No.941262

【刀剣みかんば】哀れ蚊

あやめさん

みかんばメインの淡いつるんば(オチ)ですが、略略みかんばです。
乱暴表現有り。一寸闇落ち?風で、ドストエフスキー展開で個人的に満足の行く出来で、日本人的美学『有耶無耶』で終わるので、モヤッとしていただけたらそれは正常な感情です。宜しくご拝読賜れば幸甚です。角田文梅(2018/01/31)※pixivより転載

2018-02-13 01:34:15 投稿 / 全1ページ    総閲覧数:1150   閲覧ユーザー数:1147

 
 

   一

 

 三日月が壊れた。

 

 目の前で、三日月がへし折れる瞬間を目の当たりにした山姥は、ショック以外何物も感じなかったが、幸いか主が持たせたおまもりで、事なきを得た。

 

 しかし、刀身には払拭しようにも出来ない亀裂が残り、実質、三日月は前線を退くことになった。刀としての役には、もう立たないのであった。

 

 

 

 

   二

 

 セカンドライフ。と主は言った。意味は、第二の人生ということらしい。山姥はたとえ壊れ調子の三日月でも、存在してくれるだけでそれで良かった。心の奥にうっすら自覚する、彼への春が、三日月が居るという安心感だけで充たされるからだ。壊れていても、三日月は三日月である。何一つ変わらない、美しい刀であった、少なくとも山姥切には……。

 

 実際、本丸で常駐するようになっても以前と何ら変わらず、穏やかでまろびまろぶ様な嫋やかさは変わらなかった。でも、首元に生々しい傷跡が残った。

 

 本人も、何処か気にしているのか、さり気なく包帯で覆っていた。

 

 新しい刀剣が、何人か来て、本丸も活気づいて、歴史の改竄も阻止続けられていた。山姥も遠征に行っては、闘いに明け暮れ、忙しい日々を送っていた。

 

 何処かで、ゆっくり狂っていくものが在るという事を知らず……。

 

 

 

 

   三

 

 此処最近、三日月を見なくなったのは気のせいかと、何となくは気にはしていた。が、前はよく見るその呑気な笑顔は、季節とともに失われている事に気がついて驚いた。自分があんなに気にかけていたはずの三日月を、山姥は失念していたということに衝撃を隠せなかった。

 

 買い物のついでで、甘味を買って、それを口実に彼の元を訪れようと、人見知りの山姥は勇気を持って三日月の部屋を訪れた。

 

 が、其処にいるのは三日月でなく、別の刀剣男子だった。

 

 いつの間にか部屋が変わっていたと、漸く知り、それに又動揺した。どうしてそんな大事な事を、自分は知らなかったんだろうか? 少し失望しながら世話役の鶯丸に三日月の所在を聴くと、本丸の奥の方の部屋に転室していたらしい。本人たっての希望であったそうだ。

 

 気を取り直し、茶を煎れ、落雁を添え、三日月の元を訪れる。

 

 部屋を開けた瞬間、異常な気配を感じた。

 

 御簾が貼られ、なんとも言えぬ匂いが部屋中充満していた。少し嗅いでいるだけで酩酊状態になりそうだ。

 

 臆していても仕方ない、気持ちを取り戻して、声をかける。

 

「三日月、久方ぶりに落雁を買ってきたんだ。暫し語らってなかったし、調子はどうだ?」

 

「……良いよ、とても」

 

 御簾の奥から、気怠い声が聞こえる。不審に思いながらも、御簾をくぐり、中に入っていくと、可笑しな光景を見る。

 

 煙管から上がる紫煙。香炉からは、立ち上るもうもうとした煙。だらしなく着崩し、部屋中に散乱する木簡。

 

「やあ、思い出したようにおいでなさって」

 

「……いや、忘れていた訳じゃないんだ。暫し忙しくて、常に気はあったんだが、来る塩梅が都合がつかなくて」

 

「そうだのう、さぞ新しい刀達の面倒も大変であろう。しかも時間遡行軍の活動も活発である、と主が……」

 

「ああ、知っていたか。此処最近、何か違和感を感じてだ。やたら敵が焦っているような。何か彼奴らにも思惑が有るんだろうな。気を引き締めないと!」

 

 そういった瞬間、三日月がクスクス笑い出した。少し山姥はムッとした。

 

「何が可笑しい?」

 

「一線を離れた儂には、もう過去の事。未来も過去も今もない」

 

「……大丈夫か、少し顔色が悪いぞ?」

 

 三日月は、さも鷹揚に笑みを浮かべ、嘲笑した。

 

「下らぬ」

 

 明らかに、可笑しい。何より鼻につくこの部屋に充満する芳香。嗅いでいると段々眩暈がして来た。

 

「三日月……、一体この香りは何なんだ?」

 

「嗚呼、覚薬だ」

 

「覚薬だって? 一体お前は何をしてるんだ?!」

 

 山姥は戦慄した。この堕落しきったおつる月を、慌ててその手から煙管を引き剥がす。

 

「……痛むんだよ、傷が」

 

「え?」

 

 吐き捨てるように、三日月は言った。

 

「ひび割れた、哀れなこの身が痛むのだよ!!!」

 

「ならば、覚薬でなく主に申し出ろ! こんなもの吸っていたら、気が触れる!」

 

 三日月は、顔を伏せ泣き出す。山姥は慌てて側に寄り、三日月を案じた。が、どうだろう。その悲しみの慟哭は、やがて狂気を帯びた笑いに転じ、山姥の腕をガシリと掴み離さない。

 

「痛いのは、胸の内だ! 美しくない儂に、刀としても価値もなく、一体何が残ろう? 写し無勢が、多忙多忙とほざき、儂を蔑む! 何だその目は?! 哀れか? 本懐を遂げられず、お情けで生かされるただの置物が」

 

 三日月は病んでいるのだ、山姥は事実哀れと思っていたが、それが三日月を如何に傷つけていたか? 木管の散乱した埃っぽい床に、行き成り押し倒される。

 

「四季を違えた惨めな蚊に、こんな力が未だあると、さあ驚いてであろう! お主の身一つ位、今の儂でもどうとでも出来るんだぞ? 腐っても鯛とは笑える話だ!」

 

 ゴロンと大きな音がする。凄い力で殴られ、山姥は思考が完全に停止した。何がどうなっているのか分からず、ただ転がされる。それから、酷く乱雑に衣服が引き裂かれる。

 

 今自分は、どうなっているのだろう? 山姥は完全に置いて行かれた童子のように、されるが侭に、己の処遇を漠然と受け入れようとしていた。

 

 菊門に、指がのめり込んで来て、息が詰まる。嗚呼、俺は犯されているのか……。漸くその事が分かったが、後の祭りである。

 

 殴られて、フラつき、立ち込める煙で体が上手く動かせない。その間にも指が悪戯にも、山姥切を弄ぶ。

 

「おぼこいのう。こんなスバリで、嬉しませて貰おうか。上手く鳴けよ」

 

 鳴けと言われても、余りの展開で声一つ出ず、身体は硬直して怯え、奮え、竦み、抗おうという意志さえ忘れてしまったようだ。

 

「誰も知らないのであろう? 綺麗な身体だ、儂のような鈍らと違い手入れが良い」

 

 体を、擦られ、ご機嫌な三日月に対し、山姥はただ転がる人形のように、クタリと役に立たない弊馬の如くあしらわれて居るのみであった。

 

 指が、器用に内部を蹂躙する。悦楽を何処か感じながらも、肝心の物は全く反応しなかった。これは、蛮行だったからだ……。

 

 何時か、三日月と契れたらと、微かに思ったことも有った。しかしこんな形で抱かれると思っても見なかったので、体たらくにも情けなく、山姥の目からスッーっと熱い涙が落ちて行った。

 

「泣くほど悦いか?」

 

 逆だ、鳴くほど……悲しかった。

 

「何か言え」

 

 髪を鷲掴まれて、その面と、かち合う。

 

 憎しみに彩られた、苦痛に満ちた瞳がどこか物悲しく、涙を浮かべる山姥よりも、苦しみを訴え続けていたのだ。

 

 山姥はユックリと、腕を三日月の首の傷に手を伸ばし、スッと擦る。パシン! 張り手が帰ってくる。それを合図に、再び荒々しく扱われ、もう滅茶苦茶だった。

 

 指は雄々しく、掻き毟るように山姥を蝕み、適当なところで三日月は袴を解き、下履きを雑にズラして、一物を現した。

 

 もう、全てが終わるのだ。これから始まる無様な儀式に楔が打たれるのである。

 

 ズブリと体に、繋がる。無理矢理に。

 

「っ、はっ!」

 

「息をせぬと、本当に尽きるぞ」

 

 呼吸困難になり、嘔吐感に見舞われる。山姥は口元を抑えた。見かねた三日月が思わず口づけ、呼吸を促す。息を吸われ、気管に溜まっていた息が一気に吐き出される。

 

「はぁ……はぁ、はぁ……三日月、後生だ……」

 

「儂は悪くない、貴方も悪くない、強いて言うなら時の運が悪い。諦めて、儂の慰みものになれ」

 

 無慈悲な言葉を楽しげに言い聞かせると、山姥の額に唇を寄せ、それから激しく腰を揺すぶる。

 

 痛くて甚くて、辛くて怖くて、娘子の初夜と同じようにただ唖然と三日月の行為を見入るしかなかった。

 

 体位が何度も変わり、無理な格好に押し潰されながら、これもきっと幸せなのだ、と山姥は言い聞かせる、己に。

 

 想いに想っていた三日月に、抱かれているのだ。そうだ、俺は今とても幸せなんだ!

 だが、何故胸が軋む? 心の咆哮は口から出る事はなく、無甘味な涙で吐き出される。望んでいた事が、叶ったのに。三日月の心は此処にはないのだ。奪われてしまった彼の尊厳と矜持が、たかだか数多の中の少しばかり出来が良かった写し如きが、忌々しくて煩わしく、憤怒となって甚振られているからだ。

 

 欲しかった『愛情』は『嫌悪』にすり替えられ、同じ行為でも丸で毛色の違う趣になった。

 

「三日月、俺は……」

 

「何だ? 俺は写しだから、か? 偉く、珍重された写しだがな! 羨ましくて、葬ってやりたい……」

 

 完全なる憎悪。それ以外の他はなかった。

 

 でも……、山姥の中の暖かく優しい真心が、三日月にただ一言伝えろと、そう言ってならない。

 

 どんな扱いを受けても、どんなに憎まれても、それでも変わらず続く、三日月への敬愛の念。そして、溢れる温情。穏やかな桜のような可憐な感情。

 

 さあ、言うんだ。

 

「あ、愛して……いるんだ、お前を」

 

 良かった、声が出た……。笑顔も次いで浮かぶ。弱々しい笑み。

 

 だが、三日月は無言でますます乱雑に抱き潰した。もう、立ち直れないくらい酷く抱かれた。それでも、山姥は三日月を信じていた。だって自分が愛した刀だから……。

 

 

 

 

   四

 

 目が覚めると、凄惨な自分の身体が無碍に晒されていた。

 

 未だ火の登らない薄暗い、御簾のかかった部屋に、三日月は丁度山姥に背を向けるよう横たわっていた。

 

 山姥は、咄嗟にその身が生命を維持しているか、駆け寄って確かめる。

 

 冷たい体だが、確かな呼吸音が伝わってきた。

 

「息絶えたとでも思ったか?」

 

 くすっと悪戯小僧のように、甘い声が聴こえた。ホッとする。

 

「良かった、本当に良かった……」

 

 感極まって、山姥は男泣きに泣いた。

 

「お主は意外に情緒に富んでいるのだな」

 

「馬鹿め、どんなに俺がお前を案じて、気付かれぬ様想いを伏せて見つめていたかも知らないくせに! 何も知らないくせに、一人抱え込んで! 何故?! 何故、俺を穢した? 抱くのならば男児らしく、正面から言ってくれれば、こんな無体なことをせずとも、お前の物に簡単になる程易い身だ!」

 

「お主こそ、哀れ蚊の末路など知らぬくせに……儂は資財になると決まっている、こうもせねば、体裁が保てぬ」

 

「体裁が何だ! お前は誇り高き刀だろう、お前ほど、綺麗で綺麗で……綺麗な刀、俺は知らない……」

 

 喚くように山姥は言った。もう、顔がとろけるくらいに涙が、想いが、哀切が迸っていた。

 

「……綺麗、か。もう、儂はただの傷物の廃品だ。それを美しいと言ってくれたお前の、その心の美しさは、消して穢れぬ誉れなのだな……」

 

 振り向いた三日月の、その瞳はいつの日か見た、あの懐かしい温厚な光を讃え、山姥を優しく寂しそうに射抜いていた。

 

「好きだ、他にない」

 

「阿呆な刀だ。でも、私は赦されているのだな?」

 

「基、誰も三日月を、責めるものなど俺が叩き切ってやる! 俺が守るから! この刀身を掛け、生涯貴方一振りを慈しみ続けるから!」

 

 ふわっ、と抱きしめられる。惨めに紙屑のようになっても未だ、その信念を貫く山姥を、そこまで貶めた三日月が受け入れる。

 

「これ以上にない、貴方の心を……しかと受け止めた。ありがとう、これで悔いなく、憂いなく逝ける」

 

「何処にも行かせない!」

 

「有難う……」

 

 それが最期の言葉だった。

 

 

 

 

   五

 

 三日月は強化用の資材となり、鶴丸の一部となった。

 

 鶴丸は、三日月ではない。でも、稀に浮かべる笑みが、儚くなった三日月の面影を偲ばせた。

 

「わっ!」

 

「うっ、驚いた……心臓が止まったら、主に、鶴丸をマグロ切り用の包丁に変えて貰うよう化けて出てやる!」

 

「あはは、最近浮かない顔をしていたから。儂は居なくならないよ」

 

「えっ……?」

 

「なーんてね、三日月の真似さ。奴の部屋を掃除していたら、部屋中に、山姥切への懸想文が木管一杯に書き込まれていてね。なーんだって」

 

「三日月が? 俺を?」

 

「驚いたなあ! 俺が驚くくらいだぜ。三日月相当、露骨にお前に絡んでたのに、気がついていなかったのか?」

 

「……」

 

「大丈夫だよ、俺の中に。ちゃんと生きてる」

 

「何で……」

 

「三日月は、言ってるぜ。俺に、三日月の代わりに、山姥切を守れって。そうも上手く行かないだろうけど、俺なりに、其れなりにお前に彼奴の残した『心』をちゃんと受継いで、一刀の生き様を体現してみせるから」

 

「鶴丸は三日月じゃない……」

 

「ふふっ、鈍いなあ〜何処までも。驚いた! 俺だって、三日月に負けるけどお前のことを……って今は未だいいな」

 

 クルリと踵を返すと、鶴丸はユックリ歩きだし、母屋へ向かって雪に跡を残し歩を進める。

 

「桜の咲く頃には、俺も腹を括るから。覚悟しとけよ」

 

 後ろ手で手を振りながら、曲り家を曲がっていく。もう姿は見えない。

 

「俺って……馬鹿なんだな。写しなのに、愛されて守られていたなんて」

 

 三日月の遺志、鶴丸の密かな恋慕。素知らぬ愚直な山姥切。残されたのは、微かな春の兆しだった。

 

 

 

 

終わり

 
 

 
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