No.997047

小料理屋「萩」にて 第一夜 童子切 一

野良さん

式姫の庭の二次創作小説です。
仙狸が庭の中に開いた小料理屋で、客とおしゃべりするだけのお話……の予定。

前話:http://www.tinami.com/view/991233

2019-06-22 20:00:07 投稿 / 全2ページ    総閲覧数:651   閲覧ユーザー数:643

 静かに戸障子を開き、暖簾を潜って入って来た客の顔を見て、仙狸は苦笑気味に一つ頷いた。

「やはり、最初の客はお主か」

「酒ある所、私あり」

 当然の事ですね、あっはっはー。

 入口の行灯の火明かりの中、艶然と微笑んだのは、童子切。

 かつて大江山の鬼王、酒呑童子の首を刎ねた、古今無双の名刀に宿った神霊の式姫、そして、無類の酒好き。

「刀の付喪神は、斬った相手の魂に、多かれ少なかれ、影響を受ける物ですよ」

 ましてそれが、名付けの元なら猶更。

 というのは、真偽定かならぬ本人の言い種ではあるが、それが韜晦なのか事実なのかはともかく、聞いた者が成程と頷く酒豪として知られる式姫。

 本日の彼女は、常の重厚な戦装束では無い、湯上りの体に鶯色の袷を着流しに、品の良い羽織を肩にかけ、自身の分身たる大業物を腰に一振り落とし差しにして、手に小さな風呂敷包みを下げただけの、酔客らしい洒脱な姿。

 長身の彼女らしく男装に近い姿が良く似あっているが、隠しきれない柔らかい体の線と秀麗な顔貌が相まって、得も言われぬ色香を仄かに纏う。

「お腰の物を……と言いたい所じゃが、そういう店でも無いでな、手洗水(ちょうず)と刀掛けと衣文掛けはそこに在る、済まぬが自分で良いようにやってくれぬか」

 入口の隅に、目立たなく置かれたそれらを見て、童子切は淡く笑った。

「捌けたお店ですね」

「わっち一人の、身内相手の気楽な店じゃ、客あしらいが雑なのはご勘弁、といいう奴じゃな」

 その言葉に、寧ろ気楽でいいですと、くすくす笑いながら刀を掛け、羽織を畳んだ童子切が、十年来の客のような顔をして仙狸の前に腰を下ろし、店内をぐるりと見渡した。

 すっきりした間取りに、白木の香り。

 簡素な竹の花活けに野の花を飾っているだけだが、その彩と花活けの調和が、清楚な美しさを店に添える。

 店主の、飾らないがどこか洗練され、落ち着いた佇まいを映したような……。

「良いお店ですねー」

「全くな、主殿が随分と張り込んで建ててくれたが、わっちの道楽には勿体ない位じゃよ」

 そういう意味だけじゃ無いんですけどねー、等と思いながら、童子切は別の事を口にした。

「まぁ、主殿も呑んべですからねー、それに殿方としては、こういう隠れ家みたいな場所は欲しかったんじゃないですか?」

「ふふ、そうならばわっちも気兼ねなくて良いがな」

 仙狸は暫しとんとんとまな板の良い音を立てた後に、童子切の前に渋茶とかぶの漬物を差し出した。

「先ずはこれでも摘まんでおってくれ」

 ぬるめにゆっくり淹れられた煎茶を手にして、童子切は目を細めて口を付けた。

 ほんのりと体を温め、口中を漱ぎ、これから出て来る料理や酒を引き立てる。

 茶を置き、童子切は綺麗に切られ、葉の部分も添えられたかぶに箸を伸ばした。

 箸から伝わるのは、彼女が良く知るかぶの漬物特有のふわりとした柔らかさでは無く、生に近い硬さ。

 噛んだ歯の間に、しゃりっとした歯ごたえが残る。

 ほんのりと甘みを感じる程度の昆布出汁と薄い塩の間に鷹の爪の辛みと柚子の香が、かぶの新鮮な味に混じる。

 保存では無く、新鮮さを重視した、面白い漬け方。

 とろみが出る程に漬け込んだかぶの旨さは無論言いようも無いが、これはこれで、実に旨い。

「こんなのも、ちと面白いじゃろ」

「ふふ、確かに」

 ことりと湯呑を置いて、童子切はそうそうと口の中で呟いて、持参した包みを解いた。

「こちら、つまらない物ですけどー」

 童子切が差し出した、何やらの笹包みを、忝いと受け取った仙狸が、それを解きながら目を細める。

 岩魚と山女に、そっと添えられた蓼の一枝の青さ。

 薬味を添えるさらっとした気配りと、目にも優しい贈り方に、童子切が纏う都の香りをふわりと感じる。

「これはどうもご丁寧に、昼の釣果かな?」

 既にはらわたを抜いて、塩をしてはあるが、まだまだ新鮮な輝きが目に宿っている。

 仙狸の言葉に童子切は苦笑を浮かべて肩を竦めた。

「お恥ずかしい話ですが、私の方はこれでしてねー」

 そう言いながら、つるりと頭を撫でる仕草に、思わず仙狸が袂で口を押える。

「くっく、ボウズか」

 笑いながらの仙狸の言葉に、童子切も苦笑を返した。

「まぁ、猫跨ぎ(ねこまたぎ)は何尾か掛かったんですが、流石に仙狸さんの開店記念に持ち込むのも縁起の悪い名前ですので」

 そちらは、明日あたり、夕餉の膳に。

「ウグイか、あれはあれで南蛮にしたり、甘露煮にすると旨いんじゃが、気を遣わせてすまぬな、ではこれは?」

「くらかけみやさんに釣果を分けて貰いました、おすすめは塩焼きだと」

 くらかけ殿に掛かっては、魚は全部焼かれてしまうがな……と口の中だけで呟いて、仙狸はそれを眺めた。

「仙狸さんなら、どう調理します?」

 さて、と笑いながら、仙狸は鮎の顔を見た。

「くらかけ殿ではないが、川魚は何らか火は通さんといかんでな……」

 ちと考えさせてくれ、そう呟いて、仙狸は魚を手に、厨房の後ろに在る、半地下のような奥の間に続く階段に足を向けた。

「そちらは、食糧庫か何かですかー?」

「ああ、これか、小さな氷室じゃよ、贅沢な話じゃが、この庭じゃと、おゆき殿の機嫌が良い時に頼めば、ちょちょいの話じゃからな」

 山神の化身、雪女のおゆき。

 夏に山一つ白く染め上げる事すら出来るその絶大な力を以てすれば、小さな部屋を氷詰めにするなど、いとも容易い。

「成程……では、そこにお酒も」

 冷暗所でじっくり寝かせた酒の、格別な味を知る童子切の喉が、覚えずぐびりと鳴る。

「それなくば商売にはならんでな、主殿の名を使って、樽でくすねて来てあるぞ」

 これで時の経過と共に変わりゆく酒の味も楽しめるじゃろう。

 その仙狸の言葉に、鈴鹿御前を相手に酒の交渉をする労苦が省かれたと知った童子切が、実にいい笑顔を浮かべるのを見ながら、仙狸は頷いた。

「まぁ、呑兵衛の友として今後はご贔屓に頼む。では、調理法を思いつくまで、魚殿はあちらで休んでいて貰おうかな」


 
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