No.960802

ヘキサギアFLS3 孵らぬ卵(上)

 ヘキサギア・フロントラインシンドローム既存作をご覧頂きいつもありがとうございます。そんなこんなで三作目です。ここまできてなんとかシリーズという体裁になれたか、と。
 次エピソードの内容も今回のエピソードを書いている途中でピンと思いついたので、すぐさま取りかかりたいと思います。今回の話、既存作と合わせて楽しんで頂きたいです。

本作品はコトブキヤのコンテンツ『ヘキサギア』シリーズの二次創作作品であり、同作の解釈を規定するものではございません。
またフィクションであり、実在物への見解を示すものでもないことをあらかじめご了承下さい。

2018-07-22 06:06:05 投稿 / 全1ページ    総閲覧数:591   閲覧ユーザー数:591

 ――ここは遠いいつか、どこか。

 資源枯渇によって崩壊寸前にまで至った文明が、汚染と引き替えに生み出される永久機関ヘキサグラムによって辛うじて生きながらえている世界。

 再興を願う者達と、新たなる世界を求める者達とが戦い続ける荒廃の大地。一進一退の戦いは、かすかに残った都市を飲み込んでいく。さながら砂浜に描いた絵をさらう波のように。

 広大な国土に影響力を発揮できる政府基盤が存在しなくなったことから、多くの都市は企業が自治を行っている。その都市も、その内の一つ。名はハンプティ・ダンプティ・シティ。高い防壁に守られたその都市は、壁上に擬人化された卵のキャラクターが缶詰を開いて中身を見せている看板を掲げていた。さらに看板の隅には、企業同盟組織リバティーアライアンスに属することを示すマークも記されている。

 だがその看板も防壁も、錆が浮き、所によっては弾痕で皿状にえぐれている。下へ視線を移せば、防壁に資材を打ち付けたバラックが苔かカビのようにびっしりと続いている。

「馬鹿な……これが本当にあのHDフーズの企業都市なのか?」

 曇天の下、遠くから砲声が響く道を、そんな風に呟きながら移動してくる者がいる。軽自動車サイズの装軌車両に乗り、牽引砲を曳いていた。白の甲冑様の装備に身を包み、グレーのブレードアンテナ付きのインカムを装備しているのが特徴的だ。

 彼はミスター。リバティーアライアンスの古参ガバナー。ヘキサグラムを用いる兵器ヘキサギアを駆使する兵士だ。

 古参。彼は長い戦いの日々の中で、もはや全身を機械に置き換えている。それだけならば珍しいことではないのが現代だが、さらにミスターはその人格を構成する記憶をネットワークを用いてバックアップできる構造を取っていた。リバティーアライアンスと敵対する、ヴァリアントフォースの技術によってだ。英雄として生き続け、人々の支えとなるために行われた措置だった。

 電子の記憶は、多くの者が若くして死ぬこの戦乱の大地では語り継がれない過去をも覚えている。今ミスターが想起するのは、この錆び付いた缶詰のような都市の過去だ。

「レーションの供給元から外されたとは聞いていたが、ここまで落ちぶれているとはなあ……」

『ミスター、HDフーズはアライアンスの構成企業の一つです。そういった物言いは……』

 口を挟んでくる車両、リトルボウの搭載AIであるクイントに対し、ミスターはコンソールを軽く叩いて小言を封じる。

 ハンプティ・ダンプティ・シティは食品製造企業HDフーズが治める企業都市だ。社名と同じイニシャルのハンプティ・ダンプティをイメージキャラクターに据え、この荒野ばかりの大地で貴重な食糧を生産し成長した企業がHDフーズであり、リバティーアライアンスにも軍用食糧を供給する筆頭企業だった。

 さらに工場を汚染から守り社員を保護するための高い防壁を備えた都市は、地上の楽園とすら言われるほどの好環境で知られていた。少なくとも、ミスターが生身の体でいたころは、そうだった。

 だが今、保全もなおざりでバラックまみれの都市は、ミスターの記憶とは何一つ噛み合わない。戦乱を逃れてきた人々が防壁のゲートに長い列を作り、子供の泣き声や怒号も聞こえてくる様子はまるで地獄のようだった。

「――戦争は怖いね」

 嘆息するような排気音を立て、ミスターは道を進む。ミスターのリトルボウが進む道は、ハンプティ・ダンプティ・シティへ続く道から分かれて反り、街の西側へと向かっていた。そこに広がるのは旧時代の街の廃墟と荒野、そしてそこに構築された広大な陣地。

 戦場だ。ヴァリアントフォースの進攻に対する防衛線が、そこには広がっている。

 事情に詳しくはないが、HDフーズの凋落はこれが原因であろうとミスターは推測していた。戦場の接近という、この時代では一度始まってしまえば避けられない問題だ。

 各地での活躍を求められるミスターが配属されたのは、今回はここ。アライアンス加盟企業に接近した最前線を押し返そうとする戦い。懐かしい社名を命令書に見たミスターは、若干の期待感と共にこの地を訪れた。だがその期待は、空回りに終わりそうだ。

「もとより、食品メーカーの企業都市に来たのにものも食えない体だがな……」

 ぼやきをカタカタと鳴る履帯に乗せ、ミスターは都市を横目に進んでいく。目的地はこのエリアの野戦司令部。着任のためだ。

 

 司令部に出頭したミスターは、陣地から後退している部隊へと向かうよう指示を受ける。その部隊はヘキサグラムによる瘴気汚染を防ぐ簡易兵舎のそばで点呼を取っているところだった。

「ようこそミスター。私がこの六三五六小隊の隊長を務めるコロンバスだ」

 少尉の階級マークをアーマータイプに刻んだコロンバスは、ヘルメットのフェイスを上げて握手を求める。日焼けした顔に髪を垂らした古強者という風貌だ。

「よろしく少尉」

「ああ、貴方を我が部隊に迎えられて光栄だ。こちらは貴方の先任曹長となる副官のコリンズ」

「よろしくお願いしますね」

 コロンバスが紹介した眼鏡の女性は、ポーンA1に拡張パーツを組み込んで女性用にしたものを装着している。この戦線の戦場は破損したヘキサグラムが瘴気をまき散らしており、最新型の女性用アーマータイプであるローズタイプのような、オープンフェイス型アーマータイプが投入出来ないのだ。

「部下達はまあ、見ての通りガバナーが一五人。貴方ほど立派ではないが対ヘキサギア火器をそれぞれ支給されている」

 性別も人種もバラバラな一五人は、標準型のアサルトライフルに加えてロケットランチャーは対物ライフルを背面ラッチに装備している。気取ったポーズを見せるものもいる中で、コロンバスは視線をその奥へ。

「そして隊のヘキサギアとして、弾薬と火器運搬用にムーバブルクローラーが一機」

『NICE TO MEET YOU.』

 ミスターのリトルボウと同一モジュールで組み立てられた四脚機体が、旧式AIの音声で告げた。パネルラインに砂が詰まり、あちこちにステップやグリップ、荷台やら車外装備品やらが取り付けられた機体だ。

「この戦線では長いんですか」

「まあ比較的。もっとも、隊員は自分も含めてこのムーバブルクローラーよりも新人ですがね」

「固有名は?」

「『デスペラード』」

 飾り気も無く告げるコロンバスに、ミスターはしげしげと視線を向ける。そこそこの著名人であるミスターとしては、こういう無遠慮な態度を受けることは少ないのだが、それがむしろ好ましかった。コロンバス自身や、六三五六小隊としての誇りを感じる。

「それで早速なんだが、陣地への移動に際してミスターに頼みたいことがある。隊員のうち何人か……あの荷台だと四名が限界か、とにかく乗せていって欲しい。自前の移動手段はあのオンボロと司令部付きのトラックだけで、折角休暇を取ってきた部下が早速疲れかねない」

「俺のリトルボウだって乗り心地は良くないですよ」

「貴方とドライブできる分で帳消しだろう」

 そう言って、コロンバスは部下達に大雑把なウインクを投げかける。かしこまっていた部下達は身を乗り出し、

「隊長! 乗車権はどう決めますか!? くじ引きでありますか!」

「えー、そこはレディファーストじゃないの?」

「自分、ミスターの話は聞いてみたいものですなあ」

「運転中に話し込むわけにもいかんでしょう。監督役を志願します!」

 めいめい好き勝手に述べて笑う隊員達に、ミスターも笑うように体を揺すった。これから戦場に向かうとは思えないリラックスした雰囲気だ。にも関わらず、全員油断のない身構えを維持している。

「いい指揮をしているようですね」

「努力はしているが、良いかどうかは」

 謙遜するコロンバスの隣で、コリンズがミスターに含み笑いを見せた。仕方が無さそうにコロンバスを見るコリンズに、ミスターは彼の照れを悟る。

「――ま、こういう時は階級順が後腐れ無いでしょう。少尉、曹長……あと二人は、お選び下さい」

 ミスターの言葉に、隊員達は冗談めかしたブーイングを送る。コロンバスがそれを諭し、隊は陣地への移動を開始した。

 

 ハンプティ・ダンプティ・シティ防衛陣地は、ヴァリアントフォースの進撃を食い止めるべく旧時代に取られたパックフロント型の陣地として構築されていた。対ヘキサギア兵器の射点を守る堡塁と近接護衛陣地が、互いに援護し合える距離に点在している。敵軍が誘導される陣地間の道には地雷が敷設されているが、各陣地からの撤退ルートは確保されている。

 敵に攻撃された陣地は適当に反撃しながら後退。周囲の陣地が攻撃を集中して敵を磨り潰していくという仕組みだ。そのため連携や状況の把握が肝要だが、コロンバスは陣地到着すぐに前任部隊の隊長から引き継ぎ事項を細かく聞き出していた。

「地雷はこの前敷設し直したばかりだが、敵軍にデモリッション・ブルートが確認されているから突破される恐れがある。モーターパニッシャーもいるから対空火器と余りの弾薬は置いていくぜ。敵ガバナーに上級クラスの奴はいないみたいだから、対歩兵戦はそんなに神経質にならなくてもいい」

「お隣さんはどうだ?」

「正直北側のは若葉マークの少尉さんが隊長でさあ。勉強熱心なのはいいけど素の力がついてなくて……」

 休暇土産の酒瓶を握らせ、コロンバスはそんな赤裸々な情報を聞き出す。ミスターもコリンズや、分隊をまとめる軍曹達と共にその場に立ち会った。

 陣地火器のチェック、移動経路の確認、周囲との連絡網の確認など、諸々の業務を敵襲を警戒しながら終える頃には、すでに日が落ちていた。砲撃や空爆の目標にならないよう灯火管制が敷かれた陣地に、食糧を配布するコンバートキャリアーが訪れレーションを配りだした。

「ミスターはお食事できないんでしたっけ」

「ええ。水だけ、冷却水の換えにいただきます」

 隊員達に食事を配り、コロンバスと自分の分も受け取ったコリンズが訊ねてくる。ミスターは頷いて配給係から給水パックを受け取ると、本来ポーンA1では飲料水の補充口となっているメンテナンスハッチにそれを入れた。

「こういう陣地はどうです? 最近のゾアテックスを使うヘキサギアが相手だとして、充分でしょうか」

 食事する部下に混じりながらコリンズが話しかけてくる。部隊になじめるようにとの心遣いをありありと感じたミスターは、率直なところを告げた。

「俺は第二世代までのヘキサギアが専門のガバナーなんで、その知識範囲で言えばよくできていると思いますよ。事実、長らくここで持ちこたえているみたいじゃないですか」

「確かに」

「でも航空支援が無いと抜かれ気味ですぜ。モーターパニッシャーもボルトレックスも、速いときは本当に速い」

「あと砲兵部隊がここのはヘタクソでしてねえ……」

 瘴気汚染対策の簡易テント内で食事を摂る隊員達は、口々に声を上げる。それらを受け、コロンバスが苦々しく告げた。

「レイブレード……とまではいかなくとも、ロード・インパルスの一機でも各陣地に支給して貰いたいものだ。ゾアテックスヘキサギアに踏み込まれると、もはや火力でこれを追い払うことは困難だ」

「自分もガンナーなのでよくわかります。よく会う敵に、こちらのガバナーを排除することを目的としたヘキサギアを組んでいる輩もいましてね。パラポーン共は底意地が悪いもんですよ」

 騎士のようなアーマータイプのあるガバナーのことを思い浮かべ、ミスターは実感を込めて唸る。その様子に、隊員達もしみじみと頷いた。

「結構な数のパラポーンを始末してきたが、実際の所効果はあるのだろうか」

「知り合いに電子工兵がいて、ヴァリアントフォースのパラポーンからの情報体回収率を計測してみたことがあるそうですよ。七割程度、だとか。まあ、SANATがバックアップを取ってるでしょうが」

「なるほど。流石ミスター、知り合いの方が多いんですね」

 コリンズが配給レーションのチリビーンズをスプーンで口に含み、興味深そうに言う。ミスターは首を振り、

「縁に恵まれただけですよ。ただ、こういう部隊に巡り合わせてくれる時は感謝ですがね。ここは居心地がいい」

「戦闘中にまでくつろがれては困る」

「恐縮です、だそうですよ」

 気難しげに言うコロンバスの言葉を、コリンズが翻訳する。その様子に、隊員達はクスクスと笑いを漏らした。

 ミスターも笑い声を漏らし、こんな雰囲気の中で食事が出来れば、と過去を懐かしんだ。しかしそこへ、テントの外から遠い爆発音が響いてくる。

「――クイント?」

『対ヘキサギア地雷原外縁にて爆発を確認。索敵ポッドより情報を受信中……。ヴァリアントフォース部隊の侵攻を確認』

「――総員戦闘配備!」

 ミスターとクイントのやりとりに、コロンバスが即座に告げた。隊員達はヘルメットのフェイスを下ろし、全員が瘴気対策を整えたことを軍曹達が確認。コリンズがテントの開口部を開く。

「こちらチリコンカーン陣地F。敵襲、敵襲。我迎撃す。援護求む」

『チリコンカーンE了解』

『チリコンカーンG了解。戦闘配備!』

 コリンズが無線で呼びかける間に、隊員達はそれぞれの持ち場へ。ミスターもテントから飛び出ると、陣地の対ヘキサギアミサイルランチャーと合わせて設置された対ヘキサギア野戦砲へと駆け寄った。

「クイント、敵の情報は詳しくわかるか?」

『デモリッション・ブルートタイプ、一。重装備のガバナー、複数。未確認の戦闘車両、おそらく兵員輸送車、一』

「とんだ着任祝いですなあ!」

 ミサイルランチャーの照準手である隊員がそう笑いかけてくる。ミスターは親指を立て、

「君達もな。さて、デモリッション・ブルートは軽量だがミサイルを積んでいる。優先的に撃破しよう」

「オーケイ、オーケイですよお」

 応じるミサイルランチャー班と共にミスターが陣取るのは、陣地中程の土嚢に囲まれた火点。火器はなるべく隠れるように置かれ、その前方の塹壕には他の隊員達がリトルボウやムーバブルクローラーと共に敵の接近を待ち構えている。

「攻撃開始」

 コロンバスの指示に、照準を終えていたミスターは即座に発砲。ランチャーの射手は驚き、

「うっそ、こっちはレーダー照準もまだなのに……!?」

「そっちも続けてくれ。さすがにデモリッション・ブルートは一撃では倒せない」

 ミスターが照準する先、デモリッション・ブルートは、パワーブラウによる地雷除去機能を強化するためか、装甲が強化されていた。特に操縦シート周辺は爆風と弾片除けのためか厳重に装甲化されており、背が盛り上がった姿はまるで猪のようだった。

「脚、狙えるか?」

「こいつはそこまで繊細なヤツじゃないですね」

「じゃあ俺がやろう。擱座させればガバナーは機体を放棄するはずだ……」

 ミスターが砲を操作する。その間に、低いファンの音が周囲に響き始めた。戦線へモーターパニッシャーが飛来しつつあるのだ。

「対空防御!」

 コロンバスの指示で、陣地前方の塹壕に隣接する対空砲座から弾幕が張られる。マルチキャリバーと呼ばれる火器に防盾と銃座を追加したもので、射手の横でドラムマガジンを手にした隊員が待機している。火花を散らしてモーターパニッシャーは散開していくが、その下で胡乱げな眼差しのセンチネル型のアーマータイプ達が接近しつつあった。

「今回は対空砲の水平射は無しかあ」

「しゃあねえ」

 塹壕の隊員達も迎撃の弾幕を張り始める。

 それぞれがアサルトライフルで牽制し、銃身を延長したマークスマンライフルを持った隊員が動きを止めた相手を狙撃で仕留めていく算段だ。リトルボウとムーバブルクローラーも支援する中、ライフル射手は手応えを報告する。

「敵中にパラポーン有り。要警戒です」

 生身の肉体を持たないパラポーンは、多少の被弾では止まらない。強力な火器の直撃でバラバラにしたいところだが、

「敵航空ヘキサギア再接近――!」

 対空砲班が敵を見上げ、再度警告。再び飛来するモーターパニッシャーはグレネードをこちらへと撃ち込みつつ、さらに後席のガバナーがハンドアックスを抜いているのが見えた。

「飛び降りてこようとしていやがるぞ! 切り込みに備えろ!」

「迎撃そのまま!」

 慌ただしい陣地の中、指揮テントからコリンズが狙撃銃を構える。飛び降りようと身を乗り出していた敵ガバナーが即座に頭部を撃ち抜かれ、モーターパニッシャーは泡を食ったような動きで上昇に転じ離脱していった。

「ほお……コリンズ曹長はそこそこやるね」

 慌ただしい空中に対し、デモリッション・ブルートは動かない。攻撃を集中するミスターは、砲身冷却のために一度連射を止めた。そこへすかさずランチャー班はミサイルを放ち、

「銃器メーカーが契約結びに来るほどですよ。あの銃もその時のもんです。指導もしてくれるんでうちの隊は全員簡単な狙撃なら出来ます」

「俺も素のライフルの方はそこそこだから一手ご指南頂きたいものだ。――と」

 蒸気を上げる砲身ジャケットをスライドさせて確認していたミスターだが、デモリッション・ブルートが動き出したことで顔を上げた。今し方のミサイル攻撃を、全身から光を放って受け止めるとそのままゾアテックスモードへ移行する。

「エネルギーシールドか。MSGの高価なヤツだな」

「突っ込んできますかね?」

「そうらしい。地上には単機のくせに妙に粘るな……」

 車両形態から立ち上がったデモリッション・ブルートは一度身震いする。そして土を掻くその姿に、陣地に緊張が走った。あの重装甲ヘキサギアがゾアテックスを発動したということの重大さを、わからない者はこの陣地にはいないということだ。

「攻撃、続行……。デスペラード、敵ヘキサギアが突入してきた場合は、体当たりしてでも止めてくれ」

『YES SIR.』

 ムーバブルクローラーが塹壕の前に出る。車体下に保持する火器で敵ガバナーの接近を押し留めながら、警戒するのはデモリッション・ブルートだ。さらにその頭上を、トップアタックを狙ったランチャー班のミサイルが通過していく。

 応じるようにデモリッション・ブルートは動き出す。地を蹴立て砂煙を上げ、バタリングラムを振り回しながら駆け出すその動きは先程までの停滞とは全く違う。トップアタックのミサイルを左右に身を振って躱し、友軍のパラポーンを駆け足に巻き込みながらも突撃してくる。

「くそっ、撃っても当たらないんだからずりぃですよなゾアテックスってやつは!」

「同意だが、ぼやいても倒せん……」

 誘導兵器すら振り切る運動性に、生半可な射撃を防いでしまう重装甲。接近するデモリッション・ブルートに塹壕から焦りが立ち上ってくるのがミスターにはわかった。だが誰も悲鳴も上げず、敵ガバナーの排除に集中している。

 彼らを救えるのは自分しかいない。ミスターは左右に飛び跳ねながら迫るデモリッション・ブルートへ照準した。

「ダメージ自体は蓄積してるはず……」

 激しい動きで見えないが、ゾアテックス形態に変形するまでの間にミスターは何度もプラズマ光弾を叩き込んでいる。そのダメージ自体はあるのだ。ならば――。

 ミスターは手元の操作盤に指を滑らせ、収束磁界を緩める。対空榴弾として用いる、一定距離で爆発する設定だ。そしてやや仰角を取り、

「効けよ……!」

 軽い音と共に放たれたプラズマ光弾は、仰角の通りに空中を駆け上がる。しかし収束は緩み、高エネルギーの塊は弾ける。降り注ぐ光弾の欠片は、駆け回るデモリッション・ブルートをその周囲ごと打ち据えた。

 巻き上がる砂煙。エネルギーシールドが展開しているようだが、操縦シートの装甲が吹き飛んでいた。そこに着くガバナーも、プラズマを浴びたためか所々から白煙を上げている。

 そして、ミスターは状況を確認するよりも先に次弾を放っていた。追撃を浴び、ガバナーはシートから吹き飛ぶ。だがそれでもデモリッション・ブルートは止まらない。

「この陣地をターゲットとして認識させられているな、あれは……」

「脚の一本でも飛ばせればいいんですがねえ!」

「そうだなあ……」

 ガバナーを失ってなお、激しく身を振り乱す中では精密な照準は望めない。コロンバスとコリンズが歯を食いしばり、塹壕からの退避を指示しようとしていた。すでにデモリッション・ブルートの眼光すら判別できる距離だ。

「クイント!」

『進路妨害を試みます』

 そこへ、敵ガバナーを迎撃していたリトルボウが前に出る。そして迫撃砲の仰角を調整し、自動射撃。

 短射程の迫撃砲は短い軌道を描いてデモリッション・ブルートの眼前へと着弾した。仰け反り、前脚を空回りさせるデモリッション・ブルートに対し、ミスターは収束磁界の強度を高め徹甲弾モードとした野戦砲を照準している。

「いいぞ、ドンピシャだ」

 行き足が止まった一瞬、プラズマ光弾が飛ぶ。一撃は仰け反って腹を見せたデモリッション・ブルートの下へ潜り込み、股関節を直撃。結合部のヘキサグラムが吹き飛び、後脚一本が脱落した。それによってデモリッション・ブルート自体も倒れ込んでいく。

「おほぉ、当たったぁ!」

「ミサイルで仕留めるんだ! 俺はパラポーン迎撃に移る!」

 ランチャー班を促し、ミスターは収束磁界を榴弾モードへ。歩兵の射撃ではなかなか止まらないパラポーンを排除する過程へと移っていく。

 ミサイルが、光弾が飛び、敵の侵攻が食い止められていく。頭上を飛び交うモーターパニッシャーにも、周囲の陣地も含めた対空射撃が襲いかかり、これを撤退させていった。

 

 十数分間に渡って射撃が続けられた後には、地雷原から陣地までの空間に数多の残骸と沈黙が散らばっていた。

 戦線に所属する、ブロックバスターの損傷機を改装した観測機が別の敵部隊がいないかを空中から警戒。安全が確認されると工兵部隊が地雷原の復旧に向かい、六三五六小隊の隊員達は撃破したデモリッション・ブルートを回収。撃破したパラポーンも除去されていく。

「何をしに来たんでしょうね、この部隊……」

 デモリッション・ブルートを解体し陣地に運び込む作業中、クイントに指示をしていたミスターはコリンズのそんな呟きを聞いた。ミスターはデモリッション・ブルートが駆け抜けてきた道と、自分達の陣地を見渡し、

「この戦線の流儀はまだ詳しくは知りませんが、まず考えるなら戦力を削りに来たというところでしょうな。あの地雷原も、敷設したばかりだそうですし」

「ただ、それなら砲撃でするべきですよね。地雷原も、狭いエリアしか経路開設出来ていないので、もう再敷設も終わったみたいですし」

 夜中に駆り出され、疲れで肩を落とした工兵部隊が撤収作業を行っているのが見える。視線が合ったミスターとコリンズはそれに対して頭を下げ、

「そうなると、地上から攻める必要が何かあったんでしょう。こちらの対応を見る威力偵察ということです」

 ミスターは工兵部隊が去って行く地雷原の先、ヴァリアントフォース側の前線があるはずの位置へ視線を送る。真夜中ということもあり、観測部隊がいたとしても見えはしない。

 しかしそこで、フローター音が響いた。ホバリングするブロックバスター観測機が慌てて回避運動を取るのも見える。

「対空警戒――」

 コロンバスが隊員達にそう呼びかけると、ブロックバスターよりも高い位置を何かが通過していく。一瞬ストロボ光を放ったそれは、この回収作業の間警戒していた周辺陣地からの対空射撃を受けて退避していく。

「今のは?」

「少々お待ちを……」

 ミスターは自身の視覚ログから、飛行物体がストロボ光を放った瞬間のフレームを呼び出す。補正をかけることで見えてくるそのシルエットは、モーターパニッシャーよりも細身のものだ。

「……シャイアンⅡ。尾部になにか観測機器のようなものを積んでいるのが見える。完全な偵察型のようです」

「ああ、じゃあやはり威力偵察だったんでしょうね。こうして戦闘後の復旧作業速度も見ていると」

 理解が早いコリンズに、ミスターは頷きを見せた。そして、シャイアンⅡが去って行った空を見上げる。

「……どうしました?」

「いや、あのタイプの機体を使うガバナーで、厄介なのが敵にいましてね。よくかち合うんですが……。まあ、殊勝に観測任務をやるような輩ではないようなので、今のは別人でしょう」

 安堵を見せるミスターに、コリンズはふんふんと興味深そうに鼻を鳴らす。歴戦のミスターをしてライバルと言わせるガバナーということで、それも無理はなかろう。

 ミスターはその敵のことを思い浮かべる。そこでふと考えつくのは、その相手は潜入や破壊工作のプロであるということだ。

「……この戦闘を陽動として、どこかで潜入工作員が紛れ込んできているということも考えられますな」

「ああ、それも怖いですね。ヴァリアントフォースは本当にそういうのが得意ですから。ここは背後に都市もありますし……」

 コリンズが戦線後方に見えるハンプティ・ダンプティ・シティに視線をやる。ミスターはその様子に頷き、杞憂であれ、と作業へと戻っていく。

 

「あークソ、どいつもこいつも景気よく吹っ飛ばしやがるからこうコソコソしなきゃならん」

 同時刻、そうぼやきながら戦線の端にある廃墟の間を這う人影があった。

 フェイスガード付きのセンチネルタイプのガバナーと、頭部を丸ごと観測機器に換えたセンチネル型パラポーン。すでにリバティーアライアンスの前線を突破しているが、長い戦いで崩落した廃墟の街は瓦礫が撤去されており、まだ顔を上げられない。

「レーダーもあるからシャイアンⅡも使えねえし、めんどくせえなあ」

「幸い、便乗した威力偵察班のおかげでここまでは順調ですがねえ」

 ぼそぼそと悪態をつきながら匍匐前進を続ける二人組は、シングとフォーカス。まさにミスターが懸念していた、ヴァリアントフォースの偵察・破壊工作コマンドに属するガバナーだ。

 二人は廃墟の中でもわずかに壁が残った建物までたどり着くと、それに寄り掛かって小休止。ヘルメットの奥でシングが喉を鳴らし、給水パイプから水を飲む音が響く。

「行程三分の一ってところか。まあ夜明けまでには壁には着くだろ」

「そこからが大変ですよお? レジスタンスが侵入防止フェンスを破壊した廃棄シュートを探して潜入。都市内のセーフハウスに移動して現地のミラーと会って本隊に連絡。さらに都市内の団体に接触、と」

「貧乏くさい商人の真似事かあ。気が進まねえなあ。後腐れなく爆薬持ち込んで吹っ飛ばしちまいてえもんだぜ」

「ま、そこは天下のHDフーズの都市ですから。古ぼけていてもああも見事な防壁があると、それも難しいですねえ」

 一服する二人が見るのは、星空の中に暗黒の空白のように佇む防壁都市、ハンプティ・ダンプティ・シティ。吐息し、シングはまた匍匐前進を始める。

「知ってるかあフォーカス。ハンプティ・ダンプティってのは顔のある卵のオッサンでなあ」

「ほほ、幼少期にそういうほがらかなおとぎ話をしてくれる相手に恵まれなかったのが私の人生でしてねえ」

「じゃあ今聞け。ハンプティ・ダンプティは基本憎たらしい偉そうなオッサンて体で屁理屈ばっかり言うんだがな、まあオチとして座っていた壁から落っこちて粉々になるんだよ」

「お可哀想に」

「ま、せめて派手に、木っ端微塵になってもらおうや。そうでもしなきゃこっちも面倒なだけの仕事で、楽しくないしな」

 雑談を交しながら、二人組が都市へと這い寄っていく。小さな勝利によって賑やかな戦線の裏、誰にも気付かれない闇の中で。


 
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