No.909342

魔弾の王と戦姫~獅子と黒竜の輪廻曲

gomachanさん

第16話『乱刃の華姫~届かぬ流星への想い』

2017-06-09 00:23:48 投稿 / 全1ページ    総閲覧数:861   閲覧ユーザー数:861

 

――いくら夢だといっても、もう少し実現しそうなものにしたら?いい加減『歳』なんだし――

 

――『おじさん』扱いはやめろ。俺はこれでもまだ30代だ。それに――※4

 

――それに?――

 

――俺は実現させる気でいるぞ。銀煌舞(シルヴオーブ)建国を―※5

 

これは、とある一匹の隼の記憶である。

 

どこかの戦場。

血なまぐさい風が、奔る。

断片的な記憶。彼の言葉がよみがえる。

男がいた。かつては『白銀疾風(シルヴヴァイン)』の団長を務めていた。

今でも生々しく思い返る、ヴィッサリオンの最後の言葉――

 

 

 

 

 

――剣は想いを形へと描ける……それが……『流星』と……いうもんだ――

 

 

 

 

 

――俺たちは……『いつか星の海』で――※1

 

 

 

 

 

 

消え入るような言葉を紡ぎ終えて、ヴィッサリオンは口を動かし続ける。やがて、風を切るような声になり、言語として意味を成さないとしても、彼の言葉は終わっていない。

唇の告白が終わる。言葉になっていないとしても、ヴィッサリオンの最期の言葉を聞いた。風がそう告げていると信じて――

急速に体温が失っていくヴィッサリオンの遺体を見下ろしながら、フィグネリアはつぶやいた。

 

 

 

 

――不殺(ころさず)なんて……馬鹿な事するから……死ぬんだよ――

 

 

 

 

――小雨降る中、『|白銀の疾風《シルヴヴァイン》』の傭兵団達は、ヴィッサリオンの死地を後にしていった。だが、二人の少女だけは、いつまでもその場から離れようとしない。

木陰に隠れることなく、フィグネリアはその姿を見つめ続けている。その双刃の表面に、冷たい雨粒を弾きながら――

艶のない金髪の少女が、銀髪の子の手を繋いでいる。齢14と13の子供の姿から、フィグネリアは目をそらすことが出来なかった。

まだ、義父(ヴィッサリオン)の死を受け止められずにいる。にも関わらず……その現実を敏感に感じ取っている。

今にも、風に乗って消えてしまいそうな、その不安な表情――

脳裏によみがえる――あの虚無感――

 

戦争だから……そう割り切っていても、心のどこかで贖い方を求めている自分がいる。

倒すしかないじゃないか。

敵だったから。再会したときにはもう――

 

ヴィッサリオン。あんたもわかっていたんじゃないか。

殺さなければ、相手に殺される。

殺さなければ、守りたいものも殺される。

そう、自分自身さえも、自分自身によって殺されることを――

しかし、ヴィッサリオンを斬ったこと、その忘れ形見の少女に対し、いまだ傭兵の矜持……己が律動の『終曲(フィーネ)』を打てずにいた。

 

彼女が通り過ぎたる『刃』の痕には、血の華が咲き乱れる――

 

数々の戦場。数多の戦績。風の流れに送轟して、いつしかこう呼ばれるようになった――

 

『乱刃のフィーネ』として――

 

彼を、『│銀閃の勇者《シルヴレイヴ》』を斬り捨てたあの時に、『首の数を競い合う』稼業から、身を引こうと決めた――決めたはずなのに――

 

フィーネ。すでに己の終曲……たどり着く丘を見失ったまま、さまよう自分にこの異名はあまりにも皮肉と言える。

 

終曲(フィーネ)に無慈悲な女性たち。『夜』と『闇』と『死』の女神、ティ=ル=ナファが私に付きまとっているのだろうか?

結局、自分はヴィッサリオンの何を見ていたのだろう?

美しく眩しい『流星』のような彼の夢――相手の、『流星』の眩しい部分だけを見て、彼の一面を知って気になっていただけなのか?

 

それなら……自分は?私は?

 

止まり木を見つけられず、虚空にて翼ただよう『隼』の記憶は――ここで途絶える。

 

 

 

 

 

 

 

『乱刃の華姫~届かぬ流星への想い』

 

 

 

 

 

 

 

 

【現代・深夜・レグニーツァ領内・山奥】

 

 

 

 

 

 

 

 

 

月夜の満月が見守る中、夜盗と青年が対峙していた。

その青年の名は、獅子王凱。

一人の女性をかばうように躍り出て、鋭く告げる。

 

「女性一人に大の男が複数だなんて、卑怯じゃないか!」

「誰だ!?てめぇは!?」「構わねえ!この男も殺っちまえ!」

飛び交うは、野盗たちの怒号の声!

幾重にも張り巡る剣閃の数々。それらが夜盗の連中が、凱一人めがけて繰り出される。

 

大太り傭兵の大斧が――

 

偉丈夫戦士の大剣が――

 

さらには、ニヒルな槍闘士の長槍が――

 

だが、それらの武骨な刃物は凱に決して当たることはなかった。

 

ひらり。

ひらり。

さっ。

さっ。

 

「なんだこいつは!?ぐは!」

「まるで……『風』みてぇだ!ごほ!」

 

次々と繰り出される斬撃の嵐。風のようにつかみどころのない凱の回避術に、夜盗の連中は苛立ちを募らせていった。

 

結局――

 

蹴りと拳と腕力……加えて『布にくるまった得物』だけで倒してしまった。

大地でごろんと伸びてる夜盗たちを見て、『女』は「はあぁ」とため息をついた――

一通り始末をつけた凱は、囲まれていた(であろう)女性に声をかける。

 

「大丈夫だったか?」

「まったく……段取りが滅茶苦茶だ」

「段取り?」

「ここの夜盗討伐を村人たちに依頼されていたんだ」

「あ……」

 

間の抜けた声を出して、即座に凱の頭が対応してこの状況を把握する。

速い話、凱の早とちりだった。

無理もない。GGGの基準に照らし合わせた状況の認識だ。何より、一対多数は誰であろうと見過ごすことは、凱にはできなかった。

しばらく、女性はノビた男どもを一瞥して――

 

「――とはいえ、無抵抗な奴の首を取るなんて、寝覚めが悪い」

 

彼女にとって、それは傭兵としての矜持。無抵抗の人間に手をかけるなどもってのほかだ。

過剰な殺傷は禍根を生む。そこからは、何も生まれない。

 

「すまない。知らなかったんだ」

「そいつはそうだろうね――その詫びとして」

 

それにしても――

殺さずに倒してしまったんかい?と思いつつ、さて……どうしたものかな?

と考えていると、彼女の腹の虫が遠慮なく鳴いた。

 

「まずは何か食わせてくれない?」

 

焼いたままの魚を思い出して、凱は遠慮がち?に案する。

 

「……焼き魚でよければ」

「承認」

 

こうもあっさり決めてしまい、二人は河原へ移動して魚を頬張り始めた。

 

 

 

 

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

 

 

 

 

「いい焼き具合だな。これ、改めて……詫びの印として」

 

焼き具合を見て、凱は焚火の中から、串にさしていた魚を一匹差し出した。。

食欲を刺激する塩加減。大した味付けもしていないにかかわらず、柔らかい魚肉の歯ごたえが、今まで自分が空腹だったと改めて知らしめる。

 

「まあいいさ。こんなに暖かい晩飯を食べるのは久しぶりだったからね」

 

アルサス在住のころ、ティッタの手伝いで取得した料理スキル。ティグルのサバイバル知識も若干混ざっているが――

自分が食べるもんだから、大した味付けも考えていなかったので、食べさせるにはどこか躊躇いさえ感じていた。二人に感謝したい気持ちだった。

 

「自己紹介が遅れたな。俺は獅子王凱。姓がシシオウ。名はガイだ。ただの流れ人だけどね」

「よろしく。私はフィグネリア……なかなかうまいな。これ」

 

先姓と後名の羅列……ヤーファの人間なのかと、フィグネリアは察した。

食欲を満たすことを優先して、凱に一瞥すらせず挨拶を交わす。

うまそうに魚へかぶりつくあたり、少なくとも食すぶんには問題なさそうだ。凱はほっと胸をなでおろす。

 

(フィグネリア……どことなくルネと雰囲気が似てるな)

 

ルネ=カーディフ=獅子王。凱の従妹にあたる彼女は、獅子の女王のコードネームを持つ。

余剰熱排出機関に欠陥を持つサイボーグの彼女は、いつも『焔』の揺らめく通り、苛立ちをまき散らしていた。

そのような気質が、風が両者に似ている。

獅子の女王の気質を知るものならば、そこへ『いつものように』を付け加えるだろう。いや、その気質はすでに過去の『焔』となっていた。

追い付いて先頭を踏み取るところは、エレンと似ているのかも――

『仲間』への回想もそこそこにして、凱はさっそく尋ねた。

 

「ところで、君はこのあたりの住んでいるのか?たしか夜盗をとっちめる仕事とか言っていたけど――」

「いいや、私は傭兵……とは言っても、飯を食い繋ぐ程度で稼いでいただけ。適当に路銀がたまったらここを離れるつもりだった」

「どこへ向かうんだ?」

「ブリューヌ」

「ブリューヌ?今あそこはどういう情勢なのか、君は知っているのか?」

 

オウム返しのように聞き返した凱の表情は、わずかながらも目を開かせている。

 

「噂で聞いた程度ではね。今、一部の貴族様が反乱活動(クーデター)を起こして王政府が倒れそうだって」

 

王政府が倒れようとしている。噂で聞いた程度が真実だと知ったら、フィグネリアはどうするのだろうか?

リムやマスハスから聞きしたことを凱は一つずつ思い出す。

ビルクレーヌでの戦い。そこで一閃交えた二つの『星』――

すなわち――

『銀の流星軍―シルヴミーティオ』

――――― 対 ――――――

『銀の逆星軍―シルヴリーティオ』

もともとは『テナルディエ軍』だけという統一呼称に過ぎなかったが、ガヌロン勢力が加わったことで、ブリューヌには文字通り最恐最悪の『凶星』……『銀の逆星軍』誕生となった。

この二大貴族は険悪極まりないと噂されており、いずれはこの二大侯爵のブリューヌ決戦が行われると思われていた。しかし、テナルディエとガヌロン、二人の思惑はそんな『世論』など軽く跳ね返す。

 

――喜ぶがいい!今こそ『逆星』が真の自由と平和を与えよう!――

――いかに弱者が『流星』に願おうと!決して手に入らぬ『平和』をな!――

 

決して揺らぐことのない公約宣言(マニフェスト)。眠り続けた獅子たちを目覚めさせるには、十分な『重低音の咆哮』だった。

そして始まる一斉蜂起。強者でありながら、弱者に妬まれ続けた者たちの猛り。

彼らは立ち上がる。惰弱と化した『伝統』を、盤石たる『維新』にて焼き払うため――

国民国家革命軍―ネイションスティート。

その国民を導くとして、テナルディエは反逆を決意。ついに侯爵を捨て、『逆星の魔王』となる。

同時に、ガヌロンもまた、魔王の命を受ける『逆星の勇者』となった。

銀の流星軍敗北後、討伐の任を受けたナヴァール騎士団は、その『ジュウ』という兵器の前に壊滅した。

騎士団長ロラン。副団長オリヴィエは生死不明――

彼らの支配下に置かれたブリューヌ国民は、今でも奴隷のような扱いを受けているだろう。

そういった事実が、凱をより一層憤らせる。

 

あえて聞き手に回る凱は、彼女のことを知ろうと徹底した。そして事実の一部を語る。

 

「俺も少し前はブリューヌにいた。君が聞いた通り、内乱激化に伴って、ほとんどの辺境民は他国へ流れている」

「やっぱり、本当だったんだ。ブリューヌ王政が倒れようとしているって……ところでさ……」

 

そこから、フィグネリアは真剣な表情――険しさを超えた鋭さで凱に質問した。

 

「あんた、『│銀の流星軍≪シルヴミーティオ≫』という義勇軍が、どうなったのか知ってる?ブリューヌにいたんだったら、聞いたことがあると思うけど?」

 

これに関しては、どうこたえるべきか凱は悩んだ。だが、逡巡したと思われては目を付けられるかもしれない。

言えない。もしかしたら、彼女はどっち側の『星』なのかわからない。

確か、傭兵と言っていたな。

『白星』につくか『黒星』に駆け付けるか――そういった考えが、どうも先走ってしまう。

 

「すまない。俺もそこまではわからないんだ」

 

落胆したような表情だった。だが、彼女の質問はこれで終わらない。

 

「そう……それと、さっそく弁償なんだけど?」

「弁償?」

「今日の稼ぎがあんたのせいで台無しになったんだ。弁償だよ。弁償」

 

なんだその手は――と思いつつ、凱はしぶしぶ懐から財布を差し出す。

 

「俺の有り金を渡すから、それで勘弁してくれ」

 

早速フィグネリアは確認のために金貨を指ではじいていく。

金勘定の手つきはなかなかのものだ。職人の域に達している。

 

「ひいふうみい……あんた貧乏欠だったのか。そんな服と首飾りしているのに」

 

何か凱を値踏みするような視線でフィグネリアはじろじろと観察する。対する凱はなんだか気が気じゃなくなってきた。

何か穴埋めになりそうなのが――凱の身なりを見て、フィグネリアはこう閃いた。

 

「分かった。こうしよう。あんたの身包み全部はぐ。それで手を打とうじゃないか」

「俺に裸でレグニーツァを一周しろっていうのか!?それだけは勘弁してくれ!」

 

守備力0でこの地を歩けるわけないだろうに。それにしても、どうして俺の服をはぐんだ?その疑問は即座に彼女の口からこたえられる。

 

「だってあんたの服は高く売れそうだからね。どうやら見たことのない素材でできているみたいだし……」

 

――確かに、この服装の素材はここじゃ見ないしな。

独立交易都市でティナが買ってくれたものが、そんなに珍しく見えるのか?その気持ちはわからなくもないが――

 

「まあ、その冗談はさておいて」

 

冗談だったのか。よかった。

そして、黒髪の彼女は別のほうへ興味を移す。

 

「じゃあ、その『布に包んでいるもの』でまけてやるよ。わかった?」

「だめだ!これは俺の大事な愛剣であって!……」

「あの夜盗の連中だって、私の大事な『稼ぎ』だったんだ!弁償しろ!弁償!」

 

すちゃりと、女傭兵は腰に帯びていた二つの刃をガイに差し向ける。身の危険を感じたガイは、目の前の『猛禽類』をなだめようと努力する。

 

「分かった!分かったから!その『双刃』を抑えてくれ!」

「どうやって弁償する気?」

「あてはあるさ」

 

凱は自分が倒した夜盗について振り返る。

 

「おそらく、あの手の夜盗は近場に拠点を構えている。『巣窟』の連中を掃討すれば、先ほどより稼ぎはいいはずだ」

「どこにあいつらの拠点があるのか見当ついているの?」

「ああ。多分――」

 

 

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

 

 

(やれやれ。本当はこんなところで寄り道している場合じゃないのに)

 

と凱は愚痴をこぼしつつも、しっかりと義理を果たそうとする。

うっとおしい草むらを踏み倒しながら、とぼとぼ歩いていると、稼ぎあての『目的地』へ着く。

 

「ここだな。やっぱり巣窟とするには、ここはうってつけだね」

「こんなところに巣窟があったなんて……よくわかったね。ガイ」

「夜盗が人を襲う好条件は二つあるんだ」

 

感心ついた彼女は凱の説明を聞いていた。。

一つは『夜の闇に紛れて』

二つは『月の影に隠れて』

 

「月が身を隠すため……『朧』の国レグニーツァ……組織が隠れそうなところか、このあたりしかない」

「結構詳しいだね。ガイ、あんたはもしかしたら、あいつらの仲間?」

「なんてこと言いやがる……おっと!おしゃべりはここまでだぜ!」

 

すでに感づかれたのか、夜盗はすっかり総動員で二人を取り囲んでいた。

 

「観念するんだな!恥を承知でこんだけの人数をそろえたんだぞ!」

 

おそらく、取り逃した一人が先にアジトへ戻っていたのだろう。だからここまで手際がいいのかと、感心してしまう。

凱とフィグネリアの二人は戦闘態勢に移行する。

 

「……ざっと200人か。思ったより数が多いね。ガイ。半分任せてもいい?」※2

「いいのか?」

「ここであの人数は流石に勘弁。ここは一進一退の撃破に限る」

「賛成!」

 

200人。一大兵団と呼べる組織人数だ。巣を駆除するには、彼女にとって都合がいいのだろう。

つまり、速度差で巻いては斬り捨て、それを繰り返して『一対一』の状況で始末する気だ。

幕末で数に劣る維新側が、新選組に仕掛けた戦法のそれだった。

 

「はあああああ!」

 

獅子の四肢に、喝を入れる勇者。

隼の一撃離脱が、連中の浮足をつくらせる。

まずは、適度に数を減らすため、かたっぱしから打倒していく。

相変わらず、凱は『得物』を布に巻いたままだ。にも拘わらず、振りぬく一閃にキレがある。

確かに相手を無力化するだけなら、それだけでカタがつく。獲物の強度に任せて振り回せば、おのずと結果は現れる。

 

そろそろ頃合いか――

 

それぞれ獲物を交錯させながら、フィグネリアと凱の二人は言葉をかわす。

 

「フィグネリア。足に自信は?」

「あんたより速いつもりだ」

「上等!」

「何をする気?」

「後で説明する。まあ俺のあとについてきな!」

 

さっさとしっぽを巻いて、尋常ならざる速度で退散する隼と獅子。これまでの交戦は、『挑発』が狙いだった。

そして、凱の目測通り、見事に夜盗の連中が『釣れ』てきた。

さらに、逃走速度を上げる。対して夜盗も追跡速度を上げる。なるべく相手の集団を崩さないよう、適切な速度を保ちつつ―――

 

「いまだ!反転!」

 

唐突に声を上げる凱の指示に、フィグネリアは僅かながらも慌てる。しかし、その刃は全く乱れがない。

横一文字に薙ぎ払う獅子の牙と隼の翼。力学が真逆に働く現象に、夜盗の連中があらがえるはずもなかった。

一気に夜盗全員は、団子状態で転ばされた。凱の作戦に連中はまんまと引っかかった。

 

「驚いたよ。あんな戦法があったなんてね」

「速度差以外に、距離差を図り間違えることができれば、今みたいにレンガを崩すようなこともできるんだ」

 

これって、どこか聞いたことがあると、フィグネリアは思い出す。

 

「知っている。そいつは『カンセイ』という力学が働いたからだろう?」※13

 

フィグネリアの言葉に、凱の顔は軽くこくりとうなずく。正解だ。

これは、かつてアルサスに攻め込んだテナルディエ軍を、凱一人が食い止めていた時、騎兵を落馬させたのと同じ手だ。

距離を測り間違えた騎兵たちが、まるで九柱戯(キーユ)のように削転倒していったのを思い出す。

集団突撃をとってしまえば、あとは慣性行軍しかできない。数の多さを逆手に取って『横倒し』にすることは容易だった。

 

――突貫力に優れるブリューヌの騎士たちに、こんなことしたらきっと怒られるだろうな。※6

 

奇しくも、『赤髭(バルバロス)』と同じ考えを持っていたとは、凱は決して知ることはなかった。

ある堺を切り目にして、半分の100人と見切ればいい。少ない労力で最大の戦果を出したのだ。

もう一つ、その戦果に対して、凱への疑念もあった。

 

「それにしても、あんた『人を殺す』つもりがないの?」

 

てっきり、「殺すな」とか言われるかと思ったのに――

見ればわかる。人を殺したことのないやつが、あんなに強いはずがない。

それに、ただのきれいごとなら、「人を殺すのをやめろ」くらいは言ってくるはずだ。なのにこの男ときたら――

凱とて、自分の考えを強要する気はない。

 

――生きる資格。それは、もがき、足掻くことで、勝ち取るものだあぁ!――。※7

 

かつて、三重連太陽系の決戦にて、白き創造神に向けた自分の言葉。

もがき、足掻くことこそ、生命体は『本当の勇気』をつかみ取ることができる。

勇気の根源が生命であるように、生命の起源もまた勇気なのだから――

 

「……さあ、どうしてだろうな。そういう君だって俺と同じじゃないか?」

 

なんとなくごまかした。

エヴォリュダーの力を容易に人へ向けて放とうと思ったことは、凱にはたった一度もない。※12

自分のことを棚に上げて、無理に話題を彼女に振った。

気を失った夜盗の連中を一瞥加えて、フィーネは説明した。

『戦利品』たる夜盗の連中の処遇を、どうするのかと。

 

「捕らえたこいつらは、村人へ引き渡す分」

「引き渡してどうするんだ?」

「助命する代わりに村で働いてもらう」

 

――あいつらを質に見立てる気か?

 

「村人たちは受け入れてくれるのか?」

「それが条件で、今回の夜盗駆除を請け負っているの。ムオジネルの奴隷制度より、いくつかましだと思うけどね」

「……まあ、確かに」

 

ムオジネル王国。その存在と国力、国風については、リムからいくつか教えてもらっていた。

かつて、治水を巡る軍事解決、ディナントの戦いで敗戦国となったブリューヌ。最後までしんがりを務めていたティグルは、奮戦空しく、敵国ジスタートの戦姫、エレンの捕虜となってしまう。

もし、身代金未払いのままだったら、「アルサスの領主」の立場を貫くティグルは、ムオジネルへ売られていただろう。

リムが、そう話していた。マスハス卿も「捕虜の結末はたいてい奴隷として売られるのがオチ」と――

 

一末を聞いて、凱は胸をなでおろした。

折り合いがついているなら、これ以上聞く必要もないし、干渉するつもりはなかった。

何はともあれ、成果を上げたフィグネリアは報酬をもらうべく、村を訪れた。※11

無論、夜盗という荷物運びとして、凱も同行させられた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

夜だった。あれだけのことがあったというのに、今頃は朝になっていると思っていた。

しかし、朝は一向に訪れない。そんな当たり前のことに、凱の憂鬱は晴れない。

二人は事を済ませたあと、来た道を引き返していた。村から通道へ出るには、一本道しかない。勇者と傭兵はしばし同行の延長となった。

 

「夜の『帳(とばり)』が、泣いてる」

 

さらさらと、木葉をこすらせる風が、聞くものの心を不安にさせる。

しばらく歩を進めた後、沈黙を破ったのはフィグネリアだった。

 

「……私ね……小さいころ、……どういうわけか、『夜』と『闇』が苦手だった」

 

今となっては、流星を見るのが待ち遠しいと思っている。

夜は星空が自分を覗いてくれるから。

『流星』によって怖さを除いてくれた。

でも――『闇』は……どうだろうか?

そして、二人は無意識に『月』を見上げる。

 

「……『あの人』は、いつも私の先を行って、『流星』のように『闇』を切り進んで……みんなの『先導者』として……」

 

彼女の言うこと、具体的なことはよくわからなかったが、凱は「そっか」とつぶやいた。

 

「もう一度聞くけどさ、あんた、やっぱり人を殺す気がないの?」

 

脳裏によみがえる、『星』の記憶。

今一度問うてみる。今、この『不殺』も、実はヴィッサリオンの真似事をしているだけなのだろうか?

それとも、ガイにたまたまヴィッサリオンの『面影(かわり)』を見てしまったから――

おかしな話だ。ガイとヴィッサリオン。容姿も名前も全く違うのに――

フィグネリアの言葉に、凱は沿う形で自分の考えを述べた。

 

「命は宝珠。たとえどんな悪党の命でも、宝珠であることに変わりはない」※3

「ヴィッサリオンと同じことを言うんだね。あんた」

「ヴィッサリオン?」

 

まさか……独立交易都市(ハウスマン)の歴史に名を残したもの。ハンニバル団長と伝説のコンビを組んだあの人か?

 

「教えてあげるよ。ある傭兵団の団長を務めていてね。『敵』だった傭兵たちを、そうやって殺さずして『仲間』にしていった」

「すごいな。その……ヴィッサリオンという人は」

「誰もが笑って暮らせる国。そんな国を作りたいと言っていた」

 

――玉響(オーブ)に映り込むすべての人々が笑って暮らせる国――

 

「誰もが笑って暮らせる国……か」

 

隣のフィグネリアを見やって、なぜか凱は含み笑いをしていた。

 

「おかしなことを言ったつもりはないけれど?」

「気に障ったならすまない。誰もが笑って暮らせる国か……そいつは大変だと思ってさ」

「どうして?」

「少なくとも、君は笑いそうにないからな」

 

フィグネリアは一切の遠慮なく、凱の頭をぶん殴った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

凱の頭にタンコブができつつも、話の続きは再会されていた。

 

「やがて、ヴィッサリオンに『義娘』ができたんだ」

「義娘さん?」

「正確には孤児なんだ。どこかの戦場で拾ったと言っていた」

 

それから、凱は彼女の話を最後まで聞こうと耳を傾けている。

 

「今はライトメリッツの戦姫に選ばれて、『銀の流星軍』として『ヴォルン伯爵』という人に雇われている。正確には、竜具アリファールに選ばれて――」

 

凱の瞳が、かつてないほど見開いた。そして――つぶやいてしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……エレオノーラ……ヴィルターリア」

 

「!」

 

心臓が――飛び跳ねる錯覚。

呼吸が――停止する幻覚。

フィグネリアの慟哭が、空虚となってその場を取り巻く。

 

「ガイ。あんた――エレンのことを」

「……」

「教えて!エレンのことを知ってるんだろう!?」

 

矢継ぎ早に凱に彼女らのことを問い詰める。しかし、凱には答えられない。答えていいのかわからない。

 

「銀の流星軍は!?エレンは!?リムは!?」

 

知らないとは言わせない。

やっとつかんだ手掛かりなんだ。

 

「二人は……『生きているのか』?」

 

生きている。それは間違いない。ただ、無事であるかは別なのだ。

踵を返し、凱は何も言わず、走り去っていった。

対して隼も、見つけた止まり木を、『翼』を休めることなく追いかけていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『朝明・レグニーツァ領内・ボロスロー平原付近』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

夜が終わり、朝が訪れたころになっても、フィグネリアは凱に付きまとう。

 

「待ちな!ガイ!」

 

呼び止めてでも、情報を聞き出したいフィグネリアは、声を荒げて凱にかける。

 

「すまないが、今君にかまっている暇はないんだ。悪く思わないでくれ」

 

今は……言えない。この反応を見る限り、彼女との確執か、キズナが、どのような形かがわからない。

 

「そうじゃなくて!このままだと……雨が降るよ!」

「雨?」

 

気が付いたら、凱の頬にポツポツと水粒があたる感触がした。

やむを得ず、適当な大樹の葉の下で雨宿りをすることにした。

 

 

 

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

 

 

 

「……大気の読み方を、あの子に……エレンに教えてあげたんだ」※8

「大気?」

「本当は、私もヴィッサリオンから教えてもらっていたんだけどね。たしか、『テンキヨホウ』って言ってた」

 

天気予報――

大気の状態を察知し、『地質』『水質』『風質』の情報を収集し、大気における力学の予測をする科学技術である。

雨。雪。曇。暑。雷。雹。

どこの、いつから、何を、それらを知ることは、何より黄金を得ることより貴重だった。

確か、ヴィッサリオンは傭兵団をつくったと言っていた。そういう頼りがいのある知識を持っていたため、教祖的存在(カリスマ)の彼は、傭兵団に全幅の信頼を寄せられていた。

おそらく、戦場でも、生活でも、その英知を振りまいていたのだろうな。集めた『星屑』が、その両腕からこぼれないように――

過去の思い出にふけっていて、フィグネリアはバツの悪そうな顔でつぶやいた。

 

「……まあ、外れることもあったんだけど」

 

むしろ、外れることのほうが多かった気がする。

その時のヴィッサリオンの何食わぬ顔が、ゆっくりと脳裏によみがえる。

瞬間、仲間にもみくちゃにされるヴィッサリオンのあの姿。思い出すと、つい笑みがこぼれてしまう。

 

「仕方がないさ。天気予報はあくまで『過去』の蓄積記録に頼る部分が大きいからな」

 

むしろ機械文明のない中で、よくそこまでの解析力があったものだと、凱はまだ見たことのない団長へ敬意の息を吐く。

 

「過去……」

 

瞬間、フィグネリアの表情が、黒髪のように暗くなるのを感じた。少なくとも、凱にはそう見えていた。

 

「フィグネリア?」

 

凱が心配そうな口調で問いただす。

 

「ねえ、もし「割り切れない過去」が……あったらさ……ガイだったら……どうする?」

「……過去か」

 

俺だって――帰りたい過去がある。

生まれた理由と生きる意味を与えてくれた、あの時代に――

代理契約戦争に置いて行ってしまった――

数多の小さな生命を、取り戻せるなら戻りたい――

守れなかった―

『人を超越した力』の意味に目が曇ってしまい――

俺が殺したようなものだ――

そんな俺に、彼女の質問に答えることができるだろうか?

 

「ねえ……ガイ?聞いてる?」

 

フィグネリアの問いに答えることなく、凱の視線は空を向いていた。

土砂降りだった雨が、綺麗な青空に遠慮してやんでいく。

 

「雨が止んだな。いくか」

「待ちなよ!ガイ!」

 

またも、凱はフィグネリアを巻こうとして、さっそうと走り始めた。

後ろめたい『獅子』がしっぽを巻いて逃げるさまを、『隼』の瞳が見逃すはずなどなかった。

 

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

それでも、隼はしつこく追っかけてきた。

 

(フィグネリア……かなり速いな)

 

例えるなら、そう――まるで『隼』のように――

草木をかわしつつ走行する凱に比べ、草木を踏み倒しながら走る

 

(『俺』がエレオノーラの手がかりになっている以上、どこまでお追いかけてくる)

 

まずい……銀の逆星軍がいつ襲ってくるかわからないこの旅に、これ以上関わると、彼女の身が危ない。

 

(やはり、『│銀の流星軍≪シルヴミーティオ≫』の結末を話すべきか――)

 

しばらく逃避行を続けると、目の前に『ガケ』の存在を見つけた。あたかも助け舟を差し出したかのように。

それは、凱にとっての『助け舟』であり――

フィグネリアにとっての『難破船』であった――

崖という名の『海峡』を、二人はどうわたりぬけるだろうか?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

 

 

 

 

 

(なんて速さなんだ!?この私が……見失わないのが精いっぱいだなんて!)

 

疾風と駆け抜ける脚力には自信がある。この戦装束の刺繍衣装『隼―ハヤブサ』のように。

でも、ガイとかいう男の脚力は、フィグネリアのそれを遥かに上回る。いや、人を超越しているとしか思えない。

生身の肉体にサイボーグの能力が一体化した生機融合超越体(アンリミテッド)の走力。

フィグネリアの目測――もしかしたらあの男……『馬』よりも早く、『獅子』に匹敵するのではないかと――※9

 

途中、はやる気持ちが先走った報いなのか、足元につまづいて転んでしまう。

 

(しまった!?あいつを見失った!)

 

擦りむいた膝小僧を無視して、フィグネリアはすぐさま立ち上がる。束の間、凱の姿はどこにもなかった。

 

(いや……見つけた!)

 

そう、凱の姿はそこにあった。

あの長髪の男の姿を、この目をそらせば、もう二度と――たどり着けない気がして。

彼女は必死に足を運ばせた。まるで、『隼』が『風切』を幾重にも広げて飛翔するように――

 

「輪廻(いたち)遊びはこれで終いだ」

 

どこにも行けず、埒のあかない――そんな輪廻、回廊の繰り返し。

――追ってこれないところへ逃げ切れば、もう追いかけられることもない。

もう、『誰も』追ってこれない絶壁の崖。彼女にとって、それは絶望だった。

 

目測……20アルシンも広がる虚無の領域。

 

成すすべもなく、立ち尽くすばかりのフィグネリア。彼女の苦悶の表情を見つめる凱の心情は複雑だ。

 

「うそ……あいつ、この崖をどうやって?」

 

隼に一瞥を加えた獅子は、複雑な心情を抱いたまま、背を向けて去ろうとしてた。

 

「このまま……いかせない!」

 

フィグネリアはマントの中から飛びナイフを数本投擲する。しかし――※14

 

「――アリファール」

 

呪文のようなつぶやきとともに、凱の『獲物』は風を吹き散らす。

折りたたんでいた翼を模した鍔を広げ、凱は銀閃を抜き放つ!

解き放たれた風圧が、凱のまとう空気を払拭する!

瞬間、投擲されたナイフが、凱のわずか数チェートで失速し、空しく大地へ落ちる。

カランと音がして、フィグネリアは我に返る。

 

「あれは!?」

 

その剣は――あの子と同じ

いや、あの子は、銀閃に選ばれて、戦姫になった。

国を手に入れて、ヴィッサリオンの『夢の続き』を、その銀閃で綴(つづ)って――

 

――ヴィッサリオンが大事にしていたあの子は、戦姫になったんだね――

 

そして、あいつの腰に据えられている剣――

間違いない。否、あのような『宝具』は、この世にて二つとないはず――

あんた、エレンを知ってるんでしょ?

その問いに、あいつは返事をしない。

なぜなら、エレンがどうなったか、すでに知っているから?

知っているから、教えたくなかった。

知りたがっていた自分自身に苛立ち、あきれて、情けなくて、馬鹿みたいと思えてしまう。

何より、『あの男』の何から何もが気に食わなかった。

ヴィッサリオンみたいなことを言ってくれて――

ヴィッサリオンみたいに人を殺さないで――

 

「もう、これ以上はやめろ!フィグネリア!」

「ガイ?」

「その表情と態度を見る限り、こいつが……アリファールが何かを知ってるみたいだな。なら――」

「ここに『銀閃』がある以上、もうエレンがどうなったか、察しているんじゃないのか?」

「君とエレンの関係に何があったかは知らないが――」

 

凱は静かにアリファールの刃を鞘に納める。

すちゃり。その納刀音が、フィグネリアの意識を現実に戻す。

 

「過ぎ去った時間は戻れぬ『過去』だと割り切ったほうがいい。そのほうが君の為だ」

 

卯都木命(うつぎみこと)――天海護(あまみまもる)――凱は二人の顔を思い浮かべる。

大切な人だった。だが、いかに流星へ願おうと、それは決して叶わぬもの――

なぜなら、星の海に浮かぶ、時空の航海峡である『ギャレオリア彗星』はすでに消滅しているのだから――

 

「……すまない。こうなるんだったら、君には早く話すべきだった。『流星』を追いかけるのは、もうあきらめて――」

 

彼のいう『流星』とは、銀の流星軍を指す。

その言葉であきらめて立ち去ろうとしたフィグネリアだったが、振り返って彼女なりの強い『想い』を凱に叩きつけた。

 

「知った『風』な口をたたくな!男女!」※10

 

風に乗って届けられるのは、諦めの悪さ。

 

「過去(むかし)を割り切れないから!こうして!今でも探しているんじゃないか!」

 

まるで、ティッタのような強い意志、何より『想い』に、凱は感情を呼び覚まされた。

 

――父さん!――

 

――母さん!――

 

――カイン!――

 

――ルネ!――

 

――ジェイ!――

 

――次々に蘇る、GGGスタッフ――

 

――それぞれの『丘』に集った、機動部隊――

 

――カズヤ!――

 

――サテラ!――

 

――もう一つの丘、ノヴァクラッシュの果てに結ばれた強い絆――

 

――大切な仲間――

 

――それは『まだ過去を捨てきれない』凱の記憶だった――

 

「暗い迷宮の中で見つけた『希流星(いちばんぼし)』を諦めるなんて……できっこないんだよ!」

 

彼女の声が半ば涙ぐんで聞こえたのは、気のせいだろうか?

ついに、『隼』は無茶な行動へ出てしまう!

翼折られし勇者の別名……愚者の所業――遠くから見るものにとって、そう瞳にうつるかもしれない――

その痛く、切ない翼の隼の姿に、獅子は必死に踏みとどまるよう声を飛ばす。

 

「やめろ!無茶だ!フィグネリア!やめるんだ!」

 

フィグネリアの抱く想いは……『流星』へかけた『想い』は強い。あまりにも強すぎた――

だが、いかなる『隼』とて心の翼が折れている以上、その『距離』を渡るには、果てしなく遠く……遠く……遠すぎた。

 

「――――――――――あ!!」

 

一瞬、凱の姿が見えたと思いきや、すぐさま虚無の視界へと切り替わる。

今から自分は『夜』と『闇』に抱かれて、『死』に向かおうとしている。

彼女のこれまでの記憶が、走馬灯となって回廊する。

 

(何が『俺たち流星はもっと遠くへ着地できる』だ……ウソツキ……ヴィッサリオンのウソツキ!)

 

虚無の奈落へ落下していく最中でも、彼の言葉がよみがえる。

やっぱり、自分はどうかしている。

超えられない『崖』にして『壁』だと、わかっていたはずだ。なのに――

立ちはだかる岩壁。落ちていく暗い世界。

これまでの思い出が駆け巡り、彼女の想いに告げてくる。これが私の『終曲(フィーネ)』なのか?

黒い衣装。黒い髪。たどり着いた『丘』がここだなんて……

 

届かぬ――流星への想い。

 

ああ、結局私の『願い』は……『流星』に届かなかったか――

彼女の意識が、あの谷底と同じように落ちようとしたその時……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うおおおおおおおおおおおおお!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

聞こえてくるのは、『獅子』のごとき――咆哮。

にも拘わらず、『隼』のごとき――急襲。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

獅子王凱が、崖から飛び降りていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それは猛禽類のような『狩り』ではなく、一つの『ねがい星』を拾う為の『駆り』だった。

流星――別の名は『散りゆく星』

最期の『夢』に焼かれながら堕ちていく――

届かない叫びが、散る華のように似て――

勇者は切に祈る。いまここでこの『姫』の命を散らせてしまうのはだめだと!

銀閃の勇者・シルヴレイヴの名に懸けて――絶対に!

 

(……彼女の『星(いのち)』は……こんなところで散らせるわけには……いかない!)

 

自分の意志の強さこそが、自分の願いを叶えるもの。それを教えるための願い星――流星なのだから。

 

やがて、凱の腕に抱かれ、助けられ、安心感からか、意識を徐々に閉ざしていく。

 

(……まだ……諦めない……)

 

壁を蹴り、流星のように駆け上がりながら、凱に運ばれていく中でもフィグネリアは確信した。『流星の輝きはまだ潰えていない』と―

エレンは生きている。リムも一緒に、ともした星の輝きを、照らしあいながら――

きっと――きっと――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「う……ん?」

「気が付いたか?」

「わ……たしは……一体?」

 

夕日の下がり具合から見て、自分は1刻ほど眠りこけていたのだろうか?

優しい声で、凱は沈黙を破る。

 

「俺は分け合って一人で行動している。『銀の流星軍』の行方を知りたかったら、ついてくるか?」

「教えては……くれないの?」

「今時代は大きく動こうとしている。だからこそ、君自身で『見て』、『聞いて』、それから『考える』がいいと思う。その手に、心にもつ『双刃』の意味も含めてね」

 

ふいにフィグネリアは、腰に帯びている双剣に目をやる。

誰にも頼ることなく、自分の力にしか、その願をかけられなかった日々。しかし、今となっては、それさえもうまく思い出せなくなっている。

そう――凱の『時代は大きく動こうとしている』という言葉。つまり――

『流星』か。

『逆星』か。

混迷たる時代は、どちらかに塗り替えられようとしている。という意味。

 

「……ありがとう……ガイ。助けてくれて」

 

違う。これは礼を言われるべきではない。むしろ――

 

「フィグネリア。むしろ俺は君に謝んなくちゃいけない……すまなかった」

「謝らないで。私もどうかしていた。それに……」

 

フィグネリアは凱から視線をそらした。

 

「私のことは『フィーネ』でいい」

「……フィーネ……それが君の」

「呼びにくいだろうから、そう許すから、さっきのことは、許してくれると嬉しい」

「さっきのこと?ああ、あのことか」

 

いろいと思い当たる節があるが、最初から自分に非がある為、「お互いにね」と凱は答えた。

 

「フィーネ。いつかきっと君もエレン達と会える日が来るさ」

 

『二人』の確執をあずかり知らぬ凱のセリフ。だが、フィーネには意味深く聞こえていた。

できることなら、顔を合わせたくない相手なのだから――

長髪の男と、長髪の女は流星を眺めながら、空を覗いた。

 

「いつか……一緒に?」「ああ」

 

フィーネは、改めて凱に礼を述べる。

 

「ありがとう。ガイ。気を遣ってくれて」

 

それは、落ち着いた女性特有の『柔和』な――フィーネの微笑みがそこにあった。

 

――あれ?

 

――この人は……『こんな暖かい表情』ができるんだ。

 

彼女の笑顔は、凱の心臓を支配する。

前言撤回。「君は笑いそうにない」は、心のメモ帳から取り消す。消しゴムのごときで。

蚊の鳴くような声で、凱は敗北を宣言する。

 

「――敵わねえや。ちくしょう」

「どうしたの?ガイ」

「……いや、何でもない」

「変なヤツだな。あんたは」

「……違いない」

「さあ、急ごう!早くあんたの『目的地』とやらに辿り着いて『目的』を果たさないと」

「ちぇっ。勝手だなあ」

 

二人が歩み始めた旅路。目的地の『丘』はまだまだ遠い。

 

目指すは――バーバ=ヤガーの神殿―――

アリファールの風に導かれて。勇者と華姫はそこへ向かう。

足取りは、風のように軽かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

『満月・翌日・ルヴーシュ・バーバ=ヤガーの神殿内部』

 

 

 

 

 

 

 

 

そこは、立派な造りの石柱建造物だった。

2日かけてやっと、アリファールの導く先へたどり着くことができた。

 

――待機中の『銀の流星軍』再始動まであと2日――

 

先ほどまでの崖とは違う虚無の空間。言いようのない不気味さが、青年と傭兵の心理を黒く駆り立てる。

 

「ガイ、一つ聞いていい?」

「なんだフィーネ」

 

さらに最深部――階段を降りて地下へもぐる。

カツン――カツン――カツン――

無常に響く足音だけが、唯一の認識手段。自分が今どこにいて、何をしているかを教えてくれる。

 

「バーバ=ヤガーの神殿……私も小さいころ、よく御伽話(ジュブナイル)で聞かせてもらってたから、なんとなく知ってる。だけど、こんなところであんたは何をする気なの?」

「俺もわからない。ただ、『アリファール』がここへ行きたいと言ってきてるんだ」

 

『隼』の瞳が、アリファールの紅い『瞳』へ移る。

 

「竜具に意志があるのは本当なんだね」

「俺も驚いたさ―――――――待った!フィーネ!」

 

突如、凱の態度が豹変する!その表情に余裕などなく、険しい。その一言に尽きた。

勇者のまとう『陽風』が……『血風』へ変わる。その光景に、フィーネは思わず固唾をのむ。

 

夜よりもなお深き闇。そこに一人の『男』が座っている。

――エレン?

銀よりも銀閃の光。星屑の光を跳ね返す彼女の『銀髪』は、見るものを魅了させる。

対して、この男はどうだろうか?

同じ銀髪。しかし、エレンのものとは対極に位置するよな――

うまく言えないが、剣閃の光を跳ね返す――『見るもの全てを切り刻む』悪鬼のような銀髪だ。

 

「なぜ、お前がそこにいるんだ!?」

 

面を食らったようは表情で、凱はいう。その整った顔立ちに、うっすらと冷や汗が浮き出ている。

 

「あの女狐。適当なことほざきやがって――まあいいさ。「試す」にはちょうどいいか」

 

「知り合いなの?……ガイ?」

 

凱は何も答えない。その落ち着きが、すでに凱にはないからだ。

 

「第二次代理契約戦争(セカンド・ヴァルバニル)の戦犯……シーグフリード=ハウスマン!」

 

覚えていてもらった事への返事なのか、、シーグフリードと呼ばれた男は鋭く笑みを浮かべる。

 

「久しいな。シシオウ=ガイ」

 

そして、代理契約戦争という単語。フィーネはそれにも聞き覚えがあった。

 

「代理……契約戦争?」

 

傭兵の最盛期、ヴィッサリオンからその戦争を聞いたことがあった。

その時だけだった――あの太陽のように明るい彼が、まるで『悪魔』に取りつかれたかのような表情になって。

 

「貴様はかつて『悪魔』……『魔物』……『竜』を屠り続けた最強の獣の……『王』」

 

「王?ガイが?」

 

獣の王――それすなわち――百獣の王――『獅子王(レグヌス)』 

 

百獣の王の立つ大地には、『数多の躯』が広がっている――

百獣の王の瞳見る天空は、『夜よりなお深き闇』が包み込む――

 

「実力のほうも鈍っているようだが、おつむのほうもかなり鈍っていやがる。大陸最強の『獅子王(レグヌス)』が、人を食らわないで、どうして人を守ることができようか?」

 

――『深淵』へいざなうような口調で、銀髪の男はこう語る。

 

「第二次代理契約戦争(セカンドヴァルバニル)……『牙』が抜け落ちるには、早い時間とでもいうべきか?それとも――」

 

銀髪の男を遮るように、凱の瞳はそいつを見据える。

 

「今の俺は、『目の前に映るすべての人々』を救えれば、『勇者』であればそれでいい。代理契約戦争の……『獅子王(レグヌス)』の強さ……それは当の昔に捨てたんだ!」

 

紅い髪の勇者。セシリー=キャンベルの想いを受け継いで、俺はここに立っている。

凱は自分の信念を、目の前の男に叩きつけた。

 

「だとすればガイ……今のお前は、『勇者』ですら失格だ」

「なんだと!?」

「理由は二つある」

 

シーグフリードは指を伸ばして順番に折る。その仕草に、凱はかの好敵手、『銀閃の不死鳥―ソルダート=ジェイ』の姿を見た。

 

「一つ。ヴィッサリオンと同じ『不殺』などという、甘っちょろい自己満足の正義、欺瞞、愉悦……故の弱さ」

 

(……弱い?ガイが?)

 

やはり、シーグフリードも知っていたか。ヴィッサリオンが独立交易都市出身だというのが――

 

「二つ。一度目に映ったもの……アルサスの連中は見事に敵の手中に捕まった。お前が『幻想』にうつつを抜かしている間にな」※15

 

瞬間――凱の胸の内に、激しい炎沸き返るのを感じた。

 

「シーグフリード……俺を侮辱するのは大いに結構だが……」

 

次のセリフは、まるでフィーネの心情を代弁するかのようだった。

当たり前だ。彼女にとっても、凱にとっても、記憶に残ろる『星』の人だから――

 

「ヴィッサリオンを『けなした』ことだけは絶対に許さない!」

「そして三つ目の理由だ。今のお前では、俺には絶対に勝てない」

 

『黒炎』に殺気が宿る――

 

「そういえば……そこの女は誰だ?」

 

ふいに、シーグフリードの視線がフィーネに移る。

整った曲線。女性としては美女の類に入るだろうが――シーグフリードには全く興味がない。

彼は、『そういう身体じゃない』からだ。

 

「まあいい。愛人を連れてくるなんざ、やはりお前……色ボケしたのか……寝ボケたままなのか」

「愛人じゃない!」

 

そこはきっぱり否定するフィーネ。だが、緊張の糸は依然として切れないままだ。

 

「そういうあんたこそ、愛人を連れてるじゃないか」

 

フィーネは侮蔑の視線を、銀髪の男に向ける。

だが……『それ』は愛人じゃない――

 

「こいつは俺の『愛剣』でな。これから『一閃』交えるのに必要で連れてきたんだよ」

「……」

「フィーネ。君には信じられないと思うが、本当に彼女……エヴァドニは「剣」なんだ」

 

剣。それも『神を殺せる剣』――『聖と魔の覇剣――神剣』に。

本当に意味が分からない。でも、凱がそういうなら、本当のことなんだろう。

凱が嘘をつくとは思えない。

 

「とんだ男だよ。あんたは」

「あいにく俺は『男でも女でもない』――」

 

フィーネの『嫌味』を、シーグフリードは『事実』で切り返す。

 

「これ以上の戯言は無用だ。ガイ――来い……貴様の『幻想(せいぎ)』を砕いてやる。弱くなったお前をこれ以上見ていると、胸糞悪くなるだけだ!」

 

フィグネリアには到底、銀髪の人物の言葉が信じられなかった。

前日に討伐した夜盗戦を、この目で見ているからわかる。だからこそ、シーグフリードの言葉の意味が分からなかった。

 

なぜか、フィーネの瞼には、「このままでは取り返しがつかない」ような気がして――

獅子王凱が遠くへ、遠くへいってしまうんじゃないか?

言葉にも行動にも表せず、フィーネはただ二人の行く末を見守っていた。

 

勇者――獅子王凱は『銀閃(アリファール)』を――

 

黒衣――シーグフリードは『黒炎(エヴァドニ)』を――

 

それぞれ互いに刃を抜き合い、そして、『牙』をかみ合っていく!

 

「さあ始めよう。二人だけの『代理契約戦争(ヴァルバニル)』を!!」

 

NExT

 

 

ここまで読んでくださりありがとうございます。

ちょっと皆さんの反応にドキドキしながら、物語を書いているところです。

もともと勇者王ガオガイガーは『星』にかかわるところから、物語が始まります。

魔弾の王と戦姫も、13歳という年月が物語に大きくかかわっています。

 

木星に旅立った母を迎えに行くために、ギャレオリア彗星という『星』を見上げて、宇宙飛行士を夢見た13歳の凱。

 

ファーロン王の言葉に感銘を受けて騎士になる為に、ブリューヌという『星』に誕生した、騎士の中の騎士を夢見た13歳のロラン。

 

ヴィッサリオンという『星』を落とされ、志半ばにて倒れた彼の夢を引き継いだ13歳のエレン。

 

ヴィッサリオン→ガイ→エレンへと続くアリファール3代の継承を得る。このあたりはドラクエ5の親子三代の物語を踏襲しています。

 

解説を―

※1勇者王ガオガイガーのエンディングテーマ。『いつか星の海へ』

※2原作2巻のドナルベイン野盗と同じ頭数の200人くらい。

※3勇者シリーズ一作目。『勇者エクスカイザー』最終回のセリフ。「どんなに小さくとも、命は宝だ!例え貴様のような悪党の命でもだ!」は名台詞。

※4獅子王凱のセリフ『おじさんはやめろ。俺はこれでもまだ二十歳だぜ』が元。

※5川口士先生のライタークロイスシリーズの『銀煌の騎士勲章』が由来。

※6原作4巻、クレイシュのセリフ「あんな機動力と突進力のバケモノと、正面からやりあおうとするから負けるのだ」から。

※7ノベライズ2巻のパルパレーパのセリフ「貴様らには生きる資格などないことを」に対する切り替えし。

※8川口士先生のツイッター、毎日恒例の天気予報リツイートから。

 補足:原作3巻のエレンのセリフ「ティグルが以前言っていたのを思い出した。今夜あたりから雨が降る」

これは、ブリューヌという特定の地域に対し、まだ天候の要領を得ていなかったエレンは、雨が降る時期をティグルに聞いたと思われる。

それに加え、まだ10歳の時にフィーネに教えてもらった観測術を加えたもの。

※9ガオガイガーのOPで、凱とライナーガオーが平行して走っている映像から。

※10男のくせに戦姫象徴の竜具を持っているから。髪が長いから。いろいろ。

※11原作14巻の一文。フィーネが戦姫就任時、領内視察を兼ねて野盗討伐したとき、村で働くことを条件に助命したことから。

※12ただし、ガオファイガー強奪事件の時に、生身時代のギムレットに鉄拳をぶち込んでいる。

※13『魔弾と聖剣~竜具を介して心に問う』で、ヴィッサリオンが黒船の弱点、慣性の法則について触れている。

※14ベルセルクのガッツがつかう投げナイフのイメージ。

※15『第13話・眠れる獅子の目覚め~舞い降りた銀閃』

 

では次回でまた会いましょう。

 

 
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