No.987078

死ねない人間たち

カカオ99さん

ZEROのサイファーとピクシーが再会する話。時期はカティーナのあと、環太平洋戦争の前あたり。2と3Dを足して割ったような設定がふんわりと入っています。ネタバレと捏造だらけなのでお気をつけて。傭兵同士の約束をした日→http://www.tinami.com/view/997360  メビウス1とお友達→http://www.tinami.com/view/1002743

2019-03-13 19:48:31 投稿 / 全2ページ    総閲覧数:799   閲覧ユーザー数:799

 大陸戦争が終わり、さらに根気強く反抗を続けていた残党勢力、自由エルジアの蜂起も鎮圧されたことで、ユージア大陸の戦火がだいぶ落ち着いてきた。

 ピクシーが今いる独立国家連合軍(ISAF)の義勇兵部隊にも、順番に休暇が与えられた。

 さてどうしたものかと悩み、サンサルバシオンの海辺の小さなホテルに来た。そのホテルはユリシーズの災厄から逃れ、戦火からも逃れ、戦後もたくましく営業している。

 経営者は移住者で、ベルカの元エースパイロットだという。ピクシーはそこに興味を()かれた。かつての立場からすれば敵同士ということになるが、言わなければどうということはない。

 ただ、外国に移住したということは人生をリセットしたいというのが察せられて、妙な親近感が湧いた。向こうからすれば、過去が追ってきたと思うだろうが。

 ピクシーは一番安い部屋を取り、夏も終わりが近いのでマリーンスポーツをしてバカンスというわけではなく、あちこちをのんびり散歩した。レンタカーでドライブをした。観光客相手の店を冷やかし、だらだら過ごした。

 戦場からかけ離れた平和な世界に、自身がだんだんとズレを生じなくなってきているのが分かり、ピクシーは年を取ったことを実感する。

 それはほんの偶然。

 さあ次は夕食を取ろうかと部屋を出て、フロントの前を横切った時。

 スタッフと親し気に会話をする客の声に聞き覚えがあった。死ぬまで忘れられない声。

 立ち止まったピクシーは客をまじまじと見つめ、視線に気づいた客はピクシーのほうに顔を向けた。同時に「あ」と声を出し、ピクシーも客も鳩が豆鉄砲を食らったような顔をする。

 そこだけ時間が止まり、さすがにスタッフが「お客様?」と声をかけると、客は「まだ生きてる」とぶしつけに言う。ピクシーが「お前もな、相棒」と返せば、「まだ相棒って言うのか」と笑われた。

 劇的でも感動的でもなく、あまりにも呆気なく、一見すると間抜けな形で、こうしてピクシーとサイファーは再会した。

 ホテルで夕食を一緒に取り、ベルカ戦争や『国境無き世界』といった核心に触れることは巧みに避けながら、当たりさわりのないことを喋り合う。

 ピクシーは撃墜時の怪我の影響で空を飛べなくなり、ISAF(アイサフ)の地上部隊の義勇兵として戦っていること。サイファーは今でも空を飛んでいるが、傭兵としてはそのTAC(タック)ネームでは仕事しづらくなったので変えたことを喋る。

 が、おたがい肝心の任務については一切伝えない。

 周りから見れば旧友が再会したような、映画の中のワンシーン。実際は殺そうとした人間と殺されかけた人間。世界を滅ぼそうとした人間と守った人間。間には年若い仲間の死がはさまれている。

 食後は瓶ビール片手にビーチをうろついた。遠くで若者の集団が花火大会をしているらしく、はしゃぐ声が響く。サイファーは「青春だねえ」と笑顔でつぶやき、「まぶしいな」とピクシーが続けた。

「ヴァレーを思い出すよ」

 とうとう核心に触れたとピクシーは思い、「一つ聞きたいんだが」と口火を切る。

「なに」

「なんで最後にコックピット狙わなかった」

「弾がなかった」

 情緒もなにもなく、即答だった。

 ピクシーは渋い顔をして「それだけ?」と聞けば、「それだけ」と簡潔に答えられる。

「あのとんでもない機体を相手するのに、こっちがどんだけ普通の武器で頑張ったと思うの。全部使ってカラになったに決まってるじゃん」

 ピクシーは片手で顔をおおうと、「そうだった…お前はそういう奴だった……」と残念そうに言う。

「ごめんなー。ロマンチストじゃなくて」

 サイファーは瓶ビールと一緒に買ったつまみのナッツを口の中にザラザラと入れ、ボリボリと食べながら、「死ねばそれまでだし、生き残れば、少しは地上のこと見るだろ」と言った。

「そう! お前ってそういう奴! 大事なこと言ってる時にそういうことする奴!」

 がっくりと肩を落とすピクシーを見て、喉の奥で笑いながら、サイファーは口の中に残ったナッツを白ビールで流し込む。

「俺も一つ聞きたいんだけど」

「どうぞ」

「最初からPJを墜とすつもりだったのか」

 数秒ほど無言のあと、ピクシーが「ストレートに聞くな」と言えば、サイファーは「聞くだろ」と言う。

「お前を狙ったんだよ。お前なら絶対避けられると思ったら、予想外のことが起こった」

「じゃあ、PJはいつ倒す気だったんだ」

「お前が本気を出さなかったら」

 サイファーは「言うねえ」と鼻で笑った。

「まあ、狙ったのが俺にしろ、偶然墜としたのがPJにしろ、最初から一機墜として敵戦力を削ったのはいい手だ」

 大きなため息をつくとピクシーはうなだれ、「そういうとこな!」と言う。

「お前ほんと、そういうところだぞ。なぜそこまで割り切れる」

「割り切れない部分だってあるぞ? 少なくとも、飲み会の代金が綺麗に割り切れない時はイラッとする」

 ピクシーが「ああもうこいつはー!」と小さくつぶやくと、サイファーは笑った。

「PJが死んだのは俺のせいなんだよ」

 笑ったまま言う。

 ああこいつはと、ピクシーは歩みを止める。それに気づいたサイファーは振り返り、話を続けた。

「大きな任務が終わると浮かれてはしゃぐ奴だって、忘れてたんだ」

 ああ、こういう人間だったのだと、ピクシーは思い出す。

「エクスキャリバーの時、そうだったろ? それを忘れた一番機の責任は大きい」

 傷を一瞬しか見せない。それも明るく、深刻ではない口ぶりで喋る。こちらが脳内で処理を終える前に、自身で傷口をすぐにふさいでしまうから。

「違う」

 思わず口をついて出た。ピクシー自身も驚くほど強めの声だったので、今度はトーンを抑えて「違うんだ」と言う。

「やったのは俺だ。お前じゃない」

「そりゃそうだ。敵なんだから」

「違う。お前の二番機だったからだ」

 いぶかしげにサイファーは「どういうこと?」と聞いた。遠くで花火が上がり、(はじ)ける音が響いた。若者たちは歓声を上げる。

「あいつは昔の……もっと若かった頃の俺に似てた。だからイラついた」

 サイファーは軽く笑うと、「だろうな」と相槌を打つ。

 ピクシーがPJを時にかまい、時に邪険に扱い、PJのいないところでいら立っていたのは、かつての自分自身と似ているからだろうというのは、当時ですら想像がついた。

 国にという枠にとらわれず、弱き者のために正義の力を行使する。あの真っすぐさは人によっては微笑ましいものであり、いら立つもの。ピクシーは後者だった。

「PJは格闘戦でのセンスは良かった。あいつならお前とコンビだって組める。でもまだ粗削りだ。あとの奴らはお前に振り落とされて付いていけない。だから、あそこでお前と組めるのは俺だけという自信があった」

「初めて聞いた」

「初めて言った」

 今度はサイファーがしかめっ面で「お前そういうとこだぞ?」と言う。

「最初からそう言えば良かったんだ。最初から、お前の隣を飛べるのは俺だけで、お前の飛び方に魂を奪われていたんだって」

 いつも柔らかい表情と雰囲気を保っているサイファーが見せる、体感温度零度の無表情。月明かりが頼りの夜の中でも、灰色の瞳が無機質なのが分かる。

「PJが墜ちれば、お前は本気で怒る」

 先程からピクシーが使う本気という言葉に、サイファーは「本気ってなに」と引っかかりを覚えた。

「空ではいつも楽しむだろ? ホフヌングの地獄のような空だって、お前にとってはなにも変わらなかった。本気で怒ったお前を相手にした奴はいない」

 サイファーは苦々しく「本気ねえ」と言うと歩き始めたので、ピクシーも急いで隣を歩き始める。

 ベルカ戦争での工業都市ホフヌングを攻撃する作戦は醜悪なものだった。連合軍は街に無差別爆撃をする。ベルカ軍は自らの街に火を放って放棄する。人工的な地獄の光景。

 ガルム隊は味方の爆撃支援に対しては機械のように任務を遂行していたが、敵を一人でも多く道連れにしようとするステルス機が複数現われると、サイファーはすべての呪いと嘆きの声を一瞬で引きちぎった。

 煙で視界がさえぎられても、ジャミングでレーダーがとらえられなくても、この人間にはなんの意味もなさない。むしろスパイス。

 ——ピクシー。まだ強いのがいる。

 あの楽しそうな声は、地獄ですら華やかな舞台になることを思い知らされた。皆が狂気に飲み込まれそうになる中で、赤黒い戦場を逆に飲み込む。自分自身を保ち続ける圧倒的強さと異物感。

「俺との戦いは、楽しんでほしくなかった。本気で怒って、リミッターが(はず)れたお前と戦いたかったんだ」

 さすがのサイファーも「いつも本気で戦ってるけど?」と抗議する。

「それならモルガンが余裕で勝つだろ」

 低くうなって考え込んだあと、サイファーは「そう言われるとなー」と納得した。確かに、機体性能ならモルガンのほうが遥かに上。ヴァレーに帰投すると、整備士からよく途中で壊れなかったと言われたほどだった。

「お前がいつも通り楽しんでいるなら、Gリミッターは切らなかった」

 驚いた顔でサイファーは「は?」とピクシーの顔を見つめる。

 Gリミッターは、空戦機動で機体にかかる荷重が一定の値を超えないよう、機体の損傷を防ぐためのフライトコントロールシステムの機能の一つ。

 リミッターを解除すれば、当然機体が損傷する確率は高くなる。たとえ耐Gスーツを着ていても、パイロットの肉体にも影響を及ぼす。

 サイファーは額に手を当て、困った顔で少し悩んだあと、「馬鹿なの?」と言った。

「馬鹿だよ。だから最高の相手に最高の機体で全力で勝負して、世界と俺の人生の行く末を全額お前に賭けた」

 苦味潰したような表情で、「丸投げされてたかー」とサイファーは髪をぐしゃぐしゃといじる。

「相手が鬼神だからな。勝っても負けてもそれが選択」

「もし勝って生き残ったら?」

「俺は鬼神以上の力があることになる。力ある者が枠を超えて示さなかった、世界を変える責務を果たすことができる」

「高貴なる者の役目と似たようなやつか?」

「ぜんぜん高貴じゃなかったけどな」

「信じたかー」

「信じたさ。鬼神を間近で見ていたら、そう思えたんだ」

 ハッとサイファーは自嘲気味に笑い飛ばし、「僚機潰しのしっぺ返しか」と瓶をあおった。

「……しっぺ返し?」

「昔言われたんだよ。お前は僚機潰しだ。僚機がお前の飛び方に引っ張られる。だから大人しく飛べってさ。お前はそうじゃないと思ったけど、結局潰したってこと」

「潰されてない」

「敵対したってのは、そういうことだよ。お前は俺に引っ張られないから、ようやくヴァレーでは普通に飛べると思って、好き放題飛んで、寄りかかり過ぎたんだ」

「お前が? 俺に?」

「そうだけど?」

「そういうことは早く言えよ」

「お前は特別だって言われたら、どうした? あっちに行かなかったか?」

 ピクシーは無言で考えたあと、黒ビールを一口飲み、視線を別方向へ向ける。

「返答に困る」

「だろ?」

「でもそういうことは早く言え」

「面倒臭い奴だねー」

 サイファーはいじった髪を手で直しながら、「あのさ、もしかして俺たち、あんまり喋ってない?」と聞く。

「喋ってないな」

「だろうねー。あの時お前、俺たちは鏡とか言ってたけど、結局見たい部分しか見てなかったしな」

「厳しいこと言うな」

 階段を見つけると、サイファーは「よっこらせ」と座る。

「お前はあの戦争で同じ経験をして、自分とは違うルートを行く姿を俺に見たし、俺はお前に、自分がなるはずだったもう一つの未来を見た。そりゃズレるよな」

 少し驚いた顔をしながら、ピクシーは「お前がそう思ってたなんて意外だ」とサイファーの隣に座る。

「俺の場合は、世界といっても家庭サイズの小さな世界な」

 人差し指でサイファーは円をくるくると小さくえがく。

「そんな小さな世界でも、武器を手に取って壊す未来が正しいかというと、ちょっと考えるところはあるよな」

 ピクシーはなにも答えず、黒ビールを飲んで場の空気を繋いだ。

「戦争中のヴァレーは無事だったのに、あの黒いでっかい鳥に襲撃されるし、味方からどんだけ持ち上げられても、世界どころか基地すら救えなくてさ。あの時、お前の知ってる奴も何人か死んだしな」

 二人の間に無言の空気が流れる。ピクシーは息を吐き出して唾を飲み込んだ。

「ヴァレーの防空の欠点を教えたのは俺だ」

「知ってる」

「だからあの時、守れなかったのは当然だ」

「んー……なんていうか、お前言ったじゃないか。不死身のエースってのは戦場に長くいた奴の過信だって。意味合いは違うけど、自分の力を過信したんだ。若かったんだな」

 本物の太陽と太陽のように見える核起爆。二つの太陽が輝く空で、ピクシーを迎えにきたパイロットは笑っていた。あの空で笑い続けることができるなら、間違いなく敵。サイファーはそう思った。

 まだ強い敵が残っていることを感じ取ったから。それにピクシーが離脱する前夜には、次の契約先で敵同士になっても戦おうと傭兵同士の約束をしたから、戦後も残った。ピクシーの次の契約先は、おそらくあのパイロットがいる所と踏んでいた。

 そして、ヴァレーが居心地のいい場所だと感じたから残った。

 二番機の裏切りによる離脱という痛手はあっても、戦友たちとの哨戒任務や新兵を鍛えた穏やかな半年間は、今思えば夢のようで。

「結局のところ、世界を変えるどころか、小さな家を守るのが精いっぱいなのさ。それだって、守れない時は守れない。俺ができるのは目の前のことぐらいだ」

「でもお前、時々大局からものを見ていたじゃないか」

「あれは、生き延びられる隙間を必死に探したのさ。力があっても高貴でも、大局から見れば駒の一つに過ぎない」

 喋っている間、サイファーはナッツを食べずに指と指の間でいじる。

「ま、やたらと鬼神ってのにデカいロマンを求める人が多いけど、申し訳ないくらいなにもなくてな。ちっちゃい人間なんだわ」

 恐ろしい強さで不可能なミッションを次々と成功させた。当時最高峰とうたわれたベルカンエースたちをことごとく破り、円卓の鬼神と呼ばれた。味方からは称賛と敬意と嫉妬を、敵からは怒りと憎しみと恨みを一身に浴びた。

 その伝説の傭兵のエースパイロットは今、ピクシーの隣にいて、だがごく普通の、あまりにも普通の人間だった。

 鬼神という側面は、当人にとっては自身を形成する一部であり、すべてではない。

「なあ」

 サイファーは「んー?」といじっていたナッツをようやく口の中に入れる。

「ヴァレーから消えたのは、守るためか」

「あそこは、兵士が寒い寒い言いながら好き勝手にはしゃぐ辺境の基地でいいんだ。まあ、お隣が大人しくしてればの話だけどな」

 ヴァレー空軍基地の部隊は正規兵、傭兵、ウスティオ人、外国人が入り混じり、同じように多国籍の『国境無き世界』とは表と裏のような集団だった。

 『国境無き世界』が一点の曇りもない理想を目指したのに対し、ヴァレーは矛盾だらけの理想郷だった。

 彼らは戦争の建前と本音が別々だと分かっていた。おとぎ話にあるような、明快で綺麗な戦争がないことも分かっていた。国境がなくならないことも分かっていた。

 それらを全部のみ込んだうえで目の前の現実に対処し、彼らは空を飛んだ。それでいいじゃないかと。現実はそうじゃないかと。

 何年も暮らしたわけではない、一時的な家。ヴァレーは暖かい家であり過ぎたからピクシーは離れ、暖かい家だからこそサイファーは離れた。

「それに、いろいろ聞きたがる奴らが来そうだったしな。司令や副司令が守ってくれたけど、戦後もやたらとオーシアあたりがうるさかったし。そういうの面倒なんだわ」

「お前なら、帰っても大丈夫だろうに。ウスティオが守ってくれるだろ」

「あの番組にヴァレーは出なかっただろ。今じゃ政治的意味合いが強過ぎる基地なのさ。俺が帰ったら、政府だって持て余す」

 いつか帰りたくても、もう二度と帰れない遠い故郷。

 ピクシーは「馬鹿だなぁ」と笑った。

「お前が死んだら、骨は俺がヴァレーに持っていってやるよ」

「なんで勝手に決めんの。そもそもお前、ウスティオに入れんの?」

「なんとかするさ」

「なんとかねえ」

 言葉は否定的だったが、サイファーは楽しそうだった。

「やっぱり俺たち、あまり喋ってないな?」

「喋ってないね」

「それで? お前、本当はなに。俺はオーシアとの国境線の戦いで両親が死んだ、孤児院育ちのベルカ人だけど」

 サイファーが吹き出して笑ったので、「そこ笑うとこか?」とピクシーが突っ込む。

「ごめん。小さい時から女神様に愛されてると思ってさ」

「どこが」

「死神の反対。生きるとか生き残るとか、そういう(せい)の女神様ってやつ? そりゃ生き残るわ。お前も死ねないか」

「お前は誰に愛されてんの」

「戦いの女神様かな。どんな戦場でも死ぬことはないし、許されない」

「空じゃ死ねないってか」

「地上でもな。人生は常に戦場ですよ」

「ヴァレーに来る前は追われてたのか」

「ちょっと前の俺の話聞いてた? いろいろ聞きたがる奴は面倒ってやつ」

 ピクシーは「聞いてたさ」と、手に持っていたナッツの殻を投げつけた。

「でも俺たちぜんぜん喋ってない、だろ?」

 鼻で笑ったあと、サイファーはTシャツに付いた殻を指でつまみ、「実は前のベルカ公の隠し子」と投げ返す。

「ほかには?」

「メビウス(ワン)とお友達」

「それ、なんちゃら詐欺事件の時に出た手口のやつばっかだぞ」

 投げつけられた殻を、サイファーは笑って払い落とす。

「で? あとは?」

「PJの子供から、時々メールが来る」

「子供? あいつに……?」

 サイファーは「ちょっと待って」と、七分丈の麻製のパンツのポケットから携帯電話を取り出し、操作をすると、ピクシーに向かって「ほら」と画面を見せた。

 二人の子供が顔を寄せてアップになっている。顔の上半分しか写っていない。微笑ましい写真だった。

「この前来たやつ。多分、母親の携帯を使って適当に送ったやつだ」

 息をのむ。目の前の人間を穴が開くほど見つめる。

「いたのか」

「いたよ」

 即答され、ピクシーの顔から血の気が引いていく。かつて理想に燃えていた頃の自分の面影を見た若者には、子供がいた。子がいる父親を殺した。

 誰かの子、誰かの親を殺す。それは兵士をしていれば当たり前なのに、なぜかかつての仲間の死には過敏に反応する。

「いたと言っても、肝心のPJは知らなかったけどな。任務が終わったらPJはプロポーズしようとしてたし、彼女は妊娠したことを伝えようと思ってたんだと」

 PJが子供の存在を知らなかったことにどこかで安堵し、父親を知らぬまま成長を続ける子供に罪悪感を覚える。その矛盾をピクシーは心の底に静かにしまった。

「お前が面倒見てるのか」

「たまにプレゼント贈るくらいだ。世話は向こうがちゃんとしてる」

「メールのやり取りしてるじゃないか」

 携帯電話をしまいながら、サイファーは「今はな。前はできなかったよ」と答える。

 伝えられる情報の断片から、遠くから支援していることをピクシーは察した。

「誰がPJを墜としたのか、誰も彼女に言わなかったけど、さとい子だったからとっくに気づいてたよ」

 サイファーは花火を持って追いかけっこをする若者たちを見ていた。かつてのPJのように明るく、生命力に満ちて、それだけで輝いている人間たち。

「俺もお前も若くて、そこにPJを巻き込んだんだ」

 こいつでも後悔をして懺悔をするのだと、ピクシーはサイファーの横顔を見る。

「ずるいよなぁ。敵だって人間なのに、さんざん墜として殺しているくせに、僚機の死は引きずるだなんて」

「……お前も人間だったんだな」

「当たり前だろ。敵は殺して味方は守るのが基本だ」

「訂正。やっぱ鬼神様だわ」

 やっとサイファーの視線がピクシーのほうに向き、「なんだそれ」と笑った。

「俺とお前は共犯か」

「そういうこと。お前が直接、俺が間接」

 ピクシーは笑おうとして、結局頬をゆがめるだけに終わる。

 一生、同じ罪を背負って生きていく。

「それで、お前は空を飛び続けているのにサイファーってTACネームは封印して、俺は空を飛べない体ってわけか。おたがい、罰の形がお似合いだな」

「目立ち過ぎるとあとが面倒っていうの、あの時分かったよ。怖い追っかけがいるみたいだし」

「どっかの工作員相手にやらかしたのか?」

「なんかオーシアに好かれていないっぽいんだよな。あの戦争での英雄の座を横取りしたらしくてさ。あと誰かが焚きつけているんだろ。サイファーを捕まえたら喋ってやるとかなんとか」

「分かった。ジョシュアだな。あいつは鬼神の熱烈なファンだ」

 すぐさまサイファーは「嘘つけ」と嫌そうに言う。

 ジョシュア・ブリストー。オーシア空軍の元ウィザード隊隊長であり、『国境無き世界』の主要メンバーとされている。彼が逮捕収監されたのはクーデターの件ではなく、オーシア大統領暗殺未遂事件による別件逮捕だった。

「多分あの中で一番お前に会いたがって、一番殺したがっていた。あいつはずっと、自分だけの理想の神様を求めてる」

「物騒過ぎるだろ」

「お前と直接会ったら、人生変わっただろうな」

 サイファーは「いやあ…」と酸っぱそうな顔をすると、「絶対悲惨な結果になる」と断言した。

「酷いこと言うな」

 ブリストーをダシに、二人は笑い合う。

「そうだ。今バカンスに来てるなら、少しは暇なんだろ?」

「まあな」

「暇を持て余したり稼ぎたい時は、連絡くれよ。地上の繋ぎが欲しいんだわ」

「俺が? 義勇兵やってんだぞ?」

「無報酬がうたい文句の義勇兵でも、最低限の必要生活費とか勝ったお祝いみたいな名義で、ちょっとは現金支給されてんだろ?」

「されてるな」

「ユージアは大陸戦争でどこも疲れてるし、自由エルジアの蜂起も一段落して、国によっては義勇兵の整理が始まってるだろ?」

 話の向きが変わり始めたので、ピクシーは「よく知ってるな」と立ち上がって歩き始める。「国境線の争いは、少しは大人しくなるかもな」とサイファーの声が追いかけてきた。

「だろうな」

「お前が今でも国境線にこだわるのは、両親が死んで生き残ってしまったあの日の自分を救いたいんだろ?」

「お前はクソッ!」

 コンマ一秒置かず、振り返りながら言い放つ。サイファーは両手を挙げて無抵抗を示した。

「そろそろユージア以外の国境も見ませんかねって話。大差ないだろうけど、見聞を広めるのは悪くないと思うよ?」

「いきなり一番痛いところ突いといてそういうこと言うか? ほんとそういうとこだよ、お前は!」

 ずいぶんと感情をストレートに出せるようになったと、サイファーは感心する。以前のピクシーは斜に構えて世界を見て、本音に近い部分はすべて腹の中に収めていた。

 ちょっとした笑みを見せたあとで、サイファーは両手を下ろす。

「真面目な話、あの一騎打ちでお前が生き残ってくれて嬉しかったよ」

 あの日、国境線を超えてオーシアが攻め込んできた日、両親は死に、自分だけは生き残った。自分だけが生き残ってしまった。その安堵感と罪悪感は、いつもピクシーの根底にあった。

「昨日の友は今日の敵と割り切っちゃいるけど、やっぱり一時でも時間を共有した相手に死なれると、それなりにしんどいしな」

 ピクシーはサイファーの胸に拳をドンと置く。

「だから、そういうことは早く言え」

「今言ってるだろ」

 笑い声の振動が拳を通して伝わる。

「たとえ敵になっても、人生で初めて対等だと思えたパイロットが生き残ってくれたことは、俺個人としては、嘘いつわりなく嬉しかったよ。ラリー・フォルク」

 拳で胸を叩こうとして迷い、手を開いて、そのまま置く。肋骨の上、肌の上、服の上から、心臓を握ろうとするように。

「やっぱりお前はクソだ」

 下を向いて顔をゆがめ、震える声で言う。

 あれだけの力を示しながら傭兵という立場をわきまえ、()を超えずに(とど)まり、それでもなお、世界を救ったように。

 今もこうして、裏切り者とののしらず、僚機を殺した敵と憎まず、ただ戦友として相対する。

 泣くな小僧と、ピクシーは自身の中にいるあの日の子に訴える。

 大丈夫、神様が君を見守ってくれる、導いてくれる、空にいると言った両親は死に、自分だけが生き残った。

 その神様とやらは、二十年後くらいに現れる。

 だけど灰色の目をしたそいつはただの人間で、空では特に傍若無人、勝手気ままで、お前が思いえがくような形やタイミングで救ってはくれない。

 ただ北極星みたいにそこにずっといて、暗くよどんだ空でも輝き続ける。

 泣き叫んで暴れ回るようにして、世界をゼロに戻すと言うお前に、容赦なく鉄拳制裁をする。

 さらにその十年後くらいに、お前があの日欲しかった言葉を言ってくれる。感動的でもなんでもなく、悔恨と贖罪が混じるくだらない会話の途中で、いきなりぶっ込んでくる。

 お前が望む形で世界を救うと思った集団は、自分の思い通りにならない世界を壊すことしか頭になかった。

 いいか。灰色の目の神様もどきの人間はお前を救わない。泣きそうになっているお前を抱き締めてなぐさめたりはしない。せいぜい仕方ないなというふうに、腕を軽く叩いてくれるだけだ。

 だけど救うんだ。お前が、お前自身を。小さなラリー。神様もどきの力を借りて。

 今でも変わることなく、旅人を導くように空に在り続ける星を頼りにして。

「……連絡先」

「なに」

「連絡先だよ。あるだろ」

「ああ、だったら今泊まってるホテル。気づいた時に泊まってるかどうか確認して、伝言残してくれればいいから」

 手を離して顔をそむけ、「そりゃまた気が遠くなる話だ」と笑いながらごまかす。

「足がつきたくないからな」

「お前、どんだけオーシアの怖いところに嫌われてんの」

 間抜けな笑い声を出しながら、「まあそれもあるけどさ」とサイファーは言う。

「今の仕事で、機密漏洩したのが俺からっていう疑いの目をかけられるのは避けたいんでね」

「なんだかスパイ映画っぽい話になってきたな」

「X-02ってやつな」

 突然出てきた単語に、ピクシーは瓶を落としそうになった。「それって、噂じゃ、エルジアの」と一文節ずつ区切って言うのがやっと。

「裏取引で開発関係者やテストパイロットごと、ごっそりISAFに異動したのさ。ちなみに内緒な。機密事項」

「なんでそんなことを教える。それこそ機密漏洩だろ!」

「裏のある人間は使える」

 人差し指でピクシーを指差す。こういう時のサイファーには嫌な予感しかしない。

 ヴァレーで傭兵たちだけで闇鍋をした時、どこからか入手したあやしいキノコを入れようとして、周囲から全力で止められていた記憶が甦る。今となっては懐かしいが、当時はロクでもなかった。

「なにやる気だ。なにか起こるのか」

「さあな。分からん。でも、そろそろお役御免の雰囲気が漂ってきたし、転職先のアンテナを張らなきゃいけなくてね。生き延びる(すべ)さ」

 ユージアは小競り合いがあるだろうが、大陸戦争の影響は大きく、各国が疲弊しているため、大きな戦争はしばらく起きないはず。

 ならば違う大陸。超大国のオーシア連邦とユークトバニア連邦共和国は融和政策により、かつてないほどの友好ムードにあふれている。アネア大陸のエストバキア連邦は内戦に明け暮れている。

「内戦してる国に行くのか? それともどこかで大戦クラスの花火がぶち上がるのか?」

「上がらなきゃいいねって話さ。ああそれと、今使ってるTACネーム教えとくわ。フェニックスっていうんだ。まあ先代の引継ぎなんだけど」

 ピクシーの動きがぴたりと止まる。彫像のように動かないので、小声でサイファーが「ピクシーさーん? ラリーさーん?」と呼びかけた。やっと発した言葉が「スカーフェイス」。

「知ってんじゃん」

「そりゃ知ってるだろ!」

 ベルカ戦争後に起きたユージア大陸の軍事クーデター事件。その鎮圧に大きく貢献したとされるのが、傭兵部隊スカーフェイス。

「鬼神でベルカの王子様でメビウス1とお友達でスカーフェイス。話盛り過ぎだろ」

「いい感じの持ちネタなんだけど」

「お前、ヴァレーでもそんな感じのこと喋ってたよな。俺たちはジョークだと分かるけど、そういうのを真面目に取る連中がいるから怖いのに追いかけられ……」

 ピクシーはあくまでジョークのやり取りとして話していたが、なにかが引っかかった。

「本当にそうなのか?」

「そうだけど」

 さすがのピクシーも「嘘つけ!」と本気で引いた。

「気持ちは分かる。あとで話すわ」

「今話せ」

 ネタを振ったほうは、「ええー」と面倒臭そうな反応を返す。

「手短にまとめろ」

 それでもサイファーが渋っていると、ピクシーが「オーシアにチクる」とトドめを差したので、「頑張ります」とすぐに返事をした。

「つまりだな。前のベルカ公は若い頃に外国人パイロットの恋人がいました。赤ちゃんができましたが身分差があるので結婚できませんでした。その後、純血のベルカ貴族の女性と結婚して子供が生まれました。以上です!」

「続き。言わないとチクる」

 サイファーは「お前そのへんは昔と変わんないね」と口をへの字に曲げると、「そんな単純に全部変わるか」と突っ返された。

「えーと、前のベルカ公は政治的に時の政府と対立していました。彼は拡大路線と純血主義に疑問を感じていたのです。そして暗殺され、病死として発表されました」

「えっ」

「政治闘争に巻き込まれ、火種になりそうな外国人パイロットの恋人は殺され、隠し子は一人逃げ延び、正妻の子供は祖母が保護することで守りました。続ける? これでもかなり短くしてる」

 ピクシーは「あ、はい、どうぞ」とうながす。

「前のベルカ公には年の近い従兄弟がいました。幼い頃は親友だったのですが、前のベルカ公の母親はベルカ人、従兄弟の母親はよその国の貴族でした。母親同士の戦いは激しく、それに巻き込まれた子供の仲も悪くなります。さらに前のベルカ公の母親という人、継承権のある男の子をなかなか妊娠しない息子の妃へのいびりは酷いものでした。妃は自分と同じように公家の人間でありながら、良い扱いを受けているとは言えない義理の従兄弟に相談しました。そして妃は懐妊しました。待望の男の子です」

 すかさずピクシーが「ちょっと待て」とストップをかける。

「突っ込みたい気持ちは分かる」

「分かった。はい続き」

「妃はなにも言いませんでしたが、前のベルカ公は男の子が自分の子ではないことに気づいていました。ですが我が子として受け入れ、愛情をそそいだのです。男の子の出生の秘密を隠し子だけに打ち明け、年の離れた兄弟たちを守ってくれと言います…なんだけど、正直そのへんブラブラしてる奴が、めちゃくちゃ偉い家の子を守れってのは無理あるだろって思ったんだよな」

「急に私的意見を入れるのはやめろ。気が散る」

「で。月日が流れ、ベルカ戦争が起こる前年のことです。戦争が起こることは避けられない空気の中、前のベルカ公の母親は、オーシアとの政治闘争による国民の不満を戦争という形でガス抜きすることを黙認し、頃合いを見て休戦工作をして、愛する息子を殺した一派の力を戦争に乗じて削ぎたいと思っていました。さらに隠し子には、ベルカの敵側につけと言ったのです。これには隠し子も戸惑いましたが、それは戦略の一つでした。もしオーシアが北ベルカも支配下に置こうとするなら、両親の仇討ちをする隠し子がいる情報を流すことにしていたのです。国が勝っても負けても、公家を悲劇の主人公にして存続する算段を整えていたのでした」

 ピクシーの眉間にぎゅっとしわが寄る。サイファーが「そこは素直に言っていいよ。祖母(ばあ)さんはクソだって」と私的意見を入れるが、ピクシーは顔をそむけてひらひらと手を振り、話の先をうながした。

「隠し子は復讐よりも、強いベルカのエースたちと戦うことを選びました。利害は一致しています。そこで家族間における密約は結ばれました。ですが、結果的にベルカは適切なタイミングで休戦協定を結べず、自軍が自国で七発の核を使い、大いなるあやまちと深い傷を負うことになったのです。とはいえ、前のベルカ公を殺した一派は力を失い、その勢力の後ろ盾だった従兄弟も社交界を追放され、屋敷に引きこもりました。そこは前のベルカ公の母親の思惑通りだったのですが、彼女が知らないことがありました。今のベルカ公は、自分の本当の孫ではないことです。成人した今のベルカ公にそれを教えられた前のベルカ公の母親は、その後、表舞台に出ることはなくなりました」

 授業のノリでピクシーが「先生ストップ」と言えば、サイファーも「はい、ラリーくんどうぞ」と返す。

「本人が出生の秘密知ってるのか?」

「知ってる」

「どうやって」

「さあね」

 テンポよく実りのない会話。ピクシーは渋い顔をしながら短くうなった。

「でも、どうやって知ったかは教えてくれなかった。まあ、あの手の噂話が好きな奴らは宮殿内にもいるから、多分聞いちゃったんだろうな」

「偉い家ってそんなにごちゃごちゃしてるのか?」

「してるよ。多分うちは、まだそんなにごちゃごちゃしていないほう」

 ピクシーはますます渋い顔をして、ふと気づく。

「でもあの兄弟、確か顔が母親に似てるんじゃ……」

「そこは運が良かったのさ。あそこまでそろって母親似だと、表立って噂する人は——」

 そこまで言いかけて、サイファーの携帯電話のバイブレーションが鳴る。相手は非通知。今度はサイファーが渋い顔をした。

「出ないのか?」

「悪い予感がする」

 そのまま待っていると、留守電が録音された。そしてまたすぐにバイブレーションが鳴る。

「仕事の電話じゃないのか?」

「絶対違う」

 サイファーは二回とも無視したが、続けて三回目は、見かねたピクシーが「……電源切れば?」とアドバイスした。

「完全に切ると、あとがうるさい」

 明らかに嫌そうな顔をするので、めったに見られないものを見たピクシーは、「じゃあ出ろよ」とニヤニヤする。サイファーは長い溜息をつくと、通話ボタンを押した。

「ハロー?」

 本人が出たと分かると、「繋がったー!」と合唱する声が響き、即座にサイファーは携帯電話を耳元から離す。

「なぜすぐに出てくれないの! 変なもの食べて当たったかと心配したじゃない!」

「どうせ私たちの噂していて都合が悪かったんでしょ! すぐ出ない時ってだいたいそうよね!」

「里帰りしたから極秘の回線を都合してもらったのに、その苦労を水の泡にするつもり!?」

「声聞きたいっていうから根回ししたのに、真っ先に言うことがそれかよ!」

 電話の向こうから若い男女の声が入り混じり、口喧嘩と思われる騒動が聞こえる。

 再び長い溜息をつくとサイファーは通話音量を下げ、「なんでお前たちはいつもそんなに勘がいいの」とピクシーから少し離れて通話相手と短い会話をする。

 笑い声が聞こえ、仲いいじゃんとピクシーは思った。サイファーは「あとでハガキ送るから。じゃあな」と通話を終えると、「悪いな」と戻ってくる。

「あいつらの話をしてると、なぜかタイミングよく電話がかかってくる。神懸かってるよ」

 ピクシーの記憶が確かならば、まるで絵画からそのまま抜け出してきたような美しい兄弟のはずだったが。

「なんていうか……えらく強烈だな」

「見た目は本当にモデル顔負けなんだけどなー」

 一息ついて、サイファーは気が抜けた白ビールで喉をうるおすと、「まあ、うちの父親に似なかったのは幸いだよ」と続けた。

「前のベルカ公?」

「そ。純血主義が祖国の未来をせばめていると感じて、母親同士の確執で身近な友人を失って、母親のいびりから守りそこねた嫁を不倫に走らせちゃって、愛と憎しみが入り混じる祖国と母親に拳を振り上げて降ろせなかったから、子供に丸投げした人」

 サイファーは小さく笑うと、「まいったね」とつぶやく。

「兄弟を守れっていうのは、多分一度国を壊して、純血じゃない子が跡を継ぎやすいようにってことなんだと思ったよ…って考えたのは戦後な」

 ピクシーに対して背中を向け、表情はけして見せない。ただなにかを悟ったふうな声だけが聞こえる。

「全部がそうとは言わないけど、国を壊す権利があって、それを決めて実行するのは、古くからその大地の王として契約した家の血を継ぐ人間だって思うと、君主の傲慢さに気づくわけよ」

 過去と家族について珍しく饒舌なサイファーのうしろ姿に、神となった王の子の、人としての孤独を垣間見る。

 ピクシーが社会システムの一番下の人間だとすれば、サイファーは一番上の人間。

 だがどちらも国に人生を振り回され、追われ、生まれ育った家はない。社会から(はじ)かれて、かろうじてぎりぎり外側にいる人間。まるで鏡のような。

「あの戦争で誰の思惑がどこまで働いたか知らないけど、結局プライドの高いベルカの鼻はへし折られて、純血の家の後継ぎになったのは、純血じゃない子だ。新しい血の始まりさ」

 くるりとサイファーが振り向く。ピクシーは必死に言葉を探し、「俺がこの話を誰かに喋ると思わないのか」と問うた。

「ホラ話かもよ? 証拠はなにもない。それに俺は公式では死んでるから、いわば幽霊だ。幽霊の言うことを誰が信じる?」

「今はDNA鑑定がある」

 ピクシーが強く見つめれば、サイファーは「そうだな」とふわりと微笑んで受け流す。

「もしオーシアが公家に一番血が近い人間を手に入れたら、そいつをお飾りにして傀儡政権を作ることができる」

「よくご存じで」

「大国がよくやる手口だろ」

 どんなに強くて力があっても、どれほど高貴な家の出身でも、大局から見れば駒は駒。

 それはサイファー自身がそうだったから。

 オーシアがベルカを属国化させる大逆転が可能な最大の駒。天命を受けた本物の君主の子で英雄。騎士が仕えるべき主。

 報酬で動く傭兵のサイファーを偽物の英雄だと嫌っていたブリストー。彼がおそらく真実求めていたものが、実はこんなに近くにいたというのに、彼自身は直接会うことすらできない。皮肉だとピクシーは思った。

 そして本物だと分かっても、ブリストーの理想とは真逆。用意された玉座はことごとく壊す。気高い理想はない。相手がいかなる信念を持とうと強ければ倒し、弱くても倒し、己が壊した瓦礫と(ほふ)った屍を玉座とする。

 ああこの人間はと、ピクシーは心の中で悪態をつく。

「ヴァレーと同じように、ずっと兄弟を守ってるのか」

 妙なところで律儀で義理堅い。

 ぬるい白ビールを飲んだあとでサイファーは軽く息を吐き、「多分俺には、あの子たちのことは一生分からない」と答えにならない答えを言う。

「自分たちの両親は第一に国民のものだからと遠慮して、うちの母親を母様(かあさま)と呼んで慕ったのも、いわゆる愛人の子を自由の象徴と見なして慕い続けるのも、最後まであの心情は理解できないと思う」

「それは理解してるっていうんじゃないのか」

 すぐに会話のボールが返されたので、サイファーは口元に笑みの形だけ作ると、「どうだかねー」と明るく言う。

「まあ、好き勝手させてもらうけどさ」

 兄弟たちへの想いはどこまでが本当なのか。それは、過去を少しだけ知ったばかりのピクシーには分からない。

 少なくとも電話でのやり取りから察するに、仲は悪くなく、おそらくヴァレー同様、彼にとって年下の兄弟たちは守る価値がある。

「それでユージアに来て、荒稼ぎしたか」

「面白かったよー? どうやらベルカ戦争で一度戦った奴もいたらしいけど、正直誰か分からん」

「じゃあ、なんで大陸戦争に参加しなかったんだ」

「いや実はクーデター事件の鎮圧でクーデター軍の機体なのにそっちの人たちが存在を知らない赤い機体をバンバン墜としたら暴れ過ぎちゃったみたいでなんだか怖い人たちにウロウロされて気づかれそうになりまして」

 サイファーはここまで一息で言う。ピクシーはなにか言おうとしてやめて、また言おうとしてやめて、結局「馬鹿なの?」と言った。

「だから機密事項満載の次世代戦闘機開発を隠れみのにした感じ?」

「エルジアに守ってもらったのか」

「金払いが良かった」

 ピクシーは「だろうな」とあきれ顔で言う。

「それに、赤いのに対抗できそうな有人機ができたら、面白そうだったしな」

「赤いのは有人機じゃないって?」

「中に人が入っていない動き方でさ。いろいろな機体で乱入するし、最後のは形がモルガンに似てた」

 ノースオーシア・グランダーI.G.の前身、南ベルカ国営兵器産業廠(さんぎょうしょう)が開発し、『国境無き世界』に接収され、ピクシーが乗った試験開発機ADFX-02。コードネームはモルガン。

 ——この機体にぜひとも乗ってもらいたかったパイロットがいたが、今はもういなくてね。

 開発を主導した人間がそうもらしていたことを、ふとピクシーは思い出す。

 かつての祖国は新しい血統による君主が跡を継ぎ、空は無人機による新しい戦いが産声を上げた。それらはベルカ戦争以前から芽吹いていた。すでに新しい時代は始まり、時は流れ、自分たちはその中で生きていた。

「だとすると、開発で俺との戦闘データがベースにある可能性が大だろ? 強い奴を求めて、結局自分の最大の敵は自分だと悟るわけさ」

 サイファーは両手を羽のように広げる。

「有人機で無人機に勝つつもりか?」

「有人機はどこまで対抗できるんだろうな。それか人のほうは、無人機を遠隔操作したりして」

「お前、どっちがいいの」

「どっちでも。いずれにしろ弱い奴は負ける」

「聞いたこっちが間違いだったよ」

 ピクシーは笑った。

 ビーチの若者たちは花火大会のラストに、何十本ものロケット花火を盛大に打ち上げる。本来は危険行為だが、恐れを知らない若者たちは無邪気にやる。

 その光に照らされて、サイファーの灰色の目は銀色に見えた。

 いつかのヴァレーで見た、人ならざる者の輝き。神はただそこに在り、そこで見ている。

 それをピクシーは過信した。その神が、もともとの造形は人であることを忘れ、人以上のものを勝手に押しつけた。

 それでも、空を飛べば神としか言いようのない振る舞いをするのだが。

 有人機だろうが無人機だろうが、この人間にとってはどちらでもいいのだ。ロマンはない。相手を理解しようなどという考えもない。ただ相手を屠り、その屍を糧にしてさらに強くなる。

 生身であろうとそうでなかろうと、いつの時代でも、戦いの女神は愛し子のためにふさわしい場を用意する。

 ピクシーが手を差し出すと、サイファーは「なに」と聞く。

「握手。地上の繋ぎが欲しいんだろ?」

「お、契約成立?」

 軽い反応を返し、握手をする。

「気が向いたら馬鹿のお守りをするさ」

 サイファーは「その時になったら頼むわ」と軽く笑った。

「それで、お前のことはなんて呼べばいいんだ。今の名前? 階級?」

「呼びやすいのでいいよ」

「じゃあサイファー」

「わざわざそれで呼ぶか」

「呼ぶね」

 困ったような嬉しいような、どちらとも取れる表情で微笑むと、「じゃあ俺はピクシーのままで行くわ」と宣言した。

「じゃあな。相棒」

 ひらひらと手を振り、そのまま振り向きもせず、サイファーは一人歩いていく。ピクシーはうしろ姿を見送る。話はこれで終わり。再会もこれで終わり。

「またな。相棒」

 ピクシーが背中に向かって声をかけると、サイファーは手を挙げて反応した。

 その時、若者たちは余った花火に火を点け、最後の一発が空に大きく鳴り響く。ピクシーは何気なく目線を向け、また戻すと、もうサイファーの姿は見えなかった。

 まるで夢幻のようにあっけなく、その日の夜は終わり、翌日、ホテルにサイファーらしき客はいなかった。ピクシーがチェックアウトしようとすれば、ご友人からお客様のぶんの宿泊費はいただいておりますと言われる。

 変なところで大盤振る舞いする奴だと、ピクシーは小さく笑った。なんとも自分たちらしい再会の仕方と別れ方。

 フロント係に世話になった礼を言うとホテルから出て、腕時計で今の時間を確かめる。

 その時、ふと思い出した。サイファーの家族の話のインパクトが強過ぎて、忘れていたことがある。

「メビウス1とお友達って、なに」

 小さなつぶやきに答える者は誰もなく、ピクシーは疑問をひとまずしまうと、空港行きのバスに乗るために歩き出す。次に会った時に聞けばよいこと。

 サイファーと連絡先の交換はしていない。連絡のつけ方もホテル頼りで曖昧。

 それでも、再び繋がった縁は切れていない。なんの当てもなく、直接の繋がりもなく、でもまたどこかで会えると当たり前のように思っている。

 相棒で、戦友で、共犯で、真逆の似た者同士。

 女神から愛される代わりに過剰な加護を受ける自分たちは、ただひたすらに生き残る。そして情勢に転がされながら、隙間を駆け抜けるようにして生きていく姿を、死ぬまで見せ続けていく。それで彼女たちは喜ぶ。

 ベルカ戦争では、雪の降る寒い日が始まりだった。今度は夏の終わりの日が始まり。

(やっぱりお前といると過信するよ)

 どうせ俺たちは死ねないんだろ? なあ相棒。

 だったら最後までぶざまに生きてやろうじゃないか。

 

END

 

   後書き

 

サンサルバシオンでホテル経営している人は、ZEROのアサルトレコードNo.41ロベルト・グローデンという人です。まさか自分がこの二人の再会話を書くと思いませんでした。モバイル向けにゲーム会社が運営していたサイトで、ピクシーがいた廃墟の待受画像のタイトルが『ついの住処』だったので、ピクシーはここで一生を終えるし、偶然の再会もないんだろうなと思っていたので。


 
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