No.900694

Baskerville FAN-TAIL the 20th.

KRIFFさん

「剣と魔法と科学と神秘」が混在する世界。そんな世界にいる通常の人間には対処しきれない様々な存在──猛獣・魔獣・妖魔などと闘う為に作られた秘密部隊「Baskerville FAN-TAIL」。そんな秘密部隊に所属する6人の闘いと日常とドタバタを描いたお気楽ノリの物語。

2017-04-10 12:58:01 投稿 / 全2ページ    総閲覧数:342   閲覧ユーザー数:342

「じゃあみんな、席についてー」

まるで小学校の先生にでもなったような口調で、部屋の主である剣士グライダ・バンビールが言った。

彼女はテレビの前に陣取り、DVDディスクの穴に人差し指を突っ込んだまま、DVDプレイヤーをあれこれといじっている。

「今まではビデオだったんだけどな」

軽快とは言いがたい彼女の機械操作を後からのぞき込んだバーナム・ガラモンドが呟く。

グライダはすかさず拳を突き出すが、バーナムはそれを武闘家らしく簡単にあしらう。

「ずいぶんと前から、映像制作作業はコンピュータが使われていますし、デジタルデータをアナログデータに変換するのも大変でしょうからね」

現実的な問題を静かに淡々と語るオニックス・クーパーブラック神父。彼らの頭脳とも言うべき知恵と知識の持ち主にして、一流の剣客でもある。

「ねーねーおねーサマ。まだ~?」

もう待ちくたびれたという態度でねだっているのは、グライダの双子の妹であるセリファ・バンビール。その身体は二十歳を迎えたというのにまだその年齢の半分にも満たない幼いものだ。

「もう終わるからおとなしくしてなさい」

彼女の後ろで優しく声をかけたのは、グライダ・セリファ姉妹の育ての親でもある魔族のコーラン。魔法も体術もかなりの腕を持つ使い手だ。

グライダが再生しようとしているDVD。

それは彼らの真の姿。対人外生物用特殊秘密戦闘部隊――バスカーヴィル・ファンテイルに「仕事」が来た証なのである。

 

 

世界で最も不可思議な港町として名高いこのシャーケン。

ここにも、朝はきちんとやってくる。

同時に、面倒な騒動までやってくる。

平穏な日は、一日としてなかった。

この広い町のどこかで、必ず誰かがはた迷惑な騒動を引き起こし、巻き込まれるのだ。

だからこそ、ここへ来れば――どんな職種であれ――仕事にあぶれることはない、とまで云われている。

 

 

「何者だ」

人間にしてはいささか奇妙な感じの低い声が、薄暗い路地裏に響いた。

がしゃん。

わずかに一歩踏み出した際の金属音が不思議なほど大きく響く。

「それはこちらが言うべき言葉。お前こそ人間とは思えんな」

堂々と、かつ偉そうな雰囲気の静かな声が帰ってくる。

暗がりから姿を現したのは、つややかな黒で統一された、古風なデザインのドレスを着た、小柄な少女だった。

小さなノート・パソコンを持つ手には手袋、首にはレースをあしらったチョーカーをしており、露出しているのは顔と、美しい金色の長い髪のみ。

だがその顔も、つばの大きな黒い帽子を深くかぶって隠している。その隠された顔はまだ幼い。ところが表情はぴくりとも変化がない。

それに少女とはいっても、見た目と年齢が『本当に』一致していれば、の話である。そんな事はこの世界では珍しくもないからだ。

「貴様は明らかに普通の人間とは違う。生命力と云う物が一切感じ取れん」

再び奇妙な低い声が響いた。しばし考えるような仕種をしていた少女が、きっぱりと言い切った。

「……なるほど。この町に住むシャドウとかいうロボットだな、お前」

少女の前に立つ忍者のようなシルエット。

ブラック・メタリックの金属の体。

そして、人の心を持つロボット。

戦闘用特殊工作兵のシャドウである。

ロボットであるシャドウ。かたや生命力を持たぬと言われた少女。

互いの正体を一目で見抜いた二人の間に緊張が走った。しかし。緊張が走った意味が二人では違っていた。

シャドウはいつの間にか握っていた投げナイフを真上へ投げる。少女は投げナイフが自分に向かってこなかった事に一瞬動きが止まったものの、すぐにその理由を理解した。

頭上で短い悲鳴がしたと思いきや、すぐさま目の前でドサリという重い音が。

見ると、それは猟犬だった。しかも操られている者特有の焦点の合わない目をした。

そんな犬の心臓に深く突き刺さった投げナイフ。明らかに絶命している傷だ。

シャドウがナイフを投げていなかったら、今頃少女はその猟犬に噛み殺されてただろう。

「なぜ、こちらを狙わなかった……」

少女の口から力ない呟きが漏れる。それでも表情は変わらない。まるで仮面のように。

「自分も人間では無い。人間では無いと云う理由だけで攻撃する、武器も思想も持ち合わせてはいない」

シャドウは猟犬の身体から投げナイフを抜くと、

「早くこの場を離れた方が良いな。死にたくなければ生き残れ」

踵を返し、少女には目もくれずその場を立ち去った。

 

 

シャドウに電話がかかってきたのはちょうどそんな事があった直後だった。

「何だ」

味気ない淡々とした口調で電話に出る。

『あ、シャドウ。今どこ!?』

電話をかけてきたのはグライダだった。

何か急いでいるような、落ち着かない焦った声である。

シャドウは感情をよく理解できていないが、何も察する事ができない程ではない。

「……仕事か」

『さっすがシャドウ、話が早いわ。この町に逃げてきたノスフェラトゥを捕まえろって』

「ノスフェラトゥだと……」

グライダの口から出た単語を聞いた途端、シャドウ自身の中にノスフェラトゥに関するデータが浮かび上がってきた。

 

ノスフェラトゥ。

吸血鬼と呼ばれる一族の一分派。

その姿は人間の概念で見れば「狂気を与えるほど醜悪」の一言に尽きる。

そのため、人目に触れぬよう地下に潜って隠れて生きざるを得なくなった。

同族には寛容で強固な連帯感を持ち、異種族に関り合いを持つ事は極めてまれ。

敵として襲ってくる者に対しては、同族の総てが団結して徹底的に戦いを挑んでくる。

その際にこれ以上ないくらいの残忍性・残虐性を発揮する。彼らが非常に恐れられているのはそこにある。

だがノスフェラトゥにはあらゆる生物・自然現象を「目」とも「耳」ともして使役する能力があるため、ありとあらゆる情報に通じている。捕まえるのは非常に困難。

 

シャドウは約一呼吸の間に出てきたデータを閲覧すると、

「……その捕えるノスフェラトゥの手掛かりは無いのか?」

『あるわけないでしょ? おまけに向こうは隠れるのがムチャクチャ得意みたいだし、コーランもクーパーも魔法がダメだから困ってるのよ』

いくら「普通の人間には対処し切れない」事態の収拾が仕事でも、これはちょっと酷だ。

いつもならこれ以上ない程の手がかりをくれるのだが、情報収集に長けたノスフェラトゥが相手では、出し抜くのは大変なのだろう。

隠れるのも得意だが、卓越した情報収集能力で「危険が及ぶ前に逃げる」事ができるからだろうとシャドウは推測し、グライダに説明する。

『……どうしよう』

普段の元気で強気な彼女とは全く違う、不安で弱々しい声。その声が、シャドウ自身にも判らない力が宿ったような気がした。

「相手がノスフェラトゥであれば、魔界治安維持隊も協力を拒みはしまい。我々よりは調査に長けているだろう」

淡々とした中にも、どこか力強さと頼りになる雰囲気のある声。

グライダは、まるで父親にでも諭されたように短く返礼すると電話を切った。

そこでシャドウは一つ「普段と違う事」に気がついた。普段この時間であれば混雑しない道路がやけに混んでいたのである。

混んでいるというよりも渋滞。それも車が全く動けない程の渋滞だった。

ロボットに「直感」というのも奇妙な感じだが、彼は急いで渋滞の大元目指して駆け出していた。

 

 

渋滞の大元は、やはり町の出入口だった。

関所ではないが、昔の城門のような大きな門があり、そこに警備員も常駐している。

そこで何やら騒いでいる団体があったのだ。

町に向かって騒ぎ立てているその団体は、

「人間の世界から出ていけ」

「ここは我々の住むところだ」

と書かれた横断幕やプラカードを掲げ、しきりに大声を上げている。

確かにこのシャーケンの町には人間以外にも、魔族や亜人と呼ばれる者達の人口比率が他の町より遙かに高い。

それがこの町独特の「異文化が混ざった不思議な雰囲気」を生み出しているのだが、もちろん総ての人間がそれを受け入れている訳ではない。

そういった存在を完全排除し、人間だけの世界を取り戻そうという趣意の団体がある事はシャドウも知っていた。

シャドウはそうして騒ぐ人々の中に、携帯電話を使っている人物を見つけた。しかもかなり殺気立ち、しかも切羽詰った表情で。

抗議行動(?)真っ最中に口元を隠し、声を潜めて背を屈め、人だかりから抜けようとしているその様は、明らかに怪しかった。

シャドウは自身のセンサーを作動させ、電話の内容を傍受してみた。

<何だと。犬がやられてた!?>

<刺し傷だ。心臓を一突きだ>

<あの女の仕業か!?>

<何とも言えん。何せ、血だまりが残っている。奴ならこれを放っておくまい>

電話の男はチラリとシャドウを見ると、

<分かった。こっちはもっと派手に騒いで注意を引きつける。頼むぞ>

そこで会話は途切れた。電話が切れたのだ。

犬が心臓を一突きされ殺されていた。

時間を考えるとシャドウ自身が先程殺した猟犬だろう。あの女とは生命力が感じられなかった、あの小柄な少女の事に違いない。

確かに彼女は明らかに普通の人間ではなかったが、それをここまでして追いかけてきたとは。一体どういう理屈なのだろう。

『な、何だ、そこにいるデカブツは!?』

スピーカーで拡大されて割れた音が響いた。

その「デカブツ」が自分の事を指しているのは容易に察しがついた。さっき電話で「注意を引きつける」と言っていた人物の声だったからだ。

シャドウは自分に周囲の視線が集まる中、ゆっくりと出入口に近づいた。

「自分は御覧の通りの機械体。シャドウと呼ばれている」

別段気負った様子もなく、できる限り穏やかな印象を与えるように話したつもりだ。だがその男は、

『ここは人間が住む世界だ。そこへ貴様のような奴がのこのこ出てくるんじゃない!』

彼の言葉を最後まで聞かず一喝する。

だが、これには町の人間が鋭く反応した。

「何だと!? シャドウはいい奴だぜ!!」

「そうだそうだ! この町の英雄だぞ!」

「そこらの奴よりよっぽど信用できるぞ!」

町の外と中で人々が睨み合う。その様子はまさに一触即発という形容が相応しい程だ。

これらを止めねばならない警備員までが睨み合いに参加している始末では、すぐ収まりそうにもない。

だが肝心の「言い出した男」はこっそりと人垣から抜け出ようとしていた。耳に当てているのは携帯電話。

<見つけたのか!?>

<逃げ場がないよう追い込んだ。これで奴はおしまいだ>

<その女を掲げて見せれば、宣伝効果は抜群だな。生死は問わん。成功させろよ>

盗聴した内容を聞いたシャドウは、人垣をジャンプして飛び越えると、そのまま低いビルの壁を蹴って更に上昇。建物の影に消えてしまった。

 

 

「この辺りが怪しい筈なんですけどね……」

そう言って路地裏を歩いているのは、魔界治安維持隊人界分所所長のナカゴ・シャーレン。後ろにはコーラン達が続いている。

「ナカゴ。くどいようだけど、任務は確保で抹殺じゃないからね」

コーランは、自分達の正体を知るナカゴにバスカーヴィル・ファンテイルの任務内容をくどくどと言い聞かせている。

「分かってます、サイカ先輩。任せて下さい」

コーランは呼ばれたくないファーストネームを呼ばれて渋い顔になると、

「急いでね。そのノスフェラトゥとやらが目当てなのは、他にもいるみたいだから」

さっきもあからさまに怪しい人影と接触しそうになったのである。

殺気立っていた上にかなり好戦的な様子を見たコーランが、無駄な戦いを避けるためにわざと迂回するコースをとったのだ。

「けどよぉ。そのノス……ナントカは普通地下に潜ってんだろ? こんな地上をウロウロしたって見つかんねぇよ」

最後尾をとろとろと歩くバーナムが、退屈そうにあくびをしている。

「さっき確認しましたが、地下には結界が張られているみたいですね。その結界内であるここでは、地下に行く事はできないでしょう」

クーパーも周囲を警戒しつつ歩いている。

先程のような「何者か」はもちろんの事。ノスフェラトゥにも襲われないとは限らない。

コーランがナカゴに念を押しているように、今回の任務は抹殺ではなく確保。無用な戦いはできる限り避けねばならないのだ。

「おねーサマ……」

セリファは早くも恐がって、グライダにピッタリとしがみついている。そのグライダも相手が吸血鬼という事もあって、左手に宿る聖剣・エクスカリバーをすぐ実体化できるようにしている。

だが、頼れるナカゴの情報でも、今だ目標のノスフェラトゥを発見できない。

やむを得ず、一行は分散して探す事にした。

さる路地裏にて。

すぐそばで発せられた金属音に全身を一瞬強ばらせた少女。だがすぐに緊張が解けた。

「お前、さっきのロボットか?」

「そうだ。追われているようだな」

先程の黒いドレス姿の少女の前にいきなり現れてみせたのはシャドウだった。

「なぜここが分かった?」

自分の隠れる技に自信を持っていただけに、驚きは隠せないようだった。

「例え気配が無くとも、存在している。そうであれば自分のセンサーを駆使して、気取られぬ様に足取りを追う位造作も無い」

何でもない事のようにシャドウは語る。

「……こちらの情報もあてにならんな。そこまで高性能とは思っていなかった」

その言葉には素直に誉める感情があった。どこか相手より高くあろうとする、先程までの雰囲気はない。

「何故追われている。追われるような事をしたのか?」

少女はシャドウの問いに、明らかに不快そうに眉を顰め、壁に寄りかかってノート・パソコンを広げると、

「私はノスフェラトゥだ。追われる理由はそれだけで十分だろう」

いきなり飛び出した言葉に、さしものシャドウも驚いていた。

この少女が目的のノスフェラトゥなのかという事と、データベースの内容との食い違いにだ。

「それは我々がわざと流している偽情報だ。インターネットの発達で、そういった事がかなりやりやすくなっているからな。脅威が無ければ人間は増長しすぎて、自然とのバランスが取れなくなる」

どこか達観したようにも見える、ノスフェラトゥの少女の言葉。

「それに、真の姿を知られない方が、情報操作も収集もやりやすい」

彼女は少し帽子を持ち上げ、金の髪をかきあげて顔を見せると、

「この身体は人間が作った人工皮膚で覆った。かなり精巧な代物だからな。まず見破られる事はないし、こうした袖のある服も着れば、日の光の下でもそれなりに耐えられる」

通常の人間の皮膚にしてはおかしいと思っていたが、人工物では当然だろう。もっとも、すぐに「人工物」と見抜けるような質の悪いものは今は少数だ。

「だから現在のノスフェラトゥ達はもっと堂々としている」

得意気にそこまで言った後、力なく俯く。

「だが、それでも私達は吸血鬼だ。日の光には弱いし、人間達にとっては脅威の……いや、嫌悪の存在でしかない」

確かに吸血鬼は血液を糧としている。だがそれは正しいが正解とは言い難い。

人間の「食事」でも平気だが、吸血鬼達が最も欲するのは生命を持つ者のエネルギー。

出血する事によりそのエネルギーが体外に漏れやすくなるので、血と共にそれを吸っているにすぎない。

ただ、他の生き物のように定期的にエネルギーを得られるとは限らない。

「食べられる時に食べておく」という考えの者が多いので血とエネルギーを吸いすぎて死なせてしまうだけなのだ。

吸血鬼に血を吸われた者が吸血鬼になるというのは、吸血鬼の方が「そうしよう」と思わない限りあり得ないと少女は語る。

しかし生活のためでなく、「吸血」という行為に快感を覚える者もたまに現れる。そうした吸血鬼のイメージだけが人間の心に深く刻まれているのだ。

「町の外で暴れているのは、この世界を人間だけの物にしようという考えの団体の中でも過激な所だ。そんな奴等が私のような存在を許すと思うか?」

思わない事は、先程のやりとりでシャドウも十分承知している。たとえ人間の血を吸っていなくても、人間ではないというだけで抹殺するだろう。何のためらいもなく。

「……なぜああも他の存在を拒絶したがるのか、私には分からんがな」

彼女の無感情な呟きは、シャドウにも理解できた。

今でこそ町の人々の人気を勝ち得ているシャドウだが、ここへ来たばかりの頃は露骨な差別意識を向けられ、苦労したものである。

幸いだったのは、シャドウがモンスターと呼ばれる存在ではなかった事だろう。だから受け入れてくれる人々がいた。

しかし彼女の場合は吸血鬼。人間に善人と悪人がいるように、吸血鬼にもそれは当てはまる筈だ。

だが悲しいかな。血を吸われるという恐怖が拭えぬためにどうしても恐れが先に立つ。

分かっていてもどうしてもできない、本能のようなもの、と言えばいいのか。

少女は寄りかかっていた壁から離れてパソコンを閉じると、

「さてシャドウ。私を捕まえるのか。任務に従って」

帽子を深くかぶり直したので、その表情は見えない。しかし、どこか諦めたような力のない声だった。

「自分達が受けた任務はノスフェラトゥの確保のみ。その先は分からない」

軽く首を振ってシャドウが答える。確かに確保した後どうするのかは聞いていない。

「お前が属しているバスカーヴィル・ファンテイルは、私のような存在を許しはしないのだろう。ここまで見事に追ってきたのだ。覚悟を決めよう。我が首を手柄としろ」

確かにバスカーヴィル・ファンテイルは、通常の人間では対処し切れない物と戦うための組織だ。その全貌はシャドウも知らない。

受けた任務は必ず果たす。そうしてきたし、これからもそうするつもりだ。

だが今回のケースはどうだろう。

確かに吸血鬼は人間の脅威になる。しかし過去はともかく今は人間を襲っていない吸血鬼を「すぐに抹殺」というのは素直に納得できるものではない。

だから抹殺ではなく確保なのだろうか。

「……人が来たな。移動するか?」

シャドウがあえて淡々と呟く。

センサーが何人かの人間の接近を感じ取っていたからだ。ただその中に一人だけ、普通の人間とは違う反応の者が含まれていたが。

それが決断速度を鈍らせてしまったのだろう。移動も間に合わず発見されてしまった。

「あ、シャドウさん!」

右からナカゴの声が聞こえる。そばにいるのはセリファだった。姉のグライダと一緒じゃないとは珍しいが、こちらは分かっていた事だ。問題はない。

問題なのは左から聞こえてきた声だ。

「見つけたぞ、ノスフェラトゥ!!」

そしてその声の持ち主が、先程人々を煽動した男だという事だ。

人間にしては信じられないスピードで、あっという間に間合いを詰めてくる。

男が突き出したナイフの先端を、シャドウは腕から伸ばしたブレードの腹でしっかりと受け止めていた。ノスフェラトゥの少女をかばうように立ちはだかって。

男はシャドウから攻撃を受けないように一旦離れると、

「やはりロボットは人間の敵だな。吸血鬼などをかばうとは」

「人間で無いと云う理由だけで滅ぼそうとする貴様に、納得が行かないだけだ」

男とシャドウが睨み合いになる。ナカゴも手伝おうとしたが、狭い路地裏のためにシャドウに並んだり前へ行く事ができない。

「その女はノスフェラトゥだ。目的の者かは分からぬがな」

シャドウはナカゴにそう言うと、左ももに隠されたホルダーからビーム銃を取り出す。

ここは狭い路地裏だ。長い武器を振り回すのには向いていない。だから相手もナイフを使っているのだ。

シャドウは油断なく全センサーを作動させて相手を観察する。すると、

「……シャドウ。奴はニクトゥークだ」

後ろでか細く少女の声がした。だがその言葉は、シャドウのデータに載っていない言葉だった。

「載っていないのは当たり前だ。あれは我らノスフェラトゥ唯一の天敵。そんな情報を載せたら死活問題に関わる」

ニクトゥークという言葉は分からなかったが、その男が人間でない事は分かった。

「……人間では無い者が人間だけの世界を作る団体に居るとは、奇妙だな」

シャドウの疑問ももっともである。その男はニヤリと口の端で笑うと、

「何事も一人でできる事は限界がある。大勢の人間を煽動すれば、ノスフェラトゥ達を住処から追い出す事はできる。それから探した方が楽だからな」

つまり、そうした団体の「吸血鬼に対する絶対的な嫌悪感」を利用した訳だ。

「……成程。確かに有効な作戦だな」

「シャドウさ~ん。お願いですから敵を誉めないで下さいよ~」

彼の後ろでナカゴが情けない声を出している。一方少女は、

「我らでは、どう足掻いてもニクトゥークには勝てん。人間が独力で空を飛べぬのと同じようにな」

シャドウの背後で固まっている少女の声が完全に恐怖で震えていた。

勝つ事が不可能な相手との対峙。それを避けるには相手が来る前に逃げるしかない。

ノスフェラトゥが情報収集能力に長けているのは総てそのためであった。

「初めて同族以外の『人間ではない者』と出会えて、気が緩んでしまったらしい。だが悪いのは私自身。お前に罪はない」

少女がシャドウの背中に語りかける。

「け、けど、それなら強い人を手下にするなり雇うなりすれば?」

小首を傾げるナカゴの疑問は、出て当然のものだろう。人間とて「護衛」としてそういった事をする者も多いのだから。

「それは無理だな。奴はどの世界の力も技も、何一つダメージを受けない。寿命以外で滅ぶ事もありえない。一体どんな者を手下にしたり雇ったりすればいいと言うのだ」

「その通り。そして我らにはノスフェラトゥを確実に滅ぼす方法がある」

ニクトゥークの男は、持っていたナイフで自分の腕を切り裂いた。そこからドロリとした赤黒い血がしたたる。

「……これをやると確実に仕留められる代わりに、こちらの寿命も縮むがな」

再び口の端に似たりと笑うと、男は高らかに何か一言吠えた。

次の瞬間、少女の肉体が勢い良く燃え上がった。肉の焼け焦げる嫌な臭いが路地裏にたち込める。

その光景にナカゴとセリファは驚いて火を消しにかかるが、シャドウだけは冷静に男を観察していた。

見ると、男が切り裂いた傷はもうすっかり完治しており、傷跡すら見えない。確かにこんな回復力なら、どんな力も通じないだろう。

シャドウには分からなかったが、後ろに控えているナカゴには、一言吠えた言葉が古い呪いの言葉だと分かった。己の肉体を傷つける事によって、相手を傷つける力とする呪術。

全身包まれた割に処置が早かったためか火はすぐ消えた。だが少女は、

「……離れろ。お前達が言う『狂気を与えるほど醜悪』な姿をさらす事になるからな」

ドレスは焼け焦げ、覆っていた人工皮膚もボロボロになっている。その下に本来の身体があるのだが……。

頭部には頭髪が一切なく、筋肉も削げ落ちて骨が覗いている。おかげでどす黒い歯茎と発達した犬歯がやけに目立つ。

眼球があるべき場所には何もなく、淡く赤い光がぼんやりとしているのみ。

水で膨れた水死体のようなぶよぶよの身体に皮膚はなく、筋肉が先程の炎で焼け焦げ、全身に無気味なまだら模様を描いている。

しかも、路地裏にもうっすら差し込む太陽光が、その身体を容赦なく焦がしていく。

こうしたモンスターが大の苦手のセリファはもちろん、人型とはいえ無気味な外見の者を見慣れた、魔族のナカゴですらその異形さに声を詰まらせ、込み上げる吐き気をこらえている。

そんな人間達の視線を感じ、少女は冷めた考えでその視線を肯定する。自分の身体の「異形」さは、自分が一番良く分かっているからだ。

「……まだ生きていたのか。まあいい。貴様を殺せばこっちはようやく念願かなって人間になれるんだからな」

男は再びナイフを構えた。衝撃の事実を言い放って。その事実に驚く皆に少女は、

「ニクトゥークは元々人間だった。ノスフェラトゥのパートナーだったが、裏切った罰で子々孫々呪いをかけられ、化物となった。その呪いを解くには百人のノスフェラトゥを殺すしかない」

少女の方も事実を補足する。

「もっとも、それが事実かどうか確かめられた者は、未だに一人もいないがな」

「俺が最初の一人目になってやるさ。記念すべき百人目がノスフェラトゥ一族の中でも名の知られたソラーナ・ミンチャオ嬢とは嬉しい限りだ」

シャドウの後ろにいる少女――ソラーナを見て、勝利を確信したいやらしい笑みを浮かべる男。

路地の両端の建物の壁をジグザグに蹴って高くジャンプ。

立ちはだかるシャドウを飛び越えて直接ナイフを突き刺すつもりだ。

ノスフェラトゥは吸血鬼だが、決して不死身の魔物ではない。生命力を持たないがアンデッド・モンスターという訳でもない。

さらに言えば、何か特別な力や能力を持っている訳でもない。

あのナイフが心臓を直撃すれば、間違いなく「死ぬ」のだ。

だがそこにシャドウが割って入った。

シャドウは数歩下がって落下地点に移動すると、腕のブレードを一閃させた。

ニクトゥークの身体から赤黒い血がぶち撒けられて胴が真っ二つに割れる。

だが、ナイフを握った右腕だけはまっすぐソラーナを目指していた。

振り向こうとするシャドウを、残ったニクトゥークの身体が邪魔をする。ナカゴもセリファも吐き気をこらえるので動きが遅れた。

「これでこの町のノスフェラトゥは滅ぶ! ざまあみろ!!」

だが、そのナイフは天高く吹き飛んだ。

そこへ飛び込んできた見知らぬ人影が「蹴り飛ばした」のである。

その人影に全く見覚えのない一同は一瞬動けなくなったが、

「セリファ! あなたの持ってる『迷宮(ラビリンス)』のカードを貸しなさい!」

声の方向に振り向くと、コーランが壁に手をついて立っており、見覚えのない人影が彼女の脇に着地していた。

それでその人影が、訳あって彼女の右脚となっている、スピード自慢の魔族・ファンランだと、シャドウには分かった。

何か考えがあると見たセリファが、吐き気をこらえて自分の持っているトラッドカードの山の中から、言われた通りのカードを取り出し、手裏剣のようにコーランに投げた。

もちろん届く訳がなかったので、コーランは片足で飛び跳ねてカードを取りに行かねばならなかった。

「よくも邪魔してくれたな、女!」

完全に修復を果たしたニクトゥークは、まず邪魔をしたコーランを始末しようと、再び壁を蹴ってジャンプし、その勢いで急降下して襲ってきた。

かろうじてカードの元にたどり着いたコーランは、カードを高く掲げると、

「神秘のトラッドの力、我が前に見せよ!」

カードに描かれた物を実体化するセリファのカード魔術だが、もちろんコーランも使う事ができる。

すると、カードから実体化したのはその名の通り迷宮。その壁は生き物のように蠢くと、飛び込んできたニクトゥークをゴクリと飲み込んだ。それと同時に実体化を解いて、元のカードに戻す。

実体化させていたのはほんの五秒もなかっただろう。だがそれだけでもコーランは全身から汗を噴き出し、目も虚ろになってかなり疲労しているのが見え見えだった。

セリファの持つ呪われたトラッドカードに生命力を吸い取られた影響である。

「これで、もうあいつは二度と出られないわ」

ホッとして気が抜けたためか、コーランはその場にくずおれてしまった。

それと同時に緊張が切れたのか我慢の限界を超えたのか、ナカゴとセリファはその場で吐き出してしまった。

 

 

ソラーナを追っていたニクトゥークはいなくなった。あの男一人に共に暮らしてきた仲間(彼女達は「氏族」と呼んでいる)を殺されたそうだ。

本来の住処を追われ、逃亡生活の中次々と減っていき、このシャーケンの町に着いた時には彼女一人だけになっていたという。

だがその事実は他のニクトゥーク達は嗅ぎつけていないようだ。

シャドウと初めて会った時のように人工皮膚をまとい、黒いドレス姿になったソラーナは、魔界治安維持隊の分所の地下室にいた。

魔界の住人も彼女達ノスフェラトゥを恐れているが、人間の中よりは偏見も少ない。

表情が全くないとはいえ、人工皮膚を被って「美少女」の様相をしていればなおさらだ。

「ソラーナさんには、情報部に入ってもらう事にしました。現地での人材徴用は、所長である私の一存で可能ですし、文句は出ないでしょう」

ナカゴはそう言って彼女を誘った。

本来同族以外の者と関わる事すらまれなノスフェラトゥ。

一番近い「集落」でも飛行機で三日はかかる距離の上、体調がまだ本調子でない以上、それまで身を潜める場所がいる。そう思って渋々だがその申し出を受け入れたのだ。

だがやり方は今まで通り。自分が手に入れた情報を必要に応じて話す形で、特に優先的に協力する訳ではないのだが。

そうしたいきさつを聞いたシャドウは、ソラーナに尋ねると、

「我らノスフェラトゥは、闇に潜んでいたからこそ今まで生き延びる事ができた。たとえこのように目立たぬ格好をしていても、表舞台に立つ訳にはいかん」

大きなシャドウを見上げて、子供を諭すように優しく言い聞かせるように答える。だがそれでも表情は全く動かなかったが。

「……そうか。自らがそう選択をしたのなら、止めはしない」

それからシャドウはメモリー内の辞書を素早く引くと、

「ソラーナという名には、人界西方の言葉で『日なた』『日溜まり』と云う意味が有るそうだな」

ナカゴは人界の言葉に詳しくはないが、シャドウがわざわざ間違いを言うとは思っていないので素直に信じる。

実際ソラーナの生まれ故郷は人界西方。

それがどういう理由でノスフェラトゥになってしまったのかまではさすがに話してはくれなかったし、元々彼らも聞く気はない。

「でも、そんな意味の名前の人を地下暮らしさせるのは、ちょっと気が引けますね」

ナカゴが困った顔でそう意見する。

「構わん」

ソラーナは大きく息をついて小さく漏らした。

吸血鬼(わたし)のような日陰者が、日の光溢れる場所にいられる筈もないからな」


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