No.992317

【BL注意】生きているっていいことだ。

薄荷芋さん

本編庵真。馴れ初めを語るカップルっていいよねっていう話。
97のときにシングル参戦ってことはなんか色々あってホテルとか同部屋だったりしない??????という妄想を22年間続けています。22年!?

2019-05-06 17:40:42 投稿 / 全1ページ    総閲覧数:839   閲覧ユーザー数:839

一体何処に惹かれたのか、と、まあそんなこと誰からも、彼自身かれも聞かれることなど無いだろうけれど。でももし聞かれたら何て答えるだろう。

綺麗な顔、低い声、筋張った手と長い指―……、彼の好きなところなんてたくさんあり過ぎる。なのにその何れかに惹かれた、というと少し違う気がする。

もっと根本的な、彼の存在自体にその理由がある気がして、俺は彼を想うときに感じる胸の高鳴りに耳を傾けてみた。彼が俺の前でする仕草をひとつひとつ並べてみた。

ああそうか。俺が彼に惹かれた理由は。

 

彼がこの世界で、俺の隣で生きているからだ。

 

***

 

「八神さんって、生きてるんですね」

言うに事欠いて何を言い出すのだろう。目の前の素っ頓狂を一瞥して、庵は一言言い放つ。

「殺すぞ」

「ひいっ!すいません!!」

するとその素っ頓狂こと、〝宿敵〟の自称弟子こと矢吹真吾は両腕を掲げ庵の威嚇を遮るように守りの体勢を取って平謝りする。謝るくらいなら挑発などしなければいいのに、庵はその情けない少年に即座に反応すると、その腕を払い除けて喉元に爪を立てる獣の如く迫った―……

 

基本三人一組でのチーム出場が基本だったKOFで、今回から設けられたシングル出場枠。

八神庵は神楽ちづるの差し金によりシード選手として、そして矢吹真吾は一般個人予選大会を勝ち上がってその枠に納まっている。

そしてどういうことだか、二人に宛がわれたホテルの部屋は一部屋。初対面の他人同士ということを考慮してか部屋は広いスイートルームを用意されており、まあまあ広さについては十分に確保できてはいるのだが、そもそもツインルームであることには違いなくベッドは隣り合っているしバスルームだって一つしかない。

庵は別に宿を取ると出て行こうとしたが、どうもこのホテルは神楽家の息が掛かっているらしくそれは叶わない。真吾は真吾で初めての海外で、まさか一人だけでこれからホテルを取るだなんてできるわけがない。招待選手ではないから運営に言ってもそれなりの返事しか帰ってこない。

どうしようもなく、仕方なく、それ以上の何かがあるわけではなく、二人は大会期間中同じ部屋で寝泊りをする羽目になったのである。

 

そしてくだんの発言が真吾から飛び出したのは、本選の開幕も近い、滞在して五日目の夜だった。

師匠である草薙京のライバル、京を殺すと公言して憚らない庵への恐怖心と警戒心を丸出しにしていた真吾から飛び出したまさかの挑発的な言葉。生活空間に他人がいることへの苛立ちが限界を迎えていた庵の怒りを爆発させるには十分過ぎる着火剤だった。

庵は真吾の胸倉を引っ掴んで壁へと押しやる。勢い良く背中を叩きつけられると、衝撃で落ちてきた小さなリトグラフの額縁が真吾の頭頂部に直撃した。痛がる暇もなく険しい表情の庵が迫ってくるので、真吾は半泣きでもう一度「しゅいましぇん!!」と謝った。だが彼の怒りのゲージは上がっていく一方で、Tシャツの襟ぐりを引っ掴んだ手には力がどんどん籠められる。

「だったら何だ、俺を殺すか?」

「っ、か、は……」

流石に首元が苦しく呼吸に難が生じてくる。真吾は潰れそうな喉を何とか奮わせ掠れた声で「放して下さい」と懇願すると、何度目かでようやく解放されると膝を付き咳と濁った呼吸を交互に繰り返した。

無様だ。庵は単純に弱者を見る目で真吾を蔑んだ。あのまま首を捻ることすら容易そうなこのひ弱な『一般人』が、草薙京の威を借って何事かをほざいている。八神庵を殺して見せれば飼い主が褒めてくれる、そんな浅はかな考えでもあったのだろうと最早怒りを通り越して憐れみすら覚えている。庵は真吾の髪を掴んで面を上げさせた。涙を滲ませて苦しそうに口で呼吸をしている無様な少年。あとは死なない程度に数発いいのをくれてやれば減らず口も叩けなくなるだろう。彼はそう考えていた。

しかし、少年は一筋縄ではいかない性分を持っていた。絶対に折れない一本筋の通った、庵が想像したような浅く狡猾な腰巾着とはまるで逆の性分。その片鱗を覗かせるように一瞬凛とした眼差しで庵を睨むと、彼が意外な表情に気取られた隙に髪を掴まれていた手を除ける。怪訝な顔をした庵の頬に、真吾はそっと触れて、そしてまた咳きこんだ。

「なんでそうなるん、ゲホッ、です、ゲホゲホッ、かあっ」

ようやく絞り出せた声はまだ掠れていて時折むせてみせたが、眼差しは真っ直ぐに庵を捕えている。もしかしたらコイツは自分が思っているよりも骨のあるやつなのではないか。眼差しに怯んだわけではないが本能的にそう感じ取った庵は、ひと先ずこれ以上の手を出すのを止め、腕組みをして真吾を見下ろした。

生きている、とは、どういうことだったのか。勿論今自分は生きているし、草薙京を殺すまでは死ねない。寧ろ草薙京を自らの手で殺すことが出来るのであれば死んでも構わないのだが、とりあえずは今、こうしてやや不本意な状態で生きている。庵は先刻彼に凄んだ時よりは幾分か静かに、低く、空気を震わせるような声で真吾に語りかけた。

「俺は京を殺す、必ず殺す」

「……」

「そんな俺が生きているんだ、お前は許すのか?許せないんじゃあないのか」

「俺が言いたいのはそういうことじゃなくて!」

やおら立ち上がって言い放ってから、真吾は驚いたように目を見開く。自分でもびっくりするくらいの声が出ていたのだ、目の前の庵も少々驚いた顔をしている。まだ声が反響しているような気がして二の句が継げない。「あの、ええと」と小さく口の中で繰り返してから、真吾はすうっと深呼吸をした後で訥々と話し始めた。

「八神さんも、なんていうか、俺と変わらないっていうか、その、生きてるんだなって。この世界で、呼吸をして、メシも食うしお風呂も入るし、寝るし、なんか、そうなんだなーって」

真吾の頭の中には、数日同じ空間に居る自分に対してある意味で無防備とも言える姿を曝していた庵の姿が浮かんでいた。それは真吾が画面越しに観た、あるいは京から伝え聞いて頭の中に作り上げた『狂気と暴力』に塗れた彼のイメージとはまるで違うものだった。

真吾のことを警戒することも無く、うざったく追い払われることはあったが出ていけと恫喝されるようなこともない。不意に声を荒げるようなこともせず寡黙に、淡々と生活をしている。

そんな姿を見せてくれたのはおそらく庵が真吾を警戒するに値しない人間だと評価していたせいでもあるが、結果として真吾の考えを改めるきっかけになったのだ。

「俺とおんなじだとか、そんなおこがましいことは言いません、だけど」

もしかしたら、この人は自分が思っていたような『危ない人』ではないんじゃないか。きっと、多分だけど、皆が言うよりもずっと、ちゃんとした人なんじゃないか。

真吾はただ正直に、この数日間自分が庵を観察した感想を伸べる。

「ちょっと安心しました、ただそれだけです」

何だコイツは。庵はそう思った。だってそうだろう、自分の師匠を殺す人間を見て、安心したと抜かしている。ふざけている。ふざけていないのならどうかしている。庵は目の前の少年のことが全く解らなくなってしまった。何か誤魔化されている気がするか、口先の誤魔化しで命乞いを試みることができるほど器用な人間にも見えない。ならば本心からこの少年は自分を見て何らかの安心感を得ているというのか。この八神庵から?まさか。

「馬鹿なのかお前は」

「草薙さんにもよく言われます、それ」

俺、そんなに変なこと言ってますか?と聞いてくる真吾の顔は大真面目だが全くの間抜け面だ。真っ直ぐ過ぎる眼差しに全身から力が抜けて行くようで、庵は肩を落とす。

「……はあ」

溜息が出る。疲れる。こういう手合いは一番相手にしたくないタイプだ。庵は自分が乱した真吾の襟元をわざとらしく直してやると、これ以上慣れ合うつもりはないとばかりに睨みつけながら言った。

「せいぜい、世迷言にうつつを抜かしていればいい。だがいつまでもそんな戯言を宣っているようでは、いずれ貴様も死ぬぞ」

今度は「殺すぞ」とは言わなかった。よもやこちらの身を案じてくれているとは素直に思えないが、庵の言葉は単なる忠告として真吾に届く。

「気を付けます」

困ったように眉を下げてくしゃっと笑う真吾からは、随分と恐怖心が薄れているように思えた。庵は最早この能天気な少年に言い返そうという気も失せていた。気骨のあるやつだと思ったがどうやらそれは間違いで、何のことはない、コイツは何も考えていないだけなのだろう。その〝何も考えていない〟少年を見て、庵は心に妙な引っ掛かりを感じてはいたが、この時にはまだそれが何なのかを言葉にすることはできなかった。

 

ひょんなことから始まった奇妙な相部屋生活だったが、この小競り合いの後はあまり苦では無かったことをよく覚えている。

そして暫く経ってから、庵が真吾に意外な言葉を漏らし、真吾はそれがとてもとても嬉しかったことも。

 

***

 

「……ってこと、八神さん覚えてます?」

コーヒーを淹れながら急に『彼との初めてのKOF』のことを思い出した俺は、彼に思い出話をしつつ聞いてみる。

何やら音楽論について書かれているらしい新書サイズの本を捲りながら視線も向けず、俺から差し出されたカップを受け取る。照れ隠しなのか淹れたてのコーヒーを焦るように一口啜って熱さに顔を顰めた彼は、カップを置いて本を閉じ、「さあな」と短い返事を寄越す。本当は覚えてるくせに、と言ってみたいけれど、野暮ったいからやめておく。

 

俺たちが初めて出会ったあの日から、色々なことがあった。本当に、色々なことが。もう会えないんじゃないかって思ったことは一度や二度じゃない。

だけど彼は、八神庵は今日も生きている。

相変わらず草薙さんとは顔を合わせれば殺すだの何だのと直ぐに手が出るような仲だし、紅丸さんや大門さんとも折り合いがいいわけではない。だけど八神さんはこうやって生きてくれている。ほんの少しだけだけれど穏やかな表情をしていることが増えて、俺にそういう表情を向けてくれることが、幸せで堪らない。俺は彼の隣に座って自分のカップを彼のそれの傍らに添わせた。

「八神さんが俺と同じ世界に生きてることっていうか、八神さんが今ここで生きてるってこと自体が、嬉しいっていうか……」

あれ、何か話が変な方向になってきたな。気持ちを言葉にするのって、どうしてこうも難しいんだろう。特に、その気持ちを真正面から伝えたいと思う相手には。

彼は俺の言葉を待ってくれているようだった。いや、呆れて黙っているだけかもしれない。俺はようやくひとつの答えを見つけて自分の言葉に乗せた。

「つまりは、八神さんの全部が好きなんです、俺」

「馬鹿が」

あの時の同じように俺に悪態を吐く彼の表情は、言葉とは裏腹に少し柔らかだった。

「庵さん」

「ん」

座る距離を詰めて、彼の名前を呼ぶ。彼は短い返事のあとで、一度視線を合わせた後で俺の頭を撫でてくれた。

その大きな掌が温かかったから、嬉しくなってつい笑顔になる。

「生きてますね、今日も」

「……お前もな」

こうしていつまでも、呼吸をして生活をして、隣で生きていきたい。

宿命だとか、そういうものよりも前にある『ただ生きている』彼の時間が、自分の傍で流れていることを、俺は本当に幸せなことだと思うのだ。


 
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