私達は一刀君の齎す知識が正しいものと言う、信頼と言う名の先入観がありました。

でも、他の人達はそうではありません。

其処に、この本と、一刀君が注意している事が事実なら、私達の医学や治療方は、間違っているものが多く、それが広まり、常識として信じられていると言う事です。

其処へ幾ら正しい知識と言っても、今までの物を覆すのは・・・・・・・

 

まったく、一刀君は優しいのに、やっかいで、困難な事を押し付けてくれます。

しかも、知ってしまった以上、引き返せないと来ています。

それに、どうやら他にも意があるようです。

ですが、それは書物を全て読んでから考える事にしましょう。

そう、頭を切り替えて、今度は純粋にこの味を楽しむために、箸を伸ばしながら、

 

(今、これが本物と信じきっている三人に、本当の事を伝えたら、どういう反応をするのでしょうか?

 うふふふふっ、少し楽しみです。・・・・・・・・今度、作り方を教えてもらいましょう)

 

 

 

 

 

某所:

 

 

「ほーーーーーっほっほっほっほっ、田舎太守が都を牛耳るなんて、生意気ですわ」

「姫ー、そんなのどうでもいいじゃないですか」

「そうですよー姫、それに、宦官を排してくれたおかげで、助かっていることが多いのですから」

「二人とも何を言っているのです。そんな事はたいした問題ではありません。

 問題なのは、都を牛耳るのは、三公を輩出したような名家がふさわしいと言うものですわ」

「姫は、自分こそが相応しいと、言いたいんですね」

「そうは言っていませんわ、ただ、相応しい方が居なければ、仕方が無い事もありますわね」

「あのー姫、そうなると、戦になってしまうのですが」

「いいじゃないか斗詩、強いやつと戦えるかもしれないんだぜ」

「そりゃ文ちゃんは、それで良いかもしれないけど、兵達はそう思わないよぉ」

「斗詩さん、何をくだらない事を言っているのです。

 勝ち戦となれば、兵達もそのような心配はしませんわ」

「ですが、都まで攻めるとなると、被害も相当なものになりますよー、それに此処を空にするのも心配ですし」

「こういう時こそ、脇役の皆さんに、役に立ってもらう時ですわ」

「はー、巧く此方の話に乗ってくるでしょうか?」

「心配すんなよ、斗詩。 集まらなかったら、あたい達の見せ場が増えるだけの話さ」

「手紙の内容は私が考えます。 斗詩さんは、それを噂と一緒に、彼方此方に配るだけでかまいませんわ」

「はぁー、言われた以上やりますけど、集まらなくても私の所為ではありませんよ」

「私の考えた事に間違いはありませんわ。 ほーーーっ、ほっほっほっほっ」

(はぁーー、結局一番大変な事は、私がやる事になるんでしょうけど、

 ・・・・・・・・贄にされた董卓さんは、少し可愛そうですね)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

つづく

あとがき みたいなもの

 

 

こんにちは、うたまるです。

  第25話 ~悪夢に踊り狂う影を見守る想い~ を此処に、おおくりしました。

 

今回は、ちょっと長めの話になってしまいました。

基本的に今回は、一刀のリハビリ期間中のお話です。

最初は、覚悟を決めた事により、二人の心の変化を描こうと考えていたのですが・・・・・・・・

まぁ、それは置いといて、二人の恋心を楽しく書くことが出来ました。

しかし書いていて思ったのですが、

 

「誰か、この罪深き唐変木に、罪名と罰を与えてくれっ!」

 

と、思わず叫んでしまいましたね。

 

さて、次回からは、反董卓連合編に突入する予定です。

・・・・・・このペースで行ったら、話が終わる頃には何話になっていることやら(汗

 

では頑張って書きますので、どうか最後までお付き合いの程お願いいたします。

 

PS:そろそろ、蓮華と祭も出さねば、彼女等にどんな目に合わされることやら・゚・(ノД`)・゚・


 
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