No.959279

『塔の姫』

『封魔の城塞アルデガン』本編の時代から千年の昔。世はまさに魔法文明の絶頂期へと上り詰めた果てに大陸の形さえ変わるほどの大戦争へと雪崩落ちようという時期を迎えていた。そんな折、いつ隣国に併呑されてもおかしくない森の中の小国に生まれた姫の身を父王が案じたことから始まる物語を伝える伝承歌。

2018-07-08 06:57:39 投稿 / 全1ページ    総閲覧数:656   閲覧ユーザー数:655

そは遠き昔の遠き世界

絶頂迎えし魔導の技が

力を得たる多くの者に

邪心招きし悪しき時代

 

高さ競いし黒鉄の塔

魔力に歪みし昏き空

地より漏れし雷光の

あがく龍さながらに

天に描くよじれし弧

 

大陸の西のとある森

緑豊かな小さき国に

一人の姫が生を受け

父王いたく嘆きたり

 

野心隠さぬ隣国の王の

贄となるため生れしか

王子の妃にと命あらば

拒む術などありはせぬ

 

新たな国へと目移らば

その命とて危うからん

ああ呪わしき我が無力

姫も国も守れぬこの身

 

では姫君を秘するまで

進言せしは宮廷魔術師

幸い姫君の守り星は森

未聞の術さえ施せよう

 

銀の塔を森の奥に建て

姫君をそこに匿われよ

守護の呪文を紡ぐゆえ

真の名もまた隠されよ

 

姫君の身に守りの術式

森の加護を織り込めば

森で危難に会おうとも

その身を塔へ戻せよう

塔に戻らばもはや姫に

仇なす術はありはせぬ

 

姫君を軸に結界巡らせ

国に忘却の幻術施さん

王があえて望まぬ限り

我が民以外の奴ばらに

無人の荒野と映るよう

荒れた森と見えるよう

 

老魔術師の忠言容れて

赤子は森の塔へ移され

国民の命運負いにけり

民にも秘されし塔の姫

姫さえ知らぬその秘密

 

日陰に芽吹きし種一つ

かくて塔にて育ちたる

黄金の髪と緑の目もつ

森人一族の秘めたる宝

年月を経て開くは大輪

 

豊かな髪は背にうねり

紅玉とまがう小さき唇

侍従と僅かな侍女達と

時折きたる父王の他に

語る相手もなけれども

 

耳は梢を渡る風を聴き

瞳は樹木の彩りを映す

樹木に語らい花を愛で

緑を映せし銀の塔での

日々を疑うこともなし

 

されど病に伏せりし王

はや訪れる事能わざり

父の許へと願いし姫は

登城禁じる王命受けて

初めて疑う己が身の上

 

なぜこの塔を出られぬや

なぜこの森を出られぬや

何故我は気づけざりしか

かくもこの世の狭きこと

 

晩春の宵の薄闇に紛れ

侍従や侍女の目を盗み

ついに抜け出す銀の塔

されど森の中の湖畔に

淡き花びら渦巻く中に

佇みたるは魔性の乙女

 

黒き衣の背に流されし

身の丈ほどの髪は雪白

大きな碧眼のその深さ

底知れぬその眼差しに

畏怖を覚えし姫の身は

白銀の塔へと転移せり

 

あれは始祖たる吸血鬼

出会いし者を転化させ

人外の身に堕とすもの

戦慄収まらぬ塔の姫に

語りかけしは魔性の声

 

塔の守りと森の加護

重ねて堅き守護の術

我が力とて及ばねど

定めを変える力なし

 

道の交わる者だけが

我と出会う理なれば

いずれ時も心も移り

宿命の刻こそ訪れん

 

告げる乙女の低き声に

見上げる深き眼差しに

畏れの中にありつつも

心惹かれし所以は何ぞ

 

かの碧眼に宿りし光は

時越えし者の叡智の印

遥かな旅路で映じたる

数多のものの遠き残像

 

花散らす風に雪白の髪

なびかせ薄らぐその姿

追いし瞳に宿りし色は

憧れと羨望に他ならず

 

ああ籠の鳥の身ぞ哀し

父君の許すら行けぬ我

何故この身に許されぬ

魔性の者すら持つ自由

 

 

思い悩みし姫をよそに

季節は移ろい迎えし夏

弟と名乗りし王子訪れ

父王の訃報告げにけり

 

塔の窓に取りすがり

嘆く姫を見上げる瞳

同じ緑の目に燃ゆる

義憤の念ぞ激しけり

 

今際の際に父上は語りし

姉上を秘してありしこと

国民の守護の人柱となし

銀の塔に閉じ込めしこと

 

驚かれたるも無理はなし

日陰の身強いる不憫さに

せめての安らぎ願うゆえ

父上は真実を秘し給うた

 

されどいかなる故あれど

許されざるはこの仕打ち

そのかんばせの陰りこそ

安穏と暮らせし我らが罪

 

姉上一人に犠牲を強いて

もはや暮らすは許されじ

この国を継ぎし者として

かの暴虐の仇敵に挑まん

 

無謀なことを言い給うな

父上をかくも悩ませし敵

勝てる筈などありませぬ

されど新王の決意は固し

 

正面きって勝てずとも

奇襲によらば勝機あり

長きにわたり結界の中

国ごと潜みし我らゆえ

 

必ずや災いの影はらい

この牢獄より解き放ち

お返しするが我が責務

王のみが知る真の御名

 

姉上の守護の要なれば

未だ告げるは能わねど

暗雲晴れしその日こそ

尊き御名にて呼び申す

 

踵を返し立ち去る王に

白き腕差しのべれども

惑う思いは千々に乱れ

言葉の形をなさざりき

 

いましばしとの王の声

去りぎわのその一言が

姫の惑いをかき立てり

留めんとの声封じけり

 

破壊と死招く魔の光

遂に夜空へ駆け上る

己が沈黙のその結果

悔いつつ祈る塔の姫

 

だが朗報なきままに

夏は無情に翔り去り

姫の煩悶掻き立てつ

蒼穹の色ぞ移りゆく

 

ある夜地穿つ破滅の雷

天空焦がす紅蓮の大火

侍女の悲泣聞かずとも

疑い得ざる王城の滅び

 

侍従が退路へと導けど

なおも破れぬ守護の術

無情にも姫を連れ戻す

獄舎と化したる銀の塔

 

この結果をば恐れつつ

弟の言になぜ迷いしや

ただ一瞬の解放の夢に

惑いし罪へのこれが罰

 

戻りし侍従や侍女達に

覚悟にじませ告げる姫

落ち延び給えそなた達

我と共に死ぬは許さぬ

 

我が身の自由に心惑い

王を止めざる我のため

滅せし者ぞいかばかり

免れ得ざるこの身の咎

 

民導くことも叶わぬ身

王族の責務果たせぬ今

そなた達に託す他なし

王族として最後に命ず

 

見つかる限りの民草を

引きいし旅の守りにと

扉の守りの魔晶石托し

気丈に侍従ら送り出す

 

振り返りつつ去る後姿

見送りし姫は念じたり

秋の風より浮き出ずる

初霜のごとき人影の白

 

見上げる深く碧き目を

見下ろす瞳に揺ぎなし

思いを秘めし面差しに

魔性の乙女も応じたり

 

我が正体を知りながら

呼び寄せしとは珍しや

ならばしばし耳傾けん

我に告げんとする言葉

 

ああ魔性でありながら

賢者の相を併せし者よ

御身は全てを覚えしか

この世に起きし事々を

 

否と答えし黒衣の乙女

我が記憶に留めたるは

己が道行きに交わりし

僅かな数にすぎぬもの

 

たどる旅路の長さゆえ

見えしものも多かれど

定めに抗うすべなき身

知り得ぬ事もまた多し

 

その声のいと柔らかく

仄かな寂寥帯びたれば

胸に迫りし万感の念に

解きほぐされし姫の心

 

自らの境遇語りし後

慰謝と共に続けたり

御身もまた虜囚なら

理に抗えぬ身なれば

 

思い託すに足る者よ

敵の手に落ちたれば

嬲り殺しの他なき身

贄となるは厭わねど

 

されど僅か半年の前

あれは今年の春盛り

森の側にて摘みし花

瞼に浮かぶ鮮やかさ

 

かの花の色のみならず

陽光浴びたる地も森も

眩しきばかりの蒼穹も

はや夢幻かと思うのみ

 

あの時の我は何ひとつ

憂いの影も知らざりき

罪深きことと思いつつ

無垢への未練断ち難し

 

数多の思いに支えられ

無垢でいられし有難さ

今はただただ口惜しき

無垢でありし愚かしさ

 

数多の者の逝きし今

御身に見え語れしは

我が僥倖に他ならず

無常を渡りし旅人よ

 

散る他なき思いをば

御身に托し散華せん

骸は地下に封じ給え

塵に還るが我が願い

 

定かならざる未来ゆえ

無に還るかは判ぜねど

我が忘れることはなし

汝の告げたるその思い

 

守り破れし戸を潜り

歩み入りたる白き影

姫も階下に降り来り

死の抱擁に身を委す

 

幻術破れし銀の墓所

早くも訪れたる者は

詣でる者の筈もなく

敵たる黒髪の民の王

 

見い出す者をば悉く

剣の錆にさせながら

目にしたるは銀の塔

あれぞ宝の蔵ならむ

 

見出す品々荒しつつ

残る地下室暴くため

扉を破り踏み込めば

麗わしの骸見出せり

 

やよ小癪なる民の姫

咎を怖れ果てようと

見逃す余と思いしか

刻みて野に晒すまで

 

言い捨て踵返せども

背より絡みし白き腕

声出す事も能わずに

牙の贄となり果てし

 

そは遠き昔の遠き世界

人と魔織りなす昏迷の

翳濃き雲間に垣間見ゆ

うたかたのごとき物語

 

 


 
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