No.960300

【にか薬】 朧 【掌編集】

朝凪空也さん

にか薬の無限の可能性を追求していきたい所存

2016年8月5日 00:30

2018-07-17 14:34:20 投稿 / 全7ページ    総閲覧数:452   閲覧ユーザー数:452

手紙

 

 

 ブブブブブ。ブブブブブ。

 

 耳障りな振動音にびくりと肩を尖らせる。

 

 その日近侍を務めていた薬研藤四郎は日誌を付けていた筆を止め、傍らに置かれている電子端末にジロリと目を向けた。

 

 眉根を寄せながら手に取る。

 

 それは彼らの主君たる審神者と情報共有をするための装置だ。

 

 端の方では光がチカチカと点滅している。電子メールが届いたらしい。

 

(どうもこの手のキカイとやらにはいつまでたっても慣れねえなあ)

 

 思いとは裏腹に薬研は慣れた手つきでメールを開封する。

 

 メールは現在遠征をしている第二部隊の部隊長、にっかり青江からのものであった。

 

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

前略 主君

 

成果は上々。

 

ご安心召されたし。

 

これより帰還する。

 

 

草々

 

にっかり青江

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 端から端まで彼らしい内容に思わず笑みがこぼれる。

 

(こんな短いふみでも個性が出るもんだなあ)

 

 ほかのやつのも読んでみたいもんだ。

 

 そうひとりごちながら薬研は近侍の仕事、審神者への報告をすべく席を立った。

 

 

〈了〉

 

 

(蛇足の英訳版)

 

Mail

 

Bbbbbbbbbb, bbbbbbbbbb.

Jarring noise surprised a man, Yagen Toshiro, who was a valet that day.

He stoped writing a daybook and gave his sharp look to the device on the side.

He picked up the device under furrowed eyebrows.

It was a system to share the information with their master.

The flickering verge of that device let him know that he got e-mail.

"I cannot adjust to the devices like this at all."

Adversely his feeling, he opened the e-mail skillfully.

E-mail was from Nikkari Aoe who was a commanding officer of the second unit that on an expedition.

------------------------------------------

 

Dear my master

 

We accomplished the mission.

Put your mind at rest.

Now we are going to home.

Sincerely

 

From Nikkari Aoe

 

-------------------------------------------

 

From beginning to end, the text showed the characteristics of Aoe.

Yagen could not help smiling.

"Well, I didn't know that personality comes out in such a short letter.

I wanna read mails of another steels."

 

Thinking of that, he stood up and went to their master's room to report.

 

END

加州清光から見た青江と薬研の雑感

 

 

 朝から青江がご機嫌だ。

 

 あいつはいつもだったら自分の感情なんか悟らせない。

 

 まあ今だってほとんど普段と変わらないんだけど。

 

 俺は初期刀っていう性質上付き合いが長いから何となくわかる。

 

 その理由も考えなくてもわかる。

 

 3日間の遠征からあいつの愛刀が帰還するんだ。

 

 あいつらふたりはいっつも一緒にいる。

 

 なんかもう息をするように一緒にいる。

 

 それはもうナチュラルすぎて脇差と二本差しにするのって短刀だったっけと錯覚するほどに。

 

 あいつらだったら二刀開眼できんじゃね?ってみんな言ってる。

 

 (当たり前だけどそんな事は出来なかった。)

 

 青江はフランクに見せかけて隙が無い。

 

 あいつの最も信頼する懐刀、薬研藤四郎が居ないとなおさらだ。

 

 この3日間でそれをもー嫌というほど実感して俺も(薬研ー早く帰ってきてくれー)ってどうしようもないことを心の中で叫んだりした。

 

 どんなかってゆーと、城中に意識を張り巡らせて常に臨戦態勢って感じ。

 

 たぶん無意識でやってるんだよねーあれ。

 

 俺らが信頼されてないって訳じゃない(むしろ信頼されてる)のはわかってるから別に良いけどさー、見てるこっちが疲れるってゆーか。

 

 そんで今朝になってやっとご機嫌なおした無代様にあるじだって水を差せるはずもなく、あいつは今日は早速薬研と手合わせの予定を入られていた。

 

 (薬研は遠征で疲れてるだろうけど青江と手合わせって言ったらすぐに桜満開花吹雪に決まってる。)

 

 俺は畑当番当てられたってゆーのにずるいよねー。

 

 畑当番は爪の間に土が入るのが嫌なんだよね。

 

 軍手はダサいしさー。

 

 あ、でも採れたての野菜をかじれるのは役得かな。

 

 当番表の前でそんなこと考えてたら部屋の端でにこにこしていた青江はいつの間にか居なくなってた。

 

 何処に行ったか当ててあげよーか?

 きっと台所。

 

 京極に過ぎたるものがコイビトのために水屋仕事するんだから本当世の中ってわからない。

 

 俺みたいな川の下の子が天下五剣様と一緒に暮らしたりさ。

 

 あーあ、俺も遠征部隊が帰還する前に一仕事終えるとしますかね。

 

 まあ、働かざるもの食うべからずだし、今日も頑張ろー。

 

 

〈了〉

 

朧月夜

 

 

 どこからか甘く清涼な香りが漂ってくる。

 

 春の暖かな空気は夜空を包み込んで全てがぼんやりとしている。

 

 この空気は苦手だ。

 

 月の道も今夜はさぞ頼りなかろう。

 

 いや、月が出ているだけましなのか。

 

 縁側に腰掛けてぼうっとしていると冷やりとした風にぶるりと身を震わせる。

 

 夜はまだ冷える。

 

 そろそろ戻るかと腰を浮かせかけた所へ声が掛けられた。

 

「やあ、良い夜だね、薬研。」

 

 低く柔らかいその声の主はにっかり青江だ。

 

 すぐそばに立っていることに驚く。

 

「一体なんだ、わざわざ気配を消して近付いて。」

 

「月見の邪魔をしては悪いとおもってね。」

 

「……本音は?」

 

「驚かせようとおもって。」

 

「……その詫びは?」

 

「おや、ばれていたか。」

 

 青江は後ろ手に持っていたものを床に置いて薬研の横に腰掛けた。

 

「それだけ香ってちゃあな。期待しないほうが無理ってもんだろ。」

 

「そうこなくてはね。冷めない内にいただこう。」

 

 ふたりがぐいとあおったのは熱燗だ。

 

「君がいてくれてよかったよ。晩酌相手を探していたんだ。」

 

「ははは、たまには雅ごとの真似もしてみるもんだな。」

 

 杯を重ねて体がほかほかと温まってきた頃に見上げた月は、先ほどよりも優しく見えた。

 

 

〈了〉

 

 

可愛いわがまま

 

 

 薬研を向かい合わせに抱きかかえて城を歩く。

 

 ご機嫌斜めの薬研は道中ずっと青江の耳をガジガジとかじりつつ青江から離れようとしない。

 

 やっと自室に辿り着いてそっと壁に持たれて座った。

 

 ふうと息をつく。

 

 その間も薬研からは怒りの気配が消えそうにない。

 

 今日青江には急な仕事が舞い込んで、先だってからしていた薬研との約束を反故にしてしまったのだ。

 

 薬研の背をとんとんとなだめるように軽く叩きながら青江は言った。

 

「ねえ薬研、機嫌を直しておくれよ。」

 

 顔を覗き込もうとすると、むくれた顔をプイと背けられた。

 

(ああ、もう、可愛いなあ。)

 

 気を付けていたのに、頬が緩んでしまっていたらしい。

 

「何笑ってんだ。」

 

 と怒られた。

 

「だって君が可愛いから。」

 

「可愛いくない!」

 

 黒手袋を外し白く滑らかな頬をそっと撫でる。

 

「悪かったと思っているよ。でも仕方なかったんだ。わかっているんだろう?」

 

 ぐ、と薬研が押し黙る。

 

 その薄紅色の唇にそっと口付けた。

 

 怒られたって、何だって、こうやって甘えてくれることがどれほど嬉しいかしれない。

 

 口付けを受け入れつつも、薬研はまだギ、と青江を睨みながら言う。

 

「万屋」

 

「うん?」

 

「明日」

 

「うん」

 

「お前の奢りな」

 

「うんうん、わかったよ。」

 

 青江はもうすっかり笑顔を隠そうともしない。

 

 己が愛刀を懐に抱き込んでぎゅうと抱きしめる。

 

 薬研にとってもここは一番落ち着く場所で、甘えられる場所で、我儘を言える場所なのだ。

 

「さて、続きは褥で聞くとしよう。風呂に入りに行こう、薬研。」

 

「今日はお前が全部やれ。」

 

「ご命令のままに、王子様。」

 

 

〈了〉

某月某日

 

 

「青江、他に好きなひとができた。俺達別れよう。」

 

 薬研は言った。

 

 口を真一文字に結んで宵闇色の美しい瞳を真っ直ぐにこちらに向けている。

 

(珍しい表情が見れたなあ)とぼんやり思いながら青江は首を傾げた。翡翠色の髪がさらりと流れる。

 

「僕達付き合っていたのかい?」

 

「は」

 

 ポカンと口を開けて固まった薬研に再び「ん?」と首を傾げた。

 

「お前、お前は、付き合ってもいない相手とそういう事をするのか。」

 

 声色には怒りが乗っている。

 

「お前がそんな不義理な男だとは」

 

「……ふふ」

 

「何がおかしい!」

 

 だんだん声を荒げる様子に堪え切れずに笑い声が漏れた。

 

「ごめんごめん、ふふ、薬研、君は、本当に嘘が下手だねえ。」

 

「な、お前、知って……」

 

「四月馬鹿のことかな。知っていたけどね。そんな事知らなくても君の嘘はすぐにわかるさ。」

 

 青江が言うと薬研はぐっと黙った。

 

 顔に悔しいと書いてある。

 

 青江はずいと薬研の方へ身を寄せた。

 

「それで?君がこれを仕掛けた経緯を教えてもらおうか?それとも、『そういう事』がどんな事なのか教えてもらった方が良いかな?」

 

「お前怒ってるな!?」

 

「怒ってないよ。例え嘘でも愛しい相手に他に好きなひとができた別れようなんて言われたって全く怒ってないよ。」

 

「めちゃくちゃ怒ってるじゃねえか!」

 

「怒ってないから、ほら、教えてごらん。『そういう事』ってどんな事かな。」

 

「わーるかったって!俺が悪かった!昨日厚達と麻雀して負けたんだ。」

 

「これはその罰というわけかい。」

 

「そうだ。」

 

「罰なら最後まで受けなくてはねえ。」

 

「わかったよ!わかった!俺が好きなのはお前だけだ!ずっと一緒だ!これで良いだろ!?」

 

「良くできました。」

 

 青江はにこにこと薬研を撫でた。

 

「ではご褒美をあげようね。」

 

 青江はひょいと薬研を抱き上げると歩き出す。

 

「おい、青江?」

 

 そっと寝床に横たえる。

 

 上から覆い被さって艶やかな黒髪を撫でた。

 

「たくさん可愛がってあげるからね。」

 

「結局こうなるのかよ。」

 

「何の事かな。」

 

「もう良い。ほら、来い。」

 

 薬研は両手を広げ、持ち切れないほどの青江の愛を受け止めた。

 

 

〈了〉

真夏の夜の秘め事

 

 

 夜半過ぎ。

 

 静寂に包まれた空間。

 

 行灯の明かりも消した中、常の笑みを無くした真剣な顔を見つめる。

 

 目の前の事にだけ集中しているときの表情。

 

 これを見られるのは殺される寸前の相手か俺くらいのものだろう。

 

 密かな優越感にうっそりとひたる。

 

 妙に冷静な頭の隅で自然に漏れる自分の声を聞いていた。

 

 生理的な涙が目頭から頬を横切って流れ落ちて行く。

 

 狂暴感情なんて知りませんという風にひたすらに優しく優しく俺を溶かすものだから俺はなんだか少し悔しくなってその骨ばった滑らかな背に目一杯爪を立てる。

 

 小さく漏れた呻き声に満足してあとはひたすらに揺さぶられるのだ。

 

 

〈了〉

小刀

 

 小刀を渡された。

 

 顕現してすぐのことだ。

 

 それは俺達短刀の依代とするものよりは少し大きく、脇差の依代よりは少し小さかった。

 

 聞けばにっかり青江という付喪神が宿っていたが、いつだかの戦で折れたのだという。

 

 何故そいつが俺にこの依代を遺したのか。

 

 『俺の記憶』をいくら遡ってみてもその答えは出なかった。

 

 その名には覚えが無かった。

 

 もしかしたら向こうが一方的に俺のことを知っていたのだろうか、と思う。

 

 何せ俺は伝承ばかりが有名だ。

 

 にっかり青江の使っていたという部屋へ行ってみたが簡素そのもので、花瓶に挿された一輪の桔梗だけが淡白な空間に色を添えていた。

 

 空いているならちょうどいいかと俺はそのままその部屋を使わせてもらうことにした。

 

 それから俺は本丸中の刀ににっかり青江について尋ねた。

 

 まだ小さな陣で全員の所をまわるのにさほど日にちはかからなかった。

 

 特に先にこの城に降りていて青江と仲の良かったという兄弟達は色々なことを話してくれた。

 

 曰く、にっかり青江は戦場のイキモノだった。ありとあらゆる戦術に精通し、己の技術や知識を磨くことに余念がなかった。頼りになる仲間だった。戦場育ちの薬研とはさぞかし気が合っただろうに残念だ、と。

 

 今俺は部屋にひとり。

 

 ザーザーという音を背景に、この部屋の元の住人を想像する。

 

 外は雨が降っているらしい。

 

 とっくりと小刀を眺める。

 

 ほうぼうで話は聞けたが結局何故にっかり青江がこれを俺に遺したのかについては誰も、大将でさえも、知らなかった。

 

 遠くで雷が鳴っている。

 

 雷の日には竜が卵から孵って天へ昇ると聞く。

 

 この小刀にも何かが宿るかもしれない、などと柄でもないことを考えながら小刀を撫でた。

 

 毎日こいつを片手に歩いていれば愛着も湧くというものだ。

 

 一度折れたとはいえ聞く限りにっかり青江は相当な戦力になる刀だ。

 

 また鍛刀される日も遠くはあるまい。

 

 薬研はまだ見ぬ刀、にっかり青江に会うのがとても楽しみだった。

 

 

〈了〉


 
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