No.973826

紫閃の軌跡

kelvinさん

第145話 “一人”の限界

2018-11-15 15:14:00 投稿 / 全1ページ    総閲覧数:1608   閲覧ユーザー数:1499

~リベール王国センティラール自治州~

 

 リィン以外の“Ⅶ組”の面々をユミルに送り届けたクローディア王女、そして『アルセイユ』の指揮を任されているユリア・シュバルツ中佐が同行する形で鳳翼館へと一同が介することとなった。その中でリィンが『パンタグリュエル』に自ら乗り込んでいったことも含めて。だが、クローディア王女は問題ないと話す。

 

「これはシオン―――シュトレオンが話していたことですが、リィンさんが恐らく貴族連合に何らかの誘いをしてくること。そして、その交渉材料としてリィンさんの関係者を使ってくるところまで読んでいたようです。とはいえ、その先の事は私にも詳細は知らされておりませんが…」

「まあ、軍事的なことを全てというのは難しいでしょうけど……アンタなら何か知ってるんじゃないの?」

「それは買い被りという奴だ、バレスタイン教官。俺も今はリベール王国軍の軍人だが、今回の作戦も含めて一連の貴族連合に直接関わる案件の立案は一部の人間による少数精鋭での行動が基本となっている。それこそ、総司令であるカシウス・ブライト中将ですら知らない案件となっている」

 

 サラ教官の問いかけにレオンハルト少佐はそう話す。つまり何らかの行動をしているのを把握できるとなれば、あとはシュトレオン宰相かアリシア女王がその案件に関わっている可能性が高い。ともあれ、クローディア王女は話を続ける。

 

「そして、恐らくその案件に関わっているのは皆さんと同じ“Ⅶ組”であるアスベルさん、ルドガーさん、セリカさんにリーゼロッテさんの四人。それと協力者を含めてもごく少数での行動となっています……それで、皆様“Ⅶ組”に対してですが、後日別の方が皆さんに依頼をしたいと仰っておりました。それまでは英気を養うのが良いかと思います」

「それは……」

「確かに、リィンのいる『パンタグリュエル』の所在が分からない以上、下手に動くのは危険だろう」

「まあ、それは確かにそうだろうな。ここ数日で結構動いているからこそ、今は休息も必要だろう」

「だね。全員が万全な状態でリィンと合流するのが一番のベストだと考えなきゃ」

 

 急ぎたい気持ちもあるが、ここはしっかり休息をとって準備を整えるのも大切なこと。考えてみれば、ここまで潜伏やら修行やらで動きっぱなしだったため、疲労の事を考える暇もなかったことに改めて気付く。そのやり取りにクローディア王女は苦笑を漏らした。

 

「アハハ……エステルさんも似たような修行をやっていたことは聞いてましたが、例に漏れず皆さんもかなりお強くなられたみたいですね」

「あの<事変>の後、エステルだけでなくヨシュアも<調停>監修の鍛錬を3ヶ月ほどこなしていたがな。中将殿は『子ども達の育て方を本気で間違ったのかと言いたくなった』と言っていたが……」

「会う度に悩まれていたのは聞いていましたが……まあ、あらゆる困難を跳ね除ける強さを手にしたというのは、娘を持つ親にとっては安心できる材料かと思われます。複雑なのは理解できますが…」

 

 強くなるということは遊撃士という職業上理に適っていることなのだが、常識的な人間のカテゴリに最早収まっていない娘を父親としてどう評すればいいか悩んでいるということに“Ⅶ組”の面々や助っ人たちは冷や汗が流れっぱなしであった。

 

「ちなみに、その別の方というのはどういう人なのだ?」

「そうですね……私の知り合いでもあり、王族としての後押しをして頂いたご友人でもあります。皆さんにとっても縁のある方ですので、きっと大丈夫かと思われます」

 

 少なくとも現時点ではこういう風にしか言えなかった。何故なら、現状ではまだ“提案”の段階でしかないためでもあったからだ。もう少し踏み込んだ内容を言いたくはあったが、まだ何も決まっていないことが多い状態でもある。

 

「そう言われると気になりますけど、まだ確定ではなさそうですね?」

「ええ。申し訳ありませんが、ここから先は国家機密にも関わりますので……物資や人員の要請があれば遠慮なく申し出てください。出来る範囲での配慮は致しますから」

「それだったら、装備面とかフォローしてほしいかな! 腕利きの職人とか!」

「君なぁ、流石に厚かましいことは……」

「そちらについてですか……うまく話が進めば、ご用意は出来るかと思います。現時点で確約は出来ませんが」

「その言い方からすると、それも機密の内容に関わっているようですね」

 

 一通り話を済ませた後、クローディア王女とユリア中佐は鳳翼館を後にして『アルセイユ』はユミルを飛び立った。残った“Ⅶ組”メンバーは少し黙っていたが、その中で真っ先に口を開いたのはラウラであった。

 

「さて、期せずして時間を得られたというわけだが、ただ休むだけというのも忍びない。寧ろ、自分たちが得てきたものをさらに伸ばす好機であろう?」

「……確かにそうね。リィンだけでなく、アスベル達を驚かせるぐらいにはならないと」

「ふふっ、お嬢様の場合は“おひとり”に成長を見てほしいのでしょうけれど」

「ちょっとシャロン! いいところなんだから茶化さないの!!」

「でも、確かにその通りかもしれませんね。お互いの実力を確認しあって連携に生かす―――士官学院で学んできたことですね」

 

 各方面で1か月少しという期間だが、それぞれかなりの実力に仕上がってきている。それをしっかり定着させることと仲間の実力の把握。そこから生み出せる連携……トールズ士官学院に来て、それを延々とこなし続けてきた。これにはサラ教官とスコール教官が揃って笑みをこぼす。

 

「確かに、その通りだろうな」

「うんうん、みんなスッゴク強くなってるみたいだし、今ならクロウの騎神にも勝てるんじゃないかな?」

「うーん、そこまで行けるかは正直わからないけど……でも、手応えだけはあるかな」

「生身で騎神に勝ったら、それこそアスベルやルドガーの領域―――“人外”に踏み込むんだけれどね」

「アハハハ……でも、私達自身の強さって客観的に見れていないのは確かですね」

 

 というか、教わった人間が埒外というのもあるのだが、そもそも士官学院で埒外どころか人外レベルの戦いを見せられていると感覚が狂ってしまう……今の一部を除く“Ⅶ組”メンバーは正にその状態である。それを見た助っ人たちは顔を見合わせて頷く。

 

「―――なら、俺達が相手をしよう」

「ええ。教官としても教え子たちの成長は気になるし」

「私も僭越ながらお手伝いいたしますわ」

「それなら、私もお手伝いいたします。これでもトールズ士官学院の卒業生ですので」

 

 名乗りを上げたのはトヴァル、サラ、シャロン、クレア大尉の4人。なお、レオンハルト少佐は別件があるためにその場を後にしており、スコール教官は審判役兼救護係という立ち位置となった。

 リィンと会うまでに万全な状態を作る―――その意志を持って“Ⅶ組”メンバーは助っ人たちとの戦闘を開始した。

 

 

~リベール王国暫定統治領(エレボニア帝国ノルティア州) ルーレ市~

 

 その頃、RF本社ビル最上部のペントハウスでは各々次の作戦に向けて英気を養っていた。その中でアスベルはというと、導力式のノート型演算機で情報を整理していた。すると、向かいに座って導力銃のメンテナンスをしているルドガーが話しかけてきた。

 

「なあ、アスベル。正直あの人物がここまで消極的な作戦しか組めていないのは、どうにも気にかかる部分がある。無論、お前が中将殿譲りの戦略・戦術眼を持っているのもあるだろうが」

「……言わんとしていることは解る。結論から言えば、俺達が知りえた状況からして帝国周辺諸国の状況が少なくとも違っている」

 

 ルーファス・アルバレアの描いていたシナリオ全ては知らないが、“本来の歴史”からするとリベール王国・レミフェリア公国・カルバード共和国がIBCの資産凍結による経済混乱によって内戦を起こしてもエレボニア自体が攻め入れられる状況を回避しただけでなく、クロイス家やカルバードと不可侵条約を結んでいた。不可侵条約についてはこの世界でも結ばれており、その原本がクロスベルとカルバードから出てきた以上本物だろう。

 

「まあ、アルバレア公を下手に切れなかったのは、『北の猟兵』を含めたノーザンブリアが火事場泥棒的にエレボニアへ攻め込まれたら厄介だからな。平時ならそこまで脅威ではないが、内戦時という状況である以上手駒は欲しくなる」

 

 ノーザンブリアについては『北の猟兵』をアルバレア家が雇い入れていたからこそ、自治州そのものが下手に敵に回ることを恐れてアルバレア公爵を排除しなかった。この内戦のご時世で真っ先に被害を受けるのが国境を接しているラマール州ならば尚更。カイエン公が同じ立場の人間を切らなかったのは何かに使える“駒”として見ていたのかもしれないが。

 

「マリクルシス皇帝の即位によってクロスベル・カルバード方面は一気に終息した。まあ、その体制に反発して“神聖カルバード共和国”なる国も成立したが……旧共和国の経済混乱は既に終息している。ここで彼らに攻め入らないってことは何かしらの体制保障は水面下で結ぶんだろう」

 

 一部の反移民主義者らが主体となってそのような国をクロスベル帝国旧カルバード方面北方に成立させたが、国土面積は小規模の自治州ぐらいの面積しか持っていない。よって実質クロスベル帝国の属国という形で残るのだろう。ある意味ガス抜きも兼ねた役割を彼らは負い続けることとなる。それを知らずに国を動かす羽目になるカルバードの方々はご愁傷様という他ない。

 

「で、話を戻すが……ルーファスは役割を分けすぎた部分もある」

「役割を?」

「ああ。“表”と“裏”……この両面をこなせる人物が貴族連合で誰なのかと言えばルーファスしかいない点だ。クロウにしたって役割からすれば“裏”に偏ってる。情報網から帝国時報の情報は伝わってくるが、オルディーネに関わる情報が殆どない」

 

 常識的な“表”―――領邦軍を主体とした貴族連合軍と非常識な“裏”―――結社や猟兵を始めとしたアンダーグラウンドの猛者達。<帝国解放戦線>もこの点でいえば“裏”側の存在。ハッキリと線引きした上で相互に必要以上の干渉を掛けないようにした結果、貴族連合内が一枚岩とは程遠い烏合の衆になってしまっている。

 そもそも“鉄血宰相”の息が掛かっているというだけで正規軍を除け者にした判断もハッキリ言えば悪手だ。機甲兵のインパクトで迅速に降伏させて、人質なりの手段でなりふり構わずに正規軍同士で戦わせて味方の被害を最小限に止める……それが出来なかったのは<四大名門>の貴族としてのプライド所以なのだろうが。ルーファスの場合、その後のことを考えると正規軍がある程度健在でないと困る事情もあったのだろうが。

 

「内戦とか言っているが、これはれっきとした“戦争”だ。その気になれば貴族としての強権で非道も正道に出来る……その後のことなんてロクに考えてもいなかっただろうがな。そんなカイエン公やアルバレア公の強欲を制御しきれなかった時点でルーファス・アルバレアの限界も知れる」

「一介の将としての器はあるんだろうが、それ以上は無理だろうな。おまけにリベールとレミフェリアが経済混乱を収束させた以上……そういや、IBCはあの後どうなった?」

「クロスベル皇家となるクロスディール家に接収されて、旧共和国中央銀行と合併。立ち位置的には帝国中央銀行クロスベル支店という扱いだな」

 

 現状IBC資産凍結宣言は残ったままで、これはエレボニアとクロスベル両帝国間の交渉事のためにリベールとレミフェリアは関知しない。その代わり凍結されているエレボニアの資産担保権はリベール・クロスベル・レミフェリアの各中央銀行で分割管理されることが決まっている。

 これはエレボニアが領土的野心を抱いて侵攻した際の経済制裁カードとして保有するという意味合い。エレボニア側には一切通知せず、あくまでも資産管理自体はクロスベル帝国が引き継ぐ形となる。対外的な窓口もIBCからそのままそっくり引き継ぐ段取りで進められている。

 

 これでも強硬に軍事路線を進むようであれば、最悪の場合エレボニア帝国そのものがゼムリア大陸から消え去るだろう。そのようなことは流石に面倒な部分が多すぎるので避けたいのが本音であるが。

 

「ついでに言うなら情報統制もだろうな。貴族連合には情報局や鉄道憲兵隊のような情報をコントロールできる実働部隊がいないに等しい。周辺諸国の情報もある程度掴んでいるだろうが……ここで一つ。リベールからエレボニア帝国大使館に通達した内容が貴族連合の中枢に伝わっていない。貴族連合が勝利していて、これで正規軍が無力化されていたらまた侵攻も考えていたのだろうが、もう遅い」

 

 軍事的な側面でいえば情報の統制は必須。だが、正規軍を追い込むために行った配備が国民の生活にも支障をきたし、結果としてそちらの対応にも追われることとなる。

 十数師団も健在の正規軍の行動予測、それに対応させるための貴族連合軍の配分や内戦での国民へ安全を担保する行動。“裏”の協力者たちへの要請。それらを完璧にこなそうとする余り、ルーファス・アルバレア一人の処理能力がそこで頭打ちになってしまった。更には総主宰であるカイエン公や身内のアルバレア公、それらと一線を置くログナー候やハイアームズ候への配慮も加えると……流石の天才でも一人で出来る処理能力を超えてしまったのだろう。

 

「俺も身内も一人で出来る処理は限られるからな。出来る人間がいればやらせるのが流儀みたいなものだし」

「まあ、それが普通なんだろうよ。忠誠を誓っている人物がおかしいというのもあるが……クワトロは参加させるのか?」

「ああ、全ての段取りは完了した。殺しを強要させるつもりはないが、今回ばかりはそうなっても仕方がない連中ばかりだ。それに、士官学院の教官でも扱いの上では軍属の末席と同等。それが望ましいとは言わないが、最悪の場合の覚悟が欠如してて軍人を育てることなんて出来やしない」

 

 どうあろうとも避けられない事象はある。なればこそ、不退転の覚悟を持って臨む必要がある。クワトロ本人がやってきたことを聞いた限りでは彼らしいとも思うが、だからこそ自己犠牲の精神が染みついたのだろう。

 大勢の人間を救うために少数の人間を切り捨てる……皮肉にどの時代であっても、そういったことは起こり得ていた。なれば必要なのは覚悟と力の両方。アスベルとルドガーは次の作戦に向けて決意を新たにした。

 


 
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