No.923146

呂北伝~真紅の旗に集う者~ 第003話

こんにち"は"。
どうもザイガスです。皆さんご機嫌いかがでしょうか?この前の台風凄かったですね。仕事されている方は、少なからずその影響は出たのでないでしょうか?
しかしそんなことに負けずにキバっていってください。私もキバります‼

さて今回もまた文章は短いですが、程よく黒い一刀を書きました。

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2017-09-20 20:31:47 投稿 / 全4ページ    総閲覧数:2328   閲覧ユーザー数:2126

呂北伝~真紅の旗に集う者~ 第003話「賄賂」

明朝。一刀はいつものように目覚め、井戸にて顔を洗っている。そして何時ものように何もない自身の隣の空に手を伸ばすと、退屈を感じさせる暇もなく侍女である歩闇暗(ファンアン)が手ぬぐいをそっと一刀に手渡す。

「歩闇暗、白華(パイファ)は?」

「今は体調も落ち着いて、よくお休みになられています」

「そうか。......また暴れられても面倒だ。今日の仕事はいい。代わりに白華に付いてやってくれ」

「かしこまりました。主、本日の来客の予定は都より宦官子飼いの役人が参られます。手回しは既に郷里(サトリ)様が済ませております。登城(とうじょう)される前に朝食を御取りになられますか?」

「もらおうか」

「かしこまりました。既に準備は出来ています。着替えがお済み次第厨房まで御越し下さい」

「......毒は入っていないだろうな?」

「それはとても魅力的ですが、主が毒で死ぬとも思いませんので、普通の朝食ですよ」

「そうか。わかった、後で向かうとしよう」

そうして一刀は、着替えと食事を済ませ、侍女に見送られながら一人で城へと向かった。

 太陽が徐々に南の空を過ぎて西に沈み始める未の刻。郷里は人物の相手をさせられていた。都の宦官「十常侍」の一人である夏惲(かうん)の側近である夏宣(かせん)と呼ばれる男である。

「いやいや、本当に常日頃から呂北殿にはお世話になっております。ただ叔父の代わりに挨拶に来た私などの為にこんな宴席を用意していただき、恐悦至極です」

夏宣の両隣には郷里が手配した妖艶に満ちた遊女が付いており、次々と彼に酒を注いでいる。その夏宣はというと、私腹を肥やした腹がすっかりと出ており、酒の影響か、顔も赤く油染みた汗を垂らしながら上機嫌に笑っていた。

「夏宣様を待たせてしまっているせめてものお詫びでございます。我が主は間もなくいらっしゃいますので、しばしお待ち下さいませ」

「そうかそうか。なぁに、呂北殿は大変お忙しい方。彼の者が朝廷に誓う忠もしっかりわかっておる。彼が待てと言うのであれば、一刻でも二刻でも、いや10日であろうと待ちましょうぞ。ガハハハハハっ。おう、お主なかなか良い尻をしておるな」

夏宣のセクハラを受ける遊女は体をくねらせながら彼を誘い、セクハラを行なった本人は上機嫌で下卑た高笑いを続けている。そんな夏宣の様子を作り笑いで対応する郷里の心中は、お世辞にも穏やかではなかった。一刻も早くの主の来訪を待ちつつ、目の前の男の首をねじ切りたい思いを堪えていた。

そんな中で、宴席の部屋の扉が開き、待ち構えていた者が入ってくる。

「夏宣殿、お待たせして申し訳ない」

「呂北殿、いやぁなんのなんの退屈せずにのんびり待たせてもらいましたよ」

宴席にて盃を大きく振り上げながら、旧来の友を待っていた如く、夏宣は上機嫌で答えていた。

「郷里、酒だ。俺にも酒を注いでくれ」

「は、はい」

座る一刀に対し郷里は喜々として隣に座り彼の盃に酒を注ぐ。それは先程の様な作り笑いではなく、本心から出てくる笑顔であった。

 酒が進み夕日が落ち始めた頃。一刀と夏宣は未だ上機嫌で盃を交わしていたが、夏宣の方は徐々に欠伸の数が多くなってきた。

「夏宣殿、随分お疲れのようですね」

「う、うむ。叔父の遣いとはいえ、各地域を巡って”寄付金”を集めに行くのもなかなか骨でしてな」

「そうか。夏惲殿への”寄付金”、まだ払っていなかったな」

そう言うと、一刀は懐をまさぐると、夏宣は両手で慌てて静止した。

「い、いやいや。呂北殿には日頃多大なる”寄付”の数々を頂いております。これ以上貰えば返って叔父に叱られまする」

「......なればこうしましょう。これは夏宣殿の遠征費とのことで。こんな片田舎にわざわざ足を運ぶのも骨がおれるでしょう。せめて帰りに何処かの街に立ち寄ってのんびり過ごして下さい」

「う、うむむ、そういうことであれば」

そう言いながら夏宣は渋る表情をしながらも、口元を緩ませ上機嫌で自らの懐に”寄付金”を忍ばせた。

ちなみにこの”寄付金”の袋には砂金が入っており、量的には都の町人でも一年遊んで暮らせるものであった。

「本日は疲れたでしょう。もうお休みになられてはどうです?なんでしたら隣の侍女も連れて行ってくれても構いませんよ」

「む、むぅ、そうか……」

夏宣は口元の緩みを隠さずに両隣を見直し、隣に座る遊女は妖艶に微笑むと夏宣は下卑た笑いを浮かべるが、そんな彼はとある人物を浅ましく見つめた。

「......呂北殿、その者を連れて行ってもいいかな?」

でっぷりと振っとった男が指を指したのは、郷里であった。彼女は表情に出さないまでも、その下卑た男の笑いを見るだけで心の中では嫌悪感剥き出しであった。それに対し一刀は夏宣に「ちょっと......」と断りを入れた。郷里の心は歓喜に震え、対する夏宣は面白くなさそうな表情を浮かべるが、そんな男に一刀は隣に座りそっと呟くと、男は膝を叩き大声で笑い飛ばした。

「ガハハハッそうかそうか。それは本当に目出度い。これは祝い金だ受けとってくれ」

そう言うと男が取り出したのは先程一刀が遠征費として渡した”寄付金”であった。一刀は頭を低くして甲斐甲斐しく受け取り、男は遊女に施されながら足を引きずりそのまま自らに割り振られた部屋に向かっていった。

やがて宴席に控えていた使用人達も、一刀の計らいで下がっていき、一刀も郷里に後程自らの執務室に水を持って来させる指示を出し、宴席より去っていった。

 「あぁ。くそっ、やっと解放されたよ。あの豚野郎め」

一刀は執務室の席に自信の体を投げ捨てるように座り込み、邪魔な上着などを投げ捨て、上は黒シャツ一枚というラフな格好になる。やがて部屋の扉がノックされ、そこから水をお盆持ってきた郷里が入ってくる。

「ご主人様、お疲れ様でした」

席に座る一刀は郷里の渡された水を奪い取る様に取り一気にその水分を喉に通していく。喉を鳴らして飲み干す一刀に、郷里は何故か笑顔が零れてしまう。

「本当にお疲れさまでした。それにしても本当によく飲まれましたね」

「......人は与えられる以上に、与えることに快楽を覚える者だ。与えられた酒を飲み干すことも、仕事の一つだよ。よく覚えておけ」

彼は再び郷里に与えられた水を飲み干し、一刀が落ち着いたころを見計らって彼女は一刀に質問する。

「ご主人様。朝廷の官位を持つ者が偵察に来て煽てるのは分かりますが、あの男は何の官位も持たない、ただの宦官の甥です。何故そこまでして機嫌を取られるのですか?」

郷里の真面目な質問に、一刀は酒気で頬を赤らめながらも口元を小さく緩ませる。

「......ふっ、まだまだ青いな、郷里。いいか、確かにあの豚はたかが朝廷に仕える宦官の甥程度だ。だがそんな奴でも、こいつら使えるという印象を持たせればどうなる?あの豚はすぐに偉大な宦官様である叔父の夏惲にそのことを伝える。惲も惲で使える人材は自分の手元に置いておきたい。現に豚や惲は俺に対し”大きな借り”がある。そいつらを利用して中央の政権に組み込む。......っと、大まかに言えばこんなところだな。でもまぁ、豚には大いなる恩を売っておいた。例え奴が死のうと、甥大好きな宦官の叔父様は、少なからずうち等に恩を感じるか、『使える人材』として記憶するだろう。中央政権に入れ込むための布石だ。あの程度の宴席や賄賂など安い物だ」

小さく笑う一刀は、机からキセルを取り出し、刻み煙草を先端に取り付けて火をつけて煙を吹かせる。

部屋には一刀の吹かせた煙草の煙が充満し、郷里は小さく咽る。そんな彼女を面白がって見守り、やがて彼は執務室の窓を空けて換気した。

「そういえばご主人様。夏宣殿に一体何を話されたのですか?」

換気をしているせいか、誰かに聞かれまいと郷里は改まって先程の男の呼称を修正する。

「ん?なぁに、『今彼女のお腹には私の子が宿っているから、本日は控えて下さい。それとこのことはご内密に......』とね」

そう聞くと、郷里の顔は見る見るうちに月明りでも判るぐらいに赤くなり、「あわあわ」と慌てふためく。

「......ふっ、愛い奴め。まぁ、あの男がこの街に来ることは二度と無いけどな」

赤い顔になっていた郷里はわけも分からずその問いを聞くと、すると突然天井より黒い影が舞い降りてくる。それを見た瞬間、郷里は文官とは思えない速度でその影を捕まえ、地面に押さえつける。

「......何者だ……?」

月明りが差し込む部屋の中、郷里の眼鏡は反射の影響かレンズは白くなり、外越しから見える黒い瞳は白いレンズで遮られる。押さえつけながら小さく冷めた声で問いかける郷里を、一刀は少し失笑を漏らしながら注意した。

「郷里、文官の仕事を行ない過ぎたせいで敵味方の区別がつかなくなったか?」

彼女が取り押さえた黒尽くめの者。顔に巻かれた布を取り除いてみると、その顔は先程夏宣に酌をしていた遊女であった。郷里は「すまない」と慌てて体をのけると、黒ずくめの遊女も「流石臧覇(ぞうは)様」と言い、押さえつけられていた腕を軽く回す。そして片膝を付き、煙草を吹かす一刀に向き直る。

「豚の様子はどうだ?」

「はい。先程床入を終え、男は満足して寝静まっています」

「見立てはどうであった?」

「はい。主の申される通り、やはり多く寝返りをうち、息苦しそうに自分の呼吸経路探してそうでした。動機も一定ではなく、何度か目覚めては寝るために酒を所望していました」

「そうか......。下がれ」

一刀の言葉と共に、黒づくめの女性は瞬時に姿を消した。

「安心しろ郷里。もう奴の下卑た顔を見ずに済むかもしれないぞ」

月に向かって煙を吹かせる一刀の笑いに、郷里はゾクリと悪寒が走る。夏宣は以前より糖尿病を患っていた。十代の頃には酒と女を覚え、朝廷に仕える叔父の権威の傘を使って贅沢を尽くし、年齢的には一刀と同じ二十中頃であるというのに、既にその体は中年の四十代と言われても仕方がなかった。一刀の見立てでは、男は近いうちに心筋梗塞で倒れ、悪くて死。良くても血管の滞りの影響で脳に間違いなく障害をきたすらしい。

「ご、ご主人様。先程の宴席での話を聞いている限りでは、あんな男でもご主人様の友人であると......」

そう。養父丁原の命にて一刀が都で勉学に励んで居た際、その時に知り合った人物が夏宣である。当時ずる賢いことに関し長けていた夏宣と、腕に覚えにあった一刀は互いの長所を認め合い何時しか共につるむようになっていった。

「......ふっ。確かに奴には色々教えてもらった。朝廷の内情。上の者への機嫌伺。都での遊び方。女の落とし方・抱き方。遊びが多いが、数えげればキリがない。現に俺が中央との管を作ることが出来ているのも、奴のおかげと言ってもいい。そのおかげで最近では中央の情報も容易に入手しやすくなったし、紹介してもらった役員との情報網も出来た。死なれれば、少し困るかもな――」

「そ、そこまでなら何故?わ、私であれば、ご主人様の為にこの体を汚すことも厭わないですのに......」

すると一刀は、灰皿にキセルの先端を叩き、煙草を取り出す。やがてまだ燃える煙草を、キセルで押しつぶして鎮火した。

「簡単なことだ」

一刀は先程よりさらに長いキセルを取り出し、改めて火をつけ、大きく息を吸い込み、煙を吹かせる。

「ひと様の大事な部下の体を狙う豚だ。駆除して当たり前だろう」

その言葉にまた郷里は見る見るうちに赤くなり、一刀はカカカとまた笑い飛ばす。

「あ、ご主人様。廊下は禁煙ですよ」

そのどさくさにそのまま部屋を出ていこうとした一刀だが、郷里に止められると舌打ちをしてキセルを後ろに投げ捨て、それを慌てて郷里は受け止める。

「ご主人様、どちらに?」

不満そうに「厠だ」と答えながら、一刀は部屋を出ていく。「ヤレヤレ」と言わんばかりに肩を窄める郷里であったが、暫く一刀が吸っていたキセルを見続け、やがて自らも吸気口に口を付け目一杯灰に煙を吸い込んだ。しかし慣れていない煙の味と気怠さを覚え、やはり咽てしまい、さらに頭痛も来て、単純な興味で吸ってしまったことに、後悔を残した今日この頃であった。

 


 
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