No.937043

白の猴王  Act.00  縁起

プロローグを出していませんでしたw
設定を兼ねて最初の付け足しのつもりで書いたんですが、これを読まないと解らない部分もありますよね
絵なしです

2018-01-11 17:55:57 投稿 / 全1ページ    総閲覧数:448   閲覧ユーザー数:432

Act.00  縁起

 

 

道を埋め尽くさんばかりの瓦礫。

 

立ち上る煙と、夥しい塵芥が崩れた街から色を奪っている。

 

遠くでは砲撃の音。

 

 

 

 市街戦でもおきているような雰囲気だが、相手は人間ではない。

 

様々な装備に身を包んだ狩人がおもいおもいの得物を手に駆け抜けていくのを道脇で膝を付いたまま女は見送っていた。

 

「ギアノスシリーズの奴もいるのか」呆れたような声がその口から漏れた。白に近い色の装備は雪山に住む二足歩行の蜥蜴のような小型モンスターから取れる素材を主体としている為だ。

 

裸よりは遥かにましだが今の相手では紙に等しい、この異常事態を打開する為にギルドは普段なら参加を許される身でさえない下級ハンターまでかき集めたのだろう。

 

 

 女は頭の防具をはずして深い吐息を吐いた。首筋に張り付いた紺色の髪を払い、汗をぬぐう。

 

もはや日焼けなのか地色なのかわからない肌に深いとび色の双眸。キリンXシリーズでまとめられた装備から彼女がベテランクラスのハンターである事が判る。

 

 

数時間前の喧騒が嘘のように辺りは静まり返っている。戦況は山を越したらしい。立ち上る煙の間を縫って瓦礫に光が差し込む。

 

彼女は視線を脇に戻した。

 

 

 足元には深手を負って横たわった青白い顔の若者が一人。そして傍らには若者を被うようにうずくまった医者。

 

ここに来るまでに多くの治療を施したのだろう。平時なら無垢であるべき白衣は多量の血と泥にまみれ、それでもそれが本能であるかのように手先を動かし、彼の命を取り戻すべく格闘している。

 

 

 跪いて伸ばそうとした女の手を医者が咎める様に見たのに気づき、指先がためらう。

 

だが、若者は意識が戻ったようだ。薄く目を開け、彼女を認めると口端を開いた。

 

「…奴等はどうなりました」

 

伸ばそうとした若者の握り拳を彼女は素早く包み込む。冷たい感触にひるむが、口元には力強く笑みを浮かべて見せた。

 

「街を襲った群れは四散して、動けるハンター達総出で追いかけている。大丈夫、王都は守られたぞ」

 

不意に、若者の体から力が失われて彼女は慌てた。が、咳き込むような笑い声でそれが安堵から来たことに気づく。

 

「…つまり、狩り放題って訳ですね。畜生、貴重な素材がどれだけ手に入るか」

 

そうだな、と世知辛い話に苦笑が漏れた。非常事態でランクに関係なく募集したハンターの中にはさっきの奴等のように素材目当ての奴もいるのだろう。

 

 

「お前には残念だがチャンスは何度でもあるさ。最もこんな事態は二度とお断りだが」

 

「ですね」若者が夢見るように天を眺める。男の胸元で医者が手を止めて深く息をついた。

 

彼女と目が合った医者は頷く。見ると、さっきまで流れていた血が止まっていた。

 

次がありますので、と立ち去る医師に感謝の意を次げると、安堵と共に彼女は若者の頬をなでた。

 

「終わったと思って安心するな、家のドアを閉めるまでが狩りだぞ」

 

口癖だ、彼女の16の時からの。

 

「懐かしいなぁ、学生の頃よく言われたっけ」若者は嬉しそうな声を上げる。

 

 

 追憶が溢れているのか、若者は目を閉じた。

 

「…あの頃が一番楽しかった。馬鹿やってあんたに叱られて…、キリアは元気にしてるかな」

 

「キリアとは手紙をやり取りしている、北の村でハンター修行の最中らしい。怪我が治ったらお前も会いに行けばいい」

 

「…」

 

 「あいつはもう気にしちゃいないさ。時間は流れた。私だってもう昔の通り名じゃない」

 

若者は彼女に握っていた掌を空けて見せた。鋳物で出来た小さなプレート。プレートにはナンバーが刻印されている。

 

訝るまでもなく、それが王立狩猟養成所の個人認識タグだと判った。

 

そう、あの娘のプレートだ。

 

 

 「こいつは俺と十分に狩りに行った、だからキリアに頼んで欲しいんです。一緒に狩りにいってやってくれないかって」

 

思い出は止まらないらしい。独り言のような言葉が続く。

 

「あいつは楽しみにしていたんですよ。俺とキリアが先行であいつは後衛、二人を守るのは私だってね…あんな事がなければ」

 

彼女はやさしく若者の口を指で押さえた。顔を近づけて囁く。

 

「お前が渡してやれ、そのほうがキリアも喜ぶ」

 

 

 通りの向こうからハンター達が駆けて来た。装備や動きもさっき通り抜けていったハンターとは比べ物にならない、いずれも屈強そうな男が3人、彼女の前で黒い壁のように直立不動の姿勢をとる。

 

「追撃隊の編成を終了しました。我らを含めて4チームです」

 

「指示通りランクの低いものは守備隊として残しています。まぁひと悶着ありましたがね、あんたの名前を出したら皆黙っちまった」

 

「貴方にあえて光栄です。噂通りすばらしい指揮だった」

 

 

 彼女は立ち上がり猟団の幹部三人を見渡した。一人を除いて見ない顔に改めて歳月を、団を離れてからの流れを感じる。

 

「追撃隊の使命は殲滅。街を襲った奴等を一頭たりとも撃ち漏らすな。たとえ他のハンター達の獲物だったとしても構わない。必ず息の根を止めろ。その代わり剥ぎ取りは厳禁、速やかに次の目標を探せ。今回の目的は生き残りを許さない事にある」

 

三人の誰かがつばを飲み込んだ。剥ぎ取りを認めないのは報酬なしで命のやり取りをしろという意味だ。

 

おまけに他の狩の得物にも手を出したらハンター同士で殺し合いがおきかねない。

 

困難なことは判っていると彼女は言葉を継ぐ。

 

 

 「だが今回の街を襲った奴らを生かしておけば同じことが起こる。街は襲われ、無意味な多くの犠牲が人にもモンスターの側にも出るだろう。こんなことはもう二度とおきて欲しくない。猟団には悪いが、ここから先は商売抜きだ」

 

 

「貴方はどうなされますか」言いかけた男が慌てて兜をはずし、残り二人が続いた。

 

「すみません、気がつきませんでした」

 

「いったい何のまね…」

 

気付いて彼女は足元に目をやる。

 

若者は相変わらず追憶の微笑みを浮かべていた。その瞳には空の蒼が映っていたが、彼はもうそれを見ていなかった。


 
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