No.970925

準備部の準備室

今生康宏さん

死について、考えてみるお話

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2018-10-19 23:17:20 投稿 / 全1ページ    総閲覧数:498   閲覧ユーザー数:498

準備部の準備室

 

 

 

 春。新入生はそうすることが当然であることのように、部活動を始める。

 ただ、僕は授業が始まって二週間が経っても中々決めることができず、ぶらぶらとしていた。

 ……とはいえ、部活に入るのが遅くなればなるほど、やりづらくなる。部内で新入生を含めた人間関係が完成してしまい、そこに新たに入っていくには、尋常ならざるコミュニケーション能力を要求されるからだ。

 とりあえず僕は運動部に入るつもりはないから、何かいい感じの文化部を……と、放課後の部室棟に足を伸ばしていた。既に新入生に向けた部活の説明会は終わっているけど、こういうのはやっぱり、部室を軽く覗いて、その雰囲気とかから決めたい。僕にこれといった趣味はないんだし、一番大切なのは人間関係だ。

 ふと、説明会の時の生徒会長の言葉を思い出す。

 「新入生のみなさん、説明をしっかり聞いて、ぜひ自分にぴったりだと思う部活を見つけてください。我が校に帰宅部というものはありません。部活に入らなければ、それは部活に未所属ということになります。部活をめいっぱい楽しみ、素敵な高校生活を送ってください」

 これは僕の被害妄想かもしれないけど、どうにも部活に入らないと高校生じゃない、とでも言わんばかりの険がある言い方のように感じた。まるで帰宅部という逃げ場所を失くし、無理やりにでも部活に所属させようとするかのような……。

 そういう訳で、実は僕の部活に入ろうというモチベーションはすごく低い。今日、よさげなものが見つからなければ、なんとなくのまま未所属で終わるつもりだ。

 大体、六時間も授業を受けた上で、更に放課後、部活動をするなんてあんまりにハードスケジュールじゃないだろうか?そういう風に予定をびっしりと詰め込んで、なんとなくの「やってる感」を叩き込むことで、サービス残業が当たり前のような社会を形成して――。

「…………?」

 なんて思っている中、不思議な部屋を見つけた。

 そこには「準備室」とだけ書かれている。普通、準備室といえば「理科準備室」だとか「家庭科準備室」だとか、頭に特別教室の名前が付くはずだ。そして、実験器具だとかが収められている。部屋とはいうけれど、ほとんど特別教室専用の倉庫のようなもので、大きさは通常の教室の半分とか四分の一とか、あまり大きくはない。

 それなのに、部室棟に名無しの「準備室」がある。となれば、この部室棟の準備室なんだろうか?ただ、それにしては大きさは通常の部室と同じだ。

 両隣の部室は、手芸部と文芸部。手芸部なら、布とか裁縫道具とか、文芸部ならコピー用紙やコピー機。製本に使うホッチキスなどが収められているのかな、という気はする。ただ、それにしては広すぎるし、何も名前を書かないなんてことがあるんだろうか?

 なんとなく秘密めいたものを感じて、しばらく僕はこの準備室の前で立ち止まり、その中の様子を伺ってしまった。

 窓ガラスは透明の、ちゃんと中が見えるものだ。普通、準備室はすりガラスが使われているものと思うけど。そして、中を見ると普通の部室。いや、部活に使う用意などがないから、完全にただの教室みたいだ。部員の姿も、見当たらない……?ただの空き教室なのか?

「やあ、見学の子かな?」

「うわっ!?」

 もう立ち去ろうかと思っていると、突然扉が開いて、中から女生徒が現れた。この学校は学年ごとにカラーが決まっていて、ネクタイやリボンの色で学年がわかるようになっている。今年度の新入生の色は緑、そして彼女の色は赤。三年生の先輩だとすぐにわかった。

「ど、どうも……?」

「ふふっ、この部はなんなのか?いや、そもそもこの“準備室”とは、部室なのか?疑問に思っているみたいだね」

「え、ええ、まあ……。その言い方からすると、ここって部室なんですか?」

「うむ、その通りだ。ここは“準備部”の部室だよ。だから頭に何もつかない、ただの“準備室”という訳だ。中々洒落が利いているだろう?中々伝統のある部でね、当時からずっと部室はこの名前でやっているらしい。いやはや、この世には想像以上に鬼才はいるものだ。私は先人に感服し、感謝をしたいね」

「は、はあ……。準備部って、何の準備をする部なんですか?」

「実に真っ当な疑問だ。しかし、問いにすぐに答えが与えられる、というのはいささか面白くないだろう。少し君、推理してみたまえ。授業で疲れているところかもしれないが、今一度、脳の体操をしてみよう」

 なんというか……思った以上に個性の強い人だ。

 見た目だけで言うなら、黒髪ロングの、奇麗な先輩だ。ただ、中性的で、妙に気取った感じの喋り方をする辺り、あまりとっつきやすい方ではなさそうな……。

「ええと、高校生がする“準備”なんですから、進路に向けて自習をするための部、みたいな……?この学校、基本部活に入るのが推奨されているみたいですし、勉強をしたい人が入るための部じゃないんでしょうか。見た感じ、部室の見た目も普通の教室みたいですし」

「ふむ。面白い推測だ。そして、進路のための準備……それは決して間違いではない。いや、そもそも私は君に推理してみせろとは言ったが、正解を言い当てろとは言っていない。そして、仮に正解したとして、何か賞品が与えられる訳でもない。それゆえに、何かしらの答えを用意してくれたというだけで、大満足なのだが……君は中々に筋がいいな」

「は、はあ」

「では答え合わせといこう。進路のための準備、それがいくらかは当たっている理由。この部は、死ぬための準備をする部活なのだよ」

「…………えっ?」

 瞬間、空気が変わった……気がした。

 僕は思う。高校生っていうのは、ある意味で一番、生命力にあふれている年頃なんじゃないだろうか。

 だって、中学までは義務教育だから、受験をしない限りは地域ごとに割り振られた学校に強制的に通わされ、やりたくもない勉強をやらされる。

 だけど高校は違う。自分が入りたい高校を選び、受験し、それに失敗すれば入れない。入ったからにはまあ、しばらくがんばって通おう、と思うものなんじゃないだろうか。……そんな高校生が“死”という言葉を冗談ではなく、真顔で使う。

「そ、それって。もしかして、自殺希望者の部活……みたいな?」

 僕にはそうとしか思えなかった。そう考えると、先輩は物憂げな感じの、本気で自殺について考えている人のような風格が感じられる。

「いやいや、待ちたまえ。そんな部活が生徒会や学校側の認可を受けて存続できているはずもないだろう。……死ぬのは遠い、未来の話だよ。だがね、こんな言葉がある。――メメント・モリ。死を想え。様々な異なった意味解釈をされる言葉だが、我が部ではこの言葉は、人という寿命のある存在であるからには、いつか必ず来る死について忘れるな。という風に扱っている。今、我々高校生はある意味で最も、生命力に満ちあふれているのかもしれない。だが、それゆえに必ず来る終わりについて考えるべきなのではないか。準備部とは、死を想い、死ぬ準備を考える部なんだ」

「なんというか……すごく高尚な部なんですね。僕にはちょっと、よくわからないかもしれません」

「ははっ、そうかな」

 先輩は笑う。

 ……なんだか、さっきまでとは違う意味で、普通とは違う部活という印象だ。

「部室に誰も生徒がいないことは確認しただろう?そのことからもわかるように、我が部はこれといった部活動はしない。ただ、多くの生徒が所属しているよ。所属をする、それだけでいい。そして時々、考えるんだ。自分が死んだ時のことを。そして、残される人のため、生前の自分は何をするべきなのか、ということを。だから実質、この部室は自習室のようなものだと考えていい。本当は部長である私も、必ず部室に顔を出さなければならないという訳ではないんだがね。自習と、そして、部活動のために大抵は来ているんだよ」

「部活動」

「そう、死について考えること。……もしも興味があるなら、体験入部のようなことをしてみるかい?なに、さっきこの準備部について考えてもらったように、ちょっとした問答をするだけだよ。間違えたからといってペナルティはない。むしろ、間違いなんてものはきっと、存在しない」

 哲学的な部活だ……。

 だけど、不思議と僕は嫌だとか、面倒だとか、そういったマイナスの印象は受けなかった。

「では、ちょっとだけ」

「ありがとう。……中々、我が部のことは伝わりづらいところがあるからね。実は一年生が入ることはあまりないのだよ。でも、君が体験入部だけでもしてくれて嬉しい。さっ、好きな席に座りたまえ」

「……お邪魔します」

 部室へと招かれて、僕はなんとなく、右端の一番前の席に腰かけた。……すると、先輩は不満げだ。

「いや、好きな席と確かに言ったが、そこまでフリーダムにするものかい?普通、真ん中の席に座るものだろう……君は積極性というものがないな」

「あっ、ご、ごめんなさい!」

 慌てて座り直す。

「さて……思えば自己紹介もしていなかった。私は仙田八千代。八千代、現代の女子高校生の名前としては、いささか以上に古臭いものだと感じただろう?だが、両親は千代に八千代に、という我が国の国家のように、長く健やかに生きられるように、という願いを込めてこの名前を私に贈ってくれたという。だから気に入っているんだ」

「……いいお名前ですね。僕は近江幸介といいます」

「こうすけ……。もしかしてコウとは、幸せと書くのかな?」

「はい、その通りです」

「なるほど。君も両親に幸せを願われてその名前を付けてもらえたのだろう。名前なんて、最低限、読みやすいものであれば問題ない。そう思うかもしれないがね、その人間が最も多く触れ合う“言葉”だ。そこに“呪”を込めるのは、そう間違ったことではないと思う。君も“幸せ”という字を繰り返し書き、読む中で、自然と前向きな気持ちになれたりしているのではないかな」

「……そうかもしれませんね。あんまり自分の名前のことって、意識したことなかったですけど」

「そういうものだろう。それぐらいでいい。名前がプレッシャーになってしまうというのも、それはそれで不幸なことだ。――さっ、アイスブレイクはこれぐらいでいいだろう。本題に入らせてもらうが、そもそも、だ。君が明日にでも死んだとする。……その場合、どんな影響が出ると思う?ああ、自殺などではなく、心不全で家で急に亡くなったとしよう。人身事故とかそういうのはややこしいからね」

「え、ええっと……」

 いきなり結構、本格的な話題だ。

「家族は……悲しむでしょうね。まあ前提として僕自身、まだ死にたくないと思ってますけど、死んじゃったらそれまでだから、悲しむこともできないと思いますし。後はまあ……学校もちょっとした騒ぎになるかもしれませんね。新入生がいきなり死んだんだから、大して親しくない人も、まあ悲しむんじゃないでしょうか」

「……なんだか、結構クールだね、君は」

「いやまあ……実感がない話ですし」

「それもそうか。とりあえず家族が悲しむ、それは当然だろうな。それから、学校関係者も確かにそう。特に、先生はそれなり以上にショックを受けるかもしれない。先生とは読んで時のごとく、先に生まれた者のことだ。先に生まれた以上、順当に行けば先に死ぬことになる。それなのに、若人の死を見届けねばならない。……辛い話だろうね」

「そうですね……」

「たとえ君が入学してすぐでも、悲しみは小さくはないだろう。大人はきっと、自分とほとんど無関係の者であったとしても、自分より若い者の死に一定の衝撃を受けるものだ」

 八千代先輩は言いながら、僕の隣に座った。

「それから、直接的なつながりのある人だけかな、悲しむのは。……君も何か、SNSのひとつぐらいはやっているんじゃないかい?そして、そこで現実には会ったことがないが、確かなつながりのある“友達”がいる」

「……いますね。少ないですけど」

「スマホゲームのフレンドはどうだろう。たとえゲームだけのつながりでも、確かにそこに君がいるということを感じている文字通りの“フレンド”だ」

「いますね。そっちは結構います。フレンド上限、五十人ですし」

「ただし、そういったネットでできた友達には残念ながら、ほとんど君の訃報は届かないだろう。ゲームの話なら、しばらくログインがなければ、もうそのゲームをやめてしまったのではないか、と受け取られる。そうして、遂にフレンド登録を解除されてしまえば、もうそれきりだ。誰も君の死には気づかない。むしろ、俺はこのゲームを楽しんでいるのに、とっとと引退しやがって、と悪態をつかれてしまうかもしれない」

「……ありそうですね。実際、僕はそういう風に何人もフレンドを“切って”きました。その中に、死んでしまった人がいなかったとは言い切れないと思います」

「そう。ネット社会の今、人の死というのは実はすごく、伝わりづらいものになっているのかもしれない。いや、必要以上に自分の存在を世間に発信できるようになったから、アナログな伝達方法では訃報が伝わらないところにまで、自分が知られてしまうようになったんだ。だから、簡単に人は“消えて”しまう。ネットにおける“失踪者”の中に、どれだけの死者がいるのだろう」

「そう考えると、恐ろしくなってきました。…………死ぬのって、怖いですね。想像以上に」

 僕一人が、残念に思うだけじゃない。家族や友達といった、身近な人だけが悲しむだけじゃない。

 …………もっと多くの人が、ふっと消えてしまった僕の存在に、様々な反応をする。それは決して、同情的なものだけではない。だって、僕が死んだことなんて、僕が消えた理由の“可能性”のひとつでしかないんだから。そしてたぶん、あまりネット上で人が死ぬことって、想像しないんじゃないだろうか。

 多くの“失踪者”は、めんどくさくなったからとか、なんらかのネット上のトラブルがあったから、へそを曲げてしまったとか。……そういう風に受け取られる。少なくとも僕は、そう思う。

「だからね。大げさかもしれないが、私は遺書のような書き置きを残しているんだ。そして、そこに自分がやっているSNSについても書き残してある。私が死ぬようなことがあれば、それらのコンテンツ上で、死を公表してくれ、と。別にそこで出会った人々に、同情して欲しい訳じゃない。むしろ、忘れてほしい。忘れてほしいがゆえに、死を伝えてもらいたいんだ。だってそうじゃないと、ある人は私が戻ることを信じ続けてしまうかもしれない。そんなことを思うと、死ぬに死にきれない、とは思わないかい?」

「…………そうかもしれません」

「私は考えている。死を想うとは、何もいつか必ず来る死を必要以上に恐れ、怯え、後ろ向きに生きるという生き方ではない。むしろ、今をよりよく生きるため、終わりの準備をすることができる、という生き方なんだ。高校生の内からそんなことを考えるのは、時期尚早かもしれないけどね……しかし、悪くはない考えだと思うのだよ、少なくとも私は。だから部長だなんて、言ってしまえば面倒な役をしている。私はこの部がなくなることは、この学校にとっての大きな損失だと考えているからね。それなりにがんばって、新入部員も増やすつもりだ」

 不思議な部活に、不思議な部長だ。

 でも、悪くはない。むしろ、すごくいい。

 僕は実のところ、部活に入るつもりなんてなかった。でも、この部になら入ってみても悪くない。……いや、積極的に入りたい。そう思った。

「先輩、僕、この部に入ってもいいですか?」

「ああ、もちろん。……一応聞くが、それは君の自発的な意志によるものかな?先輩である私にここまで喋らせておいて、部に入らないのはバツが悪い、という気持ちからではない?」

「はい、もちろん。それに先輩なら、たとえどれだけ喋ってもらった上で部に入らなくても、怒らないと思いますし」

「ははっ、君は中々に人間観察が得意なようだね。確かに私は、こうして話すのが趣味なところがある。それが響いたとしても響かなかったとしても、とりあえず自分の考えを伝えることができた、それだけで満足できてしまうものなんだよ。……だが、どうせならのれんに腕押しよりは、確かな手応えがあった方がいい。……ありがとう、近江君。君のことを歓迎させてもらうよ」

「はい、よろしくお願いします」

「……とはいえ、だ。さっきも言ったように、部員になったからといって、毎日この部室に来る必要はない。ただ、準備部の一員だという自覚を持ち、日々を過ごしてくれれば、それだけで十分だ。まあ、私は大抵ここにいるから、また問答をしたくなったり、自習室として使いたくなったりしたら、遠慮なく来てくれ。楽な部でいいだろう?」

「ははっ、そうですね」

「では、生徒会の方に申請書を出しておいてくれ。この部には顧問がいないからね、提出先は生徒会ということになる。……ああ、部長のサインが必要だったか。用紙は持っているかな?」

「え、ええっと……あったかな…………」

「焦らなくていいよ。ゆっくり探してくれたまえ。今ないのなら、明日でも、明後日でもいい。とりあえず私は、今すぐには死ぬ予定はないからね。……だが、明日死なないとも限らない。限りある生を、しっかり生きようじゃないか。――死を想え。死があるからこそ、生は尊い。いつか必ず死ぬからこそ、生きているという行為は輝く。前を向いて生きていくために、死への準備をする。それがこの部というものだからね」

 

 こうして、妙な。でも、とても惹きつけるものを感じた部活の一員としての、僕の生活は始まった。


 
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