No.934855

幼く芽吹く恋のおはなし

jerky_001さん

エリカと愛里寿ちゃんがイチャイチャ甘々するだけのおはなし

2017-12-27 21:31:02 投稿 / 全4ページ    総閲覧数:896   閲覧ユーザー数:892

 「なぁ、エリカは、恋をしたことはあるか?」

 突拍子もない質問に、私は口に含んでいたコーヒーを吹き出した。対面の質問主にかからないよう咄嗟に顔を背けたのは辛うじての配慮だ。

 「うへぇ、ばっちぃぞエリカ」

 「アンタが突拍子もないこと言い出すからでしょうが……」

 教えて欲しいことがあると言われて、目の前にいるこの麒麟児に対して凡人の私が何を教えられるものかと思えば、予想だにしていなかった大暴投が飛んできたものだ。

 大学のキャンパス、その一角にある学生用のカフェテリア。近頃の大学には珍しくもない、小洒落た佇まいの併設店舗のテラス席で、私と愛里寿は昼食をとっている最中だった。

 「お子ちゃまが一丁前に色気付いてんじゃないわよ」

 飛沫まみれの自分の口許を紙ナプキンで拭った後、もう一枚ナプキンを手に取りデミグラスソースのついた愛里寿の口許も拭う。

 「子供じゃないぞ、学校ではエリカより先輩だ」

 「歳は下でしょうが」

 愛里寿はむぅ、と頬を膨らませると、ナイフで切り分けたハンバーグにソースをたっぷり纏わせて再び頬張った。子供扱いにむくれる辺りが子供である何よりの証明でしょうに。

 思い返せばこの子との腐れ縁は2年前の大学選抜と大洗&高校戦車道即席連合の戦いから、より正確にはその後の黒森峰への体験入学からだ。

 大学選抜の最精鋭、バミューダ姉妹の一角であるルミを三人がかりでとは言え倒した私に、愛里寿は予てより目を付けていたらしい。体験入学中のお目付け役を任された挙げ句、何が気に入ったのかは知らないが妙に懐かれてしまった。

 その後私は黒森峰を卒業し戦車道特待生として大学に進学したが、そこにはバミューダ姉妹に泣きつかれて復学した愛里寿が待ち構えており、以来、今もこうして世話を焼く羽目になっている。

 「それで、どうなんだ」

 それにしたって、まさか色恋がらみの話とは、ね。

 「どう、って……高校も大学も、寝ても覚めても戦車道に手一杯で、そんな暇なんか……」

 そこで私は言い淀み、口をつぐんだ。不本意だが、一人思い浮かんでしまったからだ。

 淡い栗色のショートヘアをふわふわと揺らし、困ったような笑みを浮かべる頼りない子。

 変なところで度胸があって、危なっかしくて冷や冷やする子。

 愛里寿と同じ、珍妙なクマのキャラクターが大好きだった子。

 「……エリカ?」

 ……私に向かって恋の相談なんて、これほど不適格な相手も居ないでしょうに。

 あれが恋だとするのなら、私のそれは酷い失恋に終わったと言っても良い。他でも無い自分自身が、それを台無しにしたのだ。

 あの子が思い詰めていたとき、何よりもまず支えるべきときに、それをしなかった。その結果、あの子は私の前から姿を消した。

 そればかりか、新たな宿り木を見つけ穏やかな顔を取り戻していたあの子に向かって、私は安堵するどころか、逃亡者に対する糾弾を浴びせる事しかしなかった。

 若気の至りと言えばいくらか聞こえは良いが、当時の私は狭量さと傲慢さを煮詰めて固めた、有り体に言って人でなしだったと言っても良い。

 「……大体、なんで急にそんな事……まさかあんた、好きなひとでも?」

 後ろめたさを覚えて話題の矛先を逸らす。苦し紛れの当てずっぽうな問いに、待っても答えは帰ってこなかった。見ると、食後のメロンソーダに息を吹き込んでぶくぶくさせながら俯いたままだ。まさか、勘が当たっちゃった?

 「……自分でも、わからない。だから、聞かせて欲しいんだ。恋をするって、どんな気持ちか」

 どうやら本人は大真面目らしい。なんだか余計にばつが悪くなり、はぁ、と一つため息を漏らした。

 「……そうね。私に言えるのは、恋をするって、案外辛いことばかりよ」

 はぐらかすのを止め、慎重に答えを紡ぎ始める私を、愛里寿はじっと見据えていた。

 「何をしていてもそのひとの面影がちらついて他の事が疎かになるし、自分が相手にどう思われているのかばかり気になるし、その癖、時々感情の収まりが付かなくなってみっともない姿を晒す羽目になるし……」

 恋の何たるかも知らないお子ちゃまに対してネガティブな意見ばかり並べ立てるのもどうかと思うが、私の実体験由来なだけにほろ苦い要素しか抽出出来ないのは仕方ない。

 それに人生、成功よりも失敗からこそ重要な事を学ぶ機会の方が多い。愛里寿の場合、なまじ天才なだけに失敗には恵まれていないだろうから、なおさらだ。

 「エリカは、辛い恋をしたのか?」

 「……まぁね」

 私の話に耳を傾けていた愛里寿はゆっくり席を立つと、傍らに歩み寄り、私の頭を優しく撫でた。小さく柔らかい愛里寿の手つきに、歳に見合わぬ慈しみを感じる。

 「すまない、嫌な事を聞いて」

 「……別に。今となっては良い人生勉強になったわ」

 つい照れ臭くなり、ぶっきらぼうに返す。

 実際、酸いも甘いも噛み分けた高校生活は、色々な意味で私の人生に実りをもたらした。

 この、ませたお姫様を邪険にあしらわない程度の心の余裕も、あの頃の経験がなければ生まれはしなかっただろう。

 「でも、感謝する。エリカのお陰で、自分の気持ちがわかった気がする」

 「それはどうも」

 別に大した話はしてないけど。聡いこの子なりに何かを理解したのだろう。

 「私は、エリカに恋をしているみたいだ」

 ……理解していなかった。

 「……はぁ?」

 「だって、エリカが言った通りなんだ。気が付けばエリカの事ばかり考えてしまって練習にも身が入らないし」

 午前の練習での単騎無双ぶりを“身が入ってない”と言われても、そんなあなたに叩きのめされた私達選抜候補メンバーは一体何なんだって話よ。

 「エリカにもっと構って欲しい、嫌われたくない、なんて事ばかり気になってしまう」

 遭遇戦での集中砲火の苛烈ぶりにはその影響は微塵も感じられなかったけれど。

 「それに、時々そのせいで、普段ならしないような失敗もしてしまうんだ」

 ……まぁ最終的に、半ばやけっぱちになった安斎がCV33にありったけの弾薬詰め込んで特攻させた“無人豆タンク爆弾作戦”が予想外にクリーンヒットしたのは、愛里寿らしく無いと言えば無かったわね。

 「……でも、苦しいけど、不思議とそんなに、嫌じゃないんだ」

 自身の感情を反芻し、愛里寿は穏やかに微笑んでいた。

 ……さて、どうしたものか。私は頬杖を突きながら、沈黙のまま思慮を巡らせていた。

 愛里寿の事は、私も嫌いでは無い。でもそれは、あくまでも歳の離れた友人としての範疇だ。ましてやこんな形で自分に対して好意を向けられているとは、予想もしていなかった。

 大体、初恋の相手が同性と言うのも、如何なものかしら。得てしてこの年頃の子が、同姓への友情を恋心と混同してしまうのはありがちな事だ。同姓に対しての初恋を拗らせに拗らせまくった私が、言えた義理では全くもって無いけれど。

 「……私を慕ってくれるのは、正直言って悪い気はしないけどね」

 「じゃあ、エリカも私の事好きなんだ」

 「それとこれとは別問題よ」

 ばっさりと切り捨てるような私の答えに、愛里寿は不満そうに眉をつり上げた。

 「……アンタはまず、もっと友達を作りなさい。人見知りを直して、私やバミューダの連中以外にも話しかけられるようになりなさい」

 「こんな時まで説教臭いぞエリカ」

 「最後まで聞きなさいよ。良い恋をするには、もっと沢山経験を積みなさいって言ってるの」

 実際、我ながら説教臭い話だとは思う。私ごときが何様のつもりだとも思う。

 「沢山の人と出会って、沢山の事を経験して、沢山思い出を作りなさい」

 でも、想いの形は違えども、私も愛里寿の事を大切に感じている。だからこの子には、私みたいに拗らせず、真っ直ぐに育って欲しい。

 「それでも……私の事を想ってくれていたのなら」

 その時は案外、私も惚れちゃうかも知れないわね。そんなけしからん事を思い浮かべながら、愛里寿の頭を撫でると、くすぐったそうに頭を竦めた。

 「……アンタに貰われてあげても、良いわよ」

 

 

 

※※※

 

 

 

 「……なんて話をしていたのを、覚えているか?エリカ」

 「いつの話をしているのよ……」

 と言いながらしっかり覚えている私も私だ。人生の先輩ぶって饒舌になっていた過去を思い返すと、恥ずかしくて仕方が無い。

 あの後、愛里寿は大学を卒業して直ぐに欧州戦車道リーグに武者修行と称して旅立ち、結局その想いの答え合わせをする事は無かった。

 「馬鹿正直にアンタの事を待っててあげたおかげで、私もすっかりおばさんよ?」

 そう嘯く私の、頬に置かれた手の甲は肌理が失われ、皮肉の通りに加齢の影を隠し切れなくなっていた。

 「エリカに言われた通りにしたんだぞ。沢山の人に出会い、沢山の経験をして、沢山の思い出を積み上げて来た」

 そう語る愛里寿の顔は、私と同じ時を経たとは思えない程若々しい面影を残しながらも、精悍で美しさを磨き、何より自信に満ち溢れていた。

 あれから20余年の歳月が過ぎた。卒業後、私も国内プロリーグのチームに入団し、並み居る強豪と渡り合い、戦い抜いてきた。

 寝食を惜しみ余暇も注ぎ込み、自分自身を火にくべ焚き付けるが如くすり減らし人生を賭けて、才能に愛された多くの天才達に必死に食らい付いて来た。

 それでも、年齢を重ねる毎に肉体は悲鳴を上げ徐々に成績は落ち込み、一方で才能ある若手も台頭し始めて来た。

 だから、今日で現役を終えると決めた。

 晩節を汚す事無く、若い芽に席を譲り、道を退く。そう決意した矢先に、愛里寿は日本に帰って来た。

 私の引退記念試合の、好敵手として。

 「なぁ、エリカ」

 「なぁに、愛里寿」

 愛里寿はゆっくりと右手を差し出し、私に向かって握手を求めた。

 彼女が、鉄と油と火薬の臭い立つ戦場の主とは思えない程白く艶やかな右手を差し出すのは、真に実力を認めた相手に対してだけと言う事は知っている。だから、光栄に思いながら、私もその握手に応じた。

 だけど、手を重ねた瞬間、予想に反して私は強く引き寄せられた。

 一瞬、何が起きたのか判らなかったが、愛里寿に抱き寄せられていた。只の握手で終わると思っていただけに、完全に不意を突かれてしまった。

 「やっぱり私の恋は、本物だった。だって、年月を重ね、数多の出会いと別れを繰り返しても……エリカ、お前の事を忘れられなかった」

 忘れていた、この子の得意な戦術を。

 相手に反撃の隙を与えず電撃的な速度でもって捩じ伏せる、通称“忍者戦法”。

 「だから、約束通り貰いに来たぞ、エリカ」

 試合前の、互いのチームメンバーが相対し、モニター越しに観客の目が選手達に向かう中。突然ぶちこまれたプロポーズにそこかしこから黄色い歓声が沸き立ち、これから戦場となる草原を震わせた。私も気付けば、恥ずかしさで耳の先まで火照って熱を帯びていた。

 何よ、これ。何処でこんな情熱的な口説き方を覚えて来たのよ。

 「……馬鹿ね。こんなくたびれたおばさんをわざわざ選ぶなんて」

 「重ねた年月の全てが尊く、美しいぞ、エリカ」

 「ホントに何処で習ったのよその口説き文句……」

 「大体、年齢の事を言うなら私もとっくにアラサーの仲間入りだ。今さら三、四歳の差なんて気にするな」

 ……叶わないわね、この子には。これじゃあ、勝負を始める前から、完敗じゃない。

 ここまでされたらもう、認めるしかない。

 プロ生活に全てを捧げるため、というのは嘘偽り無い。しかしこの年齢までついぞ、人生の伴侶を得る事すらしなかったのは、心の片隅で、愛里寿と交わした約束を裏切りたく無いと感じていたから。

 「……仕方ないわね、約束通り、貰われてあげるわ」

 答え合わせは終わった。

 

 私も愛里寿を、愛していた。

 

 「ただし、この試合で私に勝ったら、ね」

 「そう言う天の邪鬼なところが大好きだぞ、エリカ」

 


 
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