No.95497

ミラーズウィザーズ第三章「二人の記憶、二人の願い」16

魔法使いとなるべく魔法学園に通う少女エディの物語。
その第三章の16

2009-09-15 02:21:58 投稿 / 全1ページ    総閲覧数:404   閲覧ユーザー数:378

「つまり、知らなくていいことを知ってしまった。関わるべきでないものに足を踏み入れてしまった、とそんなところでしょうか」

 ハルナは詩を読むが如く、流れるように言った。そんなことを言い換えてもらはなくてもわかっている。と文句を付けたがったが、その反面、ハルナの言葉は意外な程深々と、エディの胸に突き刺さっていた。

 まさにそうなのだ。エディ以外にははっきりと見えぬ魔女とエディは出会ってしまった。洞窟の奥に封印されていた魔女を呼び起こしてしまった責任をエディは今更ながら感じてしまう。

 一体これからどんな罰が待っているのだろうかとエディは今更に思い悩む。

 三人が学堂棟を抜け、職員のいる本棟に向かおうと渡り廊下に足を向けたときだった。

 最初に気付いたのは幽体のユーシーズだった。さすがに『魔女』だ。彼女の幽体にざわついた幽星気(エーテル)が走ったその瞬間、側方から魔道の気配が膨らんだ。

「あぶなっ!」

 エディの声は強烈な魔力の奔流に潰される。ユーシーズが視えるエディだからこそ、僅かに早く危機を察した、それだけの差。

「なっ!」

 そのときエディの視界に映ったのは、驚きの声を上げて振り返るクラン会長の姿だった。そして次の瞬間には全てが爆音と共に揉みくちゃにされる。

 ああ、全てが無茶苦茶なのだ。瓦礫が舞う、人が舞う。廊下の壁を形作っていた建材は無残に砕けて廃物みたいにぐちゃぐちゃに、硝子(ガラス)が降り、煉瓦(レンガ)が飛ぶ。その中にクランがいるのだ。同じ寮に住む口うるさい、それでいて面倒見のいい女性。そんな彼女があり得ない方向に関節を曲げ、宙を行く。

 窓も壁も全てを吹き飛ばず爆風。濃い幽星気(エーテル)の気配が魔法攻撃であると物語っていた。

 エディの心中は恐怖しかない。魔法で攻撃されたことによる恐怖ではない。身近な人が目の前で傷付く恐怖。助けたいのに自分には助ける力がないと突き付けられる恐怖。

 そんな思いとは裏腹に、ユーシーズの変化に一瞬だけ早くに気付いたエディは身体を丸め、防御姿勢を取っていた。自分だけが助かる道をとっていた。反射的行動ではあるのに、その事実が何より悔しい。

 外から学舎の壁ごと吹き飛ばす攻撃魔法があったらしい。何よりもこのバストロ魔法学園の壁が砕けたという事実だけで、身震いする。全ての建物に秘儀(ルーン)の護紋を刻み、守りを固める学舎を砕くなど、並大抵のことではない。

 今まで何事もなく日常の舞台となっていた学園の廊下。今は体を丸め爆風に耐えるエディが流され転げ回る。

 爆煙上がる惨状。無意識に『霊視』してしまうエディには、荒れ狂う幽星気(エーテル)流に、乾いた音を立て砕け散る秘儀(ルーン)の残骸が視界を覆い尽くす。

 気持ち悪い。そんな痛々しい幽星気(エーテル)なんて見たくない。それなのにどうしても視えてしまう。

「痛ぁぁ」

 顔をしかめながら体を起こそうとするエディ。視界はグルグルと回り続け、未だに転がっている気がする。どちらが上でどこに立つべき床があるのかさえ朧(おぼろ)げだ。

「もう一発来る。エディ、避けて」

 誰か忠告の声がした。ただ、声の主はクランでもハルナでもない。肉声だからユーシーズでもない。

 ふらつく頭を急いで上げると、また先程と同じ魔法の気配が強くなる。さっきは護紋の施された壁越しだった。しかし、今度は守ってくれるはずの壁には風穴が空いている。このまま二撃目を受ければただでは済まない。

 視界を掠める攻撃魔法にエディは歯噛みする。

(何この変な魔術構成。学園じゃ視たことない)

 エディはこのせっぱ詰まった事態に対して、他人事のようにそんな思考が浮かぶ。それが『霊視』という能力の業なのか。

〔ぼさっとするでない! 右に避けい!〕

 今度はユーシーズの忠告。魔女の言を疑っている暇はない。

 重い体が、悲鳴を上げる。それでもなんとか地を蹴って、魔女の言葉通り右に跳んだ。

 しかし遅かった。強力な砲撃魔法の着弾が先に来る。直撃は逃れたが爆発に回避が間に合わない。

 避けきれないと覚悟したエディは両手を振るう。

(思い出せ!。模擬戦のあの感覚。魔法をやり過ごす。あの感覚をっ!)

 着弾の隙を突くようにエディの両手が伸びる。爆発を抑え込むように、せめて体だけでも庇い守るように、エディは今まさに破裂する魔法の圧力を手に感じる。

 膨れ上がった魔力の爆風を受け、攻撃魔法の刺々しい幽星気(エーテル)波がエディの手に喰らいつく。

 自らの魔法の制御に失敗して手を焼いてしまうエディでも、他人の魔法が手を蝕むのに慣れはない。

 気の遠くなる感覚。痛みに意識が薄れ、手が自分のものではないように、失ってしまったように感じる。

 いや、今はそれどころではない。攻撃魔法の着弾が広げる爆風は腕だけでなく、身体全体も襲っている。だからこそ、手に伝わる魔法の気配を押しのけた。

 体を宙に上げられそうな縦の衝撃。少女の身体は簡単に吹き飛ばされる。

 床を何回転がったのかもわからない。体を廊下の硬い床にぶつけたのに痛みより熱さが先にくる。

 衝撃が薄れ、体が完全に止まったとき、やっとエディは意識を取り戻した。一瞬意識を失っていた。

 一体何だというのだ。さっきまで講堂で友人達と一緒に講義を受けていたはずだ。ブリテン軍が動いたという噂が流れていても、それは遙か北の海峡での出来事のはずだ。学びの園である魔法学園は戦時の気運は高まりつつはあっても、さっきまで平和だったはずなのに、どうして突然。

 エディは泣きたい気分だった。しかし、涙は出ない。泣き言も出ない。攻撃魔法を受けた彼女の身体は全ての機能を一時停止していた。

 爆音でつんざいた耳に誰かの足音が聞こえた。


 
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